Home > Reviews > Album Reviews > Thomas Fehlmann- Gute Luft
ドイツのニューウェイヴ(=ノイエ・ドイッチェ・ヴィレ)の時期を知る者にとって、モーリツ・フォン・オズワルドやトーマス・フェルマンがブレイクビーツやテクノに関心を示すだけでなく、ドイツではそれらの牽引者でもあったことは、けっこうな興奮を引き起こす事実だった。「かつて最先端にいた人たちがまたしても最先端にいる」という発見は懐かしさと新しさを同時に体験できる貴重なモーメントであり、レイヴ・カルチャーというものが単なるバカ踊りではないという保障を得たようなものでもあった。マラソン、レディメイド、ペリー&ローダン......と、どれだけ彼らが名義を使い捨てようが僕たちは振り落とされなかった。ましてやベーシック・チャンネルだった。
フィッシャーマンズ・フレンドのデビュー・アルバムは「トイトニック・ビーツ」という曲ではじまる。シカゴ・ハウスでも、デトロイト・テクノでもなく、彼らは1989年にはそれらを(日本式の読み方では)「チュートン人」のビートと呼んでいた。チュートン人とは古代ローマに滅ぼされたゲルマン系の民族名で、日本人が自分たちのことを大和民族と呼び習わす感覚に近いだろうか。史上もっとも攻撃的な民族とされたチュートン人にジャーマン・テクノの先駆者たちはアイデンティファイしながらレイヴ・カルチャーに突入していった......らしい。勝手な推測になるけれど、ジャーマン・ロックが「クラウトロック」ならば、ジャーマン・テクノは「トイトニック・ビート」だという差別化の意識が働いたのかもしれない。つまり、大きな壁は「ロック」に向けられていたということだといえなくもない。
マーキュリー傘下に〈トイトニック・ビーツ〉を設立したフェルマンはアレックス・パタースンとのリレイションシップを得て、ウエストバムや元DAFのガビ・デルガドーをフューチャー・パーフェクトなどの名義で〈EG〉にライセンスし、自身はベルギーの〈R&S〉とソロ契約を結ぶ。デトロイト・テクノを洗練させ、さらにはアシュ・ラ・テンペルやクラスターなど、70年代のジャーマン・プログレッシヴ・ロックとも連続性を持たせた表現に移行したのはこの時期からである(ジ・オーブのメンバーとしても活動していることはとくに指摘する必要もないだろう)。
レディメイド名義から数えて通算7作目となるソロ・アルバムは『24Hベルリン』と題されたTV番組のサウンドトラックにあたるらしい。ベルリンに足を踏み入れたことがない僕は、ここで繰り広げられている音楽がベルリンらしいサウンドなのかどうなのかはまったく見当がつかない。『グッド・フリッジ』(98)のように壮大なヴィジョンが展開されるわけではなく、アンダーグラウンド・ヒップホップへの接近を試みた『ロウフロウ』(04)のようなヒネりもなく、たしかに地に足がついているような印象は強い。これがベルリンの日常だといわれれば、あー、そうなんですねーとしかいいようがない。もしくはパブリック・イメージ通りのフェルマン・サウンドが飽きずに展開されているといったほうがわかりやすいだろうか。最初から最後までイヤなところがひとつもなく、それこそ空気のように流れるだけ。シューシューとどこかに溶けていくようなアトモスフェリック・ダブ・テクノ。これは何も変わらない良さだと言い切りたい。
最近のコンパクトはアナログ盤を買うと、必ずCDもおまけで付いているようです。
三田 格