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Cass McCombs

Cass McCombs

Wit's End

Domino

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木津 毅   Jul 25,2011 UP

 ここのところ、僕はこのアルバムに取り憑かれている。この底の見えない暗さに、死の香りすら漂う音楽に身を沈めていることは危険だと頭では理解しつつも、聴いているとその魅力に抵抗するのさえ億劫になってくる。この歌は何も生み出さない。聴き手との親密で、退廃的で、甘美なひととき以外の何も――。

 前作『カタコンベ』が〈ドミノ〉からリリースされるまで、僕はこのキャス・マックムースというロサンゼルス出身のシンガー・ソングライターのことをよく知らなかった。気になったのは、そのアルバムのネット・メディアでの評価が異様に高かったこと、それまでにすでにグリズリー・ベアやガールズらミュージシャンたちから熱狂的な支持を集めていたことが理由だった。聴いてみると『カタコンベ』には穏やかなカントリー・ロックが収められていて、その丁寧な演奏と歌は確実に僕の好きな線だったので、僕はそのアルバムを好んで――そしてわりと気軽に――よく聴いた。『カタコンベ』にはたしかに軽快さがあったし、もっと初期の音源にはザ・スミスの影響が強く感じられるダークさのなかに煌きがまぶされたギター・ロックもあった。決して明るいタイプの音楽ではなかったが、沈み込むように重々しいばかりの音楽ではなかった。
 が、彼の5作目となる『ウィッツ・エンド』ではそんな軽やかさは消え失せていて、ひたすらスロウなバラッドが続く。冒頭の"カウンティ・ライン"からして、エレクトリック・ピアノの柔らかい調べの上でキャスがソウルフルな歌をゆっくりと聞かせるナンバーだ。「君は僕を愛そうとすらしなかった/君が僕を欲しがるために僕は何をするべきだったんだろう?/何も見えない、標識もわからない」......。その痛みがただ穏やかに歌われる。続く"ザ・ロンリー・ドールズ"は夢見心地のワルツで、その甘さにかえってぞっとする。アレンジはごくシンプルに削ぎ落とされ、感情は抑制され、演奏はメランコリアを纏いつつ静かに続けられる。
 この歌を聴いていると、それはどこかで現世を諦めてしまった人間の呟きのように聞こえてくるのはどうしてだろう? 彼が一時期アメリカを転々としながらボヘミアンのような生活をしていたことも関係しているかもしれないが、その正確な説明にはならない。アウトサイダーであることが簡単に許されないこの時代に、彼はここで世間を嫌うようにひとり自分の傷と孤独をえぐっている。"ブリード・アライヴ"、すなわち「生き埋め」ではその重々しいフォーク・チューンに乗せて「たぶん僕は間違えている」と歌い、"メモリーズ・ステイン"、すなわち「記憶の染み」ではエレガントなピアノの演奏と共に「見てくれ、僕はひとつも良くならない」「見てくれ、何て穴の広さだ!」と8分の6拍子のリズムに合わせて繰り返す。ただ、自分の痛みそのものに耽溺する感覚がここでは貫かれている。そして僕にとってこのアルバムは......彼の作品のなかでももっとも偏愛する1枚になりそうである。

 「ヘロイン中毒のような不健全なダウナー音楽ではないか」という批判があれば、僕にはそれに反論する言葉はない。しかし、心地良い逃避では片付けられないこのヘヴィさを聴いていると、沈み込むことでしかひとは自分の弱さや痛みを受け入れられないのではないか、と思えてくる。気軽に聴ける音楽ではない。だが、自分の内面に潜っていくような濃密な体験がここにはある。
 圧巻はラストで9分以上に渡って同じメロディが繰り返されるワルツ"ア・ノック・アポン・ザ・ドア"だ。ワルツは舞踏曲である。悲しみと共に踊りを続けるように、憂鬱な調べが延々とリフレインし、そこにバス・クラリネットのノイズ混じりの演奏が絡みつく。うっかりこの曲を外で聴こうものなら、意識がだんだんと朦朧としてくる錯覚を抱く。それがこの暑さのせいなのか何なのか、僕にはよくわからない。

木津 毅