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坂本慎太郎

FunkRockSoul

坂本慎太郎

ヤッホー

zelone

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野田努 Jan 23,2026 UP
E王

 昨年の12月26日の恵比寿リキッドルームにおける坂本慎太郎のライヴに感動して、年末はその余韻だけで充分だった。しばらくほかの音楽を聴きたくなかったのだけれど、29日にDOMMUNEがあったのでそうはいなかった。宇川直宏のはからいで、文庫化された『ブラック・マシン・ミュージック』の番組をやってもらえることになったのだ。よって選盤のため、27日、28日と朝から晩まで丸々二日間、デトロイト・テクノという、おろかにも音楽が世界を変えると信じている名盤の数々を聴いてしまった以上、気持ちはもう、すっかり“ナイト・オブ・ジャガー” に染まってしまったかに思われた。
 が、しかしそれでも余韻は消えていなかったのである。29日の夜の11時、番組を終えたあと、その日五缶目のビールを飲みながら当日司会をしてくれた二木信にこう言った。「坂本慎太郎はすばらしいね!」 
 まあ、アルコールに支配されつつあった頭脳は、いい加減なことも言う。「いまの日本で最高のプロテスト・ミュージックだね!」。二木信は納得していたが、この場で却下したい。我ながら短絡的だった。

 じゃあ、なにが? なにがすばらしいんだろう? ぼくはあのとき、なにかを聴いて、なにかを観た。ゆらゆら帝国時代から数えれば、何回も見ているステージ上でギターを手に歌う坂本慎太郎だが、あの淡々としたライヴには、異様な迫力でせまってくるなにかがあったのだ。1曲目は意表を突くように“悲しみのない世界”、続いて“スーパーカルト誕生”から新曲の“麻痺”、それから“あなたの居場所がありますか?”〜“おじいさんへ”〜“あなたもロボットになれる”へ——わかるだろう、ここではあきらかに物語が語られている。そして、4人のメンバーによる最小限の音数の見事なアンサンブルから放出されるものが、フロアを完璧にロックした。
 音楽が社会問題を深く掘り下げることは、ぼくが10代のころの、サッチャー政権下の英国にはよくあった。あの頃は……音楽メディアのアルバム・レヴューすらもサッチャー批判からはじまる始末だった、と言ったのはサイモン・レイノルズだが、しかしそういうのではない。押しつけがましくなく、知識をひけらかしたりもせず、対等な立場で、共に体験している感覚が共有される瞬間、そう、それだ、あの夜のライヴはそういう響き合いなのだ。
 そのように開いた感覚において聴いた “ナマで踊ろう” のインパクトを、自分はしばらくのあいだ忘れないだろう。音楽に夢見ることを諦めさせないその曲と、そして生きることを肯定する“君はそう決めた” がライヴのクライマックスだった。どちらもファンのあいだで人気の曲だが、あのライヴでの出来は特別だった。曲のマジックは……、いや、あの2曲に限らずにだが、リスナーの内部から言葉を引っ張り出してしまうところにある。曲はひとに聴かれたときに初めて完成する。

 耳をつんざくようなサウンドの迫力、ノイズや歪み、フリーキーで激しいアクションといった「力」で押し切ることをいっさい止めたところから坂本慎太郎のソロ活動ははじまっている。ゆらゆら帝国というディオニュソス的なガレージ・ロック・バンドを経て、しかし髪に白いものが混じるようになっても青春を捨てることを拒んでしまうSo Youngな悲劇と違い、彼は自分の年齢を受け入れることでアポロン的なサウンドをモノにしている。たとえばこうだ。彼は言葉それ自体の響きを優先し、言葉のサウンド性をもって情景を広げることができる。『ヤッホー』は、その言葉がいくら滑稽に見えようとも、音として機能した途端に新鮮な面白さをもたらすことを実証している……どころの騒ぎではない、意味までもたせている。言葉そのものが持つ音の性質を意識するアプローチは、ブライアン・イーノの歌モノと共通している。イーノの場合は、意味があるようでないのだが、『ヤッホー』は違う。なにかが描かれてしまっている点において抜け目ないアルバムとなっているのだ。

 たとえば、“おじいさんへ”。60年代ソウル風の軽快なリズムではじまるこの曲は、坂本サウンドの根幹にあるブルース・ロック解釈のヴァリエーションで、言葉はサウンドとしても馴染んでいる。が、ロックのクリシェにはないその言葉遣いによる「歌」が、異化効果をともない、さらなる意味を促そうとする。しかも奥ゆかしく、できるだけ目立たないように、だ。
 この芸当は、哀愁たっぷりの次曲“あなたの居場所がありますか?”にも、いや、今回のアルバム全曲において発揮されている。言い方を変えれば、『ヤッホー』は灯台のようなアルバムではないということだ。外を明るくするというよりは、ひとりひとりの内なるところに光を灯している。そして、すべての彼のファンにはわかっていることをここで言わせてもらえば、その光が、この厳しい時代を生きているという現実を共有させながら、「希望」さえもうながすのだ。「なんとなく日々を/なんとなく生きてます/ああ僕は耐えられない/どこまでも澄み切った/どこまでも整った/どこまでも無邪気な正義」、これはバラード調の“正義”という曲だが、こんな皮肉めいた言葉遣いがどうして「希望」と言えようか、だが、そう言いたくなる魔力がこの控えめな曲には潜んでいる。
 “正義”にしても“脳をまもろう”にしても、“麻痺”にしても“ゴーストタウン”にしても、これらがいまどき稀な社会批評としてのポップスだとしても、単純な話、曲として楽しめるという点でその完成度は高い。“時の向こうで”は坂本ポップスの真骨頂のような曲で、この甘いメロディが荒れた心を解きほぐすこともありうるだろう。“時計が動きだした”や“なぜわざわざ”もレトロな光沢を装ったポップ・ソングだが、サウンド面に限定して言うなら、“麻痺”や“ゴーストタウン”のファンク解釈にはとくに魅力を感じる。表題曲の“ヤッホー”ではさりげない音響工作を楽しめるが、この曲に隣接しているのが初期サーフ・ミュージックとアーサー・ラッセルの『ワールド・オブ・エコー』であるとしたらは、坂本作品の(コーネリアスにも共通するポストモダン的な)妙味を象徴的に集約していると言えるかもしれない。

 さて、これを書いている現在、まだ外は明るい。ぼくはお茶を飲んでいる。埃がつもり蜘蛛の巣がはっている我が脳みそも、まあまあクリアだと思われる状態だ。『ヤッホー』はこれまでのソロ作のなかで、もっとも滑稽で、いつもながら耳に優しく、だが、抵抗の声を上げているアルバムでもある。
 『ヤッホー』に出会えたことをうれしく思う。当然、ぼくは100%満足しているわけではない。しかし、こんなにもじわじわと「希望」を感じるアルバムを聴いたのは久しぶりのような気がする。「希望」という言葉をあんまり使うと頭の良い連中からうさんくさく思われるので、もっと使ってやろう。詩ではなく、詞であることの面白さ。ロックやポップスを通してまだこんな風に、こんなにも面白く、ともすれば社会批評的なメッセージを共有することが可能であることを証明している。これは音楽が長いものに巻かれるだけの消費物になり、文化的強度を失いつつある現在において、微笑ましいあらがいだ。もう、なにもかもが狂ってしまった時代の「希望」の音楽だ……あ、ごめん、気が付いたらビールを一缶空けていた。さあ、聴くぞ。


※別冊エレキング『坂本慎太郎の世界』のなかで一箇所誤りがありました。P155、ゆらゆら帝国「次の夜へ」のジャケットが紹介しているリミックス盤ではなく、オリジナル盤になっています。申し訳ございませんでした。

野田努