Home > Reviews > Album Reviews > Chaos In The CBD- A Deeper Life

「胸に残らない映画を観よう」と歌ったロック・ミュージシャンは誰だっけ? この歌詞の本意はわからないが、初めて聴いたとき直感的に良い言葉だなと思った。僕は何かを見たり聴いたりすると、調べて、考えて、もっと理解したいとその対象に心を砕きがちな類の人間ではある。まだ10~20代前半のころは、音楽にもっとのめり込んで、音楽によりおおきな期待を寄せていたし、音楽が驚きを与え続けてくれるものだと素朴に信じていた。
しかし、かなしいかな、週5で8時間労働をこなさねばならない労働者には、いつまでも青く眩しい学生時代の音楽オタクの気概ではいられないときもある。──ときに疲れきった金曜の夜には、ポップコーン片手に気軽に観られる “胸に残らない” 映画が良い気持ちにさせてくれるように。いまの気分において、そんな音楽を無性に求めたくなる瞬間もあるのだ。
そんな僕のモードから言わせると、カオス・イン・ザ・CBDの初フルレングス・アルバム『A Deeper Life』はとても体に馴染んだ。誤解を恐れずに言えば、一聴したときは驚きと呼ぶべきほどではなかったかもしれない。しかし、ディープ・ハウスを軸にジャズ、ボサノヴァ、ラテンやダウンテンポなど多彩に展開するこの作品は、のめり込むより寄り添いを、驚きよりも親密な喜びを提供してくれる、まさに気持ちよく胸を駆け抜けてゆくような聴き心地のよいサウンドで溢れていると感じた。
2曲目 “Mountain Mover” のスティーヴ・ハイエットめいたチルでスローダウンな気分から、初めはバレアリックな雰囲気をも予感する。彼らが「イビサからクラブを取ったところ」と表現する故郷ニュージーランドでのフィールド・レコーディングも影響しているのだろうか、今夏の暑気払いのための格好のサウンドトラックにもなり得るだろう。他方で、ここにはNYハウスのレジェンド、ブレイズのジョシュ・ミランを迎えた “I Wanna Tell Somebody” があり、ブロークン・ビーツの重要人物ネイサン・ヘインズのサックスもあれば、四つ打ちに乗ったヴォーカル曲も(さらにはグライムのノヴェリストも!)ある。もちろん、アリーシャ・ジョイともコラボするフィン・リーズと組んだ “Ōtaki” のような、らしさを感じさせるジャジーなディープ・ハウスもね。
いやはや、『A Deeper Life』は日々の生活に寄り添いながら感情を優しく刺激してくれるサウンドだ。気持ちいい風があっという間に駆け抜けて、胸には残らないような感覚。
そもそも、彼らがジャズやハウスのシーンが交差するサウス・ロンドンに移り住み、かの重要レーベル〈Rhythm Section International〉からの「Midnight In Peckham」でブレイクを果たしてからじつに10年を経ての今作。僕を含めハウス・ラヴァーからすれば待望のリリースに違いない。世はニューエイジだと、あるいはトランスのリヴァイバルだと騒ぐなか、彼らはいま現在への明らかな接続、応答は選ばなかったようだ。ラリー・ハードやケリ・チャンドラーをはじめ先達が築きあげた90年代ディープ・ハウスの連なりに立ち、そのマインドを忠実に守りつつ良質なハウスを誠実に追求した。その姿勢には素直に心を打たれたし、東京の片隅のいちハウサーとして最大限のリスペクトを送りたい。ああ、なんて喜ばしいハウス・ミュージック!
渡部政浩