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ムーンライズ・キングダム

ムーンライズ・キングダム

監督/ウェス・アンダーソン
出演/ブルース・ウィリス、エドワード・ノートン、ビル・マーレイ、フランシス・マクドーマンド 他
配給/ファントム・フィルム
2012年 アメリカ

公式サイト http://moonrisekingdom.jp/

木津 毅 Feb 15,2013 UP

 ウェス・アンダーソンの新作『ムーンライズ・キングダム』の舞台の島を襲うハリケーンにはメイベリーンと名前がつけられていて、それはチャック・ベリーの"メイベリーン"であろうと、そのことに日本でもっとも反応していたのは僕の知る限り樋口泰人氏だが、とにかく、ウェスのほうのアンダーソン監督はつねにポップ・クラシックスへの憧憬を隠そうとしない。ザ・ビートルズやザ・ローリング・ストーンズ、ビーチ・ボーイズ、それにキャット・スティーヴンスやザ・フェイシズ、ザ・フー......がスクリーンを満たすとき、物語もエモーションもそれらの曲と不可分となってしまう。『ダージリン急行』などはスローモーションでカメラがパンするなかザ・キンクスを流すためだけの映画だと言ってよく、彼らの"ディス・タイム・トゥモロウ"を語る旅が3兄弟の未熟なインド旅行そのものであった。「明日のこの時間、僕らはどこにいるんだろう」......そんな少年性を、ウェスは彼が愛する黄金期のポップ・ミュージックに託してきた。
 ロアルド・ダールへの幼少期からの愛と再会した前作『ファンタスティックMr.FOX』が結局のところ、隅から隅までウェス・アンダーソン映画でしかなかったことからも証明されているように、彼は同じ主題を反復させながら子ども還りしているように見える。「厄介な息子」と「出来損ないの父親」の和解。それはアメリカ映画のクラシックからの反復でもあるだろう。

 『ムーンライズ・キングダム』では初めて年齢的な意味での「子ども」を主役に置きながら、しかし実際のところ少年サムの初恋と冒険はこれまでのウェスの映画で主人公たちが繰り広げてきたそれとまったく同質のものであろう。けれども、時代を65年と明示して政治の季節直前の「思春期」としているように、これまででもっとも子どもであることを真っ直ぐに謳歌している作品ではある。なんてことのない、かつてのポップ・ミュージックに登場する少年少女のラヴ・ソングのように、甘くてノスタルジックな逃避行。ウェス映画の様式がここでは完成を遂げている。少年少女が森を分け入るときにはハンク・ウィリアムスが歌い、ふたりがビーチでダンスするときにはフランソワーズ・アルディが彼らをキスへと誘う。そのスウィートな感覚を、身体的に味わうための映画である。
 僕が本作で惹かれたのは父親の描き方であった。『ファンタスティックMr.FOX』のダメな父親ギツネをジョージ・クルーニーが演じたときの「おや」という感覚を、この映画のブルース・ウィリスにも感じたのだ。これまでジーン・ハックマンやビル・マーレイが演じてきた父親から、少し世代が降りたこととも関係しているかもしれない。ここでのブルース・ウィリスは最近『ダイハード』などでタフガイとして復活を遂げている彼ではなくて、ただの「悲しい(sad)」中年男である。しかしながら映画はウィリスのアクション・スターとしてのキャリアも踏まえながら、彼をヒーローへと変貌させ、そしてたとえ出来損ないであろうとも、たしかに少年のたったひとりの父親へとしていく。『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』や『ライフ・アクアティック』のように、身勝手な父親をいくらかの諦念でもって赦すというものでもなく、『ダージリン急行』のように父親を喪うわけでもない。『ファンタスティック~』の父親ギツネがか弱いコミュニティをそれでもどうにか統べたように、頼りないヒーローであることをささやかながらも祝福するような。

 ウェス・アンダーソンにとって父親でありヒーローであるのは、チャック・ベリーでありハンク・ウィリアムスでありザ・キンクスでありザ・ビートルズでありザ・フーでありビーチ・ボーイズであり、彼らのポップ・ソング・コレクションそのものなのだろう。本作で言えば、フランソワーズ・アルディのナンバーだってそうだ。ウェスは自らの「子ども」の部分へとさらに立ち返っていくことで、自分を育てた父親たちへの愛を包み隠さなくなっているように思える。だから、フィルモグラフィを「チャーミング」「キュート」「スウィート」という形容で彩ってきたウェス・アンダーソンの作品群のなかでも『ムーンライズ・キングダム』がその度合いをもっとも高めているのだとすれば、それはわたしたちが音楽を聴いて心躍るあの感覚を「ポップ」としか名づけようのない不思議に、少年ウェスがまた近づいているということだ。

予告編


木津 毅