Home > Reviews > Live Reviews > Squid- @Scala, London
2021年5月に〈Warp〉からリリースしたデビュー・アルバム『Bright Green Field』(全英チャート初登場4位)で高く評価された5人組スクィッドが、パンデミックの影響で延期となっていたロンドンでの初の単独ヘッドライン・ショウをおこなった。この前日に2年ぶりとなるセカンド『O Monolith』リリースの告知および新曲 “Swing (in A Dream)” も発表されたばかりのタイミングで、バンド側も「新曲寄りの内容になる」と予告していた通り約80分のセットで1枚目からは4曲のみ(セカンドに収録されていない新曲もプレイした)。一種のプレヴュー的ショウと言えるが、2021年夏に「Fieldworks(現地調査)Tour」と称して英数カ所の会場でセカンド向けのマテリアルを試運転したこともあるだけに、演奏はすでに見事に化合していた。
パーカッション奏者も加わっての6人編成で、ステージ両端左&右にそれぞれアーサー・レッドベター(Keys)とオリー・ジャッジ(Vo / Ds)が陣取り、中央にギター/ベース/サウンド・マニピュレーション/パーカッション/コルネットを自在に切り替える3名=ルイス・ボーラス、ローリー・ナンカイヴェル、アントン・ピアソン。ステージそのものはけっして広くないのでたまたまああなったのだろうが(何せ機材の数が多い!)、イカの触手が広く長く伸びるように見えたのは面白い。
その「触手が伸びた」は、あながちヴィジュアル面での印象だけではなかったと思う。1曲目 “Undergrowth” からバスドラを合図にアフロ・ラテンなパーカッションのさざ波が起こり、安定したヨコ揺れのグルーヴ上に構築されていくサウンドの緻密な網が場内をすっぽり包む。スクィッドと言えばタテノリのファンク・パンク~鋭角的マス・ロックの印象が強いが、この新たに獲得したサイキックな広がりには引きずり込まれる。シニカルさと自虐ペーソスが交錯し、頓狂にキレるオリーの独特な歌声──音楽の中で「第四の壁」を破る存在と言えるだろう――も抑えた表現でサウンドの一部と化す場面が増え、後半ではキットを離れハンドマイクで歌うことも。続く “If You Had Seen The Bull’s Swimming Attempts You Would Have Stayed Away” ではタイトで重層的なリズムの波動とダイナミックなアレンジがぶつかり合い、その醍醐味に思わずマグマを想起した。
セット中盤の2曲、淡々とはじまった “Devil’s Den” のフォーキィなメロディ(と言ってもフォークロアの方)の不気味なゆかしさ、そしてコルネットを生ループで重ねる印象的なイントロから鉄槌のギター・リフでビルドアップしていく “After the Flash” の耳で聴くホラー映画の迫力。どこかのグロットでおこなわれる儀式のようなただならぬムードに、会場全体が圧倒され全身で聴き入る。このようにスロー・バーンでポップとは言いがたい楽曲を、しかしオーディエンスの感性を信頼してぶつける度胸が彼らにはあるし、初めて耳にする曲で聴き手を虜にするだけの演奏力もある。
観客の放つエネルギーとの相互交流からマジックが生じるのもライヴの良さだし、その面はファーストからの人気曲で存分に楽しませてもらった。キース・レヴィンを彷彿させるルイスのギターにリードされはじまった3曲目 “G.S.K.” でたちまちシンガロングが起こり、後半に畳み掛けた “Peel St.” と “Documentary Filmmaker” で「待ってました」とばかりにフロア中央でモッシュ開始。オイルをたっぷり差した歯車のようにスムーズに熱いグルーヴを繰り出すバンドの手の平に乗り、“Narrator” では老いも若きも本能に任せて踊り歌う――コーラスの「narrator!」を繰り返し絶叫するだけでもいまの時代のうっぷんがちょっと晴れるし、イカ型の電球付きおふざけ帽子(笑)姿の男性客がクラウドサーフィンを成功させた姿に、このときばかりはメンバーも笑い出して喜んでいた。
ショウ全体のピーク点がここだったのは間違いない。だが、それに続いてラストに披露されたセカンドからの第一弾曲 “Swing (in A Dream)” がとても印象的だった。“Narrator” のカオティックな盛り上がりでもみくちゃになった後だったので余計にそう感じたのかもしれないが、シンセやエフェクトのコズミックな電気音のスモッグを抜け、一気に視界がカーッ! と開ける爽快感を備えたこの素晴らしいポップ曲は、ダイヤモンドのごとく澄み切ったギター・サウンドと相まって彼らがそのK点を大きく伸ばしたことを痛感させた。
『Bright Green Field』はコンクリートとアスファルトの都会的景観を主たる舞台としたアルバムであり、それゆえのアイロニックな反語的タイトル(=明るい緑の草原)だったわけだが、『O Monolith』での彼らは実際に多様な風土や歴史に腕を伸ばし、モダニストでありつつアルカイック、ナチュラルでありながらテクノな、どこにもない音世界を作り上げたのを感じたギグだった。「南ロンドン派」云々の形容はもう必要なし、現在のスクィッドは自力で立っている――客電が灯り、フランキー・ヴァリの “君の瞳に恋してる(Can’t Take My Eyes Off You)” が流れる場内を後にしながら、セカンド投入で全貌が明らかになる、彼らのたくましい浮上からはまさに「目が離せない」と思った。
坂本麻里子