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The New House

The New House

Burning Ship Fractal

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橋元優歩   May 11,2012 UP

 先にはっきりと説明しておくと、本作はパンダ・ベア『パーソン・ピッチ』/アニマル・コレクティヴ『フィールズ』にそ  っ  く  り な 作 品である。ほんとうにそっくりだ。リズム、ハーモニー、ヴォーカリゼーション、クセのあるループ、あたたかいリヴァーブ......ユーチューブには英語で「なぜこれがアニコレじゃないのか?」という感想も書き込まれている。ニュー・ハウスなる東京の5人組、そのアニコレ「的」といった次元を超えてアニコレなファースト・アルバム『バーニング・シップ・フラクタル』を心愉しく聴いた。彼らの方法をめぐっては諸論あってしかるべきところだが、すくなくともこんなフィーリングを日本の音楽のなかに聴けるのはうれしい。いや、結局のところ日本の音楽ではなかったという点にかぎりない惜しさを感じるのだが、ぜひとも大切に蒸留してこれを日本の音楽として精製していただきたいと思う。日本のインディ・ロックの息苦しさから、あるいはなぜかしら一種のエリーティズムに誤解されてしまう日本の「洋楽」受容文化からわれわれを解放してくれるものが、そこにはただよっているのだから。パンダ・ベアからチルウェイヴへとベッドルームを介して流れこむ、あのあかるくアルカイックな、新しいフィーリングが。

 ところで、なぜこれほど堂々とパンダ・ベアでアニコレな音楽をやるのかという疑問をめぐって、筆者には勝手な想像になるニュー・ハウス物語ができあがっている。それは非常に有名なある句を連想したことにはじまる。

船焼き捨てし
船長は


泳ぐかな 高柳重信

 『バーニング・シップ・フラクタル』というタイトルでただちにこの句を思い浮かべた。初句7音の斬り込むような韻律は、焼ける船のすがたを直線のような抽象性をもって鮮やかにとらえるが、よくみればそれはフラクタルで無限的な輪郭を持って燃え上がるのではなかったか......そしてそのばっちりと印象的な像からすこし目をそらすと、むこうには船長が泳いで逃げていく姿。筆者はこの「泳ぐかな」が好きだ。ここで壮絶ながらもどこか滑稽なニュアンスが生まれる。2行あけが船と船長との距離をあらわしているようにみえてくると、あなただって笑うだろう。やがて船長は視界のなかで小さくなっていくはずだ。うける。そこにダメ押しで「かな」とくる。口語であえて訳せば「泳ぐのであるなあ」「泳ぐことよ」「泳ぐのである」だ。うける。大真面目で、シニカルな、しかし冗談のような詠嘆でもって句は結ばれる。いわゆる前衛俳句を代表する、非常に有名な一句である。昭和24年あたりの作品、重信は26歳だ。

 無論ニュー・ハウスが重信の句を念頭にこのタイトルをつけたとは思わない。だが音を聴くにつけ、この連想はなかなかしっくりくるものではないかという思いを深くした。『バーニング・シップ・フラクタル』は「泳ぐかな」の音楽だ。自分で火を放った船から全力クロールで逃げる、逃げる姿が遠方へと消えてゆく。燃やした船とはなにか?

 それは現在のUSインディ・ミュージックだ。ことにパンダ・ベアからチルウェイヴにいたる一大ストリームである。自らにもシーンにもいまもっとも大きな影響をおよぼす対象に、火を放ちたいと彼らは思わなかっただろうか。火を放ってわーっとか言いながら騒ぎ、遊び、それが焼け朽ちていくのを眺めたいとは思わなかっただろうか。あの屈託ないまでにそのまんまパンダ・ベアな音を鳴らすモチヴェーションとしては、筆者にはそれ以外説明がつかないように思われる。

 だがその放火がいたずらレヴェルに終わりかつまったく悪びれる様子がないところがニュー・ハウスの可愛らしさだ。"スモール・ワールド"のけろりとしたたたずまいはどうだろう。"ウォーター・カーシズ"や"ファイアワークス"など『フィールズ』以降のアニコレ名曲にはつきものといえる中抜き3連符のリズムに南国的なコーラスが独特の節回しで唱和し、ループする。これは楽しいにちがいない。"ヒー・ハウルズ"のながい冒頭も遊び心がある。

 木や草や生き物たちのおびただしい息づかいを感じさせる、これまたアニコレ一流のサイケデリックなハーモニーが模倣され、曲名に掛けられたユーモアがたちあがってくる。そして燃やして騒いであとはどうしたものか、逃げちゃえとばかり「泳ぐことよ」、泳いだのである。ちょうど曲名が"ポンド(Ⅰ)"だ。音がやみ、あとに波のたゆたいばかりがのこされたとき、われわれはこの真面目なようでいたずらのようでもある、切実だが可愛げのある、一種のおかしみと愛嬌を思い、破顔するだろう。ここには愛情や敬意とともに彼らなりの引導を渡すべく、おもいきりバーニングさせたパンダ・ベア/アニマル・コレクティヴがある。

 終盤を飾る数曲はその意味では重要かもしれない。"コラージュ・オブ・シーズン"のアンビエントはアニコレよりも淡くかそけき情感をたたえている。和音の色が信号のように一定間隔で置き換わり、小さくカタカタと弦の音が響いてくる中盤からはじっと耳をそばだててしまう。"スパイラル・クラウド"もパンダ・ベア的な歌唱スタイルではあるが、トラック自体にオリジナルな感覚があって、非常になだらかな、繊細な起伏をふくんだ展開をみせる。この淡さこそは筆者が日本のチルウェイヴのなかに期待したいもっとも大きな要素だ。こうした網目の細かい織布のような音で、あらゆる歴史や文化を乾燥させ砕いたあとのような、われわれの顆粒状のエモーションをすくいあげてほしいのである。

橋元優歩