ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. interview with Sleaford Mods 「ムカついているのは君だけじゃないんだよ、ダーリン」 | スリーフォード・モッズ、インタヴュー
  2. Columns Introduction to P-VINE CLASSICS 50
  3. Bandcamp ──バンドキャンプがAI音楽を禁止、人間のアーティストを優先
  4. 別冊ele-king 坂本慎太郎の世界
  5. Ken Ishii ──74分きっかりのライヴDJ公演シリーズが始動、第一回出演はケン・イシイ
  6. DADDY G(MASSIVE ATTACK) & DON LETTS ——パンキー・レゲエ・パーティのレジェンド、ドン・レッツとマッシヴ・アタックのダディ・Gが揃って来日ツアー
  7. Masaaki Hara × Koji Murai ──原雅明×村井康司による老舗ジャズ喫茶「いーぐる」での『アンビエント/ジャズ』刊行記念イヴェント、第2回が開催
  8. aus - Eau | アウス
  9. Autechre ──オウテカの来日公演が決定、2026年2月に東京と大阪にて
  10. Daniel Lopatin ──映画『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』のサウンドトラック、日本盤がリリース
  11. 見汐麻衣 - Turn Around | Mai Mishio
  12. interview with bar italia バー・イタリア、最新作の背景と来日公演への意気込みを語る
  13. Shabaka ──シャバカが3枚目のソロ・アルバムをリリース
  14. Geese - Getting Killed | ギース
  15. ポピュラー文化がラディカルな思想と出会うとき──マーク・フィッシャーとイギリス現代思想入門
  16. Dual Experience in Ambient / Jazz ──『アンビエント/ジャズ』から広がるリスニング・シリーズが野口晴哉記念音楽室にてスタート
  17. Oneohtrix Point Never - Tranquilizer | ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー
  18. アンビエント/ジャズ マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜
  19. interview with bar italia 謎めいたインディ・バンド、ついにヴェールを脱ぐ | バー・イタリア、来日特別インタヴュー
  20. GEZAN ──2017年の7インチ「Absolutely Imagination」がリプレス

Home >  Reviews >  Album Reviews > シャムキャッツ- TAKE CARE

シャムキャッツ

Indie RockJ-Pop

シャムキャッツ

TAKE CARE

P-VINE

Tower HMV Amazon iTunes

竹内正太郎   Mar 02,2015 UP

 バス停にひとりの女の子が立っている。そこを通り過ぎるひとりの男。さりげないカットバックで挿入される「あの夏の夜のこと」は、しかし、ただ男の脳裏を甘美に照らすばかりで、誰にも引き取られずにやがて蒸発してしまう。女の子の頭の中を転がるのは、母親のことや(結婚を急かされでもしたのだろう)、保険といったどこまでも現実的な問題ばかりだ(月々の掛金が高いのかもしれない)。そう遠くない過去に、つかの間の恋人として人並みの青春を演じたはずのふたりは、その数年後を描いた“Girl At The Bus Stop”という曲の中でなんの物語も演じていない。それどころか、たったひとつの言葉を交換することにすら至らないのだ。
 そう、何人ものキャラクターを配置した群像劇の形式を採用しながらも、たとえばP.T.アンダーソン的な物語の結節点を少しも求めなかった前作『AFTER HOURS』の続編的EP、この『TAKE CARE』で、シャムキャッツはまたしても「何も起こらないこと」をボーイズ&ガールズの日々に宿命づけている。回りつづけるカメラが置かれているだけで、そこには街の外灯を数えるのがせいぜいの男だったり、「今日は話すようなことがなかった」ということを話そうと考えている女の子だったりが、たまたま写りこむに過ぎない。「まるでよくできたポップ・ソングのような」物語は、ここには用意されていない。にもかかわらず、ひとりのストーリーテラーが誕生した確信を覚えずにはいられない充実感がここには漂っている。

 思えば、小沢健二が「物語のはじまりには丁度いい季節になったろう/まるで全てが変わるように」と歌って以来、たとえばandymoriの小山田壮平が「物語が始まるかも知れないんだよ」と歌うに至るまで、物語の不在はこの国のポップ・シーンでも主たる主題のひとつだった。あるいは、マイク・スキナーやアレックス・ターナーのようなある種のシニシズムがポップに機能した背景にも、そのような同時代的な感性がなかったとは言えないだろうし、技法的なことで言えば、両者ともそこをヒップホップ的な饒舌さで補っていた点で必然的な一致を見ている。とすれば、ネオアコ的なポップスという立場(!)でそのマイクを引き取ろうとした夏目知幸の無防備さときたら、さしずめカサヴェテス的だったと言うべきだろう。
 たとえば、ひとりの主婦が夫の同僚たちを家に招いてご馳走(ただのスパゲッティ!)を振る舞うことで空回りするシーンや、いい歳の社会的地位もあるふたりの男が、ひとりの娼婦(さして美人でもない!)を取り合って子どものような喧嘩を演じるシーンが、J.カサヴェテスの手にかかれば一級の映画になってしまったように、夏目知幸というストーリーテラーにとって、物語の始まりにはバス停に女の子が立っていてさえすればそれでよいのだ。実際、その女の子はただ待っていたバスに乗り込むに過ぎないが、バス停に立っている女の子がここまで正しく語られたことはかつて一度もない。このとき、「語るべきストーリーなどあるのか?」という問題設定それ自体が、きわめて野暮で、無力で、不適切なものであったことを、僕たちは知るのである。

 とは言え、誤解される前に断わっておくが、『アメリカの影』に象徴されるビートニク的な/ビバップ的な/黎明期のロックンロール的な都会人のセンスを(仮に)カサヴェテスの本質とするのならば、シャムキャッツは少しもカサヴェテス的ではない。むしろ、東京産のインディーズ・ポップがもれなくシティ・ポップと呼ばれた過去数年の不自然な言論状況にあって、『AFTER HOURS』が提示したネオアコ・レトロスペクティヴの大らかさは、むしろ地方や郊外の緩慢な時間感覚に対応していたわけだし、シャムキャッツはシティ・ポップの文化圏から逃げるかのごとく、都会的な感性からもっとも遠い場所を目指していたバンドになっていたとさえ言えるだろう。
 それを「普遍性」と素朴に呼べたものかどうかはひとまず問わずにおくとして、シャムキャッツのシンガーどころかミュージシャンにすらならなかったかもしれない「もうひとりの、あり得たかもしれない夏目知幸」が、この『TAKE CARE』で「何も起こらない日常」を再び生きはじめたとき、いままさに僕たちの目の前で、サニーデイ・サービスにとっての「東京」が郊外的な何かに置き換えられたのだということに多くの人が気づいたにちがいない。単著・共著等のリリースがつづく磯部・九龍ペアの言葉を借りるのならば、なるほどシティ・ポップならぬサバービア・ポップと呼ぶべき音楽がここにある。それはあまりにも涼しい顔で現れ、僕たちの心の大事な部分に触れてしまう。

 少し喋りすぎただろうか。大枠の歌詞論だけで既定の文字数をすでに超過している関係もあり、大切な君を「先輩」だの「あの適当野郎」から守ろうとする銀杏BOYZ的主題(!!)を扱いながらも、性的なべたつきを完全に脱臭しきった“KISS”を聴いてもらえば、野暮な分析の言葉をこれ以上重ねる必要もないだろう。しかも、だとすれば、たかがポップ・ソングの歌詞のことを語らずにはいられないものをこのバンドが準備したということに他ならなず、僕は読者に謝るよりも前にその事実を子どものように喜ぶつもりだ。20代後半の音楽リスナーとしての筆者に言わせれば、「ようやく来た」といった感じである。
 しかし、筆者に批評家としての一面があるのならば、『TAKE CARE』は、『AFTER HOURS』のメロウな側面を強化したようなその甘美なムード作りと、よりソフトになった夏目のヴォーカルという点において、かえって感傷的な作品だといった誤解を招く恐れがあることを指摘しておきたい。“PM 5:00”や“KISS”といった往年のネオアコ・クラシックスのようなカラッとした(どちらかと言えば)アップテンポの曲が要所に配置されていながらもなお、“Girl At The Bus Stop”なり“Windless Day”なりが残すセンチメンタルな印象は簡単に拭えるものではない。もちろんそれは、これらの曲が、アンセムなき時代の小さなアンセムたる堂々の完成度を誇っているということでもあるのだが、しかし、本作の最大の魅力はやはり淡々としたシークエンスの緩やかな積み重ねにあることを未練がましく指摘しておきたいし、かと言ってそれが、バンドよりも夏目のソロ活動を増やしてしまうことに少しでもつながってしまうと言うのなら、シャムキャッツという普通のバンドが普通に存在してくれることのまったく普通ではない貴重さを知る立場として、決して称賛しすぎない程度のものに留めておくべきなのかもしれない。

竹内正太郎