ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Larry Heard 社会にはつねに問題がある、だから私は音楽に美を吹き込む | ラリー・ハード、来日直前インタヴュー
  2. The Jesus And Mary Chain - Glasgow Eyes | ジーザス・アンド・メリー・チェイン
  3. 橋元優歩
  4. Beyoncé - Cowboy Carter | ビヨンセ
  5. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第2回
  6. CAN ——お次はバンドの後期、1977年のライヴをパッケージ!
  7. interview with Martin Terefe (London Brew) 『ビッチェズ・ブリュー』50周年を祝福するセッション | シャバカ・ハッチングス、ヌバイア・ガルシアら12名による白熱の再解釈
  8. Free Soul ──コンピ・シリーズ30周年を記念し30種類のTシャツが発売
  9. interview with Keiji Haino 灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第1回  | 「エレクトリック・ピュアランドと水谷孝」そして「ダムハウス」について
  10. Columns ♯5:いまブルース・スプリングスティーンを聴く
  11. claire rousay ──近年のアンビエントにおける注目株のひとり、クレア・ラウジーの新作は〈スリル・ジョッキー〉から
  12. 壊れかけのテープレコーダーズ - 楽園から遠く離れて | HALF-BROKEN TAPERECORDS
  13. まだ名前のない、日本のポスト・クラウド・ラップの現在地 -
  14. Larry Heard ——シカゴ・ディープ・ハウスの伝説、ラリー・ハード13年ぶりに来日
  15. Jlin - Akoma | ジェイリン
  16. tofubeats ──ハウスに振り切ったEP「NOBODY」がリリース
  17. 『成功したオタク』 -
  18. interview with agraph その“グラフ”は、ミニマル・ミュージックをひらいていく  | アグラフ、牛尾憲輔、電気グルーヴ
  19. Bingo Fury - Bats Feet For A Widow | ビンゴ・フューリー
  20. ソルトバーン -

Home >  Reviews >  Album Reviews > Tenderlonious- Hard Rain

Tenderlonious

HouseJazzTechno

Tenderlonious

Hard Rain

22a / Pヴァイン

Tower HMV Amazon iTunes

小川充   Oct 02,2019 UP
E王

 昨年はザ・22アーケストラをフィーチャーした『ザ・シェイクダウン』に、今年に入ってルビー・ラシュトンでリリースした『アイアンサイド』と、よりジャズの生演奏にフォーカスした作品が続くテンダーロニアスことエド・コーソーン。これらのアルバムではジャズ・ロックやジャズ・ファンク、モーダル・ジャズやスピリチュアル・ジャズが組み合わされた音楽をやっていて、ユセフ・ラティーフなどに影響を受けたアフリカやラテン色の濃い演奏を見せたり、『アイアンサイド』ではポーランドの巨匠クシシュトフ・コメダのカヴァーもやっていた。その一方で、J・ディラやスラム・ヴィレッジのようなヒップホップ・ビートを咀嚼したリズムを作り出したり、ドラムンベースやブロークンビーツをジャズ演奏の中に取り入れるなど、もともとクラブ・ミュージックの世界からジャズへと進んだテンダーロニアスらしさも見せていた。

 今回リリースされた新作『ハード・レイン』は、『ザ・シェイクダウン』や『アイアンサイド』に比べてクラブ・サウンドやエレクトロニック・ミュージック寄りのもので、彼の初のミニ・アルバムとなる『オン・フルート』(2016年)やDJ/プロデューサーのデニス・アイラーと組んだ『ブリック・シティ(8rick Ci7y)』(2017年)の路線に近いものだ。ジャズの即興演奏やジャム・セッション的な演奏がベースとなるのではなく、最初にビート・プログラミングがあって、そこにフルートなりサックスなりの演奏を被せていくというものだ。テンダーロニアスは本来的なミュージシャンとは違うので、こうしたスタイルこそがそもそもの彼らしいものと言えるだろう。いろいろなミュージシャンが参加していた『ザ・シェイクダウン』や『アイアンサイド』と違い、『ハード・レイン』はテンダーロニアスのみで作られていて、録音も彼のベッドルーム・スタジオでおこなったようだ。1曲目の“ケイシー・ジュニア”を聴けばわかるように、あくまで基本は繰り返し反復されるマシーン・ビート。キーボードなどの演奏も極力ミニマルで、あくまで無駄を排したシンプルなものとなっている。

 この“ケイシー・ジュニア”はセオ・パリッシュに繋がるようなビートダウン系の曲だが、ほかにも“バッファロー・ガールズ”や“ブロークン・トム”のような1980年代風のエレクトロあり、URを彷彿とさせる抒情的なテクノ・サウンドの表題曲“ハード・レイン”あり、カール・クレイグの69的な世界が繰り広げられる“アナザー・ステイト・オブ・コンシャスネス”ありと、テンダーロニアスが影響を受けたエレクトロニック・ミュージックを総動員したアルバムとなっている。URやデリック・メイなどのデトロイト勢から、ハービー・ハンコックやウェザー・リポートなどのジャズ/フュージョンに影響を受けたカーク・ディジョージオ(アズ・ワン)やイアン・オブライエンが、1990年代のUKでジャズとエレクトロニック・ミュージックを結び付けたサウンドを切り開いていったが、“ハード・レイン”にもそうした匂いが感じられる。アルバム・ジャケットの雰囲気も、当時のアズ・ワンやイアン・オブライエンのように抽象性を感じさせるものだ。抽象性や抒情的な美しさという点では、ジャズに接近していた頃のラリー・ハード(ミスター・フィンガーズ)にも通じるものだ。

 そして『ハード・レイン』はテクノやハウスだけでなく、さまざまなタイプのリズムに溢れている。J・ディラを咀嚼したようなヒップホップ・ビートの“GU22”に、奇妙なズレ感がクセになる変則ビートの“ワーキン・ミー・アウト”があり、アブストラクトなムードの“ラヴ・ユー”のようなビートレス系のナンバーまで、特定のジャンルに縛られないクロスオーヴァーなアルバムとなっている。“オールモスト・タイム”や“エイソップ・ソウツ”などはジャズともハウスともヒップホップとも言えず、またそれら全ての要素を含んだ曲。かつてのパル・ジョーイのようなジャズ・ハウスとジャズ・ヒップホップの中間をいくようなプロダクションとなっている。いずれにしても反復されるビートの美学に貫かれた曲だ。全体的にフルートやサックス演奏も控えめとなっていて、『ハード・レイン』はテンダーロニアスのビートメイカーとしての側面に振り切ったアルバムと言えるだろう。

小川充