「CE」と一致するもの

COMPUMA & 竹久圏 - ele-king

 これは珍しいテーマの作品だ。COMPUMAとギタリストの竹久圏による新たな共作は、京都の老舗茶問屋=宇治香園(創業155年)が掲げる「茶+光+音」のコンセプトに呼応している。
 5年前の共作『SOMETHING IN THE AIR -the soul of quiet light and shadow layer-』のその後を踏まえた内容のようで、なんでもふたりはこの5年で廃園と化してしまった茶園をじっさいに訪れ、着想を得たという。詳しい経緯は下記、宇治香園の茶師・小嶋宏一氏のメッセージをお読みいただきたいが、その根底には茶は光と音と同等か、それ以上のものだという考えが横たわっているようだ。
 アートワークは前回に引き続き五木田智央と鈴木聖が担当。ヴィジュアルにも注目です。

COMPUMAと竹久圏(KIRIHITO/GROUP)による5年ぶりの新作!
2020年11月11日(水)発売

今作は、京都の老舗茶問屋、宇治香園の創業155年の記念の年、同社が取り組んできた音と光で茶を表現する “Tealightsound” シリーズ最新作、大野松雄「茶の木仏のつぶやき」に続く「番外編」として制作されたもので、“Tealightsound” の原点ともなっている、COMPUMA feat. 竹久圏による前作「SOMETHING IN THE AIR ‒ the soul of quiet light and shadow layer -」から5年を経て、廃園となりジャングルのように変貌してしまった茶園にふたりが再訪し、あらためてその茶園よりインスピレーションを得て「音を聴く」という行為を見つめ直して向かいあったサウンドスケープと心象風景を模索する意欲作となっている。アートワークは前作に続き、画家・五木田智央とデザイナー・鈴木聖によるもの。

アーティスト: COMPUMA & 竹久圏
タイトル: Reflection
レーベル: 宇治香園 / SOMETHING ABOUT
品番: UJKCD-5188
形態: CD
定価: ¥2200(税抜) / ¥2420(税込)
JANコード: 4970277051882

01. The Back of the Forest
02. Decaying Field
03. Nostalgia
04. Time and Space
05. Between the Leaves
06. Reflection of Light pt.2
07. Meguriai (An Affair to Remember)
08. Flow Motion
09. The Other Side of the Light
10. Shinobi
11. Enka (Twilight Zone)

Compuma: Electronics, Field Recording
Ken Takehisa: Acoustic and Electric Guitar, Kalimba
Hacchi: Harmonica

Mixed by Compuma and Ken Takehisa
Recorded and Mastered by Hacchi at B1 Umegaoka-Studio, 2020

Produced by Compuma for Something About Productions, 2020

Field Recording Captured at the Tea Plantation in the Mountain of South Kyoto in June 2020

Painting: Tomoo Gokita
Photographs: Koichi Matsunaga
Design: Satoshi Suzuki

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京都の老舗茶問屋〈宇治香園〉の創業150年を記念して、“Tealightsound” を掲げるシリーズの第1弾「SOMETHING IN THE AIR -the soul of quiet light and shadow layer-」を制作したCOMPUMAと竹久圏のコンビが、シリーズ第7弾のリリースを機に5年ぶりに帰ってきました。
COMPUMAによる様々な虫や気配を模したような電子音と、竹久圏が奏でる郷愁ギターに、廃園となった茶畑の時間経過フィールドレコーディング素材が様々な場面で立ち現れ、タイムトリップ感を誘発します。日常のリフレッシュとして役立ちそうな、良質サウンドスケープな内容です。
──山辺圭司/LOS APSON?

Silver ratio (白銀比)という言葉が浮かんだ。圏さんとCOMPUMA氏は直感的に銀色を想起させる二人である。しかしアルミとクロモリの自転車のように、材質も重量感もどっこい違う二人の組み合わせでもある。ギターの音が細やかな筋書きをつくっている。電子の粒子が水や草木の中をくぐって悠々と息をしている。物語が本格的に動き出しそうなところで、ぷつりと幕。こんな音楽が使われている映画を銀幕で観たいんだよな。
──威力

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Reflection に寄せて

こんにちは。私は京都南端の茶問屋、宇治香園で茶師をしております、小嶋宏一と申します。茶師とは、品種や標高で異なる茶葉の特徴を利き分け、組み合わせ、代々続く銘柄を作る、お茶の調合師のような職人のことです。私はお茶が大好きで、その魅力をさまざまな場面でお伝えしたいと考えています。

当園では毎年、創業を茶の起源再考の機会として、光と音で茶を表現する Tea+Light+Sound= “Tealightsound” というコンセプトのもと、茶を感じるクリエイターの方々に作品を制作していただいています。
茶のすばらしさ、魅力を体感していただくには、実際に茶葉にお湯を注ぎ、そこから滲み出した雫を口に含んでいただくのが一番です。しかしそこには、地理的、空間的な制約が生じます。光(アート、写真、デザイン、映像)や音(音楽)は、そうした制約を超え、その存在を伝えることができます。

また一方、茶は飲料、植物、精神文化の拠点となるような多面的存在ですが、日々茶づくりを行う中で、実はもっと巨大な何かなのではないか、と感じるようになりました。そうしたことを、茶と似た質を持つ光と音と共に伝える試みが "Tealightsound" です。

この "Tealightsound" という概念は、平成二十七年の創業記念作品、COMPUMA feat. 竹久圏 / 「Something in the Air ‒ the soul of quiet light and shadow layer -」制作時にぼんやりと思い描いていたことを、徐々に言葉にしてゆく過程で生まれました。いわば「Something~」は、"Tealightsound" の原点なのです。
それから五年の歳月を経て、COMPUMAさんと竹久圏さんに、改めてその原点に向き合っていただく機会を得ました。「Something~」は、とある茶園に捧げるレクイエム、と当時のCOMPUMAさんは書いておられますが、実際その茶園は録音直後に放棄されて廃園となり、その言葉が(偶然)現実化しました。

今、茶業界では急須で飲むお茶離れから若い生産者が減少し、重労働を伴う山間茶園の手入れが難しくなって、放棄される所が急増しています。いったん放棄されるや自然の力はすさまじく、雑草が生い茂って以前の姿に戻すことは極めて困難です。このすばらしい力を秘めた茶の魅力をもっと広く伝えることで、茶に興味を持つ人が増え、茶園に若い力が戻ってきてほしいと、切に願います。

本作「Reflection」は、廃園と化して五年を経た茶園に再訪し、フィールドレコーディングを行うことから制作をスタートしました。かつて美しかった茶園がジャングルのように変貌した姿を前にして、お二人には様々な思いが去来したことと思います。そうした諸々を含めての「Reflection」。何が変わり、何が変わらなかったのか。ぜひ「Something~」と聴き比べていただきたいと思います。

また本年は、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)が世界を覆い、様々な価値観を塗り替えたことで記憶される年になろうかと思います。「Reflection」は、そんなコロナ禍のさなか、緊急事態宣言解除後の六月より制作が開始され、十月に完成しました。作品は、望むと望まざるとにかかわらずその時代を映し込みますが、今作は五年後、そして十年後に、どのように聴かれるのか、とても興味深いです。お茶にエージング(熟成)があるように、音楽にも別の形のエージングがあるのかもしれません。これから今作とともに歳月を重ね、それを味わい、確かめてゆきたいと思います。

この作品を、すばらしい音楽、アートワーク、写真、デザインの集まりとして体験していただくとともに、茶そのものにも興味をもっていただき、茶の世界に足を踏み入れるきっかけにしてもらえましたら、とてもうれしく思います。

令和二年十月二十二日
宇治香園 茶師
小嶋宏一

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COMPUMA (松永耕一 / KOICHI MATSUNAGA)
1968年熊本生まれ。ADS(アステロイド・デザート・ソングス)、スマーフ男組での活動を経て、DJとしては、国内外の数多くのアーティストDJ達との共演やサポートを経ながら、日本全国の個性溢れるさまざまな場所で日々フレッシュでユニークなジャンルを横断したイマジナリーな音楽世界を探求している。自身のプロジェクト SOMETHING ABOUT より MIXCD の新たな提案を試みたサウンドスケープなミックス「Something In The Air」シリーズ、悪魔の沼での活動などDJミックスを中心にオリジナル、リミックスなど意欲作も多数。一方で、長年にわたるレコードCDバイヤーとして培った経験から、BGMをテーマに選曲コンピレーションCD「Soup Stock Tokyoの音楽」など、ショップBGM、フェス、ショーの選曲等、アート、ファッション、音と音楽にまつわる様々なシーンと空間で幅広く活動している。Berlin Atonal 2017、Meakusma Festival 2018 への出演、ヨーロッパ海外ラジオ局へのミックス提供など、近年は国内外でも精力的に活動の幅を広げて
いる。
https://compuma.blogspot.jp/

竹久 圏 (KEN TAKEHISA)
ギタリスト兼ボーカリスト兼コンポーザー兼プロデューサー。10才の時にクラッシックギターを始める。12才でパンク・ニューウェーブに打ちのめされる。94年、DUO編成のロックバンド "KIRIHITO" を結成。ギター、ボーカル、シンセ(足)を同時にプレイするスタイルで、ハイテンションなオリジナルサウンドを構築。その唯一無比のサウンドとライブパフォーマンスは海外での評価も高く、現在までに通算4枚のアルバムをリリースしている。2006年にはソロアルバム『Yia sas! / Takehisa Ken & The Spectacrewz (power shovel audio)』を発表。ダブ、ハウス、ロック、ヒップホップ、エレクトロニカを竹久独特のギターリフで繋ぐ、あらゆるジャンルの才能とのコラボレーションとなる大作となった。繊細かつダイナミズムな音楽性のインストバンド "GROUP"、DISCOでPUNKな魅力溢れる "younGSounds" にもギタリスト兼コンポーザー、あるいはアイデアマンとして参加中。その他にも、UA、FLYING RHYTHMS、イルリメ、一十三十一、やけのはら、田我流 等のライブバンドや録音にも参加している。これら完全に趣きの異なる様々なバンド活動以外にも映画音楽の制作やバンドプロデューサーとしての顔も見せ始め、活動のフィールドを拡げている。
https://www.takehisaken.com/

Bruce Springsteen - ele-king

 僕はなぜ、いまもブルース・スプリングスティーンを聴いているのだろう。『ネブラスカ』や『ザ・リバー』を偉大な歴史として繰り返し聴くのではなく、新作が出るたびに訳詞を読んで、彼がいま、何を歌っているのか知りたいと思うのだろう。大御所のロッカーの目から見て、現代のアメリカがどんな風に見えているか気になるという社会学的な興味もあるにはある。だけどそれだけではなくて……彼の歌からしか見えてこない人生の風景があるのだと、いまもどこかで感じているからだと思う。
 ちょっとした青春映画ではあったけれど、『カセットテープ・ダイアリーズ』は僕にスプリングスティーンのどこに惹かれるのかを思い出させてくれる作品だった。同作はのちに『ガーディアン』紙などに寄稿するジャーナリストとなったサルフラズ・マンズールがスプリングスティーンにハマっていく模様を回顧するもので、舞台は1987年イギリスの田舎町である。つまりアメリカの外で、しかもスプリングスティーンのキャリア的なピークはすでに過ぎている時代だ。ではなぜ主人公のパキスタン移民の少年がわざわざ周りが聴いていないものを愛したのかというと、サッチャー政権下で父親が失職し、また自分や家族が人種差別を日常的に受けるなかで、それでも自分を社会に立ち向かわせる歌がスプリングスティーンだったという。彼が当時のイギリスで感じられなかったものを、マイノリティの少年はアメリカのブルーカラーの人生を語ったロックから見出したのだ。スプリングスティーンはたしかに、その瞬間ごとに、社会から見棄てられようとする者たちのドラマを歌ってきたのだと。強く豊かなアメリカへの憧れではなくて、それが取りこぼしてしまうものに想いを馳せること。僕たちはスプリングスティーンの歌から、敗者たちの生の尊厳を探そうとしていた。

 20枚めのこのスタジオ・アルバムは久しぶりにEストリート・バンドと集った作品で、昨年からリリースがアナウンスされていたものだ。つまり、ある意味では大統領選に照準を合わせたものではある。古くからのリスナーにはお馴染みの、スプリングスティーンらしいロックンソウルが詰まっている一枚だ。大統領選を前にして、いま一度自分のリスナーの気持ちを高める必要を感じていたのだろう。ただ、彼の歌がこれまでもそうだったように、このアルバムもリスナーを限定するものではない。
 たとえば前作『ウェスタン・スターズ』は、熱心なファン以外にも、民主党支持層の外にも向けて歌ったアルバムだと僕は思っている。誰にも顧みられずに細々と暮らす人びとの生き様を、20世紀なかばのポップ・ソングに託して語り直す作品だったからだ。いま、アメリカの内側で苦しい生活を強いられている庶民たちのために……というと、同じ層に向けて反エリートを掲げて焚きつけているのがトランプにほかならない、という見方もあるだろう。けれどもスプリングスティーンは、あらかじめ政治的立場に同調してくれる層以外にも自分の歌を届けようとする際どい挑戦をしているのだと思うし、そうしてきたから過去にもヴェトナム帰還兵の苦しみの歌だった “ボーン・イン・ザ・USA” が能天気な愛国ソングへと意図的に読み替えられ、レーガン政権に利用されるようなことが起こったとも言える。そしてスプリングスティーンは、そのとき「レーガンじゃないんだ」と言ったように、いまも広い意味での「人びと」に向けて「トランプじゃないんだ」と作品の内外で語り続けている。それに、かつてのような保守/リベラルの図式はすでになく、階級の下層にいることを強いられている者たちこそが社会の分断に利用されているような時代だ。
 だからこそ、歌のなかにはわかりやすい政治的なメッセージはもはや必要ない。トランプやその支持者たちを愚鈍な連中だとこきおろすのではなく、『レター・トゥ・ユー』は情熱的な音を昔馴染みの仲間たちとかき集めて、ただ、懸命に生きる者たちの姿を浮かび上がらせる。5日間のセッションで完成したというバンドの演奏は生命力に溢れていて、何よりスプリングスティーンそのひとの歌唱の枯れないエネルギーには素直に打たれるものがある。目立って新しいところはないが、本作は南部経由のスワンプ・ロック色が強く、彼らのロック・ソングの泥臭さを強調する。“バーニン・トレイン” で猛るギター、“ジェイニー・ニーズ・ア・シューター” で歌う鍵盤、“ハウス・オブ・ア・サウザンド・ギターズ” で跳ねるピアノ……どれもが力強く響いている。故クラレンス・クレモンズの甥ジェイク・クレモンズがとても良いサックスを吹いている。
 涙もろいハーモニカが鳴らされる “ソング・フォー・オーファンズ” でスプリングスティーンは、「時代は薄っぺらになり、中心軸は完全にずれてしまった」と呟いてみせる。というと現代に対するコメントのようだが、これは70年代に作られた未発表曲の新録だという。つまり時代に取り残される者たちの悲哀が、『レター・トゥ・ユー』には過去と現在を混ぜるものとして封じこめられている。何かと世代間の対立が喧伝される昨今だが、この歌はそうした境界を溶かし、世代を超えて何かを分かち合うことの困難と尊さを伝えようとする(「息子たちは父親を探すが/父親たちはみないなくなった」)。本作でもっともスプリングスティーンのパブリック・イメージに近いロック・チューンのひとつ “ゴースト” は、この世からもう去ってしまった兄弟姉妹に捧げられた歌だ。

 僕たちはスプリングスティーンを、アメリカ社会や大統領選の趨勢を映す鏡としてのみ聴いているわけではない。アメリカン・ドリームの敗残者たちが光の当たらない場所で、しかしたしかに生きていることを、いま、目の前にあるものとして感じたいからだ。アメリカだけじゃない。いまの日本だってますます残酷な場所になろうとしている。ジョン・レノンがかつて言ったような、「同じ夢」を見るのが難しい場所へと。アルバムの終曲 “アイル・シー・ユー・イン・マイ・ドリームズ” における「夢で会おう」という約束は、あまりに複雑な意味を孕んでしまっている。だから……そう、『明日なき暴走』や『闇に吠える街』ではなく、『レター・トゥ・ユー』こそが、たったいま聴くべきスプリングスティーンのアルバムだ。
 じつは本作のベスト・ソングはオープニングのフォーク・バラッド “ワン・ミニッツ・ユア・ヒア” で、スプリングスティーンはそこでとても優しく、こんな風に歌っている。「知っていると思っていた──自分が誰か、何をしようとしているか/でも間違っていた/いまここにいると思ったら、次の瞬間もういない」。時代はどんどん変わっていく。みんなこの世から消えていく。そしてスプリングティーンは、それでも変わらない想いはあるのか、いま、俺たちはどう生きたいんだろうかと、僕たちに向けて歌っている。

R.I.P. 近藤等則 - ele-king

 近藤等則にインタヴューする機会はたった1度しかなかったが、その時の印象は今なお鮮烈に残っている。とにかく、目力の強い人なのだ。そして語気も荒い。会った瞬間に「極道」という文字が頭をよぎった。本人は普通にしゃべっているのだろうが、あの鋭い眼光と話し方は、傍から見ればケンカをふっかけているように思われるはずだ。私のひとつ前のインタヴュワーだった知人と後日会った時、彼は「ビビッちゃって何を話したのか全然記憶にない」と笑っていた。もちろん私も緊張マックスだった。この時の取材(2015年2月)は、“枯葉” や “サマータイム” といったお馴染みのスタンダード・ナンバーばかりを近藤のエレクトリック・トランペットとイタリア人トラックメイカーのエレクトロニク・サウンドでカヴァしたムーディーなアルバム『Toshinori Kondo plays Standards~あなたは恋を知らない』に関するものだったのだが、私が開口一番「闘う男というパブリック・イメージからすると、意外ですね」と言い終わる前に「俺はこのアルバムでも闘ってるつもりだよ!」と語気荒く返され、冷や汗がタラリと流れたのだった。そう、実際、近藤等則は70年代のデビュー時から一貫して闘い続けた男なのだ。

 1948年12月15日、愛媛県今治市で生まれた近藤等則(本名は俊則)は京都大学(工学部に入学後、文学部に転部・卒業)在学中からジャズ・トランペットに本格的にのめりこんでゆき、やがて日米のフリー・ジャズ/フリー・ミュージック・シーンで頭角を現してゆく。その雌伏期──60年代末期から70年代半ばのことを、当時の近藤の盟友・土取利行(ピーター・ブルック劇団の音楽監督その他、世界的に活躍してきたパーカッショニスト)はかつて私にこう語ってくれた。いい機会なので紹介しておこう。
 「私(土取)はGSバンドのドラマーを経てジャズに転向し、70年に大阪にできたSUB(サブ)というジャズ喫茶で働き始めた。その頃、サブによくセッションに来ていた京大生の近藤等則と仲良くなったが、当時彼は、オーネット・コールマンに刺激されてフリーに傾きつつあった。間もなく私と近藤はベイシストを加えて、トリオでフリー・ジャズをやりだした。72年、近藤の大学卒業を機に、私たちは一緒に東京に出た。深夜バスに乗って。私は住み込みで新聞配達を始め、近藤は奥さんと一緒に幼稚園で住み込みの守衛をやった。私たちはその幼稚園や、多摩川の河原、鶴川の和光大学の軽音楽部などで練習を続けた。
 近藤と私は、新宿ピットインのそばにあった〈ニュー・ジャズ・ホール〉のオーディションを受け、デュオで昼間演奏するようになった。当時そこには、まだ無名の阿部薫、高木元輝、沖至、坂田明なども出ていた。私たちはすぐに『ジャズ批評』誌などで “山下洋輔を超えるフリー・ジャズの猛禽獣” などと紹介され、徐々に名前を知られるようになっていった。そして近藤は山下洋輔と、私は高木元輝と一緒にやり始めた。それが73~74年頃のことだ」

 75~76年にはレコーディングもスタート。近藤が録音に参加した最初の作品は、筒井康隆の小説をモティーフにした山下洋輔のアルバム『家』(76年)で、次が、同じく山下を中心とするユニット、ジャム・ライス・セクステット(Jam Rice Sextet)の『Jam Rice Relaxin'』(76年)。また、それらと前後して浅川マキのライヴ盤『灯ともし頃』(76年)にも坂本龍一などと共に参加している。ちなみに、盟友の土取も、76年に坂本との即興コラボ・アルバム『ディスアポイントメント - ハテルマ』をリリースしている。
 当時の近藤は、いわゆるフリー・ジャズ畑の新星トランペッターと目されていたわけだが、しかし彼は(そして土取も)60年代以降のある種のマナー(手くせ)が滲みついたフリー・ジャズには当時から息苦しさを感じており、その先にあるもっと自由な音楽を目指していたという。その思いを形にした最初の試みが、エヴォリューション・アンサンブル・ユニティ(Evolution Ensemble Unity)だ。これは75年、故・間章が組織したフリー・ミュージック・コレクティヴで、高木元輝、近藤等則、土取利行、徳弘崇、豊住芳三郎などのメンバーがデレク・ベイリーや小杉武久(タージ・マハル旅行団)などとも交流しつつ、“即興とは何か” という大テーマの下に新しい表現を探求した。


EEUの旗揚げコンサート(75年8月13日、青山タワー・ホール)から

翌76年に近藤(tp)、高木(sax)、吉田盛雄(b)のトリオ編成で制作されたEEU唯一のアルバム『Concrete Voices』では、隙間を意識した脱フリー・ジャズ的表現がより明確に志向されている。

 そして78年、近藤はよりヴィヴィッドなフリー・ミュージックの戦場を求めて渡米。80年代初頭までの数年間、ニューヨークのロウワー・イースト・サイドを拠点にたくさんの音楽家たちと共演を重ねていった。“マッド・ワールド・ミュージック” と呼ばれていたという当時の仲間たちのサークル──ジョン・ゾーン、フレッド・フリス、ユージン・チャドボーン、ウィリアム・パーカー、ヘンリー・カイザー、トリスタン・ホイジンガー、ビル・ラズウェル、ジョン・オズワルド(プランダーフォニックス!)等々の顔ぶれからも、近藤が目指していた新しい世界が窺える。NY時代には、ジャズ・クラブよりもCBGBなどロック系のハコによく通い(スーサイドが一番のお気に入りだったという)、台頭しつつあったヒップホップ/DJカルチャーにも強く惹かれたという。この時期、近藤は自身で設立したインディ・レーベル〈Bellows〉を中心に、たくさんのアルバムをリリースしているが、ジャズでもロックでもない実験を通して、“フリー” であることの自由さと不自由さ、限界と可能性を体得していったのだった。


ジョン・オズワルド、ヘンリー・カイザーとのトリオによる『Moose And Salmon』(78年)から



スティーヴ・ベレスフォード+トリスタン・ホイジンガー+デイヴィッド・トゥープ+近藤のクァルテットが英Yレコーズから出したアルバム『Imitation Of Life』(81年)から “Whoosshh”

 その成果と新しいヴィジョンを具現化していくのが、82年の帰国後だ。83年には、豊住芳三郎やセシル・モンローらとチベタン・ブルー・エアー・リキッド・バンド(Tibetan Blue Air Liquid Band)を結成(渡辺香津美もゲスト・ギタリストとして参加)し、初のメジャー・アルバム『空中浮遊』を発表。NYロフト・ジャズやファンク、ニューウェイヴ/ノー・ウェイヴ、ヒップホップ、レゲエ、純邦楽など各種民族音楽を煮詰めたこのフュージョン作品によって、近藤等則という音楽家の名はジャズ・マニア以外のリスナーの間でも注目されるようになった。


チベタン・ブルー・エアー・リキッド・バンド『空中浮遊』(83年)

 そして翌84年には、チベタン・ブルー・エアー・リキッド・バンドを発展解消して近藤等則IMA(International Music Activism の略)を結成し、アルバム『大変』を発表。フリクションのレック(ギターとベイスを随時スイッチ)、ドラムの山木秀夫、キーボードの富樫春生などの才人たちをメンバーに擁したこのパワー・ユニットは、10年弱の間に10枚のアルバムを発表し、商業的にもかなりの成功を収めた。日本や韓国などの伝統音楽家やDJをゲストに招き入れるなど、新しい才能、新しいモード、新しいテクノロジーを積極的に取り入れながら時代に対峙するその姿勢は、マイルズ・デイヴィスのエレクトリック・ジャズ・ロック期(60年代末~70年代半ば)を思い出させたりもする。というか、近藤自身もきっと意識していたはずだ。都市のコンクリートと共振するハイパー・モダンなサウンドとそれを支える広範な文化的視野を特徴とする近藤の表現は、YMOファミリーやムーンライダーズ、マライア/清水靖晃などと並び、80年代日本ならではの音楽文化遺産と言っていいだろう。


近藤等則IMA『Konton』から “Gan” (86年)


近藤等則IMA『Tokyo Rose』(90年)

 また、この時代の近藤は、TVの深夜番組の司会者をやったり、CMにも出演するなど、お茶の間にまで顔を売る一方、海外のミュージシャンとのコラボレイション(グローブ・ユニティ・オーケストラへの参加など)も積極的に続け、活動の幅を地球規模に広げていった。70年代からの仲間ビル・ラズウェルがプロデュースしたハービー・ハンコックの『Sound-System』(84年)などは、参加作品の中でも特に有名だ。


資生堂 CM(88年)


ハービー・ハンコック『Sound-System』の近藤参加曲 “Sound System”

 人気も金もあった近藤は、しかし93年に突然IMAを解散し、アムステルダムへ移住。そして〈地球を吹く〉という新しいプロジェクトを掲げて、大自然の中で空や山や海や砂漠や星に向かってラッパを吹き始めたのだった。件のインタヴューの中では、当時のことをこう回想している。
 「80年代にIMAを作った理由は、20世紀のすべての音楽を日本人の自分なりに統合してやろうと思ったからなんだ。フリー・ジャズ、ファンク、パンク、ロック、日本の民俗音楽……そういったすべての要素を混ぜ合わせて、我々日本人がどんなグルーヴの音楽を作れるのか、挑戦した。実際、その目論見以上の反響があったけど、それは元々俺にとっては最後のまとめだった。だからIMAも90年代初頭にはおしまいにして、次に行った。21世紀の音楽をイメージして」
 つまり近藤の中では、“21世紀の音楽をイメージする”=“大自然に向けて演奏する” ことだったわけだ。彼は「ねえちゃんからネイチャーだな」と笑いをとりつつ、こう続ける。
 「21世紀の音楽と20世紀の音楽の決定的な違いは何か……その一つは、ネイチャーだ。人類史上最大の都市文明が開化したのが20世紀であり、その音楽は都市の中で生まれ、消費された。音楽は人間どうしのコミュニケイション・ツールになった。99.9%の20世紀音楽は、客に聴かせるためのものだった。神に向かって演奏したり、火山に向けて祈るような音楽は、20世紀には誰もやらなかった。そこで、“自然との関係性を考えた音楽” というテーマが俺の中で出てきたわけだけど、それは、昔から目指していた “日本人ならではの音楽” というもうひとつのテーマとも矛盾することなく、そのまま〈地球を吹く〉プロジェクトにつながっていったんだ。当然テクノロジーの発達を認めた上でなくては新しい表現もないと思うので、トランペットもエレクトリックにしなくてはいけないし、デジタル・サウンドもはずせない」


〈Blow The Earth ~地球を吹く〉シリーズからペルー編

 ちなみに、〈Apollo/R&S〉からもリリースされ評判になったDJクラッシュとのコラボ・アルバム『記憶 Ki-Oku』(96年)や、端唄の栄芝師匠との共演作『The 吉原』(03年)なども、彼の中では何の違和感もなく「21世紀の音楽」として生まれた企画だったはずだ。
 こうして20年近く世界各地で大自然とひとりで格闘し続けた近藤は、2012年には再び東京に拠点を戻し、既に始めていた〈地球を吹く~日本編〉を続行。翌13年にはドキュメンタリー映画『地球を吹く in Japan』を発表した。


『地球を吹く in Japan』から

 近年は、アムス時代に録りためた膨大な量の音源を自身の〈Toshinori Kondo Recordings〉から次々とリリースしつつ、2018年にはIMAを再編(近藤等則IMA21)するなど、旺盛な活動を続けた。亡くなった2020年10月17日の翌日にも、イラストレイターの黒田征太郎、ドラマーの中村達也とのコラボでライヴ・ペインティング・パフォーマンスをやることになっていた。何の前触れもなく逝ってしまったのは悲しくはある。だが、その唐突さもまた、一瞬も立ち止まることなく走り続けた近藤らしい最期だとも思える。
 「俺は21世紀の音楽という自分のコンセプト、ヴィジョンを人に語ることはなかったけど、これからはしっかりと語りかけてゆきたい。ネイチャー、スピリット、テクノロジーという三位一体をベイスにして新しい音楽を作ろうと呼びかけてゆきたい」とギラついた目で語られた力強い言葉の先にどんな風景が現れるのか、見たかったけど。黙祷。

interview with Oneohtrix Point Never(Daniel Lopatin) - ele-king

ヴェイパーウェイヴは僕のカルチャーではないよ。僕のシーンではないし、自分があの一部だったこともなければあれをフォローしたこともなかったし、あの手の作品をあさった、みたいなこともまったくなかった


Oneohtrix Point Never
Magic Oneohtrix Point Never

Warp/ビート

ConceptronicaHypnagogic PopAvant Pop

 インタヴュー、その2。その1からの続きです。
 さて、彼の自伝の一部と言える新作『Magic Oneohtrix Point Never』からかぎ取れる孤独な感覚については、おそらく前回のインタヴューで本人が語っている。ニューエイジ解釈についても多弁を呈しているが、ひとつ言えるのは、最終的に彼はそれを嫌いではないということ。で、たしかにそれはmOPNにある。歪められた奇妙な音響として。

 ダニエル・ロパティンの言葉を読みながら、彼は昔チルウェイヴにも手を染めていたことを思い出したりもした。チルウェイヴにしろヴェイパーウェイヴにしろドリーム・ポップにしろヒプナゴジック・ポップにしろチル&Bにしろ、10年前のインディ・シーンに広く伝染したエスケイピズム──刹那的だが、その刹那においては永遠のまどろみ──は、10年経ってさらに拡散しているようだ。NYのロックダウンによってそれが加速したとしても不思議ではない。ロパティンは、偶然にも、なかば感傷的にそのまどろみを再訪してしまった。が、10年後のロパティンは、彼のインナースペースの記憶を、彼がかつて検査し、調査した夢と現実のはざま、ないしはユートピアとディストピアの揺らぎをコンピュータにコピーすると、こなれた手つきで調整するかのようにそれらを対象化し、彼なりのポップ作品にまで仕上げたと。それがmOPNなる新作の正体ではないのだろうか。本人も認めているように内省的な作品だが、親しみやすい音響に仕上がっていると思う。
 御託はこの辺にしましょう。今回もまた、ロパティンがとことん正直に話してくれています。

そういえば、TINY MIX TAPESというWEBメディアが2019年の終わりに「2010年代のもっとも好きな音楽」として、あなたのChuck Person名義の作品『Chuck Person's Eccojams Vol.1』(2010)を選んでいましたが、ご感想をお願いします。

DL:光栄に感じた。ただ、と同時に僕には難儀でもあったっていうか……だから、自分は必ずしも、あのウェブサイトをやってる連中と同じような喜びとともにあのレコードを聴けるわけじゃない、と。あの音源があそこまで他の人びとにとって意味を持つというのには、自分も本当に「わあ、そうなの?」と興味をそそられる。
 あの作品を作ったときはほんと、自分はとにかく……直観的に作った、みたいな。自分を駆り立ててあれを作らせたものがなんなのか自分でもわからないし、意図的にやったところは一切なくて。とにかく「これをやる必要がある」と自分は感じていたし、その通りにあの作品をやって、その結果を人びとがああして気に入ってくれたのは、自分にとってショックであったし、と同時にありがたい恩恵でもあった。
 だけど僕にとっては非常にこう、(苦笑)理解しがたいんだよね、他の人びとがあのレコードに見出す重要性というものは……。いや、もちろんそう評されるのは素晴らしいんだよ! とてもワンダフルだし、自分の作り出した何かがいまだにこれだけ長い時間が経ってもなお人びとの心を動かしている、みたいなことであって、それはとても感動的なんだけどね。

アンビエントやドローンの文脈で出会った我々のようなリアルタイムで聴いてきたリスナーからすると、『Eccojams Vol.1』と同じ年の『Returnal』のほうが圧倒的にインパクトが大きいですし、『Replica』(2011)や『R Plus Seven』(2013)の当時の評価も高かった。なので、後々になって一部のリスナーが『Eccojams Vol.1』のほうを強烈に評価するというのは興味深く、やや不思議でもあります。

DL:うん、そうだよね。僕もいつも困惑させられるんだ、なぜなら自分にとっては──それがなんであれ、いま自分の取り組んでいる最新のものこそ自分に作り出せるベストなものになっていくだろう、そう思ってやっているからさ。だって、僕は生きているんだし、さらに良くなろうと努力しているところで、正直になろうと努めてもいる。だから僕からすれば常に、「頼むから、どうか自分の最新作をいちばん好きな作品にしてください!」みたいな(苦笑)。ところが……うん、僕にしても微妙なところだよ、あの作品は実にナイーヴなやり方で作ったわけだし。でも、と同時に自分にとってそれはとても素晴らしいことでもあるんだけどね。だから、あの作品を聴くとこう、自分の……無垢さを聴いて取れる、みたいな(照れ笑い)。
 当時の自分はオーディオ・エディターの使い方すらロクに知らなかったわけで、とにかくひたすら手っ取り早く薄汚いやり方で何かを作っていた。それってとても……っていうか、僕にとっては実際、そっちの方がはるかにセラピー効果のある音楽なんだよな、ニューエイジ・ミュージックを過剰に参照している類いの音楽よりも。なぜなら僕は自分自身を癒す手段としてあの音楽を作っていたから。退屈な仕事の時間しのぎとして何か作りたいなと思ってやったことだったし、あの音楽を作ることで自分もリラックスさせられたんだ。

もしかしたらそれは……コロナウイルスにまつわって生じた実存的な恐れの感覚、そことも少し関わっているのかもね? ここしばらくの間に自分が家族や友人連中と交わした会話、そのすべてはすごくこう、みんながそれぞれの人生を振り返り思索している感じだったし──だから、「一体どうして我々はこの地点にたどり着いてしまったんだろうか?」という。

日本ではあなたがヴェイパーウェイヴの重要人物のようになっていますが、いかが思われますか? 

DL:ああ、あれは僕からすれば、自分のカルチャーではないね。どうしてかと言えば、あれは一種、『Eccojams』に反応した一群の若い世代の連中、みたいなものだったわけで。彼らはなんというか、『Eccojams』をもとにして……それを様式化した、という。で、僕にとっての『Eccojams』というのは基本的に言えば……いやだから、あれが一種の青写真だった、というのはわかるよ。ごく初期の頃に、自分でもこう言っていたのは憶えているからさ、「これは、『誰にだってやれる』という意味で、フォーク・ミュージック(民族音楽)みたいなものだ」って。クッフッフッ! 要するに、ゴミの山にどう対処すればいいか、その方法がこれですよ、みたいな(苦笑)。

(笑)なるほど。

DL:そうやってゴミを興味深いものにしよう、と。で、思うにそこだったんだろうね、人びとがとくに興味を惹かれた点というのは。だから、あれは個人的かつキュレーター的な作法で音楽にアプローチする、そのためのひとつのやり方だったっていう。でも、ヴェイパーウェイヴは違うな、あれは僕のカルチャーではないよ。僕のシーンではないし、自分があの一部だったこともなければあれをフォローしたこともなかったし、たとえばBandcampでさんざん時間を費やしてあの手の作品をあさった、みたいなこともまったくなかった。まあ、ラモーナ(・アンドラ・ザビエル:Ramona Andra Xavier aka Vektroid他)のことは知っているけどね。僕たちは初期の頃に話をしたことがあったんだ。そこでとても興味深い会話を交わしたし、彼女は素晴らしい人物であり、コンポーザーとしても優秀だよ。ただし、自分は彼女とは違う類いのコンポーザーだと思ってる。

でも新作は、まさにこうしたOPNをめぐる理解と誤解を楽しんでいるあなたがいるように思ったのですが、いかがでしょうか? というのも、前作、前々作と比べるまでもなく、あなたのキャリアのなかでも明るい作品というか、funな感じが出ていますよね? 

DL:うんうん。

その意味でも、初期=『Eccojams』期のイノセンスを少し取り戻した、それが新作に作用したのかな?とも思いましたが。

DL:ああ、それは間違いなくある。自分にもそれは聴き取れるから。で、これってある意味、自分が話してきた、長いこと言い続けてきたようなことなんだけども(苦笑)──だから、「単に他の音楽を素材に使って『Eccojams』をやるんじゃなくて、自分自身を『Eccojam』(エコー・ジャム)してみたらどうだろう?」って(笑)。

(笑)それはすごくメタですね。

DL:うん。でも、それに、そっちの方がもっと合法的だし。(編注:もともとヴェイパーウェイヴは既存の曲の無許可なルーピングを元にしている)

(笑)。

DL:ハッハッハッハッハッ! (作者が同じなので)そんなに僕の名前をクレジットに記載してくれなくてもいいよ、みたいな(笑)。という冗談はともかく、うん、その意見には同意する。明るいし、カラフルで……『Magic Oneohtrix Point Never』収録のアンビエントなピースの多くは、僕の耳には、僕が僕自身を「エコー・ジャム」しているように響く。うん、たしかに。

そもそもなぜタイトルが『Magic Oneohtrix Point Never』、先ほどおっしゃっていたようにセルフ・タイトルなんですか?

DL:……自分にもわからない! もしかしたらそれは……コロナウイルスにまつわって生じた実存的な恐れの感覚、そことも少し関わっているのかもね? ただ……自分でもどうしてあのタイトルにしたのかわからないんだ。とにかくそういうタイミングだった、というか。ここしばらくの間に自分が家族や友人連中と交わした会話、そのすべてはすごくこう、みんながそれぞれの人生を振り返り思索している感じだったし──だから、「一体どうして我々はこの地点にたどり着いてしまったんだろうか?」という。

ええ。

DL:「この状況に自分たちを引っ張ってきたのは何? 何が起きてこうなったんだ?」と。彼ら自身の送ってきた人生、世界、そして政治や何やかやにおける人生を振り返っていて……だから一種の、(これを機に)自分たちの人生を査定する、みたいな感覚があったっていう。もしかしたらそれが(このタイトル命名の)由来の一部かもしれないよね? 
 でも、それと同時に……単純に、音楽そのものに対するリアクションっていう面もあったと思う。今作をまとめていく過程で、「この曲、それからこの曲を入れよう」って具合に楽曲群のなかから選んでいったわけだけど、そうするうちに自分に何かが聞こえてきた──「この曲、これはセルフ・タイトルのレコードみたいに聞こえる」と感じたんだよね。それとは別の曲群ではまったくそう感じなかったし、それよりもあれらの楽曲群はもっと、特定の、音楽的な美学の世界の方と関わっているように思えた。ところが、この曲、これは自分にとっては音楽的にとても自伝的なものとして響くぞ、と。過去に遡って、自分がひとりで何もかもやっていた頃、00年代初期あたりの自分を思わせるものがある、と。

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アルバムというフォーマットが死を迎えても、僕はかまわないけどね(笑)。世界はそういうものだ、というだけのことだよ、そうやって世界はどんどん変化しているんだし。それに自分は……戦略的に「これはこういう風に」と狙って何かやろうとしたためしがないんだ。


Oneohtrix Point Never
Magic Oneohtrix Point Never

Warp/ビート

ConceptronicaHypnagogic PopAvant Pop

アルバムの内容について訊きますね。ゲストのクレジットがない曲のヴォーカルは、(サンプル以外は)すべてあなたですか?

DL:うん。ヴォコーダーを使ってね。あれはこう……僕はずっと、ヴォコーダーを使ったレコードが好きで。ジョルジオ・モローダーの『E=MC2』(1979)だとか……

(笑)はい。

DL:ハービー・ハンコックの『Sunlight』(1978)等々、好きなものにはキリがない。ダフト・パンクだって『Discovery』(2001)以降、また使いはじめたし。いつもヴォーカルにヴォコーダーをつけてきたんだよ、だって、僕はシンガーではないからね。僕は、僕は……キーボード奏者だよ(苦笑)! だから、ヴォコーダーを使うと、自分の歌声をそのまま使ったり、たとえばそれにオートチューンをかけるよりもヴォーカル・メロディやハーモニーの面ではるかに興味深い、もっと流動的で、かつ豊かなものが手に入るんだ。というのも、自分はハーモニーという意味ではいまだに、自分の指で鍵盤を押さえるときほどクリエイティヴに考えることができないから。
 というわけで、僕にとってのこのレコードのサウンドと言えば、それになる。ほんと、ヴォコーダーにとても重点の置かれたレコードだ、というか。だから、(笑)仮にSpotifyのプレイリストに「これぞヴォコーダー作品だ」みたいな題のものがあって、『Sunlight』や『E=MC2』が並ぶなかにいずれ『Magic Oneohtrix Point Never』が含まれるようになったら、僕としてはとてもハッピーだよ、うん。

本作にはインタールードのような “Cross Talk” が4つ挟まれています。アルバム全体としては、ラジオの番組やチャンネルが変わっていく感じを意識しているそうですね。なぜいまラジオというある意味古いメディアに注目したんですか? 

DL:ふたつの理由があると思う。ひとつは、ニューヨークがロックダウンされていた、自主隔離生活を送っていた間に、友人たちがストリーミング・ラジオの番組をやっていて。もともとラジオは好きだったけど、あれをよく聴いていたのをきっかけに「Magic Oneohtrix Point Never」について考えるようになったし──というのもあの名前は、僕の育ったボストンにある、ソフト・ロックのラジオ局「Magic 106.7」(マジック・ワン・オー・シックス・セヴン)に引っかけた言葉遊びのようなものだから。
 最初に言ったように、僕はいつもラジオを聴いていたし、ラジオを録音したミックステープをずっと作っていた。とにかくリスニングするのが好きなんだ。ポッドキャストも、人びとのトークも、コマーシャルも、特殊音響効果等々も好きだし……とにかくラジオにある質感と色彩とが大好きで。子供だった頃からずっとそうだったし、あまりにも好き過ぎて、自らのプロジェクトをラジオ局にちなんで名付けたくらいだ。
 というわけで、もしも自分がセルフ・タイトルのレコードを作るとしたら──オーケイ、まず状況を設定する必要があるな、と。それって映画を作るようなものだし、さて、アルバムをどこに設定しようか? と。で、ラジオという設定に作品を据えたいと思ったんだ。

今年はラジオ放送が開始されてからちょうど100年です。そのことと関係ありますか?

DL:えーっ!?

アメリカで初めてライセンスを受けて商業ラジオが放送されたのは今から100年前にピッツバーグにて、とされています。なので、もしかしたらあなたがラジオを選んだのはそのせいもあるのか?と考えもしましたが……。

DL:(マジに驚いている模様)うわぁ………っていうか、ほんとに? アメリカで、最初のラジオ放送がおこなわれてから今年で100周年? ワ〜〜オ!

はい。この手の発明/テクノロジーの話だけに諸説あるかもですが──

DL:(苦笑)。

一般に、1920年の10月、ピッツバーグのKDKAという局が最初だった、とされています。

DL:ワ〜〜〜オ! 

でも、単なる偶然みたいですね。

DL:ああ、偶然だ。しかも、このレコードが出るのも10月だし。実に妙な話だね。

今日は配信全盛の時代で、音楽は単曲で聴かれることが主流ですが、この時代におけるアルバムの意義とはなんでしょう?

DL:ああ、僕にも見当がつかないな。アルバムってマジに死に絶えつつあるんじゃないかと思う(苦笑)。いやほんと、自分にはわからないし……だから、Spotifyの人は「アーティストもこれまでのように2、3年おきにアルバムを1枚作っていればいい、というわけにはいかない。コンスタントにトラックだのなんだのを作り続ける必要がある」(訳注:Spotifyの共同設立者ダニエル・エクが今夏「Music Ally」相手に語ったコメントのことと思われる。)みたいなことを話しているわけだし。どうなんだろう? なんとも言えないなあ。
ただ、アルバムというフォーマットが死を迎えても、僕はかまわないけどね(笑)。世界はそういうものだ、というだけのことだよ、そうやって世界はどんどん変化しているんだし。それに自分は……戦略的に「これはこういう風に」と狙って何かやろうとしたためしがないんだ。仮に、自分がその方向に向かうとしたら……だから、思うにティン・パン・アレー系の音楽(訳注:ティン・パン・アレーはマンハッタンにあった楽譜/音楽出版社他の多く集まったエリア。転じて、職業作曲家とパフォーマーとが分業制の商業主義ポップスの意味もあり)の興味深いところというのは、あの手の歌って尺がとても短かったわけじゃない? それはどうしてかと言えば、フォノグラフ盤に収録できる音楽の長さには物理的に限界があったからだ、と。オーケイ、なるほど。
 ってことは、別に悲しむべきことじゃないんだよ、これは。とにかくテクノロジーと美学とは、歴史を通じてそうやってずっとダンスを続けてきた、ということに過ぎない。だから、奇妙な(笑)、ダーウィンの進化論めいた自然選択が起こり、音楽が楽曲単位の各部に細切れにされるようになり、レコードという概念が古風で古臭いものになったとしても、それはそれでオーケイなことであって。
 ただし、僕はレコードを愛しているけどね。レコードを聴くのが好きだ。だから僕も単に、自分の育った時代、その産物だってことなんだろうな(苦笑)。自分にはわからないけど、でも、うん、それはそれでオーケイ、ありなことだよ。

ASMRの人気についてはどう見ていますか? 

DL:うん、すごく、すごーく興味深い現象だよね。あれはもしかしたら、孤独感……人びとの抱く寂しさとどこか関係があるんじゃないかな? 親密な繫がりの欠如、そこと何か関係があるんじゃないかと思う。というのも、密な繫がりがあり、他の人びとと近い間柄を保てていれば、ASMRは常に身の回りで起きているわけで。その人間の日常に密接な繫がりが欠けている、もしくは他との接触を絶たれていて孤立した状態だったら、ASMRを得る何かしら別の方法を見つけなくちゃならなくなるのかもしれない。うん……非常に興味深いし、かつ、ある意味とても美しくもある現象だ。
で……今回のレコードのなかにも一カ所、僕からすればASMRな瞬間が訪れる場面があって、それはアルカの参加曲。あのトラックを聴いてもらうと、彼女がヴォイスを使って「S(エス)」というぶるぶるしたサウンドを生み出しているのが聞こえる。僕は彼女のヴォーカルおよびその周囲をこう、サウンド・デザイン等々を通じて、ある種非常に親密に響くようなやり方で提示した、という。あれはとても興味深い、彼女特有のものだし、彼女がやりたがったのもそれだったんだよ、ただ「エス・エス・エス……」と繰り返し発語する、みたいなこと。あれは本当にクールだった。
 でもまあ……(軽く咳払いして)ASMR人気がどうして起きているのか、それは僕にもわからない。ただ、思うにそうした現象が浮上するのは、おそらく人びとが「親密な繫がりが足りない」と感じているときなんじゃないか? 。

いまおっしゃったように、“Shifting” にはヴォーカルでアルカが参加しています。2010年代、OPNとアルカはエレクトロニック・ミュージックの最前線を駆け抜ける二大巨頭のような存在でした。10年代が終わり、その両者がコラボするに至ったことに大きな感慨を覚えます。かつて、そして現在、アルカの音楽についてはどのように思っていました/いますか?

DL:ああ、彼女はとんでもない才能を持つクリエイターでありヴォーカリストだ。彼女の音楽は本当にずっと好きだったし、知り合って結構経つけど、僕たちはいつも「一緒に何かやろう、何かやろうよ」と言い合っているばかりでね(笑)。で、遂にはお互いウンザリしたというか、「いつまでこうして無駄話を続けるつもり?」みたいな。

(笑)話してるばかりじゃなく、やろう、と。

DL:(笑)そうそう、「とにかくやっちゃおう!」と。でも……そうだね、お互いのクラフトに対する、素敵な称賛の念(苦笑)を共有しているよ。彼女の音楽は聴いていてとても共感できるし、メロディ面でも同様で、たまに「ああ、なんて綺麗なメロディなんだろう!」と感じることもあって、昔からの友人みたいに思える。だから、言葉を交わすまでもなく理解し合える誰か、みたいな。それに僕は好きなんだ、常に惹かれてきたんだよ、こう……クレイジーでスキゾな音楽を作っているアーティスト、ジャンクのように聞こえるというか、彫刻的にごちゃっとした混沌の塊で、でも聴いているうちに形をとってまとまっていく音楽を作っているアーティストたちに。そういうタイプのアーティストに常に惹きつけられてきたし、それはアートの分野を問わずでね。
というのもそれって、とある人びとが見ている現実というものの眺め、そのもっとも興味深い表現の仕方のように思えるから。で、彼女はとにかく、そこに音楽で生命を吹き込むのが最高に上手いんだ。僕は常にそこに感心させられてきたし、強く心奪われてもきたね。

最後は “Nothing’s Special (特別なものはなにもない)” という曲で終わります。これは何を意味していますか? まさに本作の本質を自ら明かしているとか?

DL:んー、あのタイトルの二重の意味が気に入っているんだ。だから、あそこから所有格の「‘(s)」を抜かすと「nothing special(どうってことない/これといって別に、といった意)」という、いささかシニカルな意味合いにとれる。でも「’」を足すと「特別なものはなにもない」になり、まあ、一種の禅っぽい在り方ってことだよ。
あの歌にはちょっとこう……とても悲しいときはどんな風に感じるか、それについて考えをめぐらせてみた、みたいなところがあるね。だから、思い出すわけだよ──たとえこの、悲しみのどん底みたいなものにある状態ですら、人は思い出しているんだよ、「自分は悲しみを感じている」って風に(苦笑)。ただ単に悲しいのではなく、悲しみというものを「感じて」いるっていう。で、何かを感じるというのは形状を伴うものだし、それは吟味・検討の形状であり、すなわち生きているということの形だ、と。で、「nothing is special」というフレーズは、ある意味ものすごい悲しみ、自分にはなにも信じられないという状態のことだけど、と同時にそれはまた、悲しむのもひとつの興味深い感覚であることを思い起こさせてくれる、という。あれはだから、メランコリーについての歌だね。

もう予定時間も過ぎていますし、これで終わりにしようと思います。今日は、お時間をいただいて本当にありがとうございます。

DL:どういたしまして。

わたし個人も、このアルバムをとてもエンジョイしています。美しくまとまっていますし、曲の間に挟まるクロス・トークも面白いです。

DL:(笑)うんうん、あれね、あれは自分でもやってて楽しかったよ。ともあれ、ありがとう。

former_airline - ele-king

 90年代後半より活動をつづける久保正樹によるソロ・プロジェクト、former_airline のニュー・アルバム『Postcards from No Man's Land』が、なんと、イアン・F・マーティン主宰の〈Call And Response〉より10月28日にリリースされている。フォーマットはカセットテープ(ダウンロード・コード付き)と配信の2種。バンドキャンプで買えます。パンデミックの最中に制作されたという本作、シューゲイズやポストパンク、クラウトロックから影響を受けたサイケデリック・サウンドをお楽しみあれ。

former_airline
「Postcards from No Man’s Land」
2020/10/28リリース

久保正樹によるソロ・プロジェクト。いくつかのバンド活動を経て、90年代後半よりギター、エレクトロニクス、テープなどを使用した音作りを始める。2000年代後半より former_airline 名義で活動開始。J・G・バラードにも例えられる音世界は、ときに「サイファイ・サイコ・エロチシズム」、「ディストピアン・スナップショット」などと称されたりもする。カセットテープを中心に、日本、イギリス、アメリカ、ドイツ、フランスほか世界各国のレーベルより8枚のアルバムをリリースしている。
今回のフルアルバム『Postcards from No Man's Land』に収録された曲のいくつかは2019年に録音され、多くは2020年に新型コロナウィルスによるパンデミックのなか自宅にこもり録音されたもの。

久保は、この過渡的な状況において、アルバム制作を通じて表現をすることが重要だと語る:
「このアルバムは、何気なかった日常が遠い思い出と消え行き、新しい普通とともに世界が大きく変わってしまう前後の音の記録として、どうしても『いま』リリースしたかった作品で、そこに残されたいまだ知らない空虚を見つめ、したためた便りのようなものです」

former_airline の音楽は、21世紀のパニックと情報過多を表現しているが、それを超えて希望に満ち忘られている未来が、世界を悩ましている精神的な夢の空間へと導いているよう。アルバム『Postcards from No Man’s Land』では、閉所恐怖症的な感覚、モートリック、アーバン、インダストリアルな要素がドリーミー、サイケデリック、トランスの要素へ途切れなく溶け込んでいく。
ポストパンク、クラウトロック、ミニマルウェーブ、シューゲイズ、ダブ、アシッドハウスからの影響を受けていながらも、former_airline はそれらを受け入れて、楽観的で今のカオスに根ざした彼自身の音の世界を作り上げている。

Artist website: https://formerairline.tumblr.com
Artist Twitter: https://twitter.com/former_airline_
Label website: https://callandresponse.jimdofree.com

CAR-44
『Postcards from No Man's Land』
Side A
 In Today's World
 Geometries of the Imagination
 Insane Modernities
 On the Sea of Fog
 Dubby the Heaven
Side B
 Paint This December Blue
 Destroy What Destroys You
 Walking Mirrors
 S. Sontag in the Psykick Dancehall

Format: カセットテープ+DLコード / Bandcamp
Price: ¥1500+tax

11/8 (日) ONLINE RELEASE EVENT
スタート 20:00 JST
LIVE:
・former_airline
・Demon Altar
https://www.twitch.tv/callandresponse

Rob Mazurek - Exploding Star Orchestra - ele-king

 今年出たジェフ・パーカーの『Suite for Max Brown』でも顔をのぞかせていたけれど、90年代からガスター・デル・ソルやトータスジム・オルークステレオラブらの諸作に参加し、トータスのジェフ・パーカーとはシカゴ・アンダーグラウンド・トリオ~クァルテットやアイソトープ217を組んで、ポストロックとリンクする活動をつづけてきたジャズ・コルネット奏者のロブ・マズレクが新たなアルバムをリリースする。先行公開中の下記 “A Wrinkle in Time Sets Concentric Circles Reeling” を聴けばわかるように、いまなお刺戟的なジャズに挑戦しつづけているようなので、ぜひチェックを。発売は12月16日。

Rob Mazurek - Exploding Star Orchestra
Dimensional Stardust

ジェフ・パーカーやジョン・ハーンドン、チャド・テイラーらシカゴ音響派時代の朋友から、〈Blue Note〉より鮮烈なデビューを飾った新鋭ジョエル・ロスまで参加の、ジャズ・コルネット奏者ロブ・マズレク率いるエクスプローディング・スター・オーケストラ待望の新作!!
ハードバップからポストロックまでをプレイしてきたロブ・マズレクが到達した、前衛ジャズと現代クラシックも入り交じる壮大な音世界!! 日本限定盤ハイレゾCD「MQA-CD」仕様、ボーナストラックを加えてリリース!!

Official HP : https://www.ringstokyo.com/robmazurek

間違いなく、このアルバムはロブ・マズレクのキャリアの集大成であり、今も前進を続ける彼と仲間たちが生み出した驚くべき新作だ。シカゴ・アンダーグラウンド(デュオ、トリオ、カルテット、オーケストラ)、アイソトープ217°、サンパウロ・アンダーグラウンド、そして、このエクスプローディング・スター・オーケストラへと結実した軌跡が鮮やかに刻まれている。アルバムの何れの断片も美しい。(原 雅明 rings プロデューサー)

アーティスト : Rob Mazurek - Exploding Star Orchestra (ロブ・マズレク・エクスプローディング・スター・オーケストラ)
タイトル : Dimensional Stardust (ディメンショナル・スターダスト)
発売日 : 2020/12/16
価格 : 2,800円+税
レーベル/品番 : rings (RINC69)
フォーマット : MQA-CD (日本企画限定盤)
バーコード : 4988044060678

* MQA-CDとは?
通常のプレーヤーで再生できるCDでありながら、MQAフォーマット対応機器で再生することにより、元となっているマスター・クオリティのハイレゾ音源をお楽しみいただけるCDです。

Rob Mazurek (director, composer, piccolo trumpet, electronic renderings, modular synth)
Damon Locks (voice, electronics, texts)
Nicole Mitchell (flutes)
Macie Stewart (violins)
Tomeka Reid (cellos)
Joel Ross (vibraphone)
Jeff Parker (guitar)
Jaimie Branch (trumpet)
Angelica Sanchez (acoustic piano, electric piano)
Ingebrigt Håker Flaten (bass)
Chad Taylor (drums, percussion)
Mikel Patrick Avery (drums, percussion)
John Herndon (drum machines)

Tracklist :
01. Sun Core Tet (Parable 99)
02. A Wrinkle In Time Sets Concentric Circles Reeling
03. Galaxy 1000
04. The Careening Prism Within (Parable 43)
05. Abstract Dark Energy (Parable 9)
06. Parable of Inclusion
07. Dimensional Stardust (Parable 33)
08. Minerals Bionic Stereo
09. Parable 3000 (We All Come From Somewhere Else)
10. Autumn Pleiades
+BONUS TRACK 追加予定

BudaMunk & TSuggs - ele-king

 ビートメーカー/プロデューサーとして様々なアーティストの楽曲を手掛ける一方で、Sick Team の一員としての活動や mabanua とのユニット=Green Butter、Fitz Ambrose とのユニット=BudaBrose、さらに Joe Styles、Aaron Choulai、ISSUGI、ILL SUGI など様々なアーティストとのコラボレーション作品を生み出してきた BudaMunk。ソロでもビート・アルバムだけでなく、ヴァラエティに富んだメンツをゲストに迎えた作品も展開しているのだが、2018年にリリースされたソロ・アルバム『Movin' Scent』の収録曲 “Froaura” にて美しい鍵盤のメロディを響かせていたのが、今回のコラボレーターであるジャズ・ピアニストの Tony Suggs こと TSuggs だ。

 80年以上の歴史を誇る名門ジャズ・バンド、Count Basie Orchestra の5代目ピアノ・プレーヤーを務め、故 Roy Hargrove が率いていたR&B/ヒップホップ・プロジェクト=The RH Factor のアルバム『Hard Groove』にもオルガンで参加するなど、USジャズ・シーンのコアな部分に身を置いていたのがその経歴からも伺える。2000年代のアンダーグラウンド・ヒップホップをルーツに持ちながら、実に数多くの作品を発表してきた BudaMunk であるが、今回の TSuggs とのプロジェクトは、彼にとっても最もジャズのカラーが強い作品であることは間違いない。曲のキモとなっているビートの部分は BudaMunk が手がけているので、曲の芯の部分にあるのはもちろんヒップホップなのだが、曲によってはジャジーなヒップホップというよりも、ヒップホップ・テイストが濃厚なジャズと表現したほうが相応しいようにも思う。

 そんな本作のヒップホップとジャズとの絶妙なバランス感を象徴するのが一曲目の “Mergers and Acquisitions” だろう。DJ YUZE によるアブストラクトなスクラッチに、ジャズ、R&B、ヒップホップなど様々なジャンルのアーティストと共演するギタリストの吉田サトシが参加し、緊張感のある絡みが展開しながら、TSuggs によるキーボード(主にローズ・ピアノ?)によって実に美しく透明な空気感が曲全体を覆う。続く “Convinced” に参加しているのが、TSuggs と同様に Roy Hargrove とも繋がりのあるベーシストの Amen Saleem で、BudaMunkによるビートとキーボード、ベースとのトリオによるライヴ感あるセッションはまさしくジャズそのものだ。他にもベーシストの日野 "JINO" 賢二が参加した “Half on a Baby”、トランペット奏者の Patriq Moody が参加した “Kozmic Question” など、ゲスト参加曲での躍動感溢れるグルーヴ感は実に面白く、ヴォーカル曲では Iman Omari が参加した “Good Vibes” は間違いなく本作の目玉となる極上の一曲だろう。その一方で、BudaMunk と TSuggs が一対一で対峙するミニマルな構成の楽曲での、ビートとキーボードのみが作り出すグルーヴはやはり格別で、永遠に聴き続けていられるような圧倒的な心地良さを与えてくれる。ゲスト参加したアーティストも交えながら、本作の魅力をぜひライヴでも再現してほしいと思う。


CAN:パラレルワールドからの侵入者 - ele-king

 映画『イエスタデイ』は、ビートルズのいない世界を想像してみろと、私たちに問いかける。リチャード・カーティスの、代替えの歴史の悪夢のように陳腐なヴィジョンのなかでも、音楽の世界はほとんどいまと変わらないように見え、エド・シーランが世界的な大スターのままだ。

 しかし、多元宇宙のどこかには、ロックンロールの草創期にビートルズのイメージからロックの方向性が生まれたのではなく、カンの跡を追うように出現したパラレルワールド(並行世界)が存在するのだ。それは、戦争で爆破された瓦礫から成長した新しいドイツで、初期のロックンロールがファンクや実験的なジャズと交わり、ポピュラー・ミュージックがより流動的で自由で、爆発的な方向性の坩堝となり、アングロ・サクソン文化に独占されていた業界の影響から独立した世界だ。

 カンのヴォーカルにマルコム・ムーニーを迎えた初期のいくつかの作品では、このような変化の過程を聴くことができる。アルバム『Delay 1968』の“Little Star of Bethlehem”では、ねじれたビーフハート的なブルース・ロックのこだまが聴こえるし、“Nineteenth Century Man”は数年前にビートルズ自身が“Taxman”で掘り起こしたのと同じリズムのモチーフを使った、拷問のようなテイクをベースにしている。

 カンの1969年の公式デビュー盤、『Monster Movie』のクロージング・トラック、“Yoo Doo Right”は、いかにバンドがチャネリングをして、ロックンロールを前進的な思考で広がりのあるものへと変えていったかがわかる小宇宙のようだ。ムーニーのヴォーカルが、「I was blind, but now I see(盲目であった私は、いまは見えるようになった)」や、「You made a believer out of me(あなたのおかげで私は信じることができた)」とチャントして、ロックとソウルの精神的なルーツを呼び覚ますが、それはベーシストのホルガ―・シューカイとドラマーのヤキ・リーベツァイトのチャネリングにより、制約され、簡素化されて、容赦のないメカニカルでリズミカルなループとなり、ミヒャエル・カローリのギターのスクラッチや、渦巻き、切りつけるようなスコールの満引きに引っ張られて、ヴォーカルから焦点がずらされる。

 カンが1960年代に取り組んでいたロックの変幻自在の魔術への、もうひとつ別の窓は、映画のための音楽を収録したアルバム『Soundtracks』で見ることができる。クロージング・トラックの “She Brings the Rain” などは、かなり耳馴染みのある1960年代のサイケデリックなロックやポップのようにも聴こえるが、このアルバムでは、それ以外にも何か別のものが醸し出されている。それは “Mother Sky” の宇宙的なギターとミニマルなモータリックの間に編まれた緊張感のあるインタープレイや、ヌルヌルしたグルーヴと新しいヴォーカリスト、ダモ鈴木の “Don’t Turn The Light On, Leave Me Alone” での不明瞭なヴォーカルでより顕著であり、おそらくバンドの最盛期の基礎を築いている。

 『Tago Mago』、『Ege Bamyasi』、『Future Days』といったアルバムは、現代のポピュラー・ミュージックの基礎となったカンのパラレルワールドが、我々の世界にもっとも近づいた所にあるものと言えるだろう。目を細めれば、異次元の奇妙な建築物と異界のファッションが、世界の間に引かれたカーテンをすり抜けて侵入しているのが、かろうじて見えるはずだ。それはポスト・パンク・バンドのパブリック・イメージ・リミテッド、ESG、ザ・ポップ・グループ他の生々しい、調子はずれのファンクのリズムや、ざらついたサウンドスケープ、あるいはマッドチェスター・シーンのハッピー・マンデーズやストーン・ローゼスといったバンドのゆるいサイケデリックなグルーヴのなかに、またソニック・ユースとヨ・ラ・テンゴのテクスチュアとノイズのなかに見ることができる。さらに1990年代初期のポスト・ロック・シーンでも、ステレオラブやトータスといったバンドの反復や音の探究を経て、おそらく21世紀でもっとも影響力のあるバンド、レディオヘッドにまで及んだ。カンは過去半世紀にわたり、ポピュラー・ミュージックの進化に憑りついてきた幽霊なのだ。

 カンの影響が長いこと残り続けるあらゆる“ポスト〜”のジャンル(ポスト・パンク、ポスト・ロック、そしてかなりの範囲でのポスト・ハードコアも)が、私にとって重要に思えるのは、これらはジャンルを超越したところにある、生来の本能的なジャンルだったからだ。ポスト・パンクは、パンクに扇動されて自滅したイヤー・ゼロ(0年)に、ファンク、ジャズ、ムジーク・コンクレート、プログレッシヴ・ロック他を素材として掘り起こし、自らを再構築しようとしていた音楽だ。一方、ポスト・ロックは生楽器をエレクトロニック・ミュージックの創作過程のループ、オーバーレイやエディットに持ち込んだ。それらは、従来のロック・ミュージックの世界での理解を超えた居心地の悪い音楽的なムーヴメントだったのだ。言うまでもなく、カンは最初からロックの接線上に独自の道を切り開いてきており、マイルス・デイヴィスが自身のジャズのルーツから切り開いた粗っぽいロックンロールのルーツと同じく、予測不可能なジャンルのフュージョンへの地図を描いていた──おそらくカンの爆発的なジャンルを超越した初期のアルバムにもっとも近い同時代の作品は、マイルスが平行探査した『Bitches Brew』 と『On the Corner』などのアルバムだろう。

 この雑食性で遊び心に満ちた折衷主義は、鈴木の脱退後のアルバムにおいても、カンの音楽の指針となっていたが、『Tago Mago』で到達した生々しい獰猛さを、1974年の『Soon Over Babaluma』の雰囲気のある、トロピカルにも響くサイケデリアのような控えめな(とはいえ、まったく劣ることのない)ものに変えたのだ。

 彼らはもちろん時代の先をいっていた。ロックの純粋主義者たちは、バンドの70年代後半のアルバムに忍び寄るディスコの影響を見て取り、冷笑したかもしれないが、グループの当時のダンス・ミュージックの流行への興味は、カンの幽霊の手(『Out of Reach』のジャケットのイメージによく似ている)に、彼らの宇宙的な次元と、報酬目当てのメインストリーム・ミュージックが独自の行進を続ける世界との間のヴェールを掴ませる役割を果たしていたのだ。カンは一度もロック・バンドであったことはなかったし、シューカイが徐々にベーシストとしての役割からリタイアし、テープ操作に専念するようになったことは、バンドの特異なアプローチが、音楽がやがてとることになる幅広いトレンドの方向性を予見させる多くの方法のひとつであったと言える。もっとも、カン自身はそれらのトレンドに対しては、斜に構え、独自の動きを続けた。

 そういった意味では、1979年の自身の名を冠したアルバムは、カンのことを雄弁に物語っている。10年に及ぶキャリアのなかで蒔いた種が、新世代の実験的なマインドを持ったアーティストたちに刈り取られ始め、カンの音楽とアプローチを軸にした作品が創られ始めたため、彼らはそういった作品に、“巨大なスパナを投げつけて”、妨害せずにはいられなかった。カン自身が創ったミニマリストのような、歪んだノイズのアトモスフェリックなディスコと、ファンクに影響されたサウンドは、キャバレー・ヴォルテールやペル・ウブ、ア・サートゥン・レシオなどと並べても違和感がなく、“ A Spectacle” や “ Safe” などのトラックは、彼らの技の達人ぶりを示していた。しかし決して安全な場所には留まらないのがカンであり、デイヴ・ギルモア時代のピンク・フロイド(1979年には絶対クールではなかった)のような世界にも喜んで飛び込み、SIDE2の大部分を躁状態のダジャレの効いたジャック・オッフェンバックの「天国と地獄」のダンスのテーマである“Can-Can(カン・カン)”の脱構築に費やし、間にはピンポン・ゲームまではさんでいる。言うまでもなく、彼らの最もバカバカしく、最高のアルバムのひとつだ。


 カンの影響下にあるパラレルワールドは、時に我々の世界の近くにありながら、その音楽はあまりにも多くの迂回路に進むため、ほとんどの場合、ぎりぎり手が届かないというフラストレーションを感じてしまう。我々は、次元の間に引かれたカーテンを完全に通過することはできないかもしれないが、隅々まで目をこらして、影や、我々の世界の亀裂を見ると、そこにまだ特異性が根付いているのを見出すことができる。そこには何かが存在し、他の場所からの侵入者が、我々が引いた線の間をぎこちないファンキーさで滑りこんできて、固体を変異可能にし、現実を異世界にし、異世界を現実にするのだ。

 ここに、バンドの面白さを象徴していると思う6枚のアルバムを挙げる。

『Soundtracks』──1960年代のロックから、より宇宙的なものへのバンドの変遷を示している。

『Unlimited Edition』──カンのもっとも折衷主義的で、実験的なアルバム。

『Tago Mago』 ──カンのもっとも極端な状態。

『Ege Bamyasi』──ダモ鈴木時代の、もっとも親しみやすさを実現した作品。

『Landed』──ポップ、エクスペリメンタル、アンビエントなアプローチをミックスするカンの能力を示す素晴らしい一例。

『Can』 ──バンドがバラバラな状態にあっても、常に自分たちにとって心地よいカテゴリーの作品を作るのを避けていたことがわかる。

(7枚目の選択として、『Soon Over Babaluma』は、もっとも繊細で雰囲気のある、カンの一例。)

Can: Intruders from a Parallel World

Ian F. Martin


The movie Yesterday asks us to imagine a world without The Beatles. In Richard Curtis’ nightmarishly banal vision of that alternate history, the music world seems much the same and Ed Sheeran is still a global megastar.

Somewhere in the multiverse, though, there’s a parallel world where the direction of rock emerged out of its rock’n’roll youth not in the image of The Beatles but rather sailing in the wake of Can. It’s a world in which a new Germany, growing from the war’s bombed-out wreckage, was the crucible in which the raw energy of early rock’n’roll merged with funk and experimental jazz, taking popular music in more fluid, free-flowing, explosive directions, independent from the hegemonic influence of the Anglo-Saxon culture industries.

You can hear this process of transformation happening in some of Can’s early work with Malcolm Mooney on vocals. On the album Delay 1968, you can hear warped, Beefheartian echoes of blues rock in Little Star of Bethlehem, while Nineteenth Century Man is based around a tortured take on the same rhythmical motif The Beatles themselves had mined on Taxman a couple of years previously.

On Can’s official debut, 1969’s Monster Movie, the closing track Yoo Doo Right is like a microcosm of how the band were channeling rock’n’roll into something forward-thinking and expansive. Mooney’s vocals summon forth chants of “I was blind, but now I see” and “You made a believer out of me” from the rock and soul’s spiritual roots, but it’s constrained, streamlined and channeled by bassist Holger Czukay and drummer Jaki Liebezeit into a relentless, mechanical rhythmical loop, the vocals dragged in and out of focus by the ebbs and flows of Michael Karoli’s scratching, swirling and slashing squalls of guitar.

A different window into the transformational witchcraft that Can were working on 1960s rock can be seen on the album Soundtracks, which collects some of their work for films. Some songs, like the closing She Brings the Rain, come across as quite familiar sounding 1960s psychedelic rock and pop, and yet something else is brewing in the album too. It’s there most clearly in the tightly wound, tense interplay between cosmic guitars and minimalist motorik rhythms of Mother Sky, as well as more subtly in the slippery grooves and new vocalist Damo Suzuki’s slurred vocals on Don't Turn The Light On, Leave Me Alone, laying the ground for what is probably the band’s most celebrated phase.

The albums Tago Mago, Ege Bamyasi and Future Days are really where that parallel world in which Can were the foundation of modern popular music moves closest to our own. Squint and you can just about see that other dimension’s strange architecture and alien fashions trespassing through the curtain between worlds. You can hear it in raw, discordant funk rhythms and harsh soundscapes of post-punk bands like Public Image Limited, ESG, The Pop Group and others; it’s in the loose, psychedelic grooves of Madchester scene bands like The Happy Mondays and The Stone Roses; it’s in the textures and noise of Sonic Youth and Yo La Tengo; it’s in the repetition and sonic exploration of the nascent 1990s post-rock scene, filtering through bands like Stereolab and Tortoise, eventually informing perhaps the most influential rock band of the 21st Century, Radiohead. Can are a ghost that’s been haunting the evolution of popular music for the past half century.

The lingering influence of Can on all the “post-” genres (post-punk, post-rock and to a large extent post-hardcore too) feels important to me, because these were genres with an innate instinct towards transcending genre. Post-punk was music trying to build itself anew after the year-zero self-destruction instigated by punk, mining fragments of funk, jazz, musique concrète, progressive rock and more as its materials. Meanwhile, post-rock brought the live instruments of rock into the loops, overlays and edits of electronic music’s creation process. They were musical movements uncomfortable in the world of rock music as conventionally understood. Can, needless to say, had been charting their own path on a tangent from rock since the beginning, approaching a similar slippery fusion of genres from the rough roots of rock’n’roll that Miles Davis had been charting from his own jazz roots at the same time — arguably the closest thing to Can’s explosive, genre-transcending early albums among any of their contemporaries can be found in Davis’ parallel explorations on albums like Bitches’ Brew and On the Corner.

That omnivorous, playful eclecticism remained a guiding feature of Can’s music in the albums that followed Suzuki’s departure, even as they traded in the raw ferocity that had reached its peak in Tago Mago for something more understated (but in no way lesser) in the atmospheric and even tropical sounding psychedelia of 1974’s Soon Over Babaluma.

They stayed ahead of the curve too. Rock purists may have sneered at what they saw as a creeping disco influence on the band’s late-70s albums, but the group’s interest in then-contemporary dance music kept Can’s spectral hand (much like the jacket image of Out of Reach) grasping at the veil between their cosmic dimension and the mercenary world where mainstream music continued its own march. Can had never been a rock band anyway, and Czukay’s gradual retirement from bass duties to focus on tape manipulation is another of the many ways the band’s idiosyncratic approach foreshadowed the direction broader trends in music would eventually take, even as Can themselves continued to move oblique to those trends.

In this sense, their self-titled 1979 album says a lot about Can. Just as the seeds sown by their then ten year career were starting to be reaped by a new generation of experimentally minded artists and the pieces were starting to realign themselves around Can’s music and approach, they couldn’t resist throwing a giant spanner in the works. The sort of minimalist, noise-distorted, atmospheric, disco- and funk-influenced sounds Can had made their own would have sat very comfortably alongside the likes of Cabaret Voltaire, Pere Ubu and A Certain Ratio, and in tracks like A Spectacle and Safe, Can showed they were masters of that craft. Can were never about being safe though, and they were just as happy diving down rabbit holes of Dave Gilmour-era Pink Floyd (desperately uncool in 1979) and devoting a large chunk of side 2 to a manic, pun-driven deconstruction of Jacques Offenbach’s “Can-Can” dance theme, interspersed with a game of ping pong. Needless to say, it’s one of their silliest and best albums.

The parallel world that lives under the influence of Can is sometimes tantalisingly close to our own, and yet their music pursues so many oblique detours that it mostly feels frustratingly just out of reach. We may never fully be able to pass through that curtain between dimensions, but look in the corners, the shadows and the cracks in our world where idiosyncrasies can still take root, and there is something there: some trespasser from elsewhere, slipping in their awkwardly funky way between the lines we draw, making the solid mutable, the real otherworldly and the otherworldly real.


Here are 6 albums that I think represent six interesting aspects of the band.

Soundtracks - Shows the band's transition from 1960s rock into something more cosmic.
Unlimited Edition - Can at their most eclectic and experimental.
Tago Mago - Can at their most extreme.
Ege Bamyasi - The most accessible realisation of the Damo Suzuki era.
Landed - A great example of Can's ability to mix pop, experimental and ambient approaches.
Can - Shows how even as the band were falling apart, they always avoided making anything that fit into a comfortable category.

(As a 7th choice, Soon Over Babaluma is a great example of Can at their most subtle and atmospheric.)

interview with Oneohtrix Point Never(Daniel Lopatin) - ele-king

ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーは、僕がニューエイジのテープにかなりハマっていたことからはじまった。ああいうテープにはシンセサイザー音楽が山ほど使われているから。しばらくの間、あの手のテープに中毒したかなりのジャンキーだった。それくらい貪欲だったんだよ、自分に見つけられる限りのあらゆるシンセ音源を手に入れるぞ、みたいな。


Oneohtrix Point Never
Magic Oneohtrix Point Never

Warp/ビート

ConceptronicaHypnagogic PopAvant Pop

 この10年、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー (OPN)がぼくたちの耳と、そんでときには頭を楽しませてくれたことは事実である。なんの異論もない。ele-kingのweb版がはじまった2010年から毎年のようにOPN絡みの作品があーだこーだと紹介されている。まるでストーカーだ。紙エレキングの創刊号(2010年末刊行)では、日本では初となるダニエル・ロパティンのインタヴューも掲載しているが、これはまだ『Replica』すらリリースされる前のことで、ビートインクがOPNを配給/プロモーションするようになる3年も前の話。そう、もう10年前かぁ(はぁ〜)。
 その取材においてロパティンは名前の由来についてこう答えている。「歯医者に行くとよく耳にする“ボストンのひっきりなしにソフト・ロックをかける”ラジオ局、Magic 106.7(マジック・ワン・オー・シックス・セヴン)からとったシャレ。歯を削られる音とソフト・ロックがOPNというプロジェクトのインスピレーションになった
 なるほど! 「歯を削られる音」がノイズになったのかと『Returnal』の謎が解けた気になったのは、取材者の三田格だけではなかった……。

 チャック・パーソンの『Eccojams Vol.1』のことは長いあいだ知らなかった。OPNの初期作品に垣間見れるニューエイジめいた音色や展開の由来に関してもわからないままだった。今回ロパティンは、そのあたりのことを惜しみなく喋ってくれている。ぼくの関心ごとのひとつには、彼がニューエイジについていかように考えているのかというのがあった。このインタヴューでようやくそれを知ることができて嬉しい。

 OPNが新作出るんだけど、好き? なんてことを20代前半のリスナーに訊いたりしたら、「集大成なんですよね」などと言われた。ネット界のコピペ仕様の情報伝達は本当にヤバイ。「違うよ、集大成なんかではないよ」とぼくは無防備な若者にちょっと偉そうに言ってやった。が、OPNのある一面が拡張された作品ではあるんだろうね。
 最初期の名義をアルバム・タイトルとした新作『Magic Oneohtrix Point Never』は、Covid-19によるロックダウン下においてきわめて内省的になったダニエル・ロパティンが自分はどこからやって来たのかと、つまりはOPNの起源を思い出しながら作ったアルバムだ。ここに歯医者のノイズはない。かつてあったドローンもない。アルバムは架空のラジオ番組を装っている。合間に喋りを入れながら、17の断片()によって構成されている。いかがわしいほどキラキラした音色、そしてニューエイジめいた音楽/ソフト・ロックめいた曲(じつはそのどちらでもない曲)が流れる。ようこそOPNのシュールな世界へ。
 アルバムには近年の諸作のように、他者(ゲスト)がいる。何気に豪華だ。ザ・ウィークエンド、アルカ、キャロライン・ポラチェック(元チェアリフト)、ラッパーのNolanberollin、サンフランシスコのNate Boyce。『R Plus Seven』以降の彼なりのポップ路線は守られつつ、彼なりにエンターテイメントしている。奇妙だけれど心地良い。アートワークがまた今回もかなりセンスが良い。フィジカルでは特殊印刷が施されているリッチな作りです。
 インタヴューは2回に分けて掲載します。アルバム発売は来週30日なので、この1週間は本番に向けての予習ということで。まずはインタヴューその1、〈ニューエイジ編〉のはじまりはじまり。

僕はもともと、とてもプライヴェートで閉じたタイプの人間だった。ただ、そうは言っても、「他との繫がりを感じるのは自分は好きじゃない」ということではなくて、とにかく僕からすれば、ラジオを聴くのはいつだってこう、特別な、ほとんどもうスピリチュアルな類いの、とても私的な世界との繫がり方だった。

今年の春夏にかけてコロナ禍のなかで制作されたアルバムになりますが、いま世界で起きていることをあなたなりに考えたと思います。まずはそのあたりから話しませんか。

DL:ああ、うん。

この状況に直面し、あなたは何をどう考えたのか。

DL:うん……そうだね、正直、自分が生産的になる図はあんまり想像していなかった、みたいな。というのもニューヨークで自主隔離がはじまったときは非常にきつかったからね、僕のいたエリアは状況が本当にひどかった。だからほんと……ひたすら自宅に留まり、ただただ待機し、毎日さまざまな統計を眺める以外には何もやることがなかった。で、当時の僕は友人のはじめたラジオ番組をよく聴いていてね、Elara FMっていうんだけど(訳注:サフディ兄弟の制作会社がはじめたネット・ラジオ。OPNも4月にこのラジオ向けに「Depressive Danny’s Witches Borscht Vol.1」なるミックスを発表している)。それがいつしか、とてもいい手段になっていったというかな、他との接触をもつという意味で。
 あの頃は他の人たち会うことができなかったし、何がどうなっているのか誰もわかっていなくて、とにかくみんなものすごく怖がっていた。けれどもあのラジオがよかったのは、自分の知らなかった人や誰も名前を聞いたことのないような連中の作ったさまざまなミックスを耳にすることができたことでね。それに自分の知人たちもあれ向けにミックスをやっていたし……それらを聴いてるうちに、とにかくこう、あのラジオが存在してくれることへの深い感謝の念が湧いたっていうか? だから、あれが存在していなかったら、他者とのコネクションをもつのは不可能だったわけで。で、たとえば他の手段として映画を観ようとしたこともあったけど、頭がおかしくなりそうというか、とてもじゃないけど観てられない、みたいな。登場人物がお互いにタッチする場面だとか──

(苦笑)たしかに。

DL:(笑)映画のなかでみんなが集まって楽しそうに過ごしていたり。とにかく無理、映画を観ているのが耐えられなかったし、そのせいでラジオをよく聴いていたんだ。で、そうするうちにワンオートリックス・ポイント・ネヴァーという名義の由来やこのプロジェクトの起源といったことを考えはじめるようになった。ガキだった頃の自分はラジオをエアチェックしてDJミックステープを作っていたよな、云々。昔の僕はカセット・デッキとテープで、一時停止ボタンを使ってミックスをやっていたんだよ。何か自分の気に入ったものが聞こえてきたら一時停止ボタンを解除して録音し、それが終わったら一時停止、自分の好きなものがはじまったらまた録音開始……という具合に。
 こうして話すとケッタイに聞こえるけど、当時の僕はそういう、好きなラジオ局を次々に流してサーフしていく、みたいなちょっとしたミックステープ的なものを作っていたんだ。で、そういったことは常に自分のイマジネーションの一部だったっていうのかな──
 僕はもともと、プライヴェートでは閉じたタイプの人間だった。そうは言っても、「他との繫がりを感じるのは自分は好きじゃない」ということではまったくなくて、ただ、とにかく……僕からすれば、ラジオを聴くのはいつだってこう、特別な、ほとんどもうスピリチュアルな類いのそれと言ってもいいくらい、とても私的な世界との繫がり方だった。
 で、考えたんだよね、そういったことを念頭に置いて試しに音楽を作ってみる甲斐はあるんじゃないか、自分にやれるかどうかやってみたらどうだろう? と。でも、なかなかうまく噛み合わなくて、長くかかってね。というのも僕は自宅で、ベッドの脇で(苦笑)レコーディングしていたし……それもまたワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの起源を思い出させてくれたんだけどね、「自分はずっとこういうことをやってきたんだよな」って。

なるほど。

DL:それにもうひとつ……そろそろセルフ・タイトルのレコードを作る時期かもなっていう思いもあって。そんなわけでやがて物事もクリックし出していったし、僕は戻ったんだ──だから、いったんニューヨークのロックダウン状況が少し落ち着いたところでニューヨークを抜け出して、このプロジェクト(=OPN)をスタートさせたときに僕が暮らしていた街に帰って。で、あそこでこのレコードを仕上げたっていう。だからこのレコードにはいわゆる、パーソナルな特性みたいなものが備わっているんじゃないかと思う。そうは言いつつ、それはまあコロナとの関わりという、広い意味での話だろうけれども。

ある意味「作るはずのものではなかった」作品とも言えそうですね? わたしたちが直面しているコロナ禍の特殊な状況の産物、偶然生まれた作品とでもいうか。

DL:その通り。まさにその通りだよ。自分じゃそこまでうまく言い表せないな(苦笑)! 

(苦笑)。

DL:(笑)いやマジに、君が僕のアメリカ向けの取材を受けるべきだよ。だっていまの表現の方が、僕がグダグダ説明するよりもずっと短くて簡潔だしさ。

(笑)いやいや、あなたご自身の口から聞くのが大事なんですから。

DL:フフフッ!

家から出られないという特殊な事態はともかく、新作の作り方は、いままでの作品とどこが違っていましたか? お話を聞くと、あなたはある意味今回ご自分のルーツを再び訪れたようですが、でも──

DL:そう。だから、戻ろうとはしても、やはり過去に戻るのは無理だっていう。そう、ほんとその通りだよ(苦笑)……戻ってはみたものの、そこで気づかされるんだ、やっぱり自分も昔とは違う人間になっているんだな、と。

それに、あなたご自身のスキルも昔よりあがっているでしょうし。

DL:うんうん、実際、以前よりも自分でエンジニアをやるのがうまくなったし。そこもトラック作りの際の興味深い点だったんだよな、というのも僕はとても……スタジオで他のエンジニア相手に作業する云々の状況にすごく楽に対応できるようになったというか、それにすっかり慣れてきていた。ところがそこにこのコロナのあれこれが起きたわけで、うん、基本的に今回は(テクニカルな側面の)ほとんどを自分でこなしたね。だからその意味ではかつての自分の状況に少し似ているけれども、うん、やっぱり気づくものなんだよ、あの頃からずいぶん時間も経ったし、いまの自分の興味やテイストも昔とは違うんだな、ということに。

僕はどういうわけか自分の内面を探る行為に駆り立てられたし、そうなったのは自分の外側の現実ゆえだった、だろうね。だから乖離してはいないんだ。外部で何が起きているかの反動として、そこから目を背けることになった、と。

今回は数多くのコラボレーターが参加していますし、そこもかつてのあなたとは違いますよね。

DL:ノー、ノー(笑)! それはない。あの頃はドロップボックスも存在しなかったし、いまのように誰かに携帯でメッセージを送って音楽のステムをやり取りし合うだとか、そういったことは当時まったくできなかった。うん、だから今回は、他者とのコラボレートが大いに可能だった、一緒に何かを作っていくのがエレクトロニックな面でやりやすかった、ということだね……。(苦笑)しかも、今回は誰もが手に入って参加可能だったから! それくらい、みんな何もやることがなかったっていう(笑)。

(笑)たしかに。今年本当にコラボ型のアルバムが多く出ているのも、理由のひとつはそこじゃないかと思います。

DL:みんなヒマを持て余してる。

それはそれで、生産的になれていいのかもしれません。

DL:うん。

それに、ミュージシャンの多くは大抵他とは隔たりがあるというか。バンドで活動していれば別でしょうが、ソロ・アクトの場合は自宅で作曲したり音楽を作るケースが多いでしょうし、もともと「世界から自主隔離している」タイプの人は多いと思います。

DL:フフフフッ……そうだね、音楽人はどっちにせよ隔離されてるっていう(苦笑)。

どんな音楽もその時代を反映するものですが、しかし作者がどこまでそれを意識するかは人それぞれです。無意識にやっている人もいれば、意識的な人もいる。

DL:うん。

で、今作においてあなたは「時代性」や「社会」をどのくらい意識されましたか?

DL:んー、それは誰だって常に意識しているものだと思う。っていうか、意識せずにそうしている、というか。人びとの思考というのは、自分たちが把握しているつもりでいる以上に、もっと本当は深いものだと僕は思う。だから、「あなたは時代や社会について考えていましたか?」と訊かれたら、それは自分でもわからないけれども、自分は何か感じていたか? と言えば、その答えはイエス。だって、僕たちみんな何かを感じているわけだしね。
 何もわざわざ居住まいを正して意識的に何か作ろうとしたとは思わないし……要するに、「セルフ・タイトルのレコードを作りたい」という自分の欲、それ以外にこれといって開始点はなかったよ。とにかく思いついただけだしね、「常に自分の心を動かしてきた色々なもの、それらを探ってみるタイミングだ」と。
 だから、自分の外側で起きている現実のあれこれ、それに対するリアクションみたいなものとして作ったという面はそれほどないと自分では思っている。かと言って、「そうではない」とも言い切れないし……まあ、これを説明するいちばん適当な言い方は、僕はどういうわけか自分の内面を探る行為に駆り立てられたし、そうなったのは自分の外側の現実ゆえだった、だろうね。だから乖離してはいないんだ。外部で何が起きているかの反動として、そこから目を背けることになった、と。で、それは興味深いことだよ。精神分析医に尋ねた方がいいのかもなぁ(苦笑)、「どうしてこうなるんだ?」ってさ。

(笑)。

DL:ただ、自分にはわからない。自分としては、今回のレコードがいまの時代に強く、直接的に影響されているという感覚はないし……というのも、非常に内面的なレコードだからね。とてもパーソナルな類いのレコードだと思っている。ただ、こうして自分がそれを耳にすることになったのは、やはり時代のせいである、と。

なるほど。でも今年のアメリカはこれまで、政治的に非常に緊張した状況が続いてきました。「政治」といったものをどのくらい意識されましたか? 潜在意識のレヴェルでもなんらかの影響があるのではないかと思いますが。

DL:ああうん、色んなことが耳に入ってくるのからは逃れようがない。もちろんそうだ。ほら、だからなんだよ、そのせいでいっそう後押しされるというか……自分みたいな人間にとって……だから、僕は根本的に政治的な人間だし、自分のことをポリティカルな人間として理解している。ただ、かといってそれは自分が「政治」に興味があるという意味ではない、と。
 僕は常にある意味シニカルに構えていて、政治の場面で、人びとやメディア等々の何もかもを通じて日常的に展開されていくさまざまなメッセージに対しても、とても用心深く接している。僕はいつだってとてもシニカルなんだよ、というのもあれって何らかの取り引きのような感じがするし、それ以外の別の効用を備えているんじゃないか?  と感じるから。それらはダイレクトなメッセージではなく、操作されたメッセージであって、そのメッセージを理解しようとするように自分は強要されている、そんな気がするんだ。どうしてそれが自分の目に入ってくるのかを理解しようと強要されている気がする。ということは、自分は非常に居心地の悪いポジションに置かれたってことだし──というのも、僕はいつもとてもシニカルに構えているから。で、まさしくそれなんだよね。
 僕だって多くのアメリカ人たちとなんら変わりはなくて、幻想からすっかり覚めてしまっているんだよ。政府に対しての……そして国そのものという感覚に対してすら幻滅しているし、バラバラに分断された場所のようで、もはや国という風にすら感じない。しかも、その感覚が長く続いているっていう。そこには憂慮させられるね。だから、普通の人びとが僕みたいになってしまった──というか、人びとはそうなってしまっていると僕は思っているけど──それはやばい時代だってことだよ。というのも、なんらかの形で「自分も関わっているんだ」と感じるべきだし、自分が暮らしているのはどんな場所でそこでは何が起きているのか、それらを理解しようという意欲を掻き立てられるべきだから。
 そんなわけで、自分にとってのこの過去数ヶ月間というのは、項目リストをチェックしていたというか、「自分にちゃんとわかっているのは何か」という一種の目録みたいなもの作って過ごしていたという部分もあったんだ、そうやってもうちょっと……(政治や社会と)関わろうとしたっていう。だけど、やったことがなかったからね。それをやるのをこれまでの人生でほぼ避けてきたわけじゃない、自分の周辺に存在する、シニシズムとして感知してきたあれこれのせいで? だから一夜にして突然変化するはずがないし(苦笑)、それこそ基本的に、筋肉を新たに一から鍛えていかなくちゃならない、みたいな。そういうやり方で世界と関わるように努めなければならないってことだし、実践するのはすごく難しいことだよ。

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自分としては、今回のレコードがいまの時代に強く、直接的に影響されているという感覚はないし……というのも、非常に内面的なレコードだからね。とてもパーソナルな類いのレコードだと思っている。ただ、こうして自分がそれを耳にすることになったのは、やはり時代のせいである、と。


Oneohtrix Point Never
Magic Oneohtrix Point Never

Warp/ビート

ConceptronicaHypnagogic PopAvant Pop

本作向けのバイオによれば、自己啓発/自助のマントラが含まれているそうで──

DL:(笑)ああ、うん。

ということは『Magic Oneohtrix Point Never』は、自己啓発系ニューエイジのカセットテープから作ったサウンド・コラージュを使っているのかな? と。

DL:うん、やったやった。

それはどんな思いで使ったんですか? どうして今回のミックスのなかにそうした要素を含めたいと思ったんでしょう。

DL:それは……

それはたとえば、それらの自己啓発の主張のなかには、感心するものや感化されるものがあったから? 「このテープを聴くとモチヴェーションがあがるな!」と思ったとか(笑)?

DL:ノー、ノー、それはない(笑)。だから、常々感じてきたんだよ……自分はそれ以上に、その手のカセットテープの持つ人工遺物、ジャンクとしての側面に興味を惹かれてきたな、と。というのも、あの手のテープってまず、「こういう効果があります」の能書き通りになったためしがないわけでしょ?

ハハハッ!

DL:で、それって僕からすれば、まさに完璧なるアメリカのジャンクっぽい遺物だ、みたいな。というわけで、そうした類いのテープを利用すること、それらをサンプリングするのって、自分からすればほとんどもうアメリカの質感(テクスチャー)を使うことに近いわけ。だから、こうした「このテープを聴けば、あなたはこれこれこういう風に治癒されます」という発想とか、「一種のマントラを繰り返しつぶやけば癒される」だとか──そういうのってもう、下手したらスネーク・オイル(訳注:19世紀のアメリカで流行した、薬の行商人がカーニヴァル他でヘビの油と偽って売った鉱物油ベースのいんちきな万能薬。転じてほらのこと)と変わりないよね(苦笑)?

(笑)たしかに。

DL:僕にはそれってとても滑稽に思えるし、それに……だから、(苦笑)僕のメンタル・ヘルスは良好ではなかったってこと! おかげで人びとがやる色んなこと、コースだの各種セラピーについて考えはじめてしまった。だけどその手のセラピー効果のあるものって、僕からすると常に……んー、なんというか……ある種の質感を伴うもので……(苦笑)だから、あの手のあれこれって僕にはずっとインチキくさい感じがしてきたんだ。ペテンだろ、と。

(笑)。

DL:クハハハハッ! だからそこは好きなんだと思う。ところがそれとともに、自分のしばらくやっていたのもある意味そういうことだったわけじゃない? だから、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーは、僕があの手のニューエイジのテープの数々にかなりハマっていたことからはじまった、みたいな。というのもああいうテープにはシンセサイザー音楽が山ほど使われているから。本当に大好きだったし、しばらくの間、あの手のテープに中毒したかなりのジャンキーだった。それくらい貪欲だったんだよ、自分に見つけられる限りのあらゆるシンセ音源を手に入れるぞ、みたいな。それで掘りはじめたわけだけど、しばらくして主な有名どころは片っ端から聴いてしまったところで、突然「もっと、もっと」という強烈なニーズが生じて、手遅れな中毒患者みたいなものだよ。で、遂にはハイを求めて、胡散臭い裏手の路地にたむろするドラッグの売人を探しに出るようになる、と。

(爆笑)はっはっはっはっ!

DL:(笑)いかがわしいドラッグをあさるくらいまで落ちるわけ。まさにジャンクだよ(※麻薬を意味するスラングのジャンクと、文字通りジャンク=クズのような低俗なシンセ音楽をひっかけた比喩)。ほんと、ジャンクな音楽ね。

なるほど。そうしたニューエイジ音楽の質感やサウンド、そして奇妙なアメリカ文化の一片でもある面がお好きなようですが、そこにこめられた自己改良や自助といった類いの啓発メッセージは信じていない、と。

DL:そうだね。

全部くだらないたわごと、ですか。

DL:まあ、たわごとではあるけれども、「いい」たわごとなんだよ。ってのも、自分はそれを使って何かをやれるから。それこそプラスティック素材のように、それを用いてあまりくだらなく感じないものへと作り変えていくことができる。僕にはそれを何かしらパーソナルなものにしていくことができるし、だから結局のところは──実はそれにしても、とてもセラピー効果があるんだと思う。もっとも、それ(啓発メッセージやマントラetc)そのものが効果を発しているから、ではないけどね。

ええ、もちろん。

DL:うん。だから、そうすることで僕も何かに取り組むことになるわけで……自分には変えることができるし……そうだな、とことんシニカルなことって、とにかく「こんなのしょうもないたわごとだ! テレビを観てた方がマシだ」と決めつけて、まったく相手にしないってことじゃないかな? ──そうは言いつつ、自分もそれはやってるんだけどさ(苦笑)。ただし、ただし……自分にとっては、それっていい開始地点になる何かだ、みたいな。くだらないことではあるけど、本当だと思える何かのとっかかりにもなるもの、という。

それらジャンクを、いわばあなたは改めて作り変え、リサイクルしている、と。

DL:そう。

僕は常にある意味シニカルに構えていて、政治の場面で、人びとやメディア等々の何もかもを通じて日常的に展開されていくさまざまなメッセージに対しても、とても用心深く接している。僕はいつだってとてもシニカルなんだよ。

ニューエイジとは歴史的にいえば、大雑把に言って、60年代から急速に拡大した物質社会/近代社会への反動的な宗教運動ないしそれにリンクするスピリチュアリズム〜自己啓発を指すわけですが、あなたは自分の音楽に「new age」とタグ付けされることをどう思いますか? 

DL:んー、思うにまあ……もしも僕がニューエイジと看做されるとしたら、他のれっきとしたニューエイジの作曲家たちは相当に「侮辱された」と感じるんじゃないかと。たとえばニューエイジ音楽を讃える授賞式に僕が出席し同じテーブルについていたとしたら、彼らはおそらく「お前は我々をクズだと思ってる奴じゃないか!」と非難するだろうね。
僕の音楽をそうやってニューエイジと比較するのはあまりいい方法だとは思わないけれども──ただ、イエス、さっきも話したように「文化の遺物」としてのニューエイジ音楽に自分はたしかに興味がある。それにもうひとつ、ああいうレコーディング音源のいくつかには形式の面で非常にインスピレーションを掻き立てられることがあって、そこは否定のしようがない。素直に、あれらは本当に、本当に素晴らしいよ。で、思うに、そこから自分が得る知恵というのは……音楽はとてもゆっくりしたペースのものになっていいし(苦笑)、またとても静かになってもいいものであり……かつ、音楽はいわゆる「歌」という形式から外れたところでも成り立てるものだ、と。というか、歌のフォルムをとらなくてたって聴き手を強く集中させることができるし……実際、聴き手の精神(psych)の多くを映し出す、それこそ鏡みたいなものになり得る。そうやって、聴き手が自身の精神と関わるための手段として、音楽が自らを提示しているっていう。
冗談抜きのシリアスなレヴェルでは、僕はたしかにニューエイジ音楽は興味深いフォーマットだ、本当にそう思っているんだよ。で、そのフォーマットで僕が何をしようとしているかと言えば、それはとにかく、僕自身の精神を鏡に相対させ、自らに正直になろうとすることであって……だから、僕は別に他の人びとの役に立つように、彼らが彼ら自身をそこに映し出せるために音楽を作ってはいないんだ。だからその意味で、僕は相当に、もっとずっと利己的だってこと。自分自身だけを反映する、そういうものとして僕は音楽を作っている。だからだと思うよ、(苦笑)たくさんの人間が「どうして?」って頭をかきむしるのは。で、僕としては、「あなたが僕の音楽を通じて僕の精神のなかに入っていきたくなければ、当然ですよね、仕方ありません」としか(笑)。

ある意味、そこはどう誤解されようがかまわないというか、あなたの音楽を「新手のニューエイジ」と誤解し誤解釈する人がいても、それはそれであなたはその誤解を楽しんでいる、みたいな?

DL:まあ、そんなとこかな、それでもオーケイ。うん、自分はそれでもかまわない。だから、僕は何もそうやって誰かを混乱させようとしているわけじゃないんだよ。ただ、たとえば「リラックスするための音楽」としてニューエイジを聴こうとするだとか……っていうか、僕の音楽を聴いてもあんまり聴き手のためにならない、リラクゼーションにならないと思うんだけど(苦笑)。

(苦笑)あんまりその効果はないですよね。

DL:……僕はいつだってこう、リラックスした状態を転覆し揺さぶろうとする傾向があるから。それは僕が自分の精神状態に正直であろうとしているからだし、それだけのことであって。だからその意味でニューエイジ音楽ではないんだよ、ああした実際的な効用はない音楽だしね。ただ、ニューエイジ音楽にとても強く影響されてはいる、と。というのも、僕は自分自身を見つめるために、ニューエイジ音楽の慣用句のいくつかを使っているから。またそれらを用いて、音楽を見つめてもいるんだ。そしてノイズやヴァイオレンスをはじめとする音楽を構成しているもろもろ、それらを見つめてもいる。

後半戦(その2)に続く。(予告:ヴェイパーウェイヴについての彼の考えを喋りまくってます

Planet Mu's 25th anniversary - ele-king

 マイク・パラディナスが主宰するエレクトロニック・ミュージック・レーベル〈Planet Mu〉が創立25周年を記念してコンピレーションを出します。いや、すばらしい、おめでとうございます。
 マイク・パラディナスは、90年代初頭のエイフェックス・ツインの衝撃があって以降に登場した才能でした。そう、リチャードが〈Rephlex〉なる自分のプラットフォーム的レーベルをはじめて、そこからデビューしたのがマイク(μ-Ziq)で、彼の最初のアルバムそして2枚目は当時はまさにAFXに次ぐ衝撃だったのです(アンドリュー・ウェザールもその年の自分のベストに挙げておりました)。本当にあれは素晴らしかったなぁ。そしてマイクはいろんな名義を使い分けながら現在にいたるまで作品を出し続けています(今年もTusken Rider名義でアルバムを出しています)。1995年からはじめた自分のレーベル〈Planet Mu〉も当初はほとんど自分の作品ばかりでした。それがゼロ年代あたりからいろんなアーティストの作品も出すようになり(COM.Aの兄であるジョセフ・ナッシングの作品も出してましたね)、で、2008年のダブステップ系の名コンピレーション『Warrior Dubz』以降はFalty DLや初期のFloating Points、そしてシカゴのフットワークを世界に知らしめた名コンピレーション『Bangs & Works』を出したりしています。ちょうど10年前にインタヴューもしていました
 〈Planet Mu〉は、日本に支部がないためプロモーションされてませんが、ここ最近も本当に良い作品/挑戦的な作品を出しているんです。昨年はRian Treanor、今年で言えばまずはSpeaker Musicですよね。East Manもありました。しかしこうしてリンクを見ていると、書いているのは三田格さんばかりじゃないですか。いかん、もっとたくさんの人に聴いてもらわねば!
 マイクが本当にそう思ったのか、定かではありませんが、最近のレーベルの魅力をパッケージしたコンピレーション『Planet Mu 25』が出ます。エクスクルーシヴが7曲あり、そのうち1曲はBasic RhythmによるDJ Nateの曲のリミックスです。

 リリースは12月4日、デジタルとCDの両方で発売。なお、オウテカやエイフェックス、スクエアプッシャーとはまた違った活動を続けているマイクの最新インタヴューは、紙エレキングの年末号に掲載されるでしょう。乞うご期待。

Tracklist:
01 East Man & Streema - Know Like Dat
02 RP Boo - Finally Here (ft. Afiya)
03 Konx-om-Pax - Rez (Skee Mask Remix)
04 Ital Tek - Deadhead
05 Gábor Lázár - Source
06 DJ Nate - Get Off Me (Betta Get Back) (Basic Rhythm Remix)
07 Ripatti - Flowers
08 Speaker Music - Techno Is A Liberation Technology (ft. AceMo)
09 Jana Rush - Mynd Fuc
10 Rian Treanor - Closed Curve
11 Bogdan Raczynski - tteosintae
12 RUI HO - Hikari
13 FARWARMTH - Shadows In The Air
14 Meemo Comma - Tif’eret
15 Eomac - All The Rabbits In The Tiergarten

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