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Gnawa Diffusion

Gnawa Diffusion

Shock El Hal(時代の棘)

Turn Again Music - Kamiyad/オルターポップ

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鈴木孝弥   Mar 18,2013 UP

 日出ずる国から、"日の没するところ(マグレブ)"に想いを馳せてみる。最果ての地に抱く異国趣味じゃなくて、ただ、地球がそれほどデカくない球体だってことを確認するために。このフランスのバンドがアラビア語で歌う〈アラブの春〉賛歌を東京で流し、それが、スギ花粉やら何やらよからぬものが舞うこの大気にフィットする快感の中に、それを確認するのだ。目を閉じれば、瞼の裏で火器の咆哮が轟き、抵抗の怒号が聞こえる。巻き上がるつちけむりの中に、催涙ガスと発煙筒とキフ(ハシシ)の匂いがする。
 実際に起きていることは違っても、球体の表面は繋がっている。グローバリゼイション。強きを助け、弱きをくじく同じ悪事もまた、この球体を覆い尽くしている──福島を、霞が関/永田町を、高江/辺野古を、ワシントン、ウォール街を、パリを、アルジェ、チュニス、中東を......。
 冴えない日常を忘れるために聴く音楽があるように、目の前の問題から目をそらさないために聴く音楽もある。それが地球の裏側から届き、そこから学び、それで踊ったり、繋がったりする。

 奴らは言う:働け、黙って身の程をわきまえろ
 身の程を知って、水を飲め
 しかし、何も望むな、文句を言うな
 やつらは僕たちを盲目にしたいのだ
 僕たちを怖がらせて、骨抜きにして
 ぼけて何も分からない麻痺状態にしてしまいたいのだ
(錆びた鋼鉄)

 ブラック・アフリカの土着ビートが、売られた黒人奴隷たちを媒介に、北アフリカにおいてイスラム神秘主義との関わりの中で独自のトランス・ミュージックに発展したグナワ。UKインディアンのタルヴィン・シンが、そのオリエンタルな血の共鳴からモロッコのスーフィー(イスラム神秘主義)音楽であるジャジューカを"エレクトロナイズ"したアプローチが既に古典化しているように、低音のフレットレス3弦楽器ゲンブリ(シンティール)と鉄アレイ型の金属製カスタネット:カルカバのコンビネイションによるミニマルな反復ビートを基底とするグナワもまた、トライバル/グローカル・ビートを取り入れた新種のトランス・ミュージックに目がない人には知られたジャンルになった。
 しかしグナワ・ディフュージョンは、その"グナワ"という言葉と演奏形態を、"イスラム神秘主義的音楽療法"としてではなく、明らかに自由と抵抗のシンボルとして掲げている。フロントマン:アマジーグ・カテブの父=アルジェリアの著名な作家カテブ・ヤシーヌは、絶対自由主義や絶対平等主義を(イスラム教国にあって特に男女同権を)公然と主張して国外追放となった。息子アマジーグは16歳で父の亡命先フランスのグルノーブルに渡り、その地でグナワ・ディフュージョンを結成するが、すなわちサハラ以南からマグレブへ拉致された黒人奴隷の抵抗、そしてアルジェリアからフランスへ逃れたエグザイルの抵抗という二重の抵抗を"グナワ"にシンボライズさせ、世界中の抵抗の民に向けて拡散(ディフュージョン)するのである。

 ビートを強調するグナワと並んでもうひとつ、特に"歌もの"曲において彼らの表現様式の核となるのがアルジェリア・スタイルのシャービ。フランスのコロニアリズムの抑圧からアルジェリア人の精神を解放するために生まれた、言うなれば世俗歌謡だ。同国独立後のシャービでは、国外追放された/亡命した異郷生活者の悲哀が歌われることも多く、その意味でシャービもまた、虐げられ、追われる者の文化だ。

 グナワ・ディフュージョンのサウンドで、それらとほぼ同等に主張されるのがレゲエ(もまた、ジャマイカに拉致された黒人奴隷の歴史に立脚している)。そして、そもそも"グナワ"という言葉が語源学的に(有史来最大の人権犯罪の被害者であるところの)"アフリカ黒人"を意味していて、黒人グループではないこのバンドのロゴの"GNAWA"の中央には、国家という枠組みや民族主義的な考え方を否定するアナキズムのシンボル"サークルA"が置かれている。これが彼らのボーダーレスな視点を何よりもシンボライズしているわけだ──これは地球規模の暴力的なトップダウン体制に対峙する、人種国籍を問わないボトムアップの抗議のグルーヴなんだと。日本でもその存在が知られるようになって久しいグナワ・ディフュージョンだが、北アフリカ・オリジンの民族音楽の系統として認識されるばかりで、そのコスモポリタニズム性から捉えられることはこれまで少なかったように思う。

 再結成を経て放たれた10年ぶりのスタジオ録音は、その聴き方を発見するのに適した、あらゆる音楽ファンの耳に開かれた間口の広い傑作だ。個人的にこれまで若干の軽佻さと違和感を感じてきたダンスホール・レゲエ(ラガ)の手法もこなれ、効果的に馴染んでいる。さらにはロックにファンクに、ジャジーな和音もスクラッチングもダブも一体化する洗練されたミクスチャー・サウンドは、雑多なファクターの寄せ集めをイメージさせるその名称よりも、徹底的に世界主義的なプロテスト・スピリットの具象としての"コスモ・ロック"とでも呼んだ方がしっくりくる。ひとつの完成された表現形態として、いよいよ強靭なのだ。

 アルバムの全貌が明らかになった時点でフランスで最も話題を呼んだのが、1950年代から移民、女性、貧困層や若者といった社会的弱者の代弁者であったアナキスト、反逆のSSWで、フランスの国民的歌手として今も愛され続けるジョルジュ・ブラッサンスの代表曲のひとつ、「オーヴェルニュ人に捧げる歌」のシャービ・カヴァーだった。フランスの典型的田舎の善良な人たちをテーマにした曲が、こぶし回りまくりのアルジェリアン・アクセントで歌われる。このカヴァー行為自体で、政治的な境界(ボーダー)の意味を考えさせてしまう。まさに天国のブラッサンスは、わが意を得たり、と膝を打っているに違いない。

 "時代の棘(Shock El Hal)"とは、すなわち世界を蝕む弱肉強食グローバリゼイション・システムの棘。サボテンは、棘を持ってそれに抵抗する市民。そしてそのそれぞれの"葉"は、世界の各大陸のようにも見える。
 さらに言えば、"shock"はアラビア語の"棘"の発音をアルファベットに転写したものだが、それは〈アラブの春〉〈オキュパイ・ウォール・ストリート〉以降の革命の与える衝撃(ショック)も示唆する。このジャケットだけでこれだけ雄弁なのだが、その中身もまったく期待を裏切らなかった。この豊潤な最新型プロテスト・アルバムを味わい尽くすには、解説と歌詞対訳が充実した日本盤が絶対いい。



鈴木孝弥

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