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interview with OTO

interview with OTO

抵抗と永遠のリズム

――OTO、ロング・インタヴュー

野田 努    special thanks to Midori-Chan   Nov 17,2010 UP

渋谷の屋根裏だったんだけど、ライヴが終わって楽屋に行ったら、その殴ったヤツが「アケミ、ごめん」って言うのね。そしたらアケミが「ごめんてな、すげー痛かったよ」って。「おまえな、ビール瓶で殴られると相当に痛いぞ」って、それで終わりだよ。「なんちゅー、男だ」と思ったよ。

■で、「家族百景」のインナーの写真では、オトさんがTAXIのステッカーを貼ったギターを弾いている前には顔面から血を流している男がいるんですよね。その光景は、フェラ・クティでもレヴォリューショナリーズでもないわけですよ。

オト:あれはね、誰かがビール瓶でアケミの頭を殴ったら、見事に瓶が割れて、その破片で血を流しているんだよね。で、アケミが偉いのは、そのときそんな目にあっても怒らないんだよ。渋谷の屋根裏だったんだけど、ライヴが終わって楽屋に行ったら、その殴ったヤツが「アケミ、ごめん」って言うのね。そしたらアケミが「ごめんてな、すげー痛かったよ」って。「おまえな、ビール瓶で殴られると相当に痛いぞ」って、それで終わりだよ。「なんちゅー、男だ」と思ったよ。

■ハハハハ、天才的に大きな人だったんですね。ちなみに最初はミーターズやアラン・トゥーサンを手本にしていたんですか。

オト:僕にとっての入口はダブとアフロビートだったけどね。ただ、僕はパンク上がりだったし、最初から音楽の知識があったわけじゃないんだよ。ポップ・グループがいて、「JBズみたい」って音楽誌に書いてあったから聴いてみたんだけど、ちょっと毛色が違っていたし。

■いろいろ追求するのは、じゃがたらに入ってからなんですか?

オト:じゃがたらに入ったら、とくにベースのナベちゃんがひと通り面白い音楽を聴いていた人で、練習終わってから成田さんのところに行かない日はナベちゃんのところに行って、いろいろなレコードを聴くわけ。スタジオでセッションしていたら「おまえもキャンド・ヒートみたいなギター弾くな」とか言われて「誰、そのキャンド・ヒートっていうのは?」って言ってたくらいなんだよね。それでナベちゃんの家行くと「キャンド・ヒートならこれがいいんだよ」とか「ミーターズならこれ」って聴かせてくれるんだよね。ナベちゃんはじゃがたらの前はブルース・バンドを経てきていたから、基礎ができていたんだよ。

■アケミさんのあのパンクな歌詞はどこから来ていたんですか?

オト:三里塚で、頭脳警察を聴いて、パンタさんの歌を聴いて、そのインパクトが強かっみたいだね。それから彼のなかで「闘争」が入っているんですよ。

■なるほど。子供の頃にバキュームカーの運転手になりたかったというエピソードも僕は好きなんですよね。最初からものの見方がちょっと違っていますよね。

オト:そうそう、あれは83年だから、ちょうどテンパったときかな、アケミが言っていたんだけど、彼が小さい頃、お父さんがお酒に酔うとトイレで用を足したときに漏れたりしたんだって。それをお母さんじゃなくてアケミが拭いていたらしいのね。で、大きくなったらバキュームカーの運転手になりたいと思ったんだって。なかなかそういう発想にいかないよね。

■すごくいい話ですよね。

オト:あとね、クラスで嫌われている子がいると、わざわざその子に近づいていって、仲良くなって、「俺はあの子と仲良しだぜ」って言いふらしたりとか。別に正義の味方ということじゃないけど、「なんだよ、みんなしてイジメやがって」っていう集団の予定調和に対する反発心だよね。そう、そういう反発心が最後まで強い人だった。

■それはもうあれですね、毛利嘉孝先生の名言で、「狂気とは相対的なものであり、80年代は世のなかが狂っていたのであって、江戸アケミがまともだった」ということですね。

オト:高校のときは新聞部と山岳部だったらしいし。すごい真面目で、ストイックだよね(笑)。

■話が飛んで申し訳ないんですが、オトさんが今回、じゃがたらお春出すのは......、まあ、経済的な見返りなんてないわけじゃないですか。

オト:まったくない。

■それでも出すというのは、何か他に強い気持ちがあるんですよね。

オト:うん、今回の音源に関しては、そこに僕もいないわけですよ。僕から聴いてもすごくいいなと思ってたもので、それを聴いて誰がインパクトを感じるかわからない。若い人の耳に届いたときに、なかには強いインパクトを受ける人がいるかもしれない。それは僕の感じ方とは違ったものになるだろう、だから出しておきたい、というのがまずあった。そして、"HEY SAY!"と"もうがまんできない"を演っているんだけど、この頃のアレンジがすごく温かくて、音楽の良い部分をやっていて......。『南蛮渡来』は、もう背負ってしまっているからね。

■すでに好戦的になってますよね。

オト:そうなんだよ。だって「オト、おまえは真面目だ。だが、俺はマジだ」みたいな感じで言ってたんだよ。それは僕に対するアンチなんだよ。「真面目止まりでは話にならないぜ」っていう意味だから。「マジにならんといかんぜ」っていうことを言ってきた。『龍馬伝』のなかの坂本龍馬が挑発するみたいな感じだね。

■アケミさんの怒りのようなものはバンドで共有していたんですか?

オト:アケミも共有を強いてなかったからね。ナベちゃんは、「俺には女房がいるけど、でも、アケミの死に水を取るのは俺だ」と公言していたけど。女房以上に愛しているという意味で言っていたんだろうね。だから、83年にアケミがイってしまったときに、「どうしてイってしまったんだ?」って、三日三晩、寝ないで調べて、彼自身もイってしまうんだよ。アケミと同じ道を辿れるわけないのに、行こうとしたんだよね。そうして、83年にふたりともはずれてしまったんだよ。

■さっきパンタさんの歌を聴いて、影響を受けたと言いましたけど、アケミさんには60年代的な左翼運動からの影響はあったんですか?

オト:なかったね。むしろ、遠目に見てうっとおしいと思っていたんじゃないかな。団体行動をすごく嫌っていたから。それが「お前はお前のロックンロールをやれ」に繋がっていくわけだから。87年ぐらいかな、雑誌に「カリスマ」って書かれたことにすごく傷ついていたことがあったのね。それをライヴをやる度にステージ上で執拗に訂正するんだよ。こっちは「書いた人がそう思って書いているんだから、別にそこまで気にすることはないじゃない」と思うわけだよ(笑)。でも、アケミはそうやって幻想を読者に振りまくのが許せなかったんだよね。自分がそういう幻想に乗っかるのが本当に嫌だったんだよ。それで「じゃがたらなんか見に来なくてもいいんだ、おまえたちはおまえたちの友だちを作れ、じゃがたらなんか見に来るな」とか言ってるんだよ。

■ハハハハ。学祭のライヴでさえも、そういう言葉で客を挑発していた。

オト:でも、そういう言葉が爽快なんですよ。

■観に行ったら楽しませてくれるのが当たり前だってタイプのライヴじゃなかったですよね。客が聴きたいと思っている曲をガンガン演っていくようなものでもなかったし、「今日のライヴ良かったねー」「ありがとう!」って感じではなかったですからね。

オト:僕が入る前のまだスキャンダラスなステージをやってた頃も、お客がそれを求めているから野次が飛ぶわけ、「ほら~、うんこしてくれ~」とか(笑)。ステージでは"もうがまんできない"のイントロが演奏されていて、そのなかでアケミはお客と掛け合いやっているんだよ。「おらおら、おまえら暗いぞ、日本人ってこんなに暗いのか!」とかガンガン挑発している。で、お客が怒ってくると「そうだ、そうだ、その怒りの顔だ!」って(笑)。「おらおら、じゃがたら嫌いんだろ? 嫌いだったら嫌いだって、でっかい声で言えよ!」とか言ってる(笑)。もうね、そういうコミュニケーションが爽快でね。そこまでのコミュニケーションっていまある? 

■ハハハハ。

オト:でも、アケミがテンパってからは、ステージの上ではあんなに喋れたのに、ステージを降りるとぜんぜんダメだった。87年の「ニセ予言者ども」の頃だってそうだった。ぐたーっとしちゃってね、ものすごい体調が悪い。

文:野田 努(2010年11月17日)

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