「Low」と一致するもの

 韓国のハードコア・シーンを先導するソウルのバンド、SCUMRAID。そのドラマーである JUYOUNG が楽器をギターに持ち替えヴォーカルも担当、東京のガレージ・シーンで活躍するドラマー YAKUMO(MAGNATONES/TOKOBLACK)とともに結成したバンドが THE VERTIGOS だ。新ベーシスト Sako を迎えて完成させたファースト・アルバム『LIVE TODAY ONLY』が今週発売されている。疾走感あふれるパンク・サウンドに注目しよう。

THE VERTIGOS 待望の1st アルバムが本日遂にリリース!!

韓国HARDCOREバンドSCUMRAIDのドラマー JUYOUNG(Vo/G)、東京GARAGEシーンでMAGNATONES・TOKOBLACKでも活動しているYAKUMO(Dr)が中心となり結成されたTHE VERTIGOSが新ベーシストSakoを迎え入れ、1st Album『LIVE TODAY ONLY』を本日リリース!

コロナ禍に曲を創作し2019年に発売し評判となった1st シングル盤を完売させて以来のリリースとなる今作は、ドライブ感が増しよりパワーアップした作品となっております!

[THE VERTIGOS - LIVE TODAY ONLY Official Teaser]
https://youtu.be/lwa-283kUIA

[Streaming/Download/Order]
https://p-vine.lnk.to/581pMM

[リリース情報]
アーティスト: THE VERTIGOS
タイトル:LIVE TODAY ONLY
フォーマット:CD/LP/DIGITAL

CD:
発売日:8月16日
品番:PCD-25370 
価格:¥2,500+税

LP:
発売日:2024年1月24日
品番PLP-7678 
価格:¥3,980+税

[収録曲]
Live today only
I don’t mind
Stuck
Tiger fur
Picky
Focus on yourself
Out of my head
꿈이야 생각하며 잊어줘 (Forget me as if it was a dream)
Unseen world
Something to me

goat - ele-king

 ここ数日は台風のニュースにやきもきされている方も多いでしょう。このタイミングで、まさに2023年の台風の目となりそうな情報が入ってきました。
 紙エレ最新号にもインタヴューを掲載している大阪の日野浩志郎、日本が誇るこの至高の実験主義者を中心に結成されたリズム・アンサンブル、goatがサード・アルバム『Joy In Fear』をリリースします。前作『Rhythm & Sound』が2015年なので、なんと8年ぶりです。レーベルは、KAKUHAN の素晴らしいアルバムも出していた日野主宰の〈NAKID〉。アートワークは前回に引きつづき五木田智央が、デザインは真壁昂士が、録音は西川文章、マスタリングはラシャド・ベッカーが担当しています。全国ツアーに先がけまずはCDが発売、追ってLPも発売されるとのこと。
 あわせて、先日発表された初のツアーの詳細も告知されていますが……これがまたとんでもない面子が集結しています。絶対に見逃せない案件です。詳しくは下記をご覧ください。

大阪を拠点とする音楽家 日野浩志郎を中心に結成されたリズムアンサンブル「goat」が約8年ぶり、通算3枚目となるアルバム「Joy In Fear」の情報を発表した。日野が運営するレーベル「 NAKID」からのリリースとなり、アートワークは前回に続き五木田智央、録音は西川文章、マスタリングはRashad Beckerが担当した。
全国ツアーにて先行でCDが発売、LPも追って発売される。

【NKD09】goat - Joy in Fear artwork by Tomoo Gokita

goat - Joy In Fear
1. Hereafter
2. III I IIII III
3. Cold Heat
4. Warped
5. Modal Flower 6. Spray
7. GMF

Koshiro Hino - Guitar
Atsumi Tagami - Bass
Akihiko Ando - Saxophone
Takafumi Okada - Drums
Rai Tateishi - Percussion, Bamboo flute, Irish flute

NKD09
Composed by Koshiro Hino
Recorded, mixed by Bunsho Nishikawa *Recorded by Koshiro Hino (1st/7th track) Mastered by Rashad Becker
Recorded at ICECREAM MUSIC
Artwork by Tomoo Gokita
Designed by Takashi Makabe
Art direction by Yusuke Nakano
Published by Edition Golfen & Reiten / Freibank

結成10周年を記念とした初の国内ツアーを行うことは先日公開されたが、
goatが自ら主宰する 東京・京都公演の詳細がついに全貌が明らかになった。
東京公演は渋谷WWW X、京都公演は 会場であるロームシアター京都との共催で2日間に渡って開催される。

京都公演のDAY1(8/31)には東京都近代美術館での「声ノマ 全身詩人、吉増剛造展」にて行われたコラボレーションをきっかけとし、
現在までに継続して作品制作/ライブを行ってきた空間現代 ×吉増剛造、もはや説明不要なジム・オルーク 、石橋英子、
山本達久という三者によるカフカ鼾、 去年リリースされたデビューアルバムが海外を中心に絶賛された日野浩志郎と
チェリスト中川裕貴によるデュオKAKUHANが決定。

DAY2(9/1)には主催のgoat他、ミニマルダンスミュージック~クラウトロック~サイケデリックロックが混在した新作EP「家の外」で
独自の存在感をさらに強くした進化し続ける国内屈指のバンド OGRE YOU ASSHOLE、そして大名盤「幸福のすみか」の発売から25年、
BOREDOMSや想い出波止場などの山本精一と、アート・パンク・バンド、アーント・サリーの創設メンバーであり電子音楽ソロ等でも
世界的に賞賛を浴びるPhewによる伝説的なデュオが再び実現した。

東京公演(8/27)では先日ruralでのライブセットも大きな反響を呼んだPhewがソロで出演、加えて唯一無二のスタイルで
00年代のMCバトルシーンから台頭したラッパー鎮座DOPENESSの出演が決定。

因みに国内ツアーではニューアルバムに加え、真壁昂士デザインによるgoatの新Tシャツが販売される。

不屈のペーター・ブロッツマン - ele-king

 何年もの間、ペーター・ブロッツマンの来日は、四季の巡りのように規則的で、晩秋の台風が通り過ぎていくかのように感じられたものだった。彼には、どこか自然で率直なところがあり、それは嵐のように吹き荒れる叫びが、やがては柔和でブルージーな愛撫へと代わるような彼が創りだすサウンドのみならず、その存在自体についていえることだった。セイウチのような口髭、シガーをたしなむその印象的な風貌は人目を引き、無意味なことを許さない生真面目なオーラを纏っていた。ブロッツマンは、侮辱などは一切甘受しなかった。

 6月22日に82歳で死去したドイツのサクソフォン及び木管楽器奏者は、そのキャリアの多くの時間を、無関心とあからさまに辛辣な批評との闘いに費やした。若い頃には、ヨーロッパのジャズ界の伝統的なハーモニーと形式の概念を攻撃して憤慨させ、同時代のアメリカのアルバート・アイラ―やファラオ・サンダーズたちよりも先の未知の世界へと自らの音楽を押し進めた。ドン・チェリーが命名した「マシン・ガン」というニックネームは、1968年に発表したブロッツマンの2枚目のアルバムのタイトルとなり、フリー・ジャズの発展を象徴する記念碑的な作品となった。

 最初は自身の〈BRÖ〉レーベルから300枚限定で発売されたこのアルバムは、ヴェトナム戦争やヨーロッパを揺さぶった大規模な抗議活動など、当時の爆発的な雰囲気の世相を反映していた。アルバムではベルギーのピアニスト、フレッド・ヴァン・ホーフ、オランダのドラマー、ハン・ベニンクやイギリスのサクソフォン奏者エヴァン・パーカーを含む、世界のミュージシャンたちがキャスティングされていたが、『マシン・ガン』は明確にドイツという国の、ナチスについての恥とトラウマという過去を標的にしていたようだ。

 「おそらく、それが、このような音楽のドイツとそのほかのヨーロッパの演奏の響きに違いをもたらしているのかもしれない」とブロッツマンは、亡くなる数週間前の6月初旬にディー・ツァイト紙のインタヴューで語っている。「ドイツの方が常に叫びに近くて、より残忍で攻撃的だ」

 その叫びは、今後何十年にもわたり響き続けるだろう。その一方、彼のフリー・ジャズの同僚たちは、若くして死んだか、年齢とともに円くなっていったのに対し、ブロッツマンは以前と変わらぬ白熱した強度での演奏を続けた。それが彼の健康に相当な負担となり、最後の数十年には、生涯にわたって強く吹き続けたことで、呼吸器に問題を抱えるようになった。2012年のザ・ワイヤー誌のインタヴューでは「4人のテナー・サックス奏者のように響かせたかった……。『マシン・ガン』で目指したことを、いまだに追いかけている」と語っていた。

 そのサウンドは、直感的な反応を引き起こすようなものだった。2010年10月に、ロンドンのOtoカフェで彼のグループ、フル・ブラストを聴きに、彼についての予備知識のない友人を連れていった際、演奏開始の瞬間に彼女が物理的に後ずさりをした光景を思いだす。

 しかし、ブロッツマンの喧嘩っ早い大男という風評は、彼の物語のほんの一部に過ぎない。独学で音楽を始め、最初はディキシーランドやスウィングを演奏し、コールマン・ホーキンスやシドニー・ベシェなどのサクソフォンのパイオニアたちへの敬愛を抱き続けた。それらの影響は、『マシン・ガン』でも聴くことができる。ジャン=バティスト・イリノイ・ジャケーのホンキーなテナーや、初期のルイ・アームストロングの熱いジャズなどもそうだ。その凶暴性とともに、ブロッツマンは抒情的でもあり、スウィングもしていたのだった。

 このことは、背景をそぎ落とした場面での方が敏感に察することができるだろう。有名な例としては、1997年にドイツの黒い森にてベニンクと野外で録音した『Schwarzwaldfahrt』があるが、これは彼の生涯のディスコグラフィの中でももっとも探究的で遊び心のあるアルバムのひとつだ。ブロッツマンのキャリアの後期にペダル・スティール・ギタリストのヘザー・リーと結成した意外性のあるデュオも、多くの美しい瞬間を生み出した。彼の訃報に接し、私が最初に手を伸ばしたのは、このデュオにふさわしいタイトルをもつ2016年のアルバム『Ears Are Filled With Wonder(耳は驚きで満たされる)』 で、彼のもっともロマンティックなところが記録されている。

 ブロッツマンは、文脈を変えながら、自身の銃(マシン・ガン)に忠実でいるという特技を持ち合わせていた。そのキャリアを通して、1970年代のヴァン・ホーフとベニンクとのトリオから2000年代のシカゴ・テンテットなど、多数のグループを率いたが、目標を達成したと感じるとすぐにそこから手を引いてしまうのが常だった。2011年にオーストリアのヴェルスでのアンリミテッド・フェスティヴァルのキュレーションを担当した際には、当時の彼の活動の範囲の広さが瞬時にわかるような展開だった。彼はシカゴ・テンテット、ヘアリー・ボーンズとフル・ブラストとともに登場するだけでなく、日本のピアニストの佐藤允彦からモロッコのグナワの巨匠、マーレム・モフタール・ガニアまで、ヴァラエティに富んだミュージシャンたちとのグループで演奏した。(このフェスのハイライトは、5枚組のコンピレーション『Long Story Short』 に収録されており、最初から最後まで聴覚が活性化されるような体験ができるだろう)。

 ブロッツマンの日本のアーティストたちとのもっとも実りの多い関係が、彼自身と匹敵するぐらい強力なパーソナリティを持つ人たちとのものであったのは、至極当然である。私が思い浮かべるのは、灰野敬二近藤等則、羽野昌二そして坂田明だ。彼はまた、若い世代のマッツ・グスタフソンやパール・ニルセン=ラヴなど、彼のことを先駆者としてお手本としたミュージシャンたちをスパーリング・パートナーに見出した。セッティングがどうであれ、中途半端は許されなかった。

 「ステージに立つというのは、友好的な仕事ではない」と2018年のレッド・ブル・ミュージック・アカデミー・レクチャーで、ブロッツマンは語った。「ステージ上は、たとえ親友と一緒だとしても、闘いの場なのだ。戦って、緊張感を保ち、挑戦し、新しい状況が必要で、それに反応しなくてはならない。それが、音楽を生きたものにするのだと思う」

The indomitable Peter Brötzmannwritten by James Hadfield

For years, Peter Brötzmann’s visits to Japan felt as regular as the seasons, like a late-autumn typhoon rolling through. There was something elemental and earthy about him. It wasn’t just the sound he made – a tempestuous roar that could give way to tender, bluesy caresses – but also his presence. He cut an imposing figure, with his walrus moustache and penchant for cigars, his no-nonsense aura. Brötzmann didn’t take any shit.

The German saxophonist and woodwind player, who died on June 22 at the age of 82, spent much of his career battling against indifference and outright vitriol. As a young man, he scandalised the European jazz establishment with his assaults on traditional notions of harmony and form, pushing even further into the unknown than US contemporaries like Albert Ayler or Pharaoh Sanders. Don Cherry gave him the nickname “machine gun,” which would provide the title for Brötzmann’s 1968 sophomore album, a landmark in the development of free jazz.

Initially released in an edition of just 300 copies on his own BRÖ label, it was an album that captured the explosive atmosphere of the times: the Vietnam War, the mass protests convulsing Europe. Although it featured an international cast of musicians – including Belgian pianist Fred Van Hove, Dutch drummer Han Bennink and British saxophonist Evan Parker – “Machine Gun” also seemed to be taking aim at a specifically German target: the shame and trauma of the country’s Nazi past.

“That’s maybe why the German way of playing this kind of music always sounds a bit different than the music from other parts of Europe,” Brötzmann told Die Zeit, in an interview conducted in early June, just weeks before his death. “It’s always more a kind of scream. More brutal, more aggressive.”

That scream would continue to resound through the decades to come. Whereas many of his free-jazz peers either died young or mellowed with age, Brötzmann kept playing with the same incandescent force. This came at considerable cost to his health: during his final decades, he suffered from respiratory problems that he attributed to a lifetime of overblowing. As he told The Wire in a 2012 interview, “I wanted to sound like four tenor saxophonists... That’s what I was attempting with ‘Machine Gun’ and that’s what I’m still chasing.”

It was a sound that provoked visceral responses. I remember taking an unsuspecting friend to see Brötzmann perform with his group Full Blast at London’s Cafe Oto in 2010, and watching her physically recoil as he started playing.

However, Brötzmann’s reputation as a bruiser was only ever part of the story. A self-taught musician, he had started out playing Dixieland and swing, and he retained a deep love for earlier saxophone pioneers like Coleman Hawkins and Sidney Bechet. These influences are audible even on “Machine Gun”: you can hear the honking tenor of Jean-Baptiste Illinois Jacquet, the hot jazz of early Louis Armstrong. For all his ferocity, Brötzmann was lyrical and swinging too.

This was perhaps easier to appreciate in more stripped-back settings. A notable example is 1977’s “Schwarzwaldfahrt,” recorded al fresco with Bennink in Germany’s Black Forest, and one of the most inquisitive and playful albums in his entire discography. Brötzmann’s late-career duo with pedal steel guitarist Heather Leigh – an unlikely combination – also gave rise to many moments of beauty. When I heard about his passing, the first album I reached for was the duo’s aptly titled 2016 album “Ears Are Filled With Wonder,” which captures him at his most romantic.

Brötzmann had a talent for sticking to his (machine) guns while changing the context. He led many groups during his career, from his 1970s trio with Van Hove and Bennink to his Chicago Tentet during the 2000s, but would typically pull the plug on each of them as soon as he felt they had fulfilled their purpose. When he curated the 2011 edition of the Unlimited festival in Wels, Austria, it provided a snapshot of the extent of his activities at the time. He appeared with the Chicago Tentet, Hairy Bones and Full Blast, but also in a variety of other groupings, with musicians ranging from Japanese pianist Masahiko Satoh to Morocccan gnawa master Maâlem Mokhtar Gania. (Highlights of the festival are compiled on the 5-disc “Long Story Short” compilation, an invigorating listen from start to finish.)

It makes sense that some of Brötzmann’s most fruitful relationships with Japanese artists were with personalities as forceful as his own – I’m thinking of Keiji Haino, Toshinori Kondo, Shoji Hano, Akira Sakata. He also found sparring partners among a younger generation of musicians, such as Mats Gustafsson and Paal Nilssen-Love, who owed much to his trailblazing example. Whatever the setting, there was no excuse for half measures.

“Being on stage is not a friendly business,” he said during a Red Bull Music Academy lecture in 2018. “Being on stage is a fight, even if you stay there with the best friend. But you have to fight... You need tension, you need challenges, you need a new situation, you have to react. And that makes the music alive, I think.”

Terrace Martin - ele-king

 先月の小川さんのコラムでも最新作が紹介されていたテラス・マーティン。ジャズとヒップホップを横断するこのLAのプロデューサーによるデビュー・スタジオ・アルバム『3ChordFold』(2013)が、LPでリリースされることになった。ケンドリック・ラマー、スヌープ・ドッグ、アブ・ソウル、ウィズ・カリファと、ゲスト陣もかなり豪華な1作だ。
 また、このタイミングで来日公演も決定している。9月11~15日、詳しくは下記をご確認ください。

黄金期NYヒップホップの神髄 - ele-king

 『The Science』。このアルバム名が初めて世に出たのは1992年のこと。同年に出た『Breaking Atoms』以後初となるメイン・ソース待望の新曲 “Fakin' The Funk”、その12インチ・シングルのジャケットに貼られたステッカーに、「Look for the MAIN SOURCE album "THE SCIENCE"」の文字が踊っていたのだ。メイン・イングリーディエント “Magic Shoes” のコーラスを用いた華やかな冒頭から一気に惹き込まれる “Fakin' The Funk” の素晴らしさもあって、『The Science』への期待はこのとき、最高潮に膨れ上がっていたのだが、しかし……。

 メイン・ソースは1989年に結成された。カナダはトロント出身で、子どものときに家族皆でニューヨークはクイーンズに移住してきたK・カット、サー・スクラッチのマッケンジー兄弟。ニューヨークはハーレム生まれでクイーンズに育ったラージ・プロフェッサー。偶然か必然か、K・カットとラージはクイーンズのハイスクールで出会い、意気投合。K・カットの弟も交えてグループを組んだ。
 マッケンジー家は音楽一家だった。ジャマイカ系の祖父はミュージシャンで、彼のレゲエ・レコードのコレクションが、後にメイン・ソースの曲づくりに活かされた。血縁者にはなんと、80年代にカリビアン・テイストのダンス・ミュージックで一斉を風靡したエディ・グラント、そして、90 - 00年代にビート・メイカーとして名を馳せたラシャド・スミスがいる。
 なので、音楽ビジネスもよく知るマッケンジー兄弟の母親、サンドラがマネジメントを担った。彼女はすぐに、クイーンズの名物レコーディング・スタジオ、1212へメンバー3人を連れていくのだが、そこでポール・Cに出会えたことが、メイン・ソースの成功を決定づけた。

 ポール・Cは、E-mu社のSP-1200=サンプラーを用いたヒップホップのビート制作法を確立し発展させたパイオニアのひとり、偉人中の偉人だ。レコード・コレクションもすごかった彼はレアなネタ使いでも、この時代のヒップホップ・ビートを急速に進化させた。1987 - 1989年に彼がプロデュース、プログラミング、ミックスなどを担った、マイキー・D&ザ・LA・ポッセ、スーパー・ラヴァー・シー&カサノヴァ・ラド、ブラック・ロック&ロン、ケヴ・E・ケヴ&AK-B、スティーゾらの諸作は全て名作、聴きものだらけ。詳細なクレジットなしでも、聴けばポール・C仕事だとわかるウルトラマグネティック・MCズ『Critical Beatdown』、エリック・B.&ラキム『Let The Rhythm Hit 'Em』といった名盤中の数曲も語り草だ。そして、オーガナイズド・コンフュージョンもポール・C門下生なのだが、彼の最後の弟子となったのがメイン・ソースの3人だった(ちなみに、ラージ・プロフェッサーからもSP-1200の扱いを学んだピート・ロックは、マーリー・マールとポール・C、パイオニアふたりの技を受け継ぐサラブレッドだ)。

 メイン・ソースのデビュー・シングル「Think c/w Atom」は、サンドラが息子たちのために設立したアクチュアル・レコーズから1989年中にリリースされた。おそらくは、メンバーがベーシックとなるネタのレコードを持ち込み、それをポール・Cがプログラミング、ミックスなどした2曲は、ポール・C印のサウンド、ノリと、最初から光るものがあったメンバーのネタ選びの相性の良さが感じられる、いきなりの名作だった。
 ポール・Cはしかし、1989年7月17日、何者かに殺害され24歳で急逝してしまう。それでも、「ポール・Cの教えの通りにつくろうと思った」というK・カット、そして、後には「Paul Sea Productions」なるクレジットを入れるほど師匠を愛したラージにより、ポール・Cの教えは忠実に受け継がれる。そうして出来上がったのが1991年の、メイン・ソースの1st『Breaking Atoms』だった。

 『Breaking Atoms』は、この時代のニューヨーク・ヒップホップを代表する傑作のひとつ、という評価が世界中で定まっている名盤だ。こちらも師匠の技を受け継いだエンジニア、アントン・パクシャンスカイの働きもあり、ポール・C印のビート・メイクが見事に継承され、他にはない特別な音像が聴く者を魅了する。マッケンジー兄弟の見せ場となるスクラッチ・ワークに、本作でレコード・デビューを果たしたナズやアキネリとのマイク・リレーも含めて、ラージの無骨なラップを活かす様もウマい。そして何より、ネタ選びのウマさ、おもしろさだ。曲の印象を決定づける、これぞ!というネタを用いたワン・ループづくりがとにかく抜群だった。
 DJというよりもターンテーブリストで、ソロ・ワークの少ないサー・スクラッチはいざ知らず。少なくないK・カットのソロ・ワークを聴けば、『Breaking Atoms』がラージひとりではつくり得なかった、グループの集合知が生んだ傑作であることがすぐにわかる。

 マエストロ・フレッシュ・ウェスのアルバム『The Black Tie Affair』、クッキー・クルー “Secrets (Of Success) (Live At The Bar-B-Que Mix)”、クイーン・ラティファ “That's The Way We Flow”、フー・シュニッケンズ “La Schmoove (Remix)”、MC・ライト “What's My Name Yo” などなど、91 - 93年のK・カット・ワークスは必聴だ。『Breaking Atoms』が広くウケた理由であるカラフルな、人懐っこいサンプリング・ワークはK・カットに負うところ大なのでは? ラージのストレートなつくりのソロ・ワークと聴き比べていくと、自ずとそのような結論にいたる。

 いまは、多くの才能が集い1曲を仕上げる「コライト」が海外ではあたりまえになった。楽器を演奏するわけではない、打ち込みでつくる音楽はいわばアイディア(そしてエンジニアリング)勝負だ。ひとりでつくるより、複数でアイディアを出し合いつくる方がより良いものが生まれる確率は高い。チームのアイディアの結晶である『Breaking Atoms』はだから特別な1枚になり得たわけで、ラージの脱退により “オリジナル” メイン・ソースが終わってしまったのは本当に悲しかった。
 マネージャーのサンドラが息子ふたりを優遇、ギャラの取り分を巡りモメた挙句のラージ脱退だったようだが……。以前はLA・ポッセと組んでいたマイキー・Dを迎えて制作された新生メイン・ソースの『Fuck What You Think』も、ラージのソロ・アルバム数枚も、『Breaking Atoms』の続きを聴かせてくれるものではなかった。だからこそ今回、オクラ入りとなっていた『The Science』がおよそ30年の時を経てリリースされたのが、とにかく嬉しい。

 なんらかの形で既に聴くことが出来た曲も多い。が、各曲が当時の流行りだったインタールードで繋がれ、きちんとしたアルバムの形にまとめられた『The Science』は聴きごたえがもう全く違う。ヒップホップが日進月歩で進化していた時代らしく、例えるならア・トライブ・コールド・クエストが1stから2nd『The Low End Theory』で見せたような、持ち味はキープしつつもタイトでハードな作風への成長に胸躍る。そしてとにかく音像がやはりスペシャル。『Breaking Atoms』と『The Science』でしか聴けない、ヒップホップ史上でも最良のひとつと言えるサウンドは永遠の宝だ。低音を効かせて、とにかくデカい音で聴けば、この時代のニューヨーク・ヒップホップの神髄を感じられるだろう。

audiot909 - ele-king

 日本でひたすらアマピアノを追求する人物として名高い、DJ/プロデューサーのaudiot909。彼が新しいシングルをリリースする。その新曲“4U ”には、SIMI LABの元リーダーのQNのラップがフィーチャー。昨年は“RAT-TAT-TAT”あっこゴリラをフィーチャーしたaudiot909がまたもやってくれました。
 この夏の都会の香気を漂わせながら、QNのメロウなラップが交錯するこの曲をぜひチェックしてください。

audiot909
4U (feat. QN)

https://linkco.re/7CUzuCg9
Japanese Amapiano Recordings​


​audiot909
元々ハウスのDJだったが2020年から南アフリカのダンスミュージックAmapiano制作に着手。 2022年にリリースされたラッパーのあっこゴリラをフィーチャーしたシングル「RAT-TAT-TAT」はSpotifyの公式プレイリスト+81 Connectなど数多く取り上げられ、世界に広がるAmapianoを取り上げたドキュメンタリー映像にピックアップされるなど自主リリースながら異例のヒットを飛ばす。 並行してSound & Recording Magazine誌での連載や対談、現地のプロデューサーへのインタビュー、ラジオ出演など様々なメディアにてAmapianoの魅力を発信し続けている。​

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QN
神奈川県相模原市出身。 ​
SIMI LABのリーダーとしてシーンに頭角を表す。 ビートメイカー兼ラッパーとして、ヒップホップ・レーベル〈summit〉から出した3枚目のアルバム『New Country』はジャパニーズ・ヒップホップの名作として語り継がれている。 現在は菊地成孔とのユニットQ/N/Kてしてフジロック・フェスティバルの出演やアルバムのリリースを行う。 また、ヒップホップ・コレクティヴMUSASHI VILLAGEの主要メンバーとして参加し、アブストラクトから王道のヒップホップまで幅広くシーンにアプローチをかけている。

C.E presents Low Jack, Rezzett & Tzusing - ele-king

 ファッション・ブランドC.Eによる最新パーティが9月8日(金)に開催される。ヴェニューはVENT。パリからロウ・ジャック、ロンドンからレゼット、上海/台北からツーシンとなかなかに強力な面子で、これは楽しい一夜になること間違いなしだ。詳細は下記よりご確認を。

[9月4日追記]
 当日、会場限定のTシャツが販売されるとのことです。これは行くしかない!


interview with Jessy Lanza - ele-king

 2010年代に登場してきたエレクトロニック系のアーティストのなかでも、ジェシー・ランザは独自のポジションを築いてきた。〈Hyperdub〉のなかではかなりポップな立ち位置だけれど、メジャーの豪華なサウンドやハイパーポップの過剰さとは相容れない。折衷的で冒険心はあるもののけっして前衛主義というわけでもない。R&Bを基調としたその親しみやすいシンセ・ポップ・サウンドは、ヴォーカル面でよく比較されるFKA・トゥイッグスケレラとも大きく異なっている。意外と、彼女に似ているアーティストっていないんじゃないだろうか。

 カナダ出身、現在はLAに居を構えるジェシー・ランザ通算4枚目のアルバム『Love Hallucination(愛の幻覚)』は、ハウス・ビートの “Don't Leave Me Now” で幕を開ける。ご機嫌な曲調とは裏腹に、車に轢かれかけ広場恐怖症になった経験から生まれたというこの曲につづくのは、2ステップ調の “Midnight Ontario” に軽快なエレクトロの “Limbo”。どれもからだを揺らしたくなる曲だ。静かなアンビエントR&B的側面も有していたファースト『Pull My Hair Back』(2013)以降、『Oh No』(2016)、『All The Time』(2020)と徐々にダンサブルな要素を増やしていった彼女だけれど、持ち前のはかなげなヴォーカルとシンセ・ポップ・サウンドはそのままに、新作序盤では身体性への欲望がひとつの壁を超えたような印象を受ける。
 おそらく同時並行で『DJ-Kicks』(2021)を制作していたことが影響しているのだろう。プレイするトラックに自身のヴォーカルを載せていくスタイルはケレラのミックスとおなじだが、こちらはテクノ~ハウスが軸で、ジェシー・ランザのなかのアグレッシヴな一面が展開された作品といえる(レーベルメイトのロレイン・ジェイムズとの共作曲も収録)。パンデミック中~直後におけるフロアへの渇望を表現したかのような同ミックスの余波は、確実に今回の新作にも及んでいる(じっさいはクラブにはそんなに行かないらしいが)。

 べつの意味でも序盤の3曲は重要だ。2曲目は〈LuckyMe〉のジャック・グリーンとの、3曲目はテンスネイク名義で知られるドイツのハウスDJマルコ・ニメルスキーとの共同プロデュース作品であり、また、これら3曲すべてにポスト・ダブステップ期における重要人物のひとり、ピアソン・サウンドことデイヴィッド・ケネディが参加している。これは彼女のキャリアにおける画期といっていいだろう。というのも、従来彼女がジェレミー・グリーンスパン(ジュニア・ボーイズ)以外のプロデューサーをアルバムに起用したことはなかったからだ。
 テーマは信頼だという。阿吽の呼吸というわけにはいかない未知の他人と共同作業をやっていくには、たしかに、相手を信頼しておく必要がある。おなじく初めてのプロデューサー、ポール・ホワイトを迎えた “Marathon” ではひとりよがりのセックスが歌われている。他者の存在について考えることを促す歌詞だし、そもそも今回の新作はほかのひとに提供するためにつくられた曲たちがもとになっているのだ。だから「愛の幻覚」なるタイトルはたんに恋愛関係にとどまらず、広く人間同士の関係をあらわしているとも解釈できる。その点でも本作は、多くの人びとが孤独に浸ったパンデミック以降の感覚を体現する作品といえるだろう。

 もちろん、勝手知ったるグリーンスパンとのコンビもいい成果を残している。個人的には、ちょっとだけドレクシアジ・アザー・ピープル・プレイスを想起させる “Drive” にぐっときた。これまでもフットワークやYMOなどさまざまな音楽を貪欲に参照してきたジェシー・ランザ。その好奇心はいまなお健在のようだ。

このアルバムのテーマのひとつが「信じる」ということだった。自分以外の人たちを信頼する、ということ。

お住まいは現在もシリコンヴァレーですか?

JL:いいえ。いまはロサンゼルスに住んでいる。いまはちょうどカナダで家族と過ごしているところなんだけど。パンデミックの期間中はシリコンヴァレーに住んでいて、その後ロサンゼルスに引っ越した。

シリコンヴァレーはITの街のイメージがありますが、音楽カルチャー的にはどのような場所なのでしょう?

JL:そう、そのイメージが強いと思う。リンジー・バッキンガムのようなシリコンヴァレー出身のアーティストはいるけど、音楽シーンがあるという感じではないかな。とくにいまは大きな動きはないと思う。

パンデミックの年に出た『All The Time』以来3年ぶりのアルバムですね。パンデミック以降のこの3年、どのように過ごされていましたか?

JL:まずはロサンゼルスに引っ越したことが大きかった。前作が出たあと、ツアーにも出られなかったから、それ以外は本当に何もしていなかった気がする。じつはそのころグリーンカードが下りるのを待っていたから、国外に出ることもできなかったのよ。グリーンカードを待っている間に、『Love Hallucination』のほとんどの曲を書き上げて。そういう意味では充実した時間だった。普段はライヴをやったり、旅をしたり、家族に会いに行ったり、なかなかじっくり曲づくりに向き合う時間がないから。

ロサンゼルスに引っ越されたのは何か理由があったんでしょうか。

JL:主人の家族がサンフランシスコにいるからわたしたちもシリコンヴァレーに住んでいたんだけど、IT関係の仕事をしていなければあまり住む意味がない場所だった。ロサンゼルスは同じ州だけどもっといろいろなことが起こっていて、ここには文化があるから。それに、シリコンヴァレーは物価がものすごく高い。夫が映像関係の仕事をしていることも、ロサンゼルスに住むことにした大きな理由のひとつね。

以前のインタヴューで、家の離れのツリーハウスをスタジオとして利用していると仰っていましたが、新作はロサンゼルスで制作されたんですよね? 木に囲まれて音楽をつくることと、通常のスタジオでの作業との違いはなんですか? そうした環境の違いが、あなたの音楽に影響を与えたと思いますか?

JL:もちろん大きな違いがある。自分を取り巻く環境に木しかない場所は、とても静かだからヴォーカルを録音するのに理想的で。でも、自分が作品づくりをするときの環境はなによりも、わたし自身の精神状態を大きく左右すると思う。木々に囲まれていると精神的に落ち着くし、わたしを取り巻く環境が音楽に与える影響はとても大きいと思う。自分自身をケアしてあげられるか否かということよりも、環境のほうが影響力は大きいと思う。

人間関係がメイン・テーマであることは間違いない。とくに、恋愛関係。恋愛をしているときのわたしは脆弱で自信がなくて。

2021年に名ミックス・シリーズの『DJ-Kicks』を手がけたことは、あなたにどのような経験をもたらしましたか?

JL:『DJ-Kicks』を制作しているとき、同時に『Love Hallucination』の曲を書いていたから、自分にとっては大きな挑戦だった。それに、入れたい曲をまとめたウィッシュリストのなかの何曲かは権利の関係で収録できなかったこともあったし。でも、自分がDJとしてプレイしたい曲と、自分自身の楽曲とのギャップを埋めるようなものをつくってみたかったから、とても興味深かった。わたし自身のヴォーカルを足していく作業も面白い試みだったと思う。DJをやっていると自分の個性がだんだん薄まっていくように感じることもあるんだけど、そこにあえてわたしにしか出せないヴォーカルを乗せることで、新しい境地を開けたように思う。なにか特別なことをやりたいという思いがあったのは間違いない。

その『DJ-Kicks』に収録された “Seven 55” ではロレイン・ジェイムズをフィーチャーしていました(https://www.youtube.com/watch?v=myYggI17_cs)。彼女の音楽の魅力はどこにあると思いますか?

JL:彼女は唯一無二の存在だと思う。彼女がプロダクションを手がけたものは一聴してすぐに彼女の音楽だとわかるほどの個性を持っているから。

これまでもあなたの音楽はダンス・ミュージックからインスパイアされていましたが、『DJ-Kicks』からはよりあなたのダンス・ミュージックへの愛が伝わってきました。クラブにはよく行くのですか?

JL:う~ん。いいえ(笑)。以前よりもDJする機会が本当に多くなって、クラブに行くと仕事モードになってしまうから純粋に楽しめないのよね。それに、わたしが生まれ育った町にはクラブというものがなくて……バーのようなところはあるけど、TOP40の音楽がかかっているような場所だったから、クラブという感じではまったくなかったし。だから、自分のなかにクラブ・カルチャーのようなものがなくて。クラブを純粋に楽しんでいた時期がないから、それを懐かしく思うようなところもない(笑)。

クラブでDJをするときはどんなふうにセットを組み立てているんですか?

JL:そうね……とにかくヴォーカルがある曲をかけるのが好きなの。だから、ハウス・ミュージックをかけるのが好きだし、それにディスコなんかを混ぜて。メロディのあるダンス・ミュージックが好きだから。そう、自分がクラブに遊びに行って、聴きたい曲をかける感じかな。もちろんみんなが楽しんでもらえるようなものをプレイしているつもりだけど、メロディがあってヴォーカルのある音楽が好きだから、そういうものを選んでかけている。

若いころからそうしたヴォーカル・ミュージックを聴いてきたんでしょうか?

JL:そうね。R&Bがずっと好きだったから。

『DJ-Kicks』も同時進行でつくっていたから、ダンス・ミュージックやクラブ・ミュージックもたくさん聴いた。ひとつに絞るのは難しいけど、プロデュースの優れたシンセ・ポップをたくさん聴いていたのは間違いない。

では、新作の話に戻りましょう。これまで長らくジェレミー・グリーンスパンとコンビを組んできて、今回の新作もそうなのですが、初めて彼以外のプロデューサーが参加してもいます。彼以外ともやってみようと思った動機はなんですか?

JL:わたしにとって、それまでに会ったことのないひとと仕事をするのはとても怖いことだった。ジェレミーのことは長年知っているし、ついついやりやすいひとと一緒にやってしまいがち……アーティストとしてどうすべき、ということはべつにしてね。でもこのアルバムをつくるにあたって、少し冒険してみようと思って。たとえばジャック・グリーンの音楽は長年聴いていたし、友人を通して知っていたからぜひ彼と一緒にやってみようと。よく知らないひとがスタジオに来てジャム・セッションすることは本来はとても緊張してしまうから得意ではないんだけど、あえて自分の背中を押したところがある。なにか新しい挑戦をしてみたかったのよ。このアルバムのテーマのひとつが「信じる」ということだった。自分以外の人たちを信頼する、ということ。

ピアソン・サウンドが選ばれた理由はなぜですか?

JL:彼の音楽も長年知っていたし、彼のファンなの。友人の友人だったこともある。ロンドンで1週間ほどオフがあったときに彼にコンタクトをとって。当初はミックスだけしてもらう予定だったんだけど、彼のスタジオで一緒に過ごしているうちにとても仲よくなって、プロデュースもお願いすることになった。

このアルバムの曲づくりをしている段階で、今回はいろいろなひとたちとコラボレーションすることを考えていたんですか?

JL:いいえ。実際の制作に入る前に曲はほとんどできあがっていて、そのときは誰とコラボレーションしようというようなことはとくに考えていなかった。曲を磨く段階になって、いろんなひとのアイディアが欲しいと思うようになってきた感じ。もともと今回一緒にやったひとたちとはメールや電話ですでに話をしていたから、実際にお願いするのに支障はなかったけれどね。

先ほど、今回のアルバムのテーマのひとつに「信じる」ということがあったと仰っていましたが、もう少し具体的にアルバムのテーマを教えてください。

JL:これまでにわたしが経験してきた人間関係がメイン・テーマであることは間違いない。とくに、恋愛関係。恋愛をしているときのわたしは脆弱で自信がなくて。だから、タイトルも『Love Hallucination』にしたのよ。脆くて傷つきやすいから、自分がよく知らないひとを信用することが難しい。でも、ひとを信じることのたいせつさを痛感してきたところもあって、自分自身を変えたいという思いがあった。作品づくりにおいても、これまでのわたしはジェレミーのような気心の知れたひととしかやってこなかったし、ミュージック・ヴィデオはつねに夫とつくってきたから、自分の世界の狭さというものに焦りも感じていたのね。だからこそ、このアルバムで「信頼」と「脆弱さ」というテーマを描いてみた。

ひたすら「わたしは自分が嫌い」と繰り返される “I Hate Myself” は、曲調は明るいにもかかわらず心配になってしまう内容です。このリリックはご自身の体験を踏まえて書かれたものですか?

JL:この曲は不思議な過程を経てできあがった。書きはじめたころはけっこう複雑で散らかった感じだったから、歌詞をどんどん削ぎ落としていって、最終的に「I hate myself」という一行だけが残ったのよ。この曲は、YouTubeにアップされていた動画がベースになっているんだけど。プリファブ・スプラウトの「I hate myself」というフレーズをひたすらループして、ずっと馬が走っているだけの動画。わたしはけっして自分を憎んでいるわけじゃない(笑)。ただ、最初に書いたヴァージョンよりもずっと良い出来になったと自負してる。

元ネタの動画はサイケデリックな感じなんですね?

JL:その通り。検索したら出てくると思う。

“Drive” は海中にいるような感覚を持った曲で、雰囲気はダークではありませんが、ドレクシアを思い浮かべました。彼らの音楽のどのようなところが好きですか?

JL:そう言ってもらえるなんて驚いた(笑)。じつは、この曲のシンセ・パートを書いているとき、ドレクシアのひとりのサイド・プロジェクト、ジ・アザー・ピープル・プレイスを思い浮かべていたのよ! たしか彼の名前はジェラルド・ドナルドだったと思うけど(編注:TOPPはドレクシアの本体にして中心人物、ジェイムズ・スティンソンのプロジェクト)。それでエレクトロな楽曲にしたいと思って、ドラム・パートもジ・アザー・ピープル・プレイスっぽい感じを想定してつくった。この曲はとくにお気に入り。ジェレミーがパーカッションを足してくれて、よりエレクトロっぽい雰囲気のある曲に仕上がって。言ってみれば、ドレクシアとジェレミーの曲という感じね(笑)。

歌詞の面でもサウンドの面でも、制作中に参照したものがあれば教えてください。

JL:制作中はいろんなバンドを聴いていた。プリファブ・スプラウトもそうだし、オーケストラル・マヌーヴァーズ・イン・ザ・ダークもよく聴いていたかな。それにシンセ・ポップのバンドもいろいろ聴いていたし……『DJ-Kicks』も同時進行でつくっていたから、ダンス・ミュージックやクラブ・ミュージックもたくさん聴いた。ひとつに絞るのは難しいけど、プロデュースの優れたシンセ・ポップをたくさん聴いていたのは間違いない。

興味深いですね。では、本作でもっとも苦労した曲はどれでしょう?

JL:“Gossamer” ね。この曲はかなりトリッキーだった。自分でも好きな曲なんだけど、方向性がなかなか定まらなくて。ヴォーカルを入れるべきかどうか悩んでいて……というのも、テクノ・ポップ調にしたかったから。それでイエロー・マジック・オーケストラを聴いているうちに、自然と方向性が固まっていった(笑)。彼らがやっていることがとても好きで、それに共感することでなにかを得ることができたという感じかな。

それは面白いです。ところでヴォーカリストとしてのロールモデルがいたりするんでしょうか?

JL:そうね……プリンスはとても好き。ボウイの歌い方も好きね。それに、高橋幸宏と細野晴臣。彼らの控えめな歌い方にとても共鳴する。挙げたひとたちは全員ちがう個性を持っているけど、その組み合わせがわたしのシンギング・スタイルを形づくっているんじゃないかな(笑)。控えめな歌い方がとくに好き。若いころは、わたしにアメリカのアイドルみたいな歌い方を勧めてくるひともたくさんいたけど……セリーヌ・ディオンみたいなね。でもわたしの声はそういう歌い方には向いていないし。そうね、イエロー・マジック・オーケストラのスタイルにはとても影響を受けていると思う。控えめでいて、ポップでとても効果的なシンギング・スタイルだと思う。

あなたの音楽ではフューチャリスティックな部分と、どこかレトロな感覚がうまく同居しているように感じます。それはご自身でも意識していますか?

JL:ある意味でどこか過去に生きているところがあるのかもしれない(笑)。家族が昔の話をしたりするからかもしれないけど、30年くらい前はいろいろとおもしろいことが起こっていたし、観るもの、読むものもたくさんあった印象がある。昔のほうがよかったとは言わないけど、前時代を生きているところはあるのかも(笑)。

一方で、あなたの音楽にはフューチャリスティックな要素もありますよね。

JL:そうかもしれない。人間は未来を夢見る生きものでもあるから。

その通りですね。では最後に今後のご予定をお聞かせください。ツアーでしょうか?

JL:ええ。9月22日のサンフランシスコから全米ツアーがはじまる。その後、11月から12月はヨーロッパ・ツアーに入るから、秋から冬にかけてたくさんライヴをやる予定。しばらくツアーに出られなかったから、とても楽しみにしている。

本日はありがとうございました。日本でもあなたのショウが見られる日を楽しみにしています。

JL:わたしも楽しみにしている! 2024年のはじめには行きたいと思ってて。まだ日本に行ったことがないから、すごく行きたいと思いつづけてる。日本で会えるのを楽しみにしている。

Aphex Twin - ele-king

 みなさん、7月28日にリリースされたエイフェックス5年ぶりの新作EP「Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760」はもうお聴きになりましたか?
 まさにそのリリース日である先週末、エイフェックス・ツイン本人だと推定されている「user18081971」なるアカウントが、サウンドクラウドに2曲のトラックを投稿しています。
 タイトルは “Short Forgotten Produk Trk Omc” と “2nd Neotek Test Trac Omc” で相変わらず意味がよくわかりませんが、2006年から07年につくられたもののようです。

 そしてサプライズはつづき、翌29日にはさらなる新曲 “matriarch test 3+Om1 Cass+909 edit1 F6 omc+1” も公開。いったいどれほど曲をストックしているんでしょうね。

 〈Warp〉からの最新EPのほうにも動きがあります。表題曲のオフィシャルMVが、今夜深夜1時(日本時間8月1日1時)に解禁される予定です。MVとしては前回の “T69 Collapse” 以来。手がけるのはおなじみ Weirdcore。もうページは公開されていてカウントダウンがはじまっていますので、1時にそなえましょう。
 最新作「Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760」の魅力について佐々木渉と編集長が語りあう対談は、こちらから。

Aphex Twin - Blackbox Life Recorder 21f (Official Video)
https://youtu.be/e_Ue_P7vcRE


Various - ele-king

 マイクロ・アンビエント・ミュージック。
 坂本龍一を追悼するために、これほど重要な言葉もない。この20年あまりの坂本龍一の音楽・音・アンビエント/アンビエンスの探求を追いかけてきた聴き手にとってはまさに腑に落ちる思いである。
 じっさい坂本龍一の「晩年」は、「小さな音」のアンビエンスを追い続けてきた日々だった。彼は世界に満ちている音を聴き、音響・音楽を創作した。世界中のアンビエント・アーティストやサウンド・アーティストの音源を聴き、彼らとの交流も深めてきた。音楽と音の境界線に誰よりも繊細に耳を澄ましてきた。
 この追悼コンピレーション・アルバム『Micro Ambient Music』は、そんな「坂本龍一と小さな音」との関係性を考えていくうえでこれ以上ないほど重要で素晴らしい作品である。アルバムのインフォメーションにはこう記されている。

坂本龍一が2000年から晩年にかけて関係の近かった音楽家や、共演者らによる追悼盤です。非楽器音を用いた静寂をもたらす音楽を『Micro Ambient Music』と称し、国内外の41名の音楽家の賛同を得て実現しました。

 本作『Micro Ambient Music』の企画・制作は、アンビエント・アーティストの伊達伯欣がおこなった。この美しいコンピレーション・アルバムを編むことで、坂本の追悼をしたのである。これは簡単なことではない。この短期間でこれだけのアーティストに声をかけて、その楽曲を集め、アルバムに纏めていったのだ。深い追悼の念と、その不在に対する悲しみがあるからこそ成し得た仕事ではないかと思う。
 何より重要なことは、伊達伯欣はあきらかに坂本龍一の音楽家としての「本質」をこの20年ばかりの活動と作品、00年代以降の坂本のアンビエント/音響作品に聴きとっている。これは重要な視点だと思う。じっさいアルバムのインフォメーションにはこう記されていた。

坂本氏の評価はYMOやアカデミー賞に集まりやすいですが、氏の思想や音楽の真価は、それ以降の作品群にも色濃く現れています。この追悼盤では、特に晩年の氏と関係の近かった音楽家たちに、焦点が当てられています。非楽器音を中心とした音楽から、楽器音を中心とした音楽へ。その追悼の音たちは、ごく自然に・穏やかに、必然的な調和の中で、ひとつの作品として5つのアルバムに配列されました。

 『Micro Ambient Music』の参加アーティストは伊達伯欣の作品をリリースし、生前の坂本とも交流の深かったテイラー・デュプリーが主宰するニューヨークのレーベル〈12k〉の音楽家たちや、大友良英、アルヴァ・ノトデイヴィッド・トゥープ、蓮沼執太、原摩利彦など坂本龍一と交流のあった音楽家、さらに世界中の音響作家やアンビエント・アーティストら計41人が楽曲を提供している。総収録時間は5時間に及ぶ大ヴォリュームのコンピレーション・アルバムだ。
 この人選から坂本が世界中の音響作家から、いかに坂本龍一がリスペクトされていたのか、そして重要な存在だったのか分かってくる。
 しかも不思議なことに長尺コンピレーションなのに、時間の感覚が希薄なのだ。どの曲も反復や環境音などを用いたミニマル/ミニマムな音の連なりでできているため、5時間という時間がリニアに進む時間軸に感じられない。浮遊するような、空気のような聴取体験なのである。永遠の反復とズレ。その時の只中に身を置くような聴取体験がここにはある。

 この20年ほどの坂本龍一は「音」そのものへの探求と、リニアな時間軸ではない音楽の時間を追求していたように思える。アンビエント作品やインスタレーション作品では「時間の流れ」自体を問い直すような作品が多かった。なかでも2017年の傑作ソロ・アルバム『async』は音楽における「非同期」をテーマにしたアルバムだった。
 しかし非同期を希求していたとはいえ、坂本は「音楽のカオス」を追い求めていたわけではなかった。彼は音楽家であり、作曲家であり、作曲と構築を捨て去ることはなかった。そうではなく「同期」に変わる新しい音楽システムを希求していたのではないかと思う。エレクトロニカやアンビエント、フィールド・レコーディング作品に、そのような同期とは異なる新しい音楽のシステムを聴きとっていたのかもしれないといまなら思う。その点から、本作『Micro Ambient Music』は、『async』への音楽家・音響作家たちからの応答・変奏という面もあるように聴こえた。

 計41人、どのアーティストの楽曲も興味深い。環境音と音と音楽の交錯地点を聴取しているような気分になる。個人的にはトモコ・ソヴァージュの楽曲 “Weld” がとても良かった。トモコ・ソヴァージュは水を満たした磁器のボウル、ハイドロフォン(水中マイク)、シンセサイザーなどを組み合わせた独自のエレクトロ・アコースティック楽器を用いて、透明な霧のような音響を生み出すアーティストだ。本作もまた透明な音のタペストリーが生成し、シンプルにして複雑な「非同期」のごとき音響空間が生まれている。この5分少々の曲には、坂本龍一が『async』で探求していた「同期しない音楽」があった。音が重なり、生成し、消えていく。その美しい音響。
 また、中島吏英とデヴィッド・カニンガムの “Slow Out” はアルバム中の異色のサウンドだ。マテリアルな音のズレ。蓮沼執太の “FL” もまた興味深い。普段の蓮沼の楽曲とは異なり、モノの音によるマテリアルな音響作品で、晩年の坂本の「音」そのものへの探求に憑依したような素晴らしいトラックだ。もちろん主宰である伊達伯欣の楽曲も見事だ。美しい点描的なピアノに、非反復的な環境音が深いところで共振し、まるで夜のしじまに沈んでいくような音楽を展開している。断片的な音の随想とでもいうべきか。
 むろんどのアーティストも、それぞれの方法で坂本を追悼している。41人の音楽家すべて、晩年の坂本龍一の「音の探求」を理解し、そこに向けて音を構成しているのだ。その結果、このアルバムは世界の音響作品、サウンド・アート、アンビエントなどのエクスペリメンタル・ミュージック、その00年代以降の達成を示すようなコンピレーション・アルバムとなった。坂本龍一への「追悼」が20年の音響音楽の総決算にもなった。この点だけでも「晩年」の坂本の偉大さがわかってくる。

 現在、アンビエントとサウンド・アートの境界線は融解した。おそらく坂本龍一もそのことを敏感に感じ取っていたように思う。そして、このコンピレーション・アルバム『Micro Ambient Music』もまたその事実を体現している。世界に満ちた音のざわめきが、ここにはある。発売は10月31日までだ。気になる方は一刻も早く入手した方が良いだろう。なお収益の一部は Trees For Sakamoto へ寄付される。

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