「!K7」と一致するもの

LIQUIDROOM 30周年 - ele-king

 1990年代の日本の音楽シーンに多大なる影響をおよぼし、貢献してきたLIQUIDROOMが今年で30周年を迎える。ある世代以上の方は当然ご存じだろうけれども、現在恵比寿にあるLIQUIDROOMはもともと新宿歌舞伎町に存在していた。その新宿時代の10年間にLIQUIDROOMが成し遂げた功績は日本の音楽史を振り返るうえで外せない。
 たとえばそう、ボアダムスのすさまじいライヴの数々やプライマル・スクリームやフィッシュマンズ、コーネリアス、UA、エイフェックス・ツイン、4ヒーロー、トータス、アンダーワールドといった時代のきら星たち、巨匠リー・ペリー、ジェフ・ミルズやアンドリュー・ウェザオールといったレジェンドたちのDJ、そして田中フミヤや石野卓球によるテクノの夜……。
 そんな1994年から2003年までのLIQUIDROOMを振り返る展覧会が現LIQUIDROOMのギャラリーKATAにて開催される。会期は7月13日(土)~7月21日(日)の9日間。入場無料。貴重な記録を目撃することで、音楽シーンの新たな未来を切り拓く一助としたい。(編集部の野田もコメントを寄せております)

LIQUIDROOMの原点である<新宿LIQUIDROOM>の歴史を紐解くアーカイブ展が開催決定

LIQUID START

―新宿LIQUIDROOM SINCE 1994―

LIQUID START制作委員会はLIQUDROOMの原点である<新宿LIQUIDROOM>の歴史を紐解くアーカイブ展を今年恵比寿開業20周年を迎えるLIQUIDROOM全面協力の元、2024年7月13日(土)から7月21日(日)までLIQUIDROOM内のギャラリーKATAにてLIQUID START―新宿LIQUIDROOM SINCE 1994―を開催いたします。

LIQUIDROOMの原点である新宿時代、約10年間の歴史を紐解くアーカイブ展

現在から遡ること30年前の1994年7月。新宿歌舞伎町のビルの7FでLIQUIDROOMの原点である<新宿LIQUIDROOM>が誕生していたことは、ある一定の年齢層を除き意外と知られていない事実かもしれません。今年恵比寿開業20周年のアニバーサリーを迎えるLIQUIDROOM全面協力の元、新宿LIQUIDROOM約10年間の歴史を紐解くアーカイブ企画展を開催いたします。新宿LIQUIDROOMが存在した1990年代後半~2000年代前半の洋邦楽ライブ/クラブシーンの潮流をいま、再認識するということ。それは単なる90’s〜00’sへの郷愁だけでなく、この時代の音楽シーンの影響がどのように後世の音楽やカルチャーへと結びついていったのかを考察するという試みでもあると考えます。LIQUIDROOMファースト・ディケイドの軌跡、ぜひご覧ください。

【開催概要】

イベント名称:LIQUID START―新宿LIQUIDROOM SINCE 1994―
開催期間:2024年7月13日(土)〜7月21日(日)
開場時間:平日:14:00〜20:00 土日祝:13:00〜19:00 *最終日のみ18時クローズ
開催場所:LIQUIDROOM ギャラリーKATA(住所:東京都渋谷区東3-16-6 2F)
観覧料:無料
注意事項:一部を除き写真撮影禁止 :ギャラリー内は飲食禁止とさせていただきます

LIQUIDROOM HP:https://www.liquidroom.net/
KATA HP:http://kata-gallery.net/
LIQUID START公式Instagram:@liquid_start_since_1994

主催:LIQUID START制作委員会
協力:LIQUIDROOM

【本展の見どころ】

■現在では閲覧・入手困難!圧巻のフライヤー・ギャラリー
会場全体を彩るのは、現在ではあまり配布されることがなくなったライブやパーティーのフライヤー。90’s〜00’sならではのムードを如実に反映しているデザインのフライヤーや新宿LIQUIDROOMの月間スケジュール、新宿LIQUIDROOMがオープンした1994年7月から約10年間の公演フライヤーを時系列で一挙に展示。この会場でしか見ることの出来ない、貴重なものとなっています。

■ここでしか読めない!豪華アーティスト陣によるスペシャル・コメント
本展のためだけに寄せられた、アーティスト自身による新宿LIQUIDROOMでの思い出が語られたコメントを当時のアーティスト公演フライヤーと共に展示いたします。

コメント展示予定アーティスト:小山田圭吾(Cornelius)、茂木欣一(フィッシュマンズ、東京スカパラダイスオーケストラ)、Mummy-D(RHYMESTER)、増子直純(怒髪天)、Buffalo Daughter、KEN ISHII、田中フミヤ、宇川直宏(現”在”美術家)、他

■当時のライブ・場内写真、秘蔵映像、公演解説、90’s〜00’sの超貴重バンドTシャツの展示
フォトグラファー菊池茂夫氏、山本絢子氏によるライブ写真や場内写真、秘蔵映像や当時のライブ/パーティーの解説テキスト等を公開。また、新宿LIQUIDROOMで公演を行ったアーティストの貴重なヴィンテージバンドTシャツの展示等、現在ではなかなか接することが出来ないレアな平成カルチャーを生で体感できる展示構成を予定しています。

Tribute to Ryuichi Sakamoto “Micro Ambient Music” - ele-king

 坂本龍一への敬意を表する国内外 41 名の音楽家による未発表の 39 作品を収録した コンピレーション、2023 年ドイツ音楽評論家賞 Electronic & Experimental部門を受賞した『Tribute to Ryuichi Sakamoto “Micro Ambient Music”』が、2024 年5月29日から配信されている。また、同時にアナログ盤もリリースされる。以下、リリース・スケジュールとその内容です。

Tribute to Ryuichi Sakamoto “Micro Ambient Music”

Vol. 1 2024 年 5月31日 (水)発売
01. Tetuzi Akiyama / Transparent Encephalon
02. Otomo Yoshihide / Moonless Night
03. Toshimaru Nakamura / nimb#75
04. Sachiko M / to the sunny man
05. David Toop / Hearing Cries From the Lake
06. Rie Nakajima and David Cunningham / Slow Out
07. Lawrence English / It Is Night, Outside

Vol. 2 2024年7月31日 (水)発売
01. SUGAI KEN / Swallow & Electronic Swallow (2023 Rainy Season)
02. Kazuya Matsumoto / ice
03. Shuta Hasunuma / FL
04. Takashi Kokubo / Rainforest soloist
05. Miki Yui / Hotaru
06. Tomoko Sauvage / Weld
07. Christophe Charles / microguitar

Vol. 3 2024年9月25日 (水)発売
01. Alva Noto / für ryuichi
02. Yui Onodera / Untitled #1
03. Marihiko Hara / extr/action
04. Ken Ikeda / Circulation
05. Hideki Umezawa / Sculpting in Time
06. AOKI takamasa / UKIYO
07. ASUNA / Elephant Eye
Tribute to Ryuichi Sakamoto "Micro Ambient Music"

Vol. 4 2024年11月27日(水)発売
01. Stephen Vitiello / Motionless Wings
02. Sawako / Tokyo Rain Forest 35°40ʼ 25” N 139°45ʼ 21” E
03. Tujiko Noriko / Iʼ ll Name It Tomorrow
04. ILLUHA / Gratitude
05. Christopher Willits / Study for Sakamoto (March 2023)
06. Tomotsugu Nakamura / backword to blue
07. Kane Ikin / Pulsari
08. Bill Seaman / Tears Namida

Vol. 5 2025年1月29日(水発売
01. Tomoyoshi Date / Placement Of The Drops
02. Federico Durand / Alguien escribió su nombre en el vidrio empañado
03. Marcus Fischer / Overlapse
04. Taylor Deupree / A Small Morning Garden
05. Chihei Hatakeyama / Mexican Restaurant
06. Stijn Hüwels / Shinsetsu
07. hakobune / hotarubune


Vol. 6 2025年3月26日 (水)発売
収録曲未定

Beth Gibbons - ele-king

 都知事選が面白くなってきた。小池vs蓮舫という構図から透けて見える光景については、ぼくがここで言うまでもないことだ。岸本聡子杉並区長あたりから、少しずつ景色は変わっていった(江東区、港区、次は?)。
 話を逸らそう。この10年を振り返ったとき、ジェンダーや人種という観点から歴史や社会を見ることで、根深い偏見や不平等がより広く明らかになったことは事実だ。だからといって、大衆文化およびその批評において、そのレンズのみが頼りではない。なぜなら、個人とは、ジェンダーや人種というカテゴリーによってのみ分けられるものではないからだ。そのカテゴリーには、当然、経済があり、ほかにも育ちや外見などいろいろある。年齢ということも、そのひとつに挙げてもいいだろう。
 日本のロック/ポップスには、人生においては何歳になっても10代のように恋をし、青春していなければならないという、ブーマー世代の夢をなかば当然のことのように引き受けているところがある。それが現状への不満の表明であり、いくつになってもおれは若々しくロックしていると。その感性はもう、たとえばtofubeatsの世代にはほとんど減少している。ミレニアル世代に属する彼と話していて思うのは、自分の人生において青春時代を無理にでも延長しようなどという欲望を感じないことだ。当たり前の話だが、表現の幅に関して言えば、その選択のほうが可能性も広がる。

 ベス・ギボンズのソロ・アルバム『Lives Outgrown』には、中年期も後半に入ったひとりの女性の苦悩が横溢している。「太陽の光のなかを歩いているというのに、それでもまだ俺たちは立ち泳ぎをしている」——トリッキーが “Blue Lines” のなかで放った、ブリストル・サウンドの美学を象徴的に表現したこの言葉は、同時に人生の本質を突いているように思う。生き続けていることは、長ければ長いほど明るくはない。ギボンズのアルバム名もそう言っている。そして、昨年アフガニスタンの少女たちによるグループ、ミラキュラス・ラブ・キッズとともにジョイ・ディヴィジョン/デイヴィッド・ボウイの名曲(アトモスフィア/ヒーローズ)をカヴァーした彼女の、キャリア史上初のソロ・アルバムで歌われる歌には耐えられないほどの深さがあることは、歌詞を解せずともサウンドを通じて伝わってくる。

 ポーティスヘッドがデビューした30年前、すなわち1994年、ぼくはその先陣を切ったグループのほうに夢中だった。マッシヴ・アタックの2枚のアルバムとトリッキーのソロ・アルバムは、拡大された低周波数と都会の冷たさ、そして孤独と喪失との合奏という点で言えばゼロ年代にベリアルがやったことを10年前にやっていたと言える。これほど強力な既発作があったなか、それでも後発の『ダミー』がアピールできたのは、「誰も私を愛さない」と歌うベス・ギボンズの歌というよりは、ぼくはジェフ・バロウによるスタジオワークの成果が大きいと思っていた。ワイルド・バンチ系にはないジャジーなムードにはエイドリアン・アトリーが貢献しているのだろうと。ただし、ひとつぼくの思い出を言えば、ブリット・ポップの愛国的な熱狂の真っ只なかのイギリスにいたときに、ラジオやテレビから頻繁に流れるその曲の、じつに居心地の悪そうな響きには惹かれるものがあった。なにせ1994年と言えば、オアシスが最初のアルバムを出した年で、ああした狂騒のなかにあって、当時のブリストル・ビッグ・スリーの冷徹とも言える無愛想さ、無気力さは政治的にもクールに思えたのだ。

 彼女には、すでに過ごしてきた人生があった。ギボンズはジェフ・バロウよりも6歳年上で、『ダミー』のときには30手前だった。ブリストル出身ではないし、彼の地に住んでいたわけでもなかった。いわば流れ者、しかしそうした背景は、ブリストル・サウンド特有の大人びて枯れた質感を表現するうえで都合が悪くはなかろう。誰もが認めるように、ポーティスヘッドには3人の個性が欠かせなかった。彼らが共同で制作した3作のクオリティを思えば、ギボンズが長いあいだソロ作品を出さなかったこともわからなくはない。その前に、『Out of Season』をリリースしているが、あれはトーク・トーク(80年代にシンセ・ポップ・バンドとして登場したが、のちにポスト・ロック/アンビエント・ポップの先駆的な作品を残している)のポール・ウェッブという才能との共作だ。が、サウンド面で言えばそれが今作の序章になっていることは間違いない。

 寡作家とは、出す作品に抜かりはないものだ。結局のところ彼女が自分の初めてのソロで試みたことは、ジェフ・バロウのような電子機材に精通した現代的なアーティストが手がける音響工作とは真逆の、60年代の英国におけるフォーク・リヴァイヴァルと接合する生演奏の路線だが、ノコギリから缶、捨ててあったパーカッションなど多彩な楽器が使用されている。民謡からロックやポップス、ジャズなどのハイブリッドで、言うなれば神聖さと庶民性の絡み合いだが、音響的には洗練されている。ときにコーラスが幽霊のように聴こえるほどに。大衆音楽をもって、人は死ぬということ、あるいは中年期後半を生きる不安や苦悩、更年期障害という人生において避けることのできないテーマを歌にすることは意味があろう。それをなかば神聖な、美しい音楽として歌うことには、さらに意味があろう。だとしたら、ニーチェが言うように、美が生につきものの苦悩に打ち勝つことはあるのだろうか。「人生に好機などない」と彼女は望みを打ち砕く。ダークサイドを歩いていたからこそ、しかし見渡しはいい。

world's end girlfriend - 抵抗と祝福の夜 - ele-king

 その日は土砂降りと霧雨が交互に顔を出すような荒天とともにやってきた。昨年9月にworld's end girlfriend 7年ぶりのフル・アルバムとしてついに開花した大作『Resistance & The Blessing』の特別なリリース・ライヴ、題して「抵抗と祝福の夜」。人によってはいささか仰々しすぎるフレーズのように受け取ったかもしれないけれど、タイトル自体は8年前の『LAST WALTZ』期においてもWEGが一貫して掲げてきたイシューそのものであり、ごくシンプルで実直なメッセージだと自分は受け止めている。「抵抗と祝福の夜」は、WEG・前田氏が「音楽という巨大な喜びの中で、それがそのまま支援や寄付に繋がっていく形を作れないか?」という想いから、クラウドファンディングを活用したチケット販売がおこなわれていたことも特徴的だった。チケット売上の10%、ライヴ音源データ売上の80%、ライヴ映像データ売上の 80%、グッズ売上の40%をパレスチナ・ガザ地区へと寄付するプロジェクトとしても動いていた。その結果、756人の支援者を集め大成功という形でこの日を実現した。音楽表現という個人的な欲望からスタートするクリエイションを外側へとひたすら押し進め、一切の妥協なく「抵抗と祝福」を体現したという意味でもエポックな一夜だったと言えるだろう。

 本編SEが流れはじめたタイミングでなんとか会場にたどり着き、用意された2階席の後方からステージを見守る形で着座した。思えばこうして座ってライヴを鑑賞すること自体が久々の体験だ。自分が週末のほとんどを過ごす場所である小箱のそれとはなにもかもが違う音楽体験。ただ、体験におけるUI/UXの差異は大した問題ではなく、とにかく「どんな音が鳴らされるのか?」という点にまず期待と不安があった。全席指定の着座制でも1000人弱のキャパシティを誇る当会場は、果たして「鳴ってくれる」のだろうか? と。 とにかく、自分は基本的に野外でもないかぎりは大きすぎる規模の会場になにかを期待することはほとんどない。たとえば直近ならAdoのワンマン・ライヴの音響への文句は旧Twitterのフィードで嫌というほど目にしたし、一般的に大箱とされる1000人規模のヴェニューで「良い」以上のなにかを出音に感じる機会もほぼない。基本的に、いままで強く感銘を受けた音楽体験も、また単純に出音のサウンド・デザインへの感動も、そのほとんどは過剰にコンプレッサーの効いた、荒々しい、ボロボロの小さなクラブやライヴハウスで受けたものだったので、上質すぎる空間にはどうしても身構えてしまう育ちの悪さがある。

 けれど、そんな小箱のカビくささがまとわりついた懸念はただの杞憂でしかなかった。自分のなかの数少ないEX THEATERでの観覧体験(さいごにここを訪れたのはたしかムーンライダーズのワンマン)や、ここ数年浴びたあらゆる音響のなかでも突出した迫力と解像度を誇る音楽体験となった。ただのクリアで均整の取れたグッド・サウンドというわけでもなく、バンドセットとは思えない極低域の厚みと広がり方、痛覚化する寸前の高域の鋭利さと解像度の高さ、迫力と精緻さのバランス、どれをとっても極上だったと断言できる。聴覚的健康を一切顧みないアンダーグラウンドなクラブのそれに迫る荒々しさと、劇場的な空間だからこそ成立しうる上質さの矛盾した同居。WEGの集大成的な作品である『Resistance & The Blessing』のエッジーなサウンド・デザインの魅力を極限まで引き出すべく、薄氷を踏むように快と不快のスレスレを攻めた音響オペレーションを担った方々への賛辞をまずは記しておきたい。本当に素晴らしい仕事でした。

 ……という話ばかりをしていると、「で、ライヴの模様は? 曲目は?」と不特定多数にせっつかれるような被害妄想に駆られてしまうので、ここからは本編として内容の話を。
 オープニングSEを読み上げていた声に聴き覚えがあったけれど、後日それはWEGのポータルでもあるレーベル〈Virgin Babylon Records〉へ2年弱前に加わった窓辺リカというボーカロイド・IDMアーティストによるものだとわかった。誕生と輪廻について描いた作品のリリース・ライヴをはじめるにあたって、まずは生命体ではない導き手が必要だった、ということだろうか? 続けてアルバム冒頭を飾る2曲がプレイされ、その後に重要なリード・トラックのひとつである “IN THE NAME OF LOVE” が轟音のギターとともにスタート。ポスト・ロックや実験音楽といった枠組みを飛び越え、バンドセットならではの表現を突き詰めた結果、WEGの演奏がほとんどプログレッシヴ・ロックやシンフォニック・メタルの領域に入っていることに正直なところ面食らった。自分がWEGについて抱いていた印象はどちらかといえばポスト・ロック以降の電子音楽(の変異体)というものだったが、マニピュレーターだけでなくツイン・ギターにドラム、ヴァイオリン、チェロまでが入ったフルパワーでのライヴとなると、WEGの根底に横たわるゴシックな美学の濃度が高まるのだろうか。自分のふだんの趣向とメタルに類する音楽にはかなりの乖離があるため、その世界へ全編にわたって没入することは難しかったけれど、それでもそのスケール感には圧倒された。畑違いの音楽に頭から殴られるような体験も久々だ。

 前半の個人的なハイライトは、“歓喜の歌” をサンプリングした “Odd Joy” と “Black Box Fatal Fate Part.1+ Part.2 (feat. CRZKNY)” が立て続けにプレイされたことだった。アルバムのなかではよりエレクトロニクスに近接したこれらの楽曲たちがバンドのアンサンブルで再強化されていくさまは、今日この日しか味わえないものだっただろう。中盤以降には samayuzame 朗読によるポエトリー・トラックに、『LAST WALTZ』(2016)『The Lie Lay Land』(2005)『Starry Starry Night Soundtrack』(2012)などWEGの過去作からピックアップされた楽曲が織り交ぜられ、最新作のインタールードが異なる姿に再構成されていく様子も『Resistance & The Blessing』が掲げた「輪廻転生」というモチーフを想起させた。単なるファン・サービスとは一線を画す、本回のための特別な作劇としてかつての楽曲に光を当てる、という姿勢ひとつとっても、WEGの妥協なく万全を期して臨んでいるエネルギーが伝わってくる。

 後半部ではアルバムの持つポエジーと(手塚治虫『火の鳥』などを引き合いに出しても申し分ないほどの)遠大なスケール感がより強調されていき、しかしながら Smany、湯川潮音といったゲスト・ヴォーカルの歌も添えられることでディープに偏りすぎず、ポップにもならず、それでいて折衷的でもなくひたすらにWEGとしての美学に向かって突き抜けていくようなエッジーなアクトが続いていった。神聖さを帯びた “himitsu (feat. Smany)” からビープ音やクリック・ノイズで構成されたエクスペリメンタル・エレクトロニカ “Cosmic Fragments - Moon River”、ポエトリー・リーディング “Mobius” と続き、クライマックスにはWEGなりのアンセム・ラッシュが続いていく。アンセムというものは味の濃い食事のようなもので、ただ単に並べればいいものでは決してなく、無用な乱発は当然ながら熱気を削ぐ逆効果をもたらしてしまうものだが、その前提を背負ってなお “君をのせて” や “ナウシカ・レクイエム” のカヴァーを演奏したのち、“アヴェ・マリア” のアレンジを披露するようなライヴを、いったいだれが衒いなくできるだろうか。自分もこの一連の流れに面食らわなかったわけではないけれど、これまでの流れをたどると納得せざるを得なかった。アンセムを成立させるために必要なのは、とにかく妥当性ではなく正当性、偶然ではなく必然であること。正当/必然かどうかの答えは本人の頭のなかにしか存在しないので、その想いの容れ物として表現という営みが存在する。過去・現在・未来を並列化し再構成してみせたアルバムの世界を拡張する攻めの演出として受け止めた。

 終盤、WEGが轟音とともにシューゲイズ・モディファイを施した “Ave Maria” のフィードバック・ノイズを引き継いで披露されたのは “Two Alone” “unEpilogue JUBILEE” の2曲。アルバムの構成をなぞる形で着地していくのかな、と思った矢先に披露されたのは2010年作『Seven Idiots』から “Les enfants du paradis”。これには長年WEGの美学に触れてきている人ほど心を震わされたことだろう。そしてラストを飾ったのは、序盤披露された “IN THE NAME OF LOVE” と並ぶ重要な楽曲 “MEGURI” であった(本人解説曰く、この2曲こそがアルバムのコンセプトの根幹を成す「転生し続ける2つの魂」そのものとのこと)。極度の緊張感のもと進んだ2時間半以上にわたるライヴの最終局面で演奏にリテイクが初めて発生したのもラストのこのタイミング。シリアスなライヴ中のやり直しを、演出上の緩みと捉えるか魅力と捉えるかは人それぞれの話でしかないけれど、少なくとも自分は精緻なモノに発生するわずかな歪みに美を感じる人間なので、それも含め満足できた。いかに人間離れしたアクトを披露していたとて、だれもがただの人なのだということを思い出す安心感とともに。人間というのは常に間違い続ける存在でもあって、それゆえ世の中にはひどい歪みがたえず生まれ続けていて、ならいっそそんなもの喪失してしまえば……という危険な考えが頭をよぎることもなくはないけれど(もちろん、あくまでも「中二病」の時分の話)、そんなディストピアで観るライヴはおそらくライヴ足りえないし。間違いが起こることを否定しつつも、間違いを受容して前を向くこと。それもまた「抵抗と祝福」か。

 そんな形で、音楽ジャンルという切り口で観ると全編に対する没入感は得られずとも、趣味趣向を上回る圧倒的なクオリティで「抵抗と祝福の夜」は幕を閉じた。終演後、出口で会場に飾られた薔薇の花束の一輪が配られていたことも、また明日から生きていきましょうね、という小さな祝福のようで。これは取るに足らない私事にすぎないけど、その日は自分の誕生日で、ちょうど30歳を迎えたばかり。偶然にしては嬉しすぎるサプライズ・ノベルティだった。花は散り、枯れて、朽ちてもその鮮やかさの記憶は残り続ける。それ自体に意味はなくても普遍的な美を一瞬咲かせて、だれかの胸中に咲き続ける。ライヴという営みは、たとえそれが自己完結的な表現であったとしても、外に開かれている時点でだれかにとっての一輪となる。自身や世界のままならなさにつねに抵抗し続け、それと同時に自分と他者を祝福し続けること。そのサイクルを繰り返し続けていつか旅立つことができれば、次の道もあるかもしれない。ないだろうけど、なくてもそう生きたい。

 日本におけるブルース研究の第一人者にて、我らが拠点〈P-VINE〉の創業者である日暮泰文氏が、去る5月30日に75歳にて永眠した。
 氏は、大学在学中の1968年にブルース&ソウル・ミュージック愛好会を鈴木啓志氏らと設立、1969年から『ニュー・ミュージック・マガジン』に寄稿、ブルースおよびブラック・ミュージックついての原稿を多数発表した。氏は、中村とうよう氏らと並んで、日本においてブルースを研究し、論じてきた第一人者だった。
 幸いなことに、ele-king booksからは、美文家だった氏の、なかば詩的なブルース・エッセイ集『ブルース百歌一望』をはじめ、70年代に氏が立ち上げ編集長を務めていた雑誌『ザ・ブルース』時代からのパートナーである、高地明氏との共同監修のもと、日本においてブルースがどのように輸入され、どのように紹介/語られてきたのかをまとめた大作『ニッポン人のブルース受容史』、そして氏が愛してやまなかったB.B.キングに関する翻訳本『キング・オブ・ザ・ブルース登場-B.B.キング』を刊行させていただけた。また、おそらくは、氏がもっとも深く研究したであろうロバート・ジョンソンに関しては、『RL-ロバート・ジョンスンを読む アメリカ南部が生んだブルース超人』というすばらしい力作がある。
 謹んで、ご冥福をお祈りいたします。

Brian Eno, Holger Czukay & J. Peter Schwalm - ele-king

 ドナルド・トランプとの指名争いからいち早く降りたフロリダ州知事ロン・デサンティスはこの5月、州法から「気候変動」の文字をあらかた消し去った。この改定によってフロリダ州の企業は6月1日から二酸化炭素出し放題、風力発電は禁止、公用車も低燃費ではなくなるらしい。最高気温45度も5000億円の被害をもたらした暴風雨も20センチの海面上昇も左派の陰謀で、デサンティスはフロリダ州を左派や環境活動家から守ったと勝ち誇っている。トランプが再び大統領になれば同じことがアメリカ全土に広がっていくのだろうか。アメリカの消費社会は減速しない。前進あるのみ。『Climate Change(気候変動)』というタイトルを9年も前に付けていた以外、とくに評価できるポイントがなかったNYのハウス・ユニット、ビート・ディテクティブが4年ぐらい前からニューク・ウォッチというサイド・プロジェクトを始め、これがなかなか良かったので、前作から3ヶ月というハイペースでリリースされた新作のレヴューを書こうと準備を始めていたら編集部からイーノ、シューカイ&シュヴァルムの発掘音源について書いてくれというオファーが届いた。はいよと安請け合いしてすぐに聴いてみると、ニューク・ウォッチと同じ方向を向いていて、しかも36年も前の録音なのにぜんぜん完成度が高く、聴き込むほどに引き込まれるのでニューク・ウォッチには退場してもらうことに。ニューク・ウォッチ(核監視)というプロジェクト名は10年後に重みを増しているのかなと思いつつ。

『Sushi, Roti, Reibekuchen(寿司、パン、ポテト・パンケーキ)』と炭水化物の料理が並べられたライヴ音源(料理のイベントで演奏されたものだという)は3人の個性がぶつかり合っているのはいうまでもないことだけれど、シュヴァルムが用意したとされるサウンドの基調はどう聞いてもホルガー・シューカイの過去に規範を求めていて、大半はシューカイが長年にわたって試みてきた即興セッションをベースに、得意のラジオ・ノイズを間断なく挟むなど方法論的には80年代初頭の『On the Way to the Peak of Normal』やS.Y.P.H.のパフォーマンスを強く想起させる。セッションが行われた98年当時、シューカイはそれほど調子が良かったわけではなく、むしろ彼のキャリアのなかでは最悪ともいえるドクター・ウォーカーとのコラボレイト・アルバム『Clash』(97)をリリースした直後で、アンビエント志向の高まりと歩を揃えた『Moving Pictures』(93)以降、もうひとつ方向性を見出せなくなっていた時期にあたっている。テクノとの接点がドクター・ウォーカーだったということがすべてを物語っていて、シューカイほどの才能がなぜテクノの中心にいたマイク・インクやベーシック・チャンネルではなく、それらのフォロワーでしかないドクター・ウォーカーだったのか。テクノを聞き分ける能力がなかったか、テクノと呼ばれていればなんでもいいと思ってコラボレートしたとしか考えられない安易さである。実際、『Clash』以後、シューカイが積極的にテクノと関わっていく姿勢を見せることはなく、彼にとっては発展性のないプロジェクトで終わっている。完全に自分を見失っていた時期だったのだろう。

 ブライアン・イーノの90年代も同じようなもので、クラブ・カルチャーの狂騒や猥雑さに馴染まず、意図の伝わりにくい作品が続き、作品数も激減した時期である。よほどのファンならば理解を示しただろうけれど、リミックス・ワークもハズレが多く、新たなファンを獲得できる動きとはとても言えなかった(『The Shutov Assembly』がリリースされた当時、あまり面白くないという評を書いたら石野卓球に怒られてしまった)。イーノ自身が失敗だったと認めているリミックス・ワークにカン〝Pnoom (Moon Up Mix)〟がある。『Sushi, Roti, Reibekuchen』が行われる前年にリリースされたカンのリミックス・アルバム『Sacrilege(冒涜)』の冒頭に収録されたもので、失敗という以前に短くてすぐ終わっちゃうのでもうちょっと聴きたかったと思うリミックスである(これがきっかけで『Sushi, Roti, Reibekuchen』の共演が実現したのかもしれない)。さらにいえば『Sushi, Roti, Reibekuchen』の前夜にはイーノは思い切ってモート・ガーソンやレイモンド・スコットを思わせるスペース・エイジへと回帰し、エイフェックス・ツインやアトム・ハートらによるラウンジ・ミュージック・リヴァイヴァルにどこか文句を言いたげな『The Drop』をリリースする。しかし、これも大きなプロップスを得ることはなく、それどころかニック・パスカルやジム・ファセットに寄せたジャケット・デザインの意図も伝わらずに、ダサいと思われただけで、どちらかというとヤン富田の方が同時期にもっとうまく同じことをやっていたという印象が強い。シューカイほどひどくはないものの、『The Drop』もイーノが道を見失っていたことを記録した作品の一種ではあるだろう。

 そして、90年代と反りが合わなかった2人の前に現れたのがJ・ペーター・シュヴァルムだった。スロップ・ショップ名義でシュヴァルムが98年にリリースした『Makrodelia』はトリップ・ホップの最後尾につけたとされるデビュー作で、同じドイツ圏ではクルーダー&ドーフマイスターからドラッグ要素を差し引き、あっけらかんとさせたような作風がメインだった。はっきりいって『Makrodelia』は表層的で、ミュンヘンにはごろごろあるようなサウンドだし(実際にはシュヴァルムはフランクフルトが拠点)、イーノが関心を持つようなサウンドとは思えなかった。イーノが必要としたのは、しかし、ダブを思わせるドラミングや音の組み立て方、あるいはドラッグによる酩酊感とは別の価値観に支えられた “何か” だったのだろう。何度も書いてきたようにイーノは日常から離れることを良しとせず、90年代と肌があわなかったのもそのことに起因しているはずで、『Makrodelia』にはそのような条件を満たすものがあったに違いない。少なくとも『Makrodelia』の2曲目に収録された “Gone” には『Sushi, Roti, Reibekuchen』の基礎となるサウンドが聞き取れ、ここがセッションの起点となったことはなんとなく想像できる(『Makrodelia』ではなぜか “Gone” だけが飛び抜けている)。イーノもシューカイも袋小路にいて、明らかに未熟だったシュヴァルムがこの淀みに “何か” を加えたことで一気に全員のレヴェルが跳ね上がるというマジックが起きたのである。スポ根マンガでいえば起死回生の一打が放たれた。そんな感じがしてしまう。

 とはいえ、『Sushi, Roti, Reibekuchen』はオープニングの “Sushi” がまずはジ・オーブやスクエアプッシャーを想起させるところがある。回り道をしてようやくイーノがクラブ・カルチャーの成果と足並みを揃えたというか。これではイーノがアシッド・ハウスやチル・アウトに距離を置いてきた意味がない。曲の完成度は高いけれど、イーノにしてはヴィジョンに乏しく、クラブ・ミュージックに精通しているリスナーにはもうひとつ説得力がない。後半に入ってドラミングが後退するとアップデートされたカンみたいになり、続く “Roti” とともにそこからはなにも文句がなくなる。抑えたリズムで延々と聞かせるかと思えば、様々なSEを駆使して緊張感を高め、パンなど食べてる場合ではなくなっていく。後半から入ってくるドラムもクラブ・カルチャーのそれではなく、ジョン・ハッセルとの『Possible Musics』を彷彿とさせるものに変化している。炭水化物から離れて “Wasser(水)” と題された曲では緊張感を少しといて、穏やかな曲調になだれ込んでいく。おそらくイーノ主導なのだろう、ハウリングを起こしているようなドローンを軸に液体のなかを漂う感触はシューカイが持ち込んでいるのだろうか。背景に退きながら緊張感を残したドラムに “Gone” と同じようなリヴァーブをかけて効果を膨らませているのもおそらくイーノで、これを聞いているとサウンド全体のコントロールはイーノがイニシアティヴをとっていることを確信してしまう。 “Reibekuchen” もまたモロにカンを思わせるものがあり、この頃になると3人の持ち味が完全に融合した状態といえるのだろう。カンのようにパッションが迸らないところが時代の違いというか、それこそ部分的にはP.I.L.『Metal Box』やコールド・ファンク版のジ・オーブといった感じにも聞こえる。最後に “Wein(ワイン)” と題されたサウンド・コラージュ+ダブ。冒頭でイニシアティヴを取っているのはおそらくシューカイで、シューカイはどん底にいながら、この時期は10年をかけて『Good Morning Story』(99)を完成させていた時期でもあり、同作を製作している過程でカンの方法論から離れ、カン以前に取り組んでいたミュジーク・コンクレートに傾倒し始めた意識がこの曲にも見事に刻印されている。同じ時期にウィーンではフェネスがバイオアダプターという概念を音で置き換えるという作業を通してミュジーク・コンクレートを刷新し、ジム・オルーク&ピーター・レーバーグと組んだユニットによってドイツ全体を同じ道に引きずり込み、クリック・ハウスというモーメントとも同期しながらエレクトロニカというタームが幕をあけていた。シューカイがイーノに刺激を受けたかどうかはわからないけれど、00年には『La Luna』で自動生成による不穏で強迫的なドローンを構築し、フェネスたちとあまり変わらない地平にいたことは特筆すべきことである。

 イーノとシュヴァルムはこの後もタッグを組み続け、『Music For 陰陽師』(00)に『Drawn From Life』(01)と立て続けに作品を完成させていく。前者で幽霊じみたサウンドトラックを奏でたことはともかく、後者では『Sushi, Roti, Reibekuchen』を滑らかにしたテクスチャーが織り成され、かつてなくコード展開も華やかで、さらにはヘヴィなストリングスまで被せられていく。シュヴァルムはそれから12年後にワグナーを題材とした『Wagner Transformed』をリリースし(『アンビエント・ディフィニティヴ 増補改訂版』P200参照)、イーノは同作で “Tristan & Isolde(トリスタンとイゾルデ)” を演奏することになる。『別冊エレキング イーノ入門』で高橋智子が指摘するように、後期の代表作といえる『The Ship』(16)を製作するまでロマン主義に手を染めることがなかったイーノが、その禁を破った最初が『Wagner Transformed』であり、その予兆をなす作品が『Drawn From Life』なのである。同作はイーノのキャリアのなかでもかなり特異な作品で、ちょっと聴くとアンビエント作品の延長みたいだけれど、全体的には前半の活動からは想像できない要素に満ち溢れている。先に僕はイーノがシュヴァルムのサウンドに「ドラッグによる酩酊感とは別の価値観に支えられた “何か” 」に反応したという書き方をした。その “何か” とはロマン主義に通じるものではなかったのか。イーノが『Makrodelia』に見出したものはそれほどのものではなかったかと思う。シュヴァルムとの出会いからは『Sushi, Roti, Reibekuchen』~『Drawn From Life』~『Wagner Transformed』~『The Ship』という力強い系譜が導かれたのではないかと。

 素晴らしいパフォーマンスを展開しながら『Sushi, Roti, Reibekuchen』がこの当時、リリースされなかったのはなぜなのか。無意識のレヴェルで起きたことなのかもしれないけれど、ひとつにはイーノもシューカイもあまりうまくいっていない時期だったためにリハビリ以上の意味をセッションの効果として見出せず、自信を持って世に問う気になれなかったのではないかという推測が最初は浮かぶ。あるいはフィッシュ(Phish)やレイディオヘッドが全盛だった時期にはノスタルジックな響きが強く、その点でも気後れが生じたのかもしれない。うがっていえばゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラーもすでに胎動を始めていた時期なので、同じ即興でも強度に差があり過ぎて『Sushi, Roti, Reibekuchen』をリリースしても霞んでしまったことは想像に難くない。翻って現在はどうだろう。マクシミリアン・ダンバーことアンドリュー・フィールド~ピカリングが彼の運営する〈Future Times〉をハウスのレーベルから脱却させ、様々な実験的試みにトライするなかでプッシュしていたプロテクト-Uがその後にセッション専門の〈U-Udios〉を設立し、ここから生み出されるテープ群がカンのそれに近く、なかでも『別冊エレキング カン大全』で取り上げたオン・ザ・イフネス『U - Udios 4』(20)は新たな流れの始まりではなかったかと僕は思っている。細かく取り上げていけばきりがないけれど、これに冒頭で言及したニューク・ウォッチによる快進撃や、現在、フランスのカンと呼ばれているソシエテ・エトランゼが22年にリリースした『Chance』など即興で行われるセッションがひとつの流れとなってポスト・ロックの後にひと盛り上がりすれば『Sushi, Roti, Reibekuchen』は力強い導線のひとつとなることは間違いない。かつて荒木経惟は「いつ撮ったかではなく、いつ出すか」だと話していた。『Sushi, Roti, Reibekuchen』のリリースもまるでベスト・タイミングを図っていたかのようではないか。

interview with Tourist (William Phillips) - ele-king

 朝目が覚めたとき、妙なフィーリングにとらわれることがある。つい数秒前まで大冒険を繰り広げていたはずだった。アラームが鳴り響いた瞬間はまだ半分くらいそっちの世界にいる。どうやら刻限らしい。かならず戻ってくる。おまえらとの友情は永遠だ。この体験は生涯忘れない──そう固く決意しログアウトした瞬間、さっきまでなにをしていたのか、あっという間に記憶が薄れていく。見知った天井。絶対に忘れてはならないたいせつな出来事が起こったはずだけれど、電車に遅延はつきものだ。一刻も早く歯を磨かなければならない。ようこそリアル。ここがきみの居場所だ。

 その感覚がこのアルバムそのものなんだ──そうウィリアム・フィリップスは述べる。旅行者=ツーリストを名乗り、2010年代後半から4枚のアルバムを発表、2015年にはグラミー賞まで手にしているエレクトロニック・プロデューサーの5枚目のアルバムは『記憶の朝』と題されている。MJコールにフックアップされたという彼は、ハウス~UKガラージ、ブレイクビーツ~ジャングルといった、けして生やさしいとはいえない現実のなかで発明されてきたリズムを駆使し、やさしげな旋律と蠱惑的なヴォーカル・サンプル、きらきら輝く電子の断片をもってどこまでも夢幻的な空間を演出する。この桃源郷はタイコパンサ・デュ・プリンスらのエレクトロニカと通じるものだ。あるいはその淡くはかなげなポップネスに着目するなら、ナッシュヴィルのシンガー・ソングライター、コナー・ヤングブラッドあたりと並べて聴いてみるのも一興かもしれない(スタイルはまったく異なるけれど)。どこまでも広がる、ただただ美しい世界──わかってる。これは現実じゃない。だからこそ、いい。「ぼくにとって音楽というのはエスケープする場所なんだ」。フィリップスは音楽がもつ最高の効用のひとつ、エスケイピズムを称揚する。
 個人的なオススメは最後に配置された表題曲 “Memory Morning” だ。30周年を迎えたエイフェックス・ツインの名作『SAW2』(の数曲)を想起させるメロディに導かれ、ヒップホップのビートと、鳥のさえずりのごとくチョップされた音声が一日のはじまりを告げる──夢とうつつの転換、あのえもいわれぬ短い時間を表現しているのだろう、なんともさわやかなダウンテンポである。
 というわけで、このうるわしいアルバムを完成させた当人に、まだ日本ではあまり知られていない自身の背景について語ってもらった。

MJコールに大きな影響を受けたよ。初めてのチャンスをくれたのも彼でね。ぼくが17歳くらいのころに曲をリリースさせてくれたんだ。ぼくの絶対的師匠みたいなひとだね。

最初のシングルのリリースが2012年かと思いますが、音楽制作をはじめたのはいつ頃からですか?

Tourist(以下T):音楽制作? うわぁ……ぼくは1987年生まれ、つまりいま37歳ということになるんだけど、曲を作りはじめたのはたぶん10歳か11歳の頃じゃないかな。

通訳:早かったんですね。

T:そう、大昔だよ。3歳か4歳くらいの頃にピアノを弾くようになったんだ。レッスンを受けたわけじゃないけど、家にピアノがあったからね。なにせ3歳だし、押すと音が出るからすごく興味を持ったんだ。ワクワクしたよ。37歳のいまになっても、どこか押して音が出るとやっぱりワクワクする(笑)。
 ぼくにとって音楽というのはエンドレスで興味を惹かれるものなんだ。どんなタイプのものでもね。自分で書く曲のタイプも成長するにつれて変わっていった。10代のころ書いていたのと、20代のころ書いていたのと、30代になってから書いていた曲はちがうんだ。
 EP「Tourist」はそんななかで、これから長い間やっていくだろうと思ったタイプの音楽に、初めてコミットした作品だった。自分にとって初めてのちゃんとしたアーティスティックなペルソナだったんだ。それが……いまから12年前か。25歳だから、ひとによっては遅いとみる向きもあるかもしれないね。20代前半もけっこう曲を書いていたけど、あまり成功したわけじゃなかった。20代半ばくらいになってやっと手応えを感じてきたという感じだね。
 曲をコンピュータでつくりはじめたのはたぶん10歳くらいのころだと思う。

通訳:ツーリストを名乗りはじめたころに手応えを感じはじめたんですね。

T:そう、「Tourist」という名前だったらやりたいことがなんでもできると思ったんだ。あまり束縛感がなかったし、ダウンテンポでもハウス・ミュージックでも、UKガラージだっていい。この名前なら好きにやれると思ったんだ。そういう認識だけでもすごく助けになる。自由に音楽を感じて、自分に「好きにやっていいよ」と言えるからね。「Tourist」はぼくにとってそういうものなんだ。

通訳:ツーリストのように、どんなタイプの音楽を旅してもよいということですね。

T:(コップからなにか飲みながらにっこりうなずく)

音楽はぼくにとって現実逃避の手段だったんだ。自分の望む、大好きなカルチャーへの逃避。つまり90年代のロンドンだね。ジャングル、ドラムンベース、UKガラージ……ロンドンを思い出させてくれる音楽が大好きだったんだ。

幼いころはどういった音楽を聴いて育ってきたのでしょう? あなたにもっとも大きな影響を与えたアーティストはだれですか?

T:子どものころはドラムンベースやUKガラージをたくさん聴いていたんだ。LTJブケムが大好きだったね。それからロニ・サイズ、エイフェックス・ツイン、ケミカル・ブラザーズも大好きだった。少年時代はアヴァランチーズも大好きだった。ロイクソップも大好きだったし……メロディックで夢見心地な感じの音楽にインスピレイションを得ていたんだ。UKガラージではMJコールに大きな影響を受けたよ。人生にもほんとうにたいせつな影響をくれたひとなんだ。初めてのチャンスをくれたのも彼でね。ぼくが17歳くらいのころに曲をリリースさせてくれたんだ。

通訳:そうだったんですね!憧れの人があなたを「発見」してくれたんですね。

T:そうなんだよ。彼にはたくさんの恩がある。ぼくの絶対的師匠みたいなひとだね。彼には大いにリスペクトを感じているよ。ぼくの人生のなかでものすごく重要な人物なんだ。ケミカル・ブラザーズ、MJコール、LTJブケム……それから子どものころはジャズも大好きだったよ。あと80年代のシンセ・ポップ。トーキング・ヘッズ、ジョイ・ディヴィジョンニュー・オーダー。あの辺がぜんぶ大好きだった。20代のころにはフォーク・ミュージックを「ちゃんと」聴くようになった。10代のころはあまりクールに感じなかったんだけどさ(笑)。でも成長するにつれていろいろ学んで、耳を傾けるようになったんだ。……そんな感じで、ほんとうにたくさんの音楽を聴いてきたよ。

あなたはロンドン生まれのコーンウォール育ちだそうですが、コーンウォールの土地柄や風土は、あなたの音楽性に影響を与えていると思いますか?

T:ぼくは引っ越した当時の感覚をずっと憶えているんだ。ロンドンは魔法、ロンドンはカルチャー、ロンドンはあらゆるひとの場所だと思っていた。ところがぼくがまだ幼いころに両親が離婚して、コーンウォールに引っ越したんだ。まあ、よくある話だよ。
 コーンウォールのカルチャーはぜんぜんちがった。いい悪いじゃなくて「ちがった」。ぼくには馴染みがないものだった。思うに、コーンウォールで暮らしていたからこそ、ロンドンを思い出させる音楽をつくっていたんじゃないかな。ぼくのアイデンティティの大きな部分を占めていたからね。
 17歳くらいになって初めて、エイフェックス・ツインもコーンウォール出身だって知ったんだ。じっさいコーンウォールからはすばらしいアーティストがいろいろ出ているんだけど、ぼくにとって音楽をつくるのは、ある意味「コーンウォールにいない気分になる」ための手段だったのかもしれない(笑)。というのも、正直言ってコーンウォールに暮らしていたころはあまりいい思い出がないんだよね。だから音楽はぼくにとって現実逃避の手段だったんだ。自分の望む、大好きなカルチャーへの逃避。つまり90年代のロンドンだね。ジャングル、ドラムンベース、UKガラージ……ロンドンを思い出させてくれる音楽が大好きだったんだ。コーンウォール自体はすばらしいところで好きだけど、ロンドンは生まれたところだし、「どこ出身?」と訊かれたらロンドン出身と答えるよ(笑)。
 でもコーンウォールは海に近くていいところで、子ども時代はそこが好きだった。サーフィンもスケートボードもしたし、当時からの親友たちもいる。ただ、コーンウォールでぼくくらいの歳の子が音楽をつくるのはヘンというか珍しいことだった。

通訳:コーンウォールはあなたに逆説的な影響を与えた感じなのでしょうか。

T:そのとおり! 100%そうだね。自分がロンドンで恋しかったものを思い出させてくれたんだ。

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人間の声に手を入れた状態の音が大好きだし、それを逆回転させたときの響きも大好きなんだ。この世のものとは思えない崇高さが生まれるし、聴いたひと次第でそのひとだけのことばに聞こえてくる。そうすると言語の壁を超えるんだ。

ツーリストになる前もなってからもさまざまな作品を出してきましたが、これまでのアルバムないしシングルで、あなたにとっていちばんの転機となった作品はなんですか?

T:ふむ。いい質問だね……。ターニング・ポイントか~。……セカンド・アルバム(『Everyday』、2019)をつくり終えたときだったかな、人生には時間があまりないことに気づいたんだ。ファースト(『U』、2016)のときは時間があり余るほどあったから、自分がつくりたいまさに理想の音をつくることができた。でもファーストをつくり終えていざセカンドをつくるとなると……(ため息をつく真似)さて、これからどうする? と思うんだよね。
 ぼくのファースト・アルバムはそんなにビッグにはならなかった。大した成果はもたらさなかったけど、名は知られるようになった。その後セカンドをつくることになって、「そうか、何枚だって、好きなだけアルバムをつくればいいんだな」と気づいたんだ。すごく自由になれた気がしたよ。ファーストにたいしては出るまで後生大事にしているけど、いったん出ると拍子抜けしてしまうものだからね。グラミー賞を獲るとか、すごい会場でプレイするとか、そういうのがないかぎり。でもそのファーストがあまり目立たなくて、ぼくのことを知っているひとたちだけに届いたことによって、今度は自分の実力を証明しないと、と思ったんだ。ファーストをつくり終わってセカンドの曲を書きはじめて、何度でも繰り返して自分の実力を証明しよう、と思った。それにはただアルバム1枚分書くだけじゃだめ。もっともっとたくさんの労力を要するものなんだ。ぼくの好きなミュージシャンは全員……そう、全員が、何枚もアルバムを出している。それで気づいたんだ。このアルバムでやれなかったことは、次のアルバムでやればいいじゃないかってね。そう気づいてほっとしたよ。ものすごく自由な気持ちになれた。ただ1枚分だけじゃない。10枚分書くんだ。20枚分だって書ける。

通訳:1枚で終わりじゃなくて、その後も続くと。

T:ある意味1枚でおしまいだと思ったけどね。幼かったと思うよ。いまは「いや、何枚もつくればいいじゃないか」と思えるようになったんだ。ミュージシャンとして成長していくなかで、ほんとうにいろんなことを学ぶからね。

通訳:ということは『U』と『Everyday』の間がターニング・ポイント期という感じなのでしょうか。

T:そうだね。『U』でやったことをたんに繰り返すわけにはいかないと気づいたんだ。ほかのことをやらないと。ときの流れに適応しつつも、自分に誠実なものをつくることがたいせつなんだ。そうすると自分のスタイルはなんなのかということを考える。自分のスタイルはなんなのか。それをキープしながら変化させて、興味深いものにするにはどうしたらいいのか。あれはぼくにとって大きなターニング・ポイントだったね。
 ぼくのアルバムのなかで『Everyday』が好きだって言ってくれるひとは多いんだ。家でヘッドフォンで聴くのに向いていて、内向的だからね。一方ファーストの『U』はものすごく外に向いたアルバムだった。あの辺りがターニング・ポイントだった気がするね。というのも、『Everyday』を出してすぐ後……わずか8ヶ月後にぼくは(サード・アルバムの)『Wild』(2019)を出したんだ。それほどインスピレイションを得たということだね。次々にアルバムをつくっていけばいい、という考えに強くインスパイアされたんだ。すごく自由な気分になれたから、『Everyday』を出した後すぐに気持ちを切り替えることができた。

先ほどグラミー賞の話がちらっと出ましたが、あなたはツーリスト名義のファーストを出す前にグラミー賞を獲っています。あなたが作曲に参加したサム・スミスの “Stay With Me”(2015)は現在20億もの再生数を誇り、当時グラミーも受賞しました。その成功はあなたになにをもたらしましたか?

T:ものすごく正直に言わせてもらうと、ぼくがやりたい音楽をやる力を与えてくれたと思うね。ある意味すごく安定したし……それってミュージシャンにとってはプライスレスなことなんだ。住宅ローンを払うために毎週末DJしに行く心配をあまりしなくていいというのはね。
 ものすごく正直に言わせてもらうと、あの成功はぼくに自由を与えてくれた。そしてその自由をぼくは自分自身のプロジェクトに投資した。レコード会社が「こっち方面に力を入れようと思う。あなたには○枚アルバムをつくってもらいます」と言わないような、リスクをとりたがらないような分野にね。メジャー・レーベルのどこかを指して言っているわけじゃないけど、自由を得たことによって、ツーリストとはほんとうはなんなのかということに本格的にフォーカスすることができるようになったんだ。それが “Stay With Me” のくれた恩恵だね。“Stay With Me” がなかったらツーリストはいなかったと思う。“Stay With Me” はいまじゃクラシック・ソング(往年の名曲)化しているよね。すばらしいことだと思う。サムにもいろんなすてきなことをもたらしてくれて、彼のことを思うとハッピーだよ。ほんとうにすばらしいことになった。
 ぼくは曲を書くのが大好きで、いまもいろんなひとに曲を書いているけど、“Stay With Me” を超えるのは難しいね(笑)。でも、ぼくに自由を与えてくれた曲なんだ。

冥丁はほんとうに大好きだよ。彼はほんとにすばらしい。日本にはすばらしいプロデューサーが何人もいるよね。フードマン(食品まつり)もそのひとりだ。

あなたの音楽の大きな特徴のひとつにヴォーカル・サンプルがあります。ヴォーカル・サンプルに惹かれるのはなぜですか?

T:それは……ぼくが基本的に人間の声が大好きだからなんだ。人間の声に手を入れた状態の音が大好きだし、それを逆回転させたときの響きも大好きなんだ。この世のものとは思えない崇高さが生まれるし、聴いたひと次第でそのひとだけのことばに聞こえてくる。そうすると言語の壁を超えるんだ。

通訳:たしかに!

T:興味深いよ。もしぼくがフランス語だけを使って曲をつくっていたら、フランス語圏のひとにしかアピールしなかったかもしれない。ぼくは人間の声をピアノとして扱って操作するのが好きなんだ。ぼくにとって人間の声というのは、それが合唱であろうと、歌であろうと、だれかが話している声であろうと、大好きなサウンドということには変わりない。というか、たいていのひとが好きなサウンドじゃないかな? そうじゃないかもしれないけど(笑)。でもそれがないとなにもできないからね。ともあれ、ぼくは人間の声が大好きなんだ。ただ大好きなだけで、それ以上におもしろい理由はないけどね。声に手を入れて、アレンジしたり、まったく独特のものにつくり変えたりすることによって、新しい意味を与えるのが好きなんだ。

美しい夢を見ているような、きれいな電子音もあなたの音楽の特徴です。現実のつらいことを忘れさせてくれるような、いい意味での逃避性があなたの音楽にはそなわっているように思います。先ほど少し触れていたかもしれませんが、それは、あなた自身が音楽に求めている効果や役割でしょうか?

T:そうだね。音楽というのはきわめて基本的な意味で、ぼくにとっては逃避性なんだ。いままでずっとそうだったし、いまもそうだね。
 音楽をつうじて他人のなかに自分自身を見るのが好きなひとは多いと思う。シンガー・ソングライターや作詞家が人気があるのはそれだよね。でもぼくにとって音楽というのはエスケープする場所なんだ。自分の行きたいところやほかのところに連れていってくれるものでもある。いろいろな場所を思い起こさせてくれるもの、ぼくを連れていってくれるもの。アイスクリームを食べるのに少し似ている気がするよ。

通訳:それはいい表現ですね(笑)。

T:「うまっ! 別世界に行った気分だ」みたいな感じ(笑)。ぼくにとってはドラッグだね。ぼくの脳や神経に影響を与えてくれるんだ。いい影響をね。だからなんだ。ひとになにかを感じさせてくれるところが大好きなんだ。それに……音楽はいくら食べても食べ過ぎにはならないからね(笑)!

通訳:たしかに! アイスは健康によくないときもありますが、音楽は健康にいいですからね。

T:そう、いちばんたいせつなことだよ。音楽は自分と他人をつないでくれるし、自分自身ともつないでくれるんだ。それがもっともたいせつなことだよね。だからAIでつくった音楽にはあまり興味がないんだ。人間がつくったものじゃないからおもしろ味がない。加工食品みたいなものだよ。もちろんマクドナルドを1日じゅう食べていることはできるけど、そこからなにか感じられるものはあるのか、だれかの表現だと感じられるのか。そこだよね。音楽は人間がつくった、いちばん効果的なコミュニケーションのかたちだと思う。

『Wild』のリミックスEP(2020)にはアンソニー・ネイプルズメアリー・ラティモアらと並んで、広島のプロデューサー、冥丁が参加しヒット曲 “Bunny” をリミックスしています。人選はあなたご自身によるものですか? 冥丁の音楽についてどんな印象をお持ちでしょう?

T:冥丁はほんとうに大好きだよ。彼はほんとにすばらしい。日本にはすばらしいプロデューサーが何人もいるよね。フードマン(食品まつり)もそのひとりだ。知ってる? ぼくのレーベルにいたぼくの友だちの曲をひとつリミックスしてくれたひとなんだ。
 冥丁の音楽はぼくにとって……ものすごくピースフルなんだ。あんな感じのものは経験したことがなかった。ひたすら美しいし、スケールもコードもよく考えて使われている感じがする。それでいてすごく人間味があるし、脆さと音楽性の高さが同時に存在しているんだ。彼があの曲のリミックスを手がけてくれたのはほんとうに光栄なことだった。とても気に入っているよ。

通訳:彼のことはリミックス以前から知っていたのでしょうか。

T:ああ、彼のアルバムですごく気に入ったのがあってね。名前が思い出せない! けど、おなじ年に出たんだよね。ちょっと待って、ぼくのSpotifyにあるか探してみるよ。それは……(PC画面を眺める)これだ! 『Komachi』だ。それがぼくの好きなアルバム。すばらしいアルバムだよ。ぼくの『Wild』とおなじころに出て、よく聴いていたんだ。それで彼にリミックスをお願いしたらイエスと言ってくれた。ほんとうに光栄なことだよ。

新作収録曲 “Valentine” はジェレミー・スペンサー・バンドの “Travellin’” からインスパイアされたそうですが、アルバム全体としてはいかがでしょう? 『Memory Morning』を制作するうえでもっとも大きく影響を受けた音楽はなんでしたか?

T:サイケデリックな音楽をたくさん聴いていたね。1960年代のサイケデリカ、それからシューゲイズもいろいろ聴いていたし、ポスト・パンク、それから初期のレイヴ・ミュージックもよく聴いていた。“Siren” にその影響が聴きとれるかもしれないね。トリップホップぽいのもいろいろ聴いたな。“Ithaca” や “Memory Morning” はそっち系の色が強い気がする。いまの音楽は聴いていなくて、大昔にインスピレイションを与えてくれた曲をたくさん聴いていたんだ。だからある意味、あまり今風のアルバムには聞こえない。ヒップには聞こえないだろうな(笑)。いまの音楽の多くはすごく速いけど、ぼくはそういうものからむしろ遠ざかっていくような感じだったんだ。ときには大勢を押し返すのもいいからね。

新作でもっとも苦労した曲、難産だった曲、あるいはもっとも思い入れが深いのはどの曲ですか?

T:トラックリストが思い出せないよ(笑)! ちょっと見てみるね。……(PC画面を眺める)そうだな、“Siren” はこれまで書いた曲のなかでもとくに気に入っている部類に入るね。いまこうしてトラックリストを見ているけど、とても誇りに思うよ。“Siren” と、あと “A Little Bit Further” はしっくりくるものをつくるのがちょっと大変だったな。あれは基本的に2曲をひとつにまとめたようなものだからね。フォーク・ソングみたいな感じではじまって……マーク・フライという男の “Song For Wilde” からだんだん変化していって、ほとんどケミカル・ブラザーズみたいな感じになる。拍動感の強い、ハウスっぽいものにするのが狙いだったからね。“A Little Bit Further” はAの状態からBの状態に持っていくのがとても大変だったんだ。
 あの曲以外はそんなにつくるのは大変じゃなかった気がするね。すごく流れている感じがしたんだ。ほかのアルバムはみんな書くのがすごく難しくて、ぼくも細かいところまでこだわりがあったけど、今回はすごく自由な気持ちで、思いついたものをすべて尊重してアルバムに入れることができた。

アルバムのタイトル『Memory Morning』にはどのようなニュアンスが込められているのでしょう? それは最終曲の曲名でもありますね。わたしたちは朝、夢から目覚めたとき、たいていの場合は夢の内容をすぐに忘れてしまいます。あの不思議な感覚と関係がありますか?

T:その感覚がこのアルバムそのものなんだ。まさにそれだよ! わかってくれて嬉しいね。あのふたつの単語(「memory」と「morning」)を並べてみるとどうにも合わないというか……寝ている間にどこかに連れていかれるんだけど、目覚めたときに「うわぁ、いまのはいったいなんだったんだ?」なんて感じる、あれこそがいちばん強いインスピレイションになった。ああいう感じ方をさせる音楽をつくりたいと思ったんだ。これだ! と思ったよ。だから最後の曲は “Memory Morning” なんだ。このフレーズを使うことによって、いちばんステキなかたちで人びとの方向感覚を失わせたかったからね。『Memory Morning』の核心はそういうところなんだ。

通訳:今日はこのインタヴューまで一日じゅうこれを聴いていたので、明日の朝起きてどんな感じか興味が出てきました(笑)。(訳註:やはり起きた途端に夢を忘れてしまいましたが……)

T:悪夢を見ることになるかもよ(笑)?

現在ツアー中かと思いますが、ライヴやDJをやっていて最高だと感じるのは、どのような瞬間ですか?

T:基本的には「自分の音楽を知ってくれている、自分の知らない人たちに会うこと」だと思うね。いまでも感動するよ。ぼくの知らないひとたち、ぼくが行ったことのない国に住んでいるひとたちがぼくの音楽を聴いてくれているということに、いまでも大きなインスピレイションをもらっている。ぼくは自分のことをユビキタスなアーティストだと思っていない。知るひとぞ知るという感じで、全員に知られているわけじゃない。でもそれってほんとうにすばらしいことだと思うんだ。余計な期待をされないということだからね。ファンがとても真摯でいてくれることも意味する。ファンはあまり知られていないという事実も好きな傾向があるしね。ぼくはこの状態から大きな恩恵をもらっていると思うし、ぼくのショウに来てくれるひとたちに心から感謝している。彼らは心からショウに来たくて来てくれているわけだからね。友だちに連れられて仕方なく来たとか、1曲だけちょっと好きな曲があるから来てくれたわけじゃない。彼らが来てくれるのは、ぼくのアルバムを気に入ってくれているからだと思うんだ。そう言えるアーティストはけして多くない。アルバム・アーティストだって自分で言えるのは、とてもラッキーなことだと思うよ。ツアーに行くたびにそう思う。オーディエンスの反応がセットの特定の箇所だけ大好きという感じじゃなくて、一定しているんだ。ずっと同じレヴェルを保っている。とてもありがたいことだと思う。

あなたが生きていくうえで、あるいはあなたの人生において、音楽はどのような意味を持っていますか?

T:ぼくにとっての音楽の意味? ……音楽はぼくの人生全体に意味を与えてくれたね(笑)。笑顔も希望も。ときにはフラストレイションも(笑)。ときには音楽におじけづいてしまうこともあるし、特定の音楽が怖いこともあるし、大嫌いになることだってある。でも音楽がなによりも大好きなんだ。ぼくの人生にちゃんとした意味を与えてくれるからね。ぼくは自分の人生のすべての瞬間にサウンドトラックをつけることができる。その瞬間を思い出させてくれる音というのがあるんだ。そのことに感謝しているよ。人間に音楽があるということにね。

Still House Plants - ele-king

 「シーニアス(scenius)」という、ブライアン・イーノが発案した造語/コンセプトがある。「アンビエント」と並んで、21世紀になってより重要度を増したこのタームを彼が言ったのは1996年で、批評家サイモン・レイノルズが「ポスト・ロック」というターム/サブジャンル用語を使った2年後のことだった。いまにして思えばほとんど同じ時代だったと言える。それは偶然のこととはいえ、この頃、ある共通の感覚がいよいよ顕在化していたことを告げている。

 「シーニアス」とは、歴史上の特異な天才としての個人に注目するのではなく、それら天才と言われた(ディランやレノンのような)人物の周囲に網の目のように存在した協力者やインスピレーションの広がりのほうに着目すべきという考えだ。ひとりの天才よりも、生き生きとした「シーニアス」にこそ学びがあると(先日リリースされた1998年のイーノ、ホルガー・シューカイ、J・ペーター・シュヴァルムとの共演は、「シーニアス」の賜物だろう)。「ポスト・ロック」に関しては、ここでは以下のように定義しておこう。インスト・バンドやアンビエント風のバンドのことではない。ロック以外の目的でロック・バンドの編成で演奏するバンド、中心となる個(歌手)を持たないロック・バンドを指す。

 宇宙に中心はない。こうした認識は19世紀人には理解しがたいものだったが、現代人はとりあえずの知識として知っている。バンドに中心は必要ない。個に依存しないことを前向きに捉えるこうした感覚は、すでにダンス・カルチャーを経験していた人間にはわかりやすかった。シーンそのものが、ひとりの有名人よりも豊穣で魅力的だったからだ。ヴェイパーウェイヴやフットワークを引き合いに出すまでもなく、こうした感覚が21世紀に入ってより若い世代にとって身近になっていることもぼくにはわかる。BCNRやキャロラインのような、近年のUKのバンドにもその感覚が共有されているが、その源流にはきっとクラウトロックや70年代末のザ・レインコーツのようなバンドがいるのだろう。なるほど、たとえばラップのように昔ながらの、ひとりの抜きんでた個性にこそ共感し、興奮するシーンはもちろんいまだ健在だし、ぼくはそれを否定する者ではない。そうではなく、そうした伝統的なポップのあり方/考え方とは別次元において「シーニアス」というコンセプトがあり、それは個人に頼った文化にはできないことが可能である、という話だ。ことに我が愛する周縁文化においては、むしろ頼もしい概念である。なぜなら、我々は特別なスター(リーダー)なしでも前進できるのだから。

 だとしても、そう、だとしても、スティル・ハウス・プランツ(SHP)には斬新な感性を覚える。「ポスト・ロック」的感性は90年代後半に広く注目され、おもにトータス周辺で具現化されている。だから、もはやそれとて30年前の、さして新しいものではないのだ。だとしても、SHPにぼくは震える。本作『ぼくには無理でも、君を愛している(If I Don​’​t Make It, I Love U)』は、前作『Fast Edit』(ぼくが彼らを知ったのはこのアルバムから)よりもさらに震えるアルバムだ。

 数年前、初めてこのバンドの曲を聴いたとき、ヴォーカリストは黒人女性かと思った。そう思った人は少なくないだろう。ビリー・ホリデーが喉をつぶしジャズ・クラブの床でのたうち回っているようなその声(あるいはアリ・アップとビョークが衝突したような声)、ジェシカ・ヒッキー=カレンバックのヴォーカリゼーションによるノイズでありながら強烈にエモい歌声は、「ポスト・ロック」と呼ぶには個としての存在感を有してしまっている。同じようにフィンレイ・クラークのギターにも、デイヴィッド・ケネディのドラミングにも個による際だった表現力がある。しかしながらSHPにはひとつの個に集約されない共感型の、バンド自体に「シーニアス」なフィーリングがあるのだ。和訳すれば「静止した観葉植物」となるバンド名とは裏腹に、うごめく菌類のように広がり、流動的な運動体のようでもある。そして何よりも、先に書いたようにこのバンドの音楽にはエモーションがほとばしっている。言葉よりも感情が先立っているのだ。

 グラスゴーの美大生3名が結成したSHPは、活動をはじめておそらくは10年近く経っている。メンバーは20代後半だと思われる。ときに、最近すばらしい未発表曲集をリリースしたガスター・デル・ソルと比較されるように、彼らにはジャズ/インプロヴィゼーションの応用がある。もっともGDSと違って、UK生まれのSHPにはジョン・フェイヒィ的なフォークそしてレッド・クレイオラ的遊び心はないが、UKベース・ミュージックやオウテカらエレクトロニック・ミュージックからの刺激があり、おそらくは、彼らのテクスチャーを重視した音作りにそれは少なからず影響を与えている。実際のところ、フィンレイ・クラークは昨年、コビー・セイやラナーク・アーティファックスの作品リリースで知られる〈AD93〉からインダストリアルなソロ作を出している。

 ロック・バンドとは過去を採掘することをやめられない、後衛的な形態とは限らない。アルバム冒頭の曲、“M M M”のギターの水しぶきのような音響は、イタリアのアウトノミアを主題にしたスクリッティ・ポリッティのデビュー・シングル「スカンク・ブロック・ボローニャ」を彷彿させるが、バンドの演奏は、お決まりのルールをどこまでも無視した自由な進行によってオーガナイズされていく。このバンドには独自の作曲方法があるのだろう、曲は、3人が共鳴しながらカタチになっていくかのようだ。そこでは、美しいメロディが生まれたかと思えば、いきなり場面が変わることもある。取っつきにくい音楽に思われるかもしれないが、ぼくはそうは思わない。むしろこれはその、彼らがクリエイトする予想外のメロディ、その新奇さにおいてだれかに聴かれることを望むもので、ある意味挑発的だが、総じてアルバムは、力強く官能的でもある。ジェシカのヴォーカリゼーションが醸し出している圧倒的なムードは、頭よりも先に感情に突き刺さる。バンドから生まれるグルーヴは、ありきたりのグルーヴではないからこそ身体を揺るがす。エキサイティングな新しい物語がはじまるわけではない。ただ、いかに我々がふだんの生活で、見慣れたものを見慣れたものとして認識もせずに過ごしていることか。この音楽は、我々が何を諦めてしまったのかを知りたがっている。『If I Don​’​t Make It, I Love U』は、感動的なアルバムだ。

Blue Bendy - ele-king

 サウス・ロンドンのポスト・バンク・バンドを中心にここ数年で大流行した喋るように唄うスタイルは聞くものに新たな感覚を残したのではないだろうか。つまりは芝居がかった演劇的な側面を音楽にもたらして、プレイリスト、曲単位で盛り上がる観賞スタイルが普通になった中で、再びアルバムという物語を意識させたのではないかということだ。歌い手が言葉を使いストーリーを表現し、その主体の感情を描写するように音楽が追従する。ストリングスやサックスがバンドの中にあるというのが当たり前になった編成で、セリフをつぶやくかのごとく唄うバンドの音楽は舞台で行われる演劇やミュージカルに近く、物語性を持った楽曲との相性が非常に良かった。その一番の成功例は高い評価を得たブラック・カントリー・ニューロードの1stアルバム、および2ndアルバムだろう。アイザック・ウッドの固有名詞にイメージを持たせキーワードのようにしてアルバムの楽曲を繋ぐスタイルを1stアルバムでは偶発的に2ndアルバムでは意図的にイメージを喚起させるように楽曲を組み立てたとバンドは言う。
 そうして時間が経って物語を追う感覚がリスナーに浸透したタイミングで違ったアプローチをする流れも生まれて来た。喋るように唄うスタイルではなくもっとメロディアスで、もっと色鮮やかに。HMLTDのデイヴィッド・ボウイ的SF、精神世界の大活劇の素晴らしき復活作『The Whorm』(この作品はエヴァンゲリオンにも影響を受けたという)が昨年リリースされ、今年、24年にはフォークのアプローチをしたテイパー!の傑作『The Pilgrim, Their God and The King Of My Decrepit Mountain』が生み出された。表面の音楽はまったく違うがどちらのアルバムもいくつかの章に分かれ、それらをナレーションで繋ぐという手法を用いより一層アルバムという物語を強調するものだった。

 さて、このロンドンの6人組ブルー・ベンディーのデビュー作『So Medieval』はどうだろう? 僕にはこれが喋るように唄うポスト・パンク・バンドが生み出したシーンのその先に進んだ音楽に思えてならならない。ピアノが鳴りアコースティック・ギターが咲く柔らかなサウンド、楽曲構成にポスト・パンクの気配を残しながら冷たく鋭い音楽から離れ、陽光の差す平原へ。あるいはそれはブラック・カントリー・ニューロードが2ndアルバムで目指した場所なのかもしれないが、ブルー・ベンディはさらにその先へと歩みを進めている。シンセサイザーが奇妙な音を作りシリアスになりすぎないようにバランスを取り、ねちっこく唄うヴォーカルはミュージカルのように熱を持ち、ギターが感情を作り出す。そして現在のロンドンの多くのバンドたちが共有している感覚であるフォークのアプローチを試み、その中に混ぜる。22年のEP「Motorbike」から進化した音楽はまた一つの特定のジャンルとして形容するのが難しい音楽になったが、歴史の流れの中で歩みを進める実験的なポップ・ミュージックとして完璧に機能している。

 粘り気があって艶があるアーサー・ノーランのヴォーカルは喋るようにメロディを唄いストーリーを語る。マコーレー・カルキンにケンダル・ロイ(ドラマの中のキャラクター)、スーパーマンのコミック、超次元ソニックマン、自らを取り囲むポップカルチャーの固有名詞をふんだんに使い、実存的危機にさいなまれる人生がユーモア交じりに物語られる。宗教的な価値観を織り交ぜながら俗っぽく、壮大な物語はしかしミームと物にあふれた小さな生活の中にかえっていく。たとえば“Darp 2 / Exorcism”のインターネットの惑星に漂う孤独は、暖かいギターの音色ともの悲しいヴォーカルメロディ、壮大というには一歩及ばないコーラス、爆発する小さな起伏に彩られ、最後には車の中、鼻で笑うような会話の中に戻っていく。感情を一気に持っていくようなものではなくニュアンスと空気のレイヤーを重ねてシフトチェンジしていくような音楽がなんとも心を揺り動かすのだ。美しい旋律の快感と、それを壊すようなユーモア、静かに積み上げられていく柔らかな興奮、6分を超える冒険“Cloudy”はまさにそんなブルー・ベンディの魅力がつまったもので、ぐるぐる周るピアノとアコースティック・ギターの爆発に彩られドライヴしていく物語は途中で緩み、展開し、まるでミュージカルのようなコーラスを伴った後半へと突入する。柔らかに着実にどこまでも上っていくように、爆発と展開を繰り返すブルー・ベンディのこの柔らかなカオスはたまらない快感を連れて来るのだ。

 「ロンドンで3番目にいいギターバンドであることはどうにかできる」“Mr. Bubblegum”で唄われるこの言葉はおそらくブラック・カントリー・ニューロードの“Science Fair"の「世界で2番目のスリントのトリビュートバンド」のラインを意識した言葉なのだろうが、彼らはその後にこう続ける「でも僕はなにかで一番になりたいんだ」と。
サウス・ロンドンのインディシーンを見つめ続けてきたバンドは見事にその先へと歩みを進めている。極端にならない方法で、カウンターではなく進化するように。そうして作られたこのアルバムはロンドンのポスト・パンク・バンドとテイパー!やアグリーなどのフォークの要素を強めたバンドの中間のグラデーションとして機能する。固有名詞に囲まれた物語と柔らかいサウンドの彩り、ブルー・ベンディのこのデビュー・アルバムはこんな風になったのだと変わりゆく季節、シーンの未来を確かに感じさせ、そしてなんとも胸を揺さぶってくる。

5月のジャズ - ele-king

 今年1月のコラムでテリ・リン・キャリントンのデビュー・アルバム『TLC And Friends』のリイシューについて紹介したのだが、そのテリ・リン・キャリントンが若手ミュージシャンを率いてソーシャル・サイエンスというグループを結成したことがある。2019年に『Waiting Game』という1枚のアルバムを残したのみだが、そのソーシャル・サイエンスに在籍したのはカッサ・オーヴァーオール、アーロン・パークス、マシュー・スティーヴンスといった錚々たる面々。そして、同じくグループのメンバーだったモーガン・ゲリンがリーダー・アルバム『Tales of the Facade』を発表した。


Morgan Guerin
Tales of the Facade

Candid / BSMF

 ニューオーリンズ郊外のミュージシャン一家に生まれたモーガン・ゲリンは、ニューヨークの名門ニュースクール・フォー・ジャズ・アンド・コンテンポラリー・ミュージックとボストンのバークリー音楽院に学び、サックスやフルートのほか、ピアノ、オルガン、各種キーボード、シンセサイザー、EWI(木管楽器のシンセ)、ベース、ドラムスとあらゆる楽器をマスターしたマルチ奏者。作曲家、プロデューサー、エンジニアでもあり、カッサ・オーヴァーオールに近いタイプのミュージシャンであるが、彼の『I Think I’m Good』(2020年)にも参加している。テリ・リン・キャリントンやカッサのほか、クリスチャン・スコット、タイショーン・ソレイユ、エスペランサ・スポルディング、ニコラス・ペイトンたちとも共演し、ソロ・アルバムは2016年から始まった『Saga』というシリーズ3部作をリリースしている。

 ウェイン・ショータージョン・コルトレーンアリス・コルトレーンといったジャズはもちろん、ステーヴィー・ワンダー、マーヴィン・ゲイ、ミニー・リパートン、ケンドリック・ラマーなどからも同様の影響を受けたというモーガンは、『Tales of the Facade』について「ジャズのアルバム」という限定的な見方をされたくないと述べる。自宅のスタジオで1年ほどの制作期間を費やして、さまざまな楽器を演奏しながら多重録音し、ほぼひとりで作り上げたトラックにソーシャル・サイエンスのメンバーだったデボ・レイや弟のチェイス・ゲリンはじめ、J・ホアードやメラニー・チャールズ、シスコ・スウォンクなどシンガーやラッパーをフィーチャー。ほかにヴェテランのジョージア・アン・マルドロウの参加も目を引く。『Tales of the Facade』はそうした音楽仲間やコミュニティと作り上げた産物で、“Pyramid” は管楽器や鍵盤などが織りなす重層的なハーモニーやグルーヴと、ワードレスなコーラスが豊かな想像力を掻き立てる。J・ホアードが歌う “We Are More” は、モーガンが標榜するジャズとソウルの境界線のない世界。ジョージア・アン・マルドロウの参加する “Infinity” も同様で、コズミックで深遠な音響世界が広がる。音楽界に根強く残る性差別について取り上げたという “Something In The Air” は、1970年代のアース・ウィンド&ファイアーやチャールズ・ステップニーなどが見せていたスピリチュアル・ジャズとゴスペル、ソウルが融合した世界を彷彿とさせ、メラニー・チャールズの歌もミニー・リパートンを彷彿とさせる。


Blue Lab Beats
Blue Eclipse
Blue Adventure / ユニバーサル

  2022年にサード・アルバムの『Motherland Journey』を発表し、キャリア初のライヴ・アルバム『Jazztronica』を引っ提げて初来日公演も行ったブルー・ラブ・ビーツ。その際にインタヴューもおこなったが、そこではいろいろなアーティストたちとのコラボについて話をしてくれた。2年ぶりの新作スタジオ・アルバム『Blue Eclipse』も、すべての曲が多彩なアーティストたちとのコラボ集となっている。これまでもたびたび共演してきたラッパーのコジェイ・ラディカルのほか、地元ロンドンのジャズ・シーンからココロコのリッチー・シーヴライト、サックス奏者のカミラ・ジョージ、トロンボーン奏者のポッピー・ウィリアムズ、『Days & Nights』や『The Spectrum』などのアルバムで知られるシンガー・ソングライターのデイリー、サム・スミスなどの仕事で知られるプロデューサー&マルチ・ミュージシャンのベン・ジョーンズ、そしてロサンゼルスからムーンチャイルドのメンバーであるアンバー・ナヴランなどが参加する。

 ブルー・ラブ・ビーツと言えばジャズとヒップホップやグライム、R&Bを結びつける作品が多く、そこにアフロやラテンなども取り入れてきたが、『Blue Eclipse』はこれまで以上にR&Bやソウル寄りの内容となっていて、エリカ・バドゥの系譜を引き継ぐネオ・ソウル調の “Rice & Peas” や “Brother” がそれにあたる。“Brother” はLAのムーンチャイルドにも共通するムードを持つ作品だが、そのアンバー・ナヴランが参加する “Sunset in LA” はデイムファンクを彷彿とさせる80年代スタイルのブギー・ファンク。“Never Doubt” はブロークンビーツ的なリズムによるフュージョンで、未来的なヴィジョンと疾走感に満ちたグルーヴに包まれる。“Blue Eclipse” も同様で、アルバム中でもっともジャズ度が高いインスト曲である。一方、同じインスト曲でも “Guava” はラテンやカリプソを取り入れた陽性のナンバーで、リッチー・シーヴライト、カミラ・ジョージ、ポッピー・ウィリアムズらによるホーン・アンサンブルが聴きどころ。こうした多彩な曲をやるのがブルー・ラブ・ビーツらしいところである。“Cherry Blossom” はフルートが奏でるメロウなムードとヒップホップ・ビートが融合した曲で、『Motherland Journey』でも共演したキーファーあたりに通じる。


Nubiyan Twist
Find Your Flame

Strut

 ブルー・ラブ・ビーツがもっとアフロ~ラテン寄りになったグループのヌビヤン・ツイスト。総勢10名ほどのグループで、DJやエレクトロニクスも交えてクラブ・ミュージックとの親和性も高い。音楽形態としてはジャズ、ソウル、ファンク、アフロ・ビートが柱となり、リズム・セクションにブラジル系ミュージシャンがいることなどから、サンバ、アフロ・キューバン、ラテン、クンビア、レゲエ、ダブなどワールド・ミュージックの要素が色濃い。そうした生演奏にブロークンビーツ、ヒップホップ、グライム、ダブステップ、ベース・ミュージックを通過したエレクトロニクス・サウンドが融合されている。アフロ・ビートやワールド・ミュージック系のリリースも多い〈ストラット〉と契約を結び、2019年に『Jungle Run』をリリースしているが、それから2021年の『Freedom Fables』を挟み、最新作の『Find Your Flame』をリリースした。

 『Jungle Run』ではエチオピアン・ジャズの巨匠であるムラトゥ・アスタトゥケ、『Freedom Fables』ではガーナのハイライフ・シンガーであるパット・トーマスと共演するなど、そうしたコラボが話題となってきたヌビヤン・ツイスト。今回のアルバムではフェラ・クティの息子であるシェウン・クティ、マリ共和国でサリフ・ケイタのバック・シンガーを務め、レ・アマゾネ・ドゥ・アフリークのメンバーであるママニ・ケイタと共演する。ほかに意外なところでナイル・ロジャースが参加しているのも興味深い。そのナイル・ロジャースの軽快なカッティング・ギターをフィーチャーした “Lights Out” は、1970~80年代のディスコやブギー・スタイルのナンバーで、そもそもダンス・ミュージックやクラブ・サウンドと繋がりの深いヌビヤン・ツイストらしさが全開となっている。シェウン・クティが参加する “Carry Me” は、シェウンのヴォーカルとアフリカ系のリード・シンガーのヌビヤ・ブランドンによるコール&レスポンス、シェウンのサックスや豪快なホーン・セクションが活躍するアフロ・ビート。一方、ママニ・ケイタをフィーチャーした “Slow Breath” は彼女の伸びやかな歌声が魅力の曲で、マリの民謡がモチーフとなる牧歌性の高い楽曲。アフリカ音楽といってもさまざまなタイプがあり、『Find Your Flame』にはそうした多様なアフリカ音楽やラテン音楽のエッセンスが詰まっている。


Jembaa Groove
Ye Ankasa / We Ourselves

Agogo / ウルトラ・ヴァイヴ

 ドイツで結成されたアフロ・グループのジェンバ・グルーヴ。メンバーの出身や国籍はドイツ、ポルトガル、イスラエル、ガーナ、ベナンで、特にグループの核となるヴォーカリストのエリック・オウスは、ガーナでエボ・テイラー、パット・トーマスなど大御所と共演してきたミュージシャンだ。エリック・オウスとベーシストのヤニック・ノルティングは、ガーナのハイライフや1970年代のソウル・ミュージックから影響を受けたという点で意気投合してグループを結成。ガーナのハイライフやアドワ、ギニア、マリ、コートジボワールなどで広まったワソルなど西アフリカの伝統音楽と、西欧の黒人音楽であるソウルを融合していくというのがジェンバ・グルーヴのコンセプトだ。2022年リリースのデビュー・アルバム『Susuma』は、同年にリリースされたココロコの “Could We Be More” と共にアフリカ音楽とジャズが結びついたピュアなサウンドとして高い評価を得た。それから2年ぶりのニュー・アルバム『Ye Ankasa / We Ourselves』がリリースされた。

 今回はゲストとして、ガーナのハイライフ・ミュージシャンであるジェドウ=ブレイ・アンボレイと、同じくガーナ出身のアフロ・ソウル/レゲエ/ダンスホールのMCである K.O.G が参加する。ジェドウ=ブレイ・アンボレイの低音ヴォイスとサックスがフィーチャーされた “Agya” は、深い哀愁と土着的なグルーヴを湛えたアフリカン・ブルース。K.O.G をフィーチャーした “Sweet My Ear” は、アフロとレゲエのいいとこ取りをしたユル~いグルーヴのナンバー。ナイヤビンギやルーツ・レゲエなど、アフリカ音楽を祖先とするジャマイカ音楽の要素が見られるのもジェンバ・グルーヴらしいところだ。そして、アフリカやジャマイカならではの素朴なメロディや歌がこのグループ最大の魅力である。

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