ele-king Powerd by DOMMUNE

Home >  Reviews >  Album Reviews > シャムキャッツ- AFTER HOURS

シャムキャッツ

Indie Rock

シャムキャッツ

AFTER HOURS

Pヴァイン

Tower HMV Amazon iTunes

竹内正太郎   Mar 19,2014 UP
このエントリーをはてなブックマークに追加

物語のない、あったとしてもその語り手を持たない場所に生きる、名もなき若者たちの姿。ブルーにこんがらがったベッドルームを抜け、社会に出ていったかつての少年少女たちの、それぞれのアフター・アワーズ。そう、シャムキャッツの新作『AFTER HOURS』は、そんなどこにでもいる若者たちの生活の断片を、あるいは群像劇とも呼べないくらいに細かく微分された日常のムードを、批判も祝福もなくただそこに集めることによって成り立つある種のドキュメンタリーだ。
 ベスト・ソングはやはり、先行シングルにもなった“MODELS”だろう。ここで描かれるのは、郊外に暮らす若きトラック運転手の男の子と、京葉線を使って勤務先に急ぐ女の子の、なんでもない一日のスナップ。男の子は、夜の高速を走り終え、グッタリしながら、とっくに冷めてしまった缶コーヒーの残りをもったいなさそうにすする。女の子は、安定した恋人との関係に安心しつつも、ランチの時間になれば「食費抑えて、オシャレもしないとなあ」などと思ったりしている。そんな、本当にどこにでもいそうなふたりは、何の記念性もない一日の終わりに、少しだけ将来の話をするために、会う。惜しみないツイン・ギターとゴキゲンなベース・ラインは、約束の時間に急ぐふたりとともに転がっていく。べつにドラマティックなことなんて何もない。出会ったころのようなトキメキもない。それでも、ふたりは会うのだ。心拍の安定値を少し超えるくらいのBPMがその雰囲気をさらに煽る。サラッとした三人称、ポンと使われる固有名詞、「君と僕」の戯れ合いを越えて、バンドは間違いなく新しい季節を迎えている。

 こうした変化の兆しが見えたのは、おそらくターンテーブル・フィルムズとのスプリットという形で発表された“FOOTLOOSE”だった。個人的には当初、リリックの言葉選びがやや花鳥風月に頼り過ぎているように思え、初期の代表曲“渚”をさらにブラッシュアップしたような演奏とはまた別のレベルで、どこに視点を置いて入っていけばいいのかわからない感があったのだが、いま聴くとその視点の落ち着かなさは、『AFTER HOURS』の全体像を予告したトレーラーでもあったのだと気づく。
本作がユニークなのは、カメラを花鳥風月ではなく他者へと向け、現状を肯定するでも否定するでもなく生きている人たちの姿を、あくまでもその生活を介しながら、しかし淡々と描いている点だろう。アルバムに通底するのは、そんな「彼ら」が、とくに大きな不満や危機感を抱えることもなく人生を進めていく姿だが、これはおそらく――たとえば、かつて日常の終わらなさに真剣に悩んでいた世代がいたことを考えれば――不幸なことではない。映画『イントゥ・ザ・ワイルド』で描かれた、後期消費社会と縁を切るためにアラスカの大地で野宿をはじめるしかなかった青年や、映画『ゴーストワールド』で描かれた、「ここではないどこか」へ不恰好に憧れ続けた少女に比べれば、彼らはよっぽど「うまく」やっている。
しかしシャムキャッツは、夏目知幸は、彼らの平穏さを点描することによって、むしろそこに隠されたブルーのフィーリングを浮かび上がらせる。大人になった「俺」が、少年の日の自分にじっと見つめられる構図のようにも解釈できるハードロック風の“FENCE”。翌日の仕事のことを無視して平日の夜遊びを終えたにも関わらず、むしろ不満感を噛みしめるハメになるサラリーマンを描くミドル・バラードの“AFTER HOURS”。転勤の辞令を断って無期休暇に入り、引っ越ししたばかりの部屋で新しい生活を想像する一方、このくらいのことでしか自由を感じられない自分になんとなく悲しくなってしまう“LAY DOWN”や、日常を変質させるためのサイケデリック・ソングとしても聴ける“SWEET DREAMS”では、シンセ/キーボードのあたたかい音色が空間を満たすが、後味はビター。テムズビート周辺のUKバンドがラモーンズをカバーしたような“PEARL MAN”では、もっとも熱かった恋を忘れられないだらしのない男を、ラストの“MALUS”では団地の公園でささやかに繰り広げられるボーイ・ミーツ・ガールを描いて、アルバムは終わる。その爽やかさとの距離を聴き手に見せつけるかのように。

それでいて後味が不思議と悪くならないのは、やはり作詞の研究を含むポップスとしての完成度と、ビートの追求の賜物だろう。いっそのこと“MODELS”くらいの分量で、何気ない固有名詞がどの曲にも散りばめられていたらまた違ったおもしろさがあったかもしれないが、そんな風にして時代と簡単に寝ることを拒んだかわりに、地方や郊外に与えられた画一的な記号や、ある種のテンプレ化された物語を引き受けることのない普遍的な作品に仕上がった。音数は厳選されているが、その展開は多彩。10曲が10曲の個性を持っている。アルバムとしての完成度は、まず間違いなくこれまでの中でベストだ。東京でくすぶる若者、というよりは、変化に乏しい場所に暮らし、もしかしたらかつて持っていた理想を少しずつ失ってしまっているような人にこそ届いてほしいと思う。いつか本当に音楽が終わって、人生が始まってしまうときのために。「TOKYO-INDIE」なる枠は、シャムキャッツにはすでに小さすぎる。

竹内正太郎