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カマシ・ワシントンの『ジ・エピック』(2015年)は、その副産物として1960年代から1970年代にかけてのスピリチュアル・ジャズやブラック・ジャズの再評価も生み出した。しかし、『ジ・エピック』ほど大きな話題にならなかっただけで、それ以前にも同じような方向性を持つ作品はいくつかあり、たとえばオーストラリアのメナジェリーによる『ゼイ・シャル・インヘリット』(2012年)はそうした一枚だ。メナジェリーはニュージーランド出身で、オーストラリアのメルボルンを拠点に活動するランス・ファーガソンによるジャズ・ユニットである。ギタリスト/DJ/プロデューサーの彼は2000年頃から活動し、ディープ・ファンク・バンドのザ・バンブーズのリーダーとして有名だが、ほかにもオルガン・ファンク・トリオのクッキン・オン・スリー・バーナーズ、ソウル・グループのロス・アーウィン・ソウル・スペシャルのメンバーで、ソウル・シンガーのカイリー・オルディストのプロデュースも行なっている。ブラック・フィーリングというジャズ・ファンクやラテンのカヴァー・プロジェクトのリーダーもやっていた。一方、自身名義のラヌーやノー・コンプライというプロジェクトでは、トラックメイカーとしてブロークンビーツやハウスなどのエレクトリックなクラブ・サウンドを作るといった具合に、多方面に渡る活躍をしてきた。アコースティックとエレクトリックの両方を操り、ジャズやファンクからブロークンビーツまでを並行させるという点では、同じニュージーランド出身のマーク・ド・クライヴ=ローに近いかもしれないが、ランスの方がよりDJ的な嗅覚に富んでおり、メナジェリーもそうしたDJ感覚が生かされたジャズ・ユニットである。『ゼイ・シャル・インヘリット』は1970年代のブラック・ジャズやジャズ・ファンクのエッセンスに溢れた作品集で、伝説的なスピリチュアル・ジャズ・ユニットのブラック・ルネッサンスを彷彿とさせる表題曲は、ミュージシャン的な発想と言うよりも、DJ的な知識やセンスがないと生まれてこないものだ。“ザ・クワイエットニング”は現代的なブレイクビーツ感覚をラスト・ポエッツばりのスポークン・ワードと結びつけ、“ザ・チューズン”はロイ・エアーズ・ユビキティにブロークンビーツ的なエッセンスを注入している。そして、“リロイ・アンド・ザ・ライオン”ではそのロイ・エアーズをゲストに招き、彼のヴィブラフォンをフィーチャーしていた。“ジャマリア”や“ゼア・ウィル・カム・ソフト・レインズ”はモーダルなブラック・ジャズで、その後のカマシ・ワシントンの『ジ・エピック』の到来を先駆けていたと言えよう。
イギリスの音楽シーンとも繋がりの深いランス・ファーガソンは、バンブーズやラヌーを出す〈トゥルー・ソウツ〉からメナジェリーの『ゼイ・シャル・インヘリット』をリリースしていたが、それから6年ぶりの新作『ジ・アロウ・オブ・タイム』はクッキン・オン・スリー・バーナーズやブラック・フィーリングを出す〈フリースタイル〉からのリリース。参加ミュージシャンは『ゼイ・シャル・インヘリット』からほとんど変更はなく、バンブーズのメンバーなども加えたメルボルンのジャズ~ファンク系ミュージシャンたち。男性シンガーのファロン・ウィリアムズもバンブーズに客演していたことがあり、女性シンガーのジェイド・マクレーは、1970年代にニュークリアスやパシフィック・イアドラムなどで活躍したデイヴ・マクレーとジョイ・イエーツの娘である。“エヴォルーション”はファロン・ウィリアムズが高揚感たっぷりに歌うナンバー。彼の歌声はゴスペル的でもあり、ラスト・ポエッツやギル・スコット=ヘロンのようなポエトリー・リーディングにも近い。ゴスペル的なテイストという点では、バックの女性コーラスの配し方などを含めてカマシ・ワシントンの作品との共通項も見出せるだろう。表題曲の“ジ・アロウ・オブ・タイム”は10分を超す大作で、テナー・サックス、トランペット、ピアノのソロが次々と披露されていく。女性コーラスを配したテーマのメロディーは、ファラオ・サンダースやスタンリー・カウエルなどスピリチュアル・ジャズのレジェンドたちを彷彿とさせるものだ。“エスケープ・ヴェロシティ”はアフリカ風味の野趣に富む作品で、躍動的でパーカッシヴなリズム・セクションとダイナミックなホーン・アンサンブルの融合が素晴らしい。“フリーダム・ジャズ・ダンス”に似たフレーズを持つ“スパイラル”は、グルーヴィーなフェンダー・ローズと鋭角的なホーンが印象的。1970年代前半のブラッド・スウェット&ティアーズとかプラシーボあたりを思わせるジャズ・ロック・ナンバーである。“ノヴァ”は牧歌的な雰囲気を持つワルツ曲で、叙情豊かなピアノとアルト・サックスがフィーチャーされる。アナログなレコーディング機材による録音もジャズ特有の音の奥行や厚み、豊かさを生み出しており、スタジオでの一発録音に近い形で制作されているのではないだろうか。こうした録音に対する拘りがジャズのレコードの生命線でもあるのだ。
小川充