「The Men」と一致するもの

今回のコラボレーションによって世界への扉が開かれたという感じかな。一緒にやるのが夢っていうアーティストがまだたくさんいる。そういう扉が開かれた気がするね(アンドリス)〔*オフィシャル・インタヴューより。以下同〕

 ムーンチャイルドの5作目となるアルバム『Starfruit』がリリースされる。
 バンド結成10年目という節目に制作された今作は、〈新たな扉〉を開ける作品 であり、彼らの〈コミュニティ〉が生んだメモリアル・アルバムでもある。

 南カリフォルニア大学ソーントン音楽学校のジャズ科に通っていたアンバー・ナヴラン、アンドリス・マットソン、マックス・ブリックの3人は、ホーン・セクションに属するツアーで時間を共にすることが多く、意気投合し楽曲制作をおこなうようになった。2011年にムーンチャイルドとして活動を開始し、ファースト・アルバム『Be Free』(2012年)を発表したのちに、〈Tru Thoughts〉から3枚のアルバム(『Rewind』(2015年)、『Voyager』(2017年)、『Little Ghost』(2019年))をリリース。国際的なツアーをおこないながら知名度を上げ、前作のUSツアーでは、演奏した各都市で地元のチャリティを推進する活動も展開し、バンドとしての影響力も増していたところだ。

 ドラムとベース不在のこのバンドは、3人が管楽器をメインとしたマルチプレイヤーでソングライターであるのが特徴だ。各自が持ち寄ったビートを基盤に、ベースパートはシンセベースで担当し、キーボードとホーンによるハーモニーやヴォイシングは、大学のビッグバンドの授業で培ったテクニックをもとに複雑に練り込まれている。そこから感じられるのはひたすら心地良いフィーリングで、その音楽性が彼らの圧倒的な個性となっている。今作でも、曲作りのプロセスは変わっていない。

まずはそれぞれが個別に作るところから始めるから、ビートは常に選び放題の状態なのよ。各自1日1ビート、あるいは1日1曲というのを1ヶ月くらい続けて、そこから多くのアイデアが生まれた。でもその制作過程っていつもと変わらなくて、全員のアイデアを集めて、そのなかからやってみたいと思ったことをやるっていうのが私たちのやり方なの(アンバー)

 前作では、アコースティック・ギターや、カリンバなどオーガニックな楽器も積極的に取り入れながら音色の領域を広げ、ミックス、プロデュースを含め、全工程を3人で完結できるまでにそれぞれがレベルアップしていた。思えばムーンチャイルドは、デビュー作を出してからは、フィーチャリングを一切おこなわないアルバム作りを続けていた。その結果ブレない3人の世界が形成されてきたわけだが、今作では一転、堰をきったように、豪華面々をゲストとして迎え入れている。

 多数グラミー受賞経歴を持つベテラン、レイラ・ハサウェイや、現代のジャズ・シーンの面々と共演するアトランタ出身のヴォーカリスト、シャンテ・カン、ブッチャー・ブラウンの2021作でも大きくフィーチャーされていたシンガー、アレックス・アイズレー(アイズレー・ブラザーズのギタリスト、アーニー・アイズレーの娘)、そして、ラッパー陣も名うての面々が集う。LAの実力者、イル・カミーユ、BET(Black Entertainment Television)ヒップホップ・アワードで2020年のトップ・リリシストにも選ばれたラプソディー、さらに2020年にグラミー最優秀新人賞にノミネートされたニューオーリンズ・ベースのソウル/ヒップホップ・バンド、タンク・アンド・ザ・バンガスのヴォーカル、タリオナ “タンク” ボールや、マルチオクターヴの声域を持つボルチモア出身のラッパー/シンガー、ムームー・フレッシュといった多彩なキーウーマンが集結している。

 近年フィメール・ラッパーを取り上げるメディアの動きがあり、女性の在り方を彼女たちの立場から紐解く視点がこれまでにないほど広がってきたが、その流れにも呼応するかのような圧巻の顔ぶれだ。これらのゲストを迎えた曲では、アンバーのパートと、ゲストによるリリックのパートがあり、〈もう一人の違う私〉が見えてくるようで興味深い。また言葉の中に、愛を綴りながらも確固とした自身のアイデンティティが見え隠れしていて、夢を持っている女性の心境、音楽への強い志、これまでに植えつけられた女性観など、各所に現代女性のリアルを感じさせる部分がある。

いつも私の夢を応援してくれてた 裏方みたいに でも呑まれそうになるのは慣れてる
──“Love I Need feat. Rapsody”
良い彼女になろうとはしたんだ でも知っての通り 私が愛してるのはこのマイクだけ それが人生で大事なこと
──“Don't Hurry Home feat. Mumu Fresh”
母には祈りを捧げて耐えろと言われた 女の心は神聖不可侵であり続けるべきだから
──“Need That feat. Ill Camille”

彼女たちがやっていることを聴いて、さらに自分も曲に取り組んで、この曲ではどうしようとかどう歌おうかと考えているのと同時に、他のシンガーが自分では絶対に思いつかないような、本当に素晴らしいことをするのを目の当たりにするっていう、その過程はすごく楽しかったし、自分の創造する上でのマインドが開かれたと思う(アンバー)

 ゲストたちがテーブルに乗せていく多彩な表現がムーンチャイルドの新たな扉を開け、彼女たちに誘発されるように音楽的にもチャレンジングなプロセスが増えていった。

曲を各ゲストに送って、送り返してもらって、その人が曲をどういう方向に持っていったかによってさらに新たな要素やサウンドを加えたりという感じだった(アンバー)
“Get By” でタンクとアルバートがホーンのパートを歌ってるところなんかまさにそうだったよね。(中略)どの曲にも鳥肌が立つような瞬間があって、たとえば “I’ll Be Here” のブリッジのところでアンバーがやってることも好きだし、“Need That” のイル・カミーユも素晴らしくて、彼女がラップしている部分は元々の形から変化していて。変化した部分の作業はみんなが同じ空間に集まってやったもので、アルバム制作期間のなかでもレアな瞬間だった(アンドリス)

 今作のコラボレーションの源となるのは、10年の間に築かれたムーンチャイルドのコミュニティだ。そしてそのベースとなったのが、DJジャジー・ジェフである。彼は音楽コミュニティ向上のために毎年100人近くのアーティストを自宅に呼ぶなど、コラボレーション促進のための活動に力を入れている。ジャジー・ジェフは、ツイッターを通じて彼らの音楽を発見し、その後ジェームス・ポイザーと共にリミックス(“Be Free”(2013年)、“The Truth”(2017年))を買って出るほど、活動初期から3人の支持者だった。

ジャジー・ジェフはコラボレーションについてすごく力強いメッセージをくれて、それは、音楽は関わる人が多ければ多いほどよくなるってこと。その言葉がすごく印象深かった。一般的に言えば、自分だけの力でやり遂げなきゃいけないプレッシャーってあると思うの。自分だけでもアルバムを作れることを証明しなきゃいけないとか、自分の芸術性を証明しなきゃいけないとか。でも実際歴史的に見ると最高の音楽は複数人で作ったものが多いっていう。それで私も、より多くのアイデアを取り入れたいと思うようになった(アンバー)

 アンバーが語る通り、コラボレーションの話題は目白押しだ。現在進行中のアンバーのプロジェクトでは、〈Stones Throw〉レーベルの人気ビートメイカー/ピアニストのキーファーや、そのキーファーの公演で2019年に共に来日していたキーボード奏者、ジェイコブ・マンともアルバムを制作中のようだ。さらに今作でフィーチャーされているアルト奏者のジョシュ・ジョンソンは、ジェフ・パーカーの『Suite for Max Brown』やマカヤ・マクレイヴンの『Universal Beings』でも印象的な音色を与えるLAシーンの名脇役で、今後も彼らのコラボレーションは広がっていきそうだ。

 そしてもうひとり、ムーンチャイルドの畑を耕したキーバーンが、スティーヴィー・ワンダーだ。デビュー時期に彼らの音楽を知ったスティーヴィーは、毎年恒例となっている自身のチャリティ・コンサート「House Full of Toys」のオープニング・ステージに彼らを抜擢した。2012年12月のこのステージで彼らが演奏した、エリカ・バドゥの “Time's a Wastin” は、LAシーンとR&Bシーンの両方にムーンチャイルドの音楽を発展させるための決定打となった。

コンサートの短い時間で彼が言ったことがすごく印象に残っていて、彼の言葉を要約すると、自分は音楽を色で捉えないんだと。僕らが白人のミュージシャンで黒人の音楽をやっていることについても、今やっていることをやり続けなさいって言ってすごく励ましてくれたんだよ(マックス)

 このときに刻まれた志を胸に彼らはスキルアップを重ね、10年後のいま、ソウルやR&Bをルーツに持つ現代のメッセンジャーたちと共に、これからの扉を開く作品を生み出した。彼らはこの作品を、まさにコロナ禍で得た『Starfruit』と表現している。

この10年ムーンチャイルドを続けてきて、その間にバンドの周りに小さなコミュニティが築かれて、それはすごく嬉しいことだなと思っていて。それは長くバンドを続けてきてよかったと思う部分だね(マックス)

 彼らが築き上げた境地を、“I'll Be Here” の歌詞から感じてみよう。その言葉は、聴く私たちの扉を開け、背中を押すものでもあるはずだから。

代わりにノックしてくれたり歩いてくれる人は誰もいない 代わりに傷ついたり働いたりしてくれる人は誰もいない 代わりに感じてくれたり癒されたりする人は誰もいない きっと自力で見つけることになる だけど私はここにいるから これまで何度も聞いてきたでしょ ここまで来たなら扉を開かなくちゃ
──“I'll Be Here”

Bonobo - ele-king

『Fragments』の仕上がりがすこぶるよい。せっかくなので作者であるボノボの進化の過程をふりかえってみよう。
 ボノボことサイモン・グリーンが英国南部のブライトンに生まれたのは1976年、前年には CAN がこの地でおこなったライヴの模様が先日出た未発表のライヴ盤『Live in Brighton 1975』でつまびらかになったが、まだ生まれてもいないサイモンは当然その場にいあわせていない。他方で長ずるに音楽の才能を開花させ20代前半には地元のクラブ・シーンを中心に頭角をあらわしはじめたグリーンはミレニアム期に地元の〈Tru Thoughts〉のコンピにクァンティックらとともにボノボ名義で登場、2000年には同レーベルから『Animal Magic』でアルバム・デビューもかざっている。くすんだジャズ風の “Intro” にはじまり、個性的な組み立てのビートが印象的な “Silver” で幕をひく全10曲は、形式的にはブレイクビーツ~ダウンテンポに分類可能だが、細部のモチーフがかもしだすエスニシティやトリップ感とあいまってラウンジ的な風合いもただよっている。むろんすでに20年前のこととてサウンドにはなつかしをおぼえなくもないが、いたずらにテクノロジーに依存しすぎないグリーンの音楽的基礎体力が本作を時代の産物以上のものに仕立てている。その3年後、ボノボはこんにちまで籍を置く〈Ninja Tune〉から2作目の『Dial 'M' For Monkey』をリリース。ヒッチコックの『ダイヤルMを廻せ!』をモジったタイトルがあえかな脱力感をさそう反面、スピードに乗せた場面転換は本家もかくやと思わせるほどスリリング。フルートやサックスの客演、サスペン仕立ての設定もあって、前作よりもジャズのニュアンスがせりだしているが、そのジャズにしても、キレよりもコク重視のハードバップ風味だった。

 管見では、ワイルドな表題の上記2作をもってボノボの野生期とみなす。形式的にはダウンテンポという先行形式に範をとって自身の立ち位置を定めるまでの期間とでもいえばいいだろうか、母なる森から音楽シーンという広大な平原にふみだそうとするボノボの冒険心を感じさせる黎明期である。むろんそれによりボノボの歩みがとどまることもなかった。むしろ野生期の記憶をふりはらうかのようにボノボの歩幅は伸張していく。前作から3年後の2006年の『Days To Come』──「来たるべき日々」と名づけたサード・アルバムはその例証ともなる一枚といえるだろう。サウンドは機材環境を刷新したかのようにクリアさを増し、アルバムも全般的にみとおしがよくなっている。とはいえボノボらしいオーガニックさは減じる気配なく、グリーンはみずから演奏する生楽器のサウンドや民俗楽器のサンプル・ソースとデジタル・ビートを巧みに組み上げている。ヴォーカリストの起用も本作にはじまるスタイルであり、インド生まれのドイツ人シンガー、バイカと同郷のフィンクを客演に招き、現在につながるスタイルの完成をみた。その基軸はなにかといえば、種々雑多な記号性とそれにともなうサウンドの多彩さと耳にのこるメロディといえるだろうか。サイモン・グリーンのセールスポイントはそれらを提示するさいのバランス感覚にある。クンビアであれアフロビートであれ、ベース・ミュージックであれ、ボノボはそれらをフォルマリスト的にもちいるのではなく、響きに還元し自身の声として構成する。グリーンはアーティストであるとともに第一線で活躍するDJでもあるが、ボノボのカラーはDJカルチャー以降の音楽観の反映がある。2006年の『Days To Come』、次作となる2010年の『Black Sands』ではサウンドのデジタル化がすすんだせいでその構図はより鮮明になっている。これをもって私はボノボの技術革命期と呼ぶが、このころはまた作品の評価とともにボノボの認知度が高まった時期でもあった。
 呼応するように『Black Sands』でボノボはミックス作を発表しフルバンドでのツアーにものりだしていく。グリーン自身も、このころを境に拠点をブライトンからニューヨークに移し、余勢を駆るかのごとく制作入りし2013年にリリースした『The North Borders』では “Heaven For The Sinner” にエリカ・バドゥが客演するなど話題に事欠かなかった。作風は彼女が参加したからというわけではなかろうが、ニューソウル~R&B風の流麗さと、ダブステップ以後のリズム・アプローチをかけあわせてうまれた2010年代前半の空気感をボノボらしいリスニング・スタイルにおとしこむといった案配。さりげない実験性とくっきりした旋律線がかたどるフィールドはボノボの独擅場というべきものだが、その領域はクラブのフロアとリスニング・ルームの両方にまたがっているとでもいえばいいだろうか。没個性におちいらない汎用型という何気に難儀なスタイルを確立したのが『The North Borders』であり、本作をもって私はボノボの認知革命期のはじまりとする。ものの本、たとえば数年前の大ベストセラー『サピエンス全史』では認知革命なる用語をもって「虚構の共有による人類の発展」と定義するが、サピエンスではなくボノボをあつかう本稿においては「創作上の発見による音楽的な飛躍」となろうか。これはサイモン・グリーンの内面の出来事ともいえるし、ボノボの音楽が私たちにもたらすものともいえる。この場合の認知はかならずしも意識にのぼらないこともあるが、2013年の『The North Borders』以降、2017年の『Migration』、最新作の『Fragments』とこの10年来のボノボの3作が認知革命期におけるボノボの長足の進歩を物語っているのがまちがいない。
 とりわけ「断片」と題した新作『Fragments』ではこれまでの方法論の統合、それもボノボらしい有機的統合をはかるにみえる。

 『Fragments』は “Polyghost” のミゲル・アトウッド・ファーガソンによるポール・バックマスターばりの流れるようなストリングスで幕をあける。場面はすぐさま題名通り陰影に富む “Shadows” へ。この曲に客演するUKのシンガー・ソングライター、ジョーダン・ラカイをはじめ、『Fragments』には4名のシンガーやかつてグリーンがプロデュースを担当したアンドレヤ・トリアーナのヴォイス・サンプルなど、12曲中5曲が歌もの。その中身も、シルキーなラカイから “From You” でのジョージの雲間にただようようなトーン、〆にあたる “Day By Day” でのカディア・ボネイのポジティヴなフィーリングにいたるまで多彩かつ多様。それらの要素を最前から述べているグリーンのバランス感覚ともプロデューサー気質ともいえるものが編み上げていく。『Fragments』という表題こそ認知革命期らしく抽象的だが、むろんその背後にはこの数年のグリーンの経験と思索がある。ブライトンからニューヨーク、ニューヨークからロサンゼルスへ、拠点を移しツアーに明け暮れたこの数年の生活が導くインスピレーションは2017年の『Migration』に実を結んだが『Fragments』における旅はそれまでとは一風かわったものだった。というのも2019年にはじまった『Fragments』の制作期間はパンデミック期とほぼかさなっており、物理的な移動はままならなかった。この期間グリーンはあえて都市を離れ、砂漠や山、森などの自然にインスピレーションをもとめたのだという。そのようにして時機をうかがう一方で、リモートによるコラボレーションもすすめていったとグリーンは述べている。シカゴの歌手で詩人のジャミーラ・ウッズとコラボレートした “Tides” もこのパターンだったようだが、アトウッド・ファーガソンの弦、ララ・ソモギのハープ、グリーンの手になるリズム・セクションとモジュラー・シンセが一体となり、潮のように満ち引きをくりかえすこの曲はアルバム中盤の要となるクオリティを誇る。しからば制作の方法は作品の質に関係ないのかと問えば、そうではないとボノボは答えるであろう、生き物が環境の変化に適応するように音楽家が制作環境に順応することはあっても、音楽が進化の過程を逆行することはないと。
 進化とはいつ来るとは知れない未来へ向けて手探るようになにかをすることであり、不可逆の時間(歴史)の当事者として現在を生きつづけることでもある。アンビエントやノンビートにながれがちな昨今の風潮をよそに、ダンス・ミュージックにこだわった『Fragments』の12の断片こそ、ボノボの次なる進化の起点であり、その背後にはおそらくサイモン・グリーンの音楽という行為へのゆるぎない確信がある。

Burial - ele-king

文:小林拓音

 周知のようにブリアル*は2007年の『非真実(Untrue)』を最後に、アルバム単位でのリリースを止めている。なのでこの新作「反夜明け(Antidawn)」はおよそ14年ぶりの長尺作品ということになるわけだが……2ステップのリズムを期待していたリスナーは大いに肩透かしを食うことになるだろう。本作にわかりやすいビートはない。もちろん、これまでも彼はシングルでノンビートの曲を発表してきた。今回はその全面展開と言える。
 厳密には、冒頭 “Strange Neighbourhood” の序盤、聴こえるか聴こえないかぎりぎりの音量で4つ打ちのキックが仕込まれている。それは “New Love” の中盤でも再利用されているが、そちらではより聴取しやすいヴォリュームで一瞬ハットのような音がビートを刻んでもいる。あいまいで、小さく、すぐに消えてしまう躍動。間違ってもフロアで機能させるためのものではない。それらは数あるパッチワーク素材のひとつにすぎず、うまく思い出せない遠い記憶のようなものだ。

 明確なダンス・ビートの不在を除けば、変わっていないところも多い。トレードマークのクラックル・ノイズ。もとの素材がわからなくなるまで激しく加工されたヴォーカル。サウンドトラックなどから引っ張ってきたと思しき上モノたち。“路上生活者(Rough Sleeper)”(2012)以降のブリアルを特徴づけてきた、聖性を演出するオルガン。
 あるいは、しゃりしゃり/かちゃかちゃと鳴る金属的な音。咳払い。雨の音。虫の歌。謎めいたキャラクターの震え声。その他いくつかの、あたかも具体音のごとく響く断片たち。その大半はおそらく(フィールド・レコーディングではなく)ヴィデオ・ゲーム(の、さらに言えばユーチューブにアップされた動画)からサンプルされたものだろう。とりわけ強く印象に残るのは “Antidawn”、“Shadow Paradise”、“Upstairs Flat” の3曲に忍ばせられた、ライターで火をつける音だ。

 コラージュはブリアルの音楽を成り立たせるもっとも重要な技法である。今回もそのうち元ネタ特定合戦が開始されるにちがいない。たとえば最後の “Upstairs Flat” で二種類の音色に分散されて奏でられている旋律。下降時の音階が異なるので間違っているかもしれないが、たぶんこれ、エイフェックス『SAW2』収録曲(CD盤でいうとディスク2の8曲め、通称 “Lichen”)じゃないかと思う。直前に挿入されるたった2音のパーカッションも “Blue Calx” に聞こえてしかたがない。
 ダンスを出自とするブリアルの音楽がアンビエントとしての可能性を秘めていることはあらためて確認しておくべきだろう。クラックル・ノイズを過去性の刻印として解釈するのもいいが、それは無個性かつ無展開であるがゆえ周囲に溶けこむ音にだってなりうる。

 静寂はそして、ことばを引き立たせる。ブリアルを特徴づける闇夜と孤独は、冒頭 “Strange Neighbourhood” ですでに十分すぎるほど表現されている。「通りを歩く/夜になると/行き場がない/どこにもない/通りを歩く(Walking through the streets / When the night falls / There is nowhere / Nowhere to go / Walking through the streets)」。この「行き場がない(Nowhere to go)」は、「ひどい場所にいる(I'm in a bad place)」とのフレーズが印象的な表題曲 “Antidawn” でも繰り返され、「夜になると(When the night falls)」のほうも “Shadow Paradise” でふたたび顔をのぞかせている。どうしようもない閉塞感。それを、まったく出口の見えない資本主義と接続したくなる気持ちもわからなくはない。

 が、ポイントはそこではない。「Antidawn」にはまとまった長さが与えられている。ゆえに各曲のことばは照応し、シングルでは発生しようのなかった相互作用が際立っている。
 たとえば “Shadow Paradise” では、孤独に抗うかのように何度も「ちょっとだけ抱きしめさせて(Let me hold you for a while)」というフレーズが繰り返されている。「こっちに来て、愛しいひと/暗闇のなかへ連れていって(Come to me, my love / Take me to the dark)」「いっしょに夜のなかまで連れていって(Take me into the night with you)」と、つねにだれかの存在がほのめかされているのだ。
 この「you」はほかの曲にもこだましている。“Strange Neighbourhood” では「あなたがこっちにやってきた(You came around my way)」と、“Antidawn” では「あなたが入れてくれたら(If you let me in)」と、“Upstairs Flat” では「いちばん暗い夜のどこかにあなたがいる/そこに行きたい(You're somewhere in the darkest night / I wanna be there)」というふうに。

 最大のテーマであるはずの闇夜や孤独を凌駕するほど、本作には「あなた」が横溢している。そしてそんな「あなた」を「わたし」は求めている。「あなた」とはライターであり、星だ。「あなた」がいれば暗闇のなかでも歩いていける、と。
 いやもちろん、2007年の “Archangel” も「あなた」を求めていた。でもそれは2ステップのリズムの勢いに任せて放たれる、「きみを抱きしめる/ひとりじゃ無理、ひとりじゃ無理、ひとりじゃ無理」という、幼く、ひとりよがりで、一方的な願いだった。「Antidawn」はちがう。今回の「わたし」はどこか控えめだ。大人になったということかもしれない。なにせあれから14年のときが過ぎているのだ。
 ダンス・ビートの放棄、静けさの醸成、ことば同士の照応。かつてとは異なるアプローチで「あなた」と出会いなおすこと。いまブリアルは初めて本格的なアンビエント作品に取り組むことで、ほんとうの意味で他者に出会おうと努めているんだと思う。多くのひとが内省にとらわれたパンデミック以後の世界にあって、外からやってくるものへと向かうその姿勢はきっと重要な意味を持つにちがいない。

* 日本では「ブリアル」と表記されることが多いが、実際の発音は「ベリアル」のほうが近い。

HYPERDUB CAMPAIGN 2022
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文:キム・カーン
翻訳:箱崎日香里

 ブリアルのブルータリストなネイバーフッドにようこそ──「Antidawn」はブリアルのこれまでで最も無防備で生身の作品だろうか?

 彼の最新作──45分という長尺を考慮すればもはやアルバムと呼ぶべきに思えるが──で、唯一聞こえてくるビートは、ポトポトという雨音だけだ。これまでのブリアル作品でもお馴染みのこの音は、彼が毎日のように雨が降り続くイギリス出身であることを物語っている。

 ひとたび「Antidawn」の世界に足を踏み入れると、その舞台セットに飲み込まれる。1曲目 “Strange Neighbourhoods” が女性の咳払いとともに幕を開けると、たちまちひとつの物語のはじまりが告げられる。いわば、ブリアルのロックダウン・サーガとでも呼べるだろう。

 「You came around my way(私のところに来たんだね)」というささやきが荒涼とした景色の中に一陣の風をかき立てたのち、きらめくチャイムに招き入れられて、共感覚によってグレーに彩られた、物語の舞台となるとある地区の姿が現れてくる。トラックは中ほどでブレイクダウンに入り(ブリアルのダンス・ミュージックのバックグラウンドがまだ完全に消失してはいない証だろう)、そのあとに聞こえる「my love」の哀しげな呼びかけが、本作の主人公と思われる人物の感情を揺さぶる。

 続くタイトル・トラックは Ronce を思わせるASMRではじまり、主人公に新たな試練が降りかかる。

I'm in a bad place / with nowhere to go
(まずい状況にいる/行く先もない)

 不穏なシンセの暗闇の中を、ときおりチャイムの輝きが照らす。

you're one of them / I'm not your kind
(あなたは彼らの仲間だ /私はあなたたちの仲間じゃない)

 ここから登場人物たちのコミュニケーションがはじまると、少しずつ物語が肉付けられてゆく。チャイムのきらめきの緊張感が高まっていく先には、ブリアルが構築したこの不毛の地の中の小休止が見えてくる。

 “Shadow Paradise” で響くオルガンの音は、ロックダウン中にブリアルは教会をよく訪れたのだろうかと想像させる。曲はブリアルが変化していくのと同じように多幸感に満ち溢れている。そこに随伴するのは管楽器風のシンセ音や母性的なヴォーカルだ。次の箇所は故ソフィーのトラックに入っていても違和感がないであろうし、まるで生温かい抱擁のようだ。

There's one / alone in our reverie / ...I'll be around
(誰かがいる/たったひとりで私たちの幻想のなかに/……わたしはそばにいる)

 登場人物たちが新たな愛(New Love)を見つけると同時に、「Antidawn」の物語も動き出す。

ever since I was young / I wanted to get away / free beyond everything / for you
(幼い頃からずっと/ここから離れたかった/全てから解放されて/あなたのために)

 若い恋人たちの逃避行を、「For you」の反復の間にちりばめられたメロディーの断片が彩る。無限に増大するような重層的な音のテクスチャに、チャイムの閃きと、そこここで鳴るヴァイナルのクラックル・ノイズが重なり合う。次の瞬間、シーンはシンプルなアンビエント・パッドの音に合わせて無邪気に踊る主人公たちへと切り替わり、やがてトラック中盤でブレイクダウンに入る。「Come unto me / Come on come on」と手つかずの野原を奔放に跳びはねるふたりの蜜月はここでピークを迎えて終息へと向かい、オルガンの厳粛な響きがシンセのアルペジオをかき消すと、ふたたびブリアルの雨が降ってくる。

 「New way / my way」の声が響く “Upstairs Flat” は傷心の主人公を映し出し、呼吸音とクラックル・ノイズが細心の注意をもって重ねられた低いドローン・シンセが、新しいフラットの未知の環境を照らし出す。

I won't be there / when you're alone
(私はそこにいない/あなたがひとりのとき)

 甘くほろ苦いヴァイオリンのメロディーが闇に響く。「Come get me」の声で曲は静まり、雨音とともに終わりを迎える。

 私たちはディストピア世界のサバービアを描いたひとつの物語を聞き終え、すべての登場人物に出会い、彼らのストーリーや名前を知り、そして彼らが一礼して舞台を去ったのち、静寂のなかに取り残される。ひょっとしたら、ビートがないブリアルは、それを失う前のブリアルと同様に素晴らしいのではないか。そんな思いを巡らせながら。

 パンデミック以降の世界で、ペリラ(Perila)やウラー(Ulla)スペース・アフリカといった多数のアーティストがサウンド・コラージュやASMRをアンビエントのフィールドに持ち込む中、ブリアルの「Antidawn」はこのアンビエント界における新世代の蜂起を静かに補完している。

HYPERDUB CAMPAIGN 2022
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Text: Kim Kahan

Welcome to Burial’s brutalist neighbourhood. Is this Burial at his most vulnerable yet?

The only beats we really hear on his newest EP - although at a meaty 45 minutes it can be considered an album at this point - are the pattering of rain, typical of Burial’s output to this point. Telling that he’s from England, where it rains everyday.

Heading into Antidawn, we’re struck by the mise en scene. A feminine clearing of a throat signals the beginning of the first track, "Strange Neighbourhoods". At once this appears as the telling of a story, potentially the Burial lockdown saga.

Whispers “you came around my way” stoke the wind that swirls around a barren landscape. Chimes twinkle as they welcome us to the neighbourhood which my inner synaesthesia unanimously agrees is grey. The song enters a breakdown halfway (it becomes apparent that Burials’ dance music background has not disappeared just yet) before emerging with a plaintive voice calling out “my love”, stirring emotion for what we presume is the protagonist of the album.

The title track "Antidawn" begins with a Ronce-esque ASMR fumbling and another trying time for our character “I’m in a bad place / with nowhere to go” and ominous synth is punctuated by chiming that glimmers in the darkness. We then start to see the story fleshed out with conversations as the character begins to communicate “you’re one of them / I’m not your kind”. Twinkling intensifies and we start to see the hint of respite in this barren land of Burial’s construction.

"Shadow Paradise" welcomes organs and we wonder if Burial visited church much during lockdown. The song is about as euphoric as Burial gets, with piping pads and a maternal vocal “there’s one / alone in our reverie / ...I’ll be around” which wouldn’t be out of place on a Sophie (RIP) track and feels like a lukewarm hug.

The story of Antidawn moves on as they find "New Love", “ever since I was young / I wanted to get away / free beyond everything / for you”, snatches of melody intersperse the “for you”s as the young lovers elope through the track. Vinyl crackles back and forth as chimes twinkle over a million multiplying textures. The next moment sees them dancing along innocently simple ambient pads before heading down to a breakdown mid-track. Bounding through fields of wild abandonment “come unto me / come on come on” as the lovers enter the post-honeymoon phase and it winds down, arpeggio synth disappears as the organ solemnly ploughs on and the rain comes down in true Burial style.

"Upstairs Flat" sees the protagonist post-heartbreak, “new way / my way”, entering the unknown of a new flat as deep, droney synth kicks in, breaths and crackles layered carefully on top. “I won’t be there / when you’re alone” as the bittersweet melody of violin punctuates the darkness. “come get me” and the song calms down, as rain comes in and the song finishes.

We feel like we’ve just listened to an entire story about a suburban dystopia and met all the characters and learnt all their stories and their names and then they’ve bowed out again and we feel alone in the silence. And we think that maybe Burial without beats is just as good as Burial with them.

In this post-COVID world we have seen artists such as Perila, Ulla, Space Afrika and more bring sound collages and ASMR to the ambient landscape and Burial’s Antidawn quietly complements this modern ambient rebellion.

HYPERDUB CAMPAIGN 2022 https://www.beatink.com/products/list.php?category_id=3

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文:髙橋勇人

 COVID-19が猛威を振るう中でも、ソロ・シングル「Chemz / Dolphinz」(2020)、フォー・テットトム・ヨークとの12インチ「Her Revolution / His Rope」(2020)、ブラックダウンとのスプリット「Shock Power of Love E.P.」(2021)と、コンスタントに作品を出してきたブリアル/ウィル・ビーヴァンは、45分にも及ぶ「Antidawn」で2022年の幕をこじ開けた。
 発表に際して公開された写真には、降り頻る雪のなか、楽しそうに両手を広げる本人の姿がある。マスクをしていることから、これはパンデミック中に撮られたものであることがわかる。今作は彼からの「近況報告」なのだろう。
 「Antidawn」にはビートがなく、スタイルとしては2019年のシングル集『Tunes 2011-2019』でも顕著だったアンビエント的なサウンド・コラージュであり、楽曲や映画からサンプリングされたであろうスポークン・ワードが音の流れを牽引している。前述のシングルでは、レイヴ・スタイルのハードなビートで、フロアの期待に答えつつ、自身の表現の幅を増幅させていたのに比べると、今作には明瞭な新しさはない。
 現在、電子音楽シーンではエクスペリメンタル/アンビエントの新たな光が、緩やかな木漏れ日のように、意気消沈した世界へと降り注いでいるのに気づいている方は多いだろう。ウラーやペリラ、あるいは日本のウルトラフォッグの参加作品などで知られる、ASMR的感覚、牧歌性、ときにメタリックな美学を繋ぐドイツの〈Experiences Ltd.〉(最近〈3XL〉に改名?)。イーライ・ケスラーや主宰のひとりでもあるフェリシア・アトキンソンを擁する、ミュジーク・コンクレートやエレクトロニクス/アコースティックを行き来しサウンド/ソニックの可能性を探求するフランスの〈Shelter Press〉。アーティスト、レーベルとともに、この勢いは衰えを知らない。作風的には「Antidawn」はその流れに連なっている、といえる。

 今回もブリアルのインスピレーションは彼の周囲からやってきているようだ。過去作を振り返ってみても、路上生活者(Rough Sleeper)、ねずみ(Rodent)、盗まれた犬(Stolen Dog)など、ブリアルは(特にロンドンでは頻繁に目にする)日常の構成物から楽曲のタイトルを採用してきた(そしてイルカ(Dolphinz)など彼が好きなもの)。
 「Antidawn」が奇妙深いのは、「奇妙な近所(Strange Neighbourhood)」や「上の階のフラット(Upstirs Flat)」といった日常的アクターが、造語である「反夜明け(Antidawn)」、「影の楽園(Shadow Paradice)」、「新たな愛(New Love)」といった抽象的で幻想的な面をも醸し出すタームで繋がっているという点だ。
 ブリアルは『Untrue』(2007)収録の “In Macdonalds” などがそうであるように、日常風景にかすかに存在する非日常性を サウンドで描くのに長けたアーティストでもある。「Antidawn」をその尺度で考えるならば、これらのタームが放つ印象は、ロックダウンによる隔離生活によって、日常と非日常の境目が人連なりに曖昧になっていく世界/生活と違和感なく連想できる。45分はそのサウンドスケープであり、ここでは踏み込まないが、スポークン・ワードはそこに広がるドラマツルギーとして考え得られる。ジャケットのイラストはその住人なのかもしれない。
 ブリアルは今作において一層エモーショナルになっているようだ。雨の音で緩やかにはじまる1曲目は、荘厳なオルガンを経て、徐々に電気グルーヴの “虹” のシンセ・フレーズにも似た優美なメロディにまで展開する。2曲目ではドローン・サウンド上で言葉が舞い、彼のシグニチャー・サウンドであるフィルターがかかったノイズやウィンドチャイムを機に、その表情が変わっていく。一曲のうちにいくつもの楽曲が組み込まれているような構成であり、そのアレンジも「Antidawn」を起伏のあるドラマとして醸成している。

 ここにないものはビートなのだが、それはある種、ブリアルと現実のダンスフロアを繋ぎ止めていたダンスというリアルな身体性の欠如であるとも考えられる。言葉においても、孤独や救済に焦点が当てられるものの、肝心なそこで生きる者の顔は曖昧なままだ。
 対照的に、現在のシーンでは身体や自意識への回帰、あるいはその問い直しが顕著におこなわれている。例えばブリアルのホームである〈Hyperdub〉から、2021年にデビュー・アルバム『im hole』を出したロンドン拠点のアヤは、自分の出自をラップ/詩で歌い、複雑なポリリズムとプロダクションは、入り組んだ身体のようにその言葉を基礎づけている。
 同年、先の〈Shelter Press〉からアルバム『17 Roles (all mapped out)』をリリースしたテキサスの前衛ドラマー/電子作家のクレア・ロウセイが頻繁にテーマにするのは、自身の肉声と機械によるエッセイの読み上げと、涙腺を緩やかに刺激するアンビエントを経由した、身体とそこを横切っていく人間関係だ。
 世界に再び太陽が登ろうとする2022年、私たちが聞くべきなのは、待ち受ける関係性のしがらみを再び生き抜いていくヴァイタリティに溢れたそのようなサウンドではないか。閉じきった2020年のような「Antidawn」が位置している太陽が登らない世界は、そこからは少し遠いように思える。
 愛、ドラッグ、ジェントリフィケーション、移民、階級、リズム&低音の科学が渦巻くUKガレージやダブステップとの緊張関係のなかで『Untrue』生まれたように、アンダーグラウンド主義者ブリアルは何かの中心との距離をとりつつも、そこと呼応することができる作家だ。「Antidawn」がロックダウンの世界であるならば、次はそのアフターの世界になる。「上の階のフラット」で/から彼が何を見たのか、次の長編作にその答えを待つ意味は大いにある。

HYPERDUB CAMPAIGN 2022
https://www.beatink.com/products/list.php?category_id=3

interview with Boris - ele-king

 幕開けとともに閉塞感が増しつつある2022年の世相を尻目にボリスは加速度を高めていく。起点となったのは2020年の夏あたり、最初の緊急事態宣言が明けたころ、主戦場ともいえるライヴ活動に生じた空白を逆手に、ボリスは音楽プラットフォーム経由で多くの作品を世に問いはじめる。新作はもちろん、旧作の新解釈やデジタル化にリマスター、ライヴやデモなどのオクラだし音源などなど、ザッと見積もって40あまりにおよぶ濃密な作品群は、アンダーグラウンド・シーンの牽引車たる風格にあふれるばかりか、ドゥーム、スラッジ、シューゲイズ・メタルの代表格として各界から引く手あまたな存在感を裏打ちする多様性と、なによりも生成~変化しつづける速度感にみちていた。
 なぜにボリスの更新履歴はとどまるところを知らないのか。そのヒントはルーツにある轟音主義に回帰した2020年の『NO』と、対照的な静謐さと覚醒感をもつ2022年の『W』——あわせると「NOW」となる2作をむすぶ階調のどこかにひそんでいる。
 取材をおこなったのは旧年12月21日。同月だけで彼らはBandcampにライヴ盤と3枚のEP(「Secrets」「DEAR Extra」「Noël」)をあげており、前月にはフィジカルで「Reincarnation Rose」をリリースしていた。いずれも必聴必携だが、クリスマス・アルバムの泰斗フィル・スペクターが聴いたら拳銃をぶっぱなしかねないドゥーミーな音の壁と化したワム!の「ラスト・クリスマス」(「Noël」収録)と、「Reincarnation Rose」EPの20分弱のカップリング曲「知 You Will Know」の水底からゆっくりと浮上するような音響性が矛盾なく同居する場所こそボリスの独擅場であり、その土壌のゆたかさはおそらく今年30年目を迎える彼らの歴史に由来する。
 そのような見立てのもと、最新アルバム『W』が収録する「You Will Know」の別ヴァージョンに耳を傾けると、浄化するようなサウンドと啓示的なタイトルに潜む未来形の視線までもあきらかになる。現在地からその先へ――Atsuo、Takeshi、Wataのボリスの3者に、30年目の現状と展望を訊いた。

スタジオでの作業は日々絵を描きつづけるような、どんどんアップデイトされていくような感じなんです――Atsuo

ボリスは海外を中心にライヴ活動がさかんですが、このコロナ禍で制約があったのではないかと想像します。実際はどうでしたか?

Atsuo:こんなに(海外に)出ていないのは何年ぶり? という感じだよね。

Takeshi:ぜんぜん行っていなかったのは2006年よりも前だよね。それ以降は毎年かならず行っていたもんね。

2006年より前というのは、いかに長く海外での活動をされているかということですよね。でも逆に、ライヴ・バンドのメンバーに取材すると、ツアーがなくなって最初は悲しかったけど、ツアーしない時間にいろんな発見があったという意見もありました。

Atsuo:前はツアーをしなければ食べていけないと思っていましたから。コロナに入ってアルバムをすぐに作ってBandcampで2020年の7月に出したんですけど、その反応がすごくよくて世界中のリスナーからガッチリサポートしてもらえたんです。Bandcampの運営とか、楽曲の管理を自分たちでやりはじめたらツアーに出るよりも、経済的によい面もあって、制作にも集中できた。あと、すごく大変なことをしていたんだ、という実感もあります、ツアーに出るということが(笑)。その反面、あらためて再開するのも大変かなと思っています。いちおう今年は米国ツアーを予定してはいるんですけどね。

アメリカはどこをまわられるんですか?

Takeshi:全米をほぼ1周する感じです。

「周」という単位を聞くだけでも大変そうですよね。

Atsuo:感覚を戻すのがね。ほんと体力も落ちているんで。コロナ以前の状態まで自分たちのコンディションを戻さなければならないというのはたしかに大変です。

Takeshi:オフ無しで7本連続とかね。

ツアーと制作中心の生活ではメンタル面での違いはありますか?

Atsuo:スタジオでの作業は日々絵を描きつづけるような感じなんです。そういった生活のほうが個人的には好きなんですけどね。新曲を作ってレコーディングしていると精神的にはめっちゃ安定するんですよ。日々新しい刺激が自分に返ってくると、やっぱりいいなと思います。コロナ禍で気づいたのは、自分の性質が絵描き的というか、描いて作られていく感覚に惹かれるということでした。いわゆるバンドマンとはちょっと違う感覚というか、描き続けていかないと完成しない、その感覚が強いです。

Wataさんはコロナ禍でご自分の生活や性格の面で新たな気づきはありましたか?

Wata:家にずっといてもけっこう大丈夫でした(笑)。

意外とインドアだったんですね。Takeshiさんは?

Takeshi:ライヴができなかっただけで、あとはあまり変わらなかったですね。スタジオにもしょっちゅう入っていたし。音楽が生活に占める割合は変わらないどころか、逆に増えた気がします。

Atsuo:制作ペースは上がっているものね。

Wata:スタジオはふつうに使えていたので、思いついたらスタジオに入ってセルフレコーディングして家にもってかえって編集して。

Takeshi:前はその合間にツアーのリハーサルがあったりして、制作に集中できない局面もあったんですけど、コロナ禍では制作に没頭していました。

Atsuo:今回のアルバム『W』はリモート・ミックスなんですね。

リモート・ミックスとは?

Atsuo:担当していただいたエンジニアが大阪在住で、そこのスタジオの音響を「Audiomovers」というアプリで共有して、オンラインで聴きつつzoomで話し合いながらミックスを進めました。家の環境で聴けるのでかえってジャッジもしやすかったりするんですよね。

東京で録った素材を大阪に送ってミックスしたということですか?

Atsuo:そうです。今回はBuffalo Daughterのシュガー(吉永)さんに制作に入ってもらったので、シュガーさんに音源をいったんお送りして、シュガーさんからエンジニアさんへ素材が行き、確認しながらミックスという流れです。

通常のスタジオ・レコーディングとはちょっと違った工程ですね。

Atsuo:僕らはもう20年以上セルフレコーディングなんです。リハスタで下書きしたものを完成品に仕上げていくスタイルです。ミックスだけはエンジニアに手伝ってもらっています。

その前の曲作りの段階はふだんどのような感じなんですか。

Atsuo:曲はリハスタでインプロした素材をもとに編集して曲の構造を作り、必要であれば肉づけするというプロセスでできあがります。CANと同じです。

Wata:最初は作り込んでいたけどね。

Takeshi:初期のころはわりと普通のバンド的だったね。

Atsuo:うん、リフを作って、何回繰り返したらここでキメが入ってとか決めていたね。セルフレコーディングをはじめたあたりからいまの方法になっていきました。いわゆるレコーディング・スタジオではどうしても「清書」しなければならない状況になると思うんですよ。それが苦痛で(笑)。間違えちゃダメというのがね。でも間違えたり、逸脱することに音楽的なよさがあったりするじゃないですか。だったら自分たちで録れば、たとえ失敗しても問題ない(笑)。そのぶんトライできるというか。

Takeshi:曲を作る工程は、みんながそれぞれ素描をしていて「こんなのが描けたんだけど」と互いに見せ合うような感じです。そこでやり取りしながら色を入れていったり、線が決まっていったり、そういった感じです。

Atsuo:いわゆるバンド的な曲作りだと、下書きみたいなリハーサルを何度も重ねてレコーディングがペン入れみたいなイメージな気がするんですね。清書するというのはそういう意味なんですが、僕らはそうじゃなくて下書きから一緒にドンドン塗り重ねて描き上げていく感じですね。

KiliKIliVillaとはインディペンデントにおける基本理念を共有している感覚があります。KiliKiliVilaの契約は利益が出たら折半なんですね。それは欧米ではごく普通のことなんですが、国内でそれをやっているレーベルはある程度以上の規模では極端に少なくなる。――Atsuo

プロセスを重視するからなにがあっても失敗ない?

Atsuo:失敗も2回繰り返すと音楽になる。そういう観点から以前はガチガチに決め込んでいた構成も、失敗を受け入れられる意識になり、(演奏の)グリッドも気にならなくなりました。反対に、ポストプロダクション全開な作り方を試した時期もありましたけどね。同期などを使っていた時期です。いまは自分たちにしかできない方向、グリッドレスな方向に行っています。

方向性の変化はどんなタイミングでおとずれるんですか?

Atsuo:そのときどき好きなことをやっているだけです。これだけ長いあいだやっていると、なにをやっても世間的な評価は変わらないんですよ。であれば好きなことをやったほうが単純に楽しい。それこそカヴァーとかやると、高校のころやっていた楽しい感じを思い出したり。

若々しいですね(笑)。

Atsuo:(笑)楽しいことをやっていたいとは思いますよ。とくにいまのような状況下では各自の死生観みたいなものも露わになってきますし、楽しいことをしないと意味がないですよね。

とはいえコロナ禍で音楽をとりまく状況は厳しくなりました。たとえば今後どのようにバンドを運営していくかというような、現実的な話になったりしませんか?

Atsuo:ずっとインディペンデントでやってきてレーベルに所属することもなく、すべてを自分たちで舵取りしてきたんですね。原盤もほとんど自分たちで持っています。コロナ禍では自分たちで判断して行動するという、ずっとやってきたことがあらためて重要な気がしています。

KiliKIliVillaから出すのでも、いままでと体制は変わらないということですね。

Atsuo:体制は変わりませんが、環境はよくなりましたよ。たまたま知人を介しての紹介だったんですけど、KiliKIliVillaとはインディペンデントにおける基本理念を共有している感覚があります。KiliKiliVilaの契約は利益が出たら折半なんですね。それは欧米ではごく普通のことなんですが、国内でそれをやっているレーベルはある程度以上の規模では極端に少なくなる。レーベルの与田(太郎)さんからそういう契約だと聞いたときも、自分たちには普通のことなので、「はい、お願いします」――だったんですが、いざまわりを見渡すと日本でそれをやっているレーベルはあまりない。インディペンデントにおける価値観もシェアできるし、やりやすいですよね。そういうインディペンデントにおける美意識を共有している方がKiliKiliVillaのまわりにはたくさんいるので、いろいろなことがスムーズですね。

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それこそ高校生のころの感じというか、影響を受けたことを直で出してしまうような。――Atsuo

レコーディング、作品づくりに話を移します。ボリスは2020年夏にアルバム『NO』を出し、2021年はBandcampを中心にデジタル・リリースを含めるとかなりの数の作品を出されています。そして2022年の第一弾アルバムとして『W』が控えています。『W』の制作はいつからはじまったんですか?

Atsuo:『NO』のレコーディングが終わった時点で『W』の方向性が見えてきて、『NO』をリリースする前には『W』のレコーディングは終わっていました。

『NO』は2020年の7月です。一度目の緊急事態宣言が解除になってしばらくしたころ。

Takeshi:そうですね、その年の6月には終わっていたんですよ。

同時進行ですか?

Takeshi:『NO』が先に終わって、その後にすぐつづく感じでした。つながっている感じといいますか。

『NO』が「Interlude」で終わっていたのが不思議でした。

Atsuo:出す時点で『W』が決まっていたので、2枚でひとつという感じでした。

ということは制作前に2枚にわたる構想をおもちだった?

Atsuo:『NO』の終わりごろにそうなった感じですかね。

では『NO』はもともとどういう構想のもとにたちあがったのでしょう。

Atsuo:いま思えば現実逃避だったかも(笑)。とりあえずスタジオに入って肉体的にもフルのことをやって、疲れてすぐに寝てしまうような、現実を見なくてすむようにしたいというコンセプトだったかもしれません(笑)。不安な感じやネガティヴなエモーションを音楽でポジティヴな方向に昇華する、それが表現の特性だと思うんですね。無意識にそのことを実践していたのかもしれないです。

そういうときこそ曲はどんどんできそうですね。

Atsuo:それはもう(笑)。

Takeshi:血と骨に刻み込まれているから(笑)。

Atsuo:それこそ高校生のころの感じというか、影響を受けたことを直で出してしまうような。『NO』のときはわりとTakeshiと僕のルーツにフォーカスしていました。僕がメインのヴォーカルをほとんどとって、曲作りの段階からこれはツアーでやろうともいっていました。僕がヴォーカルでサポート・ドラマーを入れてやるんだという前提があって、いまは実際そういうライヴ活動をしていますからね。そこで僕とTakeshiにフォーカスしたので『W』ではWataの声にピントを当てて――ということですね。

僕も高校のときはパンク、ハードコアの影響をもろに受けていて、『NO』ではノイズコアの方向に突き進んでいきました。Takeshiとそういった部分を共有できるのはソドム。カタカナのソドムのノイズコアな感じが大好きだったんです。――Atsuo

おふたりのルーツというのはひと言でいうとなんですか?

Takeshi:パンクとハードコア、ニューウェイヴも聴いていて、いちばん衝撃を受けたのはそのあたりの音楽なので、初期衝動とともに、身体に染みこんでいます。そういったものがコロナでグッと閉塞感が高まったたタイミングでウワーッとあふれでてしまった(笑)。

Atsuo:僕も高校のときはパンク、ハードコアの影響をもろに受けていて、『NO』ではノイズコアの方向に突き進んでいきました。Takeshiとそういった部分を共有できるのはソドム。カタカナのソドムのノイズコアな感じが大好きだったんです。『NO』はイタリアのF.O.A.D.というパンク~ハードコアのレーベルにアナログ化してもらったんですけど、そのレーベルがソドムの再発(『聖レクイエム + ADK Omnibus』)をしたんですよ。そういう流れもあってF.O.A.D.に決めたという(笑)。

高校時代ソドムをカヴァーしていたんですか?

Atsuo:ソドムはやっていなかったですね。『NO』では愚鈍の「Fundamental Error」をカヴァーしています。

原点回帰的な側面があったんですね。

Atsuo:あとはロック・セラピー。実際僕らは高校時代、そうした激しい音楽を聴いて精神を安定させていたところがあったんですね。

ことに思春期では激しい音楽が精神安定剤の役割を果たすのは、わが身に置き換えてもそう思います。

Atsuo:ヘヴィメタルが盛んな国は自殺率が低いという話を耳にしたこともある(笑)。精神に安定をもたらすメタルといいますか。それもあって『NO』はエクストリームなんだけどヒーリング・ミュージック的なおとしどころになっていきました。自分たちにとってもそういう効果がありましたし。

『NO』というと否定のニュアンスが強いですが、『W』と連作を成すことで激しさや衝動に終始しないボリスの現在(NOW)のメッセージを感じますよね。そのためのWataさんの声という気がします。

Atsuo:チルなんだけど逆に覚醒できる感じになっていったんですね。

『W』にはシュガー吉永さんがサウンド・プロデュースで入られていますが、かかわりはいつからですか?

Wata:EarthQuaker Devicesというアメリカのエフェクターメーカーから「Hizumitas」という私のシグネチャー・モデルのファズが出たんです。そのメーカーの親睦会が2016年にあって、そこで初めてお会いしました。

Atsuo:TOKIEさんもその集まりで初めてしゃべったのかな。そこからシュガーさんがライヴに来てくださったり、だんだんつながりでできていきました。もともとBuffalo Daughter、好きでしたしね。『New Rock』のレコ発とか行きましたもん。

意外なようなそうでもないような。ともあれ90年代的なお話ですね。

Atsuo:自分のなかではBuffalo Daughterはインディペンデントな位置づけ。ゆらゆら帝国などともに認知度が高かったですし、そういう日本の状況からの影響も当時は受けていました。

シュガーさんの手が入ったことでもっとも変化したのはどこでしょう?

Atsuo:エレクトロニカというか電子音的なアプローチはシュガーさんの手腕です。ローが利いたキックであるとか。でも聴いてすぐにおわかりになる通り、僕らの演奏にはグリッドがないんですよ。録音はスタジオで適当に録っているのでリズムも揺れまくっているんですが、それを前提にシュガーさんは縦の線をプログラムしてくれてバンドのノリに合うような感じでアレンジを追加してくれました。曲の構造はほぼ決まっていましたが、シュガーさんに、曲の間口を広げてもらったというか、見える、聴けるアングルを増やしていただいたという感じです。サウンド・プロデュースの依頼ではありましたが、曲が並んで、今回の個展はこんなテーマなんだ、というようなものが見えてきたとき、どのようにプレゼンテーションしてもらえるのか? そういった感覚です。

ちなみにボリスがいままでやってきた外部との協働作業というと――

Atsuo:成田忍さん、石原洋さん、NARASAKIさんにも1曲手がけていただいたことがあります。

Takeshi:あとはコラボレーションが多いですね。

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僕らはバンドというものに対するこだわりは強いですよ。だけど、バンドの運営や方法論で音楽の可能性が閉じられるのがイヤなんです――Atsuo

さきほどAtsuoさんは自分が歌うとき、別のドラマーに叩いてもらっているとおっしゃっていましたが、フォーメーションみたいなもがどんどん変わっていっていいというお気持ちがあるということですか?

Atsuo:僕らはバンドというものにたいするこだわりは強いですよ。だけど、バンドの運営や方法論で音楽の可能性が閉じられるのがイヤなんです。

でもそれはアンビバレンスですよね?

Atsuo:はい。だから基本この3人で音楽の可能性を広げたい、新しいものを追究して作っていきたいという思いもあって、シュガーさんへサウンド・プロデュースをお願いしたり、新しい血としてサポートのドラマーに入ってもらったり、以前は栗原(ミチオ)さんに入ってもらったこともありました。

そうでした。最近なにかと栗原さんのお話をしている気もしますが、栗原さんが参加された『Rainbow』がペダル・レコードから出たのが2006年ですね。

Atsuo:その後で正式にサポートで入っていただいて、本格的にツアーをまわるようになったのは2010年から11年あたりでした。

Takeshi:栗原さんはサポートと言うよりも、僕らの認識としては4人目のメンバーだったんですよ。当時新しいアルバムのデモを作っていたときも、栗原さんがいる体でやっていましたから。

Wata:2014年の『Noise』だよね。

Takeshi:曲に必要なギター・パートが1本ではなくて2本、無意識にそうなっていたんですね。ある程度までかたちになってきたときに栗原さんが離脱しなくてはならなくなって、いままで作った曲をどうしよう?ってなったときに、4人のアレンジだったものを3人用にリアレンジをする必要になり、それでWataが死にそうになるという(笑)。

Wata:『Noise』の何曲かは栗原さんの音も入っているんですよ。デモで弾いていたテイクをそのまま使ったりしました。私は栗原さんと同じようには弾けないので、どうしようって(笑)。

Atsuo:3人であらためて完成形を作らなきゃならなかったので、それは大変でした(ため息)。

Wata:すごく助けてもらっていたので、いなくなったときは心細かったです。演奏面ではとくに。

Atsuo:でもあの時期があったのでWataもヴォーカルに集中できるようになった。

ボリスは3人ともヴォーカルをとるのがいいですよね。

Wata:ヴォーカルというほど歌えているかはわからないですけどね。

Atsuo:さっき言っていたエフェクターメーカーのSNSでWataのことを「ボリスのギター、ヴォーカル」と紹介していたんですが、「いや、ヴォーカリストじゃないし」と本人がつぶやいているのを耳にした憶えがあります(笑)。

Wata:ヴォーカリストというよりは楽器的な感じ、ヴォイスという言い方が近いです。主張とかメッセージを伝える役割ではなくて、楽器の一部として存在している声ですね。

でも『W』ではメイン・ヴォーカルをとっていますよね。プレッシャーはなかったですか?

Wata:最初から音響的という作品内でのイメージはあったので構えたりはしはなかったです。

歌メロはWataさんが書かれた?

Wata:メロディはTakeshiです。

Atsuo:ほとんどの手順としては楽曲ができあがって、仮の歌メロをTakeshiがインプロで作って、曲ごとに見えたテーマをもとにふたりで歌詞を書くんですけど、Wataが歌うという前提だと出てくる言葉も違ってきますよね。

Wata:私は歌詞にはタッチしていないですけどね。ふたりが書く詞も、言葉で風景が見えてくるような内容なんですね、主張とかメッセージではなく。

Takeshi:逆に『W』では自分だと歌わないような言葉を歌わせることができたともいえるんです。Wataの口から出てくるであろうと想像した言葉だったり旋律などを使えたりしたので。

Atsuo:歌詞においてはWataの担当は「存在」ですよね。

歌詞も全員で書いているというイメージなんですね。

Atsuo:その点もKiliKiliと考え方が通じているんですよ。僕らは楽曲の登録も連名なんです。たとえばWataはじっさい歌詞を書いていないけれども作詞者はバンドとして登録しています。それはWataの存在があるからその言葉が生まれてくるという理由です。バンドというのはそういうものだと思うんです。

それならメンバー同士のエゴがぶつかって権利問題に発展するということもなさそうです。

Atsuo:エゴを聴きたいリスナーもいるとは思うんですよ、誰が曲を担当し、歌詞を書いているのかということですよね。そこをはっきりさせたいリスナーは多い気がします。

レノン、マッカートニーもそうですし、はっぴいえんどでも細野さんの曲と大瀧さんの曲は違いますから、そういう腑分けの仕方も当然あるとは思うんですが、ボリスの場合みなさんはキャラが立っているのにエゴイスティックな打ちだし方はしていないですよね。

Atsuo:自然とそうなったんですが、共通している考え方は、いちばん大事なのは「ボリス」という存在、バンドということなんですよね。

そのスタンスをとりながら、今年で――

Atsuo: 30年。

エゴという意識は僕らは薄いと思いますね。自分にとって音楽、曲というのは、言いたいことを言う場ではないんですね。曲のかたちがだんだんできてきて、仮のメロディを乗せたときに、「こういう言葉が乗るよな」と導かれるというか委ねるというか。――Takeshi

30年といえば、ひとつの歴史ですが、長くつづけてこられた秘訣はなんですか?

Atsuo:さっきも言ったようなエゴとかが音楽の可能性の狭めるのが僕らはイヤなんです。

そこもCANと同じですね。リーダーがいない、けっして誰かが中心ではない。

Atsuo:傍から見たら僕がリーダーに見えるかもしれませんが、いちばん雑務をしている、ただのアシスタントなんですよ(笑)。

与田(KiliKiliVilla):その考えを持っているだけでバンド内の格差を生まなくなりますよね。イギリスはバンドに権利が帰属することが多いですが、日本だと作詞作曲で個人を登録する習慣があります。そういったことを長いことみてきて、イヤな思いもしてきたから若いバンドにこういう登録の仕方があるから、そうしてみない?とアドバイスすることもけっこうあります。ボリスはそれを自分たちでやっていたという驚きはありましたよね。

日本の場合芸能界の習慣ともいえますよね。

Atsuo:だからバンドの地位が低いといいますか、フロントマンとバックバンドという序列のヒエラルキーになっていく。そういうビジネスモデルが主体になっている気がします。

Takeshi:エゴという意識は僕らは薄いと思いますね。自分にとって音楽、曲というのは、言いたいことを言う場ではないんですね。曲のかたちがだんだんできてきて、仮のメロディを乗せたときに、「こういう言葉が乗るよな」と導かれるというか委ねるというか。音にしても、僕はほっとけば、ガンガン弾き倒しちゃうんですよ。でも、バンドやとその音楽を主体に考えれば、曲がそうなりたいであろうというコードストロークや弾き方に自然になっていきますよね。楽器をもっているミュージシャンのエゴではなく、楽曲のほうへ自分を寄せていくというか、ボリスで音楽を作っているときはそういう感じになっていますね。

Atsuo:CANとの違いは音楽的な教育を受けているかどうかということかもしれないです。僕らは独学ですからね。外部とは共有できるかはさておき、バンド内での音楽言語はいろいろあるんですけどね。

とはいえ共演は多いですよね。秋田昌美さん(MERZBOW)、灰野(敬二)さん、エンドン、カルトのイアン・アストベリーなど、ボリスはいろいろなバンドやミュージシャンと共演していますが、他者と同じ場を作るには共通言語を見出す必要があるんじゃないですか?

Atsuo:秋田さんは誰とでもできるし、誰とでもできないと言えますからね。

Takeshi:秋田さんとやるときはおたがい干渉していないよね。

Atsuo:それもエゴがないということなのかもしれないですね。自分たちの曲を放り出していますからね。秋田さんで埋め尽くされてもぜんぜんかまわないというか、それで自分たちの曲が新しく立ち上がる感じを聞きたいというのがまずあるので。シュガーさんにしてもバンドのグリッドレスな感じを尊重してくれたので、『W』ではうまくいったんだと思います。

■ボリスにとって今年はアニバーサリーイアーですが、アメリカ・ツアーのほかに計画していることがあれば教えてください。

Atsuo: 『W』もKiliKiliで30周年記念第1弾アルバムと言っているので、第何弾までいけるか挑戦しようと思っています(笑)。アルバムはだいぶ録り進んでいるし。

KiliKiliからは昨年暮れに「Reincarnation Rose」が出ていますが、あれを聴くとやりたいことをやったらいいやという感覚を受けますよね。極端なことをいえば、売れなくてもいいやというような。

Atsuo:そもそも売れようと思ったことはないですよ。

とはいえ「Reincarnation Rose」もメロディはキャッチーじゃないですか。

Atsuo:キャッチーさは大事ですが、売れたいというのは違うんですよね。ヘヴィな曲でもキャッチーかそうでないかという判断基準がある。楽曲の世界観がしっかり確立されたとき、初めてキャッチーと言えるのかもしれないですね。

さきほどソドムとか栗原さんとかの話が出ましたが、70年代、80年代、90年代とつづく東京のアンダーラウンド・ロックシーンの牽引車は片やボリス、片やゆらゆら帝国というような見え方もあると思うんですよ。このふた組にはアンダーグラウンド、モダーンミュージックのようなセンスをポップアートにしているような側面があると思うんですね。ゆらゆら帝国とボリスはぜんぜん音楽性が違うけど、出てきているところってすごく近いところだったりするじゃないですか?

Atsuo:同じスタジオを使っていたり、近いようで遠い感じですか。いちばんの違いはメタル以降の文脈だと思うんですね。

ボリスはメタルにもリーチしていますよね。

Atsuo:海外では完全にメタル・バンドあつかいですね。

Takeshi:自分たちでメタルだと言ったことはないんですけどね。でも向こうから手を差しのべてくるんですよ。

メタルにもいろいろありますが、どのようなメタルですか?

Takeshi:メタル・シーンの裾野が欧米では広いというか、単純に規模が違います。

Atsuo:ドローン・メタルというジャンルがあるんですよね。僕らはそのオリジネイター的な扱いではありますね。SUNN O)))とかですね。あとはシューゲイズ・メタル、シューゲイズ・ブラックという呼び名もあって、そういった風合いも感じさせるようで、総じてポスト・メタル的な言われ方をします。

Takeshi:何かと後ろについてくるんですよ、メタルって(笑)。

Atsuo:日本と海外だとメタルという言葉がカヴァーする領域に差があると思うんですね。向うはものすごく広い。あのスリル・ジョッキーがメタル的な音楽性のバンドをリリースするくらいですから日本とは捉え方が違いますね。

日本だとどうしても様式的なものというイメージが強いですよね。

Takeshi:いわゆるカタカナの"ヘビメタ"のイメージなんですよね。

Atsuo:僕らは速く弾くよりはシロタマを伸ばしたいほうなので(笑)。もっとオーガニックなんですよね。音を伸ばしてそこでなにが起こってくるかというドローン・ミュージック的な方法を結果的にメタルに取り入れている。

一方でアメリカには日本のアンダーグラウンド・ロックの熱心なリスナーも多いですよね。

Atsuo:かつては音楽好きが最後のほうにたどりつく辺境という位置づけでしたよね。

いまではボリスや、それこそメルツバウやボアダムスのような方々の活躍で日本のアンダーグラウンド・シーンは一目置かれている気もします。

Atsuo:でも気をつけておきたいのは、一目を置かれると同時に大目にみられている部分もあるんですよね。日本人だからメチャクチャやっても許されるというか。

それを期待されているともいえないですか?

Atsuo:並びがボアダムス、ギター・ウルフ、メルト・バナナですよ。ルインズにしても。

ややフリーキーな音楽性ですが、いい意味で根がないからからフリーキーさなんじゃないですか?

Atsuo:それはそうかもしれない。

ボリスも、みなさんの佇まいも相俟って欧米の観衆に独特な印象を与えるのではないでしょうか? Wataさんなんかはすでにアイコニックな存在だし。でも「Reincarnation Rose」のMVはもうちょっと説明があってもいいかと思いました。

Wata:私以外のメンバーもあのなかに女装して参加していると思われていますよね。

そう思いました。検索してはじめて知りましたよ。

Atsuo:けっこうちかしい友だちからもAtsuoとTakeshiはどこにいるの? って訊かれましたもん。

ついにマリスミゼルみたいになるのか、いまからその展開は逆に攻めているというか、真の実験性とはこういうことをいうのだろうかと、いろいろ考えましたよ。それもアーティスト・エゴの薄さからくる展開なのかもしれないですね。あれは反響も大きかったですよね?

Atsuo:すごかったですよ。最初に写真を公開したときは、「ボリス、ヴィジュアル期に突入」とか書かれました。発表前はコスプレとか言われるかなと思っていましたけどね。

どなたのアイデアですか?

Atsuo:流れなんですよ。シュガーさんとTOKIEさんにMVに参加してもらうアイデアは最初からあったんです。それだったらドラムもよっちゃん(吉村由加)にお願いしようということになって。衣裳はpays des feesというランドにお願いして、TOKIEさんもWataも一緒にお店に行って衣裳合わせをして、メイクとウイッグに関してはビデオの監督のアイデア。当日ヘアメイクさんとかも入ってできあがったのがあれだったんですが、当日までメンバー自身どうなるかわからなかったです。

Takeshi:自分も知らなかった。PVの撮影だと聞いてスタジオに行ったら、あのメイクを済ませたみなさんがスタンバイしていて「えっ!?」って、なったんですよ。

Atsuo:写真を公開した直後の反応はこっちも不安になるような感じだったんですが、翌日にはMVが出て、音を聴いてもらえればふつうにロックですし、わかっていただけたと思います。

30年経ってもまだまだノビシロあるな、ボリスと思いました。

Atsuo:(笑)。でもそんなふうにみなさんの頭のなかにいろんな考えが湧き起こっていたのだとしたら、やってよかったと思いますよ。

Parris - ele-king

 まさに新機軸といった感じで、ここからいくつものビートの可能性が解き放たれ、新たなフロアの景色を見せてくれそうな、そんな気分になるエレクトロニック・ミュージックのアルバムだ。もしかしたら数年後に「あの曲が」というような感覚の作品になるかもしれない。DJカルチャー的な「流れ」も意識しながら、そのサウンドはツールの枠には収まらないオリジナリティに溢れている。ポスト・コロナにリリースされた多くのDJたちによる、レイドバックした「リスニング向け」のサウンドとは少々距離感のある、攻めたダンス・グルーヴの遊び心を隅々まで満足させてくれる、それでいて刺激的なリスニング体験を用意した、そんなアルバムでもある。

 ロンドン生まれ、ハックニーとトッテナムを行き来し育ったというドウェイン・パリス・ロビンソンのプロジェクト。ダブステップ~ベース・ミュージックのシーンに衝撃を受け、しかしシーンへの参入の当初は、どちらかといえば裏方で、2010年前後は、レコード店、BM Soho で働きながら、ベース・ミュージックの新たな波を用意したロンドンのレジェンダリーなパーティ《FWD>>》に足繁く通っていたそうだ。そのうちにダブステップの最重要レーベル〈TEMPA〉のスタッフとして2013年から4年間働きはじめる。スタッフをしながらも、WEN とともに〈TEMPA〉からのシングルでデビュー。その後はその折衷的なDJと決して多くないリリースながら、まさに旬の、テクノとベース・ミュージックにまたがる名門レーベルから作品をリリースすることによって評価をモノにしてきた。具体的に言えば〈Hemlock〉、〈The Trilogy Tapes〉、〈Idle Hands〉、〈Wisdom Teeth〉など、2010年代後半のUKを象徴するレーベルばかりだ。ダブのベースラインを基礎に、リズムの冒険によってシンプルにエレクトロニック・ミュージックとしてのうまみを追求しているといった印象がある。DJツールとしての、フォーマットによるある種の機能美と実験性と、ダンス・サウンドのふたつの側面から言えば、やはりジャンルに帰属しがちな前者よりは、折衷的かつ多様なスタイルで、後者に重きがある作品を作り続けている。だからといってDJカルチャーと距離を取った作品はほとんどないのも事実だ。そのへんもあり、それぞれのシングルはひとりの人間が作っているとは思えないほど多種多様な音楽性を持ち、それゆえにどこかミステリアスな魅力に溢れてさえいる。そしてそれは本作の多彩なサウンドと同様、根底で共鳴しながらバラバラながらもパリスというアーティスト象を作っているともいえる。

 最近のトピックでは、本作リリース・レーベルとなる〈can you feel the sun〉の立ち上げではないだろうか。共同設立人は、ファブリックのミックスCDのリリースやセカンド・アルバム『Arpo』の高い評価、同様のベース・ミュージックとテクノやハウスの汽水域から出てきた同世代のスター、コール・スーパーである。本作でもコラボレーターとして、そして彼のサポートも大きな要素となったようだ。

 こうしてベース・ミュージック・シーンの注目株として、じわりじわりとその評価をあげてきたパリスがリリースした『Soaked In Indigo Moonlight』。いや、しかし冒頭に書いたように新機軸の塊といった感じでとにかく刺激的な楽曲が続く。ポスト・ポスト・ダブステップなジェネレーションらしく、分厚いサブべースこそ、その世界の基底を定めるがごとくアルバム1枚を通して鳴り響いているがそのリズムは恐ろしく多様だ。Carmen Villain をフィーチャーした “Movements” では、ウェイトレスなグライムをどこかディープ・ハウス化したようなトラック、そして本作の外側でも一気にブレイクしそうなキラー・ポップ・トラック “Skater's World with Eden Samara” では、女性ヴォーカルを使ったアフロ・スウィングなダンスホールを、続く “Contorted Rubber”、もしくはIDM的な質感の “Sleepless Comfort” ではつんのめったジュークのグルーヴを、ジャングルを解体した “Crimson Kano” “Poison Pudding” といった楽曲たちが続く。こうした刺激的にもほどがあるリズムに対して、テクノ的な繊細なメロディを重ねていく。またリズム・アプローチ以外にもモンド~イージー・リスニング的な感覚をベース・ミュージックに落とし混んだ “Laufen in Birkencrocs” などなど、いやいちいち突っ込んでいると無限に書けてしまいそうなアイディアがそこかしこに点在している。

 本作を聴いて思い出したのは〈リフレックス〉の作品群だ。彼らが1990年代後半から2000年に用意した、テクノの可能性──アートでグリッジなエレクトロニカでも、ストイシズムが貫くミニマルなテクノでもない、ある種のポップさも内包し、DJカルチャーに刺激されたグルーヴを持ちつつ、それでいてベッドルームの自由さを謳歌するスタイルたち。それによって持ち込まれたテクノの多様さの可能性は後に考えれば非常に大きなものだったが、あの感覚と同じものが本作には息づいていると言えるのではないだろうか。と、書いていながら、“Poison Pudding” がプラグ(ルーク・ヴァイバート)の初期作に、“Laufen in Birkencrocs” はマイク&リッチーあたりの作品に聞こえて………。しかし、もちろん、そのサウンドはオマージュというには過ぎるほど、アップデートされた音像と刺激がある。本作にはエレクトロニック・ミュージックの遊戯性とDJカルチャーが生んだグルーヴの喜悦、その間で生き生きと作られたベッドルーム・テクノの新たな姿が描かれていると言えるだろう。


The Untouchables - ele-king

 “The Craft”(00)や “Haunted Dreams”(01)のヒットで知られるドラムンベースのユニヴァーサル・プロジェクトを脱退し、新たにケイト・マギル(Kate McGill)と組んだアジト・ステイン(Ajit Steyns)による2作目(アナログは3枚組ゴールド・マーブル盤らしい)。デビュー作『Mutations』(18)は鬼のようなハーフタイム攻めで、ほぼすべての曲が同じに聞こえるほど強迫的なアプローチだったものが(それはそれでよかったけれど)、さすがに今度はヴァリエーション豊富になっている。元々、ジャングルから出発して2010年代に入るとトライバル路線を模索しつつ、「Mystic Revelations EP」(12)や「Dem All Pirates E.P.」(13)でダブに主軸を移したことからビートの数を減らす下地が整ったようで、一時期はジャマイカのレーベルから7インチを連発するほどのめり込んでいたものが、「Dem All Pirates E.P.」(13)でハーフタイムへの道筋をつけ、〈イグジット〉や〈サムライ〉が形成していたフロントラインと合流することになった。同EPはトライバルやダブなどそれまでの試行錯誤をすべてハーフタイムに落とし込み、暫定的な集大成として彼らの方向性を決定づけた1枚となる(同作がそれまでと違って世界中のドラムンベースをフォローするワシントンのレーベル〈トランスレイション〉からリリースされたというのもまた一興)。フォーマットが整えばあとは早い。「Separate Reality EP」、「Blackout EP」(ともに16)とハーフタイムをとことん追求する時期が続き、とくに後者はステインのルーツらしきインド式の細かいパーカッション・ワークがジュークのような効果を伴ってハーフタイムと組み合わさり、独自のグローバル・スタイルを確立した傑作となる(この時期のものはいま聴くとスピーカー・ミュージックの先取りに聞こえる)。そして、前述したように『Mutations』(18)がパラノイアックなまでに金太郎飴状態に。

 3年ぶりとなった『Grassroots』はまるでタックヘッドのような “Fouls Game” で幕を開ける。パンデミックのさなかにリリースされた「Lockdown EP」(20)などがいずれも重々しく、全体的にそうした圧迫感はみっちりと引き継がれるも、よくあるようにスネアを強打せず、トラップよろしく跳ね回るように刻んだ上で細かいパーカッション・ワークと絡ませることで浮遊感を誘い出し、それこそペシミストのようなゴシック・ムードとは重ならない(どちらかというとマリのバラニをハードにしたDJディアキのアフロ・ポリリズムを思わせる)。レゲエとジュークをぶつけた “Forbidden Thoughts” はさながらニューエイジ・ステッパーズのアップデート版で、いまにもアリ・アップのヴォーカルが聞こえてきそう。インド式のパーカッション・ストームにかけられたダブ処理がほんとに気持ちよく、ダブとハーフタイムの相性の良さは続く “Genetic X” でもさらに際立っていく。90年代初頭にジャングルからBPMが半分のレゲエにつなぐというDJスタイルが話題を集めたことがあったけれど(素朴な時代でした)、どうせだから重ねて聴いてしまおうという感じでしょうか(“None Human” は同様に2種類のBPMを行き来する構成)。緊迫感を煽る “Devil's Dance” はジェフ・ミルズによるカリブ・サウンド、新進気鋭のマントラをフィーチャーした “Helena” はまさにマーク・ステュワート&マフィア。アラブの妖精を意味するジン(Djinn)をフィーチャーした “Stage 3” はパーカッションの音量を少し落とすことで催眠的な効果を高め、もはやミニマル・テクノのようにしか聞こえず、サムKDCをフィーチャーした “Poison Dart” はそれらしく無常なアンビエント・テイストに。前作よりも格段にフロア向けにつくられながら、変化球も随所に配置された構成となった。

 ふたりは夫婦で、ブリュッセルでクラブをオーガナイズしていたマギルがイギリスの大学に通っていたステインにDJをオファーしたところ、「一緒にDJをやろうよ」と言われ、機材マニアだったふたりは古い機材を一緒に探しているうちに恋人になり、ついには結婚に至ったのだという(https://ukf.com/words/in-conversation-with-the-untouchables/31996)。名前や容貌から察するにステインはおそらくインド系で、ユニット名は不可触民のことを指していると思われる。マギルが好んでいたラガ・ジャングルにステインのインド的な資質が混ざり合い、ダブやアフリカン・ドラムを加えたサウンドは(ふたりの表現に倣っていえば)「中道」のサウンドを探り当てたということになるらしい。そしてそれはハーフタイムの新たなヴァリエーションとしてとてもユニークな発展性を示すことになった。


Andrew Weatherall - ele-king

 ロンドンのレーベル〈Heavenly〉が、ウェザオールのリミックスを集めたコンピレイションをリリースする。『Heavenly Remixes Volumes 3 & 4 (Andrew Weatherall Remixes)』と題されたそれは2022年1月28日にリリース、16曲が収められている。
 セイント・エティエンヌやベス・オートン、ダヴズなどのリリースで知られる同レーベルだが、創設者のジェフ・バレットがウェザオールのマネージャーを務めていたこともあり、両者の関係は長くつづいた。今回の編集盤はウェザオールが〈Heavenly〉のために提供してきたリミックス音源を集めたもので、必聴のセイント・エティエンヌ “Only Love Can Break Your Heart (A Mix of Two Halves)” をはじめ、マーク・ラネガンやグウェノー、コンフィデンス・マンなどが収録されている。フォーマットはLP、CD、配信の3種類。ウェザオールの魂に触れよう。

https://ffm.to/heavenlyremixes3-4

Heavenly Remixes 3: Andrew Weatherall volume 1

1. Sly & Lovechild - The World According to Sly & Lovechild (Soul of Europe Mix)
2. Mark Lanegan Band - Beehive (Andrew Weatherall Dub)
3. Flowered Up - Weekender (Audrey Is A Little Bit More Partial Remix)
4. Gwenno - Chwyldro (Andrew Weatherall Remix)
5. Saint Etienne - Only Love Can Break Your Heart (A Mix of Two Halves)
6. Confidence Man - Bubblegum (Andrew Weatherall Remix) 08:19
7. Espiritu - Conquistador (Sabres Of Paradise No.3 Mix)
8. The Orielles - Sugar Tastes Like Salt (Andrew Weatherall Tastes Like Dub Mix Pt.1 - Live Bass)

Heavenly Remixes 4: Andrew Weatherall volume 2

1. audiobooks - Dance Your Life Away (Andrew Weatherall Remix)
2. Saint Etienne - Heart Failed (In The Back Of A Taxi) (Two Lone Swordsmen Dub)
3. Doves - Compulsion (Andrew Weatherall Remix)
4. TOY - Dead an Gone (Andrew Weatherall Remix)
5. Confidence Man - Out The Window (Andrew Weatherall Remix)
6. LCMDF - Gandhi (Andrew Weatherall Remix II)
7. Espiritu - Bonita Mañana (Sabres Of Paradise Remix)
8. Unloved - Devils Angels (Andrew Weatherall Remix)

RP Boo - ele-king

 ご存じのかたは多いかもしれないが、2021年はフットワークのビッグ・タイトルが立て続けにリリースされた。いずれもジューク/フットワークを世に紹介した、マイク・パラディナスの〈Planet Mu〉からのリリース。まずは、DJマニーによるロマンティックな『Signals In My Head』から、次にヤナ・ラッシュによるダークでエクスペリメンタルな『Painful Enlightenment』。そのどちらも、シカゴ発のアンダーグラウンドなダンス・ミュージックを背景に、ときに前進を試み、ときにそのサウンドから逸脱しながら、僕らリスナーに素晴らしいエレクトロニック・ミュージックを提供してくれた。そして、その真打ちと言うべきか、今年度の「フットワーク三部作」と形容したくなる一連のリリースにトリとしてドロップされたのが、同ジャンルで最も名高いDJのひとり、RPブーによる『Established!』だ。リリースから随分と時間が経ってしまったが、紹介しよう。

 個人的に、DJマニーやヤナ・ラッシュにしても「これがフットワークなのか?」と思わせる、良い意味でフォーマットに縛られない作風だと感じた。続く『Established!』をその観点から比較すると、どちらかと言えばより正統的な音だというのがおおよその印象。DJマニーの “Havin’ Fun”、あるいはヤナ・ラッシュの “Suicidal Ideation” を初めて聴いたときの、あの「ガツン」としたサプライズ感は正直なところなかった。しかしそれでも、やはりそこはRPブーと言うべきか、いまだにシカゴのローカルなシーンの旗振りをしつつ、フットワークという物語を前進させるDJのひとりなだけあり、そこから繰り出される音は相変わらず最小限で最大限を生み出す類の逸品。まるで何十年もひとつの道を歩み続けてきた職人の、その熟練した技法をまざまざと見せつけられている気分になった。

 RPブー本人によれば、「ハウス・ミュージックの未来がフットワークで、その次に来るものもまたつながっている」と。例えば、“All My Life” のピアノはまさにハウス的であるし、実際、“All Over” や “Beauty Speak Of Sounds” などは「ハウスのコミュニティに捧げた」と語るように、どれもフットワークという短い歴史のスパンだけでなく、シカゴに受け継がれるダンス・ミュージックの長い歴史のスパンを想起させる音だ。つまり細かく言えば、それはシカゴにおいて連綿と続くゲットー・ハウスからの流れを汲むジューク/フットワークの歴史であり、彼はそれを『Established!』のサウンドにおいてひとつの重要なアングルとして提示している。ただむやみに未来を渇望するのではない、むしろ良い未来を作るためにはまず過去を見定める必要があるということだろう。彼はそのアングルを才能あるシーンの後進たちに向けていると語るが、それをフットワークという音の枠組みで完璧に示してしまうところがすごい。無論、それはRPブーというひとの技がすでにヴェテランの域であることを証左している。

 また、僕がフットワークを気に入っている理由のひとつとして、その過激なサウンドの反面、サンプリングされる素材は定番の大ネタも多く、わかりやすいという点がある。DJラシャドがスティーヴィー・ワンダーをズタズタにカットアップしたようにね。その点、『Established!』もサンプリングの側面において素晴らしいフットワーク作品と言える。クラス・アクションの “Weekend” を拝借した “Another Night To Party” は、ほぼひとつのフレーズから最後の奇妙なビッチダウンまで、全てが完璧のクローザーだし、フィル・コリンズのヴォーカルを効果的に利用した “All Over” も独特のミニマルな音のアレンジメントと完璧にマッチしている。そしてなにより、スヌープ・ドッグの “Nuthin But a G Thang” をサンプリングした “How 2 Get It Done!” は、もうそのままあのスモーキーなヒップホップ・トラックがフットワーク・ヴァージョンとして提供される間違いのない曲だ。大ネタをいかにドープに仕上げるか、フットワークにあるそんな精神性においても、彼は職人的な高みへと上り詰めていると感じさせられた。

 結論を言ってしまえば、『Established!』は見逃すべきではない作品。たしかに、これといった目新しさや衝撃はないかもしれない。しかし、今作をそういう視点から語るのはナンセンスだと僕は思う。このシカゴのフットワークの職人が紡ぎ出す音は、熟練された技巧が凝らされており、そこには僕らが耳を傾けるべき意味がある。

MAZEUM × BLACK SMOKER × Goethe-Institut - ele-king

 さまざまな分野の鬼才たちが集まり、展示とパフォーマンスを繰り広げる3日間。12月21日から23日にかけ、赤坂の東京ドイツ文化センターに、アートと音楽の空間〈MAZEUM〉が出現する。
 〈BLACK SMOKER〉とGoethe-Institutの協力により、会期中は多彩なアーティストが参加するエキシビションが開催(入場無料)、夕方からはDJ、機材ワークショップ、ライヴ・パフォーマンスなどがおこなわれる。出展アーティストはIMAONE、KILLER-BONG、KLEPTOMANIAC、TENTENKO、VELTZ、伊東篤宏、カイライバンチ、河村康輔、メチクロ。詳細は下記より。

[12月16日追記]
 同イベントの予告動画が公開されました。また、一部ラインナップの変更がアナウンスされています。日本国の水際措置の強化に伴い、残念ながら Sayaka Botanic および DJ Scotch Egg の出演がキャンセル。かわりに、食中毒センター(HairStylistics × Foodman)および Ill Japonica a.k.a Taigen Kawabe (Bo Ningen) の出演が決定しています。
 なお、ワークショップは定員到達につき予約終了とのことです。

〈Advanced Public Listening〉 - ele-king

 長らくベルリンに在住していた Miho Mepo によって設立された新たなレーベル〈Advanced Public Listening〉。その第1弾作品となるコンピレイション盤『ON IN OUT』が12月2日にリリースされる。フォーマットはCD(2枚組)とLP(4枚組)の2形態(配信はなし)。ハンス・ヨアヒム・レデリウスを筆頭に、マシュー・ハーバートリカルド・ヴィラロボストーマス・フェルマンムーヴ・Dデイダラスなどなど、エレクトロニック・ミュージックの錚々たる面子がトラックを提供している(下記参照)。しかも、全曲エクスクルーシヴというから驚きだ。要チェックです。

新レーベルAdvanced Public Listeningの第一弾コンピレーション『ON IN OUT』、2021年12月2日にリリース!

宇宙138億年、地球46億年… この作品が世代も世紀をも超えて人々の魂を浄化する
普遍的な正典であることに疑う余地はない。宇川直宏(DOMMUNE)

1998年に単身ベルリンに渡り、28年に渡って数々のアンダーグラウンドで良質な海外アーティスト、DJを日本に紹介し続け、
錚々たるアーティストから全幅の信頼を置かれる日本人女性、Miho Mepoが設立した新レーベルAdvanced Public Listeningの
第一弾コンピレーションが完成!
本作のコンセプトに賛同した世界各国の錚々たる豪華ミュージシャン達が提供したエクスクルーシヴ・トラック、全22曲を収録!
CDの発売はここ日本でのみとなる限定スペシャル・エディション!

参加アーティスト
ハンス・ヨアヒム・ローデリウス(クラスター/ハルモニア)
マシュー・ハーバート
リカルド・ヴィラロボス
ディンビマン(ジップ)
トーマス・フェルマン
ローマン・フリューゲル
アトム・TM
ムーブ・D
デイデラス
タケシ・ニシモト
など全21アーティスト作品

日本語解説:宇川直宏(DOMMUNE)

■アーティスト:Various Artists (V.A.)
■タイトル:ON IN OUT (オン・イン・アウト)
■発売日:2021年12月2日[CD]/12月12日[LP]
■品番:APLCD001[CD]
■定価:¥3,000+税[CD]
■その他:●日本語解説:宇川直宏(DOMMUNE)、●全収録曲、本作の為のエクスクルーシヴ・トラック。
■発売元:ADVANCED PUBLIC LISTENING

Tracklist
Disc 1
01. KARAPAPAK 「FM EMOTION」
02. Julie Marghilano 「Human」
03. Pierre Bastien 「Revolt Lover」
04. Takeshi Nishimoto & Roger Doering 「Dream」
05. Simon Pyke aka FreeFrom 「Mass Murmurations」
06. Thomas Brinkmann 「Ruti _ Sakichis dream」
07. Roman Flügel 「Psychoanalysis」
08. Move D 「Für Franz” (Live at Theater Heidelberg)」
09. Thomas Fehlmann 「phoenix」
10. Takeshi Nishimoto & Roger Doering 「Call」
11. Hans joachim roedelius 「Immer」

Disc 2
01. Seitaro mine featuring Elson Nascimento & KIDS 「dia e noite」
02. Tyree Cooper 「Classic Material」
03. ZAKINO(aka Seiichi Sakuma) 「What time do you think it is」
04. Low End Resorts (Phoenecia + Nick Forte) 「Drunkin’ Drillz」
05. Daedelus 「Denote」
06. Atom TM 「C4LP (F*ck Yeah)」
07. Pulsinger & Irl 「l Vicinity Dub」
08. Matthew Herbert 「PEAHEN」
09. Dimbiman (aka Zip) 「Väterchen Frust」
10. Ricardo Villalobos (ZEDA FUNK)
11. The Irresistible Force (aka Mixmaster Morris) 「MULTIBALL」

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