「Nothing」と一致するもの

interview with Coppé - ele-king

 だれもかれも、自分がどう見られるかばかり気にしている。ヴィジュアル主体のインスタだろうがテキスト主体のツイッターだろうがそれはおなじで、スマホとSNSの普及はむしろどう見られるかを意識していないほうが変わり者であるかのような時代を生み出してしまった。一見自分史をテーマにした昨年のOPN『Again』は、じつはそういう自分だらけの現代を鋭くえぐったものだとぼくは解釈しているけれど、これはもう不可逆の流れなのかもしれない。
 その点、みずからを火星人だと呼称するコッペは完全にアウトサイダーだ。独創的なファッションに身を包み、「キョイーン」「でぴゅ」「うれぴー」といった語を駆使する彼女が周囲の目やらトレンドやらに振りまわされていないことは明白である。一度会ったら忘れられないこの強烈な個性の持ち主は、90年代をアリゾナとLAで過ごし、ZトリップやQバートといったヒップホップDJらと交流したり、ドラムンベースを生演奏するバンドをやったりするなかで音楽家としてのキャリアを(再)スタートさせている。1995年に送り出されたファースト・アルバムこそトリップホップという時流とリンクする側面を有していたものの、近年のリリースを振り返ってみると、モジュラー・シンセでオペラに挑戦した『Na Na Me Na Opera』(2019年)、モダン・クラシカルなソロ・ピアノ曲集『蜜 Mitsu (25rpm)』(2021年)、スタンダードも多く含まれたジャズ・ヴォーカル作品『*(Un-)tweaked』(2022年)とやはり独自路線で、だれがなにをいおうが好きなことをやるという気概がビシバシ伝わってくる。

 そんなコッペの最新作『*( -)tweaked』は、上述のジャズ・アルバム『*(Un-)tweaked』のリミックス盤だ。どのリミキサーも「とりあえずぶっ壊して!」とのオーダーを遵守、オリジナルの上品なジャズはみごと解体され、一筋縄ではいかないトラックが並んでいる。招集されているのはコッペと親交のある面々なのだけれど、これがまたそうそうたる顔ぶれで、アトムTMにプラッドにニカコイにルーク・ヴァイバートにDJ KENSEIに……きっとみんな、型にはまらない彼女の気質に引き寄せられるのだろう。
 いったいコッペとはいったい何者なのか? じつはファースト・アルバム以前にも長いキャリアをもつ彼女。取材には流通担当の猪股恭哉も同席し、このユニークな音楽家の歩みを深掘りしてくれた。

お謡からはじまった

長いキャリアをお持ちですので、まずはバイオグラフィからお伺いできればと思います。

Coppé(以下C):死んだことになっていることもあるしね(笑)。いろいろお仕事してたのに、ある時期に急に日本からいなくなったひとなので。「長谷川コッペ」で検索すると出てくるけど。

かなり幼いころから音楽にはご関心があったのですよね。ご家庭の影響でしょうか?

C:生まれながらの音楽ジャンキーだと思う。オギャーッと生まれたときからほぼ曲つくってるようなもので。コッペのパパとママも、おじいちゃんとおばあちゃんも、ひいおじいちゃんとひいおばあちゃんも、全員、観世流〔※能の流派のひとつ〕のお謡(うたい)をやってたので、家ではもうずーっと、年がら年中、お謡が聞こえてきて。当然コッペもママから仕込まれたので、そういうのが知らず知らずのうちに出てきているのかな。今日、そのお謡の本を持ってきたんです。



Coppéが持参したお謡いの教科書

初めて目にしました。すごいですね。まったく読めないです。これはどう読むんですか?

C:読めないところもちゃんと振りがあって。上がるとか、下がるとか。最初、教科書に書きこむことも怒られたんですけど、でも覚えられないから、いっぱい書きこんでます。
 コッペの曲にはオリエンタルなフレーヴァーが出てるよねってよく言われるんですけど、たぶんお謡がその由来かなと。お謡って口伝だから、キーが存在しないんですよ。お師匠さまが出したその音に合わせてついていかなきゃいけない。でもコッペはキーのひとなので、「キーがないってどういうことなの?」っていっぱいママに文句言って。でももともとそういうものだから。歌い方、フレーズもぜんぶ口伝で、ようするに先生の真似をするわけなんですけど、そのやり方が叩きこまれてるから、インプロしているときもジャズを歌っているときも、自然と出てきちゃうんですよね。それでオリエンタルだねって言われるのかな。

猪股:ルーツはポピュラー・ミュージックでもクラシック音楽でもなかった、ということでしょうか。

C:いえ、小学生のとき、藤家虹二(ふじかこうじ)先生っていうクラリネット奏者の方に出会って、そこからコッペの人生はギョイーンといまのような感じになっていくんです。『日清ちびっこのどじまん』という番組〔※フジテレビ、1965~69年放送〕で優勝しちゃって、そのときの審査員のひとりが藤家先生でした。コッペが小学4年生とか5年生のころ。そのころからもう、他人の曲には見向きもせず、自分で歌って曲を書いてばかりで。それで藤家先生から「お前は歌はそれほどうまくないけど作曲のセンスがいいから、俺のところに週一で来て楽典とか和声とかハーモニーの勉強をしなさい」って言われて。
 毎週かならず宿題が出るんですよ。「どんな長さでもどんなキーでもいいから、3曲完結させて仕上げてくるように」と。どんなものでも5分でできたけどね。それで、そのうちの1曲を藤家先生が気に入ってくれて、ストリングスを入れてアレンジしてくれて、ある日突然「プロのスタジオ入るぞ」って。それがキング・レコードだった。宿題の楽曲にため息が出るくらい素敵な先生のアレンジがついて、それを歌ってドーナツ盤にしたらレコード大賞の童謡賞をいただいちゃった。小学生だからよくわからないんだけど、親はピーピー泣いていて(笑)。そこからですね、コッペの人生が3分の1くらい芸能人みたいになっちゃったのは。そのあと「Let's Enjoy English」というレギュラー番組もやりましたね〔※NHK、1972~1982年放送、長谷川コッペ出演は1975年度〕

『*(Un-)tweaked』(2022年)はジャズ・アルバムですが、ジャズからの影響も大きかったのでしょうか?

C:藤家先生がクラシックだけじゃなくて、ベニー・グッドマンのコピーもやっていらして。それでどんどんジャズのほうにも行きました。あと当時、水島早苗先生というジャズ・ヴォーカリストの先生もおられて。だから小学生のころからジャズも歌っていたんですけど、歌詞なんてわかるわけないんですよ。でもジュリー・ロンドンとかを丸コピして歌っていました。

その後70年代はどのようなことをされていましたか?

C:『オールナイトニッポン』のレギュラー番組がはじまって、タモリさんと出会って、「なんだこのヘンテコリンなおじさんは?」って(笑)。イグアナの真似とか、四ヶ国語麻雀とか激・面白かったですよ。1時から3時までの1部がタモリさんで、3時から5時までの2部がコッペでした。コッペの好きな英語の曲をがんがん流しまくってたら、当時そういう番組はあまりなかったので需要も上がって1部に昇格させていただいて。そこでタモリさんとはバイバイで、今度は近田春夫さんと一緒にやることに〔※1977~79年放送〕
 近田さんのことはチカちゃんと呼んでいたんですが、すごくかわいがってもらって。ザ・スーパーマーケットというバンドも一緒にやっていたので、たぶん番組を面白くするためとは思うんですけど、コッペとチカちゃんがバトルさせられるんです。それで「なんだお前!」とか怒られながら毎週スタジオに生で入ってました。コッペは洋楽一辺倒だったから、チカちゃんはオンエア中に「お前そんなくだらないもんばっかり聴いてないで、日本人だったら都はるみを聴いてみろ! お前こぶしまわしなんかできないだろう!」とか(笑)。それで急に歌わされる(笑)。


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レジェンドたちとの思い出

ジェイムズ・ブラウンって「ウンッ!」「アッ!」とかシャウトがすごいじゃないですか。その出し方を30分とか40分、ずっと踊りながらレクチャーしてもらってた(笑)。

Coppé名義でのファースト・アルバムが1995年ですので、そこへ行き着くまでにまだありますね。80年代はどのように過ごされていましたか?

C:80年代は、『ザ・ポッパーズMTV』っていう番組〔※TBS、1984~87年放送〕をピーター・バラカンさんとやっていました。それまではどんな番組も自分で選曲してたんですけど、『ポッパーズ』は唯一、自分で選曲してなかったテレビ番組。来日アーティストを片っ端からインタヴューするっていうお仕事で。超楽しかった! なにを訊いてもOKだったし、ジェイムズ・ブラウンからシンディ・ローパー、マイケル・フランクスからスティーヴィー・ワンダーまで。マドンナのインターナショナルなものとしては最初のインタヴューもコッペだった。
 ジェイムズ・ブラウンのときがいちばん大変で。伝達ミスで、クルーが40分とか45分とか遅れて来たんですよ。それでしばらくコッペとジェイムズ・ブラウンのふたりっきり。「クルー来てないの? じゃあ帰る」って言われてもおかしくない状況で、でもそうなったらインタヴューがなくなっちゃうから、コッペも怖いもの知らずで、「いろいろ教えて!」みたいな感じで話して。ジェイムズ・ブラウンって「ウンッ!」「アッ!」とかシャウトがすごいじゃないですか。その出し方を30分とか40分、ずっと踊りながらレクチャーしてもらってた(笑)。その場面を撮ってくれてるひとがいたら、インタヴューよりぜんぜん面白かったと思う(笑)。

すさまじい面々とお会いされてきているんですね。ちなみに、ファンクはお好きだったんですか?

C:いや、当時はぜんぜんジェイムズ・ブラウンはわからなかったです。インタヴューするときはかならず事前にそのアーティストの音源をしっかり聴くんですけど、ジェイムズ・ブラウンはまったくピンとこなかった。なんでだろう? たぶんミーのなかではあのころ、「ンワッ!」とかそういうフレーズのスウィングの仕方にしか興味がなかったのかもしれない。

渡米されたのはその後ですか?

C:えっとね、『ポッパーズ』をやってたときに、コッペじつは一度結婚してるんです。アリゾナの方と。コッペはマイケル・フランクスが大好きだったんですけど、ハワイでヴァケイションしてるときに、マイケル・フランクスと瓜ふたつのひとがニコニコしながら歩いてきたんですよ。「ヤバい! マイケル・フランクスだ!」と思って。ぜんぜんちがったんですけど(笑)。でもそのひとと結婚しました(笑)。ハワイで「イエス!」って言っちゃった。
 その彼、メルくんというんですが、メルくんのパパが急に病気になっちゃったことがあって、そのタイミングでUSAに戻らなきゃならないことになって、いったん番組を全部降ろさせていただいたんです。ラジオのレギュラーが3本くらい、テレビも2~3本あったし、雑誌も『POPEYE』とか『Olive』とかあったんですけど、もしメルくんのパパが仮に亡くなっちゃったりしたら一生恨まれるだろうなと思って、全部お休みさせてもらってアリゾナに渡って。そしたら超居心地がよくて。パパとママには2年くらいの約束でアリゾナに行ってたのに、20年くらいになった(笑)。


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トリップホップとリンクしたファースト・アルバム

まわりにいたのが、Zトリップとかロック・レイダとか、インヴィジブル・スクラッチ・ピクルズのDJ Qバートとか、アリゾナとLAでつるんでたのがヒップホップ系の方々で。

ファースト・アルバム『Coppé』(1995年)にはトリップホップとリンクするフィーリングがありますが、あのアルバムがリリースされたときはアメリカにいらっしゃったのですか?

C:そうです。アリゾナでレーベル〈Mango & Sweet Rice〉を立ちあげて、日本からもってきていたオープンリールを使ってひとりでつくりました。ただ8チャンネルしかなかったので大変で。ひとりじゃダメだなと思って、2枚目の『O Of M』(1998年)からはアリゾナのお友だちとコラボするようになりました。

80年代後半から90年代前半にかけてはエレクトロニック・ミュージック、ダンス・ミュージックの勢いがすさまじかった時代ですが、やはりそうしたものから影響を受けたのでしょうか?

C:まわりがみんなDJだったし、音づくりもやっていたから自然と。まわりにいたのが、Zトリップとかロック・レイダとか、インヴィジブル・スクラッチ・ピクルズのDJ Qバートとか、アリゾナとLAでつるんでたのがヒップホップ系の方々で。彼らとoToっていう名前の、ドラムンベースを生でやるバンドをやっていたんですよ。ほぼ毎日コッペの家でリハしてて。「もったいなから、このままライヴはじめよう」って、家賃が払えなくなりそうになるとちょっとライヴをやって稼いで……とか。ドラマーのステファン・ポンドはドラムンベース好き、いちばんよくつるんでたテリー・ドリーシャーはアンビエント・ダブのひとで、そのころに受けた影響はすごく大きかったと思う。3枚目の『Peppermint』(2000年)からはアリゾナやLA勢だけじゃなくて、出会いが広がって、プラッドとかも入ってくるんです。『Peppermint』のときがいちばんコラボしていたかな。

ちなみにファーストには “He Didn't Know...Brian Eno...” という曲が入っていますよね。このタイトルはどういう意味なのですか?

C:コッペ、ブライアン・イーノが大好きで。そのころ親しかったoToのメンバーでめっちゃくちゃいいギターを弾くひとがいて、コッペの曲づくりにもとってもインスピレイションをくれたひとりなんですけど、イーノの話をしたら「え、だれそれ?」って。ブライアン・イーノのこと彼はぜんぜん知らなかったんです。だからそのまんまの曲!

ファーストでいちばんお気に入りの曲はなんでしょう?

C:難しいー。こないだリリース・パーティがあってDJ KENSEIと話してて、彼は “Floatin’” を気に入ってくれてるみたいで。30周年だからリメイクするのもいいんじゃないなんて話になったけど。でも毎日聴きたい音って変わるから、自分で選ぶのは難しい。猪股さんに聞いてみようよ!

猪股:いま現在の感覚で選ぶと、初期の作品に惹かれます。さきほどちらっとダブっていうキーワードが出ましたけど、スモーキーな具合、浮遊感、重さみたいなところが当時のアブストラクト・ヒップホップとかエレクトロニカの流れにあって、それがちょうどいま聴くと気持ちいいですね。

C:2枚目とか、3枚目とか?

猪股:それこそファーストですね。

C:えー嬉しー! もうアホみたいに嬉しいですよ。だってコッペが全部自力でプロデュースして全部自力で曲書いたのってファーストだけだもん。そういえばポーティスヘッドは大好きなグループのひとつだった。アリゾナの家で掃除機かけてたときにラジオから “Dummy” が流れてきて、「やばっ、なんだこれ」って。コッペの耳にはアイザック・ヘイズがビリー・ホリデイとコラボしたように聞こえて、もう鳥肌もので。でもポーティスヘッドは最初の1枚だけだったな。

マッシヴ・アタックはいかがですか?

C:マッシヴは大好きですね。マッド・プロフェッサーがやった『No Protection』ってあるでしょ。今回のリミックス盤も、『No Protection』みたいにぶっ壊せばいいかと思って出す決心をして。

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近年の2作『*(Un-)tweaked』と『蜜』をめぐって

亡くなってしまった方々って、エネルギーとしてふわふわ飛んでるじゃないですか。だから、コッペみたいな頭が空っぽな火星人に、チョウチョみたいに降りてくるんです。

『*(Un-)tweaked』(2022年)は落ち着いた雰囲気の、聴きやすいジャズ・アルバムですね。デューク・エリントンの “Satin Doll” のようなスタンダードのカヴァーも多くあります。これを出す時点で、リミックス盤の『*( -)tweaked』をつくることは決まっていたのですか?

C:はい。もう絶対ぶっ壊そうと思ってました(笑)。〈Mango + Sweetrice〉ってコッペのほぼすべてなので、絶対に嘘ついちゃいけないんですよ。自分が出したくないものは出してはいけない。でも唯一、『*(Un-)tweaked』で初めて、ヒロくん〔※コッペの弟〕をハッピーにするために出すっていう動機からはじまって。だから自分のなかですごく葛藤があった。でも、マッシヴの『No Protection』があったから、あとでぶっ壊せば大丈夫だっていうことで踏ん切りがついたという。
 もともとの録音は、ジェイキー(Richard ‘Jakey’ Slater)のコンピュータから出てきたんです。お蔵入り音源が。おくある状況ですけど、録音してたってことさえコッペは憶えていなくて。『蜜』(2021年)をつくり終わったあとに、ジェイキーが「じつは、昔のコンピュータからジャズの音源が出てきて、めちゃくちゃいいかわ、使わないのはもったいないよ」って。聴いてみたらまあたしかにいいかなって内容で、そこに何曲か足して。

では、だいぶ前の録音が使われているんですね。

C:もう10年とか、15年くらい前。たしかジェイキーが新しいスタジオで仕事をはじめたときで、「ちょっとテストしたいからなにかやってみて」みたいな感じで、当時よくライヴを一緒にやっていたメンバーと集まって。それを彼が録っていたんだと思う。

録られていたことに気づかず。

C:そういうのばかりですよ! ピーナッツ・バター・ウルフの “PBWolf vs. Mothra (feat. Cappe)” もそう。ずいぶん昔、彼のスタジオに遊びに行ったときにレコーディングされてたことをコッペはまるでわかってなくて、レコードが出たこともぜんぜん知らなかった。ひどいやつらですよ(笑)。でも、それはUSのヒップホップだと普通みたいで。「そうなんだ、いいよべつに」みたいな。

ほかにも知らないうちに出ている作品もあるかもしれませんね。

C:いっぱいあると思いますよ。昔はドラムンベースでも歌いまくってたし、ロンドンの〈No U-Turn〉のスタジオとかでも、行くたびにインプロで歌いまくってたので。オービタルの最近の “Moon Princess (feat. Coppe)” も、「ちゃんとクレジットしてくれるのかな?」って不安だったけど、彼らはやっぱりプロフェッショナルなのでちゃんとやってくれた。でも「Coppé」の最後のチョン〔※アクサンテギュ〕はつけてくれなかった(笑)。

先ほど少しお話に出た、もうひとつ前のアルバム『蜜 Mitsu (25rpm)』はピアノ・アルバムでしたね。

C:あれはもうずいぶん昔みたいな感覚……ロックダウン中につくったやつです。生まれて初めて経験して、でもコッペにとってはかけがえのない時間でもあったんですよ。くだらないミーティングとかで外に出ていかなくてよくなって、棚からぼたもちのような、自由になる時間ができて。もうスタジオに缶詰めになるしかないですよ。それで。コッペが持ってる楽器でいちばん古い、コロンビアのエレピがあって、ピノコっていう名前をつけているんですけど、スタジオの奥でほこりをかぶっていたそれをジェイキーきれいに掃除して、「ピノコごめんね」って言ってぽろぽろ弾きながら、ピノコとの会話をスタートさせました。そしたらジェイキーが「レコーディングしてもいい?」って言ってくれて、そこからサクッと3~4日くらいでできたのがあのアルバムです。だから、ぜんぶインプロなんです。たぶん、バッハが降りてきたと思う(笑)。
 こういうこというと「コッペさん、イっちゃってる」とか思われるかもしれないけど、亡くなってしまった方々って、エネルギーとしてふわふわ飛んでるじゃないですか。バッハにしてもジム・モリスンにしても、みんな、もっともっといい曲を書きつづけていたかったと思う。でも病気とかいろんな理由があって、先に逝っちゃって。でも、みんなスピリットとして元気にやっていて、曲を書きつづけてるんですよ、絶対。でも地上にいないと形にはできない。だから、コッペみたいな頭が空っぽな火星人に、チョウチョみたいに降りてくるんです。コッペはいつも頭を空っぽにしてるので、チョウチョが来るとすぐに指が動いたり声になって出てくる。だから、けっしてコッペが書いているんではない。頭で考えてとか、そういう暇はまるでないので。小学生のころは「ここまでAマイナーだったから次はメジャーにしよう」とかいろいろ考えていたんですが、この『蜜』にかんしてはそれはまったくなかった。自然とできあがってしまったという。

憑依されているというのはシュルレアリスムっぽいところもあっておもしろいですね。自分の意識の外からやってくるもの、コントロールできないものによって作品ができてしまうという。

C:コッペの作品はもう80パーセント以上、もしかしたら90パーセント以上そうだと思います。歌詞もほぼ夢からできているし。そもそも地に足が着いていないですしね。だいたい毎日ふわふわしているので。

「ぶっ壊して!」とオファーした最新リミックス盤


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「とりあえずぶっ壊して!」っていうのだけ。やっぱり嫌じゃないですか、「ビョークみたいなのをやってください」とか「エンヤみたいに」とか、だったらビョークに頼みなさいよって思いますし。

さて、あらかじめつくることが決まっていたという今回のリミックス盤『*( -)tweaked』ですが、人選にはどのような狙いが?

C:いや、なにもないですね。ただコッペのまわりにいる仲良しなひとたちにお願いするっていう(笑)。ただみんなそれぞれスケジュールがあるから、そこはタイミングを見て。プラッドがいちばん時間がかかったかな。

個人的には今回のリミックス盤では、このプラッドの “Satin Doll (Plaid Remix)” がいちばん好きでした。

C:プラッドだとコッペは、“Atlantis Is Kushti (Plaid mix)” (『Peppermint』2000年、収録)がいちばん好きかな。あれはプラッドのふたりが日本にツアーに来たとき、そのころコッペはまだアリゾナに住んでたんですけど、同行して一緒に沖縄の座間味島っていうところまで泳ぎに行って、そのときできた曲で。1998年だったかな。元ジ・オーブのクリス・ウェストンやミックスマスター・モリスも一緒にいました。みんなプラッドとつながってて。座間味島ってほんとうに海がきれいで、みんなで潜ってレインボー・フィッシュを追いかけたり。サンゴって死ぬと真っ白になるんですけど、そのうえをはだしで歩くとしゃりしゃりして、痛いんだけど気持ちいいんです。その音が大好きで、当時MDのレコーダーでレコーディングしていたので、それを持ってその音を録りに潜ったんですよ。でもぜんぜんダメで、MDが壊れちゃって。みんなから「そういう電子機器は水中では使えないんだよ」って教えてもらいました(笑)。そしたら数年後にプラッドのエド(・ハンドリー)が、海の中にも持っていけて、クジラの声まで録音できるコンタクト・マイクをプレゼントしてくれて。

猪股:「エド」で思い出しましたが、ドラムンベースのエド・ラッシュ&ニコのニコが、2002年ころの作品にはよくクレジットされていましたよね。

C:ニコとはすごく仲良くなってます。ニコのスタジオがいちばんレコーディングしてる場所だと思う。ニコは当時あのあたり、エド・ラッシュとかオプティカルとかを仕切っていたひとで、でもなんか悪いことをされて音楽業界が嫌になっちゃったみたいで。自分が書いたのにクレジットしてもらえなくて、大ヒットしてとか。向こうってそういう大事なところが抜けてるんですよ。でもいまでもロンドンに行ったらつるんでますよ。たしか父親がBBCの偉い方で、ボブ・ディランとかにインタヴューしてる方で。でもニコは不良(笑)。

今回のリミックス盤でいちばん気に入っているのはだれのリミックスですか?

C:難しいなあ。もうあんまり憶えてない(笑)。いつも次につくってるもののことを考えてるから。来年ファーストの『Coppé』が30周年なので、いまはレーベル〈Mango & Sweet Rice〉30周年記念盤をつくってます。ルークと一緒に。

(今回のリミックス盤にも参加している)ルーク・ヴァイバートですか?

C:そう。ヒップホップ。じつは、今回の “My Funky Valentine (Luke Vibert Remix)” をお願いしたあと、いろいろあって、30周年記念盤でも一緒にやろうということになりました。それ(30周年記念盤の曲)はもう鳥肌が立つくらい、めちゃくちゃいい曲になっています。目玉の1曲。

それは楽しみです。今回のリミックス盤で、予想外のものが来たなというのはありましたか?

C:コッペはニカコイが好きなんですけど、彼とのコンビネーションってすごいと思うんですよね。以前『Milk』(2017年)というアルバムをつくったときに、当初ニカコイには1曲だけお願いしていたのに、3曲もやってくれて。相性がいいんです。『Rays』(2012年)のときも、最初はとりあえず1曲って感じでスタートしたんだけど、あれよあれよという間に1枚まるごと共作になって。今回のリミックスについてはノー・コメントですが、ずっと近くにいてほしいひとです。

猪股:いろんな方にリミックスをオファーする際、方向性など注文を出したりはしましたか?

C:「とりあえずぶっ壊して!」っていうのだけ。やっぱり嫌じゃないですか、「ビョークみたいなのをやってください」とか「エンヤみたいに」とか、だったらビョークに頼みなさいよって思いますし。そういうことをみんなにはさせたくないので、好きなようにぶっ壊してくれって。クリエイティヴのフリーダムはかならずみんなに与えます。そういうオーダーですね。

猪股:DJ KENSEIさんについてもお尋ねしたいです。今回の面子のなかでKENSEIさんはいちばんスタイルの幅が広い方で、いろんなことができる方ですよね。

C:KENSEIは達人ですよね。KENSEIは「そのままバッキング・トラック流して」って言っても絶対やりたがらないようなひとなので、いろいろやりとりしながら、「好きなようにぶっ壊して」と。2023年のフジロックのピラミッド・ガーデンにCoppé feat. Kensei & Hatakenとして出演したんですけど、キャンドルの火に囲まれて、すばらしいライヴだったんです。コッペたちのアンビエントな感じの音と、そよ風で炎が揺れる感じが化学反応を起こして。みんな芝生に座って聴いてくださっているんですけど、その吐息まで伝わってくるような、ハッピーなライヴでした。

困っちゃうぐらい火星人


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あなたはこうで、あなたはこう、って区別するの、ぜんぜんわかんないんですよね。音楽もいろんなものを混ぜるし、お料理も混ぜるし、友だちも混ぜるし。そんな感じの、困っちゃうぐらい火星人って感じ。

最近の音楽で気に入っているものはなにかありますか?

C:フローティング・ポインツ。ミックスマスター・モリスは日本に来るといつもかならずうちに来るんですけど、フローティング・ポインツは神経科学の博士号を持っているのにこんないい曲をつくってるんだよって教えてくれて。あと、サム・ゲンデル。彼が “Satin Doll” を使った曲があって、それは超キョイーンってきましたね。

アートワークについてもお伺いさせてください。デザイナーズ・リパブリックのイアン・アンダーソンが手がけていて、オリジナルがピンク、リミックス盤が淡いブルーないしグリーンのセットですが、なにかコンセプトがあったのですか?

C:イアンはエレクトロニカが好きなひとなので、ジャズ・アルバムのデザインやってくれるかな、断られるかなと思ってました。でもオッケーしてくれました。彼は、もしジャズの音源のデザインの依頼が来たら、ボビー・ハッチャーソンのジャケットみたいなアイディアでやりたい、っていうのをずっと考えていたみたいで。「その路線で進めてもいい?」って確認されて、でもミーはいつものようにボビー・ハッチャーソンのことはぜんぜん知らなかったから、「いいよ、好きなようにやって」と伝えて、こうなりました。

イアン・アンダーソンとはいつごろからお知り合いなんですか?

C:『Coppe' In A Pill』(2010年)っていうUSBメモリー・スティックのコンピレーションを出したときだから……いや、『20rpm』(2015年)のころだから、10年くらいかな。デザインも音も、「キョイーン」ってくるものだから、イアンのデザインは最初から「キョイーン」ってきて好きでしたね。あの、バットを持っている女の子のキャラ、「Sissy」が大好きです。『蜜』のときは「蜜」という漢字で遊んでみて、ってお願いしました。

ちなみに、こんにちでは電子音楽をやっている女性はたくさんいますが、コッペさんがエレクトロニック・ミュージックをされはじめたころは、少なくともいまよりはぜんぜん少なかったと思うんです、とくに日本では。そういうことを意識したことはありますか?

C:まるでない。自分がどういうところにいるのかとか、自分でまるでわかってないひとで。

猪股:男性よりもアタリが強かったりとか、あるいはその逆だったりとか、そういうことはなかったんでしょうか。

C:いい質問をくれました! いや、女性とか男性っていうのはいまいちわかんなくて。コッペ、火星人なもんで(笑)。あんまりそういうの意識してなくて、まわりはゲイばっかりだったし。あなたはこうで、あなたはこう、って区別するの、ぜんぜんわかんないんですよね。音楽もいろんなものを混ぜるし、お料理も混ぜるし、友だちも混ぜるし。そんな感じの、困っちゃうぐらい火星人って感じ。

Klara Lewis - ele-king

 2021年、電子音響アーティスト、ピタ/ピーター・レーバーグが53歳の若さで亡くなった。クララ・ルイスの『Thankful』は、その彼への追悼の作品である。

 ピーター・レーバーグは、電子音響/エレクトロニカの歴史に大きな足跡を残したアーティストだ。90年代中期以降、彼はグリッチ・ノイズを用いて無機的でありながらも叙情的なムードの電子音響作品のリリースを重ねてきた。加えてピーター・レーバーグはスティーヴン・オマリーとのハードコア・ドローン・ユニット KTL のメンバーでもあった。
 同時に電子音響・エクスペリメンタル・シーンに多大な影響を残したレーベル〈Editions Mego〉の主宰でもある。前身〈Mego〉時代から含めて同レーベルからリリースされたアーティスト/アルバムは電子音響・エレクトロニカの歴史において重要な作品ばかりだ。フェネス『Endless Summer』(2001)、ヘッカー『Sun Pandämonium』(2003)、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーReturnal』(2010)などをリリースしたことは、まさに偉業といえよう。
 彼の死は電子音響/エクスペリメンタル・ミュージック・シーンにとって大きな喪失感をもたらした。精神的支柱を失ったとでもいうべきか。かくいう私も彼の新しい音が聴けなくなったことをとても寂しく思った。1996年リリースの『Seven Tons For Free』からずっと聴いてきたのだから。
 しかし〈Editions Mego〉が現在も新しい作品をリリースをし続けていることは希望を抱かせるものである。ピーター・レーバーグがその生涯をかけて情熱を注いだエクスペリメンタル・ミュージック・レーベルの意志はいまも確実に継承されている。そして、クララ・ルイスの新譜『Thankful』も、本年2024年に〈Editions Mego〉からリリースされたアルバムだ。

 クララ・ルイスはワイヤー/ドームのグラハム・ルイスの娘として知られているが、何より2010年代中期以降のエクスペリンタル・ミュージックを代表するアーティストでもある。この年代のエクスペリメンタル・ミュージックを考えるとき、クララ・ルイスのノイズ、サウンド、コンポジションは極めて重要ではないかと常々思っていた。
 10年代のエクスペリメンタル・ミュージックはどこかノイズとコラージュを基調としたものが多く、それがまるでアンビエントのような質感で展開する。夢の中を漂うような不定形なノイズ・コンポジション。コラージュ感覚のサウンドスケープ。クララ・ルイスの音は、まさに「アンビエントとノイズの中間領域」を彷徨うような音作りになっていたのである。

 クララ・ルイスのアルバム『Ett』が〈Editions Mego〉からリリースされたのは2014年だった。以降、ルイスは〈Editions Mego〉から多くのアルバムをリリースしてきた。特に2016年のソロ作『Too』はノイズを用いたアンビエンスなサウンドが確立した重要作だ。
 以降、2020年に20分ほどの『Ingrid』や、2021年にライヴ作品『Live In Montreal 2018』などをリリースしているが、『Ingrid』が20分ほどのEPに近い音源だったことを踏まえると、本作『Thankful』は『Too』以来、8年ぶりのソロ・アルバムといえる。そのソロ作がピーター・レーバーグへの追悼だった。これは重要なことである。
 なぜか。ルイスはソロ作以上にコラボレーション・アルバムが充実しているアーティストなのである。例えば2018年にリリースされたサイモン・フィッシャー・ターナーとのエクスペメンタル/アンビエントな『Care』、2021年に〈The Trilogy Tapes〉からリリースされたペダー・マネルフェルトとの実験的テクノの『KLMNOPQ』、2023年に〈Alter〉からリリースされたニック・ヴォイドとのノイズ・コンポジションが冴え渡る『Full-On』、2024年に〈The Trilogy Tapes〉からリリースされたユキ・ツジイとの環境音楽的な 『Salt Water』などなど、彼女のコラボレーションはじつに多岐にわたる。ある意味、ソロ・アルバム以上に充実した作品群だ。

 そう考えると『Thankful』はピーター・レーバーグへの追悼でありながら同時に「不在のピーター・レーバーグとのコラボレーション」ともいえなくもない。じっさい『Thankful』のサウンドはどこかピタの音に近い。
 特に1曲目 “Thankful” はピタの傑作にして電子音響/エレクトロニカ史に残るといっても過言ではない『Get Out』(1999)収録の “Track 3” へのトリビュートであり、そのロマンティックでマシニックな響きと持続はどこかピタとの共演を希求しているような曲である。しかも曲名が “Thankful” なのだから泣いてしまいそうになる。サウンド自体も素晴らしい。90年代末期〜00年代以降の電子音響/エレクトロニカにあったロマンティックな面を拡張したような感覚がうごめいていた。
 2曲目 “Ukulele 1” は1分16秒ほどの短いトラックだ。その曲名どおりおそらくはウクレレで奏でられた短い演奏だ。だがこれが4曲目 “Ukulele 2” につながる重要な伏線になる。一転して3曲目 “Top” も2分30秒ほどの短いトラックだ。ここでは極端な音使いアシッド・テクノ風のサウンドを展開する。2019年にリリースされたピタの『Get On』のサウンドを思わせもする。
 4曲目 “4U” からアルバムはふたたび叙情的な電子音響に変化する。クラシカルな音が次第に加工されノイジーな音響が侵食してくるトラックだ。どこかサイケデリックな趣もある。5曲目 “Ukulele 2” も同様にノイズへの生成変化が巻き起こるトラック。“Ukulele 1” 同様にウクレレらしき音が反復するが、それが次第にグリッチな電子ノイズが侵食しはじめ、8分45秒を過ぎたあたりから強烈なノイズの音響がトラックを覆うのだ。まさにピタが得意としたような電子ノイズの炸裂が展開しているわけである。この曲は12分あり、1曲目 “Thankful” に次ぐ長尺である。アルバムの冒頭と最後の曲にピタ特有のサウンドを展開するなど、クララ・ルイスは亡きピーター・レーバーグと対話するようにアルバムを織り上げている。
 5曲目 “Ukulele 2” の終盤はグリッチ・ノイズの嵐が収まり、元になったウクレレの音がまた聞こえてくる。静かにアルバムは終局を迎える。まるでピーター・レーバーグとの別れを惜しむかのように最後の一音まで大切に鳴っていた。

 本作は電子ノイズの中に、「悲しみ」と「喪失」の感情が満ちている。かといって暗く沈むような感覚はなく、どこか不思議と解放的なムードがあった。思えばピタの楽曲もそうだった。彼のサウンドは、尖端的・先端的なグリッチ・ノイズの集積のような音でありながら、彼の音は天上へと昇るような不可思議な解放感があったのである。クララ・ルイスはまさに不在のピタとコラボレーションをするように、その解放的なグリッチ・ノイズを受け継いだのだろうか。そして未来へ。

interview with Matthew Halsall - ele-king

 イギリスで最大のジャズ・シーンがあるのはロンドンだが、それとまた異なるシーンを独自に育んできたのがマンチェスターで、その中心にいるのがマシュー・ハルソールである。トランペット奏者で作曲家、そしてバンド・リーダーでもある彼は、2008年のデビュー以来数々のアルバムをリリースしてきて、この度その足跡をまとめたベスト・アルバムの『Togetherness』がリリースされた。初来日公演を記念してリリースされた『Togetherness』は、本国イギリスはもちろんのこと日本国内でも高い評価を得た最新アルバム『An Ever Changing View』(2023年)から、初期名盤の『Colour Yes』(2009年)まで、自身が運営するレーベルの〈ゴンドワナ〉とともに歩んだ十数年のキャリアからマシュー本人が選んだ楽曲を収録する。

 〈ゴンドワナ〉はマシュー以外に、彼が率いるゴンドワナ・オーケストラや盟友のナット・バーチャル、チップ・ウィッカムの作品から、ゴーゴー・ペンギン、ジョン・エリスなどマンチェスター出身のアーティストの作品をリリースするなど、マンチェスター・シーンを牽引してきた。そして、マンチェスター出身のアーティスト以外にも、ママル・ハンズ、ノヤ・ラオ、ポルティコ・カルテットなどのUK勢から、オーストラリア出身のアリーシャ・ジョイ、ベルギー出身のスタッフなど、所属アーティストの顔ぶれもインターナショナルになってきた。ジャズ以外にもエレクトロニック・ミュージックやポスト・クラシカル系と、音楽性の枠も広がっていった。スピリチュアル・ジャズと形容されることの多いマシュー・ハルソールの音楽だが、近年はフィールド・レコーディングを取り入れてアンビエントの要素が増しており、多様な音楽性を抱える〈ゴンドワナ〉の運営が自身の音楽性にも関与していると言えそうだ。

 ピーター・バラカン監修のフェス《Live Magic》と、Blue Note TOKYO公演で来日中のマシュー・ハルソールに、これまでの活動や 〈ゴンドワナ〉のことを振り返り、また自身の音楽の基盤となるものや影響されるものなど、いろいろと話をしてもらった。

ジャイルス・ピーターソンやミスター・スクラフといったDJは、先生と呼べるほど、自分が音楽を聴くにあたってとても影響を受けた存在です。

あなたは2008年に『Sending My Love』でデビューして以来、10数枚に及ぶアルバムを発表し、また自身のレーベルである〈ゴンドワナ〉からさまざまなアーティストを送り出してきました。すでに長いキャリアを積み重ねられているにも関わらず、これまで日本のメディアでのインタヴューがないようで、あなたのことをよく知らないリスナーもいるかと思われます。ですので、まずはどのようにしてジャズ・トランペット奏者になり、〈ゴンドワナ〉を運営するようになったのか教えてください。

マシュー・ハルソール(以下MH):リヴァプールに住んでいた6歳のころ、両親と祖父母と一緒に、日曜日の午後のコンサートに行きました。そこはニューヨークのジャズ・クラブのような雰囲気で、ジャズ・トランペット奏者がディジー・ガレスピーの “A Night In Tunisia” やマイルズ・デイヴィスの “Milestone” を演奏していて、わたしはビッグ・バンドならではの昂揚感あふれるエネルギーをとても気に入りました。とくにトランペットに魅力を感じて、6歳ながらに「トランペットがいい、トランペットがいい!」と夢中になり、それがトランペットとジャズとの出会いのきっかけでした。トランペットに惹かれたときからレッスンをはじめて、13歳のときに憧れのビッグ・バンドに入りました。14歳、15歳のときはそのビッグ・バンドとともに世界でツアーをして、オーストラリアやアメリカ、そういった国をまわっていましたね。

13歳で抜擢されるというのはすごく早熟ですよね。

MH:(照れ笑い)17歳になってからはサウンド・エンジニアリングやプロダクションの勉強をはじめました。レコードをつくることにとても興味があったので、そういう勉強も。とくに〈ブルー・ノート〉や〈インパルス〉などが好きだったのでそのような音の勉強と、あと〈ニンジャ・チューン〉や〈ワープ〉のようなサウンドも好きでしたので、ソフトウェアやシンセサイザーを使っての音づくりも勉強しました。DJカルチャーに興味を持ちはじめたのが14歳から15歳のときで、ジャイルス・ピーターソンミスター・スクラフといったDJは、先生と呼べるほど、自分が音楽を聴くにあたってとても影響を受けた存在です。
 たとえば、ジャイルス・ピーターソンは当時(2000年代前半)ザ・シネマティック・オーケストラマッドリブといったクラブ・ジャズ系をよくプレイしていて、ミスター・スクラフはクラブ・ミュージック以外にアリス・コルトレーンファラオ・サンダースといった純粋なジャズ・アーティストの作品もかけていたんです。彼がプレイした ファラオ・サンダースの “You’ve Got to Have Freedom” にとても衝撃を受けました。それからファラオ・サンダースを聴くようになって、そしてアリス・コルトレーンを発見して『Journey In Satchidananda』(1971年)を聴き、そこでスピリチュアル・ジャズというものに出会います。
 そして23歳のころ、リヴァプールからマンチェスターに移住しました。この時期のマンチェスターのDJシーンやミュージシャンのシーンがとても面白かったからです。とくに、マット&フレッズ・ジャズ・クラブに入り浸っていて、そこではザ・シネマティック・オーケストラのメンバーなど、シーンで活躍するアーティストが演奏をしていました。ミスター・スクラフも月に一度DJをしたり、ライヴ・シーンとクラブ・シーンをよく学べる環境でしたね。その時期に自分のレコードをつくってみたいという興味が湧いて、シーンで活躍している音楽家たちとレコードをつくるのですが、出してくれるレーベルが見つからず、結局は自分でレーベルを立ち上げてリリースするというかたちになりました。

なるほど。〈ニンジャ・チューン〉ではザ・シネマティック・オーケストラやミスター・スクラフの名が挙がりましたが、〈ワープ〉ではどのアーティストがお好きでしたか?

MH:ボーズ・オブ・カナダエイフェックス・ツインスクエアプッシャープラッド……そのあたりが中心でしたね。


Live Magic(恵比寿ガーデンホール)でのライヴ。Photo by Moto Uehara

サックス奏者のナット・バーチャルと組んだ初期の作品、ファーストの『Sending My Love』やセカンドの『Colour Yes』(2009年)などは、かつて英国ジャズの草創期に活躍したレンデル=カー・クインテットあたりを連想しますが、トランペット奏者のイアン・カーの影響もあるのでしょうか? 

MH:じつはレンデル=カー・クインテットの音楽と出会ったのは、それら2枚のアルバムをつくった後でした。きっかけはジャイルス・ピーターソンの『Impressed With Gilles Peterson』(2002年)というコンピレーションに収録されていたことで、それを聴いてイギリスのジャズ・ミュージシャンがモーダルなジャズをつくっていることを知ることができ、とても嬉しく思いました。

ナット・バーチャルやゴーゴー・ペンギンなど、マンチェスターのシーンで活躍してきたひとたちとあなたは深くつながってきました。いまでもロンドンに出ていかず、マンチェスターに根差して活動しているのはなぜでしょう?

MH:ロンドンの音楽シーンはたしかに盛り上がっているし、そこで成功しているひとたちもいっぱいいます。ただ、わたしとしてはイギリスのなかで、ロンドンだけでなく、ほかの場所に住んでいる才能あふれるミュージシャンたちをサポートすることを大事にしたいんです。友人や家族など、ほんとうに大切にしているひとたちもマンチェスターにいるので、ここで活動を続けています。

ロンドンだけでなく、ほかの場所に住んでいる才能あふれるミュージシャンたちをサポートすることを大事にしたいんです。

あなたはゴンドワナ・オーケストラを率いていることもあり、ソロ・プレーヤーとして活躍するよりもバンド・リーダーというか、サウンド・プロデューサーとして全体を俯瞰しながら音楽をつくっている印象があります。また、初期はインストの作品のみでしたが、途中からシンガーを交えて作品をつくることも増えていきました。仲のいい友人ミュージシャンとバンドを組むことからはじまって、アルバムを重ねるごとに編成も大きくなっていった印象ですが、この15年ほどでバンドがどのような変遷をたどってきたか、その過程を教えてください。

MH:まず、キャリアの初期のころは、マンシェスターの音楽シーンで活躍していたミュージシャンを自分のバンドでフィーチャーしていました。とくに自分が尊敬していた音楽家たち、たとえばナット・バーチャルやチップ・ウィッカム、ジョン・ソーン、あとザ・シネマティック・オーケストラのメンバーだったルーク・フラワーズとか、そういった方たちと一緒に演奏したいと思ったのがスタートでした。ただ、キャリアを積むことによって次第に、まだ名は知られていないけれど若く才能のあるミュージシャンたちをフィーチャーして、彼らにスポットライトを当てたいというふうに変わっていって、それに応じてメンバーの編成も変わっていきました。

あなたの作品にはハープがフィーチャーされることが多く、『Into Forever』(2015年)では日本の琴も取り入れていましたが、それら奏者はすべて女性ですよね。それによって……

MH:いや、じつは男性のハープ・プレイヤーもフィーチャーしたことがあるんです。『Oneness』(2019年)というアルバムがあって、そこで演奏しているのがスタン・アンブローズというハープ奏者で。同作には “Stan's Harp” という、彼をトリビュートした楽曲も収録されています。彼はリヴァプールのプレイヤーなんですが、病院で患者のためにセラピーとしてハープを演奏しているような、とてもスピリチュアルな方です。ただ、ご高齢だったこともあって一緒にツアーができず、ほかのハープ奏者を探したところ、イギリス北部に住んでいるハープ・プレイヤーはみんな女性だったので、おのずと女性をフィーチャーすることになりました。

なるほど。そうしたハープの導入などによりあなたの作品はアリス・コルトレーンやドロシー・アシュビーたちの作品と比較されることも多く、またあなた自身もアリス・コルトレーンのカヴァーやトリビュート曲を手がけたことがあります。あなたのサウンドの特徴でもあるハープですが、とりいれるようになったきっかけを教えてください。

MH:おっしゃるとおり、アリス・コルトレーンやドロシー・アシュビーの影響で、自分の音楽にもハープをとりいれるようになりました。ザ・シネマティック・オーケストラの『Every Day』(2002年)というアルバムでもアリス・コルトレーンがサンプリングされていて。それらがきっかけですね。あと、自分はメディテイション(瞑想)やスピリチュアルなライフスタイルにも興味があって、ハープのメディテイティヴな部分やピースフルな音色が、 自然と自分の音楽にも入ってきたんです。

いまお話に出た瞑想的な部分、メディテイショナルな側面はあなたの音楽の大きな特徴で、ゆえにスピリチュアル・ジャズと呼ばれることが多いかと思います。他方で、ロサンゼルスのカマシ・ワシントンやロンドンのシャバカ・ハッチングスのスピリチュアル・ジャズなどとは異なり、激しいフリー・ジャズのような演奏がされることはあまりありません。基本的にモード演奏をベースに、ときに静穏で理知的です。ご自身としては、自分の音楽についてどのようにとらえていますか?

MH:まず、わたし自身がリスナーでありミュージック・ラヴァーだと思っているので、そういった意識のもとで音楽をつくっています。その過程でピースフルな感じやメディテイティヴな要素が入ってくるのかな……トランペッターとしては、ほんとうに自分が信じるものを吹いているので、レコードに比べるとやはりライヴのほうが心から火がほとばしるような演奏ができるなと思います。ですが、やはりレコードやアルバムという作品のフォーマットを考えると、最初から最後まで楽しめる作品をつくりたいので、ソウルフルな要素や空間の広がりを感じさせる雰囲気、心が落ち着くような部分も大事にしています。


Blue Note Tokyoでのライヴ。Photo by Takuo Sato

ふだんリスナーとしてアンビエントやニューエイジもよくお聴きになるんですか?

MH:そうですね。エレクトロニック・ミュージックやネオ・クラシカルと呼ばれる音楽、もちろんジャズもそうなんですが、それらのなかにもアンビエントといえる音楽があると思います。たとえばジョン・ハッセルブライアン・イーノスティーヴ・ライヒニルス・フラームオーラヴル・アルナルズなど。そういった実験的な、アンビエントにつながるような音楽はよく聴きますね。

ジョン・ハッセルがお好きなのは、やはりトランペット奏者という点からでしょうか?

MH:たしかに、ジョン・ハッセルにはトランペッターという部分でも惹かれました。いま〈ゴンドワナ〉に所属しているポルティコ・カルテットというバンドにも、ジョン・ハッセルの音楽と通じるところがあります。わたし自身も彼らの音楽のファンですし、キャリアのスタートもおなじ時期でしたし、ポルティコ・カルテットのほうもジョン・ハッセルのファンとして音楽をつくっていたり、いろいろなつながりがあります。トランペッターで面白い音楽をつくっているアーティストがいると、いつも興味を持って聴くようにしています。たとえばDJ KRUSHの作品で、トランペット奏者の近藤等則と共作したアルバム『記憶 Ki-Oku』(1996年)がありますが、その演奏もすごく好きです。

近年の『Salute To The Sun』(2020年)や『An Ever Changing View』(2023年)といった作品では、自然界の音をフィールド・レコーディングで用いたり、カリンバやマリンバといったアフリカ由来の原初的な楽器を交えたり、より素朴で自然を感じさせる音を奏でる工夫が為されています。アンビエントや環境音楽に通じるところもあるわけですが、こうした自然や大地への回帰にはどのような意図があるのでしょう?

MH:先ほども言ったように〈ワープ〉が好きで、ボーズ・オブ・カナダなど、これまで聴いてきた作品のなかにフィールド・レコーディングをとりいれているものがあって、それがきっかけですね。ジャズというジャンルではフィールド・レコーディングの手法をとりいれたものが少なかったので、挑戦してみたという理由もあります。また、わたしがフィールド・レコーディングをした場所は、自身が作品を書いた場所でもあるので、リスナーの方に自分が作品を書いたのと同じ場所に一緒に入って楽しんでほしい、という意図もあります。

ジャズというジャンルではフィールド・レコーディングの手法をとりいれたものが少なかったので、挑戦してみたという理由もあります。

この度、ベスト盤の『Togetherness』がリリースされています。これまでの活動を振り返ってみて、どのように感じていますか?

MH:これまでの活動を振り返ってみて、自分がいまここにいられることをほんとうに嬉しく思っています。キャリアにおいては、自分と楽曲との物語がもちろんあるわけですが、いろんなひとに「この曲を聴いて、こう感じたんだ」といったようなエピソードを聞かせてもらうと、「自分の音楽がひとを助けてきたんだな」ということを実感できて、ほんとうに幸せです。それと、日本に来て演奏することも、ずっと願ってきたことだったんです。じつはファースト・アルバムを出す2008年よりも前の、2003年に初めて日本を訪れたことがありました。自分の音楽キャリアがはじまるずっと前から、日本で演奏したいと考えていたんです。だから、ベスト盤を日本で出してライヴまでできるということはほんとうに大きな成果だと思っています。

今回のベスト盤には10曲が収録されていますが、核になっているのは実質的に4枚のアルバム、『Colour Yes』(2009年)『Fletcher Moss Park』(2012年)『Into Forever』(2015年)『An Ever Changing View』(2023年)からの曲ですよね。この4枚が中心になった理由を教えてください。

MH:今回のベスト・アルバムの選曲をするにあたっては、たんにひとつのアルバムから1曲を選ぶのではなく、通しで聴いたときに自分のキャリアにとって大事だった時期と、自分がつくってきた「ある音」を象徴するような1枚にしたかったので、どちらかというとDJ、プロデューサー的な脳が働いて、どうやったらフロウ(流れ)をつくれるのかということを意識して選曲しました。もちろん、去年リリースした『An Ever Changing View』からも選曲したかったし、『Fletcher Moss Park』も自分のキャリアにおいてもっとも成功を収めたアルバムだったので、そこからも選曲したくて。そういうことを考えつつ、あとは流れをつくるために、この4枚からの選曲になりました。

とくに思い入れの深い曲はありますか?

MH:1曲選ぶとしたら “Together” ですね。15年前にリリースした楽曲で、今回のコンピレーション・アルバムのタイトルにもつながりますが、「together」ということばに「unity」や「peace」といった意味も込めてそう名づけたんです。15年経ったいま、そうした世界平和にもつながるようなメッセージがより大切に感じられるようになってきていますよね。それと、ライヴでこの曲を演奏するときに、オーディエンスと自分がおなじ空間のなかで音楽を楽しめるように、という意味もあります。いまでもこの曲を演奏すると、ピースフルな雰囲気だけでなく、観客からの熱気や喜びも感じられて、自分とオーディエンスのつながりを深く感じられるんです。あと、これは余談ですが、この曲は『Colour Yes』に入っていて、そのアルバムは以前一度リイシューしているんですが、そのタイミングでこの曲がプレイリストに入って、より多くの方に楽しんでもらえるようになりました。だから自分のキャリアのなかでもっとも成功した1曲と言ってもいいと思っています(笑)。

最後に、あなたの音楽を聴いているリスナーに向けて、メッセージをお願いします。

MH:ほんとうにみなさんのサポートに感謝しています。こうして日本で記事が出るということもほんとうに嬉しく思いますし、自分の音楽がこれからもいろんなひとたちとつながっていくことで、また日本に来て演奏できることを楽しみにしています。

TESTSET - ele-king

 身も心もテクノに侵された人間なら理解してもらえると思うのだが、打ち込み系のライヴにいくとがっかりしてしまうことが多い。いや、多かったと過去形にするべきか。初期のYMOのように生演奏にこだわると、ミュージシャンの技巧に依存して、最終的には人間的な揺れの多いリズムや、レコードにはないギターやキーボードの陶酔系ソロなんかを延々聞かされる羽目になる。逆に凝った作りのレコードの再現にこだわった場合は、演奏の主要な部分はテープ等にあらかじめ録っておいたものを流すだけで面白みに欠けたり、追加される手弾きや歌部分の残念さが目立ってしまったりする結果になった。
 機材がシンセやドラムマシンといったハードウェアからPCをメインに据えるようになって、この様相もだいぶ変わった。例えば2001年の『LOVEBEAT』発売後にときどきおこなわれるようになった砂原良徳のソロ・ライヴは、テクノ系ステージの理想的な有り様をひとつ提示してくれたと感じた。非常に緻密に組み上げられ、完成されたレコードの音を丁寧に再現しながらも、“その場で演奏される生の要素” も組み込んで、原曲と乖離しない範囲でアレンジも加え、家庭用オーディオでは望むべくもない音の迫力やクリアさも伴った贅沢なリスニング体験に仕上げていたからだ。さらに砂原自身もかなり制作にコミットした映像表現によって、引き算の美学で作られたサウンドに、別の側面から足し算を試みていた。タイポグラフィやモーション・グラフィックをモチーフにしたシンプルなものが多かったが、いわゆるVJ的なアブストラクトで昂揚感や陶酔感を演出するヴィジュアルとは異なるアプローチで、音楽体験の向上に寄与していた。
 しかし、砂原自身は電気グルーヴの時代からずっと、あまりライヴをやることに対して積極的ではなかった。それが、ここのところのインタヴューでは、どこでも「レコードよりも体験が重要」「ライヴが最終形だ」ということを言っている。METAFIVEという大所帯のスーパーバンドを経て、TESTSETという4ピースのコンパクトなバンドをやることになった後で、このような価値観や発想の転換が生まれ、バンドのポリシーになってきているのはとても興味深い(彼がソロ作の寡作さとは真逆のペースでエンジニアやプロデューサーという他人のレコードをより良くする仕事に邁進してきたこともあわせて考えると、余計に!)。


砂原良徳(キーボード)

 国内では2024年最後のパフォーマンスだという、10月20日のZepp ShinjukuでのTESTSETソロ・ライヴへ足を運んできた。昨年のデビュー・アルバム『1STST』発売時には基盤となったメンバーの砂原とLEO今井に話を聞いて、恵比寿LIQUIDROOMでのライヴも見に行ったが、今回のステージは自分にとってはそれ以来の久々の再会となる。歌舞伎町の新しいランドマーク、東急歌舞伎町タワーの奥底にある真新しく巨大なハコは、ステージ上だけでなく360度ぐるりとフロアを取り囲むLEDスクリーンが特徴で、ZERO TOKYOと名を変えおこなわれている深夜のクラブ・イヴェントにDJとして出演し、何度もその素晴らしさを味わった砂原の提案でチョイスされた会場だ。
 曼荼羅、もしくは万華鏡的なサイケなヴィジュアルを伴った新曲 “Interface” で幕を開けたステージは、以前とは違い、中心にメインのヴォーカルを担当するLEO今井とギターの永井聖一が陣取っている。横を向いて黙々とシンセ・ベースを手弾きする砂原と、タイトで小気味よいドラミングの白根賢一のリズム隊がその脇を固める格好だ。当初は、やはりゲストというかサポートというか、元々の文化部的な佇まいも手伝って隅の方で少し遠慮気味にギターを弾いている印象だった永井が、野性的に動き回る今井と時折向かいあって絡みを見せる。オレたちはポストMETAFIVEでも、砂原&LEOグループでも、すぐにやめる時限ユニットでもないぞ、というバンドのリボーンの宣言*であるように感じた。

*今井、永井をフロントに据えるフォーメーションは今回が初ではなく、7月19日のLIQUIDROOMの20周年記念ライヴから導入された。


永井聖一(ギター)

 札幌のしゃけ音楽祭、SONICMANIAやLIQUIDROOMワンマンでも、今年のステージでは少しずつ演奏されていた新曲だが、今回のライヴ直前に発表されたEP「EP2 TSTST」でその全貌が明かされた。メインとなるのは、初めてフルに日本語で歌われたリード曲 “Sing City” だ。LEO今井がメインを張ることで、これまであまり前面に出てこなかったタイプの、高橋幸宏のメロウでセンチメンタルな面が受け継がれたようなとても印象的な曲。振り返ると、TESTSETの持ちネタとして、METAFIVEのナンバーのうち当時からずっと継続してやっているのは、“Full Metallisch” や “The Paramedics” だ。これらには、インダストリアルだったりアグレッシヴだったりするテイストを持った、今井の色が強く感じられる。当初は、やっぱり違うバンドを名乗る意義だとか、再出発を強調する意味でもあまりユキヒロっぽさを出さないようにしているのかなとも思っていた。しかし、今井自身が「このバンドはMETAFIVEのスピンオフ」と言っているように、前身とまったく断絶しているわけでもなく、後から参加したメンバー2名に関しても高橋幸宏との関わりがあったところから誘われた部分もあるという。なにより、この曲が今井から「ちょっとTESTSET向きじゃないけど」と提示されたデモが元になっているというのが興味深い。今回はアンコールの1曲目に名残を惜しむように歌われた “Sing City”、今後きっとバンドの要所を締める代表曲に育っていくだろう。


白根賢一(ドラムス)

 過去3作からバランス良く曲が披露されていく中、特に今回は映像の高精細さや迫力とも相まって、バンドの内包する物語性やテーマ性が見えやすいライヴになったと感じた。以前今井に英語の歌詞について質問したら、やはり母国語は英語だからその方がやりやすいし、今後も日本語の曲を書くことはあまり考えられないと言っていたので、今回のアプローチはバンドの伝えたいことをより明確にするという意味で、非常に効果的だった。以前からMVやライヴ用映像のあった曲、例えば鳥の群像とアップを交互に見せつつ、最後に骸と雛という対極的なショットを入れる “Carrion” や、美しい自然の空撮からスタートして徐々に建築物や人の営みに推移していく “A Natural Life” といった曲の具象的描写が、いままでよりもハッとさせられるものに感じたし、砂原ソロ時代からの延長線上にあるようなグラフィカルな表現との相乗効果もあがっていた。
 また、初めて聞いた頃は、ちょっと毛色が違いすぎて浮いている?とも感じた永井のヴォーカル曲。今回のEPで “Yume No Ato” というレパートリーが増えたことで、確実にTESTSETの世界の一翼を担うところへ成長した。ライヴでのこの新曲はまだこれからという感じもあったが、かなり場数をこなしてきた “Stranger” では、時計/時間をモチーフにした映像との絡みや、音源より確実に進化したバックトラック、そしてコーラスで入る今井の声とのハモり具合の気持ちよさが渾然一体となって、今回のライヴのハイライトのひとつと言える、鳥肌ものの素晴らしさだった。


LEO今井(ヴォーカル)

 そして、最後に記しておきたい、中盤のラストのトリビュートについて。前述の永井コーナーに移る前に突如演奏されたユキヒロさんのカヴァー曲、“Glass” がとても良かった。実は昨年の恵比寿ガーデンホールでもやったのだが、見逃していて、もう二度とやることはないかもしれないと悔やんでいたので感激もひとしおだ。そもそも、2014年に高橋幸宏&METAFIVEとして、往年のユキヒロ関係の曲を当時のテクノポップの流儀で再現した「テクノリサイタル」がこのバンドの一番はじめの出発点。でも、そのときですらやってなかったちょっと捻りの入った名曲 “Glass” がほぼ完コピでまた聴けるとは。82年の「What Me Worry Tour」でのスティーヴ・ジャンセンのドラムや土屋昌巳のギター、そしてユキヒロさんの歌が憑依したような恐ろしいほど気合の入ったトラック、ドラミング、歌&コーラス。さらには、歌詞の世界をうまく捉えた雨の水滴や割れるガラスの映像……。このバンドのファンはよく曲を知っていて、人気曲が演奏されるとイントロの少しのフレーズだけでわっと歓声が上がるのが嬉しい。METAFIVEからのファンも多いと言っても、さすがに81年リリースの曲をリアルタイムで愛聴していたひとはそんなにいなそうだが、この日一番くらいの反応があって、ロートルは涙しそうになった。

 MCで今井が紹介していたが、年内残ったライヴの予定は中国のフェスへの出演だという。METAFIVEからの遺産や、高橋幸宏のメモリーという背景情報の一切ないところで積む4人のライヴ経験が、今後どのようなかたちでバンドをドライヴしていくのか、とても楽しみだ。

Fennesz - ele-king

 今年5月に新曲 “Sognato di Domani” を発表し、ニュー・アルバム『Mosaic』の予告をしていたオーストリアのギタリスト、フェネス。前作『Agora』以来5年半ぶりとなるその新作がついにリリースされることになった(件の “Sognato di Domani” は未収録)。どうやらこれまででもっとも内省的な作品に仕上がっている模様。CD盤は12月4日に日本先行発売、日本独自リリースとなるLPは来年2月19日の発売を予定している。ちなみに、今回プレスショットを撮影しているのはアルヴァ・ノトことカールステン・ニコライです。

ギターとコンピューターで無二のエレクトロニック・サウンドを創出するフェネスことクリスチャン・フェネス、約5年半ぶりのニュー・アルバム。おそろしいほど精緻に構築された音像が途方もなく美しい無比の傑作。LPは日本独自リリース

これはフェネスのこれまででもっとも内省的なアルバムである。2023年末に作曲・録音され、2024年夏に完成した。フェネスはこの4年間で3つ目となる新しいスタジオ・スペースを開設した。さしあたっての構想はなく、今回は厳格な作業ルーティーンでゼロからスタートした。朝早く起きて正午まで作業をし、ひと休みしてまた夕方まで仕事をした。最初はアイデアを集め、実験し、即興で演奏するだけ。その後、作曲、ミキシング、修正。しかし、タイトルは早くから決まっていた。『モザイク』だ。それは、要素をひとつずつ配置して全体像を構築するという、ピクセルが一瞬でそれを行うようになる以前の、旧式の画像作成技術を反映したものだった。

『モザイク』は、その名前が示す通り、繊細かつ複雑なアルバムで、音の断片をつなぎ合わせて広大で没入感のあるものにしている。まるで忘れられた記憶を復元するかのように、あるいは、音のモニュメントを構築するかのように、フェネスは細心の注意を払い、ほとんど瞑想のようなプロセスでこの作品を一層一層、組み立てた。

『モザイク』は、多様な影響と、リスナーによって探求される複数の可能性を備えた、映画的で非常に魅力的で美しいスコアである。

『モザイク』でフェネスは、彼が単なるミュージシャンではなく、音の建築家であることをふたたび証明した。たとえ一瞬であっても、エーテルに溶け込む前に、われわれが生息するための世界を作り上げている。科学と夢が出会い、精密さと詩が出会い、音そのものがわれわれを再発見へと誘う古代の言語となるアルバムだ。まさに珠玉だ!

https://www.fennesz.com

《リリース情報》
ARTIST: FENNESZ
アーティスト:フェネス
Title: Mosaic
タイトル:モザイク
【CD】
商品番号:PCD-25436
価格:定価:¥2,750(税抜¥¥2,500)
発売日:2024年12月4日(水)
解説付
日本盤のみのボーナス・トラック1曲収録
日本先行発売
【LP】
商品番号:PLP-7516
価格:定価:¥4,500(税抜¥4,091)
発売日:2025年2月19日(水)
日本独自企画
初回生産限定盤

収録曲
1. Heliconia
2. Love and the Framed Insects
3. Personare
4. A Man Outside
5. Patterning Heart
6. Goniorizon
7. Reversio*
*Bonus Track for CD Only

fyyy - ele-king

 暗闇で万華鏡を覗き込む。何も見えないが、何かが蠢いている。少し、手を伸ばしてみても届かない、そこには実体がないようだ。『Hoves』の手触りはそんな感覚に近い。出鱈目に発した言葉で成る、スクリューされたアシッド・フォーク、サイケデリック歌謡とでも言おうか。その音像は何重にもベールを纏っている。

 fyyy はサイケデリック・ロック・バンドのベーシストをやりながら(現在は所属していない模様)、宅録を個人的な記録や実験の場として長年続けてきた人物のようだ。今回の名義で音源を出しはじめたのはここ最近のこと。レーベル〈造園計画〉の主宰であるバンド、帯化の島崎森哉が Twitter のプロフィールに貼られていた SoundCloud で本作を発見し、リリースする運びになったという。インタヴューによると、過去には架空のレーベルをでっち上げて適当なドローンをアップしていた時期もあるというが、そのレーベル名は明言されていない。何にせよ、できた偶然によって、『Hoves』はおおやけに姿を表すことになった。

 ルールに沿うことで歪な形になった創作物が好きだという fyyy は、その嗜好性をアルバムに反映させている。bpm は50以下で、一曲のなかで展開はひとつのみ。歌をトラックに重ねるときに出てきたものを歌詞として用いる(寝る前の習慣であるしりとりが終わらず不眠に陥ったことがあるとのことなので、おそらく他にもまだあるだろう)。こうした制限により、アルバム全体が儀式的な陶酔に覆われている。
「なえたろ 靴をびたたたがた をわをつる きやか(Kiyaka)」喃語にもちかい歌には、居場所を失ったような感覚を誘発される。架空の言語であればコンセプチュアルで片が付くものを、それまではギリギリ意味が通る日本語が耳に入っているのだから。どこでもないどこかを思わせる、ジョン・ハッセルに端を発する空想民族音楽のような雰囲気すらある。何も言葉だけではない。スローすぎるがゆえにドローンのように響くギター、歌謡曲を取り入れたサイケデリック・ロックに傾倒していたことによるオリエンタルなメロディ。得意ではないというギターに合わせたためにまばらに立ち上がる打楽器。何かしらを経由した意図しない形で、空想民族音楽らしきものが浮かび上がってくる。宅録というパーソナルな表現方法であるために入り組んだあらゆる要素が、この作品にさまざまな角度から歪さをもたらしている。

『Hoves』は音響作品としても聴くことができる。今作から自分が連想したのは、各地の民族音楽を飲み込んでは吐き出すオルタナティヴ・ユニット、サン・シティ・ガールズのラスト作『Funeral Mariachi』、言わずと知れた音響アシッド・フォーク作品を残すサイモン・フィンだった。本人が今作の影響源として挙げているのはニュートラル・ミルク・ホテル『In the Aroplane Over the Sea』とザ・マイクロフォンズ『The Glow Pt.2』。一筋縄ではいかないサウンド・プロダクションが施されているという一点で、上記の作品は共通している。今作においては、特にM2 “CYCLOPES?” を聴けばそのサウンドの美しさに魅了されるだろう。換気扇の音のようなホワイト・ノイズと、目の前で振動するようにパンをふるベース音のうえで「不安だな 新しい船を頭から」という歌が繰り返される。進んでいくごとにホーン、チリノイズ、シンセによるドローンが浮かんでは沈み、つねに新しい景色が音とともに込み上がってくる。サウンドの美しさが、歪なこの作品にメディテーティヴな感覚を誘発し続けている。

 ところで、これは個人的な話だけど、部屋でひとり適当なメロディを口ずさむことがよくある。意味のないリズムを刻み、何も示唆しない寓話をでっちあげる。そんな遊びが脳を休めるのにいいのだと思う。そして『Hoves』を聴いているとき、そういった生活に地続きな遊びを眺めているような気分になった。日常との距離の近さもこの作品には潜んでいる。万華鏡の先で蠢いているのってもしかして自分自身だったのかも。

Moskitoo - ele-king

 音。景色。記憶。光。時間。
 われわれはそれらをふだん持続的なものとして認識しているのだろうか。わたしたちの記憶はいつも断片的で、あやふやなものでできている。記憶の欠落は、しかし貧しさのみを生み出すわけでない。欠落があるからこそ想像し創造する。そうやってつなぎとめられた記憶を人は「ノスタルジア」と呼ぶかもしれない。つまりは記憶の蘇生、再生。

 モスキート(Moskitoo)の音楽はいつもそうだった。過去への記憶が未知の音響として生成していくような感覚。電子音とグリッチ。音楽と音。倍音と残響。ミニマルと逸脱。それらが端正に紡がれていくエレクトロニカの最良の継承のようでもあり、ポップの未来形のようでもあり、パーソナルな心象風景のような音楽でもあった。それは2007年に〈12k〉からリリースされた『Drape』の頃から変わらないものだ。
 モスキートのオリジナル・アルバムは、2007年の『Drape』、2012年の『Mitosis』、そして2024年の最新作『Unspoken Poetry』の3作のみである。もちろんコラボレーションや映画音楽、さらにはCM関連の音楽やサウンドデザインなども手掛けているので、その仕事の幅は実に多彩だ。本年2024年も高山康平監督の短編映画『冬の海の声の記憶』の サウンドトラックをリリースしているほど。
 12年ぶりの最新アルバムの『Unspoken Poetry』を最初に聴いたとき私は静かな驚きを感じた。グリッチや電子音など00年代エレクトロニカの象徴的な音の扱いは控えめな音作りがなされているのに、あの00年代エレクトロニカがもっていた浮遊感とドリーミーなポップネス、エレガンスなエクスペリメンタリズムとノスタルジアが濃厚にミックスされていたからである。ここでは音楽が音楽の形態を保ちながら、楽器音が、声が、電子音が、そのつど「音」そのものへと再生しているのだ。
 リリースが佐々木敦氏の〈HEADZ〉からというのも意外だったが、同時に深く納得するものもあった。〈HEADZ〉からのリリース作品はエクスペリメンタルな要素に加え、私は「うた/こえ」も重要な要素だと思っている。より正確にいえば「うた」が「こえ」に還元され、再蘇生していくようにコンポジションされていくような音楽をリリースしてきたというべきか。今年リリースされたクレア・ラウジーの『sentiment』も同様である。
 モスキートの最新作『Unspoken Poetry』もまた同様に「うた/こえ」がサウンドとして組み直されていくようなアトモスフィアを生成している。そう思うとこの『Unspoken Poetry』が〈HEADZ〉から送り出されたことも必然に思える。ことばとおとの関係において……。
 ミックスをフォーカラー、フィルフラの杉本圭一、マスタリングを〈12k〉主宰にしてアンビエント作家のテイラー・デュプリーが手掛けていることも重要だ。両者ともアンビエンスに敏感・繊細なふたりの音楽家/サウンドアーティストだからこそ本作ほ細やかな魅力を存分に浮かび上がらせているのだ。

 音の波のような1曲目 “That Awaking Weave” からアルバムは幕を開ける。まるで夜明けのようなムードの曲だ。続く2曲目 “Machine Choir” では軽やかなムードで始まる室内楽的な曲。歌と声、そしてベースに細やかなリズムが絡む実に秀逸なエレクトロニカポップである。
 3曲目 “Embroidery Story” では再び波のような感覚で始まり、そこに乾いた音とポエトリーリーディングが折り重なる。どこか時間が溶けていくようなムードを感じた。
 アルバムの基本のテーゼ、音、うたごえ、こえ、ことば、音楽というエレメントはこの冒頭3曲で見事に提示されている。音楽と音の境界線で踊るようなエレクトロニカとでもいうべきか。よく聞き込むと多様な楽器の音も鳴り響いており、どこか懐かしく、しかし聴いたことのない音楽を展開する。
 4曲目 “Evvve” は プカプカとはじける音にはじまり、やがて淡い音色からグリッチ風アンビエントへと展開するインスト曲。5曲目 “Words Wardrobe” はヴォーカル曲だが本質はミニマル、アンビエントといえよう。音が訪れる感覚に満ちている。6曲目 “Gii” は雨のような音、曲である。アルバムでは珍しいややダークな印象のサウンドだが、「こえ」が入ると雨雲からの光のような雰囲気へと変化する。いっけん儚さを感じる Moskitoo のヴォーカルの強さを感じた曲といえよう。
 7曲目 “Molder And Morrow (Album Mix)” では一転して 光さすムードに変化する。うたごえ、こえ、ことば、おとが優雅に緻密に軽やかに交錯し、2曲目 “Machine Choir” と並んでアルバムを象徴する曲に思えた。エレクトロニカ・アンビエント・ポップの逸品である。8曲目 “Dewdrop” はどこか 薄暗く、しかし優雅なトラックだ。声とアンビエンスの交錯が美しい。
 9曲目 “Nunc (FourColor Remix)” は、2021年にリリースされたシングル曲だが、ミックスを手がけている杉本圭一のフォーカラーによるリミックス曲を収録している。アルバムの音世界にまったく違和感なく共存しているのはさすがの一言。この曲はアルバム後半の良いアクセントになっている。
 続く10曲目 “Unspoken Poetry” は、モノオトと声と音が光のカーテンのようにレイヤーされ、聴き手の感覚を浮遊させてくれる。エレクトロニカ・サイケデリックとでもいうようなサウンドスケープを展開していく。この曲もまたアルバムのムードを象徴する曲に思えた。
 最終曲にして11曲目 “Salvaged Dream” では「声」と「うた」と「音」が「音楽」の只中に静かに溶けあっていくようなサウンドを展開する。乾いた親指ピアノのような音にモスキートの透明な声がまるで時のむこうに消え去っていく……。

 本作『Unspoken Poetry』を聴くと、「音。景色。記憶。光。時間」が「音楽」「音響」の只中でつながり、ひとつの「記憶」をかたち作るような「音楽」が構築されているように思えた。ここには濃厚なノスタルジアがあり、同時にこの瞬間に生まれた音のような新鮮さがある。
 このノスタルジアと新しさの感覚の同居こそ私が00年代以降のエレクトロニカに感じる魅力であった。創造の源泉としてのノスタルジア、それを生成する電子音楽である00年代エレクトロニカ。
 本作は00年代エレクトロニカが到達した美しい結晶のようなアルバムだ。端正に折り込まられた音/声/ことばたちの饗宴は聴き手の耳をいつまでも悦ばせてくれるに違いない。

Rai Tateishi - ele-king

 先月のスティル・ハウス・プランツとのツーマン公演でも強力なアンアンブルを響かせていたgoat。日野浩志郎率いるこのバンドのメンバーであり、太鼓集団「鼓童」に属していたこともある篠笛奏者の立石雷が、初めてのアルバムを発表する。篠笛以外にも尺八、ケーン、アイリッシュ・フルートなどが用いられているそうだ。リリース元は日野のレーベル〈NAKID〉で、日野はプロデュースも担当している。
 また発売記念ツアーも決定。11月に四国~中国~関西~北海道~九州の計11か所をめぐる。注目しましょう。

goatのメンバーとして活動する笛奏者の立石雷のデビューアルバム「Presence」の発売が決定。そのアルバムを記念した国内11公演のリリースツアーを開催する。
アルバムはgoat/YPYとして活動する音楽家 日野浩志郎によるプロデュースとなり、日野のレーベル「NAKID」から発売される。

<Tour schedule>
11/5 岡山(ソロ) w/THE NOUP
11/9 高松ルクス(ソロ)
11/10 広島福山NOQUOI (ソロ)
11/11 広島ONDO(ソロ)
11/18 京都UrBANGUILD(デュオ) w/Phew, Bing+YPY
11/19 大阪CONPASS(デュオ) w/Phew, YPY
11/20 神戸BAPPLE(デュオ)
11/23 当別 大成寺(ソロ)
11/24 札幌PROVO(デュオ)
11/28 福岡九州大学(デュオ)
11/29 熊本tsukimi(デュオ)

※上記日程のデュオと記載の公演は日野もライブに参加しエフェクト処理を行う。ツアーに合わせてCD先行発売し、遅れてLPも発売予定。

元鼓童、日野浩志郎率いるgoatの現メンバーとしても活躍する篠笛奏者・立石雷による初ソロ・アルバムが完成!

太鼓芸能集団「鼓童」の元メンバーであり、現在は多⺠族芸能集団「WATARA」やパフォーマンス集団「ANTIBODIES Collective」、リズム・アンサンブル「goat」などのメンバーとして活動するほか、関西を拠点にジャンルを跨いだ即興セッションも精力的にこなす篠笛奏者・立石雷による初のソロ・アルバム『Presence』が完成した。リリース元は日野浩志郎が2020年に設立したレーベル〈NAKID〉。録音/編集/ミックス/プロデュースは日野が務め、マスタリングは名匠ラシャド・ベッカーが手掛けた。

今作では、メイン楽器である篠笛のほか、我流で奏法を開拓したという尺八、ケーン、アイリッシュ・フルートなど複数の管楽器も使用し、全編インプロヴィゼーションによる演奏を収録。多重録音や加工/編集は基本的には施しておらず、使用したエフェクターはかけっ放しのリングモジュレーターとディレイのみ、スタジオでの演奏が一発録りでそのまま収められている。(細田成嗣によるインタビューを兼ねたレビュー記事より)


“Presence” カバーアート(写真家:Yuichiro Noda)

<アルバム情報>
Rai Tateishi - Presence

A1. Presence Ⅰ
A2. Presence Ⅱ
A3. Presence Ⅲ

B1. Presence Ⅳ
B2. Presence Ⅴ
B3. Presence Ⅵ

NKD10
Produced, Recorded, Mixed by Koshiro Hino
Mastered and Lacquer Cut by Rashad Becker
Artwork by Yuichiro Noda
Art direction by Yusuke Nakano
Designed by Junpei Inoue

立石雷 RAI TATEISHI(篠笛,打楽器奏者)
日本伝統楽器篠笛奏者。
太鼓芸能集団「鼓童」に入団。
篠笛を山口幹文氏に師事。
歌舞伎役者人間国宝坂東玉三郎、市川團十郎、片岡愛之助、振付家ダンサーSidi Larbi Cherkaouiらと共演。
これまでに世界30か国、1000回を越える公演に参加。
チベット・韓国・日本人音楽家からなる多民族伝統音楽団「WATARA」青森県八太郎えんぶり組と民族芸能をテーマにした活動と、前衛的な表現を行うリズムアンサンブル「goat」パフォーマンス集団「ANTIBODIES Collective」にも参加する。


NAKID
goat/YPYとして活動する音楽家 日野浩志郎による音楽レーベル。世界的な電子音楽家であるMark FellやKeith Fullerton Whitoman、Tobias Freund & Max LoderbauerのデュオNSI.などのリリースの他、日野によるプロジェクトであるgoatやKAKUHANの作品をリリース。それらのリリースはUKの流通会社兼オンラインレコードショップであるBoomkatでは軒並み年間ベストに挙げられてきた。不定期でNAKID showcaseとしてイベントを行っており、これまでMark Fell & Rian Treanor、Bendik Giske、Valentina Magaletti等を招聘した。

SNS
Rai Tateishi(Instagram)
Koshiro Hino(Instagram)
Koshiro Hino(X)

Terry Riley - ele-king

 テリー・ライリーが1964年に作曲し、サンフランシスコにて初演を披露した『In C』は音楽史における分水嶺のひとつだった。1968年に新たにスタジオ録音され音盤としてCBSからリリースされた同作は、その後、クロノス・カルテットからデイモン・アルバーンまで、中国からアイルランドまで、実に多様な『In C』を生み、そのどれもがそれぞれの魅力を放っているのは、この曲が、ひとつのシステムであり、メタ・ミュージックであるからにほかならない。50人ほどの演奏者がそれぞれ、ハ長調のフレーズを好きなように繰り返しながら生まれるこの曲には、テリー・ライリーのなかの、集団が自由に動きながら調和するという、理想主義的なコンセプトを見ることができるだろう。

 というわけで、今年の7月21日に京都は清水寺で実現した、『In C』60周年記念のコンサートの実況録音盤がCDリリースされる。当日のチケットは瞬殺だったそうで、行けなかった人もぜひこの60周年ヴァージョンを聴いて、『In C』から立ち上がる瑞々しい世界を体験して欲しい。
 なお、紙エレキングの年末号は、「特集:テリー・ライリーの『In C』とミニマリズムの冒険」です。山梨の小淵沢まで取材してきました。こうご期待。

アーティスト:テリー・ライリー (Terry Riley)
タイトル:In C - 60th バースデー・フルムーン・セレブレーション・アット・清水寺 (In C - 60th Birthday
Full Moon Celebration at Kiyomizu-dera Temple)

発売日:2024年12月20日(金)1枚組CD
品番:sibasi-1 / JAN: 4571260594982
定価:2,727円(税抜)
紙ジャケット仕様

Tracklist
1. In C - 60th Birthday Full Moon Celebration at Kiyomizu-dera Temple

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Photo by FEEL KIYOMIZUDERA / Sudo Kazuya

シビル・ウォー アメリカ最後の日

監督・脚本:アレックス・ガーランド
出演:キルスティン・ダンスト、ヴァグネル・モウラ、スティーヴン・ヘンダーソン、ケイリー・スピーニー
原題:CIVIL WAR
製作国:アメリカ・イギリス
A24/2024年製作/109分/PG12/字幕翻訳:松浦美奈
配給:ハピネットファントム・スタジオ
公式HP:https://happinet-phantom.com/a24/civilwar/
©2023 Miller Avenue Rights LLC; IPR.VC Fund II KY. All Rights Reserved.
10月4日(金)TOHOシネマズ日比谷 ほか全国公開

 近未来のアメリカで内戦が勃発するという戦争ファンタジー。3年前に起きた国会議事堂襲撃は確かに内乱の予感を孕んでいた。議事堂を埋め尽くす人々を見上げるように撮ったショットも南北戦争のひとコマとダブって見えた。だとすれば暴力的な方向に想像力を広げるという悪ノリはありなのだろう。アメリカが自壊するというファンタジーは世界的にも需要が高そうだし、オリヴァー・ストーンあたりが監督を務めれば内省の質も高くなり、別次元の面白さが期待できたと思う。アレックス・ガーランド監督による『シビル・ウォー アメリカ最後の日』は、しかし、19の州が連邦政府から離脱し、WFと呼ばれる反乱軍として政府軍に武力攻撃を仕掛けるところから話は始まっているものの、離脱した19の州には民主党の支持母体とされるカリフォルニア州と共和党の屋台骨であるテキサス州が両方とも参加していて内戦の主体が共和党と民主党の対立に基づくものではないことが前提となっている(南北戦争は英語だとCIVIL WARなので、南部連合の再現という可能性もなくはないものの、そうした説明はなかった)。つまり、現実の政治状況とはかなりかけ離れた世界が想定されていて、誰と誰がなんのために戦っているのか、その理由は最後まで明らかにされない。アメリカのような文明国家で内戦が起きているのにその理由が示されないというのはさすがにどうなんだろうと思うし、「国会議事堂襲撃事件」に少なからずの衝撃を覚えた者としてはやはりそこを省略するのは違うと感じたことは否めない。途中で差し挟まれる人種問題もイレギュラーな事態だと取れる説明があり、内戦の本質ではなく、便乗という扱いだった。そう、民主党と共和党の対立という構図を避けてしまったために『シビル・ウォー』は現実と向き合った作品ではなく、むしろアメリカの現状を無視した作品に見えてしまった。思想よりも暴力や戦争に関心があるという人はそれでもいいんだろうけれど、だったら『ダンケルク』でも繰り返し観ればいいのでは? 結論から先に言ってしまえば、『シビル・ウォー』はガーランド監督の母国であるイギリスがアメリカを途上国のひとつに成り下がったと見下す作品であり、ヴィクトリア朝の精神がいまだイギリスでは健在なんだなということがわかる作品だった。

 アレックス・ガーランドは96年に小説『ザ・ビーチ』でデビューし、脚本家としてダニー・ボイルと組んでからは映画業界に軸足を移したイギリスのマルチ・タレント。ショッキングな題材を好み、作品のほとんどはB級で、『シビル・ウォー』の監督がガーランドだとわかった時は「目端の効くやつだな」という感想が最初に湧き出てきた。本編はキルステン・ダンストらによって演じられるジャーナリストたちがスーサイド“Rocket USA”に乗って車を発進させるところから本題に入っていく(以後、戦闘シーンにデ・ラ・ソウル“Say No Go”などBGMはどうもピンと来ないものが多かった)。ストーリーのほとんどは彼らがワシントンへと向かうロード・ムーヴィーとして費やされ、一行は道中で様々なアメリカ人と出会う。その多くはエゴを剥き出した市民たちであり、アメリカ人がどれだけ市民として下等なのかということが逐一印象づけられる。彼らはいわば未開の風景のなかを旅して行くのである。ダニー・ボイルがレイヴ・カルチャーと重ね合わせて映画化した前述の『ザ・ビーチ』は、レオナルド・ディカプリオ演じる主人公が冒頭でタイのホテルに泊まる際、『地獄の黙示録』から短いシークエンスを2回ほどインサートしていて、それはその後の旅で主人公が味わう苦難を先取りしたイメージとなっている。西欧人が未開のパラダイスを求めてアジアなどにやってきて、先に乗り込んでいた西欧人と対立するという図式は『地獄の黙示録』も『ザ・ビーチ』も『シビル・ウォー』もまったく同じ。要するにジョぜフ・コンラッドが『闇の奥』(1899)で提起した主題が踏襲され、さらにいえばガーランド監督による『エクス・マキナ』も『MEN 同じ顔の男たち』も遠くに出掛けて行って怖い目に会うという展開はやはり同じ感覚から発生しているといえる。大袈裟にいえばイギリス人にとってホーム以外はどこもかしこも未開で恐ろしい場所だという感覚があり、その感受性は『ガリヴァー旅行記』や『ロビンソン・クルーソー』といったグランド・ツーリズムの時代から何も変わっていないとすら思えてくる。『シビル・ウォー』の冒頭でアメリカの大統領が傍若無人に振る舞い、南米の独裁者のように認識される時点でこうした投影は始まっていた。ザ・ザが“Heartland”で「This is the 51st state of the USA(イギリスはアメリカの51番目の州)」と歌っていた現状認識とは真逆の精神性に裏打ちされている。

 そのように考えていくと、カリフォルニア州とテキサス州を含むWFというのは実はイギリス軍というキャラクターを背負っていたと僕には思えてくる。『シビル・ウォー』が描いているのはアメリカの内戦ではなく、独裁者に支配され、途上国と変わらなくなったアメリカにイギリス軍が攻め入り、ワシントンを陥落させるという近未来ファンタジーではないのか。『パイレーツ・オブ・カリビアン』で海賊船として描かれていたのは実際の歴史ではイギリス軍のことであり、イギリスの侵略マインドは相当に根が深く、ヴィクトリア朝時代のイギリスが19世紀にアフリカでどれだけの部族を根絶やしにしたことか。イギリスはジェノサイドの実行数では他の国家を圧倒的に引き離し、インド人がいまだにチャーチルを許さないという感情にも歴史の実像が反映されている。イラク戦争の時にも明らかにイギリスはアメリカを追随する存在だったのに、まるでアメリカと同等か、むしろアメリカを従えているかのような発言には違和感があり、昨年、イスラエルがパレスティナへの攻撃を始めた際にもアメリカとイギリスは瞬時にしてパレスティナの沖合に戦艦を派遣している。インドネシアが同じくパレスティナ沖合に医療船を派遣してけが人の治療にあたっているのとは対照的に、ただ単に戦艦を停泊させているのはなぜなんだろう(イギリス国内で強い影響力を持つユダヤ・マネーに気を使っているということなのか?)。いずれにしろワシントンはWFによって陥落させられ、イギリス軍の残酷さは『シビル・ウォー』のラスト・シーンに集約されている。ジャーナリストたちを主役にしているので、それは1枚のスナップ写真として示され、戦争の喜びと高揚感をこれでもかと表すものになっている。悪ノリに導かれたある種の本質といえるだろう。

 ちなみにアメリカの歴史が変わる瞬間を捉えた作品としては2年前に公開されたジェームズ・グレイ監督『アルマゲドン・タイム』がとてもよくできていて、ザ・クラッシュがカヴァーした“Armageddon Time”を階級闘争ではなくレーガンを支持した再生派キリスト教徒の終末意識と重ね合わせて表現した同作は政治的な知識がないと人種の差を意識した青春ものといった内容でしかないけれど、ドナルド・トランプの父が財政を牛耳る高校でトランプの姉が行うスピーチやユダヤ教徒が再生派に対して覚える絶望感など、宗教が政治を動かす様がよくわかり、政治的な文脈を理解できる人たちにはなにがしかの戦慄を覚える内容になっていた。いわゆるボーン・アゲインやエヴァンジェリストがレーガンを動かした経緯に詳しくない方はグレース・ハルセル著『核戦争を待望する人々』を読んでから観ることをお勧めします。(2024年10月5日記)

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