「Low」と一致するもの

ERA - ele-king

 等身大の目線で都市の生活を歌うラッパー、ERA。その6枚目のアルバム『under the sun』が本日1月22日配信されている。客演には仙人掌、CENJU、anndy toy storeといったベテランから若手までが登場。現在、収録曲 “SWAY IN THE WIND feat. CENJU” のMVがERA自身の運営するHOW LOWのYouTubeチャンネルで公開中だ。リリースを記念してパーカーもWISDOM STOREおよびTRASMUNDOにて発売とのことなので、あわせてチェックしておきましょう。

アーティスト:ERA
タイトル:under the sun
フォーマット:CD / DIGITAL
配信リンク:https://ultravybe.lnk.to/under-the-sun
発売日:2025年1月22日

ERAの2年ぶりとなる6枚目となるアルバム。PAIN、希望、日常をテーマとした全11曲入りのアルバム。エモーショナルなリリックにERA独特のFLOWが乗る。今回はBAYAREA寄りの楽曲が多数収録されている。ERA特有のキャッチーさに華をそえているビートとERA独特のFLOWとの関係性となっていて楽しめる内容となっている。フューチャリングには仙人掌、CENJU、anndy toy storeとベテランや盟友、フレッシュな若手を起用している。アルバムの後半では苦しんでいる人達にたいしてのメッセージがある曲を収録するなど今ままでより幅が広がったERA節を展開している。是非色んな人に聞いて頂きたい。

収録曲 :
01. Favorite Food Prod. by 4thathr33
02. Summertime In The Hood feat. 仙人掌 Prod. by Cedar Law$ & kosy
03. Rooftop Prod. by Major Threat
04. In The Dream feat. anddy toy store Prod. by DJ HIGHSCHOOL
05. Name ERA Prod. by Vis The Kid
06. Swaying In The Wind feat. CENJU Prod. by K.E.M
07. Get Serious Prod. by DJ SCRATCH NICE
08. ケセラセラ Prod. by SIRCORE
09. My Life Prod. by TEMPO TUNES COLLECTION
10. 明日 Prod. by boi yanel
11. Turn The Page Prod. by MASS-HOLE

Mixed by I-DeA at FLS 6th Lab
Masters by HIroshi Shiota at SALT FIELD MASTERING
Artwork by ATER ( FUT / LPS )
Photo by Teppei Hori

PROFILE :
D.U.O TOKYOをリプレゼントするFRESHでORIGINALなTOKYO出身のMC。2011年にファーストアルバム「3 WORDS MY WORLD」をリリース。変わらずに変化していく街のHIP HOPでTOKYOからオリジナルカラーに世界を染めていく。アルバム「JEWELS」をリリース後、自らのレーベルHOW LOWを設立。「LIFE IS MOVIE」(2015)、「Culture Influences」(2018)の2枚のアルバムと EP 「Ground Music」(2020)シングル「Daily Tales」(2021)及び「Reachung」(2022) をリリース。リリースしたどのタイトルもクラッシックとして、生活の中で作用し合いながら輝き続けている。SEMINISHUKEIの作品はもちろん、BCDMG、BIM、Campanella、tofubeats、PUNPEE、仙人掌らとも楽曲をリリースしており、ERAの描く地平線は素晴らしく湾曲していてまっすぐにのびていく。エモーショナルなリリックは何かを掴むきっかけをいつだって感じさせてくれる。

The TIMERS『35周年祝賀記念品』に寄せて - ele-king

 清志郎さんは煙草を吸うときに必ず匂いを嗅いでから火をつけた。僕の周りでそんなことをする人は見たことがない。パッケージから煙草を取り出すと清志郎さんは横向きにして鼻の下にあてがい、ささッと短く左右に動かす。煙草の匂いが本当に好きなんだなと思って、ある時、清志郎さんがいつものように煙草を鼻の下に押し当てた瞬間、「必ず匂いを嗅ぐんですね」と言ったら「そんなこと言われたら、もうできなくなるじゃないか」と怒られてしまった。楽しみを奪われたという表情だった。煙草の匂いを嗅ぐのは無意識だったのかと僕はさらに驚いた。
 この正月に風邪をひき、外に出るのが億劫だったのでタイマーズの『35周年祝賀記念品』を宅配で取り寄せ、パラパラと歌詞カードを眺めていたら、「火をつけて この胸に お前の匂いを かぎたいぜ」という歌詞が目に入った(“タイマーズのテーマ” )。そうだった。レコーディング前は語尾が「ぜ」ではなく、「かぎたいよ」と歌っていたことも思い出す。「必ず匂いを嗅ぐんですね」と僕が清志郎さんに言ったのは『忌野清志郎画報 生卵』を編集していた90年代半ばで、“タイマーズのテーマ” がつくられたのはそれより7年も前。なんだよ、自分で「匂いをかぎたい」と歌ってるじゃないか。あの時、僕はなんで怒られたんだ?
 そう、それは本来、煙草でやる仕草ではないことを煙草にもしていると僕に指摘されて、煙草で済ませていたことに自分で自分に腹を立てたのだろう。同じことはビールでも繰り返された。自宅でビールを飲み、「なんだ、これでもよかったんだ」と清志郎さんは自嘲していた。2人の子どもが生まれ、明らかにライフ・スタイルを変化させ始めた清志郎さんがそこにはいた。いまから思えばセルフ・イメージを書き換えていた時期なのである。朝の4時に窓を開けて「ヤッホー!」と大声を出して、石井さんに「何やってんの!」と頭をはたかれたりしていたのは同じだったけれど。
 清志郎さんにはそれまで強迫観念があり、いつも芸術家のようにあらねばならないと考えていた。日常生活も例外ではなかった。凡人がやるようなことをやってしまうと「ダメかなあ?」と妙に照れていた。その頃はそんな清志郎さんを何度見たことか。それこそ7年前にタイマーズを始めた人と同一人物なのかと思うほど、その頃はほのぼのとしていた。そう、タイマーズの時はやはり、清志郎は人が違っていた。

「事務所の人間が現場に行くわけにはいかないから代わりに行ってくれないか」と坂田社長に僕は言われた。タイマーズがステージに立つ1週間ほど前で、「現場に行くわけにいかない」というのは事務所がタイマーズのやることに責任を負えないという意味だった。イベントの主催者に対して説明のしようがなく、実質的に「逃げる」という判断である。それは清志郎と事務所の関係がいったん白紙になったということを意味し、タイマーズというバンドが業界に足がかりさえ持てないのかと僕は心配になってしまった。僕はまだ音楽業界という場所に足を踏み入れたばかりで、ことの重大さを完全に理解できていなかった。
 硬い表情のまま坂田社長は続けた。「危ないと思ったら、メンバーをタクシーに乗せて逃がしてくれ」と。このひと言にはさすがに緊張した。タイマーズのライヴ・デビューは1988年8月2日の富士急ハイランドで行われた音楽フェスで、トッピこと三宅伸治率いるモージョー・クラブが出演するはずだった時間帯をタイマーズに譲ったものだった。モージョー・クラブが『社会復帰』でメジャー・デビューしたのはその翌年のことで、その時の観客はモージョー・クラブだろうがタイマーズだろうが、どっちにしてもよく知らないバンドだし、実際、それまで降っていた雨が止んで、まばらな拍手を受けてタイマーズの演奏が始まっても半数は無反応だった。
 残りの半数は、しかし、半狂乱ともいえる騒ぎになった。RCサクセション『カバーズ』の発売中止を知らせる広告が新聞に掲載されてからから41日後のことであり、覆面をしたゼリーの声が清志郎だとわかっただけでなく、ライヴの後半では観客の耳に “Love Me Tender” と “Summertime Blues” が立て続けに飛び込んできたのだから。“Love Me Tender” が人前で演奏されたのは2回目、“Summertime Blues” は初めてだった。清志郎がなんとかタイマーズをかたちにしようと企画書をばら撒き(そこには憂歌団がバックを務めると書かれていた)、闇雲にデモ・テープを録音し始めてもマネージャーすら決まらないという事態が続いていたなか、富士急ハイランドには原盤会社だけが駆けつけた。
 富士急ハイランドが公開リハーサルみたいなものだったとすれば4日後のヒロシマ平和コンサートが本番だった。この日も無告知で、タイマーズはサプライズの登場だったにもかかわらず、彼らがステージに姿を現すや客席から「キヨシロー!」という嬌声が飛ぶ。楽屋でも大部屋の片隅でコソコソと作業し、清志郎だということは意外とバレてなかったと思うのに、彼らは一体どうやって清志郎が出ることを知ったのだろう。そうした声援には一切応えず、タイマーズは長々ともったいぶったバンド紹介を続け、ようやく “タイマーズのテーマ” が始まったと思ったら30分にも満たないステージは濃密な余韻を残してすぐに終わった。ヒロシマ平和コンサートの趣旨を踏みにじるように「偽善者はうたうよ 世界の 平和を求め」と歌ったのもさることながら、 “Summertime Blues” の間奏で清志郎が「オレは放射能を浴びてな、死にたくねえーな。麻薬中毒で死にたいぜ!」と言い捨てたことがとにかく印象的だった。
 この日のライヴはNHKが衛星中継をしていて、後で聞いたところによるとステージが終わってからNHKとは少し揉めたらしい。とはいえ、メンバーをタクシーで逃がすというほどの混乱は起きなかった。ステージを観て驚いたのか、オフィシャル・ブックを編集していた後藤繁雄さんがタイマーズのコメントを取らせて欲しいと熱心に頼んできた。僕に権限があることではないので、そこは勘弁してもらったけれど、後藤さんと話をしている間に、なんとタイマーズはイギリスのBBCから取材を受けていたらしい。それがタイマーズの初インタビューになるとは!(2番目に公開されたインタビューは僕が「パチパチ・ロックンロール」に書いたもので、それは本人の了解を得た上で僕が創作したもの。間違って引用なんかしないでね)。また、後藤さんが編集した写真集『ヒロシマ1988★ドキュメント写真集 VISUAL-AID BOOK』(クロスロード刊)は後半がほとんどタイマーズのステージ写真で占められていた。

 タイマーズはライヴ、とにかくライヴだった。毎回、何をやるかわからないし、「ロックとブルースと演歌とジャリタレ・ポップスをユーゴーした新しい日本の音楽」と企画書でぶち上げていた通り、スキッフルあり、演歌あり、フォーク・ロックありで、1回のステージのなかでも展開がまったく読めなかった。RCとの連続性でいうと“去年の今頃” や“あの子の悪い噂” が豊富なヴァリエーションに化けて周囲を取り囲み、上からも下からも襲ってきたという感じだろうか。横浜国立大学の学園祭では階段教室のようなつくりが災いして後方から前方に押し寄せてきた客の波に写真家のおおくぼひさこさんが押しつぶされて救急車で運ばれてしまい、コンサートの中止を訴える主催者の声を遮ってライヴを再開してしまうほどバンドの勢いが何よりも優先されていた。横浜国大ではその日の新聞の見出しを見て出番直前に “創価学会(住職誘拐)” をつくってしまうほど勢いがあり、客席もかなりの混乱に見舞われたけれど、続く泉谷しげる&ルーザーが堂々とステージを終えたのに対し、翌年行われた学園祭ツアーでは成城学園で同じようにタイマーズがパニックを引き起こし、トリのティアドロップスは中止になってしまった。
 とはいえ、清志郎のなかには言いたいことはライヴで訴えるしかないという背水の陣にも似た感情も僕はあったと思う。『カバーズ』のような作品を発売中止にしてしまうレコード産業に対して構造的な失望を覚え(清志郎の言い方では「音楽業界を見放した」となり、ライヴの録音自由化宣言へとながっていく)、自分が最後に立つ所はステージであり、最後はそこしかないという思いが強くなったと僕には感じられた(RCサクセションが80年代初頭にブレイクした際、清志郎は「レコードなんてチラシみたいなものだぜ」と発言していた)。具体的にそうした考えを本人から聞いたわけではないけれど、当時は「夜をぶっとばせ!」というラジオ番組で構成を担当させてもらっていたため、メディアが必ずしも自分の味方ではないと清志郎が考えざるを得ない感覚があることは充分に理解していたつもりである。
 それこそ同ラジオでスタジオ・ライヴの許可が下り、“アイ・シャル・ビー・リリースト” や “ヘルプ” といった曲をやれるとなった時、清志郎さんは過剰に喜んでいた。自分の番組なんだから「やれて当然」と思うのではなく、リアルタイムで自分の気持ちを表現できることが常に保証されていないと思っていなければ出てこない反応がその時は示されていた。地方と中央の関係やスポンサーの住所にも規定があるなど話はかなり込み入ってしまうので省くけれど、清志郎にとってはいわばFM大阪がFM東京の盾になってくれ、この時ばかりは自分の味方になってくれたという感じだったのだろう(その前の週にFM大阪からは “Love Me Tender” と “Summertime Blues” が放送禁止、FM東京からは『カバーズ』全曲が放送禁止という通達が来ていた。自分の番組で自分の新作が1曲もオン・エアできないのである。FM東京がネットし始めなければ少なくともFM大阪ではあれこれとオン・エアできたわけで、FM東京に対する反感はあの時から始まったと思う)。
 タイマーズのライヴが過熱していくのは、だから、当然のことで、それこそ「ソウル・バンドになってしまった」と一部で揶揄されていたRCサクセションとは対極のロックンロール・バンドであり、歌詞もあからさまに権力を題材にすることが増えていった。あるいは皮肉を前面に出すことで、 “ファンからの贈り物” や “キミかわいいね” といった初期の作風に戻ったともいえ、そのために曲に勢いがつけやすかったともいえる。ヒロシマ平和コンサートで演奏された “Summertime Blues” はとくにアコースティックとは思えない迫力で、88年の時点ではまだアコースティック・セットだったタイマーズがベース以外はエレクトリックに編成を変えた89年よりもインパクトではまさっていたと感じられた(NHKに録音が残っているはずだから「ヒロシマ平和コンサート」のライヴも『Rhapsody』のようなターニング・ポイントのライヴ盤として残すべきでは?)。

 レコード産業に対する失望だけでなく、タイマーズにはRCサクセションに対する失望も色濃く滲み出ていた。清志郎さんによると『カバーズ』が発売中止と聞かされても怒っていたのは自分だけで、タイマーズとして抗議の意を示したことは「本当はRCでやりたかった」ことだも話していた。発売中止を受けて行われたライヴの記録『コブラの悩み』のリハーサルでは、通しリハの前に清志郎さんが新たにつくってきたダスティ・スプリングフィールドの替え歌 “素晴らしすぎて” をみんなに聞かせるという一幕があった。曲が終わっても誰1人声を発さず、数秒の沈黙を受けて清志郎は投げ出すように「じゃ、やめよう」とあっさり曲を取り下げてしまった。ヒロシマ平和コンサートの3日ぐらい後のことで、タイマーズとして得た充実感とはあまりに対照的な空気がそこには流れていた。通しリハが進み、 “イマジン”を一度演奏しかけてストップし、「この曲は元気にやろう!」と清志郎がメンバーに注意を喚起したことが印象に残っている。
 RCサクセションとの距離感は、しかし、『カバーズ』の発売中止よりもずっと以前から広がっていた。東芝EMIの御殿場工場で『カバーズ』のアナログ盤がプレスされる直前にラッカー盤で試聴するという行程があり、その日が清志郎さんの誕生日と重なっていると知った僕は「アサヒグラフ」に「清志郎が富士山で誕生日を祝う」という企画を出して写真家の川上尚見さんと共にプレス工場に乗り込んだ。試聴室に入ってみると、そこには清志郎さんと、なぜか石井さんがいた。空いている椅子に僕たちは腰をかけ、手持ち無沙汰にラッカー盤の到着を待っていると、清志郎さんが沈黙を破って「あいつら、最終的にどんな音で鳴るのか、興味がないんだよ」とポツリと言った。僕はとくに疑問には思っていなかったのだけれど、他のメンバーが誰も来ない理由を説明しようとしたのだろう。その時、僕は清志郎さんと知り合ってまだ1年ちょっとしか経っていなかった頃で、RCサクセションの内部がどのようなパワー・バランスで成り立っているのかぜんぜんわかっていなかった。「ああ」とかなんとか生返事をして、頭のなかでは清志郎さん以外のメンバーは音質には興味がないということなのかなと考えたり。しかし、それから3年後にはRCサクセションが活動を停止していたことを思うと、あれは思ったよりも重いひと言だったのだなといま頃になって考え直している。
『コブラの悩み』が収録された夏の日比谷野音は異様な物々しさに包まれ、ライヴの空気もそれに引き摺られて緊張感が増していた。『カバーズ』からの6曲に加えて“言論の自由”や“セルフポートレート”といったプロテスト・ソング、放射能のことを最初に取り上げた“SHELTER OF LOVE”なども演奏されたけれど、全体に抗議調で押し通したわけではなく、『MARVY』から “コール・ミー” や『BLUE』から“よそ者” 、さらに “トランジスタ・ラジオ”、“ラプソディ” と、意外なほどヒット・パレード的な内容でもあった。“アイ・シャル・ビー・リリースト” は、スタジオ・ライヴで歌われた「西から東まで」ではなく「東の芝にも」に歌詞が変わり、“あきれて物も言えない” はいくらなんでもテンポが速過ぎた。ちなみに『コブラの悩み』というのはライヴ盤につけられたタイトルで、ライヴ当日は「SPECIAL FOR SUMMER NIGHT」というタイトルが付けられていた。

 野音が終わるとタイマーズのデモ・テープづくりが本格化し、あっという間に38曲を録音して19曲をトラック・ダウン(これをダビングしたテープがどこでどうやって高杉弾の手に渡ったのか、それをまたコピーしたものがセンター街の彼の店で飛ぶように売れたという)。 “原発賛成音頭” など何曲かは「夜をぶっとばせ!」でデモ・テープのままオン・エアもされ、年末には江戸屋レコードからのリリースが検討されていたものの、年が明けるとしばらくして『コブラの悩み』と同じく東芝EMIからリリースされることになった。最終的にロンドンでレコーディングするとか伊豆でレコーディングするとか、方針が何度も変わるなか、箱根合宿などを行ってアルバムの構想は徐々にまとまっていく。タイマーズの曲はカバーも多く(大喪の礼を揶揄した“カプリオーレ” はブラームスの曲に歌詞をつけたもの)、テーマ的にも『カバーズ』の流れをダイレクトに汲んだりもするなか、『カバーズ』で他人の曲をあれこれといじくったことで手癖から解放されたことも大きな成果だったと本人は語っていた。 “シークレット・エージェント・マン”から“不死身のタイマーズ”、や“争いの河”、 “悪い星の下に” から“Mama Please Come Back”、といった感じだろうか。ロックンロールやロカビリーが多いのは三宅伸治の影響だろう。『カバーズ』のアウトテイクに加山雄三の “君といつまでも”があり、 “ロックン仁義”のセリフ・パートなどはそこからの流れという感じもあった( “ロックン仁義”が演歌なのは「イカ天」やバンド・ブームを嫌っていた清志郎の皮肉が振り切れたということだと思う)。 “総理大臣、でスライを意識したあたりもRCサクセションにはなかった一面で、このような音楽性の広げ方はピーター、ポール&マリーやピンク・フロイドを柔軟に消化した『楽しい夕に』のヴァージョン・アップにも思えてくる。
 エレクトリックに編成を変え、メジャーからのレコード発売が前提となった89年のヒロシマ平和コンサートはゲリラ出演ではなく、初めから予定に組み込まれたことで早くも様式性を楽しむ態度が強くなっていたものの、周囲の期待はかつてなく増大していた。それこそイレギュラーが身上のタイマーズといえどもバンドが軌道に乗ると頭をもたげてくる予定調和との戦いが始まったのである。しかし、それをぶち破るようにファースト・シングル “デイ・ドリーム・ビリーバー” が発売された2日後、タイマーズはフジテレビ「ヒットスタジオR&N」で事件を起こす。清志郎がTVのゴールデン・タイムでクレージー・キャッツのような音楽コントの番組をやりたいと坂田社長に提案したことから始まったラジオ番組「夜をぶっとばせ!」は清志郎の思いとはだいぶかけ離れた内容になってしまったけれど、FM大阪だけで放送されていた時期はそれなりに自由にやっていた。視聴率がいいのでこれがFM東京にネットされることが決まり、実際に放送シフトが変わる1週間前に『カバーズ』の発売中止という巡り合わせになってしまい、スタッフから何からいろんなことがいっぺんに変わってしまった。FM大阪が “Love Me Tender” と “Summertime Blues” を放送禁止にすると言ってきたことだってどうかとは思うけれど、FM東京が『カバーズ』全曲放送禁止と通達してきたのはあまりにも過剰反応であり、『カバーズ』が世に出ないことに自分の番組まで加担するというのは清志郎にとってどれほどの屈辱だったことか。現場でも対応の仕方がよくわからなかったので初回の放送は2ヴァージョン制作されたり、スタジオを変えたり、バタバタしっぱなしで、その波をなんとか乗り越え、清志郎が次の放送でスタジオ・ライヴをやりたいと申し出てくれたことで一気に方向性が明確になった。その結果、清志郎と三宅伸治が行なったライヴがそのままタイマーズの雛形になっていく。三宅伸治は自分のバンドがデビューするタイミングだったのに、よくぞあれだけ頑張ったと思う。残りのメンバーを集めたのも、確か彼だったと思う。
 その後もFM東京は納品したテープにあれこれと文句をつけてくることが多く、FM東京からのクレームは清志郎に伝えたこともあったし、伝えなかったこともあったけれど、辟易としながらも僕らが態度を改めたことはなかった。むしろ新作を一切プロモーションできないのに番組を続けていく意味はあるのかという疑問を悪ふざけに転化しなければやっていられなかったところあった。FM東京の担当者は最終回の収録まで一回も現場に来なかった。「ヒットスタジオR&N」で “FM東京” が演奏された次の日には清志郎の家に召集がかかり、前日の録画をみんなで爆笑しながら鑑賞することになった。現場にマネージャーとして赴いていた片岡たまきは、彼女の夫であるロケットマツがアコーディオンでタイマーズの演奏に加わっていたのに “FM東京” をやるとは知らされていず、さすがにあとで夫婦喧嘩になったらしい。また、当時の荒井社長とたまきはFM東京の重役室に謝りに来いと命じられ、頭を下げに行ったものの、謝りながら耐えきれずに吹き出してしまったという(ここまでがFM東京事件という感じですwww)。ちなみに清志郎は最初、ジュリーをもじってジュレーと名乗っていて「それだったらゼリーの方がいい」と提言したのが片岡たまき。
「ヒットスタジオR&N」のライヴは短いので何度もリピートして観ているうちに石井さんが “FM東京” を歌い出す時、「クリちゃん、泡吹いてるよ」と言い出した(石井さんは清志郎のことを本名で“クリちゃん” と呼ぶ)。確かにゼリーの口元からは泡が噴き出してた。そう言われて清志郎も笑っていたけれど、そうなんだよ、けして清志郎はロックの化身だとか強靭な精神力の持ち主とかではなく、勇気を振り絞ってあれをやったのである。「イキがったりビビったりして」と “ドカドカうるさいR&Rバンド” で歌っていたように清志郎だって自分が持てる以上の力を出そうと必死だったのである。次の年に清志郎は “空がまた暗くなる”で 「おとなだろ 勇気をだせよ」と歌っていた。あれは当時のディレクターに向けた言葉なのかなと僕は思っていたけれど、案外、自分自身に言い聞かせていたことなのかも。

『35周年祝賀記念品』はオリジナル・アルバムのリマスターに、2006年版に追加収録されていたシングルのカップリング曲と2016年のスペシャル・エディションからDisc2の10曲を合わせたCD2、そして、未発表の9曲を収録したCD3の3枚組。 “FM東京” はともかくとしてライヴで繰り返された “明星即席ラーメン” や “Summertime Blues(天皇ヴァージョン)”などがもう一度聞きたかったけれど、 ライヴとはまた異なる世界観で作品を構築したのは清志郎の考えでもあるので、そこは致し方ないところでしょう。オリジナル・アルバムについてはここまで書いてきたことと重複してしまうので省略するとして、CD3について多少の補足。オリジナル・アルバムは東京でトラック・ダウンした19曲に加えてロンドンでレコーディングした23曲の計42曲から17曲を選んだもので、ロンドンに行ってからつくった“ブツ”は間に合わず、そのまま日の目を見なかった。タイマーズでもなかなかに物騒なイメージが広がる“ブツ”は三宅伸治がリード・ヴォーカルを取る曲で、スタジオ・テイクがようやくここに収録されることに(ライヴ・ヴァージョンは『不死身のタイマーズ』に収録)。僕はその頃、たまたまロンドンに1週間ほど遊びに行っていて、タイマーズが来ていると聞いてスタジオに顔を出してみたら、その日は“覚醒剤音頭”のオーヴァーダビングをやっていた。ブックレットにはクレジットがないけれど、その時、スタジオにいた女性たち全員でコーラスをつけたら面白いということになり、原盤会社の相沢社長、マネージャーのたまき、そしてライターの水越真紀が「ツイホー!」と叫び、普段はクールにしている相沢社長が「ツイホー!」と叫ぶ姿に一堂、笑いをこらえきれず、レコーディングが終わるとスタジオ内が爆笑だったことを思い出す(これもライヴ・ヴァージョンが『復活!! The Timers』と『不死身のタイマーズ』に収録)。ちなみに僕は東京で “デイ・ドリーム・ビリーバー” に手拍子で参加しています。後拍で二連打です。CD3には“デイ・ドリーム・ビリーバー” の「2024 MIX」も収録されています。“Mama Please Come Back”はタイマーズだけでなくRCのライヴでもやっていた曲で、スタジオ・テイクは初収録。ライヴよりも雰囲気がぐっと濃厚になり、音の回り方がユニークな仕上がり。この曲は独特のベース・ラインがカンの “Vitamin-C” とまったく同じで、ちょっとビビります。 “BAKANCE” はベースのボビーこと川上剛が在籍していたヒルビリー・バップスに清志郎が提供した曲で、GS風の青春ポップスをレザー・シャープスのライヴ・アルバム『HAPPY HEADS』に続いてタイマーズとしてもセルフ・カバー。あまりにも爽やかでたじろぐアレンジだけれど、これと較べてみると宮城宗典がちゃんと自分の曲にして歌っていたこともよくわかる。 “LONG TIME AGO” は89年のヒロシマ平和コンサートで演奏したライヴ・ヴァージョンを収録。急にここだけ生々しくなり、収録された意図が不明確になる(全体に誰がどういう基準で選曲したのか趣旨を説明してほしかった)。
 さらに最後は“君はLove Me Tender を聴いたか?”。『コブラの悩み』に最初の30秒だけ収録され、すぐに途切れていた曲で、『コブラの悩み』と同じ年のクリスマス武道館で行われたRCサクセションのライヴでも披露された曲。タイマーズ名義のアルバムに収録されるのはどうなんだろうと思うけれど、正式なリリースとなったことは素直に喜びたい(実際にはリズム・マシーンを使って清志郎が1人で録音した曲であり、最初に世に出たのは武道館の10日ほど前に放送された「夜をぶっとばせ!」。清志郎はリスナーにカセットを用意してと呼びかけた))。『カバーズ』に先駆けて発売中止となったシングル“Love Me Tender”は “Summertime Blues”と違って反原発の歌ではなく、反核の歌であり、発売中止となったことでかえって広く知れ渡った状況を批評的に扱った側面と、石井さんが購読していた赤旗に書かれていた「原子力発電所で、実は核兵器をつくっているのではないか」と疑う記事の内容を合体させて表裏一体とし、そうとでも考えなければ発売中止にするほどの意味が理解できないという、いわば自らの上に降りかかった状況をきちんと整理して筋道をつけた曲である。題材と向き合う時に必ずしも客観性を重視しないニュージャーナリズムのような視点が活きていて、事件の渦中にあって混乱しがちな立場にもかかわらず、冷静に問題意識を明確にしているのはさすが。清志郎本人が自慢するポイントとしては“Love Me Tender”と同じコード進行で異なるメロディをつけたことだそうです。 『35周年祝賀記念品』を聴いていて、『カバーズ』の発売中止とタイマーズの活動を通じて清志郎が本当に感じていたことは、 「こんな でたらめな街を さよならしたいよ」(“タイマーズのテーマ”)と、「レコード会社も新聞も雑誌もFMも バ~カ~み~た~い~」(“君はLove Me Tender を聴いたか?”)という部分だったんじゃないかと僕は改めて思った。『生卵』の編集をしていた頃、「竜平くんには自分がいる狭い世界ではなく、もっと広い世界で活躍してほしい」と言っていたことを思い出す。

 RCサクセションのライヴが大阪であった際、メンバーとは別に清志郎さんだけを先に大阪に行かせ、「夜をぶっとばせ!」の収録を現地でやることになった。大阪に連れていくのは僕の役目になり、朝早く清志郎さんを起こしに行った。睡眠時間を確保する習慣がない清志郎さんはガン寝していてまったく起きる気配もなく、ただ僕はじりじりと玄関で待っていた。起きない……。起きない……。起きない……。起きない……。まだ鳩の森神社の近くにある狭い家に住んでいた頃で、ようやく目を覚ました清志郎が朝ごはんを食べている様子もなんとなく伝わってくる。この家に清志郎さんと2人でいた時、インターフォンが鳴って「ピザの配達です」とファンが押し入ろうとしたことがあった。そういうことはしょっちゅうあるらしい。玄関の前まで来たファンを清志郎さんは顔は出さずに「もうするんじゃないよ」とインターフォン越しに優しく諭していた。いまから思えばあまりにもアクセスしやすい家だった。朝ごはんを食べなければ絶対に外に出ない清志郎さんがようやく食べ終わり、タクシーに詰め込んで、なんとかオン・タイムで新幹線に乗せることができた。ガランとしたグリーン車にたった2人だけだった。「寝て行きますよね?」と清志郎さんに言うと「決めつけるなよ」とまた怒られてしまった。5分もしないうちに清志郎は寝ていた。
 2009年5月9日、清志郎さんが目を覚まさないと聞いた4万3000人のファンが青山墓地に清志郎さんを起こしに来た。大勢の人が清志郎さんの名前を呼んでいる。悲痛な声。か細い声。無骨な声。そうした声援に清志郎さんはまたしても応えない。今度こ清志郎は本当に目を覚まさなかった。会場の外にボビーこと川上剛がいた。「なかに入りたくなくて」と彼は言った。しばらくそこで昔話をした。どういうわけかガロン・ドランクの話で一番盛り上がってしまった。てっきり音楽を続けていると思っていた僕は川上剛がもう音楽はやめたと聞いて本当にショックだった。「無理ですよ」と言った彼の声はとても乾いていた。タイマーズなのに。タイマーズをやっていた人が音楽活動を続けられないのか。そんな国なのか。
 タイマーズ35周年、おめでとうございます。当分、あなた方の伝説を乗り越える才能は出て来ないことでしょう。


(川上剛の回想)


(パーこと杉山章二丸のお店案内)

ele-king presents HIP HOP 2024-25 - ele-king

ヒップホップ/ラップ・ミュージックの年刊専門誌が創刊!

たったいま、アメリカで起きていること、
これを読めば、USヒップホップの “現在” がわかる!!

現在のUSヒップホップのメインストリーム概観、乱立するサブジャンル解説、ヒップホップと大統領選、『ヒップホップ・ジェネレーション』の著者=ジェフ・チャンのインタヴュー、海外アーティストの来日ライヴ・レポート、そして、2024年ベスト・アルバム50を発表!!

Kendrick Lamar, MIKE, BossMan Dlow, Latto, Xaviersobased, Rapsody, Tyler, The Creator, Doechii, Common & Pete Rock, GloRilla, ScHoolboy Q and more...

菊判218×152/160ページ

目次

Intro (For the First Issue) 二木信

[巻頭対談]
歴史的ビーフからサウスの女性ラッパーの躍進、カントリーとの蜜月、ベテランの健闘まで
――2024年のアメリカのヒップホップでは何が起こっていたのか?(池城美菜子×渡辺志保)

[インタヴュー]
ミーガン・ザ・スタリオン、グロリラの元気と、タナハシ・コーツの勇気に出会えた年──押野素子
私の役割はコミュニティの歴史を伝えること──ジェフ・チャン(通訳:SRCFLP)
海外アーティスト来日ライヴ・レポート!──PoLoGod.×$hirutaro
ShotGunDandyが解説する2024年ベスト・パンチライン!

2024年ベスト・アルバム50
二木信、アボかど、池城美菜子、市川タツキ、イワタルウヤ、奧田翔 、小澤俊亮、小林雅明、島岡奈央、高久大輝、つやちゃん、野田努、長谷川町蔵、吉田雅史、渡辺志保

[コラム]
サブジャンルが乱立する2024年。シーンでは何が起きている?(アボかど)
あらゆる戦争が交差するストリートから生まれる音楽──bigsosとムスタファについて(磯部涼)
ラッパーほど信頼できる存在はいないだろ?──ヒップホップと大統領選(辰巳JUNK)
「USヒップホップ」の境界線をかく乱する──2024年のサウンドの冒険(つやちゃん)
2024年の怪物キメラへ──ビーフの裏側で誰が本当に殺されていたのか(緊那羅:Desi La/青木絵美訳)
アンビエント・ラップというオルタナティヴの発生現場(野田努)
私はアンチ・カーディ・Bじゃない──フィメール・ラップのいくつもの物語(島岡奈央)
50周年を迎えたヒップホップと「年齢」の壁(ネコ型)
ヒップホップ・メディアは「ほとんどがゴミ」なのか?──岐路に立たされるジャーナリズム(竹田ダニエル)
2024年のヒップホップ・カルチャーと社会──そして「政治」とは何か?(塚田桂子)
ラップの虚構性とキャンセル・カルチャー(小林雅明)
燃えつきることなく燃えつづける「反ポップ」のともしび──アンチポップ・コンソーティアムのふたりがそろって新作を出した年(小林拓音)

レコード店が選ぶ2024年のベスト10
ディスクユニオン/EBBTIDE RECORDS/HMV record shop 渋谷/Jazzy Sport Shimokitazawa/JET SET KYOTO/Manhattan Records/VINYL DEALER

BONUS TRACK まだまだあった! 2024年の見過ごせない注目作

[編集・監修者プロフィール]
二木信(ふたつぎ・しん)
1981年生。ライター。『素人の乱』(松本哉との共編著)、単著に『しくじるなよ、ルーディ』、企画・構成に漢 a.k.a. GAMI著『ヒップホップ・ドリーム』、編集協力に『ele-king vol.27 特集:日本ラップの現状レポート』、『文藝別冊 ケンドリック・ラマー』など。

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
Rakuten ブックス
7net(セブンネットショッピング)
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
disk union
紀伊國屋書店
MARUZEN JUNKUDO
e-hon
Honya Club
駿河屋
au PAY マーケット

P-VINE OFFICIAL SHOP
SPECIAL DELIVERY

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
三省堂書店
丸善/ジュンク堂書店/戸田書店、ほか
有隣堂
くまざわ書店
TSUTAYA
大垣書店
未来屋書店/アシーネ

お詫びと訂正

このたびは弊社商品をご購入いただきまして誠にありがとうございます。
『ele-king presents HIP HOP 2024-25』に誤りがありました。
謹んで訂正いたしますとともに、お客様および関係者の皆様にご迷惑をおかけしましたことをお詫び申し上げます。

●36、39、52、55、94、97、114、117、130、133、136、149ページ ショルダー

誤 COLUNM
正 COLUMN

●101ページ 下段最終行

誤 ジャフ・チャン
正 ジェフ・チャン

●153ページ 右段チャート7番目

誤 BIGMUTHA
正 BbyMutha

●159ページ プロフィール記載漏れ

奧田翔(おくだ・しょう)
1989年3月2日生まれ。宮城県仙台市出身。2008年、大学入学を機に上京。入会したキックボクシング・ジムでかかっていたBGMをきっかけにヒップホップ/R&Bを聴き始める。主な仕事にケンドリック・ラマーらの国内盤ライナーノーツ、YouTubeチャンネル『HIPHOPで学ぶ英語』など。最近毎朝コールドシャワーを浴びている。

●159ページ 左段

誤 池城美奈子
正 池城美菜子

Whatever The Weather - ele-king

 昨年は二度目の来日公演が実現、mouse on the keysのライヴへの出演も話題を呼んだロレイン・ジェイムズ。そのアンビエント・プロジェクト、ワットエヴァー・ザ・ウェザーのセカンド・アルバムがリリースされることになった。3月14日、おなじみの〈Ghostly International〉から発売(CDは日本盤のみ)。現在、新曲 “12°C” のMVが公開されているが、このヴィデオもジェイムズ本人が手がけたものだという。アルバム、楽しみにしておきましょう。
 なお、ファースト・アルバムのレヴューはこちらから。

Loraine Jamesのアンビエント志向のエイリアス、Whatever The Weatherの待望のセカンド・アルバムが3/14にGhostly Internationalからリリース決定!先行ファースト・シングル「12°C」がMVと共に公開!

Festival de FRUE、STAR FESTIVALを含む2度の来日ツアーも果たし、ここ日本でもジャンルの垣根を超え支持を得ているサウス・ロンドンのプロデューサー、Loraine Jamesのアンビエント志向のエイリアス、Whatever The Weatherの待望のセカンド・アルバムが3/14にGhostly Internationalからリリース決定!

そして先行ファースト・シングル「12°C」が公開されました。この曲はアルバムのクロージング・トラックで、賑やかな人間空間から具体的なグルーヴへと漂い、メロディとテクスチャーを織り交ぜながら、魂を揺さぶるような充実感を生み出している感動的な楽曲です。Loraine本人が手がけたミュージック・ビデオも同時に公開されております。

Whatever The Weather new single “12°C” out now

Whatever The Weather – 12°C (Official Video)
YouTube: https://www.youtube.com/watch?v=p4BgcSlKd0g

The video was self-made by Loraine James.

Whatever The Weather new album “Whatever The Weather II” 3/14 release

Artist: Whatever The Weather
Title: Whatever The Weather II
Label: PLANCHA / Ghostly International
Cat#: ARTPL-230
Format: CD
Release Date: 2025.03.14
Price (CD): 2,200 yen + tax

※日本独自CD化
※ボーナス・トラック1曲収録
※解説付き予定

WTW第二章!Festival de FRUE、STAR FESTIVALを含む2度の来日ツアーも果たし、ここ日本でもジャンルの垣根を超え支持を得ているLoraine JamesのWHATEVER THE WEATHER名義での待望のセカンド・アルバムが完成!

ロンドン拠点のLoraine Jamesは、エレクトロニック・ミュージックの第一人者として名を馳せる一方、洗練された作曲、骨太な実験、予測不可能で複雑なプログラミングを融合させることで、そのサウンド・アイデンティティを確立してきた。名門レーベルHyperdubからリリースされる彼女の本名名義での作品は、IDMの影響を受け、ヴォーカルを多用したコラボレーションが多いのに対し、別名義であるWhatever The Weatherでは印象主義的で内面的な視線のアプローチをみせている。セカンド・アルバムとなる『Whatever The Weather II』では、催眠術のようなアンビエンスから、斑模様のリズム、日記的なフィールド・レコーディングの切り刻まれたコラージュまで、重層的なテクスチャーの豊かな世界がシームレスに流れていく。その結果、デジタルとアナログのさまざまな方法で加工された有機的な要素と人間的な要素の説得力のある結合から生まれた、独特の分断された美しさが生まれた。

レコーディング時の「感情の温度」に基づいて『Whatever The Weather』というタイトルをつけたが、彼女はレコーディングされた作品を改めて聴くと温度計の温度とは全く別の場所に感じられることがよくある、と述べている。それは環境の気まぐれであり、前作とその南極のイメージに比べれば、本作『Whatever The Weather II』は暖かい作品である。それは、再びCollin Hughesが撮影したジャケット写真の砂漠の気候や、Justin Hunt Sloaneがデザインしたパッケージが物語っている。また、両アルバムに共通しているのは、友人でありコラボレーターでもあるJoshua Eustis (aka Telefon Tel Aviv)のマスタリング作業で、彼は複雑な音に鋭い耳を傾け、驚くほど立体的なサウンド体験を作り上げている。

アルバムの冒頭を飾る「1°C」では、Loraineが「ちょっと肌寒いね…夏になるのが待ち遠しいよ」と話し、粒状の音と散在するヴォーカル・サンプルの層が浮かび上がる。この言い表せないムードは「3°C」にも引き継がれ、高周波の振動がステレオ・フィールドを飛び交い、力強くミニマルなキックが壊れたスピーカー・コーンを揺らし、広々としたシンセのハーモニーがはじけ、霧の中に消えていく。アルバム中最も長尺の「20°C」は、会話とマイナー・キーのコードの喧噪の中で白昼夢を見た後、グリッチでスタッカートなパーカッション・パターンの連続が花開く。「8°C」は、最小限の対位法で彩られた、1つのさまようようなキーボード・ラインに乗っている。これらの瞬間、Loraineは拡散するアイデアから難なく秩序を導き出し、遊び心のある自発性が共通の糸を生み出している。

このプロジェクトについて語る上で、最初の『Whatever The Weather』LP(Ghostly, 2022年)は『Reflection』(Hyperdub, 2021年)と同時期に制作されたこと、そして彼女の2つの音楽的心構えの間にはある程度のスタイルの相互作用があったことを指摘している当時、彼女はPitchforkのPhilip Sherburneにジャンルに対する思いを語り、「そう、私はIDMを作るほとんどの人とは違って見えるかもしれないし、違う時代から来たけれど、その言葉が否定的か肯定的かはあまり気にしていない。私の音楽はIDMだと思うし、他のものからインスピレーションを得て、それを融合させながら自分なりのアレンジをしている」。今回は、数か月間、この別名義とその特徴の開発に集中してエネルギーを注いだ。コラボレーターはおらず、ビートは少なく、主に本能と即興に基づいたプロセスだった。

このアルバムの特異なサウンドは、彼女がソフトウェアよりもハードウェアを好んだことに起因している。シンセサイザーのバッテリーは、ほとんどオーバーダビングされることなく、数々のペダルによって変調、変形、再構築され、各アレンジメントが作成された瞬間に効果的に固定されている。ポスト・プロダクションでは、アーティストが最も重要視しているシーケンスに最大の努力が払われた。全体として、この組曲は、季節の移り変わりと自然主義的な優美さの感覚にふさわしい満ち引きを見せる。

この曲では、東京の遊び場にいる子供たちの心に響くエコーが、断続的に鳴り響く静寂を突き抜け、オフキルターな泡のような音色に包まれる。ここでLoraineは、彼女の多くの強みのひとつである、大胆不敵な音のコラージュへのアプローチを、野心的な実験と驚きに満ちたテンポによって高めている。同じ音空間に長く留まることに満足しない「15°C」は、ソフトなパッドと輝くカウンター・メロディが続き、突然、回転する機械の中の緩んだ部品を模倣した、耳障りで周期的なリズムが加わる。 Loraineの作品の多くがそうであるように、彼女の手によってのみ意味をなす内部論理を帯びている。
クロージング・トラックの「12°C」は、賑やかな人間空間から具体的なグルーヴへと漂い、メロディとテクスチャーを織り交ぜながら、実に珍しい、魂を揺さぶるような充実感を生み出している。その最後の瞬間、私たちは初めて、彼女のピッチシフトした声の上で、物憂げなアコースティック・ギターと優しく指でタップするビートを耳にする。これは、皮肉な曖昧さでアルバムを締めくくるコールバックであり、地平線の向こうにさらに何かが見つかるというヒントである。『Whatever The Weather II』には、まるでネガフィルムのような形式的な構成と、ウィット、インテリジェンス、そしてスキルで常識を覆すような、そんな魅力的な箇所がに満ちている。

マスタリングは引き続きTelefon Tel AvivことJoshua Eustisが担当。CDリリースは日本のみで、ボーナス・トラックが追加収録。

Track list:
01. 1°C
02. 3°C
03. 18°C
04. 20°C
05. 23°C (Intermittent Sunshine)
06. 5°C
07. 8°C
08. 26°C
09. 11°C (Intermittent Rain)
10. 9°C
11. 15°C
12. 12°C
13. null (Bouns Track for Japan)

Loraine James // Whatever The Weather

ロレイン・ジェイムス(Loraine James)はノース・ロンドン出身のエレクトロニッック・ミュージック・プロデューサー。エンフィールドの高層住宅アルマ・エステートで生まれ育ち、母親がヘヴィ・メタルからカリプソまで、あらゆる音楽に夢中になっていたおかげで、エレクトロニカ、UKドリル、ジャズなど幼少期から様々な音楽に触れることとなる。10代でピアノを習い、エモ、ポップ、マス・ロックのライヴに頻繁に通い(彼女は日本のマスロックの大ファンである)、その後MIDIキーボードとラップトップで電子音楽制作を独学で学び始める。自宅のささやかなスタジオで、ロレインは幅広い興味をパーソナルなサウンドに注ぎ込み、やがてそのスタイルは独自なものへと進化していった。
スクエアプッシャーやテレフォン・テル・アヴィヴといった様々なアーティストやバンドに影響を受けながら、エレクトロニカ、マスロック、ジャズをスムースにブレンドし、アンビエントな歪んだビートからヴォーカル・サンプル主導のテクノまで、独自のサウンドを作り上げた。
彼女は2017年にデビュー・アルバム『Detail』をリリースし、DJ/プロデューサーであるobject blueの耳に留まった。彼女はロレインの才能を高く評価し、自身のRinse FMの番組にゲストとして招き、Hyperdubのオーナーであるスティーヴ・グッドマン(別名:Kode 9)にリプライ・ツイートをして、Hyperdubと契約するように促した。それが功を奏し、Hyperdubは2019年に彼女独特のIDMにアヴァンギャルドな美学と感性に自由なアプローチを加えたアルバム『For You and I』をリリースし、各所で絶賛されブレイク作となった。その後『Nothing EP』、リミックス、コラボレーションをコンスタントにリリースし、2021年に同様に誠実で多彩なフルレングス『Reflection』を発表。さらなる評価とリスナーを獲得した。2022年には1990年に惜しくも他界したものの近年再評価が著しい才人、Julius Eastmanの楽曲を独自の感性で再解釈・再創造した『Building Something Beautiful For Me』をPhantom Limbからリリースし、初来日ツアーも行った。そして2023年には自身にとっての新しい章を開く作品『Gentle Confrontation』をHyperdubから発表。これまで以上に多くのゲストを起用しエレクトロニック・ミュージックの新たな地平を開く、彼女にとって現時点での最高傑作として様々なメディアの年間ベスト・アルバムにも名を連ねた。

そしてロレインは本名名義での活動と並行して、別名義プロジェクトWhatever The Weatherを2022年に始動した。パンデミック以降の激動のこの2年間をアートを通じて駆け抜けてきた彼女はNTSラジオでマンスリーのショーを始め、Bandcampでいくつかのプロジェクトを共有し、前述のHyperdubから『Nothing EP』と『Reflection』の2作のリリースした。そして同時に自身が10代の頃に持っていた未知の創造的な領域へと回帰し、この別名義プロジェクトの発足へと至る。Whatever The Weather名義ではクラブ・ミュージックとは対照的に、キーボードの即興演奏とヴォーカルの実験が行われ、パーカッシヴな構造を捨ててアトモスフィアと音色の形成が優先されている。
そしてデビュー作となるセイム・タイトル・アルバム『Whatever The Weather』が自身が長年ファンだったというGhoslty Internationalから2022年4月にリリースされた。ロレインは本アルバムのマスタリングを依頼したテレフォン・テル・アヴィヴをはじめ、HTRK(メンバーのJonnine StandishはロレインのEPに参加)、Lusine(ロレインがリミックスを手がけた)など、アンビエントと親和性の高いGhostly Internationalのアーティスト達のファンである。
「天気がどうであれ」というタイトルにもちなんで、曲名は全て温度数で示されている。周期的、季節的、そして予測不可能に展開されるアンビエント~IDMを横断するサウンドで、20年代エレクトロニカの傑作(ele-king booksの『AMBIENT definitive 増補改訂版』にも掲載)として幅広いリスナーから支持を得た。

interview with Shuya Okino & Joe Armon-Jones - ele-king

ジョージ・デュークとかハービー・ハンコックとか、ロニー・リストン・スミスとかハリー・ウィテカーとか、キーボーディストが好きなんですけど、そういったレジェンドたちと比べてもジョーのコードのチョイスはすごくいい。(沖野)

 これはもはやジャズではなくルーツ・レゲエそのものではないか──ジョー・アーモン・ジョーンズの最新シングルをチェックしたリスナーの多くはおそらく面食らったにちがいない。
 大胆にアフロビートやラテン音楽などをとりいれる雑食的スタイルで10年代後半以降のUKジャズを牽引してきたグループのひと組、エズラ・コレクティヴ。その鍵盤奏者であり、ソロ・アーティストとしても確固たる地位を築きあげているのがジョー・アーモン・ジョーンズだ。UKらしいというか、おなじトゥモロウズ・ウォリアーズで学んだヌバイア・ガルシア同様、音楽的冒険を厭わない彼の射程にももともとレゲエ/ダブが含まれており、その影響は当初から作品に反映されてきた。
 しかしここまでストレートなルーツ・サウンドに舵を切るとだれが予想できただろう。12月6日にリリースされた「Sorrow」によくあらわれているように、2024年にジョーンズが自身のレーベルから送り出した3枚の12インチ・シリーズは、どれもこれまで以上に深くダブに傾斜している。ただ、さりげなく3枚ともB面にローズ・ピアノ・ヴァージョンが収められている点は見過ごせない。それらのヴァージョンからは、通常異なる文脈にあると思われている音楽との接点を探ろうと果敢に奮闘する、ひとりのジャズ・ミュージシャンの姿が浮かび上がってくるからだ。
 そんなジョー・アーモン・ジョーンズのことをかねてより高く評価してきたのがKYOTO JAZZ MASSIVEの沖野修也である。2024年にデビュー30周年を迎えた沖野は、これまでKYOTO JAZZ MASSIVEがカヴァーしてきた曲を集めたコンピレイション『KJM COVERS』を12月4日にリリースしている。彼らがどんな音楽からインスパイアされてきたのか俯瞰できるありがたい1枚だが、ブギーからブロークンビーツまで横断するその軽やかな身ぶりは、ジョー・アーモン・ジョーンズの越境性と共通するところかもしれない。
 そんなわけで、ほぼおなじタイミングで最新タイトルを発表したふたり、昨秋来日していたジョー・アーモン・ジョーンズと、まもなくKYOTO JAZZ MASSIVEとしてリリース・ライヴ(1月16日@COTTON CLUB)を控える沖野修也による特別対談をお届けしよう。

優れたジャズ・ミュージシャンというのは毎年、あるいは10年ごとに自分の音楽的なアプローチやジャンルをまったく違った方向性に変えながら進化しているひとたちなので、自分もそうありたいと思う。(JAJ)

おふたりが直接対面するのは、今回が初めてですか?

沖野:いえ、以前から何度も会っていました。最初はジャイルズ・ピーターソンの《Worldwide Festival》で。あと、コロナ前に大阪でエズラ・コレクティヴのライヴがあったときに、ジョーはぼくのラジオ番組で「ベスト・ニュー・アーティスト」というのを受賞していましたので、トロフィーをあげました(笑)。大阪まで持っていったんですよ、トロフィーを。そのときに初めてちゃんと話をしました。

JAJ:2019年ころだったと思う。

沖野:最後に会ったのは去年の《We Out Here》というフェスティヴァルで、彼はエズラ・コレクティヴとしてメインステージにいたんですが、ぼくもKyoto Jazz Massiveとして早い時間にライヴをやって。そのときにも会いましたね。

ジョー・アーモン・ジョーンズさんは以前インタヴューでKyoto Jazz Massiveのことをすばらしいと発言していましたが、Kyoto Jazz Massiveの音楽と出会ったのはいつごろで、どういう経緯で知ったんですか?

JAJ:Kyoto Jazz Massiveは日本のアーティストで最初に好きになったバンドなんだ。たぶん、ジャイルズ・ピーターソンがプレイしていたのを聴いて知ったのが出会いだったんじゃないかな。それで興味を持って、作品を聴いたりライヴを観たりしてすごくいいなと思って。

逆に沖野さんがジョー・アーモン・ジョーンズの存在を知ったのはいつごろでしょうか。

沖野:ぼくもジャイルズがかけていたのがきっかけで。『Starting Today』に収録されていた曲を彼がかけていて。

JAJ:『Starting Today』はアルバムって呼ぶひともいればEPって呼ぶひともいるんだ。

沖野:以降、ジョー・アーモン・ジョーンズの名前の音源が出るたびにチェックしていて、自分のラジオ番組でもかかて、アウォードにもノミネートして。

JAJ:ジャズがつないでくれたコネクションだよね。とてもありがたいと思う。

沖野:ジョーの音楽はコードのセンスがいいんですよ。ぼくはジョージ・デュークとかハービー・ハンコックとか、ロニー・リストン・スミスとかハリー・ウィテカーとか、キーボーディストが好きなんですけど、そういったレジェンドたちと比べても彼のコードのチョイスはすごくいい。もちろん作曲能力もすばらしいんですが、最初にぼくが惹かれたのはコード感ですね。

JAJ:いま名前が挙がったひとたちはぼくのヒーローでもあります。Kyoto Jazz Massiveの音楽は、たとえばロンドンのような都会に住んでいると「ジャズとはこういうものだ」っていう固定観念があって、みんな同じようなことをやっているし過去のコピーに陥りがちなんだけど、それらとはまったく違った音楽性、サウンドにたいするアプローチを感じて、そこにすごく惹かれた。新しいエネルギーを感じたね。ジャズっていうのは本来そういうものであるべきで、他人と違った新しいアプローチこそジャズのすべてだと思うんだけど、まさにそれをやっているなと思った。

雑食性または横断性はおふたりの音楽に共通するものかもしれません。

沖野:もともとジャズってハイブリッドな音楽ですし、ぼくはさっきコードのことしかいいませんでしたけど、ジョーの音楽にはいろんなエッセンスが入ってもいる。ジャズ、フュージョン、ソウルにファンクに、R&Bにレゲエに、アフロビート。そのミックスされた感じが彼の魅力でもあるし、ぼくらに共通するジャズのあり方かなと思います。混ざってる要素が必ずしも一致してるわけではないんですが、いろんな音楽をとりこんで自分のサウンドにするという点はKyoto Jazz Massiveにもジョー・アーモン・ジョーンズにも共通する要素だと思いますし、指向性は似ているかもしれないですね。

JAJ:その意見には賛成だね。いろんなジャンルをとりこむか、もしくはまったく新しいジャンルを生み出すものがジャズだと思っています。ぼくが好きな尊敬しているジャズ・ミュージシャンもそういうことをずっとやってきていると思う。ロンドンに来て、音楽を勉強するためにカレッジに入ったとき、そこでは「スウィングがジャズにとって大切だ」とか「技術的にどうインパクトを与えるか」といったような部分ばかりが強調されていて、学生たちもそういうことに執着していたんだけど、ぼくが思うジャズはもっと「音楽のための音楽をつくる」ものというか、コンセプトありきで、自分の発想のなかで自由に音楽をつくっていくものなんじゃないかな、とずっと考えていて。たとえばソウルフルなものをつくるのでもいいし、即興でもいいんだけど、優れたジャズ・ミュージシャンというのは毎年、あるいは10年ごとに自分の音楽的なアプローチやジャンルをまったく違った方向性に変えながら進化しているひとたちなので、自分もそうありたいと思う。

沖野:こういうふうにしっかり語れるのも彼のすごいところ(笑)。自分の意見をしっかりもっているひとだなと思います。日本にはなかなかいないですね。UKのひとたちは年齢はそこまで関係なくおなじ視点で話せるんですよ。それもあってぼくはロンドンが好きですね。

JAJ:いまのイギリスには2種類の上の世代がいて、いちばん上の世代のなかには、若いひとたちがやっていることには興味を示さず、若いひとたちのギグを観に行ったり音楽を聴いたりはしないんだ。自分のやっていることだけで完結しているような、ちょっとオタクっぽいひとたちがメインで、自分のやっていることと違うことを受け容れられないひともいる。一方で、自分にも若いときがあって、自分が新しいことをやりはじめたときに上の世代がどう感じたかをちゃんとおぼえているひともいて。
 たとえばギャリー・クロスビーがいい例だと思う。彼は若者が新しいことをはじめるとき、それに興味を持ってサポートをしてくれるんだ。自分がエズラ・コレクティヴをはじめたときも手厚いサポートをしてくれて、「どんな音楽をやっても大丈夫だし、どんな服装でも大丈夫だよ」って受け容れてくれた。UKのジャズ・シーン全体もいまはそういう方向に向かっていて、若いひとたちをもっとサポートしていこうというムードになっているから、それはすごくいいことだととらえています。

レゲエのレコードを買うのが好きなんだけど、かならず違ったフォーマットのトラックが入っていて。そういうふうにいろんなヴァージョンをつくっていくことは、ジャズとおなじだと思うんです。(JAJ)

ジョー・アーモン・ジョーンズさんは2024年に3枚シングルを出しています。これまでもダブの要素は大きな特徴でしたが、今回のシリーズはジャズとのブレンドではなくかなりストレートなルーツ・サウンドですよね。

沖野:ぼくもびっくりしました。ぐっとルーツに寄っていて。でもヴァージョンがあって、最新シングル「Sorrow」も、ホーンが入っているもの(“Sorrowful Horns”)とローズ・ピアノのもの(“Sorrowful Rhodes”)が収録されていて、アウトプットをちゃんと考えているなと思いました。「ルーツに寄ったね」ってみんなから言われることを想定したうえでフェンダー・ローズを弾きまくっているのがすごく気持ちよくて。発信の仕方を練っているなと感じましたね。

最初の「Wrong Side Of Town」でもヌバイア・ガルシアのサックスがフィーチャーされていました。

JAJ:レゲエのレコードを買うのが好きなんだけど、かならず違ったフォーマットのトラックが入っていて、たとえばA面にはヴォーカル・ヴァージョンとダブ・ヴァージョン、B面にはホーン・ヴァージョンとディージェイ・ヴァージョンが入っていたり。そういうふうにいろんなヴァージョンをつくっていくことは、ジャズとおなじだと思うんです。キング・タビーにしても、いろんなヴァージョンのものをひとつにまとめてリリースして。そういうやり方はもともとはジャズの大ファンだったひとによって発明されたんじゃないかな、って考えることもある。たとえばジャズのスタンダード “Autumn Leaves” もいろんなひとが新たなスタイル演奏したり新しいヴァージョンをつくってきた。そういうことに面白さを感じる。

昨年ヌバイア・ガルシアに取材したときにロンドンのサウンドシステム文化で育ったことが大きいと言っていたんですが、ジョー・アーモンさんもやはりおなじ文化から影響を受けてきたのでしょうか?

JAJ:さまざまな音楽のジャンルの多くはロンドンから出てきたもので、たとえばドラムンベースもそのひとつだけど、そういったもののルーツをたどるとかならずダブやサウンドシステム文化に行きつく。だからダブやサウンドシステムは、ジャズに限らずいろんなジャンルに影響を与えていると思う。
 ぼくは田舎育ちだから、ロンドンのサウンドシステム文化で育ったわけではなくて。上京してきた17歳、18歳のころに出会ったんだ。サウンドシステムでプレイされる音楽はある意味で守られたジャンルというか、ラジオで聴くことはできなくて、そういう場やなにかのイヴェントに行かないと出会えない音楽だった。それ以前からレゲエ自体はふつうに聴いていたけど、強くおぼえている初めてのダブの体験は、ロンドンのスカラというヴェニューでやっていた《University of Dub》ってパーティだね。通常のイヴェントであれば、みんなDJのプレイに集中しているけど、そこではひとつの部屋にふたつのサウンドシステムがあって、ひとつのサウンドシステムで30分プレイして、次にもうひとつのサウンドシステムで30分プレイする、っていうのを行ったり来たりするような感じなんだ。両サイドから音楽が流れてきてクラッシュしているような瞬間もあった。最初はそれぞれが違ったものをひとつの部屋でかけているということにすごく混乱したけれど、来ているオーディエンスもDJがそれぞれやっていることにフォーカスするというよりも、部屋全体に流れている音楽を楽しんでいたのがすごく印象的だった。DJのことを見ているというより、音楽そのものを聴いているような感じがしてね。そこでは自分の好きなDJ、たとえばムーディマンなんかもプレイしていたんだけど、そういうDJたちを観る感覚ではなくて、純粋に音楽を楽しめたんだ。

沖野さんにお伺いしたいんですが、「ジャズとダブ」というキーワードからはどういった作品が思い浮かびますか?

沖野:意外と少ないんですよね。自分のキャリアのなかでもレゲエとかダブの影響が入った曲って2曲しかプロデュースしたことがなくて。MONDO GROSSOがカヴァーしたことでも知られるファラオ・サンダースの “Oh Lord, Let Me Do No Wrong” (1987年)はレゲエ寄りの曲ですね。MONDO GROSSOのカヴァーはキーボードがスタイル・カウンシルのミック・タルボットで、ヴォーカルは2年前に亡くなってしまったんですが、UKのソウル・シンガーのノエル・マッコイでした。その後、MASA COLLECTIVE(Sleep Walkerのサックス奏者、中村雅人によるソロ・プロジェクト)でおなじノエル・マッコイをヴォーカルにフィーチャーして、フレディ・マクレガーの “Natural Collie” をカヴァーしています(2007年)。ジャザノヴァのマネージャーのダニエル・ヴェストが〈Best Seven〉というダブのレーベルをやっているんですが、“Natural Collie” もライセンスされてそこから出ていますね。
 あとはやっぱりエズラ・コレクティヴになりますよね。最近の、ヤスミン・レイシーとコラボした “God Gave Me Feet For Dancing”(最新作『Dance, No One's Watching』収録)ではジャズとダブのテンポが入り混じっていて。すごくよくできた曲なんです、遅いテンポと早いテンポが混在していて。だから、レゲエのエッセンスをとりいれるうえではやっぱり、エズラ・コレクティヴやジョー・アーモン・ジョーンズがすごく参考になる。もし次のKyoto Jazz Massiveの曲にレゲエとかダブのエッセンスが入っていたら、それは彼に影響を受けたものになると思います(笑)。

JAJ:やっぱり自分たちの世代だと、たとえばハービー・ハンコックのようなレジェンドからインスパイアされることが正しいとされがちなんだけど、それは間違っていて、やっぱり同世代やおなじ時代の音楽家からもインスピレーションを受けるべきだと思う。

自分の目指す理想に向かって近づけているかどうかにしか関心をもっていないですね。仮に実現できなくても、そこに向かおうとするプロセスが大事だと思う。(沖野)

ジョー・アーモンさんの「Sorrow」とほぼおなじタイミングで、Kyoto Jazz Massiveのデビュー30周年記念盤『KJM COVERS』もリリースされましたね。これまでのカヴァー曲を集めたコンピレイションですが、なぜカヴァー集になったんでしょうか?

沖野:じつはぼく、Kyoto Jazz Massiveではカヴァーを禁止しているんです。むかしイギリスの先輩DJに「日本人アーティストはカヴァーが多すぎる」と言われたことがあって。ぼく自身も “Still In Love”(2011年)というローズ・ロイスのカヴァーがヒットしたりしているので、Kyoto Jazz Massiveとしては封印しているんですよ。だからこの先もカヴァーはやらないと思うんですが、30周年記念としてなにかしら出したいなと思ったときに、こういう区切りであればファンへの感謝として、これまで出してきたカヴァーをまとめるのも許されるかなと。それと、次のアルバムを出すにあたって、自分たちが影響を受けてきた音楽をもう一度検証する機会でもあった。ただ、先ほど話に出た “Natural Collie” は諸事情あって漏れているんですけど(笑)。

最後に、おふたりそれぞれ、音楽活動をしていくうえでポリシーのようなものがあれば教えてください。

JAJ:ひとつ言えるのは、自分がバンドで曲を書くときは、各パートの音楽性をメンバーに押しつけるんじゃなくて、メンバーごとに解釈を任せられるように、オープンな部分を残しておくことはかならず念頭に置いているね。それはたとえばデューク・エリントンがやっていたことでもあるんだけど、ぼくは彼のやり方を参照していて、その姿勢を自分の創作にもとりいれている。すばらしいジャズのアーティストたちは──たとえばマイルス・デイヴィスもそういった余白をバンド・メンバーに与えていたと思うから、そういうことは心がけているね。

沖野:ぼくの場合は、これまで出した曲よりいい曲を書くこと、それにしか興味がないんです……ってあらゆるインタヴューで答えています(笑)。できれば、ハービー・ハンコックとスティーヴィー・ワンダーのあいだにかけられる曲とか、ロイ・エアーズとかアース・ウィンド・アンド・ファイアのあいだにかけられる曲をつくりたいと思っているんです。もちろんすごく高い目標ですし、ぼくは現時点ではまだその域には達していない。だから、自分の目指す理想に向かって近づけているかどうかにしか関心をもっていないですね。仮に実現できなくても、そこに向かおうとするプロセスが大事だと思う。そういうことは、かならずしもレジェンドたちだけではなくて、ヤスミン・レイシーとジョー・アーモン・ジョーンズのあいだにかけられる曲とか、ヌバイア・ガルシアとエズラ・コレクティヴのあいだにかけられる曲とか、ぼくはコンポーザーですがDJでもあるので、やはりこの曲とこの曲のあいだに挟みたい、ということはよく考えるんですね。
 もうひとつは、繰り返しになりますが、できればカヴァーはやりたくない(笑)。カヴァーにもどの曲をどうアレンジするのかっていう面白さがあるんですが、やはりオリジナルで勝負したいなと思っています。

Doechii - ele-king

 優雅さ、成熟、成長、そして知恵を象徴する深い緑。フォレスト・グリーンやエヴァーグリーン、ディープ・モスグリーンとも呼ばれるその色は、美しい黒い肌に重ねることで、さらに贅沢な魅力を放つ。そんな黒い肌の美しさを持つDoechiiが、グッチ柄のブラウンスカートにフォレストグリーンの薄底アディダス・スニーカーをアクセントにして、深夜トーク番組〈ザ・レイト・ショー・ウィズ・スティーヴン・コルベア〉のステージに立った。彼女を支える3人のダンサー兼シンガーたち(ここでは「彼女の姉妹たち」と呼ぼう)とともに、交差する円と三角形を編み込んだ髪でつなぎ、共通の祖先を思わせるフォーメーションを形成。彼女は『Alligator Bites Never Heal』から2曲をメドレーで披露し、2024年のテレビ界においてもっともバイラルな瞬間を作り上げた。完璧に計算された振り付けのなか、Doechiiは汗ひとつかかず、瞬きすらせずにその流れるようなラップを届ける。その技術の極致、そしてそれを超える完璧への執念がそこにあった。言葉の数学における自信、それはYasiin BeyやBeyoncéのようなアーティストのなかにしか見られない稀有なものだ。

 アルバム『Alligator Bites Never Heal』のジャケットには、エヴァー・グリーンの背景に木製の椅子に座るDoechiiの姿がある。その姿はアサンテ族の王を思わせ、彼女の膝にはアルビノのワニが鎮座している。そこには王者の威厳がある。
 アルバムは芸術作品であると同時に、ステージ上の輝きへの青写真でもある。同時代人であるタイラー・ザ・クリエイターもまた、アルバムごとにそのような魔法を実証してきた。最近の『Chromakopia』もそのひとつで、それは解きほぐし、観客の前で理解されるべき物語なのだ。

 今日のミュージシャンとラッパーはもはや同じものではない。かつて両者を同列に置くことにためらいはなかったが、その溝は広がり続けている。多くの者がただ良いビートを待つなかで、ミュージシャンたちはその多才さを保ち、革命的な思考によって楽曲が変容する魔法を理解している。〈コルベア・ショー〉が放送された直後、有名なインターネット放送〈タイニー・デスク・コンサート〉でDoechiiが9人の女性バンドと共演する最新プログラムが公開された。その空気感(ヴァイブス)はニューオーリンズのジャズ・バンドやファンカデリックを思わせるもので、彼女とバンドの一体感は、まるで生まれたときから一緒だったかのようだった。それは単なる一夜限りのコンサートというよりは、完全なる調和の産物だった。

 Doechiiの芸術は、現代のカラオケ的なラップ文化の対極にある。ステージでラップを偽装するバック・トラックは不要で、彼女にはパフォーマンスへの恐れがない。その存在は清涼剤のようで、ケンドリック・ラマーが彼女を「最強だ」と称した理由も頷けるというものだ。メディア嫌いで知られるケンドリックが誰かを公に称賛することは稀だ。そのため、多くの人びとが『Alligator Bites Never Heal』を今年のベスト・アルバム——いや、ミックステープと呼ぶべきだろうか——に挙げることも不思議ではない。だが、その区別は重要だろうか? もしミックステープがこれほど優れているなら、アルバムはもう必要ないだろう。

 19曲が収められたこのミックステープを思い浮かべると、ブラウンとエヴァー・グリーンで彩られた図書館が想像される。各短編がグッチのプリントで包まれ、Doechiiはまるで司書のようだ。なぜか? ケンドリック、バスタ・ライムス、エミネム、ア・トライブ・コールド・クエストらを模倣する能力が、彼女のソリッドで完璧なフローに絡み合っているからだ。
 ラップの各時代をスラップの限り大胆不敵に表現し(“”Boom Bap”)、韻の遊び心を蘇らせ(“Denial is a River“)、バスタ・ライムス(“Catfish”)に敬意を表し、90年代のR&B(“Wait”)でさえもフィール・グッドに仕上げ、フランク・オーシャンの芳香を発散するタイトル・トラックで締めくくる。ここでの模倣は才能の欠如ではない。多くの世代を育ててきたジャンルへの愛を示している。昨年(2023年)はヒップホップ50周年だったことを忘れてはならない。Doechiiはまた図書館司書のように、どの世代ともっともヴァイブが合うかを選び、それを音楽に反映させることができる。しかし、それは怠慢ではなくリスペクトだ。それは愛であり、ディスることではない。それは無能さではなく、多才さを意味している。

 もし『Alligator Bites Never Heal』のリリース直後にこれを書いていたなら、あるいは彼女の過去のヌード・ミュージック・ヴィデオ(“Crazy”)に影響されていたなら、この文章は異なっていただろう。だが、この原稿をリリースから数ヶ月後に記した自分に満足している。彼女の美意識、彼女の芸術、彼女の立ち振る舞いを知ることで、自分は満たされているからだ。そして彼女が「正式な」デビュー・アルバムを来年リリースしようとも、このミックステープが彼女をさらなる高みへと導く階段であることに変わりはない。


Symbolic in purveying elegance, maturity, growth, and wisdom, dark green which might be labeled forest green or evergreen or deep moss green, is also a luxurious color against beautiful, black skin. Doechii`s beautiful, black skin, in this case with no assumption. Armed in Gucci-patterned brown skirts with forest green thin-soled women`s Adidas as an accent, Doechii graced the stage of The Late Show with Stephen Colbert with her trifecta of dancer-singers (I will call them from here on her “sisters”).
In formation forming an interchanging circle and triangle, linked to each other by braided hair, our common ancestry, Doechii gave one of the most viral moments on standard tv for 2024 with a medley of 2 tracks from Alligator Bites Never Heal. Choreographed to the T, Doechii without breaking a sweat, delivered her flows without blinking an eye. Perfection of her craft with perfection on her mind. An air of confidence in word mathematics that we don’t see so much now except in performances like with Yasiin Bey and Beyonce.

The cover of Alligator Bites Never Heal has Doechii seated before the wisdom of an evergreen background in a wooden chair that reminds me of an Asante king. With her albino alligator on her lap, majesty there seems to be.

Albums act as pieces of art and also templates for the oncoming brilliance of the stage. Tyler the Creator, a similar contemporary, has demonstrated that kind of magic with every album, each one including the recent CHROMAKOPIA, a tale to be unraveled and then understood better in front of an anticipating audience.

Musicians and rappers are not the same anymore. I never hesitated before to keep both titles together but the gap between them is widening. Too many just waiting for a good beat. Musicians never wait maintaining their versatility understanding the magic of a song can metamorphosis just by a revolutionary thought. Only several moments after the Colbert show debuted, the famous Tiny Desk Concerts released their newest program with Doechii backed by a 9 piece all female. The vibes reminded me of New Orleans jazz bands and Funkadelic. The pin point, stop on a drop, symbiosis together with Doechii felt like 10 individuals born together instead of a one off concert. Such was their unity.
Doechii`s art is the antithesis of the current karaoke rap tribe. No need for a backing track on stage to fake rapping to, Doechii has no fear of performing. A breath of fresh air, there’s a good reason King Kendrick himself shouted out Doechii as “the hardest out.” A nod the media shy artist rarely gives to anyone. Some people are already considering Alligator Bites Never Heal the album of the year, excuse me, mixtape of the year. Does it really matter? If mixtapes are this good, I don`t need albums.

Peering into the 19 track mixtape, I imagine a brown and evergreen library with each short song covered with gucci prints. I imagine Doechii as a librarian. Why?
Intertwined in her solid, flawless flow, is her ability to mimic other famous rappers like Kendrick, Busta Rhymes, Eminem, and A Tribe Called Quest - often in the same song like “Denial is a River.” Like a librarian, inserting rap culture and nostalgia seamlessly. All love, no dissing, fearless to rep for each period of rap as long as it slaps (“Boom Bap”), reviving the playfulness of the rhyme (“Denial is a River”), paying respects to the Busta of all Rhymes, Busta Rhymes (“Catfish”), and even the feel good 90`s R&B (“Wait”) and ending with the title track emanating the Cali-vibes of Frank Ocean.
Mimicking here isn`t lack of talent. It`s showing all love for the genres that have raised many generations now. Let`s not forget that last year (2023) was the 50 anniversary of hip hop and it totally makes sense that such an artist as Doechii would appear now. Doechii can, again like a librarian, pick and choose what generation she vibes with the most and reflect that in her music. But its respect, not laziness. It`s love, not dissing. It`s versatility, not ineptitude.

I`m so glad that I didn`t pen these words the day after Alligator Bites Never Heal`s release. And I`m so glad that her past nude music videos didn`t educate my curiosity when I penned these words months after her release. And I`m content with her hyper-conscious view of beauty with her art, with her look, and with her sashay before I penned these words. And I`m nourished knowing she is free to create whatever she wants with her “official” debut album coming next year while Alligator Bites Never Heal stands has her stairway upward.

Tashi Wada - ele-king

人間が奏でる天上の音楽

 タイトル『What Is Not Strange?』が何を意味するのかを考えてみた。「何がおかしくないのか?」あるいは「おかしくないものとは何か?」、さらに反語表現として、「おかしくないものなんてあるのだろうか?」という解釈も成り立つかもしれない。
 すでに色々な媒体で言及されているように、このタイトルは、フィリップ・ラマンティア(Philip Lamantia 1927-2005)が1967年に出版した『詩集(Selected Poems)』所収の同題の詩に由来する。ラマンティアはアメリカにおけるシュルレアリスム詩の導入とビートの黎明期とに跨る存在として、近年、再評価されている詩人のひとりだ。このアルバムの音楽的な特徴に目を向ける前に、タシ・ワダがインスピレーションを受けたラマンティアの詩の世界に触れる必要があるのではないか。そう思い、筆者はラマンティアの詩をいくつか読んでみたのだった*1。だからと言って、このアルバムの、この音楽の、何がわかるのか?と問われてもすぐに答えられないのだが、ぼんやりとした夢の世界を切り裂くように現れる死、そして新しい生の誕生という名の希望が再び現れる。このような物事のなりゆきについて、筆者はラマンティアの詩をとおして自分なりにイメージを描くことができた。
 ラマンティアの詩「What Is Not Strange?」はレイアウトが普通の詩(この文脈では何を「普通」とするのか議論したくなるが)とやや異なり、各詩行がΣ(シグマ)を反転させたようなジグザグの形状で配置されている。ビートニクスたちが日常生活の中にテーマを見つけて、それを直感的、衝動的に言葉へと変換したのに対し、ラマンティアは象徴的、魔術的なテーマで言葉を紡いだ。彼は実際に目に見えているものだけでなく、その根源やその先にあるものを想像し続けた詩人だった。シシリアの海、紫式部の扇子、ジェロニモ、スーパーマン、聖なるビスケット、ローマ帝国など、脈絡のない風景、人物、「What is not strange?」の中に次々と現れては消えていく。最後に「GO AWAY & Be Born No More! DO A KUNDALINI SOMERSAULT! (去ってくれ。そして、もう二度と生まれるな!クンダリーニの宙返りをしろ!)」と、語気を強めてこの詩は荒々しく終わる。夢物語のような風景は永遠に続かず、死と生が私たちをゆさぶる。
 このアルバムと近い世界観を共有する作品として、アピチャッポン・ウィーラセタクンの「世紀の光」(2006)と「光りの墓」(2015)もあげられる。アピチャッポンの映像は人物や風景だけでなく、それらを照らす光の微かな変化が観る者に何かを示唆する。それは時間の移り変わりや、連綿と続く生と死との交替といった、普遍的で壮大な物語へとつながる。『What Is Not Strange?』はワダの私的な出来事を契機としているが、個人の物語にとどまることなく、宇宙をも包括する、世界のより深くて本質的なところへ手足を伸ばそうとしている。アルバム全体からそんな印象を受けた。

*1. The Collected Poems of Philip Lamantia (University of California Press, 2013)はラマンティアの没後に出版された全集。

 パンデミック禍の閉ざされた日々、父であり、近年はコラボレーターでもあったヨシ・ワダの死、娘の誕生−2020年からこれまでの間、ワダの周りに起きた出来事が『What Is Not Strange?』の大きな着想となった。これらの出来事についてワダは次のように語っている。

 世界の不確かさは人生のそこかしこに現れて、私はそれに包み込まれているように感じます。当たり前と思っていることはしばしば大部分がゆらいでいます。父が亡くなり、そして娘が生まれました。パンデミックの間に起きたこれらの出来事は私の世界をひっくり返し、新しい現実へと招き入れてくれたのです。*2

*2. Tashi Wada Interview, “Tashi Wada Shares his Creative Process for What Is Not Strange?” Fifteen Questions, https://www.15questions.net/interview/tashi-wada-shares-his-creative-process-what-not-strange/page-1/

 ワダが言う「世界の不確かさ」を彼の音楽に引きつけてみるならば、このアルバムの鍵盤楽器(主にハープシコード)で用いられているジャン=フィリップ・ラモー*3の中全音律(ミーントーン)の不安定なゆらぎによる響きが想起される。均等な比で分割され、どの調で演奏しても安定した音程関係を得ることができる十二平均律と異なり、中全音律はウルフと呼ばれるうなりが特定の音程間でどうしても残ってしまう。このうなりから生じる、ある種の不安定な響きには抗し難い魅力があることも否定できない。この特殊な調律のおかげで、アルバムの至るところで聴こえるハープシコードの和音、バグパイプ、弦楽器、シンセサイザーによる持続音は独特の浮遊感をまとっている。
 アルバムの表題曲で、生命の誕生を予期させるファンファーレ、1曲目「What Is Not Strange?」はワダが父のヨシ・ワダと共作した前作『FRKWYS Vol. 14-NUE』(Rvng Intl, 2018)の、ドローン(持続音)を主とするいくつかの楽曲── “Aubade”、“Litany” 、“Niagara” 、“Mutable Signs” ──とのつながりを感じさせる。だが、次の曲 “Grand Trine” が始まると、『What Is Not Strange?』が前作とはまったく違うアルバムなのだと気付かされる。なぜなら、このアルバムには声と歌があるからだ。
  “Grand Trine”がこのアルバムのハイライトだと断言してもよいだろう。ハープシコードが始まりの和音を鳴らし、そこにジュリア・ホルターの声が降臨する。ここではあえて「降臨」という表現を使いたくなるほど、この曲は神秘と驚きに満ちている。タイトル “Grand Trine”は、等間隔に並んで正三角形を作る星座の配置を、父、母、娘の3人の存在に見立てている。中間部でのハープシコードによる装飾的なパッセージはラモーやフランソワ・クープラン*4の鍵盤楽器曲を想起させることから、この曲はしばしば「バロック・ポップ」や「チェンバー・ポップ」(この「チェンバー」は室内楽を意味する)と評されている。

*3. ジャン=フィリップ・ラモー Jean-Philippe Rameau(1683-1764)フランスの作曲家、音楽理論家。オペラ、鍵盤音楽、室内楽曲など数多くの楽曲を遺しただけでなく、『和声論』などの理論書で西洋音楽理論研究にも大きく貢献した。

*4. フランソワ・クープラン François Couperin(1668-1733)フランスの作曲家、オルガン奏者、ハープシコード奏者。4巻にわたるクラヴサン(ハープシコードのこと)曲集で知られている。

Tashi Wada/ What Is Not Strange?

  “Grand Trine”とあわせて聴いておきたいのが、ワダの公私にわたるパートナー、ジュリア・ホルターのアルバム『Something in the Room She Moves』(Domino, 2024)、1曲目 “Sun Girl ”だ。ワダとホルターのアルバムはほぼ同時期に制作されたのだという。どちらのアルバムも鍵盤楽器、声、シンセサイザー、バグパイプ、弦楽器、打楽器によるアンサンブルで演奏されているが、ホルターのアルバムはこの編成にフルート、クラリネット、トランペットなどの管楽器とフレットレス・ベースが加わり、よりポップで、メロディを重視した仕上がりとなっている。なかでも、新しい生命の誕生を寿ぐ “Sun Girl” は、ワダの “Grand Trine” と同じく、ホルターのヴォーカルの唯一無二の個性と魅力を活かした曲だ。この2曲は対になっているともいえ、ワダとホルターの関係とも重なる。

Julia Holter/ Sun Girl

  “Grand Trine”以降はオルガンの音色を多用した厳かな雰囲気の曲が続くが、5曲目“Flame of Perfect Form”では、ホルターの声と、激しく咆哮する打楽器とヴィオラが荒波のようにぶつかり合って混沌とした場面を見せる。7曲目 “Subaru” は調子の外れた(これがおそらく中全音律の効果なのだろう)反復パターンと声による短い間奏曲の役割を持ち、アルバムは終盤へと差しかかる。
 静かに打ち鳴らされる打楽器で始まる10曲目 “Plume” では、聖歌の伴奏のような佇まいのオルガンが徐々に変容し、いつのまにか声や他の楽器とともに情熱的なパッセージを奏で、曲全体がクライマックスを迎える。これに続くのが、アルバムのコーダ(終結部)にあたる11曲目 “This World’s Beauty” で、まるで1曲目 “What Is Not Strange?” に戻ってきたかのようにハープシコードの和音が鳴らされる。このような曲の並びによる構成そのものも、生と死の絶えざる循環を描いているのかもしれない。

 2024年9月13日にブルックリンにあるスペース、ルーレット(Roulette)で、このアルバムの全曲演奏が行われた。幸い、その時の映像が全編公開されており、この音楽が実際にどう演奏されているのかを具に見ることができる。興味深いのは、生演奏がほとんどを占めていることだ。この映像を見ると、『What Is Not Strange?』は人間の手と想像力による天上の音楽なのだとわかる。

Tashi Wada, “What Is Not Strange?”
Roulette Intermedium, Brooklyn, NY, September 13, 2024.

The Cure - ele-king

 16年という歳月は、少なく見積もっても16通りの可能性と熟考を伴う16の人生を反映した期間だ。しかしながらこの16年間、ザ・キュアーからの言葉は一切なかった。ザ・キュアーの最後のリリースから16年が経過したというのは、控えめに言っても驚くべきことだ。これほど多作なバンドが、ただ消えてしまったのだ。実際には、彼らは断続的にツアーを行い、Instagramのアカウントを維持するなど、なんらかの発信はあった。しかし、それでもなお、どこか意図的に現実から切り離されていた。
 ザ・キュアーの「多くの現実」は、『Wish』から2008年までのリリースがどこか断片的で、かつての激しさを失っていたことが私に少なからぬ不安を与えていた。彼らのデビュー・アルバム『Three Imaginary Boys』(1979)における軽快で鋭いポップ・サウンドを思えば、その期間のキュアーが「憂鬱のゴスキング」としての最終的な戴冠へと向かっているようには思えなかったし、いまふたたび80年代半ばの明るく軽快なポップ路線へ転向するとも、あるいは、ゴシック・サイケデリアへと見事な弧を描きつつ大人びたサウンドにいくようにも思えなかった。

 そんな私がある寒い静かな夜、外の寒さをしのぐために立ち寄ったタワーレコードで偶然新作を見つけたときに覚えた不安をお察しいただきたい。白黒で不明瞭な、控えめで魅力的とは言い難いアートワークには、バンド名さえ自信なさげだ。それは喜びではなく、私に戸惑いを引き起こした。最初の30秒を聴いても歌がなく、1分経っても、2分経ってもヴォーカルが現れない。レトロでシンプルなシンセサウンドも最初は火花を散らすような魅力は感じられなかった。だが、不思議なことに私はそれを聴くのをやめられなかった。各楽器はじょじょに感情を重ねていき、やがて魔法のように濃厚なスープのようなサウンドが私を捕らえて離さなかった。そして3分20秒後、ロバート・スミスの変わらぬ声がフェイドインすると、1997年から2024年までの弧がおのずと架けられたのだった。

 『Songs of a Lost World』は、私が今年もっとも強く愛着を感じた、もっとも暗く、悲しく、それでいて抗えないほど聴きたくなるアルバムだ。そのリリースは一見すると目立たない一過性の出来事のように見えるが、不安定な世界、トランプ大統領の再登場、喜びとシリア解放への不安定な期待、さらには韓国の驚くべき混乱という状況下においては、なんともその存在感がしっくりくる。スミスは、このアルバムがそんな「タイムカプセル的瞬間」になるとは意図していなかったのだろうが、宇宙に間違いはない。いまこそ人びとはザ・キュアーを必要とし、その必要性は際立っている。スミス自身、シングルらしくないスローテンポの“Alone”が英国のラジオ局で頻繁に流れていることに驚いているではないか。

 エモが誕生する以前のエモ、固定観念の市場において多面的な存在感を放つザ・キュアーは、可愛らしく踊れるポップ・ソングを送り出したかと思えば暗く荒涼とした英国ゴシックへと逆戻りし、感情、愛の危うさ、そして究極的には死の未知なる本質について、荒々しく論じている。
 『Songs of a Lost World』、とくに“Alone”と“Warsong”を聴くと、サイケデリック期の“Burn”を思い出さずにいられない。苦痛に満ちた感情表現と音響的な魅力において、ザ・キュアーはその不在期間中、自らの最良の要素を見直し、それらを集約して最高のものを絞り出したのだ。
 それは単なる作曲だけでなく、バンドのソウルとエモーションに根ざしたものだった。各楽器は録音上でクリアに響き、バンド全体がまるでポップ・ジャズ・バンドのように一体化して機能している。コーラス部分もぎこちなくなく、むしろ強烈で、新規リスナーも古参ファンも歌いたくなるような誘引力がある。この新しいアルバムは彼らのディスコグラフィーに自然に溶け込みつつ、しかし過去の作品のいくつかを凌駕している。

 2020年代は、新しい形でのゴシックが再興した。だからこそ、ザ・キュアーの復活は奇妙にも筋が通っている。運命に間違いがないと信じるならなおさらだ。人びとはいまザ・キュアーを必要としている。『Songs of a Lost World』は、1992年以来初めてビルボード・チャートの数々で1位を獲得した。それは正気の沙汰ではないが、同時にザ・キュアーの音楽がいかに普遍的であるかを物語ってもいるのだ。


16 years reflects 16 lifetimes with at least 16 possible outcomes and ruminations and yet not a word from the Cure. For it to be literally 16 years since the last Cure release is jaw-dropping to say the least. For such a prolific band to just. . .disappear. In reality, they were touring on and off while maintaining an Instagram account among other transmissions. But still somewhat intentionally disconnected from our reality.

The many realities of the Cure has previously created a bit of anxiety for me as the later releases after “Wish” before 2008 were slightly fragmented without the previous coherence and intensity. Peering back at their very first album of flat, agile, angular pop “Three Imaginary Boys,” it would never seem to point toward their eventual crowning as goth kings of sadness and gloom. Nor their coin toss change to bright skippity pop in the mid 80’s. Then their amazing arc to goth psychedelia which would end up truly defining their most adult sound.

So you would have to forgive me my acute anxiety finding their record in tower records purely by accident one quiet cold night while I sought to keep warm from the outside. The unassuming unappealing artwork of unintelligible black and white with even their name somewhat obscured didn’t spark a jump for joy. I reluctantly listened to the 1st 30 seconds with no vocals and then 1 minute with no vocals and then 2 minutes with no vocals with very retro simple synth not creating a spark but i couldn’t stop listening as the band steadily layered more emotions through each instrument creating a thick

soup of magic which refused to let me go. After 3 minutes 20 seconds, Robert Smith’s vocals came fading in and his voice, unchanged, naturally bridged an arc between 1997 and 2024.

“Songs of a Lost World” Is the most bleak, sad but irresistibly listenable record I’ve ever felt so attached to this year. It’s release seems by untrained eyes a blip, an outlier in this incongruent year but feels just so right with a dark unbalanced world, the incoming Trump presidency, joy but uncertain apprehension towards the Syrian liberation, and the surprise instability for South Korea. Smith never meant for the record to be such a time capsule moment but the universe makes no mistakes. People need the Cure and they really need it now. Smith himself felt the surprise of “Alone,” an incredibly un”single”-like slow song being in high rotation on UK radio stations.

Emo before emo, versatile in a un-versatile market, the Cure is a multi-faced burst of energy that squeaks out cute danceable pop songs and then reverses backwards to dark, stark English goth, and stormy dissertations on pure emotion, fraught love, and ultimately the unknown nature of death.

Listening to “Songs of a Lost World” and especially “Alone” and “Warsong” reminded me immediately of “Burn” from their psychedelic period. Torturous and emotional lyrically and sonically, I feel that The Cure took a look during their absence, at their best attributes, collected

them and squeezed out the best. Not just with songwriting but primarily with feeling and with the soul of the band. Each instrument in the band on record is crystal clear with the band itself united like a motor. Almost like a pop jazz band. The choruses aren`t awkward but intense and inviting to sing for anyone new or old. The new album sits snuggly in their discography without sticking out and actually towers some of their other work. The 2020`s have seen a renewal of goth, in a new way of course. So it does strangely make sense that the Cure have returned, especially if we choose to believe that fate doesn`t make mistakes. The people need The Cure and it shows. “Songs of a Lost World” has gained the number 1 spot on numerous Billboard charts, their 1st in 1992. That is quite insane but also speaks to the universality of The Cure sound.

P-VINE - ele-king

 レコードにまつわるさまざまな取り組みを実現する「VINYL GOES AROUND」の発足、プレス工場「VINYL GOES AROUND PRESSING」の設立など、近年さまざまな挑戦をつづけてきたPヴァイン。ここへ来てまた新たなプロジェクトがアナウンスされている。
 ひとつは、スマートフォン向けアプリ「VINYLVERSE(ヴァイナルヴァース)」のローンチだ。あなたが持っている実物のレコード・コレクションをデジタルで管理できるのみならず、共有や売買まで可能な新しいサーヴィスとのこと。
 そしてもうひとつ、NFCチップが搭載された次世代レコードの開発だ。「PHYGITAL VINYL(フィジタル・ヴァイナル)」と名づけられたそれは、ブロックチェーン技術を活用し、これまでとは異なるレコード体験をもたらすものになっている模様。その第1弾として、人気の高いザ・ウドゥン・グラス・フィーチャリング・ビリー・ウッテンの『Live』が限定リリース、豪華特典も予定されている。
 Pヴァインが踏み出す新たな一歩に注目したい。

“Always with Your VINYL.” スマートフォンアプリ「VINYLVERSE」と次世代レコード「PHYGITAL VINYL」をリリース

インディーズ音楽シーンの草分け的存在である株式会社Pヴァインは、スマートフォン向けアプリ「VINYLVERSE(ヴァイナルヴァース)」と、ブロックチェーン技術を活用した次世代のレコード「PHYGITAL VINYL(フィジタル・ヴァイナル)」を開発しました。2024年12月25日よりベータ版からサービスの提供を開始いたします。

<レコードの新時代へ>
音楽を楽しむ環境が多様化する中で、一度は注目を失ったレコードが近年再び脚光を浴びています。私たちはレコード市場を活性化させる目的でVINYL GOES AROUNDを2021年に始動し、そのプロジェクトの一環として2024年にレコードプレス工場を立ち上げました。それに続いて、私たちはレコードに秘められた特別な魅力を活かしつつ、現代のテクノロジーと融合させ、新しい価値を創出することに挑戦しました。今回リリースする2つのプロダクトをご紹介いたします。

<VINYLVERSE(ヴァイナルヴァース)でできること>
「レコードの世界」を意味するこのアプリは、あなたの実物のレコードコレクションをデジタルで管理・共有、売買できる新しいサービスです。

コレクションの管理・共有とソーシャル機能
アカウント登録をすると各ユーザーのギャラリーが開設されます。実際のレコードのジャケットをアプリで撮影するだけで、簡単にデータベースから情報を検索してギャラリーに自分のコレクションを追加して披露することが可能です。ギャラリーを通して、他のコレクターをフォローしたり、気に入ったレコードに「いいね!」したりと、音楽を通じたつながりを楽しめます。

マーケットプレイス(2025年開始予定)
ギャラリーに追加したレコードをユーザー同士で売買できるマーケット機能も導入予定。実際のレコードショップがオンラインストアを簡単に開設することも可能です。

PHYGITAL VINYLという新しいレコードの認証機能と新しい音楽体験の付与
アプリによってPHYGITAL VINYLがブロックチェーンと接続し様々な機能をお楽しみいただけます。

<PHYGITAL VINYL(フィジタル・ヴァイナル)とは?>
フィジカルとデジタルを融合した次世代のレコードです。

所有の証明
レコードのレーベル面に貼付されているQRコードが印刷されたNFCチップを、アプリのカメラでスキャンすることで、ユーザーによる所有をNFTで証明できます。

新しいファン体験
所有者限定のギフトやイベント参加権などを後から受け取れたりするなど、アーティストとファンのコミュニティ形成に役立つ、新しい形の継続的なつながりを提供します。

未来への展望
将来的にはメタバースなどの仮想現実との連携を視野に入れ、オンラインでもオフラインでも楽しめる音楽体験を拡張します。

<PHYGITAL VINYL第一弾リリースのご案内>
世界的なヴィンテージ・レコード市場で高い価値を持つ、THE WOODEN GLASS featuring BILLY WOOTENによる『Live』を、PHYGITAL VINYLの第一弾リリースとしてこのたび限定リリースいたします。購入してアプリでスキャンを行った所有者には豪華な追加特典のご提供を予定しております。

<アプリをダウンロードして、新しい音楽の世界へ!>
VINYLVERSEをダウンロードして会員登録するだけで、あなたのレコードコレクションを美しく管理し、音楽ファン同士のつながりを広げることができます。さらに、PHYGITAL VINYLでアーティストとの特別な体験も手に入れられるのです。私たちと一緒に「音楽の未来」を体感してください!

3年前にたくさんのレコードが世界中の皆様に届くようにという願いを込めてVINYL GOES AROUNDチームが発足しました。
この間、細々とではありますが熱狂的なヴァイナル支持者の期待に応えるべく、レコードのみならず、Tシャツやシルクスクリーン仕様のハンドメイドのエクスクルーシヴ商品そしてele-kingを通しての書籍やウェブでのコラムなど、ヴァイナルにかかわる様々な企画をしてまいりました。
今春にはVINYL GOES AROUND PRESSINGというレコード・プレス工場を設立しました。少しずつレコードと音楽とカルチャーが大好きな皆様に我々のヴァイナルに対する想いが届いていればと思っております。

VINYL GOES AROUND発足当初より、我々はヴァイナルが好きな人たちが集うコミュニティーの形成を目指しておりましたが、この度、VINYL GOES AROUNDによる新たなプロジェクト「VINYLVERSE」を開始することになりました。
ヴァイナル好きが自身のコレクションをデジタルの棚(「デジ棚」と呼んでください)にアーカイヴしキュレートすることで、世界中の人々やレコード店とつながりを持つことができ、そして、そこに集まった様々なレコードを手にできるマーケットプレイスへと発展していくことを目指すサービスです。

併せて、少しだけレコードの未来に向けた試みにもトライしております。

まずは、自分のレコードをVINYLVERSEのデジ棚にアーカイヴしてみることから始めてみませんか?
まもなくPヴァインは50周年を迎えようとしております。
我々が掲げてきた「THE CHANGING SAME ~変わりゆく、変わらないもの~」というバリューの元、これからも音楽文化の伝統を大切にしながら、テクノロジーと融合した新しい価値をお届けします。

たくさんのレコードが世界中の皆様に届くように ~Vinyl Goes Around~

株式会社Pヴァイン
代表取締役社長 水谷聡男

ios App Store
Android Google Play
VINYLVERSE Webサイト
THE WOODEN GLASS featuring BILLY WOOTEN『Live』販売ページ

12月のジャズ - ele-king

 先月はムラトゥ・アスタトゥケとフードナ・オーケストラとの共演作を紹介したが、今月もそうしたレジェンド級アーティストの新作が登場した。正確に言えば未発表レコーディングなのだが、ラップの元祖とも言えるポエトリー・リーディング集団のラスト・ポエッツと、アフロビートのオリジネーターである故トニー・アレンとの共演作である。録音は2018年で、『Understand What Black Is』を遺作としてラスト・ポエッツのジャラール・マンスール・ナリディンが死去した後に、残されたメンバーであるアビオダン・オイェウォレとウマー・ビン・ハッサンがブライトンにあるプリンス・ファッティのスタジオに赴き、そのときレコーディングをしていたトニー・アレンとセッションをおこなったというものである。当時のトニーのバンドであるエジプト80にはコートニー・パイン、カイディ・テイサン、ジョー・アーモン・ジョーンズらが参加し、ロンドンのアフロ・レゲエ・バンドであるスーズセイヤーズがホーン・セクションを固めていた。


E王

The Last Poets feat. Tony Allen & Egypt 80
Africanism

Africa Seven

 2018年と言えばサウス・ロンドンのジャズ・シーンが注目を集めはじめた時期で、そうした中にいたジョー・アーモン・ジョーンズがトゥモローズ・ウォリアーズ(ジャズ・ウォリアーズ)の先輩格にあたるコートニー・パインや、ウェスト・ロンドンのブロークンビーツ・シーンでも活躍してきたカイディ・テイサン、そしてモーゼス・ボイドエズラ・コレクティヴなどに多大な影響を与えたトニー・アレンと会したという非常に興味深いセッションである。ジョー・アーモン・ジョーンズやエズラ・コレクティヴはヒップホップやグライムの要素を持つ作品もやっているが、そうした点ではラップの元祖であるラスト・ポエッツとの共演も彼にとって大きなものだったろう。レゲエやダブのエンジニアとして名高いプリンス・ファッティのスタジオというのも面白く、『Understand What Black Is』はかなりレゲエに傾倒した部分もあったが、コートニー・パインにしろ、ジョー・アーモン・ジョーンズにしろ、レゲエやダブの影響も大きなアーティストであり、UKのジャズ、レゲエ、ヒップホップが集積したようなセッションだったと思われる。

 基本的に新曲をやるのではなく、“This Is Madness”、“When The Revolution”、“Gash Man”、“Niggers Are Scared Of Revolution” など、ラスト・ポエッツの過去の代表曲を再演するものとなっている。かつて公民権運動ともリンクしていたラスト・ポエッツの作品には人種差別などを痛烈に批判したメッセージが込められていて、近年のブラック・ライヴズ・マター運動とも重なり、改めて彼らのやってきたことは再評価されるべきと思うのだが、この『Africanism』のリリースにはそうした意義もある。そして、“This Is Madness” に顕著なように、トニー・アレンの叩き出す強烈なアフロビートとラスト・ポエッツのメッセージはとても相性がよい。そもそもトニー・アレンもフェラ・クティと共にナイジェリアの軍事警察に対抗するべく音楽活動をおこなっていたわけで、そうしたレベル・ミュージックとしての同志が共演したセッションだったと言える。


E王

Sun Ra Arkestra
Lights On A Satellite

In+Out

 サン・ラー・アーケストラの草創期からのメンバーで、サン・ラー亡き後のおよそ30年に渡ってバンド・リーダーを務めるマルチ・リード奏者のマーシャル・アレンが、今年5月に100歳を迎えた。100歳という高齢ながら現役で演奏活動をおこなうことが信じられないことなのだが、その誕生日からおよそ半年後、個人名で初のソロ・アルバムとなる『New Dawn』をリリースする(予定では来年2月頃)ということだから全くもって驚かされる。そんなマーシャル・アレンの生誕100年を祝ったトリビュート的なアルバムが『Lights On A Satellite』である。サン・ラー・アーケストラとしても今年6月にニューヨークで録音された新作アルバムであり、マーシャル・アレン以下、アルト・サックス奏者でアレンと共にバンドのアレンジャーを務めるノエル・スコット、テナー・サックスのジェイムズ・スチュワート、フレンチ・ホルンのヴィンセント・チャンセイ、トランペットのマイケル・レイ、セシル・ブルックス、ベースのタイラー・ミッチェル、トロンボーンのデイヴ・デイヴィス、ロバート・ストリンガー、パーカッションのエルソン・ナシメント、ギターのデイヴ・ホテップ、ヴァイオリンとヴォーカルのタラ・ミドルトンなど、前作『Living Sky』(2022年)や前々作『Swirling』(2020年)と同じようなラインナップとなっている。

 表題曲は1960年代からの楽団のレパートリーで、『Fate In A Pleasant Mood』(1965年)、『Art Forms Of Dimension Tomorrow』(1965年)、『Live In Paris At The Gibus』(1973年)、『Live At Montreaux 1976』(1976年)などで度々録音されてきたサン・ラー代表曲のひとつ。『Swirling』でも演奏していたほか、クラブ・ジャズ世代にはトゥー・バンクス・オブ・フォーがカヴァーしたことでも知られる曲だ。美しいバラード・タイプの曲で、ほとんどワン・フレーズのメロディをアーケストラが重層的に重ね合わせていく。シンプルに統一された楽曲構成であるが、その循環されるフレーズの中で奏者たちの即興性やアイデアが積み重なり、壮大なドラマが展開される。“Friendly Galaxy” も1960年代からの代表曲で、『Secret Of The Sun』(1965年)や『Disco 3000』(1978年)などに収録された。スペイシーなSEを交え、サン・ラー・アーケストラらしい宇宙旅行へ誘うような楽曲となっている。マーシャル・アレンの100歳を祝うにふさわしいラインナップと言えよう。


Richard Spaven
Sole Subject

Fine Line

 リチャード・スペイヴンにとって『Sole Project』は、2020年にリリースしたサンデューンズとの『Spaven x Sandunes』以来、久々のアルバムである。この間は、アルファ・ミストの『Bring Back』(2021年)、クラークの『SUS Dog』(2023年)、ロイル・カーナーの『Higo』(2024年)などのレコーディングに参加するなど、ジャズに限らず幅広く活動していた。また、盟友のギタリストであるスチュワート・マッカラムやジョーダン・ラケイなどが参加したEPの「Spirit Beats」(2022年)をリリースしているが、これなどはドラマーというより人力ビートメイカー的な視点に立ったものである。このEPにはラッパーのバーニー・アーティストとコラボした曲もあり、よりクラブ・サウンドを意識した内容となっていたのだが、『Sole Project』もそうした延長線上にあるビート・クリエイター的なアルバムと言えよう。

 参加メンバーはスチュワート・マッカラムのほか、ネイティヴ・ダンサーなどで活動してきたキーボード奏者のサム・クロウ、ブラジル系のパーカッション奏者でダ・ラータなどで長年活動してきたオリ・サヴィル、アルファ・ミスト、ロイル・カーナー、ジョーダン・ラケイらの作品に参加するトランペット奏者のジョニー・ウッドハムといった面々で、シンガーのナタリー・ダンカンやネイティヴ・ダンサーのヴォーカリストだったフリーダ・ツアーレイ、DJのワイルドチャイルドなどもフィーチャーされる。スチュワート・マッカラムのメロウなギターや哀愁に満ちたワードレス・ヴォイスが空間を埋める “Spirit Quintet” は、かつてのシネマティック・オーケストラジャザノヴァあたりに代表されるクラブ・ジャズのエッセンスを感じさせる楽曲。実際にリチャード・スペイヴンやスチュワート・マッカラムはシネマティック・オーケストラに在籍していたこともあるので、そうした要素は自然と表れるのだろう。

 “Stellar” では人力ブロークンビーツ的なドラミングを披露し、ナタリー・ダンカンのディープな歌声をフィーチャーした表題曲ではダブステップ的なドラムにより、サブモーション・オーケストラのような世界を導き出す。“Find Peace Within” はブロークンビーツ調のドラムスと、アフロ・ラテン的なパーカッションが絡み合ったグルーヴィーなリズムが特徴だが、これもプログラミングではなく全て生演奏によるもの。“Faders” のドラムンベースでもブロークンビーツでもテクノでもない有機的なビートは、マシンでは出すことのできないスペイヴンのドラムスの真骨頂と言える。プログラミングと生演奏の境界線が曖昧になるアルバムだ。


Tomin
A Willed and Conscious Balance
International Anthem Recording Company / rings

 トミンはフルネームをトミン・ペレア・チャンブリーといい、ニューヨークのブルックリンを拠点に活動するマルチ・プレイヤーである。主に演奏するのはフルート、トランペット、アルト・クラリネットなどで、即興演奏家であり作曲家であると共に、詩人としても活動する。ジャズ・アット・リンカーン・センター・ユース・オーケストラのトロンボーン奏者として出発し、ジャズ、ヒップホップ、パンクなどをミックスしたアーティスト集団のスタンディング・オン・ザ・コーナーの出身者でもある。以前は個人で作品発表をおこなってきたが、今年に入ってからシカゴの〈インターナショナル・アンセム〉と契約を結び、『Flores Para Verene / Cantos Para Caramina』と『A Willed and Conscious Balance』の2枚のアルバムをリリースした。『Flores Para Verene / Cantos Para Caramina』はこれまでの自作曲をまとめたコンピで、全くのひとりで作った作品集となる。エリック・ドルフィー、アルバート・アイラー、チャールズ・ミンガス、マル・ウォルドロン、デューク・エリントン、ローランド・カーク、カル・マッセイなど、彼が影響を受けたジャズ・ミュージシャンたちに捧げた楽曲が収められていた。一方、『A Willed and Conscious Balance』はセプテット編成のグループによる録音で、〈インターナショナル・アンセム〉における正式なデビュー・アルバムという位置づけである。

 バンド・メンバーはニューヨークのミュージシャンとシカゴのミュージシャンが混在し、なかでもベーシストのルーク・スチュワートとドラマーのチェザー・ホームズはイレヴァーシブル・エンタングルメンツのメンバーで、チェリストのレスター・セント・ルイスは故ジェイミー・ブランチのバンド・メンバーとして活動してきた。トミンはジェイミー・ブランチが存命中の2021年にシカゴを訪れ、ジェイミーやエンジェル・バット・ダーウィッドらと共演をするが、そのときにルーク・スチュワート、チェザー・ホームズ、レスター・セント・ルイスやキーボード奏者のティアナ・デイヴィスらと会し、このグループの結成へと繋がった。アルバム収録曲はブッカー・リトル作曲の “Man of Words” とカラパルーシャことモーリス・マッキンタイア作曲の “Humility in the Light of the Creator” を除いて全てトミンのオリジナル曲。“Movement” は軽やかなリズムに乗せてトミンのフルートが優しく奏でられる牧歌性に富む作品。スピリチュアル・ジャズとして語られるフルート奏者のロイド・マクニールの作品を彷彿とさせる楽曲だ。“Life” も疾走感のあるリズムを持ち、エレピの力強い演奏やチェロのスリリングな音色も光る。ストリングスが印象的な点では、ジャズ・ヴァイオリン奏者のマイケル・ホワイトを思い起こさせるところもある。“Humility in the Light of the Creator” はモーリス・マッキンタイアがシカゴのAACM在籍中に発表したデビュー・アルバムのタイトル曲で、シカゴのフリー・ジャズ・シーンに対するトミンなりの敬意の表われとも言える。“Man of Words” の原曲はほぼブッカー・リトルによるトランペットの独奏だが、ここではトミンなりのアンビエントな解釈で再現している。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291