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動物園とかサーカスの動物ショー、そこから転じて多種多様な人間や、いまでいうならダイヴァーシティに通じるような意味合いのメナジェリー。このメナジェリーをグループ名に、オーストラリアのメルボルンを拠点に活動するジャズ・バンドがある。2012年に『ゼイ・シャル・インヘリット』でデビューを飾り、2017年リリースのセカンド・アルバム『ジ・アロウ・オブ・タイム』は以前にレヴューでも取り上げたのだが、それから4年ぶりの新作『メニー・ワールズ』をメナジェリーが発表した。
リーダーのランス・ファーガソンはこの4年間、2000年代初頭よりメイン活動として続けるファンク・バンドのバンブーズでアルバム・リリースやツアーがあり、プレジャーやジェイムズ・メイソンなどのレア・グルーヴ曲をカヴァーしたレア・グルーヴ・スペクトラムというプロジェクトでアルバムも出すなど、主にディープ・ファンクやジャズ・ファンク、レア・グルーヴ方面で動いていた。
一方でジャズ界に目を移すと、メナジェリーの音楽性にもっとも近いカマシ・ワシントンが大作『ヘヴン・アンド・アース』(2018年)をリリースし、シャバカ・ハッチングスやヌバイア・ガルシアらサウス・ロンドン勢の活動がクローズ・アップされてきた、というのがここ3~4年の間のトピックである。
そうしたタイミングを見計らってきたわけではないが、この新作『メニー・ワールズ』はカマシやサウス・ロンドン勢の動きに共振するようなアルバムとなっている。アルバム・ジャケットはギル・メレの名盤『パターンズ・イン・ジャズ』(リード・マイルズが手掛けた〈ブルーノート〉のアルバム・カヴァーの中で特に秀逸なデザインのひとつである)を模したような感じであるが、音楽自体はギル・メレとはまったく関係性がない。基本的にはファーストやセカンドのスピリチュアル・ジャズやモード・ジャズ路線を踏襲したものとなっている。
演奏メンバーはランス・ファーガソン(ギター、ヴォーカル)を筆頭に、マーク・フィッジボン(ピアノ)、フィル・ビノット(パーカッション、ヴィブラフォン)、フィル・ノイ(テナー・サックス、アルト・サックス、ソプラノ・サックス)、ロス・アーウィン(トランペット)、クリスティン・デララス(ヴォーカル)、ファロン・ウィリアムス(ヴォーカル)はファーストやセカンドでプレイしてきた面々で、新たにベンジャミン・ハンロン(アコースティック・ベース、エレキ・ベース)、ダニエル・ファールジア(ドラムス)が参加している。
ダニエルはバンブーズのメンバーでもあるが、そのほかのミュージシャンもバンブーズはじめランス周辺のファンク系グループから集まってきた者が多い。一方でダニエルはベンジャミンと共にヒュー・ブレインズのトリオでコンテンポラリー・ジャズもやっていて、ベンジャミンはメルボルン交響楽団のメンバーでもあるなどメルボルン・ジャズ界の俊英である。
マークは父親がオーストラリアのジャズの始祖的なシンガー&バンジョー奏者で兄弟もミュージシャンという音楽一家の出身。自身の活動ではもっぱら正統的なジャズを演奏するピアニストであるが、かつてジャイルス・ピーターソンとパトリック・フォージの伝説的なDJイベントの「ディングウォールズ」でセッション・プレイヤーをレギュラーで務めていたこともある。
フィル・ノイはバンブーズのほかにオインセンブル・メルボルンというグループでフリー・ジャズをやっていて、ロスもバンブーズの一員だがマグノリアというロック・バンドにも参加する(こちらにもダニエルは参加)。フィル・ビノットはハイエイタス・カイヨーテからハーヴェイ・サザーランドなどとまで共演するなど、実にさまざまな経歴を持つメンバーが集まっており、メナジェリーという言葉そのものの集合体となっている。
リード・シングルとなった “フリー・シング” はアフロ調のパーカッションにラスト・ポエッツ風のスポークン・ワードが被さるナンバー。「フリーダム」というユニヴァーサルなメッセージを説く曲で、かつての〈ストラタ・イースト〉のような1970年代のスピリチュアル・ジャズを想起させる。“ホープ” もメッセージ性の強い曲で、ファラオ・サンダースやマッコイ・タイナーなどのレジェンドからいまのカマシ・ワシントンにも通じるような演奏。フィル・ノイのテナー・サックスもコルトレーン、ファラオ、カマシと繋がってくるラインである。印象的なメロディを持つモーダル・ジャズだが、ファンク・ビートを咀嚼した力強いリズム・セクションがバンブーズ経由ならではと言えよう。
タイトル曲の “メニー・ワールズ” は、神秘的なピアノと重厚なリズム・セクションによるジャズ・ファンク。フレディ・ハバードの “レッド・クレイ” とかアイドリス・ムハマッドの “ローランズ・ダンス” など、スピリチュアル・ジャズというよりもどちらかと言えば1970年代の〈CTI〉や〈クドゥ〉あたりのサウンドを思い起こさせる。こうしたセンスはDJ/プロデューサーでもあるランス・ファーガソンならではのものだろう。
“マウンテン・ソング” はラテン~ボサノヴァのリズムを取り入れ、ロス・アーウィンのトランペットを中心とした哀愁溢れる演奏が光る。“ヒム・オブ・ザ・ターニング・ストーンズ” は6拍子の変則調のモーダル・ジャズで、賛美歌風のコーラスがフィーチャーされた格調の高い作品。コルトレーン的とも言えるが、もっとも近いのはジョー・ヘンダーソンの “ブラック・ナルキッソス” あたりの雰囲気だろうか。“クオンタム・ブルース” はソリッドなリズムのジャズ・ロック調ナンバーで、レア・グルーヴなどクラブ・サウンドを経由したビート感覚を持つ。新加入のダニエル・ファールジアのドラミングと、それをうまくメナジェリーのサウンドに落とし込んだランスのプロデュース力が光る作品である。
小川充