「Noton」と一致するもの

あのこは貴族 - ele-king

 名前を伏せても思わせぶりなのでそのまま記すが、以前つとめていた雑誌の特集に箭内道彦さんにご登場いただき、取材のあとなんとなく雑談にながれた。そこで箭内さんがおっしゃっていたことで妙に印象にのこったのが、移動中につかまえたタクシーの運転手さんが、あなた東京のひとじゃないでしょ、と声をかけてきたこと。箭内さんの特徴的な風貌はごぞんじの方もすくなくないだろうが、バックミラー越しに一瞥をくれた運転手さんが断定したのは、東京のひとはあなたみたいな目立ち方は好まないんですよ、ということだったと思う。じっさい箭内さんは福島のご出身で、ちょうど10年前の東日本大震災以降は地元にまつわる活動もさかんだが、お話をうかがったのはそれより前なので、たとえメンがわれていたとしても故郷(くに)までしれるとも思えない。だのにきめつけるのは職業的な生理か接客業由来の千里眼かヘタなテッポウ流の当て推量か、いずれにせよそういいたくなるなにかがあった。

『あのこは貴族』の冒頭で門脇麦が演じる榛原華子がのりこんだタクシーの運転手は、あなた東京の方でしょ、と話しかける。ときは2016年1月、ホテルにむかう車中で、正月早々の東京でそんなとこにいくなんて東京のひと以外にありえないというのが運転手のみたてだった。はたして華子は東京の裕福な家庭に生まれた三姉妹の末っ子で、家族が顔をそろえる会食へ急いでいたのだった。2015年の『グッド・ストライプス』につづく岨手(そで)由貴子監督の2作目『あのこは貴族』はこの華子と、水原希子演ずる時岡美紀を並行的に描くなかで私たちの暮らしに目にみえないかたちで覆いかぶさるものを描き出そうとする。東京うまれの箱入り娘の華子にたいして、地方出身者の美紀は大学進学を期に上京する。ただしふたりは物語の中盤まで出会うことはない。不可視のものが両者を線引きするからである。それがタイトルの「貴族」の由来でもある階級的なものだというのがこの映画の基調をなしている。
 階級ときいて、この国にそのようなものがあるのかといぶかる方もおられるかもしれない。日本における階級は近代にいちど再編し敗戦と日本国憲法の法の下の平等により廃止になったが、ここでいう階級とは法とはむすびつかない。職業や収入がつくりあげた地位などを親から子へ継承する過程で自然発生的にあらわれる「家柄」のようなものといえばよいだろうか、この点では英国やインドをひきあいに私たちがしばしば述べる階級ともニュアンスがいささかことなる。はっきりとはみえないけれど、あっちとこっちをへだてている壁のようなもの。コロナ禍のずっと前から私たちのまわりにはアクリル板みたいなのがあってひとはそれに沿って生きてきた――のかもしれない、と監督の岨手由貴子はいいたがっているかにみえる。

 山内マリコの原作による物語は5章からなる。そこでは二項対立的な価値観が通奏低音のようにくりかえしあらわれてくる。階層の上と下、社会的な領域の内と外、東京と地方に男と女などなど、私たちの日々の生活にそのような区分や線引きがいかに根を張っているか、岨手由貴子は告発調とも無縁に描いていく。親のお膳立てに応えつづける上流階級のひとたちも、地元が世界のすべての地方のひとたちにも、彼女はひとしくまなざしをそそぎ、俳優たちは監督の狙いに自然体でこたえている。主人公ふたりのほかにも、華子の友人役の石橋静河、美紀と地元と大学が同じ女友だち役の山下リオの存在が物語に奥行きをもたらしている。彼女たちをふくめて、作中人物はひとしなみにひかえめで楚々としており、家柄や性別や居住地や経済状況がさだめる条件に、積極的と消極的とにかかわらず、結果的には忠実に生きようとする、生きてしまう。
 ある側面からみれば、これは未来という来たるべき時間にたいする期待の剥奪であり、階級を再生産する統治の技法である。作中でも、東京は住み分けされていて、ちがう階層のひととは出会わないようにできている、というようなセリフがある。そこでは社会階層は固定化し流動性はきわめて低い。下から上へ、階層の移行が成立しない社会は努力しても報われない社会であり、そのような空間は反動的に生得的なものへの没入がおこりうる。ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』(ちくま学芸文庫)は英国の労働者階級の若者がなぜ、親と同じ仕事に就く傾向にあるのかを考えた社会学の古典だが、そこで取材を受けた労働者階級のある若者は学校教育を不要なもの、まどろっこしいもの、寄り道みたいなものだと述べる。世間の荒波にすこしでも早くふれるのが人生のなんたるかを知る近道だと彼は語るのだが、教育の猶予と選択肢を捨て去ることは他方では階級移行の可能性にみずからフタをすることにほかならない。『ハマータウン』は1977年の刊行だが、これは同じことは40年後の日本の地方でも地元志向の名のもとにくりかえされている。地方都市に生まれた美紀は進学という機会をテコに、生得的な共同体への懐疑なき没入からの離脱をこころみるが、家庭の経済的な事情で東京での学生生活の夢はついえてしまう。

 教育における階層化を論じるのは本稿の任ではないが、ひとことだけもうし述べれば、努力主義を内面化した果ての自助(自己責任)論は端的に欺瞞である。欺瞞のことばは未来をしぼませ、ひとを支配しようとする。生得的な属性はそのさい恰好の材料となり、ときに宿命を擬制するが、それらは偶然や宿命が本来的にそなえるあの複雑さを欠いている。せいぜいが占いレベル――であるにもかかわらず、固定化した社会通念がその価値観を内面化させるというこの無限ループ。むろん『あのこは貴族』に登場するだれひとりとしてこのような構図を俯瞰するものはない。彼らはあたりまえと思う暮らしをおくり、お見合いし、結婚し、ときに都合のいい女になり、家庭に入ったり仕事をしたりする。交錯することのないはずだった異なる階層のふたりの生がまじわるのも、高良健吾が演じる華子の夫幸一郎が美紀とも関係をもっていたからである。そのことに偶然勘づいた友人の仲介で華子と美紀ははじめて出会うが、ふたりは恋情のサヤあてをおこなうでも『黒い十人の女』さながら共謀して男をワナにかけることもない。物語における人物の相関関係は対立的なのがお約束だが美紀と華子はたがいに理解をしめし相手の領分にふみこもうとしない。ましてや「貴族」の表題から連想する革命的階級闘争(ということばを、私もひさしぶりに書きましたけれども)も出来しない。それぞれの問題をかかえそれぞれの暮らしにもどるのだが、出会いにより生まれた内面の揺れは、さざ波のように広がり、彼女と彼らが居るべき場所の外へほんのすこしふみだすときの背中を押す力にもなるだろう。そのかすかなうつろいを岨手由貴子はもうひとりの友だちのような距離感からていねいに掬いとっている。ロケーションや衣裳、小道具などの細部はそのさいのリアリティを担保し、渡邊琢磨のスコアは弦楽四重奏の形式に作中人物たちの関係性をおりこみ楽曲の構造で映画の主題を反復する、けっして大きくはないが、手仕事の巧みさとあたたかさの伝わる好ましい一作である。

映画『あのこは貴族』予告編


Various - ele-king

 1960年代から1980年代半ばにリリースされた日本のジャズ。日本人プレイヤーによるこれらの録音は、現在は一般的に和ジャズとして認知される(広義では海外ミュージシャンの来日時の録音や日本盤オンリーの作品も含む)。こうした和ジャズは1990年代からDJによって発掘されており、2000年代に入るとジャイルス・ピーターソンやU.F.O.、キョウト・ジャズ・マッシヴらが選曲したコンピ・シリーズの『シブヤ・ジャズ・クラシックス』が出たりした。そうしたところから次第に和ジャズが注目されるようになり、2009年には『和ジャズ・ディスク・ガイド』が刊行され、また福居良や板橋文夫などのいわゆるレア盤がいろいろリイシューされるようになった。

 こうした和ジャズのブームが定着した現在だが、最近は日本だけでなくアメリカ、ヨーロッパ、中国などで和ジャズを探すリスナーが増えている(中古盤市場的には中国がいまいちばん勢いがあるそうだ)。そして近年は和モノ全般が海外でもウケていることもあり、その一環として海外レーベルから和ジャズのリイシューやコンピがリリースされている。その筆頭がイギリスの〈BBE〉で、これまでに相澤徹の『Tachibana』、森山威男の『イースト・プランツ』、松風鉱一の『アース・マザー』、寺下誠&ハロルド・ランドの『トポロジー』、佐々木秀人+関根敏行の『ストップ・オーバー』など、マニア垂涎のレア盤を続々とリイシューしてきた。
 これまでにCD化された音源もあるが、〈BBE〉はアナログでリイシューしていて(わざわざ2枚組にするなど音質の向上に努め、また帯をつけるなど装丁も拘っている)、特に『ストップ・オーバー』などオリジナルは10~20万円もの値が付く作品は、その筋ではかなりの話題を集めたのだった。《J-Jazzマスタークラス・シリーズ》と銘打たれたこれらリイシューは、トニー・ヒギンズとマイク・ペンデンという〈BBE〉のスタッフが手掛けており(彼らはかなりの和ジャズのハード・ディガー&コレクターのようだ)、もともと2018年にリリースされた『J-Jazz:ディープ・モダン・ジャズ・フロム・ジャパン1969-1984』というコンピが引き金となっている。このコンピはシリーズ化され、2019年に第2弾がリリースされ、そしてこのたび第3弾が発表された。

 原盤からのライセンスの取得などでなかなかスムーズに作業ができないこともあったようだが、今回は〈ジョニーズ・ディスク〉〈A.S.CAP〉〈レッド・ホライズン〉〈ALM〉など自主レーベルの音源を中心に、第1弾、第2弾からさらに深く踏み込んだ選曲となっている。この中では河野康弘の “ソング・オブ・アイランド”、寺川秀保の “ブラック・ナイル”、古澤良治郎の “バーニング・クラウド”、友寄隆生の “キリサメ”、峰厚介の “モーニング・タイド” あたりがレア音源として知られるところ。ピアニストの河野康弘がヴィブラフォン奏者の菅野正洋をフィーチャーしたモーダルでスピリチュアルな “ソング・オブ・アイランド” が聴けるのは個人的にも嬉しいところだが、こうしたハード・バップやモードなどモダン・ジャズの主流をきちんと押さえたコンピだ。
 寺川秀保の1978年度録音の “ブラック・ナイル” はウェイン・ショーターのカヴァーで、〈ブルー・ノート〉の新主流派ジャズを彼なりに咀嚼した演奏。1970年に録音された峰厚介の “モーニング・タイド” には、菊池雅章のほかにラリー・リドレーやレニー・マックブラウンら海外勢も参加していて、当時の日本ジャズ界と海外との関りが見えて面白い。中島政雄の1979年録音の “キモサベ” にもドナルド・ベイリーが参加しているのだが、古い音源を聴くということはこうした歴史や当時のジャズ界の状況にもフォーカスを当てることでもある。このコンピには “ソング・フォー・ホープ” が収録される高瀬アキは、国内よりもむしろ海外で高く評価され、ベルリンを拠点に活動を続けている。日本のジャズ界の慣習にとらわれることなく、世界に羽ばたいていったひとりだ。

 ひとくちにモダン・ジャズと言ってもさまざまなヴァリエーションがあり、白木秀雄によるジャズ・サンバの “グルーヴィー・サンバ”、中山英二のスパニッシュ・タッチの “カモラー” などラテン音楽とジャズの融合を見せてくれるパターンが多い。特にサンバはじめブラジル音楽とジャズの相性はよく、“グルーヴィー・サンバ” はじめ中村達也の “1/4・サンバ・II”、板倉克行の “ハニー・サンバ” など音源も豊富だ。ハードなジャズ・ロック調の “1/4・サンバ・II”、しっとりと落ち着いたピアノ・トリオの “ハニー・サンバ” とアプローチも正反対で、こうした自由度の高さがジャズの魅力でもあるし、ジャズにしてもブラジル音楽にしてももともと異国の音楽であるが、それを取り入れて結びつけるうまさが日本人ならではのものだろう。
 フュージョン系では向井滋春の “カムロニンバス”、村上寛の “フィーバス”、中村誠一の “ウルフのテーマ” が収録されるが、このあたりは現在の和モノ・ブームにおけるシティ・ポップなどと同じ1970年代後半~1980年代前半の音源で、和モノと地続きで聴くことができるだろう。一方、“キリサメ” の友寄隆生は沖縄出身で、本土のジャズとはまた異なる沖縄のテイストを感じることができる。ジャズは民謡を取り入れることもあるのだが、こうした地域性を感じることができるのもジャズの楽しみのひとつである。
 そして、松風鉱一と古澤良治郎による1975年の中央大学の白門祭でのライヴ録音となる “アコースティック・チキン” は、ジャズ・ロックとフリー・インプロヴィゼイションがスリリングに融合した20分超えの演奏。ポスト・バップ、モード、フュージョン、ジャズ・サンバ、フリーと、ジャズの多様性や振れ幅の広さを映し出したコンピである。

Telex - ele-king

 〈ミュート〉が仕掛けるテレックス回顧プロジェクト、まずはその挨拶状的なベスト盤『this is telex』は4月30日にリリースされるのは既報の通りなのですが、昨日、その先行シングルの第二弾としてザ・ビートルズの“ディア・プルーデンス”のカヴァーが発表されました。これは未発表だったカヴァーなので、いきなりこれ公開しちゃうのかよーと思ったファンも少なくないでしょう。

 ちなみに『this is telex』は、彼らのファースト・アルバム『テクノ革命』から2006年のカムバック作『How Do You Dance?』までの全キャリアから選曲されていますが、アルバムの冒頭と最後は未発表曲(しかもどちらもカヴァー曲)という、憎たらしい構成となっています。“ディア・プルーデンス”は同アルバムのクローザートラックです。
 なお、〈ミュート〉の日本の窓口である〈トラフィック〉を通じて、細野晴臣からのコメントも発表されました。細野晴臣がプロデュースしたコシミハルの『Tutu』(1983年)において、テレックスの“L'Amour Toujours”が日本語でカヴァーされていますが、これは当時ブリュッセルにあったテレックスの自前スタジオ(Synsound Studio)での録音です。細野晴臣&コシミハルはそのスタジオを訪れているんですね。ちなみにバンドの中枢だった故マルク・ムーランも『Tutu』の“L'Amour Toujours”でシンセサイザーを弾いています。

■細野晴臣コメント
「先日Miharu Koshiと最近のフランスの新しいPOPSを聴いていて、『これはTelexみたいだ』と話してたんです。Telexのような音楽は今や普遍的なPOP MUSICになったんだと思いました。Telexの皆さんとセッションした暑い夏のブリュッセルがとても懐かしく、優しい心で迎えてくれたことを感謝してます。マルク・ムーランさんの逝去、とても残念ですが、きっと彼も僕たちと同じく、ベスト盤のリリースを喜んでいることでしょう。また、近い将来、あなたたちの新作が聴ける日を楽しみに待ってます」

Apifera - ele-king

 イスラエル出身のキーパーソンで、キーボード奏者及びマルチ・ミュージシャン/プロデューサー/ビートメイカーとして多彩な活動を続けるユヴァル・ハヴキン。昨年はリジョイサー名義で『スピリチュアル・スリーズ』という素晴らしいアルバムをリリースした。リリース元の〈ストーンズ・スロウ〉とはその前のアルバムの『エナジー・ドリームズ』(2018年)からの付き合いで、ユヴァルによってイスラエルとロサンゼルスを繋ぐ仲介役的な役割も果たしてくれているのだが、彼の新しいユニットのアピフェラもまた〈ストーンズ・スロウ〉からとなる。

 アピフェラはユヴァル・ハヴキン(キーボード)ほか、ニタイ・ハーシュコヴィッツ(キーボード)、アミール・ブレスラー(ドラムス)、ヨナタン・アルバラック(ベース)という、すべてイスラエル出身のミュージシャンからなる4人組バンドである。ロサンゼルスが拠点と紹介しているところもあるが、実質的な活動地はイスラエルのテル・アヴィヴだろう。
 ユヴァルはテル・アヴィヴのテルマ・イェリン芸術学校卒だが、ほかのメンバーもだいたいこの学校出身か周辺の音楽仲間である。このサークルからはタイム・グローヴ、リキッド・サルーンといったバンドや、L.B.T.というヒップホップ集団が出ているが、この4人はそれらのいずれかに参加している。実際のところリジョイサーの『エナジー・ドリームズ』にはニタイ、アミール、ヨナタンが、『スピリチュアル・スリーズ』にもニタイとヨナタンが参加していたので、アピフェラの『オーヴァースタンド』はそれらの延長線上にある作品とも言える。
 一方、ニタイはイスラエル出身のベーシストとして世界的に名を馳せるアヴィシャイ・コーエンのトリオのピアニストとしても知られ、アミールはアミット・フリードマンやオメル・クレインらのグループで演奏し、ヨナタンはビッグ・バンドのアヴィ・レオヴィッチ・オーケストラのメンバーとしても活躍するなど、既にイスラエル・ジャズ界でそれぞれポジションを獲得しているので、アピフェラはそうした実力者4人が集まったバンドでもある。こうしてスタートしたアピフェラは、昨秋はファンク・レジェンドのスティーヴ・アーリントンのニュー・アルバム『ダウン・トゥ・ザ・ローエスト・タームズ:ザ・ソウル・セッションズ』に参加し、そして自身の『オーヴァースタンド』をリリースするに至った。

 アピフェラという名前は蘭に集まってきた蜜蜂のことを指しているようで、オーガニックなサウンド構造とハーモニーやアレンジにより、豊かで多様な自然界を映し出すという方向性を持つ。ユヴァル・ハヴキンの名を一躍広めることになったバターリング・トリオにも共通する音楽性で、ヒレル・エフラルによるジャケットのアートワークにもそうした雰囲気が反映されている。イスラエルの民謡やラヴェルやサティなどに影響を受け、そのほかにもスーダンやガーナなどアフリカの音楽からサン・ラーの作品まで、メンバー4人が育んださまざまな音楽的要素が盛り込まれている。インスピレーションの赴くままにライヴ・セッションを3日間ほどおこない、『オーヴァースタンド』はレコーディングされた。最小限のオーヴァーダビングはあるものの、基本的にはこうした自由なセッションをそのまま録音している。
 セッションにはメンバー4人以外にゲストでノアム・ハヴキン(キーボード)、セフィ・ジスリング(トランペット)、ヤイル・スラツキ(トロンボーン)、ショロミ・アロン(サックス、フルート)が参加しているが、いずれもユヴァルやニタイたちの音楽仲間で、これまでもいろいろな作品で共演してきた面々だ。

 ニタイによると、アピフェラのサウンドにとってオーケストレーションは重要なパートで、特に音の質感に注力し、音色や温度感についていろいろディスカッションしながらセッションしていったそうだ。表題曲の “オーヴァースタンド” においてもそうした丁寧に吟味したサウンド・テキスチャーが張り巡らされていて、上質なアンビエント・ジャズとなっている。“レイク・ヴュー” におけるビートとエレピのバランスも絶妙で、抽象性の高い音色が聴く者のイマジネーションを無限に広げていく。リズム・セクションのセンスの良さを感じさせるジャズ・ロック調の “エネック・ハマグロ”、幻想的なエレピが印象に残る “ヤキズ・ディライト” など、ハービー・ハンコックやチック・コリアが1970年代にやっていたフュージョンを現代的にアップデートしつつ、“ザ・ピット&ザ・ベガー” や “Gerçekten Orada Değilsin” のようにイスラエル民謡からきたと思われる独特の音階を織り交ぜている。
 ただ、ある特定の国の音楽に固定されるのではなく、どこの国とも言えない無国籍感やさらに言えば時代性を超越した音を出しているのがアピフェラでもある。“ノートル・ダム” もヨーロッパ的であるが、具体性ではなくあくまで抽象性を感じさせる音だ。ヴォーカルやコーラスは一切入らず、楽器の音色のみでアルバムが作られている点も、この抽象性に一役買っているだろう。“アイリス・ワン” や “フォー・グリーン・イエローズ” などは一種のライブラリー・ミュージックのようでもあるが、アーティスト性を打ち出すことによって型にハマった音を作るのではなく、ある意味で匿名的なサウンドにすることによって聴き手の想像力を広げていく。鳥のさえずりなどを交えた “パルス” は、そうした抽象性や匿名性をつき進めていったもので、アピフェラが目指す自然界の音を表現したものだ。

Fishmans - ele-king

 今年でデビュー30周年のフィッシュマンズ、そのドキュメンタリー映画がこの夏ついに公開される。これは2019年に実施したクラウドファンディングによって1800万円以上の支援が集まり実現したもの。制作に2年以上を費やし、『映画:フィッシュマンズ』は完成した。
 バンド結成前夜から佐藤伸治の死、そして現在までを時系列順に追って描くこの映画は、茂木欣一がメインの語り部となって物語は進行し、そのときどきの映像が流れ、その合間に入る関係者の証言によって構成される。とくに100本以上のVHSなどの素材をデジタイズした本邦初の映像はファンにとっては見逃せない。180分という長編だが、良い場面がいくつもあり、それがまったく長く感じないほど内容が濃いという。夏が待ち遠しい!

手嶋悠貴監督コメント:
茂木欣一さんと約束した言葉、「これが最初で最後。嘘偽りなく、フィッシュマンズのすべてを話す」。フィッシュマンズのサウンドを作り上げていった仲間たち、音楽に人生を捧げた佐藤伸治さんの生き様が、三時間近いこの映画の中に詰まっています。彼らの素晴らしい音楽が、沢山の人々の心に響いて欲しい。それがこの映画の想いです。

茂木欣一さんコメント:
フィッシュマンズの仲間たちの出会い、別れ、再会。一人一人がどのような気持ちでここまでの日々を送って来たのか。カメラの前で心の内側を話してくれたみんなの言葉に僕は驚き、そして、こんな素敵な仲間たちと出会えた人生に感謝せずにはいられない。結びつけてくれたのは、佐藤伸治が作り出した色褪せることのない楽曲たち。この映画の完成にすべてを捧げてくれた手嶋監督はじめスタッフの皆さんの愛に、心からありがとう。

出演:フィッシュマンズほか
監督:手嶋悠貴
企画・製作:坂井利帆
撮影:山本大輔
録音・整音:⻩永昌
構成:和田清人
編集:大川景子
アートディレクター:大村雄平
制作プロダクション:ACTV JAPAN
配給:ACTV JAPAN/イハフィルムズ©THE FISHMANS MOVIE 2021
https://twitter.com/FishmansMovie
https://fishmans-movie.com

Menagerie - ele-king

 動物園とかサーカスの動物ショー、そこから転じて多種多様な人間や、いまでいうならダイヴァーシティに通じるような意味合いのメナジェリー。このメナジェリーをグループ名に、オーストラリアのメルボルンを拠点に活動するジャズ・バンドがある。2012年に『ゼイ・シャル・インヘリット』でデビューを飾り、2017年リリースのセカンド・アルバム『ジ・アロウ・オブ・タイム』は以前にレヴューでも取り上げたのだが、それから4年ぶりの新作『メニー・ワールズ』をメナジェリーが発表した。
 リーダーのランス・ファーガソンはこの4年間、2000年代初頭よりメイン活動として続けるファンク・バンドのバンブーズでアルバム・リリースやツアーがあり、プレジャーやジェイムズ・メイソンなどのレア・グルーヴ曲をカヴァーしたレア・グルーヴ・スペクトラムというプロジェクトでアルバムも出すなど、主にディープ・ファンクやジャズ・ファンク、レア・グルーヴ方面で動いていた。
 一方でジャズ界に目を移すと、メナジェリーの音楽性にもっとも近いカマシ・ワシントンが大作『ヘヴン・アンド・アース』(2018年)をリリースし、シャバカ・ハッチングスヌバイア・ガルシアらサウス・ロンドン勢の活動がクローズ・アップされてきた、というのがここ3~4年の間のトピックである。
 そうしたタイミングを見計らってきたわけではないが、この新作『メニー・ワールズ』はカマシやサウス・ロンドン勢の動きに共振するようなアルバムとなっている。アルバム・ジャケットはギル・メレの名盤『パターンズ・イン・ジャズ』(リード・マイルズが手掛けた〈ブルーノート〉のアルバム・カヴァーの中で特に秀逸なデザインのひとつである)を模したような感じであるが、音楽自体はギル・メレとはまったく関係性がない。基本的にはファーストやセカンドのスピリチュアル・ジャズやモード・ジャズ路線を踏襲したものとなっている。

 演奏メンバーはランス・ファーガソン(ギター、ヴォーカル)を筆頭に、マーク・フィッジボン(ピアノ)、フィル・ビノット(パーカッション、ヴィブラフォン)、フィル・ノイ(テナー・サックス、アルト・サックス、ソプラノ・サックス)、ロス・アーウィン(トランペット)、クリスティン・デララス(ヴォーカル)、ファロン・ウィリアムス(ヴォーカル)はファーストやセカンドでプレイしてきた面々で、新たにベンジャミン・ハンロン(アコースティック・ベース、エレキ・ベース)、ダニエル・ファールジア(ドラムス)が参加している。
 ダニエルはバンブーズのメンバーでもあるが、そのほかのミュージシャンもバンブーズはじめランス周辺のファンク系グループから集まってきた者が多い。一方でダニエルはベンジャミンと共にヒュー・ブレインズのトリオでコンテンポラリー・ジャズもやっていて、ベンジャミンはメルボルン交響楽団のメンバーでもあるなどメルボルン・ジャズ界の俊英である。
 マークは父親がオーストラリアのジャズの始祖的なシンガー&バンジョー奏者で兄弟もミュージシャンという音楽一家の出身。自身の活動ではもっぱら正統的なジャズを演奏するピアニストであるが、かつてジャイルス・ピーターソンとパトリック・フォージの伝説的なDJイベントの「ディングウォールズ」でセッション・プレイヤーをレギュラーで務めていたこともある。
 フィル・ノイはバンブーズのほかにオインセンブル・メルボルンというグループでフリー・ジャズをやっていて、ロスもバンブーズの一員だがマグノリアというロック・バンドにも参加する(こちらにもダニエルは参加)。フィル・ビノットはハイエイタス・カイヨーテからハーヴェイ・サザーランドなどとまで共演するなど、実にさまざまな経歴を持つメンバーが集まっており、メナジェリーという言葉そのものの集合体となっている。

 リード・シングルとなった “フリー・シング” はアフロ調のパーカッションにラスト・ポエッツ風のスポークン・ワードが被さるナンバー。「フリーダム」というユニヴァーサルなメッセージを説く曲で、かつての〈ストラタ・イースト〉のような1970年代のスピリチュアル・ジャズを想起させる。“ホープ” もメッセージ性の強い曲で、ファラオ・サンダースマッコイ・タイナーなどのレジェンドからいまのカマシ・ワシントンにも通じるような演奏。フィル・ノイのテナー・サックスもコルトレーン、ファラオ、カマシと繋がってくるラインである。印象的なメロディを持つモーダル・ジャズだが、ファンク・ビートを咀嚼した力強いリズム・セクションがバンブーズ経由ならではと言えよう。
 タイトル曲の “メニー・ワールズ” は、神秘的なピアノと重厚なリズム・セクションによるジャズ・ファンク。フレディ・ハバードの “レッド・クレイ” とかアイドリス・ムハマッドの “ローランズ・ダンス” など、スピリチュアル・ジャズというよりもどちらかと言えば1970年代の〈CTI〉や〈クドゥ〉あたりのサウンドを思い起こさせる。こうしたセンスはDJ/プロデューサーでもあるランス・ファーガソンならではのものだろう。
 “マウンテン・ソング” はラテン~ボサノヴァのリズムを取り入れ、ロス・アーウィンのトランペットを中心とした哀愁溢れる演奏が光る。“ヒム・オブ・ザ・ターニング・ストーンズ” は6拍子の変則調のモーダル・ジャズで、賛美歌風のコーラスがフィーチャーされた格調の高い作品。コルトレーン的とも言えるが、もっとも近いのはジョー・ヘンダーソンの “ブラック・ナルキッソス” あたりの雰囲気だろうか。“クオンタム・ブルース” はソリッドなリズムのジャズ・ロック調ナンバーで、レア・グルーヴなどクラブ・サウンドを経由したビート感覚を持つ。新加入のダニエル・ファールジアのドラミングと、それをうまくメナジェリーのサウンドに落とし込んだランスのプロデュース力が光る作品である。

R.I.P. Chick Corea - ele-king

 1970年代から現在に至るジャズの歴史を変えた重要なピアニスト、チック・コリアが2月9日に癌で亡くなった。1941年6月12日生まれで、享年79歳だった。彼のフェイスブックによると非常に珍しい種類の癌を患っており、それが死因となってしまった。日本とも交流が深かったチックの死はニュースでもいち早く報じられ、たびたび共演してきた上原ひろみ氏や小曽根真氏らがメッセージを寄せている。いつ頃癌を発症したのかは定かではないが、最後まで元気に演奏活動や制作活動を行なっていて、2019年にクリスチャン・マクブライドとブライアン・ブレイドによるトリロジーで来日公演も果たした。実は死去後の2021年もアメリカやヨーロッパではツアーも組まれていて、最後の最後まで演奏することを諦めていなかったようである。小曽根氏によると、彼の60歳とチックの80歳を祝うツアーも計画していたそうだ。

 訃報のニュースの中でチック・コリアは、「ハービー・ハンコックやキース・ジャレットと並ぶ20世紀を代表するピアニスト」、「グラミー賞を23回受賞」といった文句で紹介されている。幅広い年代に渡って活躍し、現在も多大な影響力を持っていたチックは、聴く人にとってさまざまな思い出があり、好きなアルバム、好きな時代も異なるだろう。そうした中でもやはり輝いているのは、1970年代初頭にリターン・トゥ・フォーエヴァー(以下RTF)を結成し、その後のクロスオーヴァーやフュージョンというジャズの新たなタームをもたらした頃ではないだろうか。アコースティック・ピアノとエレクトリック・ピアノの両翼をもってジャズの世界で羽ばたき、ロックなど異種ジャンルとも融合していった点では同時期のハービー・ハンコックとも共鳴しており、1970年代のチックはジャズの冒険者であり、それまでのジャズの価値観を覆す存在であった。
 スペイン系のアメリカ人で、ジャズ・トランペッターだった父親の影響で幼少から英才教育を受け、同時にクラシックも学んでハーモニーなどの音楽理論を身につけてきたチックだが、自由に自己のアイデンティティを表現できるということでジャズの道を選んだ。ラテンからハード・バップまで演奏していたチックの転機は、1968年のマイルス・デイヴィスのグループへの加入で、前任者のハービーに代わって『イン・ア・サイレント・ウェイ』(1969年)、『ビッチェズ・ブリュー』(1970年)という歴史的作品にも参加している。このグループでマイルスはチックにフェンダー・ローズを弾くように指示しており、その後のチックの活動の道筋をつけた。
 また1970年にマイルス・グループを脱退した後は、デイヴ・ホランドらとのサークルでフリー・ジャズなど前衛的な手法も試みており、クラシックからラテン、ハード・バップ、エレクトリック・ジャズ、そしてフリー・ジャズに至る幅広い音楽性を身につけたことが、後のフュージョン時代の自由な表現力へと繋がっていった。

 そして1971年、スタンリー・クラーク、ジョー・ファレル、アイアート・モレイラ、フローラ・プリムとRTFを結成。ソロ名義ではあるが『リターン・トゥ・フォーエヴァー』(1972年)がグループの実質的デビュー作で、マイルスともハービーとも違う新たなジャズを見せる。エレクトリックな仕様ではあるがアコースティックな味わいも融合した独特の清涼感溢れる作風、テクニカルな中にも抒情性を湛えたヒューマンな演奏は、1960年代のジャズが持っていたエモーショナルで熱量が高く、ある種の混沌とした空気を一変させ、1970年代の新しいジャズの到来を告げた。表題曲や “ラ・フィエスタ” におけるスペイシーでマジカルな音の洪水が流れ出す光景は圧巻であり、一方で “ホワット・ゲーム・シャル・ウィ・プレイ・トゥデイ” でのラブリーで素朴な味わいも印象に残る。そして “ラ・フィエスタ” に見られるチックのルーツであるスパニッシュ~ラテン風味、アイアートやフローラ・プリンらによるブラジル的アクセントもグループの持ち味で、ジャズとさまざまな音楽的要素の融合であるフュージョンという方向性を示したと言える。このように演奏だけでなく、作曲やアレンジ、コンセプト・メイクなどにまたがるプロデューサー感覚は、ハービーと同じくマイルスのもとで身につけたものであり、1970年代のジャズを語る上で欠くことのできない資質でもあった。

 1973年に発表した『ライト・アズ・ア・フェザー』はグループの最高傑作に位置付けられる作品で、“アランフェス協奏曲” のフレーズを用いた “スペイン”、フローラもソロで取り上げる “500マイルズ・ハイ” やブラジリアン調の “キャプテン・マーヴェル” など、チックの代名詞的な作品が並ぶ。中でもフローラが歌う “ユー・アー・エヴリシング” の幻想的な中から優美に飛翔していく、夢と悦びと希望に満ちた演奏は筆舌に尽くしがたいものがある。
 アルバム発表後はアイアートとフローラが脱退し、その後メンバー・チェンジを経てレニー・ホワイト、ビル・コナーズが参加したRTF第2期を迎える。チック、スタンリー、ビル、レニーのラインナップで『ヒム・オブ・ザ・セヴンス・ギャラクシー(第7銀河の賛歌)』(1973年)を発表。グループとしてはジャズ・ロック化が進み、ダイナミックでパワフルな表現力が増す一方、チック本来のメロディアスで官能的な表現も兼ね備えた演奏となっている。次作『ホエア・ハヴ・アイ・ノウン・ユー(銀河の輝映)』(1974年)ではビルに代わってアル・ディ・メオラが参加し、彼の12弦ギターを用いた洗練された演奏がグループの売りのひとつとなる。テクニカル面でも最高を極めた時期であり、続く『ノー・ミステリー』(1975年)でグラミー賞のベスト・ジャズ・インストゥルメンタル・パフォーマンス部門を受賞。名実ともに世界のジャズ/フュージョン界を代表するバンドとなった彼らは『ロマンティック・ウォリアー(浪漫の騎士)』(1976年)を発表。RTF史上もっともテクニカルなプレイが披露されるアルバムであり、プログレ的とも言える作風はジャズ界のみならずロック界にもセンセーションを巻き起こした。

 この第2期のメンバーはグループ活動と並行してソロ活動もおこなっており、チックは『ザ・レプラコーン(妖精)』(1975年)を発表。のちに夫人となるゲイル・モランはじめ、生涯の盟友であるスティーヴ・ガッドも参加し、“ルッキング・アット・ザ・ワールド” や “ソフト・アンド・ジェントル” などジャズ・ファンのみならず、広く一般の音楽ファンにアピールするポップな側面も見せる。こうしたいい意味での大衆性やポピュラリティもチックの魅力のひとつで、多くのファンから愛された所以でもある。
 その後RTFはさらなるメンバー・チェンジがあり、そしてチック、スタンリー、ゲイル、ジェリー・ブラウン、そして再加入のジョー・ファレルの形で『ミュージックマジック』(1977年)を発表。この第3期はよりファンキーな方向性となっており、最終的にライヴ・アルバムの『ザ・コンプリート・コンサート』(1977年)をもってグループは解散する。後に再結成されているが、1970年代におけるRTFの活動は幕を閉じた。その後チックはソロ活動からビッグ・バンド、さまざまなアーティストとの共演やコラボなど幅広い活動をおこない、おのおのアコースティック・ピアノとエレクトリック・ピアノを使い分け、ときに併用している。作風も正統的なジャズからクラシック、ときにラテンやサンバ、ときにジャズ・ファンクやプログレと幅広く手掛け、晩年まで精力的な活動を続けていたが、私個人ではRTF第1期の活動がもっとも鮮烈に印象に残る。

 チックは最終的に自分の死期を悟って受け容れていたようで、フェイスブックに生前最後となるメッセージを残している。それをもってこの追悼文を終えたい。「私と旅を共にし、音楽の火を明るくともし続けることに協力してくれたすべての人に感謝したい。私の願いは、演奏や制作、パフォーマンスなどをしたいという気持ちがある人には、それをしてほしいということ。自分のためでなくとも、ほかの人々のために。世界にはもっとアーティストが必要だというだけでなく、単に本当に楽しいものなのだから」。

The KLF - ele-king

 1990年2月5日にリリースされたザ・KLFの『Chill Out』は2021年2月4日に再編集されてリリースされた。そのタイトルは『Come Down Dawn』。
 言うまでもなく、ザ・KLFの『Chill Out』は歴史的なアルバムで、おそらく彼らの最高傑作。この“アンビエント作品”は、レイヴ・カルチャーの豊かさを補完する音楽だったが、と同時にサンプリング・ミュージックとしてのアンビエントの最初で最良の成果でもあった。もとよりザ・KLFは、アバからビートルズまで、他からのど派手な盗用(サンプリング)によって作品を作っていたが、『Chill Out』においても手法は同じだった。フリートウッド・マックの“アルバトロス”をこのアルバムで知った人間だって少なくない。しかしながら、今回の『Come Down Dawn』には、オリジナルにあったエルヴィス・プレスリーのサンプリングは削除されている。また、ほかにも修正点があるそうだ。以下は彼らのサイトからの転載。

「『Come Down Dawn』は2021年2月4日にリリースされた。『Come Down Dawn』はザ・ジャスティファイド・エンチェント・オブ・ムー・ムーによってドライヴされた。ドライヴは彼らをニューヨークのブルックリンにあるウェイド牧師の幕屋からメキシコシティ近郊のメソアメリカのピラミッドまで連れていった。ドライヴは43時間以上かかった。ドライヴは1990年2月4日の日曜日の夜明けのはじまりとともに終わった。ザ・ジャスティファイド・エンチェント・オブ・ムー・ムーによる『Come Down Dawn』は、1990年2月5日にリリースされたザ・KLFの『Chill Out』のプレ・ミックスでもある。『Come Down Dawn』は『Chill Out』から31年後の前日にリリースされた。すべての曲は1989年後半の、ザ・ジャスティファイド・エンチェント・オブ・ムー・ムーのトランセトラルにおけるライヴを録音したもの。ゲストとして、ペダル・スチール・ギターのEvil Graham Lee、喉歌には無名の犬羊飼い、スピリチュアル・ガイダンスとしてDoctor Wadeが参加している」

 というわけで、週末はCHILL OUT OR DIE!ですな。

Chiminyo - ele-king

 紙媒体のエレキングで2020年のジャズ・シーンを振り返り、ロンドン勢ではモーゼス・ボイドリチャード・スペイヴンらドラマーによるアルバムをピックアップしたのだが、彼らのように既に名の知られた存在に負けず劣らず気になったのがチミニョである。チミニョは2019年に「アイ・アム・チミニョ」という12インチEPでデビューしたドラマー/パーカッション奏者だが、本名のティム・ドイルとしてはアフロ・ジャズ・バンドのマイシャの一員として活動しており(リーダーのジェイク・ロングがドラマーのため、もっぱらパーカッション奏者として参加)、既にミュージシャンとしてのキャリアはいろいろ積んでいる。
 北ロンドンを拠点に活動していて、トルコ、ギリシャ、ルーマニアなどの民族音楽やジプシー音楽も取り入れたユニークなバンドのドン・キッパーにも参加するほか、エズラ・コレクティヴのサックス奏者のジェイムズ・モリソンらとコズミックなジャズ・ロック~フュージョン・バンドのシカーダ(Cykada)を結成して、こちらも2019年にアルバムを発表した。『アイ・アム・チミニョ』のリリースやシカーダのアルバムによって、2019年頃から注目度を高めていったアーティストである。マイシャのほかにシャバカ・ハッチングス、テオン・クロス、ザラ・マクファーレンなどサウス・ロンドン勢ともいろいろ共演してきており、また2020年はマイシャを通じてスピリチュアル・ジャズのレジェンド的存在のゲイリー・バーツとも一緒にレコーディングをおこなった。

 『アイ・アム・チミニョ』はDJのベン・ヘイズが共同プロデューサーとして関わり、エレクトロニクス・サウンドとチミニョの生ドラムを融合した作品集となっていた。ダブステップ、ベース・ミュージック、ビート・サウンドなどとジャズやエクスペリメンタル・ミュージック、インプロヴィゼーションを結び付けたそのサウンドは、ロンドンのジャズ・ミュージシャンの中でも最先端のひとつで、モーゼス・ボイドやリチャード・スペイヴンのさらに先を行くミュージシャンになるのではないかと予感させた。いろいろいるドラマーの中でももっともエレクトロニクスとの結びつきが深く、タイプとしてはドリアン・コンセプトとも共演するチド・リムに近い印象を持った。また “ダーマ・ボディーズ” というインド音楽を取り入れた演奏もあるが、これなどはドン・キッパーでやっている民族音楽的アプローチを発展させたもので、音楽的引出しの豊富さも感じさせた。2020年は前述のとおりマイシャでのゲイリー・バーツとの共演セッション録音があったが、『アイ・アム・チミニョ』から1年ぶりの録音となるデビュー・アルバムの『アイ・アム・パンダ』を完成させた。

 『アイ・アム・パンダ』はチミニョによるセルフ・プロデュースで、作曲からアレンジまで全て自身でおこなっている。キンクスが設立したことで知られるコンク・スタジオで録音はおこなわれ、レコーディング・エンジニアはジョルジャ・スミス、サンファビンカー・アンド・モーゼス、エズラ・コレクティヴなどの作品を手掛けたリカルド・デミアンが担当。
 チミニョはドラムやパーカッション演奏に加えてピアノとヴォーカル、そしてエレクトロニック・プロダクション全般も手掛け、ほかのミュージシャンとしてはヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、ダブル・ベースなどの弦楽器に、インドネシアのスリン、中央アジアのカヴァルなど民族楽器の演奏家も加わっている。そしてゾンゴ・ブリゲイドというアフロ・フュージョン・バンドを率いるガーナ系のラッパーの K.O.G.、アーティスト集団のスティーム・ダウンのメンバーであるブラザー・ポートレイト(ニュー・グラフィック・アンサンブルオスカー・ジェロームのアルバムにも参加していた)、ドン・キッパーの同僚でギリシャとルーマニアがルーツのドゥニャ・ボチックなどがゲスト・シンガーとして参加している。昨今のロンドンの音楽シーンを象徴するようなマルチ・カルチュラルなアルバムである。

 ヴォイスとドラム・ビートがシンクロした “アイ・アム・パンダ” でアルバムは幕を開けるが、ドイツのパーカッション奏者兼シンガーであるジョージ・クランツが1980年代にヒットさせたエレクトロ~ガラージ・クラシックの “ディン・ダ・ダ” を思わせるようなはじまりだ。ドリーミーなシンセ空間が広がる “ラン” もエレクトロな質感の楽曲だが、そうした中でドラムが生き物のように自由なビートを刻んでいく。シルキーやスウィンドルなど、ダブステップとジャズ、ライヴ・インストゥルメンタルを結び付けたようなアーティストに近い楽曲である。“パンズ・コール” はワールド・ミュージック調のコーラスや旋律を持ち、ほかのロンドンのジャズ系アーティストにはない個性を感じさせる作品となっている。この曲や “リーチン” に見られるように、チミニョはドラム以外にキーボードの腕前もなかなかのものであり、『アイ・アム・パンダ』は単にドラマーのスキルだけでなく、チミニョの総合的なサウンド・プロデューサーとしての姿を見せてくれるものだ。
 また “ハイアー・トゥゲザー” などに見られるように、ほとんどのドラム・パートがエフェクトをかけたり編集したりして素材として使用されている点も、通常のドラマーのアルバムとは異なっている。クララ・セラ・ロペスの歌をフィーチャーした “ブレッシン” のようなネオ・ソウル調の作品もあれば、ブラザー・ポートレイトのポエトリー・リーディングのバックでコズミックで未来的な風景が広がるジャズ・ミーツ・テクノな “シンキン”、チミニョの演奏する深遠なピアノが印象的なポスト・クラシカル曲の “イントゥ・ザ・サンキス”、K.O.G.のラップでアフリカ音楽とジャズとグライムが出会ったような “シー・ミー”、ドゥニャ・ボチックのヴォイスと共に中央アジアから東ヨーロッパにかけての民族音楽を取り入れ、最後は混沌とした音の渦となって終わる “パンドラ” と、実に幅広く豊かな音楽性も披露している。その実験性や先進性も含めて、現在のロンドンの若手アーティストで筆頭株に挙げられるのがチミニョではないだろうか。

環ROY - ele-king

 前作『なぎ』から約3年半ぶり、通算6枚目となる環ROYのアルバム『Anyways』。全曲セルフ・プロデュースにて制作されたという本作であるが、多彩なプロデューサーを迎えた前作と比べて、音楽的な表現の多様性の幅が狭まったのは否めないだろう。しかし、作品全体に漂う色合いやトーンというものはこれまでの作品と同じ流れの上にあり、自ら全曲のトラックを手がけることによって、伝えたいメッセージのフォーカスはよりくっきりとしたものになったようにも感じる。

 彼のトラックメイキングのスタイルはサンプリングを多用しながら、ブレイクビーツ感の強い曲も一部あるものの、どちらかと言えばシンセのコードやメロディが前面に出た透明感あるサウンドが軸になっている。本作のリファレンスとなった曲の彼自身の作成したプレイリスト「in any case」が Spotify および Apple Music にて公開されているのだが、国内外の様々なヒップホップ・アーティストに加えて、James BlakeRadiohead、Billie Eilish、Nosaj Thing といったメンツの楽曲も並んでおり、これらのラインナップを見れば彼のトラックのスタイルにも実に合点がいくだろう。幅広い意味でのビート・ミュージックが実に巧みに自らのサウンドへと吸収されており、それが彼のスタイルの基盤になっている。さらに “Rothko” という曲では落ち葉を踏む音や子供の声といった生活音さえもサンプリングに取り入れたり、“泉中央駅” では4拍子の中に5連符を入れ込むといった実験的なトライも行なっている。こういった試みはときにミニマルで無機質な方向へも走りかねないが、実際のところどの曲も一貫して温かい。その温かさは “泉中央駅” から感じられるノスタルジーな部分から来るだけでなく、直接的にも間接的にも彼自身の日常生活や家族をテーマとしたリリックからも強く伝わってくるし、「食べる」という人間の生(せい)の根源を扱った一見非常にワイルドな曲調の “life” も同様だ。そして、そんな本作の温度感は、コロナ禍であるいまの時代にも見事にフィットする。

 音源のリリースや通常のライヴに止まらず、劇場や美術館、ギャラリーでのパフォーマンスやインスタレーション、あるいは絵本制作など様々な活動を行なってきた環ROYであるが、トラックメイカーとしてのキャリアはまだスタートしたばかりだ。今後、さらなるトラックメイカーとしての成長が彼のアーティストとしての表現の幅をどのように広げ、どう変化させていくか、実に楽しみだ。

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