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イスラエル出身のキーパーソンで、キーボード奏者及びマルチ・ミュージシャン/プロデューサー/ビートメイカーとして多彩な活動を続けるユヴァル・ハヴキン。昨年はリジョイサー名義で『スピリチュアル・スリーズ』という素晴らしいアルバムをリリースした。リリース元の〈ストーンズ・スロウ〉とはその前のアルバムの『エナジー・ドリームズ』(2018年)からの付き合いで、ユヴァルによってイスラエルとロサンゼルスを繋ぐ仲介役的な役割も果たしてくれているのだが、彼の新しいユニットのアピフェラもまた〈ストーンズ・スロウ〉からとなる。
アピフェラはユヴァル・ハヴキン(キーボード)ほか、ニタイ・ハーシュコヴィッツ(キーボード)、アミール・ブレスラー(ドラムス)、ヨナタン・アルバラック(ベース)という、すべてイスラエル出身のミュージシャンからなる4人組バンドである。ロサンゼルスが拠点と紹介しているところもあるが、実質的な活動地はイスラエルのテル・アヴィヴだろう。
ユヴァルはテル・アヴィヴのテルマ・イェリン芸術学校卒だが、ほかのメンバーもだいたいこの学校出身か周辺の音楽仲間である。このサークルからはタイム・グローヴ、リキッド・サルーンといったバンドや、L.B.T.というヒップホップ集団が出ているが、この4人はそれらのいずれかに参加している。実際のところリジョイサーの『エナジー・ドリームズ』にはニタイ、アミール、ヨナタンが、『スピリチュアル・スリーズ』にもニタイとヨナタンが参加していたので、アピフェラの『オーヴァースタンド』はそれらの延長線上にある作品とも言える。
一方、ニタイはイスラエル出身のベーシストとして世界的に名を馳せるアヴィシャイ・コーエンのトリオのピアニストとしても知られ、アミールはアミット・フリードマンやオメル・クレインらのグループで演奏し、ヨナタンはビッグ・バンドのアヴィ・レオヴィッチ・オーケストラのメンバーとしても活躍するなど、既にイスラエル・ジャズ界でそれぞれポジションを獲得しているので、アピフェラはそうした実力者4人が集まったバンドでもある。こうしてスタートしたアピフェラは、昨秋はファンク・レジェンドのスティーヴ・アーリントンのニュー・アルバム『ダウン・トゥ・ザ・ローエスト・タームズ:ザ・ソウル・セッションズ』に参加し、そして自身の『オーヴァースタンド』をリリースするに至った。
アピフェラという名前は蘭に集まってきた蜜蜂のことを指しているようで、オーガニックなサウンド構造とハーモニーやアレンジにより、豊かで多様な自然界を映し出すという方向性を持つ。ユヴァル・ハヴキンの名を一躍広めることになったバターリング・トリオにも共通する音楽性で、ヒレル・エフラルによるジャケットのアートワークにもそうした雰囲気が反映されている。イスラエルの民謡やラヴェルやサティなどに影響を受け、そのほかにもスーダンやガーナなどアフリカの音楽からサン・ラーの作品まで、メンバー4人が育んださまざまな音楽的要素が盛り込まれている。インスピレーションの赴くままにライヴ・セッションを3日間ほどおこない、『オーヴァースタンド』はレコーディングされた。最小限のオーヴァーダビングはあるものの、基本的にはこうした自由なセッションをそのまま録音している。
セッションにはメンバー4人以外にゲストでノアム・ハヴキン(キーボード)、セフィ・ジスリング(トランペット)、ヤイル・スラツキ(トロンボーン)、ショロミ・アロン(サックス、フルート)が参加しているが、いずれもユヴァルやニタイたちの音楽仲間で、これまでもいろいろな作品で共演してきた面々だ。
ニタイによると、アピフェラのサウンドにとってオーケストレーションは重要なパートで、特に音の質感に注力し、音色や温度感についていろいろディスカッションしながらセッションしていったそうだ。表題曲の “オーヴァースタンド” においてもそうした丁寧に吟味したサウンド・テキスチャーが張り巡らされていて、上質なアンビエント・ジャズとなっている。“レイク・ヴュー” におけるビートとエレピのバランスも絶妙で、抽象性の高い音色が聴く者のイマジネーションを無限に広げていく。リズム・セクションのセンスの良さを感じさせるジャズ・ロック調の “エネック・ハマグロ”、幻想的なエレピが印象に残る “ヤキズ・ディライト” など、ハービー・ハンコックやチック・コリアが1970年代にやっていたフュージョンを現代的にアップデートしつつ、“ザ・ピット&ザ・ベガー” や “Gerçekten Orada Değilsin” のようにイスラエル民謡からきたと思われる独特の音階を織り交ぜている。
ただ、ある特定の国の音楽に固定されるのではなく、どこの国とも言えない無国籍感やさらに言えば時代性を超越した音を出しているのがアピフェラでもある。“ノートル・ダム” もヨーロッパ的であるが、具体性ではなくあくまで抽象性を感じさせる音だ。ヴォーカルやコーラスは一切入らず、楽器の音色のみでアルバムが作られている点も、この抽象性に一役買っているだろう。“アイリス・ワン” や “フォー・グリーン・イエローズ” などは一種のライブラリー・ミュージックのようでもあるが、アーティスト性を打ち出すことによって型にハマった音を作るのではなく、ある意味で匿名的なサウンドにすることによって聴き手の想像力を広げていく。鳥のさえずりなどを交えた “パルス” は、そうした抽象性や匿名性をつき進めていったもので、アピフェラが目指す自然界の音を表現したものだ。
小川充