Home > Reviews > Album Reviews > Salif Keita- Tale
マリ共和国の名歌手サリフ・ケイタのこの新作は、ちょっと枯れたエキゾチックな哀愁味のある歌手が、ボビー・マクファーリン、エスペランサといったアメリカのジャズ系歌手や、イギリスのラッパー、ルーツ・マヌーヴァをゲストに迎えた、エキゾチックなポップ・ヴォーカル・アルバムということになるだろう。
アルバムのプロデューサーは、フィリップ・コーエン・ソラール。90年代末にタンゴとエレクトロニックなドラムのビートを組み合わせて、フロアでもリスニング・ルームでも聞ける音楽を作り出したゴタン・プロジェクトの中心人物だ。
レゲエのファンがダブを聴けば、レゲエの典型的なリズムの一部分しか鳴っていなくても、頭の中で音を補ってレゲエを連想できるように、タンゴをダブ的手法で分解し、再構成したゴタン・プロジェクトの音楽は、タンゴを少しでも知っている人が聴けば、音を補って容易にタンゴを連想できた。
フィリップ・コーエンは、その手法をこのアルバムでも応用している。といっても、サリフ・ケイタにタンゴをうたわせているわけではなく、マンデ・ポップと呼ばれる西アフリカのポップスをその手法で料理しているのだ。
"ダ""また明日""サンフィ"などは、打ち込みのダンス・リズムが強調されたり、細部にダブ処理が施されたりしているが、これまでの彼の音楽を踏襲した典型的なマンデ・ポップ。子供がフランス語でコーラスする"ナディ"はマンデ・ポップのディスコ化だし、"タレ"のマンデ・ポップ風の女声コーラスは終盤では欧米風に変化していく。"タッシー"はキューバン・リズムを使った親しみやすい歌ものだ。
2曲目の"セ・ボン、セ・ボン"はいちばん複雑で、ダブ的な音処理をほどこしたトラックにのって、マンデ・ポップ的な女声コーラスのくりかえしや、パセティックなサリフの歌や、ルーツ・マヌーヴァのラップが入れかわりたちかわり現われる。最もフィリップ・コーエンならではと思わせるのは"明後日"という曲。歌は断片的に入るだけで、"ソウル・マコッサ"のヒットで知られるカメルーンのマヌ・ディバンゴのサックスをフィーチャーした完全なダブ・ナンバーだ。
西アフリカの伝統的なリズム・アンサンブルの緻密さを求める人には好まれないかもしれないが、弦楽器のンゴニやコラをはじめ、細部では伝統的な楽器も使って、ダブが伝統と乖離するものでないことをさりげなく匂わせる。リズムや和音のこの豊かな引き出しはフレデリック・ガリアーノと西アフリカのミュージシャンの10年前の先駆的な試みにはなかったものだ。サリフ・ケイタのポップな面を見事に引き出したアルバムだと思う。
北中正和