ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. 完成度の低い人生あるいは映画を観るヒマ 第二回 ボブ・ディランは苦悩しない
  2. Lawrence English - Even The Horizon Knows Its Bounds | ローレンス・イングリッシュ
  3. 別冊ele-king ゲーム音楽の最前線
  4. The Murder Capital - Blindness | ザ・マーダー・キャピタル
  5. interview with Acidclank (Yota Mori) トランス&モジュラー・シンセ ──アシッドクランク、インタヴュー
  6. Columns ♯11:パンダ・ベアの新作を聴きながら、彼の功績を振り返ってみよう
  7. Shinichi Atobe - Discipline | シンイチ・アトベ
  8. Columns 2月のジャズ Jazz in February 2025
  9. R.I.P. Roy Ayers 追悼:ロイ・エアーズ
  10. interview with DARKSIDE (Nicolás Jaar) ニコラス・ジャー、3人組になったダークサイドの現在を語る
  11. Richard Dawson - End of the Middle | リチャード・ドーソン
  12. interview with Elliot Galvin エリオット・ガルヴィンはUKジャズの新しい方向性を切り拓いている
  13. Bon Iver ──ボン・イヴェール、6年ぶりのアルバムがリリース
  14. Arthur Russell ——アーサー・ラッセル、なんと80年代半ばのライヴ音源がリリースされる
  15. Meitei ——冥丁の『小町』が初CD化、アナログ盤もリイシュー
  16. Horsegirl - Phonetics On and On | ホースガール
  17. Soundwalk Collective & Patti Smith ──「MODE 2025」はパティ・スミスとサウンドウォーク・コレクティヴのコラボレーション
  18. 三田 格
  19. 完成度の低い人生あるいは映画を観るヒマ
  20. 完成度の低い人生あるいは映画を観るヒマ 第一回:イギリス人は悪ノリがお好き(日本人はもっと好き)

Home >  Reviews >  Album Reviews > Junior Boys- It's All True

Junior Boys

Junior Boys

It's All True

Domino/ホステス

Amazon iTunes

木津 毅   Aug 23,2011 UP

 ピッチフォークがゼロ年代のベスト・アルバムの第3位にダフト・パンクの『ディスカヴァリー』を選んだとき、少なからず驚いたのは発売当時はそれほど評価していなかったことを記憶していたからだが、それはつまり作品そのものよりもその後の、とりわけアメリカでの影響の大きさを踏まえたものだろう。僕はダフト・パンクは存在そのものが一種のコンセプチュアルな装置だと思っているのだけれど、『ディスカヴァリー』は特にその度合いが大きかった。彼らが子ども時代の70年代後半から80年代に聴いていたアメリカの大衆音楽に対するノスタルジーを素材にして、「あの頃」のフューチャリスティックな感覚をモダナイズした......と言うより、ファッショナブルに、何よりポップに繰り広げていた一枚だった。当時のアメリカのキッズの生の記憶にあったのは古くてもせいぜいグランジまでぐらいだったろうから、80年代のMTVのダサさがそれを知らない世代にとってはクールに反転してもおかしくはない。いま、これだけ北米でシンセ・ポップやエレクトロ・ポップが若い世代に共通言語として流通しているのは、ひとつにはあのアルバムからの影響が形を変えつつ残っているからだ。

 ゼロ年代の前半、いまよりももっと『ディスカヴァリー』の余波が感じられた頃――LCDサウンドシステムが「ダフト・パンク・イズ・プレイング・アット・マイ・ハウス!」とエレクトロを発見したばかりのアメリカのキッズの気持ちを代弁して叫ぶ少し前に、ジュニア・ボーイズはカナダ発のベッドルーム・ミュージックとして現れた。70年代のAORや80年代のシンセ・ポップの甘ったるさを濾過して強調した彼らの音楽は、ダフト・パンクの歌ものポップス、とくに"サムシング・アバウト・アス"のような曲から通じるもので、アンニュイでムーディでファッショナブルで、何よりノスタルジックであった。彼らが世代的に80年代を直に知っているのかそうでないのかは僕は知らないが、いずれにしても幼い頃の音楽的記憶を取り戻すかのように(「ジュニア」「ボーイズ」と少年性を強調するのもそうだろう)あの頃の気取ったポップスの空気を真剣に再現しようとする気概がそこには感じられ、それ故に彼らはその後洗練に向かった。2006年のセカンド『ソー・ディス・イズ・グッドバイ』では、モダンなR&Bやヒップホップの凝ったビートを取り入れつつミニマルに仕立てるそのスタイルは既に完成され、その上で上手くいかない恋愛の憂鬱や退廃にひたすら耽溺するような快楽に満たされていた。
 ジュニア・ボーイズは自己演出能力に非常に長けており、そこに言い訳めいた態度やギャグは一切ない。何よりもそのヴォーカル・スタイルだ。吐息混じりに悩ましげに放たれるか細い歌声は、エロティックな快楽をリスナーにこれでもかと与え続ける。そのナルシスティックな空気が鼻につくひとも多いと思うが、その親密な舞台の主役を演じきっているという点でもはや清々しい。

 4枚目となる『イッツ・オール・トゥルー』も、東洋的な音の味つけと彼らにしてはややアッパーなナンバーが目立つ以外は、基本的に何も変わらず、さらなる洗練を推し進めている。音数は元々少ないほうだが、より整頓しミニマルな作りになっていて、"キック・ザ・カン"で挑戦しているミニマル・テクノなどはその成果だろう。しかしそれ以外はすべて例によってエレガントな歌ものポップスで、自分たちで細部まで作り上げた淡い倦怠感に包まれた世界のなかで、ヴォーカルがそのエモーションに酔いしれるようにメロウなメロディを歌い上げる。リード・シングルであるラストの"バナナ・リップル"はトンでいるのか?と疑いたくなるほど(これも彼らにしては、だが)アップリフティングなトラックになっていて腰を抜かしそうになるが、得意のアンニュイ路線は"プレイタイム"や"ユール・インプルーヴ・ミー"でもちろん用意されている。そのスムースなグルーヴとも相まって、長い愛撫のように快楽が絡みついてくる。なかでも僕が特に気持ちいいのは"セカンド・チャンス"で、ノイズが混ざったビートと電子音の掛け合いは見事なものだ......いや、というか、率直に言ってあえぎ声のようなヴォーカルが「ザッツ・トゥルー、カモン、ベイビー、ザッツ・トゥルー」と吐き出すのを聴くためだけに何度もこの曲を繰り返してしまう。
 ジュニア・ボーイズの音楽もまた、ひとつの突き詰めたコンセプト、虚構であると言える。どこまでも逃避的だが、その先は80年代のシンセ・ポップが持っていためくるめく官能の世界だ。それは確かに80年代生まれの僕のような人間にも魅力的で......快楽のヴァリエーションとして、絶対にあってほしい類のものだ。それと似たようなことがゼロ年代前半ごろ、あるいはいま、北米でも起こっているということなのだろう。この隅々まで抜かりなく演出された音のエロスは、個人的な秘めごととして愉しみたい。

木津 毅