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Toro Y Moi

Toro Y Moi

Anything In Return

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橋元優歩   Jan 21,2013 UP

 彼の心は彼のもの。チャズ・バンディックが体現するのは、一種の純潔ではないだろうか。"スティル・サウンド"で彼がくるくると踊るとき、"タラマック"で花火を振り回すとき、"ソー・メニー・ディテイルズ"で池に小石を投げるとき、間違いなく彼の心は彼だけのためにある。何ものもそれに触れ、それを汚すことができない......。

 バンディックが歌い、動き、踊るのをみていると、心というものはどこまでも自分のものであっていい、いや、そうでなければならない、というふうに思えてくる。心というとわかりにくいだろうか。人の思惑のために簡単に動いてしまうものは、人のなかに何かを残したりしない。それはよくもわるくもだ。彼がわれわれを惹きつけるのは、そうした何か動かざるもののためであると感じる。そうでなければ音楽オタクでも方法オタクでもない、そうテクニカルでもない、一大トレンドとして類似した音も多い、はや3作目にもなるトロ・イ・モワの音楽が、こんなに特別な存在感を持つことの説明は他にはつかない。彼のセンスや嗅覚は高く評価するとしても、音の足し算や引き算では説明のつかない魅力のために、われわれはまたアルバムを手にしている。

 ふわふわとした話ですみません。もちろん足し算と引き算の話も重要だ。今作、彼はさらにブラコン路線を強め、純粋なリヴァイヴァル気運を伴いつつチルウェイヴの展開形のひとつとしても浮上してきた90年代風R&Bの潮流(野田努が「チル&ビーって言うらしいよ~」と言っていた)に、完璧にシンクロしている。今回もホーム・レコーディングだということだが、ローファイの名残をとどめながらもぐっと洗練され、よりクリアなプロダクションを得ることになった。インクやハウ・トゥ・ドレス・ウェルなども同様の傾向を深めており、それらはいまもっとも気にされているトレンドのひとつになっている。

 実際のところよく聴き比べれば、トロ・イ・モワ自体、音楽の骨子の部分ではあまり変わっていないとも言える。だが、たとえばアマゾンの商品説明で『コージャーズ・オブ・ディス』がパッション・ピットやヴァンパイア・ウィークエンド、MGMTなどと比較されているのを見ると時代の変遷ぶりに驚いてしまう。アニコレも加え、当時はブルックリン勢の最後尾のように理解されていたわけだ(たしかにそういう感じもあった)。そしてミスター・チルウェイヴとしてウォッシュト・アウトと並び称された記憶もまだ払拭されたわけではない。同時にいまはインクハウ・トゥ・ドレス・ウェルに比較される。要するに音楽性自体はそう変わらないまま、彼はその代その代のもっともヴィヴィッドな流れにつねに比較されているのである。

 まわりに同調してくるくると音楽性を変えたりはできない。毎度、少し洗練されたなというような、自身のキャリアとしてまっとうな進歩を見せるだけのことである。周囲の思惑は、そう簡単には彼を動かせない。それは"ソー・メニー・ディテイルズ"のPVにもよく表れている。女優を用いて、大掛かりな道具立てやロケによって撮られてた、トロ・イ・モワとしてはかなり異色の作品だ。高級車や豪華な別荘や自家用ジェット、そしてハイクラスな美女に取り囲まれながら、そのどれにも染まず漂ってしまうバンディックの肢体は、その心そのものでもある。高級だからなじまないというのとも少し違う。彼自身に干渉しようとする異物に対する、潔癖的な恐れや違和感が画や姿からありありとたちのぼっている。石を池に投げる何気ないシーンでは、その動きが、彼が自分自身の領域を防護しようとするものであるように感じられないだろうか。彼の心は彼のもの、なのだ。
 ヒットチャートもののR&Bのミュージック・ヴィデオのパロディでもあるだろうが、その思惑すら越えてバンディックの静かな視線がカメラに注がれる。"セイ・ザット"も皮肉めいた笑いを誘うとても好きな映像だ。謎の大自然のモチーフもふざけているようでいて、カーティス・メイフィールドの『ルーツ』などを思い起こさせもする。バンディックに政治的なテーマはまるでないだろうが、ソウル・ミュージック全体のなかに自身のアイデンティティや立脚点を探ろうとするような意図は見える。ジャケットにも明瞭だ。彼の純潔はさまざまな雑音を洗い、払って、自分のゆくべきひとつの道を見つけ出そうとしているのかもしれない。

※蛇足ですが本文冒頭は昨年の傑作ドラマに出てきた名ゼリフの引用です。(http://www9.nhk.or.jp/kiyomori/cast/heike.html#h_shigeko

橋元優歩