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interview with Lex Blondel (Total Refreshment Centre) - ele-king

 サウス・ロンドンのジャズ・シーンで活躍するミュージシャンたちが、その活動拠点とする場所やヴェニューとしてよく挙げるところがある。レーベル活動やイヴェントなどをおこなう〈ジャズ・リフレッシュド〉や〈トータル・リフレッシュメント・センター〉がそれである。〈トータル・リフレッシュメント・センター〉はロンドン北東部のダルストンという町にあるスタジオで、南ロンドンのミュージシャンもよく利用しており、箱側としても彼らの活動をサポートしている。リハーサル・スタジオなどの設備も完備しており、比較的安価な料金で誰でも利用できるという点がポイントで、通常のライヴ営業時間の後にフリーで飛び入り参加できるアフター・アワーズ・セッションがある。このセッションでミュージシャンたちは腕を競い、お互いの技術向上を図り、横の繋がりが生まれていく。こうした環境が南ロンドンのジャズ・シーンが発達していく要因のひとつでもあるのだ。〈トータル・リフレッシュメント・センター〉はレーベル運営もおこない、ヴェルス・トリオやニュー・グラフィック・アンサンブルがアルバムやEPを出し、シカゴからやってきたマカヤ・マクレイヴンがロンドンのミュージシャンたちとセッションを繰り広げたライヴ録音『ホエア・ウィ・カム・フロム』もリリースしている。ほかにサンズ・オブ・ケメットザ・コメット・イズ・カミング、トライフォース、ビンカー・アンド・モーゼスイル・コンシダードなどが録音スタジオとして用いている。

 こうして、およそ10年ほどロンドンの音楽シーンを支えてきた〈トータル・リフレッシュメント・センター〉が、このたび初のレーベル・オムニバス・アルバムを〈ブルーノート〉経由でリリースした。収録には馴染み深いサッカー96はじめ、バイロン・ウォーレン、ジェイク・ロング、マターズ・アンノウン、ツァイトガイスト・フリーダム・エナジー・エクスチェンジ、ニュー・グラフィック、レザヴォアと、サウス・ロンドンのみならず、世界中から新旧の気鋭ミュージシャンが参加する。また、ジャズというスタイルにとらわれることなく、ヒップホップ、ダブ、ソウル、ファンク、ドリルなどさまざまな音楽が融合し、ロンドンらしい折衷的なサウンドを聴かせている点も特徴だ。このアルバムのことを含め、〈トータル・リフレッシュメント・センター〉の設立やこれまでの歩みなどについて、創設者であるレックス・ブロンデルに話を訊いた。

「人」なんだよ。基本的にはそこにあるコミュニティなんだ。同じような考えを持っていたり、異なるスキルを持ったりする人たちと出会うことができる。他のところだと皆自分のスタジオにこもって誰とも出逢わないよね。何の繋がりもないっていうのがよくあるけど、ここは全く逆。

レックスさんはトータル・リフレッシュメント・センター(以下、TRC)の設立者とのことですが、いつ、どのように設立されたのかからお伺いできますか? また、今回の取材には同席できなかったようですが、当初同席予定だったエマさんという人物はどのようなご担当なのですか?

レックス・ブロンデル(Lex Blondel、以下LB):2012年に友人と一緒にTRCをはじめたんだけど、もともとはロンドン東部のハックニーでレコーディング・スタジオを立ち上げようと思っていたところだった。その直前にスタジオを作るためのスペースを見つけて作業をはじめたんだけど、問題があってかなり急ぎ足で進めなければならなくなったんだ。それで別のスペースを探しはじめた。するとガムトゥリーっていうクレイグス・リストのようなサイトでこの広告を見つけたんだ。そこに「ここ知っているぞ」っていうスペースがあがっていた。
 そこはもともとジャマイカの社交場みたいなところで、イヴェントをやったり、リハーサル・スタジオがあったりして、レゲエの、それも伝説的なレゲエ・ミュージシャンがよく通っていたところ。知っている場所だったこともあって、エキサイトしてすぐに見に行ったら、友人たちとレコーディング・スタジオを作るのに最適なスペースだった。で、すぐに決めたんだ。スペースがとても広かったし、レコーディング・スタジオひとつだけじゃなくて、いろいろな部屋も共用スペースもあったからね。すぐに一緒にやりたい人たちとコンタクトを取ったんだ。スタジオでは、すぐにプロデューサーのキャピトルKに仕事をするために来てもらった。スペースのひとつがミュージック・ヴェニューとして使われていた大きな部屋だったから、すぐにギグをはじめた。サッカー96のダン・リーヴァーズやマックス・ハレットとかは早い時期に来るようになって、ギグをはじめたんだ。アルバムのアートワークを担当しているのはライムンド・ウォンという人物なんだけど、彼もまたライヴの共同企画ですぐに関わることになったんだ。レコーディング・スタジオを持ち、一緒に仕事をしたい人たちに囲まれているという動機だけで、ごくごく有機的な形ではじまったんだ。
 エマ・ウォーレンはTRC出身のジャーナリスト。彼女はもともとクラブ・ナイトで踊ったり、ライヴ・ミュージックを見に来たりする客としてやってきて、すぐに友だちになった。彼女がよく来ていた当時は、会場そのものが政府の審議会によって閉鎖の危機にさらされていた。ムーヴメントとまではいかなくとも、結構大きな流れになって文化を作っていたこともあって、彼女はそれを記録し、その場所のストーリーとそこにいる人びとのストーリーを伝えるための小さなパンフレットみたいなものか、本を作りたいと思っていた。そこで彼女は記録用にと、そこにいる僕たち全員にインタヴューをはじめた。ありがたいことに、そのときTRCはなんとかその場所にとどまることができたんだけど、彼女はその後インタヴューや取材記事を本にまとめた。エマはプロの音楽ジャーナリストで、普段から講演会の仕事や対談なんかもしていて、文化やコミュニティを生み出す空間の例としていつも僕たちのことを話しているんだ。

RCはライヴ・ヴェニューであると同時に、実験的なスタジオ・ラボとしての機能も備えています。それらを含めてこの施設の特徴などを伺えますか?

LB:スタジオは2階建ての大きなジョージアン様式の倉庫で、メインのレコーディング・スタジオがひとつあって、キャピトルKやジョーダン・パリー、ダン・リーヴァーズのような人たちが利用している。そこでプロデューサーとして、バンドのレコーディングやミキシング、アルバムのマスタリングなど、全てをおこなうんだけど、マカヤ・マクレイヴンヌバイア・ガルシアサンズ・オブ・ケメットなんかが長年に渡ってアルバムを作っている。プロダクション・ルームも11室ほどある。6~7年前からの常連のアラバスター・デプルームをはじめ、スナップド・アンクルズというバンドのマイキー・チェスナットなど、様々な人がそれら11のスタジオを使っているんだ。それぞれのスタジオは、基本的に誰かが音楽を書き、プロデュースし、人とコラボレーションする場所。たとえばスナップド・アンクルズのマイキーは、そこで全てのアルバムを制作したし、以前はアートワーク担当だったライムンド・ウォンと一緒にフローティング・ワールド・ピクチャーという新しいバンドを立ち上げた。人びとが出会い、知り合い、そして互いにプロジェクトを作り上げていく例のひとつだね。ライヴ・ヴェニューは、以前は1階に大きな会場があって、そこでいろいろなことをやっていた。いまはもう少し小さなスペースになっていて、そこで試聴会やライヴ・ショーケースなどをおこなうんだけど、高品質の4チャンネル・ステレオを導入している。
 少し調べてみたんだけど、この建物が建てられたのは20世紀初頭のようで、1906年頃だと思う。この建物の全貌は、さっき話したエマ・ウォーレンの著書でも語られている。ちなみにタイトルは『メイク・サム・スペース』。彼女は僕たちのTRCとそれに関わる人びとの物語を語っていて、僕たちの前に存在したジャマイカン・ソーシャル・クラブの人びとの物語も語り、20世紀初頭に製薬会社のバイエルがこの建物を建てたときまで遡っているんだ。そう誰が建てたのか、その人についてまで書いている。すべてを洗いざらい書いているよ。

サウス・ロンドンのジャズ・シーンが注目を集める近年ですが、そうしたシーンにいるアーティストたちの活動拠点のひとつがTRCです。こうしたアーティストたちがTRCで活動するようになったのはどのような理由からですか?

LB:アラバスター・デプルームがいつも言っているように、「人」なんだよ。基本的にはそこにあるコミュニティなんだ。同じような考えを持っていたり、異なるスキルを持ったりする人たちと出会うことができる。たとえばアートワークを作ってくれる人に出会える。TRCではバンドのレコーディング、ミックス、写真撮影、ヴィデオ作成も可能だ。スペースの中で何でもできるっていうのもあるけど、他のところだと、スタジオがあっても皆自分のスタジオにこもって、誰とも出逢わないよね。そこでは他人と何の繋がりもないっていうのがよくあるけど、ここは全く逆。皆がお互いを知っていて、お互いに協力し合い、チャンスを作り出している。
 アラバスター・デプルームとかはその恰好の例さ。彼は7年程前にマンチェスターからやってきて、ロンドンに知り合いがいるわけでもなかった。でもスタジオを構えたらすぐに馴染んでくれて、ヴェニューをやっていた頃に声をかけてくれた。そこから月1回開催するシリーズを一緒にはじめたんだ。彼は毎回新しいミュージシャンを招いて、自分の音楽を一緒に演奏するギグをキュレーションしていた。そのおかげで、一方では新しいミュージシャンと出会い、新しいコラボレーションを生み出すこともできた。もう一方で、商業的にあまり偏らない方法でオーディエンスを開拓することにも繋がった。僕たちはただ彼の音楽が好きで、それを信じていたんだ。僕たちがこれらのイヴェントをやったのは、その音楽が好きだからであって、お金目当てではなかった。もともとカッコイイからやろうぜって感じだったんだ。50人しか来なくてもいい、これはすごくいいからやり続けようってね。5年後には2000人規模にしようなんて考えていなかった。実際にそうはなったけど、当時はそれを目指していなかった。音楽も素晴らしいし、いいなって思うから、とにかくやってみよう、やり続けようという感じだった。自分の心の中から出てくるもので、質が高ければ、それを大事にすればいい。コンサートを開くと、音響エンジニアがいい仕事をしてくれないとか、嫌な思いをしたりすることってあるよね。あそこでは皆自分のやっていることが好きだから、その空間が好きだから、その空間を象徴するものが好きだから、皆一生懸命やってくれる。皆がベストを尽くし、皆がお互いを思いやり、仕事をするんだ。こういう理由があるからこそ、皆来てくれるんだと思う。

RCの歴史の中で、特に印象に残っているギグなどありますか?

LB:たくさんあるけど、少しメインストリームに近いところに進出できたことがあって、物事がうまく行って、人も仕事も蒔いた種が育っている感じがすることがあったんだ。ジャイルス・ピーターソンと一緒にスペースで何度かイヴェントをやったんだけど、基本的には僕がバンドをブッキングした。その日はザ・コメット・イズ・カミングが来てくれたんだけど、まだ彼らがブレイクする前だったね。ライターやDJにも来てもらったよ。それは当時の僕たちにとって大きな出来事であり、ちょっとしたステップ・アップのようなものだった。たぶん、2016年か2017年のことだったはず。
 ここまで来るのにたくさんのステップがあった。大きな一歩のように聞こえるかもしれないけど、それ以外で言うと最初のイヴェントだね。サッカー96、スナップド・アンクルズ、そして今日まで実際にスタジオにいるような人たちっていう、お気に入りのミュージシャンに演奏してもらった。当時の彼らは超人気者ではなかったけど、同じような意識の仲間たちが集まって、素晴らしい時間を過ごすことができて、誰かに頼ることなく、自分たちのやりたいことを自分たちでできるって気づけるきっかけになった。また、スペースは少し狭くなってはいたんだけど、シード・アンサンブルやジョー・アーモン・ジョーンズのような人たちが本当に好きで見に来てくれる、そんなオーディエンスが集った黄金時代もあったね。本当に美しい時期だった。マイシャのギグもそうだね、話をはじめたらきりがないし、本当にたくさんあったから選べないね。
 黄金期に関してはけっこうずっとあったと思う。それぞれの時期にそれぞれの素晴らしいところがあったからね。特にジャズ・シーンを語るなら、その前はジャズというよりポスト・パンクに近いものだった。そのムーヴメントについて言うのならば、僕たちは2015年頃から関わっていたかな。2015年から2017年はTRCの中でジャズが飛躍的に成長した時期だ。テオン・クロスやジョー・アーモン・ジョーンズ、ヌバイア・ガルシア、ジェシー・カーマイケルといった人たちと初めてライヴをしたんだよ。誰も知らなかったロンドンの若いジャズ・シーンだね。僕たちは2015年頃から彼らと仕事をはじめて、何年も一緒に仕事をしてきた。でも、何かが動いているな、このシーンが本当に遠くまで届くものだなと確信したのは、2017年のことだったと思う。200人くらいのライヴだったものが、500人とか毎週来てくれるようになったんだ。その頃からレーベルとの契約が決まっていき、ローリング・ストーン誌に大きな記事が掲載されるようになり、注目されるようになった。だから僕にとっての黄金期は、いまに繋がっているすべてのことなんだ。彼らとのこうしたムーヴメントを一緒に生み出してきたこともそうだけど、誰よりも先に僕たちがその音楽に興奮できたことそのものかな。それが僕にとっての黄金期だろうね。

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シャバカ・ハッチングスの誕生日に、〈ブルーノート〉のドン・ウォズが来たことがきっかけだった。たしかジャイルス・ピーターソンが彼を連れてきてくれたんだけど、中を案内して自分たちの活動を説明しスタジオで作った作品を聴かせたら気に入ってくれたんだ。1970年代のデトロイトにあった音楽を作っていた空間を思い出したって言っていた。

スタジオ運営と並行して、ヴェルス・トリオ、ニュー・グラフィック・アンサンブルマカヤ・マクレイヴンなどの作品リリースもおこなっていますね。こうしたレーベル運営のディレクションはどのようにおこなっているのですか?

LB:いろいろなやり方でやってきたんだよね。ヴェルス・トリオは全部自分たちでやったね。これらのリリースにおける僕の役割は基本的にA&R、つまりミュージシャンや楽曲のアイデアを現実のものにすること。プロデューサー、ミックス・エンジニア、マスタリング、クールなアートワークの発掘、ヴィデオの作成、ディストリビューションなどで、様々な人と仕事をしてきた。
 僕の仕事は基本的にTRCにミュージシャンやバンドを迎え入れて、その音楽で最高の結果を出すために周りにいる人たちと協力すること。もうひとつ、1年半前に出た作品があって、ダン・リーヴァーズとアラバスター・デプルームのもの。彼らはやはり長年に渡って一緒に仕事をしてきた仲間。いざアルバムを作るとなると、スペースにスタジオがあるから、半年間ノンストップで自分たちのものを作れる。スタジオに入って3日間で全部レコーディングするというようなことはそんなにない。スタジオで一気に録音するよりも、2日間くらいかけて録音したものを分解して、オーヴァー・ダブして再レコーディングするなど、プロセスが長い。いろいろなやり方があるんだ、それぞれアーティストによって違うけど。
 いままた取り組んでいるプロジェクトで、今月レコーディングするニュー・リージェンシー・オーケストラという20人編成のバンド、アフロ・キューバン・ジャズ・オーケストラがあるんだけど、それはまた全く違うプロセスだね。チャートを作って、リハーサルをして、セクションごとに全てのミュージシャンを録音して、それを編集して、リミックスする必要があるんだ。どのプロジェクトも、実現する方法が違う。

こうしたレーベル活動の一環として、今回コンピレーション・アルバムの『トランスミッションズ・フロム・トータル・リフレッシュメント・センター』をリリースします。このアルバムをリリースする主旨や目的について伺えますか?

LB:シャバカ・ハッチングスの誕生日に、TRCに〈ブルーノート〉のドン・ウォズが来たことがきっかけだった。たしかジャイルス・ピーターソンが彼を連れてきてくれたんだけど、中を案内して、自分たちの活動を説明し、スタジオで作った作品を聴かせたら気に入ってくれたんだ。1970年代のデトロイトにあった音楽を作っていた空間を思い出したって言っていた。話していく中で彼は、「君たちはいい仕事をしているようだから、一緒にアルバムを作ろう」と言ってくれたんだ。彼は僕たちがやりたいことを何でもできるように自由にやっていいよって言ってくれた。それから新型コロナウイルスが起こり、ロックダウンが起こったことで、どうしたいかを考える時間がかなりあったんだ。
 基本的には長年にわたるヴァラエティ溢れる折衷的なタイプの音楽、そして様々なタイプのサウンドを持つバンドを紹介したかった。それが実現できたと思う。7つのトラックは、一度は一緒に仕事をしたことのある人たちによるもので、どれも全く違うものだ。サッカー96とラッパーのキーラン・ブースは初めて一緒に仕事をしたんだけれど、彼らにとってコラボレーションという要素がとても大きいんだよね。僕が彼らを互いに紹介し、ちょっとうまくいくかもしれないってなった。レザヴォアはシカゴ出身だけど、彼らがロンドンに来たときに一緒に仕事をしたことがあった。じつは僕らが企画したボイラー・ルームのセッションのために来てくれたんだ。で、それが終わってからこのアルバムのためにトラックをレコーディングしようということになった。チャールズ・トリヴァーの “プライト” という曲のカヴァーを提案した。彼らはスタジオに来たとき、技術的にできないんじゃないか、トラッキングが非常に難しいという疑念を抱いていたんだけど、スタジオに入ると基本的に一回目を完璧なピッチでこなした。結局彼らはそれを取り上げて分解し、全く異なるヴァージョンに仕上げた。なぜなら、彼らは自分たちのスタイルを入れたかったからだ。ミュージシャンやバンドがコラボレーションする中で、その場で何かを再現してしまう、信じられないような光景を目撃できた。4、5時間かけて曲を書き換えて、新しい作品に仕上げたんだからね。
 このアルバムは、スタジオでのサウンドもそうだけれど、僕たちと繋がりのある人たちや過去にたくさん一緒に仕事をしたことのある人たちにも参加してもらって、スタジオに入ってもらって、僕たちのごちゃ混ぜのこのスタイルをうまく見せられていると思う。


サッカー96とキーラン・ブース

スタジオはもうひとつの楽器のようなものだと思うんだ。僕たちのスタジオに人が集まる理由は、音にこだわりがあって、その前後でエンジニアがクリエイティヴなサウンドを作ってくれるからだと思う。

録音に参加したアーティストはどのような観点から選んだのですか? バイロン・ウォーレンのようなジャズ・シーンのヴェテランから、サッカー69のようなジャズや他の音楽をまたぐ活動をする新しいアーティスト、ニュー・グラフィックのようなジャズの中でもクラブ・ミュージック、ストリート・ミュージックに近いタイプのアーティストと、いろいろな種類のアーティストが参加しているのですが。

LB:先ほども言ったけど、折衷主義であることが大きいね。ここ数年は、このシーンの中の特定の若いミュージシャンにしか脚光があたってこなかった。もちろん、それはとてもいいことだと思うよ。それがきっかけとなって、新しい世代のミュージシャンが、こんなことができるんだ、こんな新しいジャズの見方があるんだと、刺激を受けるようになったからね。また、チャーチ・オブ・サウンドというライヴ・イヴェントも開催している。僕たちはジャズの大ファンだけど、若い世代だけを通してジャズに親しんだ訳ではない。僕たちはずっとジャズを聴いてきたジャズ・ファンだから、新しいシーンが爆発する前からそのシーンを知っていたんだ。バイロン・ウォーレンのように、知識の宝庫で本当に優秀な作曲家もいる。彼らはひと通りやりつくしてきたし、伝説的な存在で、その音楽は本当に素晴らしいけど、彼らのことを知らない人たちに彼らを改めて紹介しなければならないと思っている。
 どのバンドにも言えることだけど、トラックを依頼したり、アルバムを作ったりするときって、「彼らなら素晴らしい仕事をしてくれるだろう」という大きな信頼があるんだ。だから端的に言うと、それが基準だったと言えるかもしれない。この人たちは素晴らしい音楽を作るだけでなく、何かを構想し、素晴らしいものを作り上げることができるんだと。あとは機会を与えるということでもあるよね。誰もが知っているような有名アーティストを起用することもできたし、露出という点で各バンドの利益にもなるし、そこが繋がるっていうのも素晴らしい。バイロン・ウォーレンなんてある意味伝説的な存在だから、アルバム5枚作りたいくらいだ。とても意味のあることだと思うし、彼がアルバムに参加してくれて本当に嬉しい。基準は基本的に素晴らしい音楽を作るために信頼できる人たち、それだね。


バイロン・ウォーレン

まさにジェントリフィケーションだね。だから場所に関しては、僕たちは永遠にはあそこにいられないとはわかっている。残念ながら300万ポンドは持っていないから、誰か持っている人がいれば教えて欲しいね。

メルボルン出身のジギー・ツァイトガイストによるツァイトガイスト・フリーダム・エナジー・エクスチェンジ、シガゴのレザヴォアなど、ロンドン以外のアーティストも参加しています。マカヤ・マクレイヴンのときもそうでしたが、TRCがロンドンに限定することなく、より広い視野で世界中のアーティストたちの活動の受け皿になっている事を示していると思います。こうした点についてはどのようにお考えですか?

LB:僕たちは多くの国際的なアーティストがロンドンに来て演奏するときの拠点としてとても重要な役割を担っている。(レザヴォアやマカヤ・マクレイヴンなどが所属するシカゴのレーベルの)〈インターナショナル・アンセム〉の皆は、基本的にロンドンにいるときはリハーサルのためにスタジオでレコーディングしたり、純粋に遊んだり、スタジオで一緒に時間を過ごすんだ。ジギー・ツァイトガイストはいまはベルリンに拠点を置いているけど、TRCはロンドンにあるから、ライヴをしに来るときもここに来てリハーサルをする。つねにコラボレーションの機会があるし、アーティストたちは、新しいバンドが結成されたり、新しいプロジェクトやレコーディングがおこなわれたりする可能性があることに価値を見出しているんだろうね。
 これらのことはすべて、アーティストとして非常に価値のあることだし、それ以上に人びとが利用できるネットワークがあるんだと思う。というのも、このスタジオで何かが作られると、結構興味を持ってもらえるんだ。10年前からやっているから、このスタジオから面白いものが生まれるということを皆知っているんだ。でもその先にあるのは、「入ってきてくれたら、皆友だちになれる」という考え方だと思う。つまり、「たまり場」という要素がとても重要なんだ。シンプルにリハーサル、レコーディング、コラボレーションができる可能性があることだよね。


ツァイトガイスト・フリーダム・エナジー・エクスチェンジ

スウェーデンとエリトリアをルーツに持つミリアム・ソロモンをフィーチャーしたマターズ・アンノウンというグループが参加していますが、これはどのようなグループなのですか?

LB:マターズ・アンノウンは、ヌビアン・ツイストというバンドのトランペット奏者であるジョニー・エンサーが率いるバンドで、彼の新しいプロジェクト。〈ニュー・ソイル〉というレーベルからアルバムをリリースしているよ。ロックダウンの直後に、僕たちのスペースでミュージック・ヴィデオを撮影したことがきっかけで知り合ったんだ。セッティングのためにバンド・リーダーのジョニーがかなりの頻度で電話をかけてくるうちに、すぐに仲良くなった。彼らと一緒にさっき話したチャーチ・オブ・サウンドというライヴ・イヴェントをやったんだけど、僕は最初から彼らの音楽の大ファンで、かなり大々的なサポーターだったこともあって、けっこうライヴに出しているんだ。
 入っているミュージシャンは皆すごいよ。ミリアム・ソロモンは今回スポット的にフィーチャーされているけど、彼女はここロンドンで様々なバンドと一緒にやっている。彼らの他の作品をチェックするといいよ。アルバムを出していて、それもとてもいいんだ。

マイシャのジェイク・ロングが “クレッセント(シティ・スワンプ・ダブ)” という曲をやっています。マイシャのようなアフロ・ジャズとは異なり、重厚なダブ・サウンドを聴かせてくれるのですが、このようにエレクトリックなダブ・ミックスを収録したのは、TRCがたんにライヴの生演奏だけではなく、スタジオのポスト・プロダクションにおいてもアーティストたちの活動をサポートしていることを示す一例なのでしょうか?

LB:もちろん。ダブの要素はスタジオ・プロデューサーのキャピトルKが得意とするところ。全体のダブ要素、全体のミックスとダブの要素は、かなりスタジオでやっていることだ。スタジオはもうひとつの楽器のようなものだと思うんだ。僕たちのスタジオに人が集まる理由は、音にこだわりがあって、その前後でエンジニアがクリエイティヴなサウンドを作ってくれるからだと思う。それが大きな理由だと思うけど、それ以外に長年に渡ってライヴで演奏される音楽の種類や参加しているバンドの影響からダブの要素もあるのかもしれないね。空間とプロダクションが関連づけられているっていうのもあるかもしれない。
 スタジオにいるプロデューサーはよく、1980年代初頭のアナログ機器が手頃な価格で手に入り、しかも本当に良いものだったころの夢のホームスタジオのようなセットアップだと言うんだ。いま、スタジオは確実に進化していると思う。24トラックのオープン・リール・テープ・マシンがあって、あらゆる種類のアート・ボードやシンセサイザーなどがあるんだ。すべてが完全にアナログで、80年代のポスト・パンクやダブ、エレクトロニック・ミュージックで使われていた機材があるっていうことがいいんだろうね。そうしたものを使うと、そこに音の個性が出るんだ。アコースティック・バンドをレコーディングして、スタジオに入ってミックスすると、機材やプロデューサーのスキルによって、まったく違うものができあがる。だからこそ、音を形作るにあたってスタジオが大きな役割を果たすと思うんだ。

最後に、今後TRCをどのように発展させていきたいかお聞かせください。

LB:いまいるビルが永遠に使えるかどうかはわからない。こんなに長くいられたっていうのだけでも恵まれている。注目されている地域にあるとても古いビルなんだ。地価が上がって誰かが建物を買い取り、壊して、新しいマンションを建てちゃうって、ロンドンではよくあることだからね。まさにジェントリフィケーションだね。だから場所に関しては、僕たちは永遠にはあそこにいられないとはわかっている。残念ながら300万ポンドは持っていないから、誰か持っている人がいれば教えて欲しいね。
 そこで、次のステップとして、TRCのデジタル・フットプリントのようなドキュメントを作りたいと考えている。できる限りレコーディングを続けながら、この空間を多くの人に見てもらうためにドキュメンタリー風に記録して、音の背後にあるものをヴィジュアル的に示すようなコンテンツをオンラインで作成する、ということだ。そしてその先には、コンサートをしたり、デジタル・コンテンツを持ってなるべくいろいろなところに行って、コラボレーションも生み出したいね。レーベルについては、一緒に仕事をしたいバンドや、進行中のプロジェクトがたくさんあるから、まだまだ続くだろうね。
 今年はとにかく、ドキュメントを作り、TV番組のようなイメージで、コンテンツのようなものを作っていこうと思っている。ライヴを収録したり、ライヴ・バンドにインタヴューしたり、観客をデジタル空間に招待して、あそこにいる人たち、彼らが何をしているのか、どうやっているのか、舞台裏をたくさん紹介するつもりだよ。

Neue Grafik Ensemble - ele-king

 ロンドンのジャズ・シーンで現在もっとも重要なライヴ・スポット兼スタジオとして名前が挙がる〈トータル・リフレッシュメント・センター〉。以前のレヴューでも触れたことがあるが、サンズ・オブ・ケメットザ・コメット・イズ・カミング、トライフォース、ビンカー・アンド・モーゼス、イル・コンシダードなどがここで作品をレコーディングしており、シカゴからやってきたマカヤ・マクレイヴンがロンドンのミュージシャンたちとセッションを繰り広げた。その模様は『ホエア・ウィ・カム・フロム』として〈トータル・リフレッシュメント・センター〉からリリースされたわけだが、作品数はまだ少ないもののレーベル活動もおこなっていて、その3枚目の作品として発表されたのがニュー・グラフィック・アンサンブルの『フォールデン・ロード』である。

 ニュー・グラフィック・アンサンブルはフレッド・ンセペというアフリカ系フランス人によるユニットで、そもそもニュー・グラフィックの名義でいくつか作品リリースをおこなってきている。現在はロンドンを拠点としていて、〈22a〉や〈リズム・セクション・インターナショナル〉などでもリリースがある。それらはディープ・ハウスやブロークンビーツ、ダウンテンポなどのエレクトロニック・サウンドで、ヘンリー・ウー(カマール・ウィリアムズ)やテンダーロニアスなどに通じるものだ。ニュー・グラフィック・アンサンブルはそんなフレッドによる初のバンド・ユニットで、彼自身はピアニスト、コンポーザー、アレンジャー、プロデューサーとしてこの『フォールデン・ロード』に関わっている。ヘンリー・ウーもテンダーロニアスも、最初はDJ/プロデューサー/ビートメイカーからキャリアをスタートして、その後ミュージシャンや作曲家としてグループを率いるようになっていったのだが、フレッドも同じような経緯を辿っているわけだ。
 『フォールデン・ロード』の参加ミュージシャンは、サウス・ロンドンの最重要プレイヤーのひとりであるヌビア・ガルシア(サックス)、ジャイルス・ピーターソンのコンピ『ブラウンズウッド・バブラーズ』にも作品が収録されたことがあるエマ・ジーン・ザックレー(トランペット)、〈トータル・リフレッシュメント・センター〉のリリース第一弾となったヴェルズ・トリオのドゥーガル・テイラー(ドラムス)、〈リズム・セクション・インターナショナル〉の主宰者であるブラッドリー・ゼロ(パーカッション)、イル・コンシダードやマイシャに参加するヤーエル・カマラ・オノノ(パーカッション)などのほか、オーストラリアの30/70のメンバーでソロ・アルバム『アケィディ:ロウ』もリリースするアリーシャ・ジョイ(ヴォーカル)もフィーチャーされる。30/70も〈リズム・セクション・インターナショナル〉からアルバムをリリースしており(最新作『フルイド・モーション』もリリースされたばかり)、そうした繋がりからアリーシャも参加しているようだ。

 オープニングを飾るタイトル曲“フォールデン・ロード”は、力強く律動するドラムが印象的なダンサブルなナンバーで、ブロークンビーツ経由のジャズ・ファンク~フュージョンといういかにもロンドンらしい作品。続く“ダルストン(もしくはドールストン)・ジャンクション”は〈トータル・リフレッシュメント・センター〉のある交差点のことで、ちなみに“フォールデン・ロード”もその付近のイースト・ロンドンを走る道路のことである。フレッドの演奏するシンセやエシナム・ドッグベイスツのフルートによる浮遊感溢れる空間に、ブラザー・ポートレイトのポエトリー・リーディングがフィーチャーされ、ダブ・ポエットに近いムードの曲である。レイドバックした雰囲気は続く“ヴードゥー・レイン”にも引き継がれ、ヌビア・ガルシアのサックスが深遠なフレーズを奏でていく。
 サウス・ロンドンのジャズにはアフロやカリビアンなどルーツ色を強く打ち出したものが多いが、この作品においてはフレッドのルーツであるアフリカ的なカラーが色濃いと言える。“サムシング・イズ・ミッシング”はそうしたアフリカン・ジャズと、ブロークンビーツなどエレクトロニック・サウンドが融合した作品。ニュー・グラフィックならではのジャズとクラブ・サウンドの中間地点にある曲で、いまのロンドンのジャズを象徴する1曲とも言えよう。
 アリーシャ・ジョイのメロウでソウルフルな歌声をフィーチャーした“ホテル・ラプラス”(ウェスト・ロンドンの中心にあるホテルの名前)を挟み、ブラザー・ポートレイトをフィーチャーした“ヘッジホッグズ・ジレンマ”はジャズ、アフロ、ブロークンビーツ、グライムのハイブリッド。エズラ・コレクティヴあたりと同じ地平にあるナンバーだ。最終曲の“デディケイティッド・トゥ・マリー・ポール”はゆったりとしたビートのアフロ・ダブ的な作品で、ブラザー・ポートレイトのダブ・ポエット的なパフォーマンスが披露される。現在のロンドンのジャズはブロークンビーツなどクラブ・サウンドと密接な関係があり、またアフロ、カリビアン、ダブとも強い繋がりを持っているのだが、それを代弁するような作品と言えるだろう。


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