「UR」と一致するもの

The Earth as Your Co-writer - ele-king

 昨秋リリースされた最新作『FOREVERANDEVERNOMORE』(最近そのインスト版『FOREVER VOICELESS』も発売)がそうだったように、近年のブライアン・イーノの最大の関心事は気候変動~環境問題にある。なにか音楽家たちがこの問題とうまく向き合う方法はないものか……気候問題にとりくんでいる組織を、音楽産業が支援できるようにするための慈善団体「EarthPercent」の設立はその第一歩だったわけだが、準備が整ったのだろう、いよいよ本格的に動き出したようだ。
 それは、楽曲のクレジットに「地球」を加えること──。シンプルながら興味深い実験だろう。著作権のロイヤリティの一部を環境問題にとりくむアクティヴィズムに活かすためのアイディアで、ソングライターとして「地球」を記載すると印税の1パーセント以上が「EarthPercent」に渡る、という仕組み。ようは音楽から得られる利益を、自然を回復させたり政策を変えさせたりするための資金に転用しましょう、という着想である。目標は、2030年までに1億ドル調達すること。
 すでにジェイコブ・コリア―、元ヴァンパイア・ウィークエンドロスタムマウント・キンビーといったミュージシャンたちがこの活動に参加しており、今後クレジットに「地球」を加えていくという。

 なお〈EarthPercent〉からは2月に、イーノとホット・チップ、ゴッデス(サヴェージズのフェイ・ミルトン)によるコラボ・シングル “Line In The Sand” が、植物由来のバイオプラスティックでつくられたレコードでリリースされているのだが、今回の発表とほぼおなじタイミングでその収録曲2曲がストリーミングでも解禁されている。試聴・購入はこちらから。

VANHOLDER - ele-king

 ところで皆さん、LPに付属の7インチってどう保存してますか? LP+7インチ盤の有名どころだと、スティーヴィー・ワンダーの『Songs In The Key Of Life』だったり、サディスティック・ミカ・バンドのファーストだったり。そのままスリーヴに入れていると、いつのまにか紛失してしまっている……そんな事情があるからでしょう、中古市場でも付属の7インチを完備しているLPは少なく、完品は高額なことが多いですね。
 というわけで朗報。VINYL GOES AROUNDチームが画期的な発明を成し遂げました。といっても複雑なものではありません。12インチ・サイズのボードに、7インチのジャケをパコッとハメる、ちょっとした気の利いたアイテムです。名づけて「ヴァンホルダー(VANHOLDER)」(盤をホールドすることから命名)。ヴァンホルダーに固定された7インチはLPのジャケット内で無駄に動いたり、飛び出したりしないので紛失を防止できます。およそ70年にもおよぶLPと7インチの歴史において、なぜこれまでだれも思いつかなかったのか……。これはLPとセットでなくとも7インチ単独の保管にも適しており、ヴァンホルダーにハメればLPの棚にもそのまま収納できるので、単品での販売も予定しているとか。
 これであなたのレコード・コレクティング・ライフの質は格段に向上するでしょう。詳しくは下記動画やリンク先をご覧ください。

株式会社Pヴァインは、アナログ・レコードに関する特許権を取得しました。ヴァンホルダー(VANHOLDER)は、7インチのジャケットを12インチ・サイズに変えるアイテムです。

Pヴァインは2022年12月にアナログ・レコードのパッケージに関わる特許権を取得しました。

本特許は、レコードパッケージにおいて独自の技術を開発したものです。
LPサイズのジャケット内に収まりが悪かった7インチ・シングルやCDがスマートに収納できるプロダクトを作りました。

これは12インチディスクと7インチディスク(または10インチディスク及びCDも含む)をひとつのフォーマットにできるLPの付属具で、専用のボードに7インチディスク(または10インチディスク及びCD)を固定し、12インチディスクのジャケットに収納が可能になります。これによりジャケット内での揺れや、外への飛び出しを防ぐことができます。

特許番号:第7199767号
発明の名称:レコード支持板、レコードジャケット、及びレコード製品
商品名:ヴァンホルダー(VANHOLDER)
特許取得日:2022年12月23日(金)
材質:インバーコート紙 0.6mm(印刷可能)
使用開始日:2023年1月18日(水)
カテゴリ:レコードジャケット、及びレコード製品

詳細はこちらのURLをご参照ください:https://vga.p-vine.jp/vanholder/

https://youtu.be/mn-MUFujy84

※ヴァンホルダーは10インチ・レコードやCDなどにも対応可能です。
その他、製造の事など詳しくは下記までお問い合わせください。
お問合せ先:株式会社Pヴァイン TEL: 03-5784-1250 FAX: 03-5784-1251 vinylgoesaround@p-vine.jp 担当: 山崎

WE LOVE Hair Stylistics - ele-king

 現在、糖尿病の合併症などのため入院中の中原昌也。彼を支援すべく、コンピレーション企画が始動している。『WE LOVE Hair Stylistics!』と題されたそれには当初17組が参加、配信にて去る3月3日リリースされているのだが、面子がとんでもないことになっている。食品まつり、工藤冬里、石橋英子ジム・オルーク、山本逹久、渡邊琢磨、TORSO、坂本慎太郎石原洋井手健介に2MUCH CREWに……バンドキャンプをチェックすると、さらにコーネリアスやDMBQも加わっていて、中原の存在の大きさを痛感させられます。
 また、これまでも中原作品を販売してきた高円寺のオルタナティヴなレコード店LOS APSON?では、「爆買いフェア」と題し、レアな音源がついてくるキャンペーンも実施。ぜひとも足を運びましょう。

https://savenakahara.bandcamp.com/album/we-love-hair-stylistics

緊急入院中の中原昌也を支援するプロジェクトに豪華17組のアーティストが参加
コンピレーションアルバム「WE LOVE Hair Stylistics!」
3月3日(金)17:00 より配信開始!
レコードショップLOS APSON?での爆買いフェアも決定!

糖尿病による合併症等で現在緊急入院中の中原昌也を支援するプロジェクトとして、コンピレーションアルバム「WE LOVE Hair Stylistics!」の配信が決定。併せて、本プロジェクトに参加している豪華17組のアーティストが明らかとなりました。また、東京・高円寺のレコードショップ LOS APSON?では「第二回ヘア・スタイリスティックス爆買いフェア!!!」の開催が決定。


コンピレーションアルバム「WE LOVE Hair Stylistics」
作家・映画評論家、そして「Hair Stylistics」名義でミュージシャンとしても活動する中原昌也の緊急入院に伴い、支援プロジェクトとしてコンピレーションアルバムの配信企画が始動。
全17組のアーティストによる18曲が収録されており、今後音源が追加される場合は公式ツイッター(https://twitter.com/savemasaya1?s=20)にて随時告知が行われます。

bandcamp URL:
https://savenakahara.bandcamp.com/album/we-love-hair-stylistics

参加アーティスト一覧 *敬称略/50音順
A Virgin
石橋英子
石原洋
井手健介
Queer Nations
工藤冬里
コサカイフミオ
坂本慎太郎
ジム・オルーク
食品まつりa.k.a foodman
T.Mikawa
Texaco Leather Man
DerekGedaleciaToriKudoRichHoush
2MUCH CREW
TORSO
山本逹久
渡邊琢磨

第二回ヘア・スタイリスティックス爆買いフェア!!!
Hair Stylisticsの自主制作CD-Rシリーズを応援している、東京・高円寺のレコードショップLOS APSON?。「第二回ヘア・スタイリスティックス爆買いフェア!!!」では、自主制作CD-Rシリーズを3枚買うとVIOLENT ONSEN GEISHAのレアカセット「SUPER SLY」のCD-R復刻版を特典としてプレゼント! 激しい絶叫も記録されているほか、コラージュやテープ回転変調&逆回転の源流も感じられる貴重な内容で、中原昌也の音楽活動をこれまでのファンのみならず新たなリスナーへと届ける試みとなっています。また、5枚購入者には前回のフェア開催時(https://www.losapson.net/blog/index.php?e=1088)も好評を博した中原昌也の初期ワークス重要作、VIOLENT ONSEN GEISHA「SHOCKING EARLY WORKS 83-85」のCD-Rもプレゼント!
本企画とは別途、中原昌也によるオリジナルアート原画やBandcampのみで販売する支援アイテムで入院費用等への支援も行う予定です。

LOS APSON?
〒166-0003 東京都杉並区高円寺南4丁3‐2 三光ビル1F

逆転のトライアングル - ele-king

 いま流行っているのはシチュエーション・コメディである。それも、富裕層の人間たちがある場所に集まり、酷い目に遭ったのちに醜態を晒すものがやたらに多い。最大の成功例はジェシー・アームストロング制作のHBOのテレビシリーズ『SUCCESSION』(邦題はいろいろ変わったのちに現在は『メディア王~華麗なる一族~』)で、これはメディア・コングロマリットを牛耳る一族の家族間の争いをシェイクスピア劇とコメディを合体させつつ風刺するものだが、その後コメディ性を高めつつより戯画的なものが増えている。リゾートに集った富裕層たちがみっともない争いを繰り広げる様を笑うマイク・ホワイト制作のテレビシリーズ『ホワイト・ロータス/諸事情だらけのリゾート・ホテル』、あるレストランに集まった富裕層たちが狂ったシェフに復讐される様を笑うマーク・マイロッド監督作『ザ・メニュー』、プライヴェート・パーティに集まった富裕層たちが殺人事件で右往左往する様を笑うライアン・ジョンソン監督作『ナイブスアウト:グラスオニオン』。もちろんそれぞれでテイストや作劇は異なるが、要約すれば、「富裕層たちを笑う」、である。娯楽やアートは社会を映す窓でもある。これだけ格差が酷いことになってしまうと、とにかく富裕層が酷い目に遭う様を笑いたい……という欲望が世のなかに渦巻いていても仕方ない。
 そしてスウェーデンのリューベン・オストルンドは、なかでももっとも戯画的なコメディを発表してカンヌ映画祭のパルムドールを2作連続で獲ってしまった。ただしその映画、『逆転のトライアングル』が風刺しているのは富裕層たち以上に現代の資本主義社会が生み出す格差の構造そのものである。

 前作『ザ・スクエア 思いやりの聖域』がアート界を描いていたのに対し、本作でファッション界を取り上げているのは業界で仕事をしているパートナーから聞いた話にインスパイアされたからだという。いわく、男性モデルは一般的に女性モデルの3分の1しか稼ぐことができず、業界で力を持つゲイ男性たちからの誘いを断るのに苦労しているとのことで、つまり男性中心の社会で女性が置かれている立場を若い男性たちが経験している世界なのだ、と。これは僕がゲイだから書きやすいことなのかもしれないが、正直に言って思い当たることもある。要は、権力を持つ者と搾取される者が変わっても、誰かが誰かを搾取する構造自体は保持されると……それがまず、この映画の入口である。
 映画は3パートに分かれており、そういうわけで若くて綺麗な男性モデルが辛酸を舐める様がパート1では面白おかしく映される。バレンシアガの広告では偉そうに、H&Mの広告では媚を売った笑顔を……とオネエ感バリバリのディレクターに指導されるのは露骨過ぎて僕は笑えなかったが、ファッション界における「気候変動を止めよう」「すべての人種は平等」といったウォークなメッセージの空々しさをからかいたくなるのは、まあわかる。そんな空虚な業界に振り回されているモデルのカールは、自分より稼いでいるモデルでインフルエンサーのヤヤと高級レストランに行ってもどちらが支払いをするかで揉めてしまう……彼は世間的には「若くて見た目のいい白人男性」だが、様々な意味で権力を持てずにくすぶっている人物なのだ。
 パート2ではそんなカールとヤヤが(彼女のコネで無料で)金持ちばかりが乗る高級クルーズで過ごす様子が描かれるが、このパートがもっともシチュエーション・コメディ的だ。そこにはロシアの財閥オリガルヒ、イギリスの武器商人など世界的な富裕層が集まっており、スタッフたちは彼らの傲慢な要求にも笑顔で答えてみせる。だが様々な偶然が重なることで、金持ちたちは嵐のなかで痛んだディナーを食べることになり、嘔吐と下痢に襲われることになる。みんな、金持ちがゲロとクソまみれになるところが見たいだろう? とまあ、そんな身も蓋もなさで突っ切るのがこの映画のパワフルなところではある。
 だが自分はそこよりも、ウディ・ハレルソン演じる酔っぱらいの船長のキャラクターに笑わされてしまった。彼はマルクス主義者という設定で、金持ちや資本主義社会の構造自体を憎んでいるが、豪華客船で働くなかで正気を失ってしまっている。そのハチャメチャな振る舞いは、ヴェテラン俳優の達者ぶりを遺憾なく発揮させていて可笑しい。が、この現代社会でマルクス主義者は狂ってしまうしかないと言われているようで、僕は笑いながら泣きそうになった。インタヴューによればオストルンド監督の母親は共産主義者であるそうで、それは何やら奥ゆきのあるエピソードだが、少なくとも本作で監督は現代の左翼の行き場のなさをあっさりと差し出している。そして、この世で最後のマルキシストとばかりに船長は嵐の船で狂った演説をぶちかますが、そんなものは当然、金持ちたちの心に届くことはない……(彼がパート3でどうなっているかも皮肉めいた展開である)。
 そしてパート3、めでたく(?)金持ちたちを乗せた船は沈み一部の乗客やスタッフたちは無人島へ流れ着くが、サヴァイヴァル能力のない金持ちたちの代わりに船の清掃スタッフだったアビゲイルが力を持つようになっていく。カールはここでも権力を得ることができない。

(ここからパート3の展開にやや触れるのでお気をつけください)
 無人島という金銭が価値を持たない場所においても別の経済が発生し、権力構造は保持される。オストルンドがそう示したいのはわかる。わかるがしかし、アビゲイルがここでエッセンシャル・ワーカーを象徴するキャラクターを負わされていることを考えると、彼女が権力を得たとたん圧政を敷く様に自分は少し引っかかった。富裕層とエッセンシャル・ワーカーでは、これまで置かれてきた環境や得てきた経験がまるで違うものなのではないか? それを同質のものとして捉えていいのだろうか、と。『ザ・スクエア』にはヨーロッパの知的階層におけるエリート主義めいた態度への自己批判が強くあったし、愚かさも含め人間味のようなものがもう少しあったと思う。本作は冷笑的であることを自己目的化しすぎているきらいがある。
 だが逆に言えば、それくらいの絶望を反映させたコメディということなのだろう。権力を持つと誰もが、誰かを搾取する構図に取りこまれてしまう、という。そこに誰がいるかは重要ではなく、構造だけが強化されていく資本主義と格差社会。映画を観終わった僕はすっかりうなだれてしまって、街じゅうの広告を恨めしく思った。本作の原題は「Triangle of Sadness」で、ファッション業界などで使われる眉間の場所を示す言葉らしい――「悲しみの三角形」。含みのあるタイトルである。そして、無人島だと思っていた場所が何だったのか……は、本作の最大の皮肉だ。これは、どこに行っても資本主義から逃れられない現代を生きるわたしたちの悲しみについての映画なのだ。

予告編

Peterparker69 - ele-king

 もっと、全てが数字で示される世界になると思っていたよ!

 あれはいつ頃だったかなー……10年くらい前かな。PVだUUだってぜんぶ数字になっちゃって、その後5年前くらいにはバズだなんだってもうすごい勢いでわーってきちゃって、さもしいアイデア泥棒だらけで、あぁこのままこうやって数の力に制圧されるのかぁ、って。

 でも、世の中そんなにつまらなくないんだよね。ゆるい Discord に Bondee でフライしたら Mastodon へ雲隠れ、音声メディアで証拠を霧散させたあと公式見解は Twitter へ、と見せかけてコミュニティでチル。アーティストも同じで、ビデオは YouTube と TikTok に分散されるし、とにかく見えないヒットが多すぎて、単純に数字で全てを計るのは難しくなったってわけ。これは、表現者たちの知恵。何もかもを計測し可視化させようとした大人に対する、すばらしく利口な逃亡。

 というわけで、いよいよ皆が「いかにバズらないか」を考えている2023年なのだが、その点 PeterParker69 ほど利口な逃避を成し遂げている人たちはいない。今回届けられたEP「deadpool」は、表の現実社会から隠れたとあるホテルでひっそりとおこなわれるパーティをパッケージングしたような一枚。昨今コンセプチュアルな小規模のレイヴ・イベントがアンダーグラウンド音楽シーンで多発しているが、まさにそのような、表には姿を見せないクローズドでパラレルワールド的な脱‐現実感覚が本作には広がっている。

 元々 Discord 内で探したクリエイターとコラボするようなゆるさを持ち合わせていた彼らだが、そこから地続きに昨年は欧米のハイスクールで開催される「プロム」に着想を得た《CHAV PROM 2016》を開催したり、tohji t-mix japan tour after party でのプレイが話題になったりした一方で、Spotify プレイリスト「Fresh Finds Indie」に採り上げられ、tofubeats 『REFLECTION』のリミックスに参加し、しまいには “Flight to Mumbai” がAppleのCMソングに採用されるまでに至った。小規模で大切にコミュニティ感を培っていくところも突然マスメディアで楽曲が発信されていくところも、どちらも PeterParker69 らしさであるし、それこそがいまの理想的なヒットの在り方のように思う。再生回数をカウントする計測器自体があまりにもブレイクスルーのメカニズムと直結してしまったいま、彼らの動きからはどこか現実から浮遊しようとするスタンスを感じつつ、それとは裏腹にぬるりと自作をヒットさせているのも面白い。この、ぬるりという感覚が大切なのだ。実際、彼らはライヴ・パフォーマンスもぬるりとしている。キモ可愛く加工した声も、そう感じさせる一因としてあるのかもしれない。もちろん、hyperpop を通過したうえでの歪曲したサウンド・テクスチャも原因にあるだろう。

 小さくて親密な遊び場である「ホーム」と、不特定多数を躍らせる「マス」という公の場──このEPは、脱‐現実的な浮遊する空間として双方を夢見心地に行き来する。ライター/インターネッツ・フィールドワーカーの namahoge が彼らへのインタヴュー記事で “Flight to Mumbai” を「奇妙につるつるしたテクスチャー」と形容している通り、Peterparker69 の抑えて掴もうとしてもぬるっと滑ってしまうような存在感は、「ホーム」でも「マス」においても、どこかよるべない身体性とともに鳴らされている。インターネットとストリート、ヴァーチャルとリアルといった対立関係から抜け出した第三の世界。そういった非現実的なリアリティこそが Peterparker69 が打ち立てた新たな概念だ。

 さぁ、旅をしよう──第三の新たな空間へ。1曲目の “loloi” から、不安定な重力のもと、パラレルワールドをぬるりと行ったり来たりするようなリスナーそれぞれのキモ可愛いtours༼ꉺɷꉺ༽が始まる。少しずつ人が集まってきたホテルの中で、モンスーンによるシャワーのような雨が降り注ぎ、キュートな音が響く。続くアンセム “Flight to Mumbai” で、冒頭にサンプリングされるのは knapsack の “parnassus” (『Bend』収録)。knapsack と言えば、underscores の『fishmonger』(hyperpop の名作!)にも客演していた優れたベッドルーム・ポップの作り手(現在は gabby start として活動)。つまり、PeterParker69 は本作において、親密で個人的なスペースであるベッドルームを起点に作品を開始させるのだ。その旅はMVで描かれているような地元のショッピングモールを経由し、「脱ぎ捨てたんだよ黄色いガウン/鼓膜で暴れたMP sound」と歌いながら、いつしか架空のムンバイへと私たちを連れていく。

 その後も、tours༼ꉺɷꉺ༽は終わらない。3曲目 “Tours pt.2” はシングルでリリースされた “Tours” からドロップが加えられ、より劇的なムードへ。“fallpoi” では気怠さとハッピーなマインド──つまり鎮静と興奮──が引っ張り合い無重力の彼方に飛んでいくサイケデリックなサウンドのもと「I’m spidey逃げちゃうこのまま」「ボニーアンドクライドさえ/銃置いて舞を舞い/脳は体にない状態/あんまいい気分にない/ボニーアンドクライドさえつらい/ってそう信じたい」と歌う。極めてトランシ―なリリック世界に絡む音の一つひとつを紐解けば、じつはエフェクトやサンプリングなど膨大な手数が施されているものの、彼らはそれを決してひけらかさず、むしろあえて表層的な軽やかさの次元に留めているよう見せる。意図的な軽薄さのフックに引っ掛けられるのは、2000年代後半のインディ・シンセ・ポップやチルウェイヴに宿っていた煌めき、2010年代のEDMにある祝祭感、そしてジョイ・オービソンの近作にも連なるダーク&トロピカルなムード。軽さに軽さを掛けていくことによる、無重力の演出の巧みさがここにある。それは言い換えるならば、人工的でプラスチックな音が、ムンバイの湿度と熱気であたたかくふやけていくような感覚でもあるだろう。

 最後の曲 “deadpool” では、「今は明日も後に」という時空が歪んだような謎めいたリリックを織りまぜ本作は幕を閉じる。インターネット空間の四方八方へ飛び散った hyperpop の狂騒を経て、いま、PeterParker69 はそことはまた異なる第三の世界への逃避劇を展開する。インターネットでもリアルでもない、数の制圧が及ばない場所へ。だからこそ、彼らが “spiderman4” でピンクパンサレスをサンプリングしていたのは重要だ。なぜなら、ピンクパンサレスもまさにベッドルームでもクラブ・フロアでもない、プラネットで鳴るレイヴとして私たちに新たなサウンドを届けてくれたから。

 2023年のムードとして、確実に新たな世界を鳴らし描写している PeterParker69 の「deadpool」──この並びには、トゥー・シェル「lil spirits」やオーヴァーモノ「Is U」といった、今年に入りリリースされた優れたEP群も連ねることができるだろう。利口な逃亡が多く生まれてきている。希望だ、これは確かに希望だ。皆もっと逃げよう、大人に見つからないところへ……とびきりのtours༼ꉺɷꉺ༽へ……。

interview with Toru Hashimoto - ele-king

 日本を代表するDJ/選曲家のひとり、橋本徹(SUBURBIA)。そのコンパイラー人生30周年を祝し、特別インタヴューを掲載しよう。
 クラブやDJなど、90年代渋谷で起こったストリート・ムーヴメントの中心で橋本は活躍し、その活動をパッケージ化したコンピレーションCD、「Free Soul」シリーズ第一弾を1994年春に発表している。同シリーズはジャンルではなく、時代のムードを感覚的にとらえつつ、過去の音源から選曲していく点が新しかった。すでに名盤・名曲としての地位を確立していた作品以外からも多くの素晴らしい曲を発掘していくことで、既存のコンピレーション概念を覆すこと──やがて「Free Soul」はたくさんのレコード会社から引く手あまたとなり、メジャー/インディペンデント問わず複数のレーベルをまたぎながら、数多くのタイトルを送り出していった。そのクオリティの高さとリリース量から同シリーズは大ヒットを記録し、橋本は一躍その名を全国区に広めていくことになる。音楽を選び編集すること。過去の音源をディグすること。そういった文化を日本に広めた貢献者のひとりが橋本徹である。
 今回のインタヴューのきっかけになったのは、これまでになんと350枚にも及ぶ人気コンピレーションを監修・選曲してきた橋本徹の、コンパイラーとしての人生30周年を祝した1枚『Blessing ~ SUBURBIA meets P-VINE “Free Soul × Cafe Apres-midi × Mellow Beats × Jazz Supreme』(P-VINE)だ。以下、彼の活動のまさに集大成とも言えるこのコンピの制作にまつわる話を含め、これまでの選曲家人生を振り返るインタヴューをお楽しみください。

橋本さんのコンパイラー人生が2022年秋で30周年を迎えたとのことですが、「Free Soul」シリーズが始まったのは1994年ですよね?

橋本:今回のコンピCDのブックレットに入っている、30年を振り返るインタヴューにも書いてあるけど、フリーペーパーの『Suburbia Suite』を始めたのが1990年暮れ。その後91年夏から渋谷のDJ BAR INKSTIKでDJパーティなどを始めて、92年の春からTOKYO FMで『Suburbia's Party』という選曲番組がスタートしました。そして、それらのフリーペーパーやラジオで選曲してきたレコードを再編集して紹介する『Suburbia Suite; Especial Sweet Reprise』というディスクガイド本を92年の秋に出します。解説がないと音楽を楽しめないという傾向には違和感があったので、何年のリリースだとか、プロデューサーが誰かとかは記載せずに、そのレコードが持っている雰囲気や気分を伝えることで、リスナーにカジュアルに聴いてもらえたら、という思いで作ったディスクガイドでした。そのときに初めてコンピレーションのオファーをいただいて、『'tis blue drops; a sense of suburbia sweet』というCDを作りました。それが初めて僕が手がけたコンピレーションなんですね。今回のコンピのジャケットではそのアートワークをリデザインしています。
 その最初のコンピレーションは、先日亡くなったアート・ディレクター、コンテムポラリー・プロダクションの信藤三雄さんと、イラストレーターの森本美由紀さんと、僕の計3人が1枚ずつコンピレーションを作るという企画のうちの1枚で、当時の僕はまだ音楽を本職としていたわけではなく雑誌編集者でした。デザイナーとイラストレーターとエディターがそれぞれ90年代前半の東京の空気感を表現するという意味で、すごく象徴的なシリーズだったと思います。「Free Soul」を手がける前は、FM番組などで、サントラやソフト・ロック、ボサノヴァ、ラテン・ジャズからムード音楽的なものまで含めて、自分のなかの「白」っぽいセンスを表現していたんだけど、「『Suburbia』のディスクガイドに載っているものでうちのレコード会社から出せる音源はないか」というお話がたくさん来て、リイシュー・シリーズの監修をやったりしていたんですね。たとえば93年には〈Blue Note〉のBN-LAシリーズから選曲した『Blue Saudade Groove』というコンピレーションを手がけているけど、これもコンパイラーが3人いる企画の1枚で、二見裕志さんの『Blue Mellow Groove』と小林径さんの『Blue Bitter Groove』と一緒に出ています。

大手出版社に入るのは大変だと思うんですが、それを辞めてフリーランスになったのは、音楽に手応えみたいなものを感じたからですか?

橋本:気持ちが完全に音楽のほうに傾いていった感じかな。もう出版社にいた最後の1年くらいは完全にそういう感じで。92年のディスクガイドの波及効果が大きくて、レコード会社の方からリイシュー・シリーズの監修の話とかもたくさん来ていて、『Suburbia』以外のパーティでのDJも少しずつ増えてきて。そういう状況のなかで、92年のディスクガイドのテイストを段落変えして、自分のなかの「黒」っぽいセンスを形にしたい、という気持ちが93年はどんどん膨らんでいったんです。そのタイミングでボブ・トンプソンとヘンリー・マンシーニのリイシューの監修の依頼をいただいて、「それももちろんやりたいんですけど、70年代ソウル周辺のコンピレーションをやりませんか」ってこちらから提案したのが「Free Soul」コンピの始まり。94年4月のリリースに合わせて2冊目のディスクガイドも作ろう、その前の月からDJパーティも始めよう、三位一体で盛り上がっていきますよ、って話して。時代の空気感もそれを後押しする感じが増していってましたね。

音楽家ではない人が企画を持ってきて「じゃあそれやりましょう」という流れになるのが本当にすごいなと思いますが、それくらいの影響力が『Suburbia』のディスクガイドにはあったんですね。

橋本:それ以前のガイド本とは異なって、資料的なことにはこだわらず、エッセイ的というか、レコードの持っている雰囲気そのものを伝えるディスクガイドだったからでしょうね。レーベルや年代が書いていないから、レコード会社の方もどれなら自社から出せるか聞きに来るんですよ。そのときにいろんなレコード会社の方と知り合って、提案すると何でも実現してもらえるような雰囲気がありました。そうして94年の春に「Free Soul」がスタートすることになるんだけど、それが『Suburbia Suite』に負けないくらいブレイクしたんです。あの時代の気分を捉えていたんだと思う。
 背景として最初は渋谷系的なファン層がいたから、〈A&M〉のソフト・ロックとかサントラあたりまでは自然な流れでリスナーもついてきてくれたけど、そのころはまだリスナー側には「え、ソウル? ブラック・ミュージック?」みたいな感じはありました。でも『Free Soul Impressions』の音とあのジャケット、それ一発で「ソウルいいよね」って、すべてがひっくり返った。もちろん、他の背景としてジャミロクワイやブラン・ニュー・ヘヴィーズみたいに世界的に人気のあるアーティストがいたり、オリジナル・ラヴみたいな70年代のソウル・ミュージックを下敷きにした日本のバンドが人気を高めていったり、そういう状況も当然シンクロしていたと思います。アシッド・ジャズやレアグルーヴが、アーティストやファンたちにとってシンパシーを抱けるものになっていったタイミングにどんと出たのが「Free Soul」だった。
 よく覚えているのは、ちょうどそのころア・トライブ・コールド・クエストのシングル「Award Tour」(1993年。ウェルドン・アーヴィンの “We Gettin' Down” をサンプリングしている)が出て。渋谷のCISCOに1000枚入荷したものがあっという間になくなってしまうような、そういう熱気のあった時代でした。それが「Free Soul」の直前で、だから『Free Soul Impressions』にもウェルドン・アーヴィンの “We Gettin' Down” が入ることになる。当時、小西(康陽)さんに渋谷の引っ越したばかりの僕の家で “We Gettin' Down” を聴かせて、「これがATCQのあれなんだ」というような会話を交わしたことを覚えていますね。

当時の日本で「Free Soul」的なチョイスを開拓するのってすごく大変だったと思うんです。たとえばレコード屋でソウル・コーナーにあるのはよくてザ・シャイ・ライツくらいな状況で、(『Free Soul Actions』に入っている)ヴォイシズ・オブ・イースト・ハーレムが入っていたかというと、あまりその記憶がないんですよ。

橋本:それは、入荷してもすぐ売れちゃう時代だったっていうのもあるかも。94年春に出した『Suburbia Suite; Welcome To Free Soul Generation』っていうディスクガイドは、それまでのソウル・ミュージック界隈のプライオリティや価値観を変えました。それ以前のブラック・ミュージックのディスクガイドでは、たとえば「リロイ・ハトソンは歌が弱い」というように書かれていたりしたんだけど、そういった(低く評価されていた)ものを自分たちの感覚に忠実にもう一度取捨選択していくという行為が「Free Soul」の営みでした。

現代も古いものを掘り起こしていくことが流行っていますが、そこに「Free Soul」に通じるものを感じたりシンパシーを覚えたりはしますか?

橋本:まず、当時大きかったのはやっぱり現場があったこと。クラブでDJパーティがあったり、音楽好きが集まるレコード屋やCDショップがあったり。いまはもしかしたらそれがオンライン上にあるのかもしれないんだけど、僕のような(カフェやクラブで曲をかけたりレコード屋で掘ったりする)スタンスの人間からすると、それは見えづらい。インターネットのことは詳しくないから無責任なことは言えないけど、誰でも発信できる時代だからこそ、90年代の「Free Soul」のように突出した感じにはなりづらいのかもしれないですね。

最近知り合った20代の若い人からYouTubeに上がっている、90年代のトンネルを作る映像で流れている音楽がすごくかっこいいから聴いてみてくださいと教えてもらったのですが、じっさい僕も聴いてみてかっこいいと思ったんです。普通はそういう行政が作ったようなビデオにかっこいい音楽が入ってるとは思いもしないわけですが、いま若い子たちはそういうところから掘ってくるんですね。感覚は違うのかもしれませんが、ある意味ではかつての「Free Soul」と少し近いのかもしれません。

橋本:「Free Soul」だけでなく、『Suburbia』初期のころの “黄金の七人のテーマ” の「ダバダバ」(スキャット)とかもそうなんだけど、『11PM』(65年から90年まで放送された深夜のお色気番組)とかで使われているような音楽だったり、B級映画のサントラで聴けるようなもののなかから、「これかっこいいじゃん!」みたいに、親しい者同士の会話のなかで情報が精査されていって、ひとつのシーンやサブジャンルみたいなものが生まれていく、っていうのは90年代といまとで共通する部分があるのかもしれないですね。かつてであれば深夜の長電話だったり夜中のクラブのバーカンだったりで情報交換していたものが、いまではSNSとかになっているのかもしれない。

当時、他にも選曲家はいましたが、「Free Soul」のようなシリーズを構築できたのは橋本さんだけだと思うんですよね。

橋本:もちろん似たような趣味で僕以上に詳しい人も当然いたと思う。僕がたまたま「Free Soul」として始めたコンピやイベントが大きくなって、言葉がひとり歩きして、何かひとつのスタイルを指すようになったけれども、「橋本なんかに負けない!」っていろいろ掘ったりDJプレイしていた人はたくさんいたと思いますね。

とはいえ橋本さんの編集能力があったからこそフリーペーパーやCDとして形にできたと思います。音楽に詳しい他の人がああいうフリーペーパーを出せたかというと……

橋本:もし僕がそういう人たちと少し違ったとすれば、自分の好きなものをみんなと分かち合いたいっていう気持ちが強かったからかも。当時のDJは、お客さんから曲名を聞かれても教えない人もいたし、「俺は人とは違うんだぜ」っていうスタンスのマニアやコレクターも多かった。こだわりを持っているからこそ深いところまで行けたんだとは思いますけどね。僕は逆に、もっとフラットにカジュアルに多くの人に伝えて、一緒に楽しみたいっていうタイプだったので。

それとも関連すると思うんですが、昔のクラブは尖っていて怖かった。それが90年代に変わっていきますよね。オシャレな場所になっていきます。

橋本:もちろんそれもあると思う。クラブが、誰でも気軽に遊びに行ける場になっていった。クラブは90年代後半には、20歳前後の普通の若者にとって親密な場に変わっていたように思います。

世界的にもそういう流れだったような気がするんですよ。80年代ニューヨークのクラブは危険な場所だったけれど、そこにロンドンのシャレたクラブ・シーンの情報が入ってくるようになって。

橋本:役割が少しずつ変わってきたというか。それまではクラブが尖った人たちや、いろんな意味でマイノリティに属する人たちにとっての最高の遊び場だったのかもしれないけど、もうちょっと広くフレンドリーな存在になっていったのが90年代で。「Free Soul」のお客さんも、いかにも遊んでいる感じのクラバーだけじゃなくて、女性やカップルも多くて、ピースフルな雰囲気があった。その点はコンピCDを作るときも考えていました。「Free Soul」にはオープンマインドでポジティヴな気持ちが反映されている気がしますね。そこが他のDJやマニアやコレクターと比べて、自分が少し違っていたところなのかな。でもいまは僕みたいなタイプのほうが多くなっているのかも。それどころかたくさん「いいね」やフォロワーが欲しい、みたいな状態になっている(笑)。

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橋本さんの拠点は渋谷のイメージがありますが、渋谷だったのはなぜでしょう?

橋本:もともと駒沢で生まれ育って、就職して出版社時代は2年半目白にいて、フリーランスになって渋谷に来ました。会社を辞めるタイミングでCISCOのすぐそばに引っ越したんですね。その後そこが手狭になってカフェ・アプレミディを始める99年のタイミングで公園通りの渋谷ホームズへ移って。だから90年代後半は15秒でCISCOにレコードを買いに行って、オルガンバーでDJやって、30秒で家に帰ってくるみたいな生活(笑)。(当時編集長を務めていたタワーレコードのフリーマガジン)『bounce』の編集部までも5分かからない感じ。でもなぜ渋谷だったのかというと、やっぱりレコード屋がたくさんあって近かったからでしょうね。

「Free Soul」を手がけたりコンパイラー生活を続けていくなかで、印象に残った事件や出来事があれば教えてください。

橋本:コンピレーションCDのオファーが来るタイミングのときは、短い期間にものすごい数のオファーが来ていたのね。たとえば2007年はアントニオ・カルロス・ジョビンの生誕80周年記念の年で、リオに行ったりしつつ、ブラジル関連のコンピレーションが増えたこともあって32枚作りました。2014年は「Free Soul」20周年ということで、もう毎週のようにコンピのリリースがあって、たしか、10週連続でコンピCDが出ているような状況だったと思う。すごく楽しいし気持ちも乗って、「世界は45回転でまわってる」っていう感覚だったけど、逆に近年はパタッとそういうオファーが来なくなって。「30年間続けてきた」という言い方もできなくはないけれど、「進んだり止まったりを繰り返してきた」っていうのがじっさいのところなのかなと。

人生って進んだり止まったりするもので、でも止まったときにそのまま止まっちゃう人もいますよね。でもそういう波は絶対にあるんだよっていうのは、若い人には知っておいてほしいです。

橋本:僕もいまなら言える。けっして30年間で350枚ちょっと、年に12枚くらいをコンスタントに作ってきたわけではなくて。仕事も気持ちも浮き沈みがある。2009~11年くらいは精神的にもピンチでした。気持ちがダウナーで、鬱みたいな雰囲気もあって。2000年代前半にカフェ・アプレミディが大ブームになって、その勢いでレストランやセレクトショップを作って、僕としては楽しかったんだけど、経済的には赤字が続いて。お金がなくなっていったり、まわりの人が離れていったり、気分が落ちたり。『Suburbia』のディスクガイドの1冊目が出た後や「Free Soul」が成功したりカフェ・アプレミディが大人気になったりしたときは、ものすごくたくさんの人が寄ってくるのよ(笑)。それがもう2010年ころにはなくなっていった。それで夜中の12時ごろから朝の4時くらいまでニック・ドレイクみたいな音楽ばかり聴いて、ぼわんとした生活を送っていた時期もありました。自死がよぎったことさえあったし、自殺したミュージシャンの音楽以外聴きたくないと思っていた時期もあったくらいで。2010年の終わりには駒沢に戻ったんだけど、そのとき海に行こうと車で迎えにきてくれた友だちにはほんとうに感謝しかない。そういうことで少しずつ心のリハビリをしていって。負のスパイラルを逆回転させてもとに戻すことって、当人だけじゃとても無理だと思う。無償の愛のようなものがないと難しいと思いますね。
 2009年の秋に加藤和彦さんが亡くなって、2010年にはNujabesが亡くなって、その翌年には東日本大地震があって、さすがにそのころは音楽を聴ける感じではなかった。当時出たばかりだったジェイムズ・ブレイクファーストが救いになったのを覚えていますね。何も聴けない状態だったのに、それだけは聴けて。コンピも作ってはいたけど、内省的なものが増えていって。もちろんそれはそれである層の共感を呼ぶし、大切な人たちが聴いてくれたんだけど、「Free Soul」やカフェ・アプレミディのように一般の方たちも巻き込んで劇的に売れるというような状況にはならなくて。
 でもいまはこうやってアニヴァーサリーを迎えたり、去年結婚式を挙げたりして、一緒に幸せにならなきゃいけない人ができたりすると、あのとき命をつなぎ止めておいてよかったなと思うことはあります。生きていればなんとかなるから。お気楽に幸運に30年間暮らしてきたように映るかもしれないけど、僕でもそういう時期はあったんですということは、最近亡くなる方が多いこともあって、お伝えしたいことですね。だから生死の一線を超えないように、互いが互いを大切にしながら生きていきたいなと思います。そういうときに助けてくれた友人ってやっぱり特別だし。

それでは今回のコンピレーションの選曲について伺います。割と古めの音楽の比重が高いように思いましたが、それはどのような意図で?

橋本:まず、今回はメモリアルだという前提がありましたからね。僕のコンピレーションはおよそ350枚のうち27枚を〈Pヴァイン〉から出しているんですが、その「ベスト・オブ・ベスト」というのが今回の基本コンセプトで。ただ、それに加えて、自分が30年間やってきたことを、その断片でもいいから新しい世代やリスナーに伝えたいという気持ちも強くあって。昔からよく僕のコンピは、数が多すぎて初心者はどこから聴いたらいいのかわからないって言われていたので、そういう方のためになるものにするのもアニヴァーサリーにはふさわしいかなと思いました。コンピレーションのコンピレーションのような感じですかね。
 この場を借りて感謝すると、先ほど話した負のスパイラルを逆回転させるのが難しかったタイミングで、2013年に〈Pヴァイン〉から声がかかったんですよ。2014年の「Free Soul」20周年に向けて、『Free Soul meets P-VINE』と『Free Soul~2010s Urban-Mellow』を作らせてもらって。『Suburbia』の別冊扱いのディスクガイドも作ったことで現役復帰できるきっかけになりました。その少し前、2007年の「Mellow Beats」と2008年の「Jazz Supreme」も〈Pヴァイン〉がスタートでした。当時、現在進行形でよく聴いていて好きで選曲したいと思っていたテイストのものを、シリーズのファースト・リリースとして立ち上げてくれたのが〈Pヴァイン〉だったので、今回はその要素も反映させたいなと。だから、それらが全部サブタイトルに入っています。

難しいとは思いますが、今回のコンピレーションのなかから、あえて1曲選ぶとすれば?

橋本:うわっ、難しい(笑)。どれも本当に思い出深い曲ばかりだけど、「Free Soul」的にはその曲がかかると空間がとくに光り輝いていたのはアリス・クラークだよね。ジョン・ヴァレンティやジョイス・クーリング、12インチ探している人も多いDump「NYC Tonight」の坂本慎太郎ヴァージョンもだけど。カフェ・アプレミディ代表としては最後の2曲かな。ザ・ジー・ナイン・グループ “I've Got You Under My Skin” とメタ・ルース “Just The Way You Are”。「Mellow Beats」代表としては、プリサイズ・ヒーローとケロ・ワン。ボビー・ハッチャーソン “Montara” とアーマッド・ジャマル “Dolphin Dance” という僕の大好きなサンプル・ソース両雄をサンプリングしていて、共にシリーズ最初の『Mellow Beats, Rhymes & Vibes』に入れた曲でした。「Jazz Supreme」の観点からはやはり、もっとも思い出深いファラオ・サンダースを。

ホルガー・シューカイの “Persian Love” はちょっと意外でした。

橋本:“Persian Love” は本来であれば〈Suburbia Records〉の「Good Mellows」シリーズに入るようなテイストの曲だとは思うんだけど、2008年に『Groovy Summer Of Love』というコンピの選曲を依頼されたときにセレクトしているんだよね。イランのラジオ放送からサンプリングした歌声がほんとうに気持ちよくて。夏の海辺のDJではずっとかけつづけている曲で、自分のなかでは定番で、ある意味では僕の選曲を象徴している曲かなとも思う。一般的には元カンでジャーマン・ロックとされるけれど、バレアリックやスロウ・ハウス、サマー・チルアウトとして解釈してプレイしてきたということ。あと、中学生のころにサントリーのCMで聴いていたというのもある。そういういろんなパースペクティヴがあって思い出の詰まった曲なので、自分にとって重要な曲なんです。本当にグッとくる、心が洗われる大切な曲ですね。

今後のヴィジョンについて教えてください。

橋本:それほど大きなヴィジョンを抱いているわけではないけど、コンピCDをもうちょっとだけでも作っていけたらという気持ちはあります。「Free Soul」の30周年までもうひと頑張りできたらと思っています。今回これを作らせていただいたことで、そういう気持ちが湧いてきました。

最後に、これから何かを成し遂げたいと思っている若者にアドヴァイスをお願いします。

橋本:特にないですね(笑)。やりたいこと、やらずにはいられないことに忠実にというか……強いて言うなら、一歩踏み出す勇気みたいなものは重要なんじゃないかなと思います。

◆橋本徹(SUBURBIA)コンパイラー人生30周年記念インタヴュー
https://note.com/usen_apres_midi/n/n11d377e01339

◆橋本徹(SUBURBIA)コンパイラー人生30周年記念コンピ『Blessing』リリース記念トークショウ
3月4日(土)15時から16時半までタワーレコード渋谷店6Fにて
出演:橋本徹/柳樂光隆

◆橋本徹(SUBURBIA)コンパイラー人生30周年記念コンピ『Blessing』リリース記念パーティー
3月4日(土)17時から23時までカフェ・アプレミディにて
DJ:橋本徹/櫻木景/松田岳二/高橋晋一郎/三谷昌平/青野賢一/山崎真央/中村智昭/waltzanova/haraguchic/NARU/KITADE/MITCH/aribo/松下大亮
Live:サバービア大学フォークソング部(山下洋&安藤模亜)

橋本徹のコンパイラー人生30周年を記念したベスト・コンピ『Blessing ~ SUBURBIA meets P-VINE "Free Soul x Cafe Apres-midi x Mellow Beats x Jazz Supreme"』に連動したTシャツを発売。

VINYL GOES AROUNDでは過去350枚に及ぶ人気コンピレーションを監修・選曲してきた橋本徹(SUBURBIA)のコンパイラー人生30周年を記念したTシャツの受注販売を開始します。
90年代以降に全世界で人気を博したコンピレーション・シリーズ、『Free Soul』のロゴを使用し、30周年にちなんで30色のカラー・バリエーションで展開。
今回は完全受注生産になりますのでお早めにどうぞ。

橋本徹(SUBURBIA)
編集者/選曲家/DJ/プロデューサー。サバービア・ファクトリー主宰。渋谷の「カフェ・アプレミディ」「アプレミディ・セレソン」店主。『Free Soul』『Mellow Beats』『Cafe Apres-midi』『Jazz Supreme』『音楽のある風景』シリーズなど、選曲を手がけたコンピCDは350枚を越え世界一。USENでは音楽放送チャンネル「usen for Cafe Apres-midi」「usen for Free Soul」を監修・制作、1990年代から日本の都市型音楽シーンに多大なる影響力を持つ。現在はメロウ・チルアウトをテーマにした『Good Mellows』シリーズが国内・海外で大好評を博している。

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“Free Soul” Official T-Shirts

White / Black / Sport Grey / Ice Grey / Irish Green / Indigo Blue / Military Green / Mint Green / Light Pink / Lime /
Red / Royal / Safety Orange / Safety Pink / Safety Green / Tan / Daisy / Natural / Orange / Cardinal Red /
Gold / Cornsilk / Sand / Sky / Purple / Pistachio / Prairie Dust / Vegas Gold / Heliconia / Maroon

S/M/L/XL/XXL

¥3,000
(With Tax ¥3,300)

※商品の発送は 2023年4月下旬ごろを予定しています。
※Tシャツのボディはギルダン 2000 6.0オンス ウルトラコットン Tシャツになります。
※期間限定受注生産(〜2023年3月31日まで)
※限定品につき、なくなり次第終了となりますのでご了承ください。

https://vga.p-vine.jp/exclusive/vga-1035/

Hotel Lux - ele-king

「かつてイギリスで最も意識が高いバンドの座を争ったバンド」、レーベルの紹介文にそうあるように在りし日のホテル・ラックスはサウス・ロンドンのインディ・シーンで最も硬派なバンドとして知られていた。シェイムやHMLTD としのぎを削った17/18年のホテル・ラックスはザ・フォールに影響を受けたポスト・パンク・バンドで、暗く陰鬱でスリリングな音楽を奏でていた。デビュー7インチの “The Last Hangman” ではイギリスの死刑執行人アルバート・ピアポイントをテーマにし、Bサイドの “Pulp” ではそのタイトルが示すとおりにブコウスキーの朗読をサンプリングするなどホテル・ラックスは文学的な匂いのする硬さを武器にサウス・ロンドンのインディ・シーンの黎明期に大きく注目されていたバンドだったのだ。

 だがそれから5年余りの時間が流れたこの 1st アルバムはどうだろう? その間にパンデミックが起こり音楽シーンの季節が変わり、脱退したオリジナルのギタリストに代わりレッグスのマックス・オリヴァーが加入し、さらにオルガン奏者としてディロン・ホームが加わり、ホテル・ラックスはその硬さから離れ新たなスタイルを獲得した。ビル・ライダー・ジョーンズがプロデュースしたこのアルバムのサウンドはパンクやパブ・ロック、ポスト・パンクが混ぜ合わされてカラフルな色彩を放ち、声を合わせて唄いたくなるようなフック(それはフットボールの流儀でもある)までをも持ち合わせている。ともすれば頭でっかちと捉えられかねなかった歌詞は、ピート・ドハーティ・スタイルのやさぐれたロマンとユーモアが入り交じった物語風/戯曲風のものに変わり、その中で彼らはザ・フォールやブコウスキーの名前を出し明るいサウンドに乗せてかつての自分たちをユーモアたっぷりに皮肉るのだ。

 ベースのカム・シムズはサウス・ロンドンのインディ・シーンで活躍していた若き日々を「自分たちがどう思われるのか気にしすぎていた」と自責の念を浮かべて振り返る。ポーツマスからロンドンに移ってからというもの観客が自分たちに何を期待しているのかをつねに考えていた。ロックダウンを経て、バンドはロンドンを一時的に離れウィラルというリヴァプール近郊の街へと録音に行き、そうしてホテル・ラックスは変化した。
 あるいはそれはスムーズに行くことのなかったバンドの失意と後悔がそうさせたのかもしれない。「俺とタメの奴らが代表チームで活躍している」と唄う “National Team” はフットボールの歌であって、ナショナリズムを連想させて、そしてもしかしたら同じシーンで活躍したバンドたちが一足先に大きくなっていく姿を見送る喪失感を描いたものなのかもしれない。いくつかの要素が重なりあいそれが心に残る余韻を生んでいく。このアルバムはそんなふうにして次のステージに入った若者の人生の変化を語っていく。

 そうしてそのホテル・ラックスの真価はアルバム後半に発揮される。レコードをひっくり返してB面に入ったならばそこから先は流れるようにして最後まで一息で進む。これまでのホテル・ラックスの曲とは明らかに趣の異なったアコースティック・ギターが鳴り響くフォーク・ソング “Morning After Mourning”、それを呼び水にするようにして組み合わされる “An Ideal for Living”、ピアノとからみルイス・ダフィンは純粋に心をさらけ出すようにして歌う。
「大人になることの代償だ/無駄に過ごした1年/災いを歌にした/何が正しいか 何が間違っているのか教えてくれ」 
 ここでは皮肉は抜きだ。だからそのコントラストが心に響く。再びテレキャスターを構えポスト・パンクの熱を取り戻したかのように牙を向く “Points of View” を挟み、ギターのサム・コバーンがヴォーカルをとる夕暮れの虚無のような “Eazy Being Lazy” を通過し、そうして “Solidarity Song” にたどり着く。
「もし他の曲を書けたならララバイがよかった/災いを克服した歌を」。ホテル・ラックスは “An Ideal for Living” の中でそう歌っているが、たどり着いた先の最終曲 “Solidarity Song” はなんとも素晴らしいバラッドだ。心を揺さぶるようなオルガンとギターのストローク、そして声を合わせることを誘うコーラス。ブレヒトの連帯の歌を下敷きにして、その視線は市井の中に向かっていく。争いのはびこる世界に広がる分断、世界は酷いありさまだけど、でも最低ってわけでもない。手と手が合わさるクラップの音がまるで祝砲のように鳴り響く、この最終曲は失意の末の大団円みたいに心を揺らす。

 長い時間がかかったが、だからこそ生まれたスタイルがある。いまのホテル・ラックスの自信に満ちた姿はチームを移り再び輝きはじめたフットボーラーたちの姿にも重なって、それがなんとも胸を打つ。次なる未来へと、デビュー・アルバムというにはあまりに悲喜こもごもな、時を重ねた若者たちの唄がここに詰まっているのだ。

Tujiko Noriko - ele-king

 フランス在住のエクスペリメンタル・アーティスト/ソングライター、ツジコ・ノリコの新作アルバム『Crépuscule I & II』が、ウィーンの実験音楽レーベルの〈エディションズ・メゴ〉からリリースされた。
 このアルバムは、比較的短い曲を9曲収録した「I」と、長尺3曲を収録した「II」の二部作構成となっている。ツジコの20年におよぶキャリアのなかでも初ともいえる大作である。
 だが単に無闇に長いだけのアルバムではない。暗くシネマティックなサウンドと彼女のアイコンとでもいうべき唯一無二の声が融合し、まるで薄明かりの空間に「時間が溶けていく」ようなアルバムに仕上がっていたのである。
 この美しいアルバムのアトモスフィアをどう形容すれば良いのか。「音の霧」とでもいうべきか。「時の融解」とでもいうべきか。夕暮れと夜のあいだにある音空間とでもいうべきか。なにしろ「時」も「空間」も粒子の中に溶け合って漂うようなアルバムなのである。

 結論へと急ぐ前に、まずは20年ほどに及ぶツジコノリコのディスコグラフィーを振り返っておこう。
 ツジコは2000年にファースト・アルバム『Keshou To Heitai (Make-Up And Soldier)』をリリースした。だがツジコの名を知らしめたのは、2001年に〈メゴ〉よりリリースされた『Shojo Toshi』だろう。じっさい私も『Shojo Toshi』でツジコの音楽を知ったのだが、その衝撃はかなりのものであった。
 なぜか。当時、〈メゴ〉といえばグリッチ・ノイズによる電子音響というほどに最先端の尖ったレーベルだった。デジタル・パンク、サウンド・アートの革新派とでもいうべき存在であった。そのなかにあって突如、〈メゴ〉からヴォーカルの入った、しかも日本人によるアヴァン・ポップなアルバムが送り出されたわけだ。驚愕した。だが同時に〈メゴ〉とは音楽の形式にとらわれないのだということも理解できた。まさに二重の意味で驚きのリリースだ。
 『Shojo Toshi』を久しぶりに聴き直してみると、まったく古びていないことにも驚く。ある意味、幽玄なムードは最新作『Crépuscule I & II』に近いともいえるほどに。
 シンプルにして幽玄な印象を残すトラック、霧のように漂うヴォーカル、自在に飛び回るメロディ、『Shojo Toshi』こそまさにいまこそ聴くべき00年代エクスペリメンタル・ポップの傑作ではないか。そして、ツジコノリコの20年の歩みは、このファースト・アルバムの持っている深度をさらに掘り下げていく過程だったのではないかとも思えた。最新作『Crépuscule I & II』は、『Shojo Toshi』と円環している。
 翌2002年に〈メゴ〉から『Hard Ni Sasete (Make Me Hard) 』をリリースする。アートワークのイメージもあってか『Shojo Toshi』と二部作のようだが、ソングライティングがより洗練されており、2003年に〈トム・ラブ〉よりリリースされた『From Tokyo To Naiagara』に連なるサウンドと楽曲を展開している。
 『From Tokyo To Naiagara』は、リリース当時繰り返し聴いたことを覚えている。インダストリアルでアブストラクトなビート、より洗練されたミックスのサウンドなど、初期のツジコノリコはこのアルバムをもって完成したと言っても過言ではない。私がツジコ未聴の方に一作おすすめするとなると、『From Tokyo To Naiagara』を推すだろう。ピュアと洗練のバランスが良いからだ。
 以降、00年代中期から10年代中盤までのおよそ10年間は、ツジコにとってネクストレベルの歩みとなる。〈ルーム40〉、〈エディションズ・メゴ〉、〈ネイチャーブレス〉、〈ハプニングス〉などの国内外のレーベルからソロ・アルバムのみならず、アオキタカマサやTyme.、竹村延和、ローレンス・イングリッシュなどとのコラボレーション・アルバムもリリースを重ねていった。
 ソロ作では、2005年に、ローレンス・イングリッシュの〈ルーム40〉から『Blurred In My Mirror』をリリースした。2007年には、初期三部作のサウンドをより深化させた『SOLO』を〈エディションズ・メゴ〉から発表する。翌2008年に〈ネイチャーブレス〉から新曲7曲に加えPPA、Tyme.、ausなどによる『ソロ』のリミックス楽曲を収録したミニ・アルバム『Trust』をリリースする。
 間を置いて2014年、「10年代の最新型エクスペリメンタル・ミュージック」としての存在感も示した『My Ghost Comes Back』を〈エディションズ・メゴ〉から発表した。これまでのファジーな音響空間に不可思議なエレガンスが折り重なり、ツジコの深化を見事に表現したアルバムだ。
 加えてコラボレーション・ワーク(アルバム)の歩みも(代表的な作品にかぎってだが)降り返っていこう。
 2002年にピーター・レーバーグのユニット DACM のセカンド・アルバム『Stéréotypie』にヴォーカリストとして参加した。『Stéréotypie』は、ピタの『Get Off』の音響を思わせる、煌めくようなエレクトロニクスが太陽の反射のように眩く(時に薄暗く)展開する傑作である。なかでもツジコが参加した “Angel” は耽美的でダークなムードが横溢する電子音響ヴォーカルの名曲といえる。私は『Stéréotypie』を久しぶりに聞き直して、誠に勝手にだが『Crépuscule I & II』との近似性を聴き取ってしまった。具体的にではない。何かムードが……。
 2005年にアオキタカマサとの『28』を〈ファットキャット〉からリリースした。アオキのミニマリズムが全面に出つつ、そこにツジコ的なファニーな声やサウンドが交錯する名盤である。同年2005年は、リョウ・アライとのユニットRATN『J』もリリース。ふたりの才能の化学変化とでもいうべき傑作といえよう。
 2008年には〈ルーム40〉からローレンス・イングリッシュとジョン・チヤントラーとの『U』をリリースした。こちらもツジコ色が全面に出たコラボレーションで、彼女のソロ作に近い印象をもった。2011年にはtyme.との『GYU』を送り出す。明るくポジティヴな印象のエレクトロ・ポップ・アルバムで、ソロ作とは異なる作風ながらエレクトロ・ポップの隠れた名盤だと思う。
 2012年、竹村延和との『East Facing Balcony』をリリースする。エレクトロニカとも童謡とも異なり、まさに新しい「こどもと魔法」的な世界観の音楽を展開していた。ツジコのコラボレーション・アルバムはどれもエレクトロニカ史に残る傑作ばかりだが、なかでも、この『East Facing Balcony』は必聴のアルバムである。
 ツジコは映画にも関わり続けており、近年は2枚のサウンドトラック・アルバムをリリースしている。ひとつは2019年に〈パン〉から自身が共同監督・主演を務めた映画『Kuro』のサウンド・トラックだ。もうひとつは2022年には音響デザイナーであるポール・デイヴィスが手掛けたイギリスのスリラー映画『SURGE』のサウンドトラックである。

 私見だが新作『Crépuscule I & II』は、これらサウンドトラックからのフィードバックも大きいアルバムではないかと思う。霧の中のような音響、環境音の導入などシネマティックな音響空間が実現しており、「耳で聴く映画」のようなムードを放っているのだ。
 特に長尺三曲を収録した『Crépuscule II』に相当する楽曲においては、淡いサウンドが生成・変化し、まるで静謐な映画のカメラワークを追い続けるような聴取感覚を残してくれる。もちろん『Crépuscule I』に相当する9曲も、微かな光を想起させてくれる抽象性を放っていて大変に素晴らしい曲ばかりを収録している。
 「I」「II」どちらも、(ありきたりな表現で申し訳ないが)デヴィッド・ボウイ『LOW』B面のアンビエント・パートを、現代的にアップデートしたような、霧の中の光のごとき音響空間を生み出しているように感じられた。個人的にはミストのような電子音が持続する “Opening Night”、“A Meeting At The Space Station”、“Don’t Worry, I’ll Be Here” にとても惹かれた。
 本作はカセットテープでもリリースされているが、〈メゴ〉の創設者である故ピーター・レーバーグに送ったデモがカセットだった思い出から、ツジコは本作のカセットテープでのリリースも決めたという。その意味で〈エディションズ・メゴ〉からリリースされた本作は2021年に亡くなったピーター・レーバーグへの追悼という側面もあるのかもしれない。
 じっさい本作にはこれまでのツジコ作品よりも悲しみの色が濃いように感じられた。だがそれはこの世の否定ではないはずだ(当然だ)。そうでなく、世界の淡さ、儚さ、悲しみを美しいサウンドとして転生させようとするアーティストの遺志、希望の発露のようなものではないか。
 悲しみ。希望。微かな光。願い。この「薄明かりの世界」によりそう不思議な音のアトモスフィアを放つ本作は、ツジコ・ノリコの最高傑作だと言い切ってしまおう。
 先に自分は、この『Crépuscule I & II』をサウンドトラック的と書いた。それはまさにこの「薄明かりの世界」に寄り添うような音だから、そう感じたのだ。2023年、繰り替えし聴くことになる傑作がはやくも生まれた。

yahyel - ele-king

 次世代を担うバンドとして彼らが浮上してきたのが2010年代半ば。その後2018年にセカンド・アルバム『Human』で大いに飛躍を遂げた東京の4人組、ヤイエルが5年ぶりに帰ってきた。
 この間、ほんとうにいろんなことが起こった。敏感なアンテナを有する彼らもまた、それぞれに思うところがあったにちがいない。はたしてそれは、どのように音楽へと昇華されたのだろうか。
 まずは3月8日、『Loves & Cults』と題されたひさびさのアルバムがリリースされる。その後3月下旬から4月頭にかけ、名古屋、梅田、渋谷の3年を巡回。ヤイエルの新たな船出に注目したい。

先日アナウンスされたyahyel5年振り最新作「Loves & Cults」のアートワークとトラックリストが公開された。そして、同時発表を行った名古屋、大阪、東京を巡るリリース・ツアーの前売り一般チケットも本日から発売開始する。

“Loves & Cults” は、加熱した時代、愛と狂信の望まない類似性をテーマにしたアルバムとなっている。人間の不確かさを巡る、誠実さへの問いかけはyahyelの脈々と通底するテーマ。しかし同時に、今作がこの5年間の間に、人間が新たに生み出した怪物に向き合っているという意味で、”群れ”の中の人間の視座が新たに加味されている。それは結果的に、かつてのような個々を重んじるプレイヤーの集まりとしてではなく、摩擦の先にある、バンド(≒小社会)”yahyel”しか鳴らせない音像として結実することとなった。”Loves & Cults”は、まさに長い時間をかけて固まっていった大陸のような作品であり、その歪で予定調和のない造形の中に込められた対話への願いが、異質なリアリティとして浮き上がる”怪作”となっている。愛と狂信の境界はどこか。2023年のyahyelに注目だ。

■作品概要
Artist : yahyel
Title : Loves & Cults
Label : LOVE/CULT
Date : 2023.3.8[ Wed ]
Cat # : LC004 ※Digital Only

Tracklist
01. Cult
02. Karma
03. Highway
04. ID
05. Mine
06. Sheep
07. Slow
08. Eve
09. Four
10. Love
11. kyokou

■作品紹介
東京を中心に活動するyahyelが5年の歳月をかけた最新作”Loves & Cults”をリリースする。
2015年に忽然と現れたyahyelは、10年代のポストダブステップ的な感性、出自など関係ないような独特のボーカルライン、猟奇的なライブパフォーマンス、予想外の映像作品など当時の真新しいアイディアを詰め込んだ特異な存在だった。”日本の音楽≒J-Pop”という呪いにかかった東京の街へのアンチテーゼは、”破竹の勢い”とも形容されるほどだった。

そして、世界的なパンデミックを目前にした2019年、yahyelは突然の沈黙に入る。

本人が”糸口の見えない世界の混沌に滅入っていた”と認めるように、 社会と音楽の一進一退の歩みは、彼らにそれだけのインパクトを残したものだった。再定義、線引き、分裂、その中での希望と失望。社会=共同体が、それぞれの正義を掲げて両極化に突き進んだ赤い熱の時代。双方の主張はフェイクニュースと断じられ、仮想敵はカルトじみた存在に仕立てられ、身内はラブの名の下に扇動される。
人の、あらゆる事象への執着が愛から来るものなのか狂信からくるものかは、あくまで不完全な自我が生み出す主観的な感覚でしかなく、社会という相対性の中では非常に脆いものである。音楽という営みなど、カウンターの霞に追いやられ、もれなくyahyelもその問題に向き合っていく。
バンドを小さな共同体として見た場合、我々は一つの社会として何を結論づけるのか。なぜ、我々はここで音を鳴らすのか。“Loves & Cults”は愛と狂信の表裏一体さを意識せずにはいられない、それでも人と人が対話をするという理想を捨てきれない、人間の”群れ”の中に傍観者として立ち尽くすことの憂鬱をテーマにした作品となっている。

おどろおどろしい合唱とサイバーな儀式のような狂騒が印象的なオープニング曲 ”Cult”では、痛烈にカルトじみた世相を皮肉りながらも、その混沌とした音像は迷いの中に立ち尽くしている。アルバムのストーリーはすでにシングルカットされている”Highway”、”ID”などを通過しながら、形而上学的な問いの中で、骨太で90年代のアートロックのような文脈で深まっていく。完全なロックチューンとなった”Four”は、まさにこの時期のyahyelの進化を如実に表しており、”4人でバンドとして音楽をする”ということに対するアンサーになっているともとれるだろう。個人主義から共同体へという流れはまさに20年代らしいが、その結論が一筋縄ではいかないのがyahyelらしく、バンドのリアリティを内包しているとも言えるのかもしれない。そして、アルバムのストーリーは一つの臨界点、アンセム”Love”へと導かれる。アルバムタイトルにある通り、”Cult”への皮肉から始まった物語は、”Love”は何なのかという問いを残して終わるのだ。

yahyelの作品は、3作目となった今でも一貫したテーマを周回している。それは人間の不確かさを巡る、誠実さへの問いかけである。今作がこの5年間の間に、人間が新たに生み出した怪物に向き合っているという意味で、時代に対するyahyelの解答ということにもなるだろう。それは結果的に、かつてのような個々を重んじるプレイヤーの集まりとしてではなく、摩擦の先にある、バンド(≒共同体)”yahyel”しか鳴らせない音像として結実している。”Loves & Cults”は、まさに長い時間をかけて固まっていった大陸のような作品であり、その歪で予定調和のない造形の中に込められた願いが、異質なリアリティとして浮き上がる”怪作”となっている。

■ツアー情報
yahyel "Loves & Cults" Album release tour

2023年3月22日(水)
名古屋 CLUB QUATTRO
18:45 開場/ 19:30 開演
ぴあ : https://w.pia.jp/t/yahyel/
ローソン : 42590
イープラス : https://onl.tw/uf6EcBc

2023年3月23日(木)
梅田 CLUB QUATTRO
18:45 開場/ 19:30 開演
ぴあ : https://w.pia.jp/t/yahyel/
ローソン : 56616
イープラス : https://onl.tw/uf6EcBc

2023年4月5日(水)
渋谷 WWWX
18:30 開場/ 19:30 開演
ぴあ : https://w.pia.jp/t/yahyel/
ローソン : 75386
イープラス : https://onl.tw/uf6EcBc

■yahyel profile :
2015年東京で結成。池貝峻、篠田ミル、大井一彌、山田健人の4人編成。エレクトロニックをベースとしたサウンド、ボーカルを担当する池貝の美しいハイトーンボイス、映像作家としても活躍する山田の映像演出を含むアグレッシブなライブパフォーマンスで注目を集める。2016年、ロンドンの老舗ROUGH TRADEを含む全5箇所での欧州ツアー、フジロックフェスティバル〈Rookie A Go Go〉ステージへの出演を経て、11月にデビュー・アルバム『Flesh and Blood』を発表。翌2017年には、フジロックフェスティバル〈Red Murquee〉ステージに出演、さらにWarpaint、Mount Kimbie、alt-Jら海外アーティストの来日ツアーをサポートし、2018年3月に、さらに進化した彼らが自身のアイデンティティを突き詰め、よりクリアで強固なものとして具現化することに挑んだセカンドアルバム『Human』をリリース。その直後のSXSW出演を経て、フランスのフェス、韓国・中国に渡るアジアツアー、SUMMER SONICなどに出演。同9月にはシングル「TAO」をリリース。楽曲、ミュージックビデオの両方を通じて、yahyelの芸術表現が完全に別次元に突入したことを証明した。同じく11月には水曜日のカンパネラとのコラボ楽曲「生きろ」をリリース。2019年には再びSXSWに出演、米NPR、英CRASH Magazineなど数多くの海外メディアに紹介される。パンデミックの最中に開催された2020年のワンマンライブを最後に、突然の沈黙期に入ったyahyelは、扇情と混沌のユーフォリアから起き上がろうとする2023 年の世界に呼応するように、新たなフェーズへの密かな胎動を繰り返している。

Squid - ele-king

 2021年5月に〈Warp〉からリリースしたデビュー・アルバム『Bright Green Field』(全英チャート初登場4位)で高く評価された5人組スクィッドが、パンデミックの影響で延期となっていたロンドンでの初の単独ヘッドライン・ショウをおこなった。この前日に2年ぶりとなるセカンド『O Monolith』リリースの告知および新曲 “Swing (in A Dream)” も発表されたばかりのタイミングで、バンド側も「新曲寄りの内容になる」と予告していた通り約80分のセットで1枚目からは4曲のみ(セカンドに収録されていない新曲もプレイした)。一種のプレヴュー的ショウと言えるが、2021年夏に「Fieldworks(現地調査)Tour」と称して英数カ所の会場でセカンド向けのマテリアルを試運転したこともあるだけに、演奏はすでに見事に化合していた。

 パーカッション奏者も加わっての6人編成で、ステージ両端左&右にそれぞれアーサー・レッドベター(Keys)とオリー・ジャッジ(Vo / Ds)が陣取り、中央にギター/ベース/サウンド・マニピュレーション/パーカッション/コルネットを自在に切り替える3名=ルイス・ボーラス、ローリー・ナンカイヴェル、アントン・ピアソン。ステージそのものはけっして広くないのでたまたまああなったのだろうが(何せ機材の数が多い!)、イカの触手が広く長く伸びるように見えたのは面白い。

 その「触手が伸びた」は、あながちヴィジュアル面での印象だけではなかったと思う。1曲目 “Undergrowth” からバスドラを合図にアフロ・ラテンなパーカッションのさざ波が起こり、安定したヨコ揺れのグルーヴ上に構築されていくサウンドの緻密な網が場内をすっぽり包む。スクィッドと言えばタテノリのファンク・パンク~鋭角的マス・ロックの印象が強いが、この新たに獲得したサイキックな広がりには引きずり込まれる。シニカルさと自虐ペーソスが交錯し、頓狂にキレるオリーの独特な歌声──音楽の中で「第四の壁」を破る存在と言えるだろう――も抑えた表現でサウンドの一部と化す場面が増え、後半ではキットを離れハンドマイクで歌うことも。続く “If You Had Seen The Bull’s Swimming Attempts You Would Have Stayed Away” ではタイトで重層的なリズムの波動とダイナミックなアレンジがぶつかり合い、その醍醐味に思わずマグマを想起した。

 セット中盤の2曲、淡々とはじまった “Devil’s Den” のフォーキィなメロディ(と言ってもフォークロアの方)の不気味なゆかしさ、そしてコルネットを生ループで重ねる印象的なイントロから鉄槌のギター・リフでビルドアップしていく “After the Flash” の耳で聴くホラー映画の迫力。どこかのグロットでおこなわれる儀式のようなただならぬムードに、会場全体が圧倒され全身で聴き入る。このようにスロー・バーンでポップとは言いがたい楽曲を、しかしオーディエンスの感性を信頼してぶつける度胸が彼らにはあるし、初めて耳にする曲で聴き手を虜にするだけの演奏力もある。

 観客の放つエネルギーとの相互交流からマジックが生じるのもライヴの良さだし、その面はファーストからの人気曲で存分に楽しませてもらった。キース・レヴィンを彷彿させるルイスのギターにリードされはじまった3曲目 “G.S.K.” でたちまちシンガロングが起こり、後半に畳み掛けた “Peel St.” と “Documentary Filmmaker” で「待ってました」とばかりにフロア中央でモッシュ開始。オイルをたっぷり差した歯車のようにスムーズに熱いグルーヴを繰り出すバンドの手の平に乗り、“Narrator” では老いも若きも本能に任せて踊り歌う――コーラスの「narrator!」を繰り返し絶叫するだけでもいまの時代のうっぷんがちょっと晴れるし、イカ型の電球付きおふざけ帽子(笑)姿の男性客がクラウドサーフィンを成功させた姿に、このときばかりはメンバーも笑い出して喜んでいた。

 ショウ全体のピーク点がここだったのは間違いない。だが、それに続いてラストに披露されたセカンドからの第一弾曲 “Swing (in A Dream)” がとても印象的だった。“Narrator” のカオティックな盛り上がりでもみくちゃになった後だったので余計にそう感じたのかもしれないが、シンセやエフェクトのコズミックな電気音のスモッグを抜け、一気に視界がカーッ! と開ける爽快感を備えたこの素晴らしいポップ曲は、ダイヤモンドのごとく澄み切ったギター・サウンドと相まって彼らがそのK点を大きく伸ばしたことを痛感させた。

 『Bright Green Field』はコンクリートとアスファルトの都会的景観を主たる舞台としたアルバムであり、それゆえのアイロニックな反語的タイトル(=明るい緑の草原)だったわけだが、『O Monolith』での彼らは実際に多様な風土や歴史に腕を伸ばし、モダニストでありつつアルカイック、ナチュラルでありながらテクノな、どこにもない音世界を作り上げたのを感じたギグだった。「南ロンドン派」云々の形容はもう必要なし、現在のスクィッドは自力で立っている――客電が灯り、フランキー・ヴァリの “君の瞳に恋してる(Can’t Take My Eyes Off You)” が流れる場内を後にしながら、セカンド投入で全貌が明らかになる、彼らのたくましい浮上からはまさに「目が離せない」と思った。

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