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ロンドンのジャズ・シーンで現在もっとも重要なライヴ・スポット兼スタジオとして名前が挙がる〈トータル・リフレッシュメント・センター〉。以前のレヴューでも触れたことがあるが、サンズ・オブ・ケメット、ザ・コメット・イズ・カミング、トライフォース、ビンカー・アンド・モーゼス、イル・コンシダードなどがここで作品をレコーディングしており、シカゴからやってきたマカヤ・マクレイヴンがロンドンのミュージシャンたちとセッションを繰り広げた。その模様は『ホエア・ウィ・カム・フロム』として〈トータル・リフレッシュメント・センター〉からリリースされたわけだが、作品数はまだ少ないもののレーベル活動もおこなっていて、その3枚目の作品として発表されたのがニュー・グラフィック・アンサンブルの『フォールデン・ロード』である。
ニュー・グラフィック・アンサンブルはフレッド・ンセペというアフリカ系フランス人によるユニットで、そもそもニュー・グラフィックの名義でいくつか作品リリースをおこなってきている。現在はロンドンを拠点としていて、〈22a〉や〈リズム・セクション・インターナショナル〉などでもリリースがある。それらはディープ・ハウスやブロークンビーツ、ダウンテンポなどのエレクトロニック・サウンドで、ヘンリー・ウー(カマール・ウィリアムズ)やテンダーロニアスなどに通じるものだ。ニュー・グラフィック・アンサンブルはそんなフレッドによる初のバンド・ユニットで、彼自身はピアニスト、コンポーザー、アレンジャー、プロデューサーとしてこの『フォールデン・ロード』に関わっている。ヘンリー・ウーもテンダーロニアスも、最初はDJ/プロデューサー/ビートメイカーからキャリアをスタートして、その後ミュージシャンや作曲家としてグループを率いるようになっていったのだが、フレッドも同じような経緯を辿っているわけだ。
『フォールデン・ロード』の参加ミュージシャンは、サウス・ロンドンの最重要プレイヤーのひとりであるヌビア・ガルシア(サックス)、ジャイルス・ピーターソンのコンピ『ブラウンズウッド・バブラーズ』にも作品が収録されたことがあるエマ・ジーン・ザックレー(トランペット)、〈トータル・リフレッシュメント・センター〉のリリース第一弾となったヴェルズ・トリオのドゥーガル・テイラー(ドラムス)、〈リズム・セクション・インターナショナル〉の主宰者であるブラッドリー・ゼロ(パーカッション)、イル・コンシダードやマイシャに参加するヤーエル・カマラ・オノノ(パーカッション)などのほか、オーストラリアの30/70のメンバーでソロ・アルバム『アケィディ:ロウ』もリリースするアリーシャ・ジョイ(ヴォーカル)もフィーチャーされる。30/70も〈リズム・セクション・インターナショナル〉からアルバムをリリースしており(最新作『フルイド・モーション』もリリースされたばかり)、そうした繋がりからアリーシャも参加しているようだ。
オープニングを飾るタイトル曲“フォールデン・ロード”は、力強く律動するドラムが印象的なダンサブルなナンバーで、ブロークンビーツ経由のジャズ・ファンク~フュージョンといういかにもロンドンらしい作品。続く“ダルストン(もしくはドールストン)・ジャンクション”は〈トータル・リフレッシュメント・センター〉のある交差点のことで、ちなみに“フォールデン・ロード”もその付近のイースト・ロンドンを走る道路のことである。フレッドの演奏するシンセやエシナム・ドッグベイスツのフルートによる浮遊感溢れる空間に、ブラザー・ポートレイトのポエトリー・リーディングがフィーチャーされ、ダブ・ポエットに近いムードの曲である。レイドバックした雰囲気は続く“ヴードゥー・レイン”にも引き継がれ、ヌビア・ガルシアのサックスが深遠なフレーズを奏でていく。
サウス・ロンドンのジャズにはアフロやカリビアンなどルーツ色を強く打ち出したものが多いが、この作品においてはフレッドのルーツであるアフリカ的なカラーが色濃いと言える。“サムシング・イズ・ミッシング”はそうしたアフリカン・ジャズと、ブロークンビーツなどエレクトロニック・サウンドが融合した作品。ニュー・グラフィックならではのジャズとクラブ・サウンドの中間地点にある曲で、いまのロンドンのジャズを象徴する1曲とも言えよう。
アリーシャ・ジョイのメロウでソウルフルな歌声をフィーチャーした“ホテル・ラプラス”(ウェスト・ロンドンの中心にあるホテルの名前)を挟み、ブラザー・ポートレイトをフィーチャーした“ヘッジホッグズ・ジレンマ”はジャズ、アフロ、ブロークンビーツ、グライムのハイブリッド。エズラ・コレクティヴあたりと同じ地平にあるナンバーだ。最終曲の“デディケイティッド・トゥ・マリー・ポール”はゆったりとしたビートのアフロ・ダブ的な作品で、ブラザー・ポートレイトのダブ・ポエット的なパフォーマンスが披露される。現在のロンドンのジャズはブロークンビーツなどクラブ・サウンドと密接な関係があり、またアフロ、カリビアン、ダブとも強い繋がりを持っているのだが、それを代弁するような作品と言えるだろう。
小川充