デリック・メイが7月に来日します。以下がそのスケジュール。7月19日はムーディーマンに行ってから中目黒か。うぉー、体力が持つかなぁ。

Derrick May Japanese Tour 2025
7/11(金) 東京新宿Bar Bridge
7/12(土) 大阪Bar Inc.

7/18(金) 浜松Planet Café

7/19(土) 東京中目黒Hven
7/20(日) 札幌Precious Hall

デリック・メイが7月に来日します。以下がそのスケジュール。7月19日はムーディーマンに行ってから中目黒か。うぉー、体力が持つかなぁ。

Derrick May Japanese Tour 2025
7/11(金) 東京新宿Bar Bridge
7/12(土) 大阪Bar Inc.

7/18(金) 浜松Planet Café

7/19(土) 東京中目黒Hven
7/20(日) 札幌Precious Hall

これまでいろんな活動をしてきた「VINYL GOES AROUND」ですが、昨年はレコードプレス工場を立ち上げ、そして年末にはレコード専用アプリもローンチしました。アプリはまだベータ版ではあるものの、すでにたくさんの方に使っていただいており、大変感謝しております。
さて、前回のコラムでも紹介しましたが、「どんなアプリなの?」という方のために、もう一度少し説明を。ざっくり言うと、“レコード版のInstagramとメルカリが合体したようなアプリ”です。
Instagramのように、自分のレコードジャケットの画像をきれいに並べて、コレクションを管理したり、ほかのユーザーと共有したり、交流したりできます。さらに、アプリ内でレコードの売買もできるようになる予定(こちらはまもなく公開予定!)です。
この、自分の持っているレコード・ジャケットをずらっと並べていく機能を、私たちは「ギャラリー」と呼んでいます。ただ並べているだけでも、けっこう楽しいツールです。自分のコレクションを眺めて優越感に浸りながら、酒が呑めるこの感じ。これにはレコード好きのロマンが反映されているなと自負しております。
そんな中で、この「ギャラリー」機能をとても活用してくれているユーザーさんを、こちらでピックアップしてインタビューさせていただくことにしました。
その第1弾として今回お話を伺ったのが、現在の投稿数トップ5に入っているであろう「Kamiroquai」さん。なんとその投稿数、1500枚超え!?私たち自身もコツコツ投稿していますが、1500枚という数字はなかなか到達できないボリューム。それをあっさりやってのけたKamiroquaiこと、神谷国俊さんに個別でコンタクトを取り、インタビューをお願いしたところ、なんと二つ返事で快諾してくれました。
岐阜にお住まいとのことで、今回はZoomでお話を聞かせていただきました。

VINYLVERSEチーム(以下、V):神谷さん、本日はお時間いただきありがとうございます。
神谷: こちらこそ、よろしくお願いします。
V:少しずつユーザー様が増えてきた中で、頻繁にお使いいただいているユーザー様の生のお声を聞いて、サービス改善に生かしたいなということと、私たちが考えた以上に様々なレコードコレクターの方が集まってくださっていて、そのコア・ユーザーの一人でもある神谷さんに、VINYLVERSEの使い方やレコードライフについて色々とお話を伺いたくて、お時間をいただきました。実はこのインタビュー企画、第1回目なんですよ。
神谷: そうなんですか。それは光栄です。
V:まず、VINYLVERSEを知ったきっかけを教えていただけますか?
神谷: えっと、Wooden GlassのPHYGITAL VINYLを購入した時に案内のフライヤーが入っていて、それでアクセスしてみたのが最初です。
V:ありがとうございます。その時にアプリの存在を知っていただいたんですね。
神谷: 登録してみたら面白そうだったので、ちょっとずつレコードをアップし始めた感じです。新譜を買ったり、中古のレコ屋で何か買ったらアップしてます。でもまだ全部はアップできてないので、まぁ、ちょっとずつアップしてますね。
V:そもそもレコードを集め始めたのはいつ頃からなんですか?
神谷: 高校の頃ですね。僕、1974年生まれなんですが、当時レコードって安くて。本屋の隅に段ボールで500円くらいで売っていて。お小遣いも限られてるし、いろんな音楽をたくさん聴きたかったので、自然とレコードに手が伸びたって感じです。
V:最初に買ったレコードって覚えてます?
神谷: たぶん、ディープ・パープルの『マシン・ヘッド』か『BURN』ですね。どちらも500円とかでした。


V:なるほど。結構長い年月レコードコレクションされてると思うんですけど、大体何年間ぐらいコレクションされているんですか?
神谷: 高校1年か2年の時に買ったので、かれこれ35年ぐらいですかね。
V:すごいですね。
神谷: いやいや、まあ、その頃はまだそんなにバンバン買ってなかったので。で、大学に入ったらフリーソウルのブームとかレアグルーヴの流れがあって、そういうものに影響を受けて、中古のレコード屋さんに行くような感じでした。まぁでもその頃もすでに高値がついてるレコードもたくさんありましたね。

V:岐阜にお住まいとのことですが、レコード屋さんってけっこうあったのですか?
神谷: 当時は5〜6軒くらいはあったかな。小さな個人店がほとんどでしたけど、今はもう1店舗くらいじゃないかな。名古屋まで足を運ぶことも多かったですね。バナナレコードの隣でバイトしてたんで、休憩時間によく覗いてました(笑)。店長さんはロック好きなんですけど、セレクトは幅広かったですね。僕は今はブラックミュージックやシティポップが好きなんで、今でもよく掘ります。
V:今はお店よりもオンラインで購入する方が多いという感じですか?
神谷: そうですね、オンラインが7割、リアル店舗3割って感じですかね。
V:なるほど。参考になります。ありがとうございます。ところで、アプリの使い方についてお伺いしたいのですが、今はどんなふうに使っていただいていますか?
神谷: 新譜や中古盤を買ったらアップしています。全コレクションはまだアップしきれていないですけど、時間を見つけて登録していますね。
V:今後、アプリにあったらうれしい機能はありますか?
神谷: 並び替え機能、特にアーティスト名順がほしいですね。あと、他のユーザーさんとの交流がもっとできたらいいなと思います。コメント機能とか。
V:ちょうど今後のアップデートで、レコード投稿へのコメント機能が入る予定なんです。1対1のダイレクトメッセージではないですが、他のユーザーとオープンなやり取りができるようになります。
神谷: それは面白そうですね。ちょっとした交流ができるだけでも、使い方が広がると思います。
V:ご家庭をお持ちとのことですが、レコード収集についてご家族から、レコードばかり買っていて怒られたりとかしないんですか?(笑)
神谷: めちゃくちゃ言われます(笑)。子どもは15歳と9歳なんですが、「またレコード届いてる」って言われますね。
V:それでも買い続けている原動力はどこにあるんですか?
神谷: 音楽が本当に好きなんですよね。あと、広告の仕事をしていたのでジャケットのデザインも好きで。CDのサイズじゃなくて、レコードの大きさで見るアートはやっぱり魅力です。サブスクも使いますけど、流し聴きになりがちで。レコードの「手間」がかかる感じがいいんですよ。
V:思い入れのある1枚ってありますか?
神谷: BUDDHA BRANDの『人間発電所』ですかね。日本語ラップの印象を変えた1枚でした。あとは、ナイキのCMで使われた、Dev Large、Zeebra、Twigyの『PLAYER'S DELIGHT』も。若野桂さんのジャケットで、それがきっかけで彼の作品も集めてました。

V:逆に「今欲しいけど持っていない」レコードは?
神谷: (ジャケットを手に取りながら)今ちょうど手元にあるんですけど、井上順の『プレイボーイ講座12章』っていうレコードで、語りと音楽が融合した企画盤ですごく昭和な雰囲気があって好きなんですよ。演奏もちゃんとしていて、ピチカート・ファイブの小西さんが関わっていて。
で、その元ネタがあって。円楽師匠の『プレイボーイ講座12章』っていうレコードなんですけど、これがめちゃくちゃ欲しいんです。昔から探していますが、これは本当にレアで見つからない。

V:これは珍しそうですね。知りませんでしたが前田憲男がやっているんですね。良さそうですね。
神谷: CDは出ているんですけどアナログの再発がないので。是非、Pヴァインさんでやってください(笑)
V:そうですね、ちょっと調べてみますね。ところでPHYGITAL VINYLについてはどう感じましたか?
神谷: ワクワクしました。特典で送ってもらった10インチもとても嬉しかったし、毎回あれは大変かもしれないけど、特典は楽しみですね。
V:特典として、例えば「制作中の別テイクを所有者にだけ配信」とか、「ライブ会場での限定アイテム」とかはどうでしょう?
神谷: 面白いと思います。あと以前、NasとMF Doomのアナログで「2枚そろえると完成する」みたいなパッケージがあったんです。そういうコレクション性もアリだなと。
V:今、1500枚ぐらいギャラリーにレコードをアップしていただいてますが、何かこだわりのポイントってありますか?
神谷: もう全然なくて、目に映って「あ、これあげてないな」ってのをあげてる感じですね。後から見返して、自分で「こんなにレコード持ってるんだな」って再認識するのはとても楽しいです。
V:今レコードがすごく高いじゃないですか。それについてどう思いますか? 不満とか、色々あるとは思うんですけど。
神谷: まあ、そもそも世の中の物価が上がってるから仕方がないかなとは思うんですけど、最近は無駄な買い物をしないように、「10年後に果たしてこれをまだ聴いてるかな」って常に自分に問いかけて選ぶようにしています。最近はあんまりたくさん買えないので、今、売れているからっていうだけのものにあまり飛びつかずに、本当に自分が聴くのかどうかってところで吟味しています。でも、もうちょっと安いと嬉しいですね。たまに新品で8000円のLPとかありますよね。5000円ぐらいまでだとありがたいなと思うんですけど。
V:神谷さんにとって、ズバリ、レコードの魅力は何でしょう?
神谷: ジャケットですかね。やっぱり“物”として見えることですね。あとはやっぱり封を開ける時のワクワク感。中学校時代、CDを買ってきた時にビニールを開けるのがすごくワクワクしてたんですよ。今はあの頃みたいなワクワク感はなくなってしまいましたけど、それは年を取ったのもあるかもしれない。でも、当時は限られたお小遣いの中で1ヶ月に1枚買うのが限度だったので、その1枚を悩んで悩んで買って、開ける時の喜びって、サブスクでは味わえないと思うんです。そういう意味では、開ける時にワクワクするし、盤をプレイヤーに載せる時も“儀式”みたいなもんじゃないですか?レコードって。
V:ふるまいが一つの作法みたいな部分はありますよね。
神谷: それがやっぱり魅力かな。「めんどくさい」って思っちゃうと、もうダメなんでしょうけど、でも見ても楽しめる。音楽が“見ても楽しめる”って、サブスクにはないですよね。針を落とすと、盤の溝に沿って進んでいくのが見られる。それってすごいなって思います。本当に、盤に刻まれた溝を針がなぞるだけで音が出るって、すごい発明だなと思います。
V:見て、触って、楽しめるっていうのはやっぱり大事な気がしますよね。
神谷: うん。そうですね。そこから生まれてくる音って、感動が違う気がしますね。
V:最後に、今レコードブームが来ていて、若い人がレコードを初めて買うということが増えていますが、何か若いコレクターにメッセージがあったら、ぜひ。
神谷: やっぱり、結婚して子どもが生まれると、レコードを買うのをやめてしまう方って多いですよね。でも、1ヶ月に2〜3枚でもいいので、買い続けてもらって、お子さんと一緒に親子でレコードを楽しんでほしいです。子どもは意外とレコードを楽しむので。
V:いいお話です。本当にそうですね。
神谷: やっぱり実際に触って、音がリンクするって、子どもにとってはすごく面白いんでしょうね。自分が触った手で、音が止まったり再生したりするって、こういうメディアはなかなかない。サブスクも僕は使いますけど、両方うまく使っていけたらいいなと思いますね。
神谷さんとの対談は、レコードに対する深い愛情とそして生活に根付いた音楽との向き合い方が伝わってくる貴重なお話しでした。PHYGITAL VINYLの企画を含め、私たちVINYLVERSEチームがレコードカルチャーを次のステージに進めていく上で、まさに理想のユーザー像を体現されているお一人だと感じました。
次回のアップデートやリリースにも、ぜひご期待ください。
神谷さん、本当にありがとうございました!
アメリカでトランプ大統領を本気で怒らせているのはブルース・スプリングスティーンだが、イギリスで英国首相キア・スターマーから直々に批判されているのは、現代のセックス・ピストルズか、チャブの逆襲か、祝祭と抵抗の新世代か……などなどいろんな言われ方をしているアイルランドのニーキャップだ。
去る4月のコーチェラ・フェスティヴァルにて、とことん反イスラエル/親パレスチナを繰り返したことで物議を醸し、大きな注目を集めた若きラップ・グループ、5月には英国警察から調査され、メンバーのモ・カラの過去の発言(議員を殺せとか、ハマスやヒズボラを支持するような発言等々)によってテロ容疑として起訴されたばかりであるが、先週末のグラストンベリー・フェスティヴァルへの出演をめぐってもスターマー首相から「適切ではない」と苦言を呈されていた。
そして、『ガーディアン』にいわく、この新たな「民衆の敵」にして「時代の寵児」がグラストンベリー・フェスティヴァルのステージに挙がると、200以上のパレスチナの旗がはためき「くたばれスターマー」、そして8月の法廷裁判を控えているモ・カラに対しての「モ・カラを解放せよ」のコールがわき起こったというではありませんか。現地でこれを観たひとがいたら、どうか編集部までご一報を。
ちなみに今回のグラストンベリー・フェスティヴァルで最高に話題になっているのはこのニーキャップ、そしてこともあろうかナイジェル・ファラージ支持を前日の取材で公言したロッド・スチュワート様々なのである。まあ、グラストンベリーがたんなる儲け主義のロック・フェスに成りはてたという話は前々から聞いておりましたが、しかし今回のニーキャップの騒動を知って、腐ってもグラストン、UKポップ文化の底力というか、ガッツあるなと思いました。
なにしろ、ポップ・カルチャーがここまで国家を本気にさせたという点では、セックス・ピストルズ、レイヴ・カルチャー以来のことではないだろうか。アイルランド語をまぜてラップし、反英国主義とアイルランド性を強調するニーキャップがナショナリズムの焼き直しではないことは、彼らの活動の全体を見渡せばわかる。階級闘争、反植民地主義、あらたなる連帯の呼びかけ……ニーキャップは政治と音楽が再び交差する地点をこの時代に創出し(モ・カラの説明によれば「党派性を意味しない、小文字の“p”の政治性──生活感覚としてのポリティクスの実践」ということになる)、いまや音楽におけるレジスタンスの新たな磁場となっているのかもしれない。マッシヴ・アタックの3Dもジョニー・マーもポール・ウェラーもニーキャップへの支持を表明しています。
彼らのライヴは祝祭的だが、政治集会のようでもあるとのこと、昨年リリースされたアルバム『Fine Art』のプロデューサーがトドラ・Tであることからも、音楽的にも面白いことをやろうとしている姿勢がうかがえる。
しかも、じつにナイスなタイミングで彼らの映画『KNEECAP/ニーキャップ』が8月1日より日本での上映開始ときた。これはこれで、そうとう面白そう(ありがちな英雄譚ではない、むしろその解体だとか)。この暑い夏、我々日本人もポップ・カルチャーの最前線を観ない手はない。

いまこの作品を聴けて良かった。移民文化の豊かさ、裏切りと再出発、貧しい若者の刹那と逞しさ──ラッパー/ソングライターのリトル・シムズの通算6枚目のアルバム『Lotus』を聴くと、彼女の『Top Boy』での名演を思い出さずにはいられない。極論をいえば、『Lotus』と『Top Boy』は表裏一体の関係にある。ドラマのなかでシムズが演じたシングルマザーで介護士のシェリーはストリートからのしたたかな仕打ちにあい、人間関係に苦しみながらも、慈愛を失わず、毅然としていた。シムズは、怒りと悲しみ、困惑と決意のあいだで揺れ動くシェリーを見事に演じ切っていた。彼女が重要な音楽的パートナーだったプロデューサーのインフロー(ソールト)との決裂を乗り越えて本作を見事に完成させたように。
『Top Boy』は、イギリス国内でも最も貧しいエリアとされる東ロンドンのハックニーで撮影された、犯罪ドラマとフッド/コミュニティのヒューマン・ドラマを融合したシリーズで、架空の公営団地=サマーハウスを主な舞台に、ブラック・ブリティッシュの人びとを中心に物語が展開する。劇中では、ギャングのドラッグ・ディールと抗争、貧困問題、移民たちの軋轢と共生あるいは強制送還、排外主義の高まり、都市の再開発/ジェントリフィケーション(町の高級化)とそれへの抵抗運動が描かれる。
シェリーが、金儲けに邁進する恋人のドラッグ・ディーラーと意見が対立しながらも、彼女や彼が生活したり、育ったりしたサマーハウスの取り壊しと再開発反対の運動に身を投じる姿とプロットなんて涙なしには観られない。語り草となっている2024年のグラストンベリーのステージで、“101 FM” を歌うシムズの背後のスクリーンに映し出されていたのが、まさに巨大な団地だった。優れた人間描写と洞察力に富んだ脚本から成るドラマでめっぽう面白い。ただ、とにかく悲劇の連続で、あまりの暴力と裏切りの過酷さに途中で気持ちが滅入ってしまうのも事実だ。
しかし、シムズは『Top Boy』の物語は誇張ではないと言う。1994年生まれのシムズは、ハックニーに近い北ロンドンで、家ではヨルバ語を話すナイジェリア人の母と、3人の兄姉に育てられている。母親の影響で、食事も音楽も映画もナイジェリアの文化が色濃い家庭だったという。2019年に、『ガーディアン』の取材に応じた彼女は、「このシリーズで描かれているすべての物語は、私自身が実際に目にしてきた出来事の一部。私が演じているキャラクターも、現実で知っている人物そのもの。だからこれは、本当に身近で、決して他人事とは思えない」と語り、「はっきり言っておくけど、『Top Boy』はいま起きていることを美化したり、称賛したりしているわけではない。現代の自分たちの世界をリアルに描いてるだけ」と強調している。
これは一部からの、『Top Boy』がストリートの犯罪や暴力をカッコよく描き、ブラック・ブリティッシュのステレオタイプを助長しているという批判への反論でもあったのだが、シムズは実際にナイフの犯罪で友人を亡くし、その経験を受けてすぐさま “Wounds” (2019年。『GREY Area』収録)という曲を作り上げた。『Top Boy』でもくり返し描かれる銃犯罪とそれを美化するラッパーたちをも痛烈に批判するラップ・ミュージックで、『Top Boy』の劇中で流れていてもおかしくないような曲だ。
こうして『Top Boy』が移民社会の負の側面や貧困の悲惨なリアリティをも容赦なく描き出して鋭い問題提起をおこなったとするならば、『Lotus』は音楽を通じてイギリスの移民文化の豊かさや貧しい若者の逞しさを伝える。エネルギッシュかつ情熱的に。たしかに本作では、決裂したインフローへの苛烈な批判やのっぴきならないシリアスな感情が噴出している。1曲目からして “Thief”、つまり泥棒だ。それはそれとして、僕が本作に魅力を感じるのは、多彩なリズム(アフロビートやポスト・パンク、ジャズ、そしてもちろんグライム/ヒップホップ)と諧謔精神があるからだ。
プロデュースは、アフロ・ジャズ・バンド、ココロコを手がけたことでも知られるマイルス・クリントン・ジェイムズ。MVが公開されている “Young” はベースラインがぐいぐい引っ張る、貧しい若者のリアリティがコミカルに歌われるポスト・パンク風の楽曲だ。が、ポスト・パンクそれ自体を相対化するようなぬくもりのあるサウンドと丁寧な演奏は、たしかに歌詞で敬意を示すエイミー・ワインハウスのソウル・ミュージックの傑作『Back to Black』以降のものに思える。何より「金や高級品じゃねえんだよ。酒と草があって人の目なんて気にしないで踊って、愛があれば完璧な人生だよ」という気合いが清々しいではないか!
ユキミとの “Enough” はまるでチック・チック・チックを思わせるディスコ・パンクで、ポスト・パンクといえば、“Flood” もそうだ。その曲にも参加したナイジェリア出身のシンガー、オボンジェイヤーとの “Lion” は、トニー・アレンをサンプリングした、シカゴのラッパー、コモンの2000年の名曲 “Heat” を連想させるアフロビート×ヒップホップ。この曲でシムズは、「ライオンのハートとナイジェリア人のプライド」「全盛期のローリン・ヒル並みだってわかるよ 私を見れば/ラスタファリアンも一緒 ドレッドがたなびくのを見ていて/ネフェルティティみたいに気高くこの車に乗り込む」と自信満々にラップする。彼女がローリン・ヒル、フェラ・クティ、ミッシー・エリオットらから多大な影響を受けてきたのは有名な話だ。
さらに、双子の兄弟の久々の電話をラッパーのレッチ32との素早い掛け合いで演じる “Blood” は、まさに、家族やブラザー・アンド・シスターが重要なモチーフだった『Top Boy』のスピンオフのよう。こうした表現は現代のラップ・ミュージックが最も得意とするもののひとつだろう。歌詞をじっくり読みつつ耳を澄ませると本当に心に沁みる。そして、ウガンダからの移民の両親の下、ロンドンで育ったマイケル・キワヌーカのヴォーカルとギター、ユセフ・デイズのドラムンベース風のドラミング、ストリングスから成る表題曲の美しさは、4ヒーローの代表曲 “Star Chasers” に匹敵する。
この島国もいま、外国人嫌悪と排外主義の急激な高まりをみせている。そんななか、リトル・シムズの言葉と音楽がより広く、深く伝わることを願うばかりだ。彼女の存在は、移民社会の希望そのものといっても過言ではないのだから。
7月1日追記:ちなみに、NEWSでも取り上げられている、いま話題騒然のアイルランドのラップ・グループ、Kneecap。8月1日から日本でも公開される彼らの映画『Kneecap/ニーキャップ』を試写で観たが、これもまた素晴らしかった! この映画についてはあらためて書くつもりだ。
この冬に日本公開された映画『ミュージック・フォー・ブラック・ピジョン ――ジャズが生まれる瞬間――』で、その活動がドキュメントされていた〈ECM〉のギタリスト、ヤコブ・ブロ。なんと、同映画にも出演していた高田みどりとの共作がリリースされることになった。題して『あなたに出会うまで – Until I Met You』。フォーマットはCDで、9月12日に発売となる。また本日より、表題曲の先行配信も開始されている。それぞれ異なるバックグラウンドをもつ音楽家同士のコラボレーションがどのような成果を生み出しているのか、注目しておきたい。
Jakob Bro & Midori Takada
『あなたに出会うまで – Until I Met You』
2025.9.12 CD Release

デンマーク出身、新たなECMの看板ギタリストとして活躍するヤコブ・ブロが、世界的に活躍する打楽器奏者で、日本のアンビエント/ミニマルミュージックの代表作『Through The Looking Glass』('83)などで知られる高田みどりとコラボした初の作品が、国内盤CDでリリース! 映画『Music for Black Pigeons』での共演シーンでも話題になった2人の、無限に広がる音世界。
ヤコブ・ブロと高田みどりの音楽は、真の融和を聴かせる。これまでに幾度かヨーロッパでコンサートを行ってきた二人が、東京で初めて集中的にレコーディングを実現した。日本語で交わすコミュニケーションと、親密で深い理解の伴った演奏の記録であり、継続的なコラボレーションの始まりでもある。まるで生態系のように音が折り重なり、響き合う瞬間に、環境音楽とジャズの記憶も美しく流れていく。(原 雅明 ringsプロデューサー)
【来日情報】
10/4, 5 EACH STORY

【リリース情報】
アーティスト名:Jakob Bro & Midori Takada
アルバム名:あなたに出会うまで – Until I Met You
リリース日:2025年9月12日
フォーマット:CD
レーベル:rings / Loveland Music
品番:RINC133
JAN:4988044131712
価格:¥3,300(tax in)
レーベル:rings
オフィシャルURL:http://www.ringstokyo.com/?p=972
【Track List】
1. あなたに出会うまで / Until I Met You (7’37”)
2. A Brief Rest Of Sisyphos (3’27”)
3. Landscape Ⅱ, Simplicity (7’44”)
4. Infinity (3’57”)
5. Landscape Ⅰ, Austerity (5’00”)
6. Sparkles (3’41”)
7. Floating Forest (2’50”)
アルバムのタイトル曲となるシングル「あなたに出会うまで – Until I Met You」の先行配信が、本日より開始となりました。
Jakob Bro & Midori Takada / あなたに出会うまで – Until I Met You
https://ringstokyo.lnk.to/p3g0ZEvp
〈私〉はどんな芸術にも本質的価値があるとは信じない。……芸術は水増しされたまがいものとなり、あまりにも皮相的な、その時代を消費する倫理となってしまった。〈私〉は意識的に、そして無意識的にも、かつて〈芸術〉という言葉を当てはめていたところに〈魔術〉という言葉を当てはめ、やっと具合よく感じている。 — Genesis P-Orridge
反知性主義というのは、かつては希望でもあった。活版印刷によって神の声は教皇から解放され、ワールドワイドウェブによって知識は専門家だけのものではなくなった。グルは呼びかけた。ターンオン、チューンイン、ドロップアウト。そしてサイバー空間にジャック・インせよ。まず始めにジャックがあり、ジャックにはグルーヴがあった。音楽は頭から体に降りてきた。1984年は1984にならず、ブラザーもシスターもボリュームを上げて踊った。そして今日の我々——夜な夜な止まらないダンスミュージックでステップを踏むトライブ——となった。
しかし、情報の民主化に役立った活版印刷は、同じように魔女狩りを広め、家父長制的な権力維持のために多くの犠牲者を出した。ワールドワイドウェブによって解放された知識から学ぶ者は少なく、多くはその怠惰の後ろめたさを誤魔化すために知性を攻撃した。怠惰な臆病者たちは大衆を名乗り、我々の欲望に応えることこそが物事の存在価値であると宣言した結果、テレビタレントと政治家に本質的な違いは存在しなくなり、街はプリミティヴな欲望の生産と消費のためのマシンに覆われた。
現在の日本の文化的アイデンティティの一翼を担うアニメ業界では大御所声優が排外主義を煽り、参議院選挙を控えたポピュリスト政党は、ゼノフォビアを利用して票を獲得しようと躍起になっている。その大御所声優を排外主義に導いたものは、大衆の暗い欲望に応えることで多くの再生数を獲得しているYouTuberであった。「このハンバーガーとコーラは世界で一番売れている。だから世界で一番美味いものに決まってるだろ。」というセリフは、もはや皮肉として機能せず、得票数や再生数、売り上げがその存在の正当性を決めるものになり、1984年が1984にならないという広告は、マーケットという構造的なビッグブラザーの存在を隠すための巧妙な目隠しとして機能することとなった。
ダンスフロアに戻る。法律で規制された反復するビートと、切り刻まれて繋ぎ直された声は、巨大なサウンドシステムを流れる電流と鉄骨やコンクリートからのレスポンスによって増幅され、私たちに陶酔と集団的多幸感をもたらし、分裂し接続し続ける音と欲望を共有するリゾーム的トライブを生成する。テクノロジーの進歩と民主化は、正式な教育や理論の外側に新たな音楽と喜びの領域をもたらした。調律の外れたコードは調和と調教のコードを書き換え、享楽と解放のためのコードへと変化し、我々を接続している不可視の黄金のコードを定義する。サイバーパンクの父がサイバー空間を合意された幻覚と表したように、ダンスフロアもまた合意された幻覚であり、その幻覚の陰でコードを走らせるのはハッカー、あるいはDJだったが、サイバー空間が巨大資本のプラットフォームによって区画整理されてしまったように、ダンスフロアも資本の植民地化から逃れられず、幻覚のコードを走らせていた者たちの多くは新しい地主である数字に仕える事になった。欲望も喜びも解体された、意味消失の果ての数字に。資本主義のマトリクスの網目にかかったままでの「欲望の解放」のための全てのプロジェクトは、ただ欲望の商品化へと導かれ、24時間営業のコンピューターバンクのロビーで奇妙な踊りを踊ることはTikTokのバズのためになり、照明を浴びたDJはブースの中でバク宙を決める。
反知性主義は物事の判断基準——善悪すらも——を知性の元から大衆のプリミティヴで個人的な感覚や感情の元へと引きずりおろした。怠惰な臆病者はその個人的な感覚をもマーケットに委ね、正しさや優良さと売り上げや支持数とを逆流/循環する、数の倫理のウロボロスを形作る。世論調査の結果を選択的夫婦別姓や同性婚の推進に利用しようとするリベラルも、続々と排外主義に乗っかるポピュリスト政党も、ラッパーのビーフの勝敗を再生数や稼ぎ具合で決めようとするファンダムも、同じ数の倫理を共有している。
かつて貴族らが自らの優位性を温存し続けるための隠れ蓑として資本主義は産み出され、階級を意識させないようにするための数々のプロジェクトを経て今日に至っているが、全てを数の倫理で理解することが自然となってしまった現在において、その隠れ蓑は完璧に役割を果たしていると言えるだろう。ポストモダン的な価値の転換や、新たな価値の創出はマーケットのためにおこなわれ、かつて反知性主義が夢見た官僚主義的な知から解放された意識も、大衆的=ポップというテーマパーク的マーケットで列をなしている。
ポップスが数字に仕えていることは、もはや公然の事実であるが、アンダーグラウンドやサブカルチャーの着ぐるみを被りながら数字に奉仕する者たちが大手を振って歩いている現状は、その数字が権威を温存/隠蔽するためのものであるという構造を踏まえると、ポストモダンや反知性主義の終着地点としては悲劇的であると共に、ボディースナッチャー的な恐怖を感じる。
射精ありきのセックスが人々を孤独にさせるように、キャリアやマーケットからの要請に応答するためにおこなわれる表現からは神秘性が失われる。我々が欲するものは、キャリアやマーケットへの貢物としての結果ではなく、プロセスや対話として我々の精神に影響を及ぼす魔術なのであり、集団的多幸感のコードの残滓を舐めながら演じる、ポルノ的なマダム・タッソー蝋人形館の犠牲者役ではなく、まだ名前のない我々の欲望に居場所を与え、幻覚を共有する生きた共同体/トライブ、あるいは集団で見る夢そのものなのだ。
現代魔術において、そのスタイルは魔女の数だけあると言われているが、マーケットへの生贄として形作られてゆく身体から抜け出し、自身の発火する精神を、仲間のそれと溶かし合わせようとする行為は、総て魔術的な色彩を帯びはじめるのではないだろうか。魔術に関するテキストにおいて頻繁に実践という言葉が使用されるのは、魔術とは結果ではなく過程で、流動的かつ越境的で定まっておらず、ゆえに名前も与えられていない状態のなかで生まれるからではないかと私は感じている。
私個人の魔術の実践として始めたプロジェクトTemple Ov Subsonic Youthは、私の身体にサイボーグ的な歪さを持って馴染み、脈打つドラムマシンや胎内のように快適なノイズを奏でるシンセサイザーは、DJという行為が極めて肉体的/人間的であるのに対し、「半分人間」的な感覚をもたらした。このプロジェクトは快楽と苦痛の交換であり、受動と能動どちらか一方ではなくコミュニケーションであり、自他と人間とマシンのあわいを渦巻くダンスを形成することを目的としている。資本主義のマトリクスの網目から逃れた「欲望の解放」のために。
我々はこの数字の世界のなかに、束の間であっても、新たな魔術的トライブを形成することができるのだろうか。新たな魔術的トライブのための時空を切り開くことができるのだろうか。私はクローム塗装のマシンにジャック・インし、トグルスイッチを跳ね上げる。手探りで無段階調整のノブを回し、輝く座標を探し出す。そこで我々の肉体の輪郭を司るのは、低音という培養液の中で分かち合うテクノロジーの夢、金属化した興奮であった。
今回のテキストは意図的に「わかりやすさ」を優先せずに書いている。そんなテキストをここまで読んでくれた方々にまず感謝を。本文中には多数、書籍やセリフなどからの引用が含まれているが、ダンス・ミュージック的なサンプリングコラージュをおこなうために、元の意味から意図的に切り離して使用している箇所があることを留意していただきたい。本稿はクラブ・カルチャーの成り立ちにポストモダンや反知性主義が深く関わっていること、そしてDJはフロアの欲望に応答する必要がある存在でいながら、ウケればなんでも良いのか? という問いやジレンマを抱えているということを踏まえ、そのカルチャーのなかにいる者としての責任の下、歴史の延長線上に新しい領域を見出すため、知性/反知性、そして価値を再構築し、暗闇を再魔術化するための実験/実践としてのテキストである。
山梨と長野の高原地帯から、またしても透明感があって、しかも洒脱なポップスの詰め物が届いた。7g classic’s(ななぐらむくらしっくす)は、八ヶ岳南麓に暮らすナナマリ、長野市で暮らすgee2wo(RCサクセションの第二期におけるキーボード)のふたりからなるユニットで、2022年に『くろすけ』でアルバム・デビュー。ボサノヴァを吸収したナナマリのギターと歌、gee2woによるメロウなピアノ演奏による7g classic’sは、音楽リスニングを生活になかに取り入れている大人たちのあいだで評判を呼んで、2023年にリリースされたセカンド・アルバム『みそしる』によって、さらにその評判は広がったようだ。いま、この穏やかな音楽は多くの人たちに必要とされているのだろう。
そんなわけで、早くもサード・アルバム『タイムマシン』が登場した。ブラジル、ジャズ、ポップス、ファンク、そしてダブまで……さまざまな音楽を咀嚼しながら、かんぜんに独自な空間を創出している。表題曲“タイムマシン”をはじめ、“Dub & Peace”や“The Treasures”、アンビエント・ボサ“Moon”、ジャジーな“長い夢”、ブルージーな“My Birthday”など創意工夫ある曲が7g classic’sの新境地を見せている。。
聴いてみよう。この暑い夏の夜を涼しくしてくれること請け合いです。
〈アーティストからのコメント〉
いろんなジャンルの良いとこ取りといったコンビニ弁当のような楽曲作品は世の中に腐るほどあります。我々の楽曲制作は多種多様なジャンルに存在する独自の論理に基づいた制作方法です。
あふれる情報やAi などにより人間に備わっていた第六感はほぼ消滅し、五感も退化を始めています。特に聴覚にそれを感じます。インターネット上の情報なんて殆ど嘘ばかり、どんどん思考停止が進行しています。これは現代人への警告です。情報に惑わされず純粋に音楽を聴けているか、はなはだ疑問を感じます。
当たり前の事ですが演奏時間が1時間の楽曲を聴くのに最低でも1時間、何度も聴くのならそれ以上の時間が必要です。そういう大切な時間は自分自身で作り出すものです。それはお金で買えない貴重な財産です。時短なんて貧しい考え方です。我々の作り出す音楽は、決して通勤通学時や、スポーツ、ダンス、などのB.G.M.ではありません。できれば1人で心を落ちつかせてお聴きください。
ってこと〜!

7g classic's
3rd アルバム『タイムマシン』CD版
2025年6月4日発売
販売元 Forest Group
FOGP-0003 定価¥3000(税込)
購入は通販サイト各種またはライヴ会場にて
Amazon購入サイト
https://www.amazon.co.jp/dp/B0F4R6VVPP
『タイムマシン』試聴動画
【サブスク配信情報】
7g classic's
3rdミニアルバム『プチタイムマシン』配信版
2025年6月28日配信開始
https://big-up.style/mA2U2Mtwhr
【ライヴ情報】
7g classic's Tour 2025
6/27(金)Apple Jump(東京)
6/28(土)カフェシングス(東京)
7/4(金)Booze Shelter(長野)
7/6(日)月下草舎(山梨)
7/13(日)open house(名古屋)
7/14(月)もっきりや(金沢)
詳細は7g classic’sウェブサイトで
https://nanamari.com/7g
【プロフィール】
ナナマリ (Vocal, Guitar, Composer etc.)
高校生の時にギターと出会い、ロックやポップスバンドを組んで音楽活動をスタート。独学で音楽理論を学び、TV番組や舞台、メジャーアーティストなどへの楽曲提供を行う。2004年に八ヶ岳へ移住後は、ブラジル音楽に傾倒し、ギター弾き語りスタイルでのライヴ活動を開始。2008年1st Album「雨粒」をはじめ、カヴァー作品を含む計5枚のCDをリリース。
gee2wo (Piano, Keyboard, Composer etc.)
1980年代ロックバンドRCサクセションのメンバー(キーボード担当)として活躍。RC退団後は世界(主に中東)を旅し、のちに自然豊かな信州に移住。ジャズ、ブラジル、ロック、レゲエなど様々なジャンルの音楽を追求し、新たなスタイルの確立を目指す。2020年長野市内に念願のプライベートスタジオが完成し、制作に没頭する日々を送る。
今月はヴォーカル作品に良作が揃った。クリスティ・ダシールはワシントンDC出身で、ノース・キャロライナ州グリーンヴィルで育ったジャズ・シンガー。マンハッタン音楽院に学んでメリーランド州のストラスモア・ミュージック・センターで研究を行い、現在はハワード大学でジャズの声楽を教えている。ちなみに同大学で音楽学部長を務めるのはボビー・ワトソンのグループなどで演奏してきたベーシストのキャロル・ダシール・ジュニアで、クリスティの父親でもある。アルバム・デビューは2016年の『Time All Mine』で、セカンド・アルバムの『Journey In Black』(2023年)は本年のグラミー賞のジャズ・ヴォーカル・アルバムにもノミネートされた。兄弟のキャロル・ダシール3世がドラマーを務めるこのアルバムは、自身の出目であるアメリカの黒人やその歴史について掘り下げ、彼女の祖母をはじめとした祖先が歌っていた黒人の民謡も取り上げている。

Terri Lyne Carrington And Christie Dashiell
We Insist 2025!
Candid
そんなクリスティ・ダシールが、現在のアメリカにおける女性ミュージシャンの党首的な存在にあるドラマーのテリ・リン・キャリントンと組んで『We Insist 2025!』を作った。『We Insist!』は1961年にドラマーのマックス・ローチが、妻であるジャズ・シンガーのアビー・リンカーンらと作ったアルバムで、作詞はオスカー・ブラウン・ジュニアが担当した。奴隷解放宣言100周年を記念した作品で、当時高まっていた公民権運動のスローガンにも掲げられた。ローチの叩き出すアフロ・リズムにアビーのメッセージ色の濃いヴォーカルが絡み、アート・ブレイキーのようなアフロ・キューバン・ジャズやハード・バップを土台にフリー・ジャズにも踏み込んだ演奏を見せ、後のブラック・ジャズやスピリチュアル・ジャズの土台になったといえる重要作だ。この作品をリリースした〈キャンディッド〉による企画で、その『We Insist!』の2025年版が実現した。楽曲は『We Insist!』収録曲のカヴァーほか、アビー・リンカーンへのオマージュを綴った “Dear Abby” など。演奏はモーガン・ゲリン、マシュー・スティーヴンスなど、テリのグループで演奏してきた面々が中心となる。
ビリー・ホリデイの後継者の位置にあったアビー・リンカーンは、『We Insist!』では黒人霊歌や民謡、ブルースなどの要素を感じさせる歌を見せ、ポエトリー・リーディングからシアトリカルな演劇風、土着的なアフリカ民謡やフリーキーな叫び声など、変幻自在で前衛的なパフォーマンスを披露していた。『We Insist 2025!』でのクリスティは、アビーの歌に忠実に沿いつつも、そこにネオ・ソウルやファンクなどの要素も交え、現代的にアップデートした歌を見せる。黒人霊歌風のアカペラで始まる “Driva’man” はアフロ色が強い演奏で、ロイ・エアーズ風のヴァイヴも交えた中で、スキャットを交えたクリスティのアドリブも素晴らしい。現在であればカサンドラ・クロスからジョージア・アン・マルドロウに通じる歌と言える。1960年の南アフリカのシャープビル虐殺事件に対する曲である “Tears for Johannesburg” は、硬質でミステリアスなジャズ・ファンク調の演奏に乗せ、クリスティのワードレス・ヴォイスは怒りと悲しみが入り混じった感情を吐露していく。アビーの歌を下敷きにしつつ、あたかも亡霊のような歌声である。

Tyreek McDole
Open Up Your Senses
Artwork
タイリーク・マクドールはハイチ系の黒人シンガーで、ニューヨークを拠点に活動する新進の25歳。ジョニー・ハートマンやレオン・トーマスなど男性ジャズ・シンガーの先人たちから影響を受け、2023年にサラ・ヴォーン国際ジャズ・ヴォーカル・コンペティションで優勝し、一躍注目を集めることになった。そうして作ったデビュー・アルバムが『Open Up Your Senses』。大ベテランのケニー・バロンはじめ、サリヴァン・フォートナー、ロドニー・ホイテカーといった経験豊富なメンバーが演奏に参加。比較的若手ではブランフォード・マルサリス・カルテットのジャスティン・フォークナーや、ファラオ・サンダースの息子であるトモキ・サンダースなども参加する。
収録作品はカヴァー曲が多く、ニコラス・ペイトンの “The Backward Step”(禅思想に基づく作品で、クリスティ・ダシールが般若心経を取り入れた歌詞で歌っていた)、セロニアス・モンクの作品でカーメン・マックレーが歌詞をつけて歌った “Ugly Beauty” などをやっている。特に注目はタイリークが強く影響を受けたレオン・トーマスの作品で、ファラオ・サンダースとの共作となる “The Creator Has A Master Plan” と “The Sun Song”。“The Creator Has A Master Plan” はトモキ・サンダースのテナー・サックスを交え、まさにファラオ・サンダースとレオン・トーマスへのオマージュが散りばめられている。“The Sun Song” の牧歌的でフォーキーなフィーリングも素晴らしい。もうひとつ出色のできとなるのがホレス・シルヴァーの “Won’t You Open Up Your Sense”。原曲はアンディ・ベイの歌をフィーチャーしたブルージーなワルツ曲で、4ヒーローもカヴァーしていたことがある。そもそもタイリークのバリトン・ヴォイスは比較的アンディ・ベイに近い感じで、彼からもかなり影響を受けていることが読み取れる。サリヴァン・フォートナーのエレピ演奏も印象的で、タイリークもオリジナルのアンディ・ベイに倣ってブルース・フィーリングを出しつつも、自分なりの自由なスタイルで崩しながら歌っている。

Arjuna Oakes
While I'm Distracted
Albert's Favourites
アルジュナ・オークスはニュージーランド出身で、最近はロンドンに拠点を移して活動するシンガー・ソングライター/ピアニスト/作曲家。2019年にデビューEPとなる「The Watcher EP」をリリースし、男性シンガーで言えばホセ・ジェイムズの路線を継ぐような歌を披露していた。声質自体はホセよりも高く、より中性的でソウルフルな魅力を持つ。そして、ギタリスト/プロデューサーのセレビーことカラム・マウワーとコラボしてエレクトリックな作品を作ったり、作曲家のジョン・プサタスとのコラボではアンビエントな側面を見せるなど、プロデューサー/トラックメイカー的な側面も持つ。そうした活動を経て、ファースト・アルバムとなる『While I'm Distracted』をリリースした。
『While I'm Distracted』の共同プロデューサーは盟友のセレビーが務め、ニュージーランドの音楽仲間がサポートする中で、1990年代より長い活動を続けるネイサン・ヘインズの参加が目を引く。ストリングス・セクションも交えた編成の中、アルジュナはヴォーカルのほかにピアノ、キーボード、シンセ、プロダクションを担当する。楽曲のプロダクションは極めて現代的なもので、“Won’t Let This World Break My Heart” はフライング・ロータスやドリアン・コンセプトなどのビート・ミュージック調とも言える。“No Joke” はゴーゴー・ペンギン的な演奏で、“Catch Me” は有機的なストリングスによってコズミックな世界が作られていく。それらの上で歌うアルジュナのヴォーカルは非常に中性的かつオルタナティヴなもので、デヴィッド・ボウイがマーク・ジュリアナやダニー・マッキャスリンらとやった『Blackstar』あたりの世界を連想させる。こうした歌やジャケットからも伺えるが、アルジュナはジェンダーレスなアーティストのようだ。

Snowpoet
Heartstrings
Edition
スノウポエットはロンドンを拠点に活動するローレン・キンセラとクリス・ハイソンによる男女ペア・ユニット。ローレンが作詞とヴォーカルを担当し、クリスがピアノ、キーボード、シンセ、ベース、ギター演奏などから作曲/プロダクション全般を担当する。2014年にデビューEPをリリースし、2016年にファースト・アルバムをリリースした後は、カーディフで設立されたジャズ・レーベルの〈エディション〉から作品をリリースしているが、一般的なジャズ・ユニットやジャズ・ヴォーカルものとは異なり、もっとオルタナティヴでエレクトロニックな要素を持つアーティストである。ローレンの摩訶不思議でフェアリーな歌声を含め、ビョークと比較されることもある。〈エディション〉から『Thought You Knew』(2018年)、『Wait For Me』(2021年)とリリースしてきて、『Heartstrings』は4年ぶりの新作となる。
これまではエレクトロニックなスタジオ・ワークを軸にアルバム制作を行ってきたスノウポエットだが、『Heartstrings』は参加ミュージシャンを交えながら、スタジオでセッションや作曲を行ってできたアルバムである。そうしたライヴ・パフォーマンスの生々しさや即興演奏の妙味を入れて作られていることを含め、スノウポエットにとってもっともジャズらしいアルバムと言えるかもしれない。ダイナミックなドラム・ビートに導かれる “Host” では、ローレンの歌はポエトリー・リーディング調のクールな始まりから、次第に熱とエモーションを孕んで高揚していく。彼女の歌には英国のトラッドやフォークの影響を感じさせる部分があり、そうした点でも英国ならではのユニットだなと思う。“Our World” はスノウポエットらしい繊細で美しい楽曲で、アコースティックとエレクトリックのバランスが素晴らしい。ゆったりとしたテンポの “one of those people” は、スノウポエットならではの牧歌的でメロウなバラード。『Heartstrings』は人生における喪失や再生がテーマとなっているそうだが、そうした豊かでエモーショナルな世界観が込められた楽曲である。
ルーシー・レイルトンの新作『Blue Veil』は、レイルトンにとって初となるチェロ独奏によるアルバムだ。ドローンというよりも、一定の周期で反復される持続音によって構築された音響・音楽作品と表現すべきだろう。聴き進めるうちに、次第に意識は内側へと向かい、心が静かに鎮まっていく。センチメンタルな要素を排した硬質な音響でありながら、不思議な安らぎをもたらすのは、その響きが備えるシンプルでありながらも豊かな音の質感ゆえかもしれない。
アルバム『Blue Veil』について語る前に、まずはルーシー・レイルトンの経歴について簡単に述べていこう。レイルトンは、イギリス出身のチェロ奏者/作曲家である。ボストンのニューイングランド音楽院、そしてロンドンの王立音楽院で研鑽を積み、2008年に卒業した。クラシックを基礎に持ちながら、彼女のキャリアはジャンルを越境し、実験音楽シーンでの重要人物として知られるようになる。
その実力は折り紙付きで、ジャンル横断的なコラボレーションが非常に多いのが特徴だ。ドローン/エクスペリメンタル界隈では、カリ・マローン、ラッセル・ハズウェル、スティーヴン・オマリー、ベアトリス・ディロン、キャサリン・ラムといった先鋭たちと共演。また、ポーリン・オリヴェロスやマトモスのプロジェクトにも関与してきた。また、2023年にリリースされ大きな話題を呼んだローレル・ヘイローによるクラシカル・アンビエント・ドローンの傑作『Atlas』でも印象的なチェロを披露していた。
活動の拠点であるロンドンでは、先進的な音楽空間カフェ・OTOにおいて「カマークラン・シリーズ」を立ち上げ、10年間にわたり運営。さらに2013年から2016年には「ロンドン・コンテンポラリー・ミュージック・フェスティヴァル」を共同設立し、共同監督も務めた。クラシックの分野でも着実に歩みを進めており、〈ECM〉のバッハ・アルバム『Three Or One』(2021年)への参加も話題となった。加えてボノボやミカ・リーヴィとの共演歴もあるなど、その活動領域は極めて広い。近年では、パティ・スミスとサウンドウォーク・コレクティヴによる「コレスポンデンス」の日本公演に出演していたのも記憶に新しい。
そんなルーシー・レイルトンが自身名義のアルバムを初めて発表したのは、2018年にUKのレーベル〈Modern Love〉からリリースされた『Paradise 94』だった。ドローンを基調としつつも、ミュジーク・コンクレート的手法で多様な音響要素をコラージュした鋭利な作品であり、現代音楽とエクスペリメンタル・ミュージックを越境するような内容だった。
〈Modern Love〉といえば、ポスト・ダブステップやポスト・インダストリアルの色が濃かったレーベルだが、そこからこのようなアヴァンな音響作品がリリースされたことに、当時シーンはざわめいたものだ。振り返れば、2018年頃からエクスペリメンタル・ミュージックの地殻変動が始まっていたようにも思える。現代音楽との交錯、それも権威的なアカデミズムではなく、純粋な音への探究が交差しはじめた時期だった。
2020年には、ベルリンの〈PAN〉より電子音楽の先駆者ピーター・ジノヴィエフと共作した『RFG Inventions for Cello and Computer』を発表。同年、フランスの〈Portraits GRM〉からはEP「Forma」をリリース。翌2021年にはUKの〈SN Variations〉よりキット・ダウンズとの共作にしてクラシカル・ドローンの『Subaerial』を発表、ヤイル・エラザール・グロットマンとのサウンドトラック作品『False Positive』をリリースしている。
そして2023年には、スティーヴン・オマリー主宰の〈Ideologic Organ〉より、盟友カリ・マローンによる長編傑作ドローン作品『Does Spring Hide Its Joy』に参加した。同年、〈Another Timbre〉からは日本の作曲家・小川道子との共作『Fragments of Reincarnation』を発表。さらに久々に〈Modern Love〉からはソロ・アルバム『Corner Dancer』をリリースする。こうして彼女の歩みを振り返ってると、2021年以降は、ほぼ2年ごとのペースで作品をリリースしていたことがわかる。
そして2025年、ルーシー・レイルトンはついに〈Ideologic Organ〉から初の完全ソロ・アルバム『Blue Veil』をリリースした。はじめに書いたように本作『Blue Veil』は、ルーシーにとって本格的な「チェロ・アルバム」であり、ドローン作品としても極めて硬質かつミニマリズムを極めたハードコアな音楽性となっている。その響きは冷徹で美しく、センチメントとは無縁の構築美がある。むしろそれは「音の原理」への徹底した探求から導かれたものだ。
プロデュースとレコーディングはティーヴン・オマリーとカリ・マローンが担当。録音はパリのサン・テスプリ教会で2024年6月におこなわれた。サウンド・アーティストのジョシュア・サビンによるプレミックスが同年8月、マルタ・サローニによるミックスが同年9月、名匠ラシャド・ベッカーによるマスタリングが同年11月に行われた。
全7曲から構成される本作『Blue Veil』では、「微分音と和声の知覚」を主題とし、和声が生まれる直前の揺らぎ、あるいは弦が震える微細なノイズが、音の存在そのものを問い直すような響きをもたらしている。硬質なチェロの音が、微細な揺らぎとともに交錯し、やがて一体化していく。そのサウンドは単なるドローンではなく、一定の周期で持続音が反復される構造的なコンポジションで構成されていた。
“Phase I” から “Phase VII” まで全7曲にかけて、チェロはゆるやかにトーンを変えながら持続と反復を繰り返し、聴く者を深い瞑想の領域へと導く。時間感覚を曖昧にするような音の連なりが、静かに精神を包み込む。それは「音楽」になる直前の濃密な状態であり、まるで世界を包み込む青いベールのようである。それは自身と世界を隔てる「ベール」でもあるのかもしれない。タイトル『Blue Veil』は、その象徴のように感じられる。
もっとも、その響きに身を委ねていると、青だけではなく、どこか赤い鋭さ、緊張感すらも感じられる。おそらくこの作品の核心は、その色彩のグラデーションのような中間感覚にあるのだろう。聴覚の感覚が拡張されていくような体験は、モートン・フェルドマンの後期弦楽作品に通じるミニマリズムに通じる。
『Blue Veil』──チェロという古典的な楽器を通じ、ここまで硬派で緻密なドローン/音響を成立させた作品は稀だ。その意味でも2020年代以降のドローン/エクスペリメンタル・シーンにおいて、間違いなくひとつの金字塔といえよう。ルーシー・レイルトンはいま、実験音楽と現代音楽の最前線で、「音そのもの」の探求を続けている。
クラシックを背景に持ちつつも最先端のエレクトロニック・ミュージックを指向するような。あるいは、ミニマル・ミュージックを影響源としながらも、ダンス・ミュージックとしても十全に機能するような。マンチェスターのピアノ・トリオ、ゴーゴー・ペンギンの新作『ネセサリー・フィクションズ』は、複数のジャンルを貫通するハイブリッドの所産と言っていいだろう。
2023年の『エヴリシング・イズ・ゴーイング・トゥ・ビーOK』で新ドラマーのジョン・スコットを迎え、〈ブルーノート〉からベルリン拠点のレーベル〈XXIM Records〉に移籍。フジロックにも出演した彼らは、屈強なライヴ・バンドとしてもならし、日本のfox capture planと並び、コンテンポラリー・ジャズの新しい領野を切り拓いてきたピアノ・トリオとしてシーンに屹立してきた。
冒頭2曲から惹きこまれる。“Umbra”“Fallowfield Loops”では重厚でヘヴィな音色のウッドベースが、執拗な反復により聴き手を深い酩酊へと誘う。特に後者は曲名の通りループ構造が露わになっている。冒頭で反復されるのはおそらくプリペアド・ピアノだろう。琴のようにも聞こえるし、エイフェックス・ツインの『アンビエント・ワークス』を連想する人もいるに違いない。
地鳴りのような低音が強調される“What We Are and What We Are Meant to Be”は彼らなりのベース・ミュージックといった趣きで、ダブの要素もある。人力ディレイとでもいうべきか、スネアのリムショットを巧みに重ね合わせて残響を現出させているところなど、とびきりユニークだ。雨音とヒスノイズが交差する“Background Hiss Reminds Me of Rain5”は彼らなりのアンビエントとでも言うべきトラックである。
“Living Bricks in Dead Mortar”はスローでダークなトリップ・ホップ風だし、“Naga Ghost”はドラムンベースのニュアンスがある。全体的にメランコリックな空気が際立ち、泣きのメロディが支配しているのも特徴だ。ヴァイオリンが主旋律をリードする“Luminous Giants”などにその傾向が顕著である。
かように多用な要素が交錯するアルバムだが、ぶっといウッドベースがその重心を支える背骨の役割を果たしている。普通ジャズのピアノ・トリオというと、リズム隊が底辺を支え、そのうえでピアノが自由にソロを取るというイメージを抱きがちだが、彼らはまったく違う。ウッドベースが中軸をなし、ピアノはその上にのっかり、ドラムは軸を補強する。ビートを先導するのもウッドベースである。
2021年の『GGP RMX』では、コーネリアスやスクエアプッシャーや808ステイトが彼らの曲をリミックスしていたが、同作は既に彼らの音楽の〝踊れる〟側面を浮き彫りにしていた。その発展形として、このアルバムがあると言えるだろう。ダンサブルでありながら、人力ならではのオーガニックな感触は損なわれていない。こんなアルバム、ゴーゴー・ペンギンにしか作れないだろう。