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Anthony Naples

Downtempo

Anthony Naples

orbs

ANS

河村祐介 Jun 26,2023 UP

 アルバムごとにそのサウンドの表情を変え、より表現力を豊かに、そして幅を広げてきているアンソニー・ネイプルスですが、新作『Orbs』では、前作『Chameleon』(2021年)の方向性も踏襲しつつ、アンビエント・テクノ〜ダウンテンポの傑作アルバムを仕上げてきました。

 2010年代の幕開けとともにニューヨークのアンダーグラウンドではじまった彼のキャリアと言えば、そのDJプレイも含めてローファイなハウス・サウンドの要といった印象で、〈Mister Saturday Night〉〈The Trilogy Tapes〉、もしくは自身の〈Proibito〉でのそうしたハウス路線のシングル群で注目を集め、2018年にはフォー・テットの主宰レーベル〈TEXT〉からファースト・アルバム『Body Pill』をリリースし、その評価を確かなものにしたというのが初期のイメージです。
 本作へと通じる転機と言えそうなのが、その後にフランスの〈Good Mornign Tapes〉と自身の〈ANS〉からリリースしたアルバム『Take Me With You』(2018年)。すでに『Body Pill』でも片鱗を見せていたアンビエント・テクノ〜ダウンテンポ方面へのアプローチをさらに深めたアルバム・サイズの作品で、それ以前のシングルとはまた違った側面をみせはじめました。続く2019年のアルバム『Fog FM』も、いやこれも傑作でありまして、初期のハウス路線とその後のリスニング路線のバランスの良い配合のアルバムで、「ダンスもの」のアルバムとして非常にクオリティの高い作品を出してきたなという印象でした。このあたりでサウンド的にも初期のローファイな音質から、クリアでカラフルなサウンド・イメージへの変化も感じるられるものでした。
 そしてコロナ禍を挟んでリリースした2021年の『Chameleon』。多くのDJ出身のクリエイターたちがロックダウンな凡庸なアンビエントに埋没してしまった印象にあったあの時期に、キャリアのなかでも初めてとなるドラムやギター、生楽器のサウンドを取り入れたある種のポスト・ロック的な手法でダウンテンポ・アルバムを作り上げ、その色鮮やかな色彩のサウンドも相まってシーンに鮮烈な印象を与えました。同時期には「Club Pez」、2022年にはドイツの老舗重要ハウス・レーベル〈Running Back〉からもシングル「Swerve」をリリースし、こちらでは相変わらず高品質のハウス・トラックもリリースしています。
 こうした自身の活動とも併走しながら、〈Proibito〉を閉じた後に写真家でDJでもあるジェニー・スラッタリーと共同で設立した〈Incienso〉の運営においても、たびたびこの欄で作品を紹介していますが、ゴリゴリのクラブ・トラックから、DJパイソンを世に送り出したり、朋友フエアコ・Sのアルバムなどリスニングに主眼を置いた作品まで幅広くリリース、シーンの枠を広げるような多彩かつエポック・メイキングな作品をリリースし続けています。

 で、前段が長くなりましたがこうした動きを俯瞰し、これを補助線とすると、全く納得の音楽性を獲得したとも言えるのが本作ではないでしょうか。ボーズ・オブ・カナダを彷彿とさせるチルアウトなブレイクビーツ・ダウンテンポ “Moto Verse” でスタートするわけですが、こうしたダウンテンポ感覚や、例えば “Orb Two” “Gem” “Tito” などでつま弾かれるギターとエレクトロニクスの融合を果たしたサウンドは前作『Chameleon』での成果を感じさせる音楽性です。ただし、クリアな解像度の『Chameleon』に比べて、全体的な音質はわりと今回はローファイですね。そしてわりとフィーリング的に、「ニューエイジ〜バリアリック過ぎない」というのも本作の絶妙なムードを決定している要素で、そのあたりはグローバル・コミュニケーションなど1994年あたりのアンビエント・テクノを参照したようなメランコリックなムードを携えた『Take Me With You』を踏襲する感覚ではないでしょうか。
 またアルバムの中盤を締めるマイルドでスローなイーヴン・キック・トラック “Ackee”、“Scars”、そしてアルバムのハイライトとも言える “Strobe” あたりは、絶妙なダブ・ミックス具合も含めて、初期のローファイなハウス感を思い出したかのようなトラックでもあります。アルバム全体に対して、ここにはめ込まれた抑制されたハウス・グルーヴの見事な流れにとにかくハッとさせられるわけです。このセンスの良さ。これまでの作品、そして〈Incienso〉の作品群にも言えることですが、ある種のリスニング向けの作品で実験性の獲得や音楽性の拡張をしながらも、どこかダンス・ミュージック的な快楽性があるというのは彼の重要な立ち位置ではないでしょうか。こうした流れにDJ的な感覚が働いているのはもちろん間違いないでしょう。穏やかなサウンドながら昨年のフエアコ・S『Plonk』と同様に、リスニング・テクノを新たな地平線へと押し出すそんな確かな力強い意志を、その高いクオリティから感じさせる作品です。