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遊佐春菜

Indie Pop

遊佐春菜

Another Story Of Dystopia Romance

KiliKiliVilla

小林拓音   May 18,2022 UP

 朝の満員電車ではほぼ全員がスマホの液晶をにらみつけている。コンビニのレジでも画面から目を逸らさない。だれそれが炎上したと、昼休みには同僚と盛り上がり、遅くまで働いた夜は布団に直行しツイッターを眺めながら寝落ち。それがいまや当たり前の日常となっているが、心は満たされているのだろうか。インターネットに没頭していた主人公がリアルのパーティへと出かけ、そこでの体験をつうじて新たな自分を発見する──ある東京の若者の成長譚を描いた遊佐春菜のコンセプト・アルバムは、SNSをアイロニカルに諷刺する曲からはじまる。

 僕はインターネット 世界と繋がってる
 〔……〕
 歪んでゆく優しさや正しさが
 ぼくの胸を伝い
 きみの心を殺してゆく
(“everything, everything, everything”)

 ネットそれ自体を擬人化し語り手とすることで、タイムラインの荒れ模様をうまく表現している。つづく “Midnight Timeline” はもっと直接的だ。「人はまるでゴミのようさ/あいつらは憎しみ合ってばかりで/空から堕ちてゆく」と、SNS上でよくあるけっしてスマートとは呼べない応酬の数々を、一歩引いた視点から切りとっている。ネットのダークサイドのリアリティにこれほど切りこんだ歌は、いまの日本の音楽シーンにおいては稀有だろう。
 他方でこの “Midnight Timeline” は、格差社会の厳しさを指摘しているようにも聞こえるからひと筋縄ではいかない。「未来は隔離されてるのさ/汚れた僕らの手の中には/何も残されちゃないさ」というザ・ブルーハーツを踏まえた箇所は、ごく少数の人間だけが「勝ち」つづける新自由主義のあり方を批判しているようにも思える。
 ポイントは、これらきわめて感度の高い詞が、遊佐の落ち着いた、だが一方でどこか浮遊感のある声で歌われているところだろう。

 遊佐春菜はロック・バンド、Have a Nice Day! (ハバナイ)や壊れかけのテープレコーダーズで活躍する仙台出身のヴォーカリスト/キーボーディストである。ソロ・アルバムとしては今回が2枚め。収録曲はすべてハバナイのカヴァー。なので詞と曲はハバナイの浅見北斗によるものなのだけど、プロダクションを手がけているのは〈キリキリヴィラ〉の与田太郎で、浅見は制作には関わっていない。
 うだつの上がらない(でもちゃっかり生活はできている)男性の「余裕」を想起させなくもないハバナイのオリジナル・ヴァージョンにたいし、あえて感情を押さえつけているかのごとき遊佐の発声は、よりシリアスに現代をえぐっているように感じられる。
 そんな繊細なヴォーカルが、90年代を思わせるエレクトロニックかつポップなダンス・サウンドに乗っかったのが本作だ。トラックはもう少し今日的で尖った方向にする手もあったのかもしれないが、クラブで過ごす夜の、楽しいけれどちょっぴりせつない気分を切りとるにはちょうどいいあんばいだとも思う。

 4つ打ちで盛り上げる中盤を経て、ピアノが情緒を急きたてる “Escape” は「二度と明日などこなくていい」と強がってみせる。クラブは仕事や家事といった社会活動からのシェルターであると同時に、ネットからの逃避先としても機能していたはずだった。パンデミックが一時的に奪ったのは、そういう場所だった。年明け、ageHa はその20年の歴史に幕をおろした。秋には CONTACT も VISION も閉店する。直接の原因は再開発だけれど、パンデミックもまた少なからず夜のカルチャーに打撃を与えたにちがいない。
 そんな現況にたいする悔しさや悲しみ、ある種の諦念と、そしていや、まだ希望はあるんじゃないかという淡い期待のようなものが、このアルバムではないまぜになっている。それは、本作に SUGIURUMN や XTAL らによる全曲のリミックス・ヴァージョンが付属していることからもうかがえる。トランペットがせつなさを加速する “巨大なパーティー” は、一度否定した「未来」や「明日」をそれでもなお追い求めようともがいている。

 当たり前だが、未来などだれにもわからない。ゆえにそれは現在の鏡となり、むしろ現在そのものを映し出す。今日のすぐれたドキュメントだけが、未来を夢想することを許される。遊佐春菜の音楽がそれだ。案外、5年後か10年後にはみんなPCやスマホを手放し、ネットから離れ、あちこちで踊り狂っているのかもしれないよ。

小林拓音

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