「UR」と一致するもの

Alvvays - ele-king

 トロントのインディ・ポップ・バンド、オールウェイズが新作『Blue Rev』を10月7日にリリースする。『Alvvay』(2014)、『Antisocialites』(2017)につづくサード・アルバムだ。バンド史上最長の作品に仕上がっているとのこと。日本限定でオビつきのカラー・ヴァイナルもあり。現在、シューゲイズな新曲 “Pharmacist” が公開中。アルバム全体がどうなっているのか楽しみです。

世界中のインディーリスナーから愛されるインディーポップ・バンド、Alvvaysが5年振りとなる待望の3rdアルバム『Blue Rev』を10月7日にリリース!

世界中のインディーリスナーから愛されるカナダはトロントを拠点に活動中のインディーポップ・バンド、Alvvaysが3枚目となるアルバム『Blue Rev』を10月7日にリリースする事が決定した。

同アルバムの中からアルバムの冒頭を飾る “Pharmacist” が先行公開された。

・Alvvays - Pharmacist [Official Audio]
https://youtu.be/eH5mqLjwg6U

 “Pharmacist” はAlvvaysがこれまでにリリースしてきた楽曲の中でも特にシューゲイズを感じる曲で、そのドライヴ感のあるギターサウンドの中にMollyの美しい歌声が溶け込んでいく。疾走感のあるサウンドでありながらも、ノスタルジックでエモーショナルな世界観を作り出したAlvvaysにしか作れないこの曲で、アルバムはスタートから一気にギアをあげる。

 パンデミックを乗り越え完成させた5年ぶりのアルバムとなる『Blue Rev』はAlvvays史上最長のアルバムになっており、Alvvaysらしい楽曲から新しいサウンドに挑戦した楽曲までを収録。

 その様々な楽曲の中でヴォーカル、Molly Rankinのキュートでありながらも琴線に響く美しい歌声と誰もが心震わせるキャッチーな “メロディー” が輝く。間違いなく今年のインディーシーンのマスターピースになる作品だ。

 今作『Blue Rev』は国内盤CDの他に日本限定の帯付きColor Vinylのリリースも決定している。

 またアルバム発売に先駆け、1st/2ndアルバムの名曲 “Not My Baby” / “Next of Kin” をカップリングし、オリジナルジャケットを採用した日本限定盤7インチレコードが7月20日にリリースされるので、合わせてチェックしてみてほしい。

・Alvvays『Not My Baby / Next of Kin』7inch 予約ページ
https://anywherestore.p-vine.jp/products/p7-6300


[リリース情報]
Alvvays『Blue Rev』
Release Date:10月7日(金)
Label:Polyvinyl Records / P-VINE, Inc.

Tracklist:
01. Pharmacist
02. Easy On Your Own?
03. After The Earthquake
04. Tom Verlaine
05. Pressed
06. Many Mirrors
07. Very Online Guy
08. Velveteen
09. Tile By Tile
10. Pomeranian Spinster
11. Belinda Says
12. Bored in Bristol
13. Lottery Noises
14. Fourth Figure

Streaming Pharmacist
https://pvine.lnk.to/Q4xwcU

Alvvays:
Instagram https://www.instagram.com/alvvaysband/
Twiiter https://twitter.com/alvvaysband

ISSUGI - ele-king

 復活した MONJU としての活躍も記憶に新しい ISSUGI がニュー・アルバム『366247』を完成させた。ソロとしては2019年の『GEMZ』以来、およそ2年半ぶりとなる。バンド・サウンドに挑戦した前作から打って変わり、今回は DJ SCRATCH NICE がメインのプロデュースを担当。本日先行公開された “April” からして抜群にカッコいいです。発売はCDとデジタルが7月20日、LPが11月16日。

MONJUとしての新作リリースも記憶に新しいISSUGIの約2年ぶりとなる9thアルバム『366247』のリリースが決定! NYから帰国したDJ SCRATCH NICEがメインでプロデュースを担当しており、KID FRESINO、BES、Eujin KAWIが参加した先行シングル"April"が本日より配信開始!

◆DOGEAR RECORDSの中心的存在であるMONJU、そしてBudamunk、5lackと共にSICK TEAMのメンバーであり、BES & ISSUGIやISSUGI & DJ SHOEとしての作品リリースなどソロでの活動だけに留まらず様々な形で作品をリリースし続け、またビートメーカー/DJ名義である16FLIPとしての活動も高く評価されているラッパー、ISSUGI。

◆仙人掌、Mr.PUGとのユニットであるMONJUとしての待望の新作リリースも記憶に新しい中、ISSUGI名義でのオリジナル・アルバムのリリースが決定。ISSUGI名義としては2019年の『GEMZ』以来、約2年ぶり9作目となる今作にはその仙人掌、Mr.PUG、さらにKID FRESINOや弗猫建物のEujin KAWIとVANY、『VIRIDIAN SHOOT』と『PURPLE ABILITY』の2作をこれまでにジョイント・リリースしているBESといった馴染の面々の他、ISSUGI楽曲では初共演となるSPARTAや東京のヒップホップ・クルーであるonenessのstzが参加。

◆2015年にリリースしたジョイント・アルバム『UrbanBowl Mixcity』を筆頭にこれまでに幾度もコラボしてきた盟友とも言えるプロデューサー、DJ SCRATCH NICEがメインでプロデュースを担当。16FLIPのプロデュース曲も収録。またDJ Shoe、DJ K-Flashがスクラッチで参加。

◆KID FRESINO、BES、Eujin KAWI(弗猫建物)が参加した先行シングル"April"(prod DJ SCRATCH NICE)が本日より配信開始!

*ISSUGI "April" feat. Eujin KAWI, KID FRESINO & BES
Stream/Download/Purchase:
https://p-vine.lnk.to/pL0Pi3

アーティスト:ISSUGI
タイトル:366247
レーベル:P-VINE, Inc. / Dogear Records
仕様:CD / LP(完全限定生産) / デジタル
発売日:
CD・デジタル / 2022年7月20日(水)
LP / 2022年11月16日(水)
品番:
CD / PCD- 25347
LP / PLP-7876
定価:
CD / 2.750円(税抜2.500円)
LP / 4.378円(税抜3.980円)

[TRACKLIST]
01. Dime
 prod DJ SCRATCH NICE
 Scratch by DJ SCRATCH NICE
02. G.U.R.U. ft Mr.PUG
 prod DJ SCRATCH NICE
 Scratch by DJ SHOE
03. April ft Eujin KAWI, KID FRESINO, BES
 prod DJ SCRATCH NICE
04. from Scratch
 prod DJ SCRATCH NICE
05. Game Changer
 prod DJ SCRATCH NICE
06. Rare ft VANY
 prod DJ SCRATCH NICE
 Scratch by DJ SCRATCH NICE, DJ K-FLASH
07. Real ft SPARTA
 prod DJ SCRATCH NICE
08. Perfect blunts
 prod 16FLIP
09. Ethology ft stz, 仙人掌
 prod DJ SCRATCH NICE
10. 366247 
 prod DJ SCRATCH NICE
11. End roll
 prod Daworld

[PROFILE]
東京都練馬区出身のラッパー / ビートメーカー。
中学の頃に出会ったスケートボードの影響からヒップホップを聴き始め、自身もリリックを書き、曲を作り始める。MONJU、SICK TEAM、BES & ISSUGI等としても作品を出し続け 16FLIP名義では、ビートメイクやDJもこなす。ソロを含めこれまでに多数のアルバムやミックス作品をリリース。2022年7月にソロ9thアルバム「366247」をリリース。東京Dogear RecordsをRepresent。

a fungus - ele-king

 何かがはじまる瞬間はいつだってワクワクするものだ。たとえばそれはブラック・ミディの “bmbmbm” を初めて聞いたあの瞬間だったりブラック・カントリー・ニュー・ロードのライヴの映像を見たときのドキドキだったりで、そこに漂っている空気が何より先に心をとらえて放さない(それに惹かれる理由はたいてい後からでっち上げられる)。それが単発でももちろんいいけれど、続けざまに起こるようなら最高だ。爆発が導火線に火をつけてさらなる爆発を引き起こす、心の中で巻き起こる爆風が目の前のそれをシーンと認識する、そのドキドキを覚えているからこそ新しい音楽を聞いてここから何かがはじまるのではとその可能性に思いをはせてついついワクワクしてしまう。

 だからいまオランダから出てくるバンドたちに対して心が躍るのは当然なのかもしれない。イングランドのレーベルからリリースするピップ・ブロムやパーソナル・トレーナー周辺のバンドが頻繁にUKツアーをおこない地元のバンドと友好を深める。そうやってオランダのバンドの情報がイングランドに渡り、UKの各地を回ったバンドがその空気を持ち帰りそれが伝播していく。〈Speedy Wunderground〉からヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響を強く受けたロッテルダムのバンド(リューズバーグ)がリリースされて『ソー・ヤング・マガジン』を通してそれが知らされる。そんなふうにしてオランダのバンドたちはUKのバンドと共鳴する。数年前から続くこの流れが22年になってさらに加速しているようにも思える。それをいま、このア・フンガスの『It Already Does That』が確信に変えるのだ。

「アムステルダムを拠点に活動するア・フンガスは明確な方向性なしにノイジーなティーン・ロックを奏でている」。そんな短い一文のみで紹介されているこの謎多き4人組についてはっきりとわかるのはこのバンドが刺激を受けたり影響を受けたであろうバンドたちだけだ。初期のもっとポストパンク然としていたブラック・ミディにスリント、ブラック・カントリー・ニュー・ロード、そして90年代USのオルタナティヴ・バンドたち。マス・ロック、ノイズの要素をそれらに加えア・フンガスは何かがはじまる瞬間のあの匂いをこのアルバムの中に封じ込めている。“Mark's Bag” はブラック・ミディの爆発にペイヴメントのメロディを載せたかのように響き、“Slip and Slide” は “Speedway”(ブラック・ミディの〈Rough Trade〉所属発表と同時に公開されたあの曲だ)と同じようなところから出発して長いインストを経由し最終的に柔らかな切なさに包まれた90年代USの輝くメロディに回帰する。“Is this The Right Structur?” そしてそれに続く最終曲 “Pull Out” はもっと直接的にスティーヴン・マルクマスに影響を受けたような曲で、ギターはもとよりヴォーカル・メロディにその影響が強く出ていることがよくわかる。そしてこれこそがこのオランダのバンドを最大限に特徴付けているものだと僕は思う(喋るように唄うことは決してしなく、この歌メロがあるためにそれらよりもっとずっと明るく響く)。サウス・ロンドンのバンドと共鳴し同じ音楽的遺伝子を共有しながらもそこに違う文化が混ざりアウトプットが変わっていく、それは世界に広がったサラブレッドの血統にも似ていて、それがなんとも面白い(同じ父を持つ競走馬でも母系でその特徴ががらりと変わり、代を経るごとに別物になっていく)。

『It Already Does That(それは実現されていること)』というタイトルをつけられたこのアルバムは昔の音楽への憧憬といまの世界への情熱が入り交じっている(ひょっとしたらそれは自分たちのデビュー・アルバムを『Versions Of Modern Performance(現代的なパフォーマンスのヴァージョン)』と名付けたシカゴのホースガールも同じなのかもしれない)。時間と場所と空間が交差する解釈の時代に生きる僕たちは、だからこそその空気をことさら重要なものだと感じるのだろう。未来に起こることはすでに過去に起こったことかもしれないが、これから何かがはじまるのではないかという期待感は何度でも心を躍らせる。ア・フンガスのこのアルバムにはこれから何かが起きるのではないかというそんな空気が漂っていて、それが胸を高鳴らせるのだ。

 ザ・ケアテイカーの〈History Always Favours The Winners〉なるレーベル名が物語っているように、歴史を書くのはつねに勝者である、というのはよく聞く話だ。負けた者、去った者、斃れた者たちはなにも語らないし、語れない──というより、存在そのものをなかったことにされると言ったほうがベターかもしれない。われわれは千年前の人びとについて、どれほど多くを知っているだろう? 平安時代はこうでした、鎌倉時代はこうでしたと語られるとき、対象はたいてい貴族や武士などの「勝者」たちだ。ごく一般の人間たちがなにをしどう暮らしていたのか、専門的な歴史学者や考古学者でもなければまず知ることはない。
 ヒップホップ/ラップの分野で活躍するライターのつやちゃん、その記念すべき初の単著は、これまでちゃんとは顧みられてこなかった者たちに的をしぼることで、日本のラップ史を更新せんと試みる意欲的な1冊である。「確かに存在した事実を記す」〔強調原文〕「まずは可視化することに励む」「形跡を記す」と、序文でも繰り返し強調されている。副題どおり、対象は女性ラッパーのみ。まさにフィメール・ラップ・クロニクルと呼ぶべき内容で、近いタイミングで刊行されたクローヴァー・ホープ『シスタ・ラップ・バイブル』(押野素子訳、河出書房新社)の日本版とも言えるかもしれない。

 各ラッパーを論じるにあたり著者は、音楽や個人史だけでなく、社会的背景も説明してくれる。たとえば最初の RUMI の章。00年代半ば~後半ころの日本では「KY」なるワードが流行し同調圧力が高まっていた。同時に「草食系男子」や「森ガール」、ロハスといったニセの「自然」がひとつのムードを形成し、人びとが声をあげなくなった時代でもあった(ちょうど反イラク戦争と SEALDs のあいだの時期にあたる)。そんなときに労働や平和などをテーマにし、「あえて空気読みません」とラップした RUMI の『Hell Me NATION』は、まさに「痛烈な社会批判」であったと著者は分析する。おなじような手さばきで本書は、00年代の COMA-CHI、10年代前半の MARIA、最近の NENE や Zoomgals の重要性を鮮やかに解き明かしていく。
 じつはつやちゃんには、昨年の紙エレ日本ラップ特集号で「ヴィジュアルの変化──オートチューンとマンブルの果てに」という、MVやファッションの変遷にフォーカスした原稿を執筆していただいているのだが、本書でもリップやハイブリーチなど色彩に着眼する記述がたびたびあって、そこはほかのライターにない著者の強みだ。

 圧巻なのが末尾のディスク・レヴューである。1978年のキャンディーズから2021年のコンピ『DEATHTOPIA』までじつに43年分、207枚もの盤が紹介されている。もはやちょっとしたディスクガイド本だ。本来おまけにあたるはずのこのコーナーにこそ、「可視化する」という著者の強い想いがにじみ出ているように見える。
 趣旨に副い、基本的には女性のラップする作品がピックアップされているのだけれど、近年リリックのネタとして頻出する『セーラームーン』の主題歌を収めた DALI「ムーンライト伝説」や、「自然体」「脱力系」といったイメージの面で今日のアーティストに影響を与えていると思しき PUFFY「アジアの純真」など、狭義のラップから逸脱するシングル盤もとりあげられているところは独創的だ。現在の起点がどこにあるのか見定めようとする気概が感じられるし、大枠と小枠の区別もあるので著者がなにに重きを置いているのかが伝わってくる。
 むろん賛否両論あるだろう。インディペンデントなアーティストから大資本に支えられた超どメジャーの売れっ子、はてはアイドルまで選出されているところなんかは、資本主義の横暴が気になる向きにとっては無節操に映るかもしれない。でもそのフラットさにはしっかり理由があるのだ。序文に戻ろう。「フィメールラッパーにそんな余裕はない」。まずは「いる」ことを明らかにしなければならない──インディ・ロックやエレクトロニック・ミュージックに比べ、圧倒的に男性比率の高いヒップホップ/ラップの分野ならではの戦術と言える。
 ここで興味深いのが、昨年の紙エレ年末号にもチャートを寄せてくれた valknee のインタヴューだ。「時計買った、車買った、家買ったって。〔……〕そんなの貧乏な日本のラッパーでは全然リアルじゃない」と、彼女は著者に語っている〔156-157頁〕。「競争(することに執着)しない価値観もあるんだよっていうのをわたしは友達にも布教しています」〔158頁〕。新自由主義にたいする明確なノーである。かつてなく格差が顕著になったこの国において──まずは「いる」ことを明らかにせねばならないのだとしても──忘れてはならない観点だと思う。

 まあなんにせよ、本書がこれまでのヒップホップ/ラップの分野における「勝者」の歴史観を引っくり返す、日本で初めての試みであることは疑いない。先駆的だった『ゼロ年代の音楽 ビッチフォーク編』(河出書房新社、2011年。編集長の野田いわく、あんまり売れなかったそう)同様、本書もまた10年後20年後に重要な記録として参照されることになるだろうし、そしてもちろん、まさにいまラップをはじめてみようと思っているチャレンジャーにとっても、貴重なヒントを与えてくれるにちがいない。

Yusa Haruna - ele-king

 真夏の江ノ島で、今年の春にアルバム『Another Story Of Dystopia Romance』をリリースした遊佐春菜のライヴ、そしてSUGIURUMNとSATOSHI FUMIをDJに迎えた〈キリキリヴィラ〉のパーティが開かれる。まさにバレアリック、久しぶりに夏らしい夏になるのでしょう!
 また、今年の秋には、アルバムからDJ善福寺をリミキサーに迎えた7インチがジェット・セットからリリース予定。

遊佐春菜 『Another Story Of Dystopia Romance』
Release Summer Party!
8月6日
江ノ島オッパーラ
DJs : SUGIURUMN、SATOSHI FUMI、YODA
Live : 遊佐春菜
open / start 15:30
Fee : 3,000円
https://oppala777.thebase.in/
https://twitter.com/oppa_la777

遊佐春菜
everything,everything,everything/巨大なパーティー - JAH善福寺 from 井の頭レンジャーズ Remix
KILIKILIVILLA / JET SET (JPN)
発売日:2022年10月5日(水)予定


Sam Prekop and John McEntire - ele-king

 ポストロック巨頭同士のコラボだ。ザ・シー・アンド・ケイクサム・プレコップと、トータスの(そしてザ・シー・アンド・ケイクのメンバーでもある)ジョン・マッケンタイアによる共作『Sons Of』が7月22日にリリースされる。先行公開済みの “A Ghost At Noon” を聴くかぎり……なんと、4つ打ち!? ふたりの新たな展開を確認しておきたい。

Sam Prekop and John McEntire(サム・プレコップ・アンド・ジョン・マッケンタイア)
『Sons Of』(サンズ・オブ)

THRILL-JP 54 / HEADZ 254 (原盤番号:THRILL 578)
価格(CD):2,200円+税(定価:2,420円)
発売日:2022年7月22日(金) ※海外発売:2022年7月22日
フォーマット:CD / Digital
バーコード:4582561397851

1. A Ghost At Noon 7:52
 ア・ゴースト・アット・ヌーン
2. Crossing At The Shallow 10:58
 クロッシング・アット・ザ・シャロウ
3. A Yellow Robe 23:41
 ア・イエロー・ローブ
4. Ascending By Night 13:41
 アセンディング・バイ・ナイト
5. Gathering At The Gate 7:58
 ギャザリング・アット・ザ・ゲイト
Total Time:64:19
※Track 5:日本盤のみのボーナス・トラック

Music by Sam Prekop and John McEntire
Recorded in Chicago and Portland 2021/2022
Mastered by John McEntire

Photo by Heather Cantrell
Artwork/design by Sam Prekop
Layout by Daniel Castrejón

ザ・シー・アンド・ケイク(The Sea and Cake)のフロント・マン、サム・プレコップ(Sam Prekop)と、トータス(Tortoise)の頭脳(実質的リーダー)で、サムとはバンドメイトでもあるジョン・マッケンタイア(John McEntire)による、デュオとしての初のコラボレーション・アルバムが完成。
海外では100本限定のカセットと超限定のCDでのみリリースされるそのアルバム『Sons Of』を、日本では超限定にはせず、ボーナス・トラックを追加してリリース。
マスタリングはジョン・マッケンタイアが担当し、アートワーク/デザインはサム・プレコップが担当。

二人のデュオ作品としては、2019年にMapstationとのスプリットでリリースされた「Kreuzung」以来となりますが、この様な単独でのフィジカル作品としてのリリースは初。
サムの2015年のインスト・ソロ・アルバムの2作目(通算4作目)『The Republic』以来の猫ジャケ(ジャケの猫はジョン・マッケンタイアの愛猫)。

ライブ音源(2019年の秋のヨーロッパ・ツアー、2021年11月のシカゴでのライブ)や、サムはシカゴ、ジョンはポートランドでのリモート(遠隔)コラボレーションをベースに制作されているが、彼らの本質にある類稀なるポップ・センスを生かし、様々な実験を施したポスト・プロダクションによって、より洗練されたサウンドに仕上げ、親しみ(聴き)易くも、非常に刺激的な電子音響作品を創り上げました。

サム・プレコップの近年のソロ作のファンは勿論、トータス・ファンやジョン・マッケンタイアのプロデュース作品のファンも必聴の、煌びやかで、清涼感溢れる、彼らの音楽遍歴が反映された、素晴らしいインストゥルメンタル・アルバムとなっています、

オリジナルのリリース元は今年2022年で設立30周年となる米シカゴの老舗インディー・レーベルThrill Jockey Recordsで、アニヴァーサリー・イヤーに相応しい作品となっています。

ライナーノーツは、現在はラジオDJや(DAOKOやTENDOUJI他の)音楽プロデューサーとしても著名な、GREAT3/Chocolat & Akitoの片寄明人と、日本のアンビエント・ドローンのオリジネーターで、100台ものキーボードで干渉音やモアレ共鳴を扱う『100 Keyboards』のパフォーマンス他で欧米を中心に、近年特に海外で高い評価を得ているサウンドアーティスト、ASUNA(アスナ)が担当しています。
片寄はジョン・マッケンタイアとも親交の深く、今作のタイトル『Sons Of』は、彼がジョン・マッケンタイアと『HAPPY END PARADE ~tribute to はっぴいえんど~』に参加した際のユニット名(氷雨月のスケッチ/Sons Of [片寄明人 from Great3+John McEntire from TORTOISE] )から来ています。
ASUNAは、自身のレーベルaotoaoで長年のツアーで直接共演してきたアーティストからなる『カシオトーン・コンピレーション』のシリーズをリリースしており、サム・プレコップも『Casiotone Compilation 7』(2017年)に参加しています。サムとASUNAの出会いのきっかけは、以下URLのASUNAが2020年に執筆した『Comma』のHEADZのHP用のレビューの中で触れられています。今回の『Sons Of』のリリースに合わせて、ASUNA本人がアップデートした改訂版となっておりますので、この機会にこちらもチェックしてみて下さい。
https://faderbyheadz.com/release/headz247.html

◎ 解説:片寄明人(GREAT3)、ASUNA
◎ 日本盤のみ完全未発表のボーナス・トラック1曲を追加収録決定
◎ 世界同時発売(2022年7月22日)

サム・プレコップは、近年海外でも再評価が進む清水靖晃、尾島由郎、吉村弘、イノヤマランド他の80年代の日本のニューエイジやアンビエントの名作群にインスパイアされ、ジョン・マッケンタイアがミックスを担当した5作目(インスト作品としては3作目)のソロ・アルバム『Comma』を2020年にThrill Jockeyからリリースし、高い評価を得て(ピッチフォークも8点越え)、日本でもロング・セラーとなっています。
2021年にはサムがセルフ・リリースしたEP『In Away』を日本盤のみでCD化し、こちらのCDも国内外で好調なセールスを記録しています。

現在、ポートランド在住のジョン・マッケンタイアは近年、エンジニアやプロデューサーとして、以下のような作品に参加しています。
・Modest Mouse の2021年のアルバム『The Golden Casket』(録音、ミックスで参加)
・Ryley Walker の2021年のアルバム『Course In Fable』(プロデュース、録音、ミックス、シンセ、キーボードを担当)
・June Of 44 の2020年の再結成アルバム『Revisionist: Adaptations And Future Histories In The Time Of Love And Survival』(ミックスとリミックスを担当)
・Yo La Tengo の2018年のアルバム『There's A Riot Going On』(ミックスを担当)

edbl × Kazuki Isogai - ele-king

 トム・ミッシュ以降を担う存在として人気を集めているロンドンのプロデューサー、エドブラックと大分のギタリスト、磯貝一樹とのコラボ作がリリースされる。発売はCDが9月7日、LPが12月21日。エドブラックのソウルフルな音楽と磯貝のジャジーなギターが生み出すマジックを楽しみたい。

SUPER FREEDOM feat. DJ Marcelle - ele-king

 覚えているだろうか。2年前、〈Nyege Nyege〉主宰の Kampire とともに来日が予定されていた、〈Nyege Nyege〉でもレジデントを務めるアムステルダムのDJマルセル。Mars89も気になっているというDJだが、コロナ直撃で中止になっていた《Local World》、YELLOWUHURU の《FLATTOP》、CELTER の3者によるパーティがこのたび2年ごしに実現されることになった。7月17日@CONTACT。¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$UやE.O.U、LIL MOFO、灰野敬二 x 久下恵生など強力な面子が終結。「SUPER FREEDOM」と題された一夜を満喫したい。

超越のレガシーが紡ぐ自由と解放の祝祭! 越境する奇矯のアーティストとして話題のDJ Marcelleを迎え、コロナ禍で延期になっていたLocal World、YELLOWUHURU (FLATTOP)、CELTERによるハイブリッド共同パーティ「SUPER FREEDOM」が新旧のラインナップを追加しContactにて開催。

SUPER FREEDOM feat. DJ Marcelle
2022/07/17 SUN before holiday
START 22:00 at Contact
Early Bird ¥2,000 / ADV ¥2,500 / DOOR ¥3,000
U23/Before 11PM ¥2,000
https://contacttokyo.zaiko.io/item/349638
https://jp.ra.co/events/1555354

@STUDIO X

¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U
CELTER
DJ Marcelle [Amsterdam]
E.O.U
LIL MOFO
YELLOWUHURU
灰野敬二 x 久下恵生

@Contact

1-DRINK
7e
DIV☆
Midori
mitokon
Zutsuki D

@Foyer

HARETSU
Hiro "BINGO" Watanabe
YASDUB
宇宙チンチラ
坂田律子
脳BRAIN
俚謡山脈

(A to Z)

artwork: Ginji Kimura
promoted by Local World / YELLOWUHURU / CELTER

2020年3月28日にウガンダの新興フェスティバル〈Nyege Nyege〉の中核Kampireも交え、惜しくも延期となったDJ Marcelleの初来日となる東京公演が2年以上の歳月を経て、会場をWWWからContactに移し、都内を中心に活動を続けるプロモーター解放新平(Local World)、DJのYELLOWUHURU (FLATTOP)とCELTERの3者によるハイブリッド共同パーティ「SUPER FREEDOM」として満を持して開催。アムステルダムを拠点にDJ、プロデューサー、ラジオ放送、ミュージシャンと多岐に渡って活動を続けるベテランDJ Marcelle(フルネームはDJ Marcelle / Another Nice Mess)のミュージック・コンクレートのようなエレクトロニクスとサンプリングを散りばめたオブスキュアなループ/ダンス作品は“圧倒的な豊かさ”、“真の耳を開ける人”、“真の開拓者”とも称賛され、“アバンギャルド・エスノ・ベース”とも形容されるターンテーブル3台を駆使した独特のDJスタイルは近年欧州のアンダーグランド・シーンで着実にプロップスとオーセンシティを高めながらDekmantel、Unsound、Sustain Release、Nyege Nyegeでのレジデント等、今日のエレクトロニック・ミュージックにおける有力なフェステイバルにも出演、コロナ以降も稀有な存在としてワールドワイドな活躍をみせている。

ローカルからは出演が決定していた暖かく時にハードな愛情深い選曲で音楽ファンを魅了するDJ/セレクターLIL MOFO、世界各国の音楽がプレイされるDJ パーティ〈Soi48〉にて生まれたムード山とTAKUMI SAITOによる日本民謡を愛するDJデュオ俚謡山脈、スカム&ファンキーなコラージュ・アウトサイダー脳BRAIN、現行のアフリカン・ダンス・ミュージックを追随する〈TYO GQOM〉やJUBEE率いるRave RacerのメンバーでもあるHiro "BINGO" Watanabe、テクノを軸に様々なダンス・ミュージックの境界を彷徨う1-DRINK、そして本パーティ主宰のYELLOWUHURUとCELTERに加え、70年代よりバンド、ソロ、セッション等、数々のパフォーマンスを行なってきたレジェンド灰野敬二と久下恵生のコラボレーション、欧州ツアーを終えた越境ハードDJ ¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U、新世代の真打としても注目の京都のニューカマーE.O.U、コロナ期に躍進したクィア・レイヴ・パーティ〈SLICK〉のメンバーでもある7e、新世代のロックDJのセンスも垣間見えるDIV☆、the hatchのボーカルであり、ミュージシャンならではのリズム・センスでDJとしても名をあげるMidori、南アフリカへの愛を掲げながらそのサウンドとカルチャーを布教するmitokon、現CAT BOYSドラマーでありトビと変速を自由自在に操るZutsuki D、サイケ・コアなる特異なスタイルを極めるHARETSU、ハイパー以降のエディット含むポップかつハードなマキシマム・スタイルで人気を博す宇宙チンチラ、アヴァン・トロピカルな独特の空間とビートを紡ぎ出す坂田律子、神戸から関西を中心に活動するクリエイティブ/パーティー・コレクティブ〈HHbush〉に加入、レゲエ/ダブ/ハウスを中心に各地のフロアをロックする若手YASDUB、計20組がラインナップ。

アートワークは〈Life Force〉のメンバーでもあるグラフィック/照明デザイナーGinji Kimuraがフライヤーを手がける。グローカルな相互環境からアップデートされるダンス・ミュージックの伝統と革新による新たなるファンクネスとサイケデリア、日本ローカルの民謡やポップスまでもが入り乱れる越境の極北、デジタルによるグリットやビート・マッチングからの解放とアナログ的コラージュ感覚から織りなされる自由なグルーヴへの祝祭“SUPER FREEDOM”が実現する。

DJ Marcelle / Another Nice Mess [Amsterdam]

「異なるカルチャーに対してオープンでありながらも、そこのオーディエンスや自分の期待感に意識を向けすぎないこと。自分の道を進むためにね」@RA https://jp.residentadvisor.net/podcast-episode.aspx?id=679

アムステルダムを拠点にDJ、プロデューサー、ラジオ放送、ミュージシャンと多岐に渡って活動を続けるベテランDJ Marcelle / Another Nice Mess。

サプライズ、アドベンチャー、エンターテイメント、教育、オランダのDJ/プロデューサーの DJ Marcelle / Another Nice Mess を説明するためによく使用される4つのキーワードであり、ライブ(およびスタジオ内)では3つのターンテーブルとレコードを使用して、ミックスの可能性を高みに引き上げる稀有なDJであり、またそれ以上のミュージシャンでもある。 2016年以降、ドイツのレーベル〈Jahmoni〉から「In The Wrong Direction」、「Too」、「Psalm Tree」、「For」(Mark. E. Smith へのオマージュ)の一連のEPリリースを経て、昨年最新LP『One Place For The First Time』をリリース。2008年から2014年の間には、ドイツの〈Klangbad〉から伝説のクラウトロック・バンド Faust の創設メンバーである Hans-Joachim Irmler によってセットアップされた4枚のダブル・バイナルのアルバムをリリースしている。

異なるスタイルの音楽を異なるコンテキストに配置することにより、個々のスタイル変化させ、他に類を見ない音楽スタイルを融合し、3つのターンテーブルと膨大なコレクションであるレコードを使いながらオーディエンスに3つの同時演奏ではなく1つのトラックであると感じさせる。そのスタイルは環境音、アバンギャルド・ノイズ、動物の音、レフトフィールド・テクノ、フリージャズ、奇妙なヒップホップ、最先端のエレクトロニカ、新しいアフリカのダンス・ミュージック、ダブステップ、ダンス・ホールなどと組み合わされている。

独創的で熟練したミキサーであり、独自のスタイルを持ち、ほとんどのDJのクリシエやこれまでのルールを回避し、フラクサス、ダダなどのアバンギャルドな芸術運動やモンティパイソンの不条理な現実に触発されるように、ダブ、ポスト・パンク、最新のエレクトロニック/ダンス・ミュージックの進化など、常に、非常に、密接に、音楽の発展を追い続け、革新的な “新しい” サウンドに耳を傾けている。創造と発展の芸術性と高まりを強く信じ、約2万枚のレコードと数えきれないほどの膨大なレコード・コレクションは過去と現代のアンダーグラウンド・ミュージックに関する強力な歴史的知識を体現している。

ステージにおいてはマルセルは開放と自由を超越し、しばしば「圧倒的な豊かさ」、「真の耳を開ける人」、「真の開拓者」と表現されている。ヨーロッパ中のクラブ、美術館、ギャラリーを回りながら、ウィーン、ベルリン、ミュンヘン、バーゼル、チューリッヒなど、多くの都市のレジデントDJ、 2015年と2016年には Barcelona circus / performance group のライブDJを務め、ウガンダの Nyege Nyege フェステイバルでは「ライフタイムのレジデントDJ」として任命され、最近では欧州の Dekmantel、Unsound、USのSustain Release 等のフェステイバルに出演しワールドワイドな活躍を展開。

また Red Light Radio、FSK、DFM など、ヨーロッパのさまざまなラジオ局向けにウィークリーおよびマンスリーのラジオ番組も開催し、インターネット上の John Peel ディスカッション・グループでは「best post-Peel DJ」と評される。マルセルにとって、何らかの緊急性や固定する必要がない限り、音楽形式は意味をなさない。分類が難しいことでブッカー、ジャーナリスト、オーディエンスを最初は混乱させられる。もしマルセルを適切な言葉で説明するのであれば「アバンギャルド・エスノ・ベース」と言えるだろう。

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血を分けた子ども - ele-king

 言うほどSFファンでもないぼくがオクタヴィア・E・バトラーを知ったのは、ご多分に漏れずアフロ・フューチャリズム研究における先駆者のひとりに名前があったからだった。いや、「ご多分に漏れず」とは、我ながら偏見に満ちた言い回しだ。彼女の小説は、「ご多分に漏れず」フェミニズムの文脈でも読まれているのだから。ぼくがこれまで唯一読んだことのあるバトラー作品は、ハードカヴァーの、山口書房から刊行された『キンドレッド―きずなの招喚』だ。読む前に想像したのはサミュエル・R・ディレイニーの、たとえば『バベル-17』や『アインシュタイン交点』のような、カウンター・カルチャーにも汲みするニューウェイヴSF的な思考実験を詩的に展開するスペキュレイティヴ・フィクションだったけれど、読後に思ったのは、これはJ・G・バラードというよりもアリス・ウォーカーに近いということだった。待望の翻訳、『血を分けた子ども』を読んだいまもそう思える節は随所にある。が、このヴァラエティ豊かな短編集におけるバトラーはときに残忍で、ときに驚くほど絶望的で、じつに暗く重たい。それでも途中で放り出すことなく、最後までいっきに読ませてしまう。

 紹介することが先だろう。1992年2月号の『Wire』に掲載の「Loving the Alien - Black Science Fiction」という、編者マーク・シンカーによる先駆的論考で、サン・ラー、パブリック・エネミー、ジミ・ヘンドリックス、P・ファンク、デトロイト・テクノらの解説に混じって、SF作家として登場するのがディレイニーとバトラーのふたりだ。これは、アメリカの批評家マーク・デリーが「Black to the Future」と題した考察において、ディレイニー、グレッグ・テイト、トリーシャ・ローズ(*)の3人に話を聞いた上で提言した「アフロ・フューチャリズム」なるタームが世に出る1年前の話になる。そんな事情があって、音楽ファンのあいだにバトラーの名が届いたのは、90年代を通して黒いSF論——デリーの定義によれば「20世紀のテクノ文化の文脈で、アフリカ系アメリカ人のテーマを扱い、アフリカ系アメリカ人的な関心事を強調するスペキュレイティヴ・フィクション」——への注目が高まっていく過程においてだったけれど、ここ日本では、早くから翻訳が出版されていたディレイニーと違ってバトラーには日本版がなかった。だから『キンドレッド』の翻訳があると知ったときは、それはもう嬉しかった。これでようやくバトラーが読める。白人男性の祖先に召喚され、19世紀奴隷制時代のむごたらしい暴力(拷問)や性差別、白人至上主義の世界を体験させられる1976年のLAで暮らしていた黒人女性の主人公は、その悪夢=過去と格闘し、それを永遠に抹消しようとする——そんな話だった。92年の『Wire』の論考によれば、黒いSFとは「地球上の地獄という最悪の未来とそのなかにいることを可能にし、それが日常のあらゆる現実に織り込まれている」ことを出発点としているとあるが、『キンドレッド』はまさに強烈なその一篇に違いなかった。
 黒人、しかも女性で黒人のSF作家という二重の意味においてのこの先駆者は、当然ほかにも多くの小説を発表しているわけだが、日本では『キンドレッド』以降翻訳されることもなく、昨年は長らく絶版となっていた同書が文庫で再発されたばかりだった。が、つい先日、彼女のもっとも有名な短編集である原題『Bloodchild and Other Stories』が『血を分けた子ども』という邦題でとつぜん刊行された。これはいったい、なんということか。考えてみれば、1979年に小さな出版社から初版が刊行された『キンドレッド』だって、それがSFファン以外のところで広く評価を得ることになるのはずいぶん後になってからだ。21世紀に入ってからのほうが人はその先見性に驚嘆し、議論が活発化しているように思える。それにまあ、ここ数年の文化状況を鑑みても、いまバトラーを読むことはタイムリーかもしれない。音楽で言えば、シャバカ・ハッチングスのような人だっている。
 
 『血を分けた子ども』には、7つの短篇とふたつのエッセーのコレクションで、それぞれの作品に関する著者自らの短い解説も付いている。表題作の「血を分けた子ども」は1984年にヒューゴー賞(およびローカス賞、およびサイエンスフィクション・クロニクル賞)を受賞した彼女の短篇の代表作のひとつだ。これはトリクなる(おそらくムカデのような)地球外生物とトリクの惑星に移住した人間の物語で、人間の体内に卵を産むトリクが、人間を保護しているという設定になっている。奴隷制の物語ではない、と著者が解説の冒頭ではっきり書いていることから、発表された当時はほとんどそう読まれたのだろう。その誤解を正そうと、著者は敢えて解説を書いたのではないかと察する。ぼくも解説がなければそう読んでいた可能性は高い。かつて妊娠を強制させられた黒人女性を思わせるし、自分が生きていくためには理不尽な現実も受け入れなければならないという話ではあるが、しかし卵を植え付けられるのは男性だし、たしかに辻褄が合わないところがある。バトラーによれば、ひとつには、困難な状況に直面した男性が愛のために妊娠を選べるのかという設問があり、別のレベルでは異なる生物同士のラヴ・ストーリーであり、……とかいろいろ。しかしながらこの奇妙な共生は決して晴れやかなものとは思えず、ぼくは読んでいるあいだ心の置きどころのない感覚が消えることはなかった。この短い物語のなかの細部からは、じつに多くの言葉を導くことができるだろう。
 遺伝子疾患の悪夢とも言える「夕方と、朝と、夜と」もまた削ぎ落とされた無駄のない話のなかで、象徴的にいろんなことを思わせる作品だ。なかば絶望的な話ではあるが、ここにはうっすらと、恋人同士の会話のなかにギリギリのところでの希望を感じることができる。表題作と並んで評価の高い「話す音」(これもまたヒューゴー賞受賞作)はウィルスによる疫病によって言語能力を失った人類の話だ。この短篇の最後にも、著者も認める通り、希望が戻っている。とはいえバトラーは間違っても甘い作家などではない。この世界にほんとうに信じられる希望はあるのかと、2005年のエクスパンデッド・エディションに収録された「恩赦」には、残虐行為と暴力的な支配下にいる人間が味わう苦痛の、これでもかという描写がある。そしてこの本は「マーサ記」という、彼女が描く強烈なフィクションとユートピア的な目的との絶え間ないせめぎ合いによって締められている。
 
 ディレイニーは、かつて自分の小説を「自分の人生に対しておこなう絶え間ない注釈」と説明したことがあるが、バトラーにもそういう側面はあるのだろう。グレッグ・テイトは、マーク・デリーとのアフロ・フューチャリズム対談のなかで(黒人であるということは)「権威的に与えられるものではなく、個人によっておこなわれる危険な冒険」と言ったが、バトラーにいたっては、そこに「黒人女性」というレイヤーも重なる。人種、階級、そしてジェンダー。植民地主義や疫病彼がもたらすディストピアとその政治性には、医学や生物学も動員される。バトラーはそのフィクションによって我々を慣習的なモノの見方から逸脱させることができる作家で、違った見方があることを伝授しようとするアフロ・フューチャリストである。『血を分けた子ども』は前評判通り、多彩で、無駄のない、充実した内容の短編集だと思う。
 
 収録されたふたつのエッセーのうちのひとつ「前向きな強迫観念」は自伝だ。黒人の子供がまだ堂々と書店に入れなかった時代、雇用主が捨てた本なら娘のために何でも持ってくる母親のもとで育ち、売れない作家として低賃金の労働をしては、午前2〜3時に起きて原稿を書いていた時代の話が綴られている。こうした彼女の回想にグっと来るのだが、このエッセーは文章の締め方がみごとだ。黒人がSFを書くことの意義とは何か?——作家として自立した彼女が何度も直面してきた尋問が繰り返される。その最後のパラグラフは、情熱的な言葉で彼女の創作哲学について簡潔に語っているので、それを引用してこの拙文も終わらせたいと、じつはそう思っていたのだが……、止めておこう。それだけで読んだ気になってしまったら、バトラーに申し訳がない。

(*)トリーシャ・ローズに関しては、日本では新田啓子の訳で評論集『ブラック・ノイズ』が刊行されている。

Félicia Atkinson - ele-king

 ブライアン・イーノの「非音楽家(ノン・ミュージシャン)」というコンセプト、あれは「楽器が弾けないけれど音楽を作れる」という表現よりも、「誰もがミュージシャンである」という逆説的な言い方のほうが意味は深くなる。ジョン・ケージの“4分33秒”ではないが、聴こえる音すべてが音楽であり、われわれはつねに音楽に囲まれているというコンセプトが、音楽というものの可能性を阻害する制度のいっさいに抗することでもあるように。その昔フェリシア・アトキンソンは、タイニー・ミックス・テープの取材に応えて、(ミュージシャンがリスナーに対して)「聴いて楽しんでほしい」と言うのはちょっと下品でしょう、と言った。「そうではなく、リスナーとミュージシャンが一緒にフォームを作って、そしてそれを問うこと」
 音楽を聴くという行為も創造的なのだから、最初から一方通行的に与えられたものを楽しむ(消費する)だけでは、音楽の可能性を矮小化してしまっている、もったいない、アトキンソンにしたら、そういうことなのだろう。だから自分の音楽がアンビエントと括られることにも、彼女なら窮屈に感じているんだろうな。これはバックグラウンド・ミュージックではないし、静的であることは、必ずしも平穏さや瞑想に着地するわけではない。静けさとは力強さだ、アトキンソンなら言う。
 
 それにしてもアトキンソンの学際的な探究心とその豊富な知識、柔軟な思考やそのとめどない理屈には舌を巻くばかりだ。ディレッタント的と言ってしまいそうだが、彼女の場合の知識は、自身の芸術的な欲望を穴埋めするような趣味的に蓄積されたものではない。フランスの、労働者階級出身でフェミニストの知識人は、どれだけ自由で平等で、創造的な人生を歩めるのかという実践における養分として、ジョーン・ディディオンからジル・ドゥルーズ、アンドレ・ブルトンからジャック・ケルアック、ギー・ドゥボールからジェイムズ・ジョイス等々たくさんの書物を横断的に読む。ただ学ぶのではなく「逸脱して学ぶこと」、そう彼女は言う。読書することひとつ取っても創造的な行為で、だからリスニングに関しても、集中して聴くことが唯一正しいリスニングではないと考えよう。リスニング行為それ自体にも思いを巡らせるのだ。(誤解されているようだが、彼女の創作とASMRが無関係であることは、TMTのインタヴューを読むとわかる)
 
 彼女の新作は、12歳でロバート・アシュレーを聴いた彼女が「声」における音楽的魅力について考察していたように……、と、ここまで書いたがいったん中断して、もう少し彼女の経歴を書いた方が良さそうなのでそうする。
 彼女はいわゆるエリートではないし、幼少期からクラシックを学べるような裕福な家の出でもない。経済力はないが文化を愛する両親のもとに生まれ、ビョークとキム・ゴードンとキャット・パワーとPJハーヴェイをアイドルとした思春期を過ごしている。90年代は『NME』と『The Face』を愛読し、マッシヴ・アタックとトリッキーのライヴを見たくてパリからブリストルに向かったのは16歳のときだった(けっこうミーハーである)。高校卒業後に学校で音楽を少し学んではいるそうだが、自分に合わなかったと辞めている。もっとも重要なことはジョン・ケージから学んだと公言しているが、それは独学。27歳で東京の〈Spekk〉からデビューするまでは、演劇の音楽をやったりしていたそうだ。
 また彼女は、自分のスタジオを持たないことを主義としている。リルケのように旅を好み、旅をしながら創作しているそうだ。初期はiPhoneやガレージバンドを使って作っていたほどで、Je Suis Le Petit Chevalierなるロック・バンドも同時にやっていたような人だったりする。自分自身を、作曲家でもポップ・ミュージシャンでもないローリー・アンダーソンや小野洋子のような中間的な存在に重ねている。そんな彼女が12歳でロバート・アシュレーを聴いたのは、看護師だった父親の趣味として家にシュトックハウゼンやジョン・ケージやアルヴィン・ルシエやコーネリアス・カーデューなんかのレコードに混じってそれがあったからだった。
 で、そう、彼女は大人になってアシュレーを再発見し、これまでも自身の作品において「声」はさんざん使っている。デンシノオトや渡辺琢磨のような昔からのファンにはもうお馴染みの「声」だろう。それでもアトキンソンにとっては、ゴダール映画、および『二十四時間の情事』、およびロベール・ブレッソン映画のような「ささやき声」を効果的に使っている映画作品から受けたインスピレーションを音楽のなかで全面的に応用することは、かねてからやりたかったことのひとつだったようで、それが本作『Image Langage』になった。
 もうひとつの動機としては、ゴダール映画におけるアンナ・カリーナの「ささやき声」のように、画像がなくても「声」のみで物語は構築できるというコンセプトがあった。この話を抽象化すると、以下のようになる。インターネット以前に人が得ていた情報源は、おもに身の回りにあった。本やレコードはもちろん、石や海辺もそうだった。それらは本と同じように、人がそのページを開くのを待っている。ひび割れるのを待っている、何かが明らかにされるのを待っている、開かれるのを待っている、そういう考え方にあると彼女は説明している。たしかにそうかもしれない。その気になれば、「声」それ自体からも音楽は聞こえるのだから。
 
 幸か不幸か、ぼくにはフランス語がさっぱりわからない。少しだけ英語も混ざっているようだが、ぼくのリスニング行為においては、必然的に、意味に左右されることのない音としての「声」が曲の構成要素のひとつとしてそこにある。ほのかな電子音とサックスが交流する1曲はインストゥルメンタルだが、“湖は話している”以降からは、ピアノや電子音の断片が控えめに描く風景のなかで、「声」が聞こえる。リスニングの旅をうながすサウンドと「声」のコンビネーションが、自然のイメージを仄めかすこともあれば、各々の物語をふくらませることもあるだろう。表題曲が素晴らしく思えるのは、それがまさに感性の彷徨をうながすからで、アメリカの詩人シルヴィア・プラスに捧げられた曲における不安定さにもぼくは魅力を覚える。まあ、ほかの曲に関しても、いつもとは違ったエクスペリエンス(音楽体験)において、だいたい良い気分になってしまうのだ。高尚な主題を、それこそアカデミックな実験音楽とポップ音楽との中間にまで調整させてしまえるだけの力量がこの人にはあるし、アトキンスの澄んだ音響には人をネガティヴにさせる要素がないので、ぼくはすっかり“楽しんでいる”。あ、ちょっと下品だったかな?
  
 イーノにしろ、アトキンソンにしろ、理屈っぽい人の作る音楽が必ずしも理屈っぽいわけではなく、エクスペリメンタルであることが音楽を難しくすることではないわけで、そもそも「実験」というのは、「結果がどうなるかわからないけれどやってみよう」ということを意味している。リスニング行為もまたしかり。それはオウテカが言う「慣れてしまうことに対する抵抗」だったり、アトキンソンの音楽のように迷うことの楽しさであったり、だいたいやってみてもいないのに、見たことがない世界を見ようってこと自体が無理な話なのだ。音楽にできることはまだある。

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