Home > Interviews > interview with Photodisco - はんぶん夢の中
自分にはお金もないですし。いまの環境で作るしかないですね。もしいま『サンレコ』の取材を受けて部屋見せたら、絶句されると思います......。PCもポンコツで、作ってる最中に何回も落ちるし。でも、いまの機材で満足してますね。
■ユーチューブって持たざる極みですね。では、フォトディスコはガレバンの魔術師、ということで! フォトディスコとしての活動についてお訊きしますが、ほんとにいち度もライヴをすることもなく......
フォトディスコ:はい。
■露出というか、楽曲を発表する場はマイスペのみということになりますか?
フォトディスコ:はい。
■とくに日本だとライヴの有無がそのアーティストの知名度に決定的に関わるように見えるんですが、日本のシーンはわりとどうでもよくて、はじめから世界が視野に入っていたとか......?
フォトディスコ:まったくそれはないですね。
野田:ははは!
■(笑)愚問でしたか。いや、世界のほうが日本より上、という意味ではなくて、日本の主たる音楽シーン――それはメジャー/インディを問わずですけど――に対して疎外感があるのかなと。
フォトディスコ:うーん......
野田:ははは!
■すみません。ちょっと私すべってますね。ええと、あんまりそんなことには頓着していないんですね。
フォトディスコ:僕は......とにかく休みのたびにどんどん音ができるんで、それをどんどんマイスペにアップしていたというだけです。
■とくに多くの人に聴いてもらいたいというようなつもりもなく?
フォトディスコ:そうですね。とりあえず(作った音源が)たまってたまって。
■じゃあマイスペがなかったら、ただ作ってるだけの人ですね。
フォトディスコ:(笑)そうですね。ただ作ってるだけの人ですね。
■でも、その休みのたびに曲を作ってたっていうモチベーションはなんなんでしょう。いつか何かになるという確信みたいなものがあったとかですか?
フォトディスコ:うーん......作るのが大好きで。
■何曲ぐらいになってるんですか?
フォトディスコ:ハードディスクを調べたら......100曲とかはふつうに超えてると思います。
■音楽はいつぐらいから作りはじめたんでしょう?
フォトディスコ:それはもう高校時代ですね。友だちとバンドみたいなことをやってて......思い出作りにMTRを買って。ヤマハのMT400っていう、いちばん安いやつなんですけど。
■どんなバンドですか? そのころはどんなアーティストが好きだったんですか?
フォトディスコ:スーパーカーとか。90年代というのが僕にとってすごく素晴らしい音楽の時代だったので......かっこいいバンドは全部コピーしました。
■そのかっこよさというのは何ですか?
フォトディスコ:飾り気のなさというか、媚ない感じですかね。あと、アルバムごとに違う表情をみせるふところの広さですかね。
■スーパーカーが好きなのは何でですか?
フォトディスコ:僕はデビュー作から聴いてるんですけど、高校の頃、実家がスペース・シャワーTV入ってたんで、それで......"クリーム・ソーダ"が流れた瞬間、「うわ、すげえ、なんだこれ」って。こんなバンドが日本にいて、メジャーでデビューできるんだって思いました。
■デビュー曲ですね。
フォトディスコ:はい、デビュー曲で。あとは"プラネット"とかオアシスみたいだなって。日本とか関係ない感じでかっこよかった。高校くらいから20代前半は僕がいちばん音楽を聴いてたときです。ペイヴメントとかいわゆるUSインディからエモとかもすごく好きだったし、洋楽とか邦楽とかなくて、僕だけじゃなくみんな全部並列で聴けてたときだと思います。
■ああ、本当に音楽が輝かしい時代だったんだというイメージがあります。
フォトディスコ:HMVのホームページははやくから「これを買った人はこれも買っています」というやつがあって、しらみつぶしに見てました。
■では、ウォッシュト・アウトとかとやっぱり似ていますね。彼もヨ・ラ・テンゴとかが好きで、とくにテクノやエレクトロニック・ミュージックとか、ダンス音楽で育った人ではない。インプットがUSインディとかハード・ロックとかふつうのチャート音楽で、それがベッドルームを通って、アウトプットがシンセ・ポップとかエレクトロニックになるんです。
フォトディスコ:まあ、僕も就職失敗してるんで。
■ははは。たしかにそこもウォッシュト・アウトと同じかもしれないですけど、なんでシンセとかになっちゃうんですかね?
フォトディスコ:うーん、なんでですかね。実際はギターの音を加工してる部分も多いんですけどね。
野田:90年代までラップトップ・ミュージックを率先してやってきた人たちっていうのは、クラブ・カルチャー寄りの人たちだったんですよね。それがこの10年で、インディ・ロックをやってた人たちにまで波及したんだなと実感しますね。
■それは本当にそう思いますね。時代が時代ならずっとバンド組んでやってただろう人が、環境が整ってラップトップの方に流れ込んだ......。いまのフォトディスコのひな形になるような音はいつ生まれたんですか?
フォトディスコ:高校の後、映像系の学校に入ったので、そこで、何か映像と合う音が作れないかなと思ったときですかね。
■映像というのは大きいコンセプトだったんですね。フォトディスコってそういうことですか?
フォトディスコ:いや、雰囲気です。単語を足していったら、響きがいいな~と思って。
■映像の道には進まなかったんですね。
フォトディスコ:就職失敗して、田舎に帰って(笑)。
野田:田舎帰ったんだ(笑)。
フォトディスコ:はい。それからバイトしてお金貯めて、上京してきました。
■(笑)お金貯めてわざわざ上京したってことは、それなりに野心があったってことですよね。音楽以外の目的ですか?
フォトディスコ:いや、ミュージシャンになるために。
■ははは。そのわりにぜんぜんガツガツしてないじゃないですか! マイスペに音源アップするだけって(笑)。
野田:それが音にも出てるよねー。
フォトディスコ:なははは......(汗)。
■誰に届いてほしいとか、誰が聴いているとか、リスナー像や顔が思い浮かびますか?
フォトディスコ:うーん......最初のリスナーは僕ですね。僕がよければ、その音はいいんです。
■このへんの人たちに投げようとか、そういうのないですか?
フォトディスコ:やっぱり、作っているときは単純に楽しくて、あんまりそういうことは考えられないですね。
■そうですか。私自身は書くことがけっこう苦痛なタイプで、どうやって誰に伝えたらいいんだろうということばかり考えているので......
フォトディスコ:それはだめですよ。楽しんで書かないと、人に伝わりませんよ。
■ああ、そうですかね......そうですね......
野田:俺なんて、20歳になるまでは日記ばっかり書いてたけどね。
■ええっ。
野田:ノートに。日記の場合はブログと違って人には読まれないことを前提で書くけどね。
■ほんとそういう芯から作り手な人には、羨望がありますよ。では、今回の公式デビュー作となる『言葉の泡』についてですが、これはレーベルもついてミックス等も他の人間が関与するというところで前回とはまた異なった達成感があったのではないかと思うのですが。
フォトディスコ:いえ、まったく同じですね。
野田:はははは!
フォトディスコ:チルウェイヴっていうのはこういうものかっていう勉強があって、それを好きに使って楽しんだというのが今回のアルバムです。
取材:橋元優歩(2011年10月31日)