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詩人アマンダ・ゴーマンがバイデンの大統領就任式で詠んだ詩篇「The Hill We Climb(私たちが登る丘)」を巡る評で自分がなるほどと思わされたのは、頭韻に彼女の意思と勇敢さが表現されていると指摘するものだった。とりわけ終盤に訪れる「r」の連続は、ゴーマンが幼少時に吃音でもっとも苦労したのが「r」の発音であったことを踏まえたものだそうだ。「We will rebuild, reconcile, and recover. (私たちは再建し、和解し、回復するだろう)」──時代の転換点に臨む「We(私たち)」にまつわる詩のなかに、まったく個人的な痛みの記憶が忍ばされているというのだ。
ゴーマンのそうした時代への向き合い方に共鳴した音楽家がロスタム・バトマングリである。ゴーマンの朗読に簡素なピアノの演奏を添えて、彼女の発話にさらなるリズムと叙情を与えた動画(https://youtu.be/2SOelkjwQUM)は音楽作品としても味わい深いものだ。そこで聴ける力強い「r」の連続を聴いていると、アメリカの政権交代ということ以上に、アマンダ・ゴーマンという個人が抱いている変化することへの前向きな想いが伝わってくるようだ。
変化に対する嫌悪(changephobia)という意味の造語がタイトルになったロスタムのソロ2作目もまた、奇しくも、世界中の誰もが社会や環境の大きな変化に見舞われた2020年〜21年の空気感をふわりと捕まえつつ、あくまでパーソナルな心の動きを記録しようとしている。フォビアという強い言葉を使いながらも、特定の誰かの行いを非難するものではない。他者を攻撃するのではなく、内なるフォビア──自分のなかにある変化への恐怖──をそっと受け止めること、その慎み深さが音の温かさによく表れているアルバムだ。
ロスタム・バトマングリといえば、かつてエズラ・クーニグとともにヴァンパイア・ウィークエンドの中核を担った人物で、近年はフランク・オーシャンやソランジュの楽曲への参加、昨年高く評価されたハイムのアルバムでの仕事でも知られるプロデューサーである。ただ、初期ヴァンパイア・ウィークエンドがクーニグのイメージから「プレッピーな白人のおぼっちゃんがアフロ・ポップで戯れている音楽」と揶揄されたとき、ペルシャ系移民二世でゲイという二重のマイノリティであるバトマングリの存在が見落とされたように、どこか彼の存在は軽んじられていたようにも思う。だからこそ着実にプロデューサー/ソングライターとしてキャリアを重ねてきたのだろうし、ヴァンパイア・ウィークエンドの最高作『Modern Vampires of the City』に貢献したのちバンドを離れ、ソロではよりシンガーソングライターとしてパーソナルな表現にリーチしているのだろう。現在の彼の人脈であれば(それこそヴァンパイア・ウィークエンド『Father of the Bride』でクーニグがやったように)多くのゲストを呼ぶことも可能だっただろうが、本作においてはハイムのメンバーなど一部の気心の知れたミュージシャンを呼んでる以外では、ほとんどの楽器を自分でこなす小さな規模でまとめている。
オープニングの “These Kids We Knew” がコロナに感染したときに書かれた(!)にもかかわらずアコースティック・ギターの優しい鳴りに包まれたミディアム・テンポ・ナンバーになっているように、サウンドのボキャブラリーは多彩だが全体は穏やかなトーンで統一されている。ドラムンベースめいたリズムからギター・ノイズに突入していく “Kinney” のような騒がしい曲もあるものの、アフロ・パーカッションが軽く叩かれるジャズ・ポップ “Bio18” に顕著な心地よさが基調にある。何よりもヘンリー・ソロモンによるサックスが決定的にアルバムをムーディなものにしていて、近年のいわゆるヨット・ロック再評価の機運ともシンクロし、部屋でゆっくり過ごすときに合うようなラウンジーな感触も強い。とびきりキャッチーなメロディと爽やかなギターが聴ける “4Runner” や “Next Thing” もまた初〜中期ヴァンパイア・ウィークエンドが少しばかり年を取ったようでもあり……そう、僕たちは2008年、ヴァンパイア・ウィークエンドにスマートな青年たちの若々しく軽やかな足取りを感じて沸いたわけだけれど、それから10年以上経って、彼らが別々の道に進みながらゆっくりと年を重ねているのを見ている。『Changephobia』を聴いてずいぶん落ち着いてしまったように感じるリスナーもいるだろうが、それでもここには彼らの魅力だった清々しさが形を変えて宿っている。職人的に細やかなサウンド・プロダクションを楽しめるアルバムでもあるが、何よりもこの、ゆるやかにポジティヴなヴァイブに励まされるのである。
まるでネオ・ソウルのようにスウィートなタイトル・トラック “Changephobia” で、バトマングリは「これはたんなる、将来に向き合うことを怯えさせるchangephobiaなんだろうか?」とまどろむように歌う。2020年以降の内省の季節にあって、未来への不安は個人個人にいっそう重くのしかかってくることとなったけれど、『Changephobia』の穏やかさは変化を前向きに希求することの尊さを思い出させてくれる。
木津毅