「AY」と一致するもの

Karenn (Blawan × Pariah) - ele-king

 ともにポスト・ダブステップ・シーンから頭角を現してきたブラワン(昨年アルバム『Wet Will Always Dry』をリリース)とパリアーが組んだテクノ・ユニット、その名もカレン(Karenn)が 10月4日の VENT に出演する。カレンとしては今回がアジア初公演とのことで、いったいどんなヘヴィなサウンドが打ち鳴らされるか楽しみだ。しかしやっぱり、いま時代はほんとうにテクノなんだな~。

FKA Twigs - ele-king

 先日、来るべき新作にニコラス・ジャーが参加しているとの情報をお届けしたばかりですが、ついに正式な発表がありました。FKA・トゥイッグス、5年ぶりのニュー・アルバム『Magdalene』、10月25日リリース決定です。「イヨ~~~ッ!」という「和」な叫びからはじまる新曲“Holy Terrain”のMVも公開されました。例のフューチャーをフィーチャーした曲ですね。長らく待たされただけに、どんなアルバムに仕上がっているのか、ひじょうに楽しみです。

FKAツイッグスが5年ぶりにリリースする待望の最新アルバム『MAGDALENE』から新曲“holy terrain ft. Future”のMVを公開。

胸が張り裂けるような悲痛がここまであらゆるものに影響してくるなんて考えたことなかったわ。

私がこれまでいつも愛してきたように、たくさんの慰めを見つけてきたように、私自身を身体で表現することができなかった。

そこまで私の身体が動かなくなってしまうなんて思ってもみなかったの。

私はいつも出来る限りベストでいることを私なりに追求していたけれど、今回ばかりは出来なかったわ。これまで頼ってきた全ての歩みを突き崩さなくてはならなかった。

私が最も醜くて混乱していて壊れてしまっている時に、このアルバムを作っている過程は初めて、そして最も本当の意味で、私に思いやりの心を見つけさせてくれた。自分に厳しくすることはやめたの。その時に“Magdalene”に希望を見つけたわ。彼女に永遠の感謝を込めて。

──FKA twigs, September 2019

英国グロスタシャー出身でジャマイカとスペインにルーツを持つシンガー・ソングライターのFKAツイッグスは、英マーキュリー賞やブリット・アワードにもノミネートされた衝撃のデビューアルバム『LP1』の発表から5年ぶりとなる待望の2ndアルバム『MAGDALENE』から新曲“holy terrain ft. Future”のMVを公開した。最新アルバムは10月25日に〈Young Turks〉からリリースされる。

FKA twigs - holy terrain ft. Future
https://youtu.be/WEJRyBWpuvA

新曲“holy terrain ft. Future”には米ヒップホップ界を牽引するアトランタ発のラッパー、フューチャーが参加。昨夜のアルバム発表に合わせてMV公開のカウントダウンが開始され、話題となっていた。同曲のプロデュースにはFKAツイッグス本人だけでなく、スクリレックスやテイラー・スウィフトなどを手掛けるジャック・アントノフも参加している。

最新アルバム『MAGDALENE』は、FKAツイッグスの心が張り裂けるような辛い体験や子宮の腫瘍を取り除く手術をするという経験によって彼女が自信を喪失していた時期に生み出されたという。アルバムに収録されている“Mary Magdalene”にも歌われているように、同アルバムのサウンドには心と身体の再生に向かっている彼女の姿が映し出されている。デビュー・アルバム『LP1』と同様に『MAGDALENE』は、FKAツイッグス自身が制作/プロデュースを手掛けている。また、エレクトロニック・ミュージック界を代表するプロデューサーのニコラス・ジャーら多数の著名アーティストが、コラボレーターとして名を連ねている。

待望の2ndアルバム『MAGDALENE』は、10月25日(金)にリリース決定。国内盤CDには、歌詞対訳と解説書、そしてボーナストラック1曲とオリジナルステッカー1枚が封入される。また、数量限定でオリジナルTシャツとのセット販売も決定している。現在 iTunes Store でアルバムを予約すると、既に公開されている“cellophane”と本日公開された“holy terrain ft. Future”がいち早くダウンロードできる。

FKA twigs BIO
ファッション・アイコンとしても頭角を表し、音楽とファッション、アート、テクノロジーを繋いで“未来から来たR&B”とも表現されるFKAツイッグスは、2012年にセルフ・リリースEP『EP1』を発表。2013年にはザ・エックス・エックスやカマシ・ワシントンらを擁するロンドンの先鋭レーベル〈Young Turks〉から『EP2』をリリースし、米音楽メディア Pitchfork などのメディアから絶賛されたほか、英BBCの Sound of 2014 にも選出された。その後デビュー・アルバム『LP1』を2014年に発表し、同年の英マーキュリー賞やブリット・アワードにもノミネートされた。2015年には初来日を果たしフジロックにも出演している。FKAツイッグスは4月、シングル「cellophane」を公開、世界各地で突如巨大ポスターが登場し話題となった。MVでは数カ月も訓練を重ねたというポールダンスを披露するなど話題となっていた。

FKA twigs - cellophane
https://www.youtube.com/watch?v=YkLjqFpBh84

label: Young Turks / Beat Records
artist: FKA twigs
title: MAGDALENE
release date: 2019/10/25 FRI ON SALE

国内盤CD YT191CDJP2 ¥2,200+tax
ボーナストラック追加収録/ステッカー/歌詞/解説封入


封入ステッカー


CD+Tシャツセット

国内盤CD+Tシャツセット TBA : 価格など詳細は後日発表

TRACKLISTING
01. thousand eyes
02. home with you
03. sad day
04. holy terrain ft. Future
05. mary magdalene
06. fallen alien
07. mirrored heart
08. daybed
09. cellophane
10. cellophane, Live at The Wallace Collection *Bonus Track for Japan

interview with For Tracy Hyde - ele-king

 前作『he(r)art』(2017年)から2年弱、For Tracy Hyde の新作が届けられた。New Young City――SUPERCAR の同名曲から取られたというタイトルのもと、変わらぬ大作志向とコンセプト志向はますます研ぎ澄まされ、夏bot のメロディメイカー(彼の Twitter のプロフィールには一言目にそう書かれている)としての才は、その繊細な旋律とは裏腹に大輪の花を咲かせている。

 『New Young City』にはふたつのトピックがある。ひとつは、ヴォーカリストの eureka がギターを持ち、ギタリストが3人並び立つようになったこと。これは結果的にバンドの音像を変え、作曲にまで影響を及ぼした。そしてもうひとつは、ふたつの曲で英語詞に挑戦したこと(“麦の海に沈む果実”では日本語詞と英語詞が両方歌われるので、実際は「ふたつ半」かもしれない)。

 拡大解釈されながら人口に膾炙した「日本語ロック論争」なるものから約50年。当初の事情はともかくとして、ミュージシャンやシンガーに話を聞けば聞くほど、日本語とロックやポップスの関係性についての問題意識というのは、まだまだアクチュアルなものであるように感じてならない。私が特に気になったこのトピックについては、アメリカ育ちゆえに日本語へのこだわりを持つ夏bot に少し深く聞いてみた。

 「ひとりでインタヴューを受けるのは初めてなんです」と語る夏bot との対話では、(ときに意地の悪い質問もしたかもしれないが) For Tracy Hyde のリアリズム、インターネットとの関わり、そして音楽文化や音楽そのものへの態度といった深いところにまで話が及んだ。それらを記録したこのテキストが For Tracy Hyde というバンドや『New Young City』という作品、夏bot という音楽家の姿、そのありかたを少しでも浮かび上がらせるものになっていればと思う。

もともと僕は根っからのアメリカ人だと思っていて。なので、日本人らしさや季節観、日本的な無常観は後天的に学習して身につけた部分があって。でも若手のインディ・バンドは英語で歌うのが当たり前で、日本語で歌うのはダサいという風潮すらあったり。僕が苦労して身に付けたものをそんなに易々と手放すなよ、みたいな意識があって。

For Tracy Hyde は毎回、映画的なコンセプトや映画のモティーフを使っていますよね。どうして映画というフォーマットをなぞったアルバムを作るんでしょう?

夏bot:深い理由があるようで、特にないというか……。コンセプト・アルバムを作るうえで「架空の映画のサウンドトラック」というのは、わりと月並みな手法ではあると思うんです。
 やっぱり僕は古典的なアルバム・リスナーなので、音楽をアルバム単位で、CDで通して聞くということにこだわりがあって。いまの時代はシングル単位で、(曲を)飛ばして聞くというのが主流になってきていると思うんですけど。ちゃんとCDで、アルバムを通して聞く意味がある作品を提示したいと思ったときに、「トータル性のあるコンセプト・アルバム」というのがフォーマットとしてはいちばん適しているのかなと考えていて。
 で、同じく最初から最後まで通しで見ないと意味がないものとして映画というものがあると思うんですよね。なので、消費のプロセスとして一致するものがあるというか。映画になぞらえてアルバムを作ることで「これは一枚通して、一度に聞いてほしい」という意思表示やストーリーの演出が明確にできるのかなと。
 それともうひとつは、このバンドが全国デビューしたタイミングで僕が好きだった人が、すごく映画を好きだったという理由もあります(笑)。その人を好きになったことをきっかけに、けっこう映画を見られるようになって。ちょうどそのとき大学院に通っていて――英文科にいたんですけど。でも、僕はもともと文学にまったく興味がなくて(笑)。

なんで大学院にまで通ったんですか(笑)?

夏bot:就職に失敗したから、逃げるように進んだんです(笑)。文学に興味ないし、苦痛だなあと思ったので、単位を稼ぐために映画の授業を取ったんです。それがだいたいさっき言ったタイミングで、めちゃくちゃ映画を見るようになったという。

なるほど。さっき「消費」って言葉を使ったのがおもしろいなと思って。夏bot さんは作品を消費する感覚があるんですか?

夏bot:いや、そういうわけではないんです。僕はもともと生まれてすぐアメリカに渡って、幼少期はそこで過ごした関係で、日本語は一言もしゃべれなかったんですよね。なのでいまでも習慣として、日本語と英語の両方で同時にものを考えるところがあって。
 いま、完全に英語の「consume」っていう単語が念頭にあって、それで日本語で「消費」って言ってしまったんだと思います。言われてみると、ちょっと不思議な感じがするな、自分でも(笑)。

細かいことを聞いてしまって失礼しました。このまま言語の話題にいくと、For Tracy Hyde はこれまで日本語詞にこだわっていました。それはどうしてなんですか?

夏bot:もともと僕は根っからのアメリカ人だと思っていて。大人になったら軍隊に入るつもりでいたぐらいなんです(笑)。なので、日本人らしさや季節観、日本的な無常観は後天的に学習して身につけた部分があって。
 でも現代の日本社会においては、そういった部分はおろそかにされがちというか。若手のインディ・バンドは英語で歌うのが当たり前で、日本語で歌うのはダサいという風潮すらあったり。メインストリームのポップスも、サビでいきなり英語になるとか――もともとそういったものにすごく抵抗があったんです。僕が苦労して身に付けたものをそんなに易々と手放すなよ、みたいな意識があって。
 あとは、日本的な情緒を表現するには日本語が言語としていちばん適しているという。僕は日本語の響きやニュアンスがすごく好きでもあるんです。なので、そういったことをトータルでひっくるめて日本語詞に対するこだわりがあるのかなと。

夏bot さんは日本語に対して「エイリアン」みたいな感覚がありますか? それとも、ご自身の一部としてある?

夏bot:はっきりどちらとも言い難いんですけど……。言語に限らずにいまでも自分は、多少はアウトサイダー的な感覚はあるのかなと思います。東京にずっと暮らしていて、この街並みは当たり前のものだと思うんですけど、いまだに夜景がきれいだなあと感動することがあったり。

前作『he(r)art』についてのインタヴューでもそうおっしゃっていましたね。

夏bot:ええ。だから、いまも日本の社会や風景を美化して見ている部分は少なからずあるんです。

異邦人のような感覚?

夏bot:多少はありますね。潜在(意識)レヴェルかもしれないんですけど。

それを踏まえてお聞きすると、新作では“Hope”と“Can Little Birds Remember?”の2曲で英語詞に挑んだことがトピックだと思うんです。これはどうしてなんですか?

夏bot:ここ数年、SNSを通じて世界各地に点在するファン層の存在を意識することがすごく多くって。WALK INTO SUNSET という日本語詞で活動しているインドネシアのバンドがいるんですけど、そのメンバーが一昨年の夏ぐらいに来日して遊ぶ機会があったんです。それを皮切りにして、インドネシアやシンガポールのインディ・バンドとつながるようになって。

今年の1月にツアーで共演した Sobs も?

夏bot:ええ。Sobs のレーベル・メイトの Cosmic Child とか Subsonic Eye とかとは一通り会いました。それで、自分たちの音楽が日本語詞のままで世界に根付いていっている感じがあって。
 それ以降、日本語詞でこれだけ浸透するんだったら、英語で歌うとどうなるのかなって気になりだしたというのはありますね。これでもし僕らの音楽がもっと海外に浸透して、いろいろなひとの人生の一部になっていったらすごく素敵だなあと。
 同時に、以前から日本のインディ・バンド全般について英語がぜんぜん正確ではないというのがすごく疑問で(笑)。文法も正しくないし、発音も明瞭じゃない。英語がうまい部類に入るバンドでも脚韻に対する意識がすごい甘かったり、英語のアクセントがメロディーのアクセントに合致していなかったり。
 なので、日本語にこだわりがあるイメージが強い自分たちが、ものすごくしっかりした英語の曲を出したら、それを日本のシーンがどう受け止めるかのかはちょっと検証してみたいなと。

その視点はおもしろいですね。韻って詩/詞の音楽的な要素なので。たしかに海外のポップ・ソングってがっつり韻を踏みますよね。夏bot さんは昔から歌詞の韻を気にしていたんですか? それとも英語圏のものをずっと聞いていたから?

夏bot:気にする気にしないというよりはもう、海外で育つと「そういうもんだよな」という(笑)。韻を踏んだ歌詞というものが当たり前すぎて、逆に英語の歌詞で韻を踏まないというのがぜんぜん考えられない。そのあたりが日本語と英語の作詞面での分断というか。
 日本は意味性重視で、響きにこだわらない部分が大きいと思います。そこに対して疑問があるとか、こうでなくてはいけないみたいな考えはぜんぜんないんです。実際、僕の日本語の歌詞はそんなに韻を意識して書いていないので。英語の詞は韻を踏まないといけないと感じているのと同じぐらい、日本語の詞は韻を踏まないのが当たり前だと受け止めているので、違和感はないんです。

「エイリアン」「異邦人」なんて勝手に言ってしまいましたけど、夏bot さんの話を聞いていると、どこか冷めた視点で客観的に日本の音楽を眺めているように感じます。そういう感覚はありますか?

夏bot:特別冷めた視点があるという意識はないんですけれど……。国外の音楽に対しても国内の音楽に対しても、同じぐらい俯瞰的に見ている部分は少なからずある気がします。
 もともと僕は渋谷系がすごく好きで。音楽そのものはもちろん、音楽に対する批評性というか、アティテュードの面でもすごく惹かれているんです。なので、当時のインタヴューが載っている雑誌を読み漁ったりしていた時期があるぐらいなんですけれど。彼らの根底には常に批評性や俯瞰的な視点があるので、無意識下にそれがかっこいいものとして刷り込まれているのかもしれません(笑)。
 一歩引いて客観的な視点から見てるからこそ、これは使う/使わないとか、選択肢が広がる気がして。逆に当事者意識が強すぎると、そういう冷静な判断って絶対にできない。なので、意識的に俯瞰しようとか、批評意識を持とうとかしているわけではないんですけれども、結果的にそれで得るアドバンテージは少なからずあるような気がしていますね。

100パーセント・リアルではないし、非常に美化されてもいるけれども、これは間違いなく現実だし、現実で起こりうることだという。そういう意識を持って歌詞を書いて、曲を作っています。

夏bot さんは元ネタをけっこう明かしますよね。それも渋谷系というルーツがあってこそなのかなと。「サンプリング感覚」というとまたちょっとちがうのかもしれませんが。

夏bot:「サンプリング感覚」は近いかもしれませんね。僕は Shortcake Collage Tape 名義でチルウェイヴのトラックメイカーをやっていた時期があって。図書館でシティ・ポップとか民族音楽とかのCDを適当に借りて、それを非圧縮音源として取り込んで、切り刻んで、エフェクトをかけて、みたいな遊びを延々とやってたんです。
 その頃は自分の iTunes のなかにある曲を片っ端から聞いて、この曲の何分何秒から何秒まではドラムがバラで鳴ってるとか、ここは雰囲気が素敵とか、そういったものを箇条書きでメモして、それをサンプリングするっていうのをやってたんです(笑)。

それはだいぶヤバいですね(笑)!

夏bot:なので、自分がかっこいいと思ったものを切り貼りして組み立てていくっていう感覚はその頃からあるんです。

For Tracy Hyde にもそういうアティテュードはある?

夏bot:そうですね。僕もそうだし、ベースの Mav にしてもそういう部分が少なからずありますね。

夏bot さんが最初に渋谷系に触れたのは?

夏bot:僕はもともとザ・ビーチ・ボーイズがすごく好きなんです。それこそ小学生の頃から(笑)。

For Tracy Hyde のコンセプトが「Teenage Symphony for God」で、これって『スマイル』の“Teenage Symphony to God”へのオマージュですよね。

夏bot:僕、小6のときの誕生日プレゼントが『スマイル』のブートレッグだったんです(笑)。

ええっ(笑)!?

夏bot:当時は西新宿にブートレッグの店がすごい密集してたので、僕がインターネットであたりをつけて、「この店にこれがあるから買いに連れていってくれ」って(笑)。もう本当に大好きだったんですよ。
 当時、まるっと一冊ビーチ・ボーイズの話をしているムックが宝島から出ていて、それを読むと『ペット・サウンズ』の項目で“God Only Knows”をフリッパーズ・ギターがサンプリングしているなんて書いてあったんです。ただ、いかんせん小学生だったので、「サンプリング」がなんなのかをよく理解していなくって。すごくアヴァンギャルドな手法だという認識はあったので、怖い人たちがビーチ・ボーイズをもてあそんでいる、なんかやだなあとか思って(笑)。

たしかに当時のふたりには怖いところもあったらしいので、まちがってはいないですけど……(笑)。

夏bot:その後、「NHKへようこそ!」の主題歌で聞いた、ROUND TABLE featuring Nino の“パズル”(2006年)がすごくいいなと思って。これはなんてジャンルで、どうインターネットで調べたら他に似たような曲が聞けるんだろうって調べていたら、「渋谷系」というワードにぶちあたって。それが中学生くらいかな。
 渋谷系のウィキペディアを見ると、真っ先にフリッパーズ・ギターのことが書いてあるわけです。当時はまだ YouTube ができたばっかりだったんですが、とりあえず「フリッパーズ・ギター」と調べてみたら、なぜか“カメラ!カメラ!カメラ!”のMVはすでに上がっていて。そのとき初めて聞いて、かっこいいなあと思いました。それから渋谷系にのめりこんでいきましたね。

なるほど。「インターネット」というキーワードが出てきました。もしかしたら言い方が悪いかもしれませんが、For Tracy Hyde ってインターネットで人気があるバンドだと思うんです。

夏bot:まあ、そうですね(笑)。

バンドとインターネットの関係性ってどう捉えていますか?

夏bot:そもそもこのバンドはメンバーが全員 Twitter で集まったんです。もちろんリアルなつながりもあったんですけれど、核になるメンバーは本当に Twitter で知り合った人たち。当初は作品の発表の場も Twitter で、Twitter の台頭と共にこのバンドが成長したという意識があるんです(笑)。
 なので、インターネットで支持を集めているというのは当然のことだし、ぜんぜん悪い気はしません。むしろ、7年前に初めてこのバンド名義で音源を出してから、ずーっと Twitter で言及してくださっている方々がいらっしゃるというのは本当にありがたいし、うれしいことだと思いますね。
 あと、僕が宅録を始めた頃に作品を発表していたのが2ちゃん(ねる)の楽器・作曲板のシューゲイザー・スレなんですよね。

あはは(笑)! 掲示板で曲を発表していた tofubeats にも似ていますね。

夏bot:そもそも音楽活動の出発点が2ちゃんという時点で自分とインターネットは切っても切り離せないというか。なので、自分たちがインターネットで人気があるということに対してはぜんぜん負の感情はないんです。
 一方でいま、周りで台頭しつつあるバンドはもっとリアルに根差した活動とファンベースを持っているように思うんです。なので、「実体」のあるファンがたくさんいるバンド、っていう言い方をすると問題があるかもしれないんですけど……。彼らのことが無性にうらやましくなる瞬間があるのは否めませんね。

For Tracy Hyde のファンはゴーストみたいな(笑)。

夏bot:ただ、自分たちには海外に熱烈なファンがいるというのも完全にインターネットがもたらした恩恵でもあるんです。そこは一長一短だし、現状にめちゃくちゃ不満があるわけでもない、というのが正直なところですね。

でも、For Tracy Hyde の音楽にはインターネットというモティーフは出てこないですよね。それはなぜなんでしょう?

夏bot:逆に、歌詞には当たり前ではないものを書いている部分が少なからずあるかもしれませんね。東京の都心に住んでいると海はそんなに当たり前ではないし、自然も当たり前ではないし。そういう普段の生活のなかに当然のようには存在してはいないものが歌詞に頻出してくる傾向があると思っていて。そう思うときっと、インターネットはあまりにも当たり前すぎて、逆にもう存在が見えないというか。歌詞に書きようがない場所にある気はしますね。

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僕はシティ・ポップ・リヴァイヴァルをかなり批判的に見ている部分があって。都市の一側面しか捉えていないというか、上辺だけをすくって都市を肯定していると思うんです。僕は美しい部分も醜い部分も含めて都市生活と東京という街を本当に愛している。だから、「シティ」という言葉をシティ・ポップ・リヴァイヴァルから奪還したかった。

なるほど。ところで The 1975 って好きですか?

夏bot:ああ……。1975 はもう、神のようにあがめています。

そうなんですね。というのも、昨年末に出たアルバムが……。

夏bot:あれは明確にインターネットありきの作品ですね。タイトル(『A Brief Inquiry into Online Relationships』)からしてもう(笑)。

ああいったリアリズムも表現の方法としてありますよね。

夏bot:ああいう露悪性や社会性にも関心はあるんですが、自分が作品として形にするのは少しちがうなというのがあって。

For Tracy Hyde はもっとロマンティックなもの、美しいものを表現しようとしているのかなと思います。

夏bot:そこはもう一貫しています。そう考えたときに、やっぱりインターネットってちがうなと(笑)。1975 のアルバムにしても、歌詞が好きかといわれるとそうではない。あれを自分がやりたいと思う瞬間がまったくない。やろうとしてもできないんですけど。

それに関連してお聞きすると、For Tracy Hyde の音楽は逃避的なものだと思いますか?

夏bot:それについては、ぜんぜんそう思ってはいないんです。以前、Night Flowers というイギリスのバンドと対談する機会に恵まれたんですけど、そのときに話していたのはバンドを逃避的なイメージから切り離したいということでした。その意識は完全に共通しているというか、共鳴しているように感じます。
 逃避した先にあるものって現実ではない、我々の生活ではないわけでしょう。なので、人の生活に寄り添うような、人生の一部やそのサウンドトラックになるような音楽をつくりたいと思ったときに、現実逃避的な志向に対して真っ先にノーを突きつけないといけない。もっと現実と結びつきやすいものを作らないといけないなというふうに感じていて。
 アートワークの面でも具体的なモティーフをずっと使い続けていて、そこには逃避的な志向や抽象性への拒絶という意味合いが少なからずありますね。

では、夏botさんたちの音楽は For Tracy Hyde としてのリアリズムを表現している?

夏bot:そうですね。僕はリアリズムのつもりで書いています。100パーセント・ノンフィクションではぜんぜんないんですけれども、ある程度は自分の実体験だとか、友だちから聞いた話だとか、SNSを通じて見えた人の暮らしだとか、そういったものを歌詞に落とし込むようにしているので。100パーセント・リアルではないし、非常に美化されてもいるけれども、これは間違いなく現実だし、現実で起こりうることだという。そういう意識を持って歌詞を書いて、曲を作っています。

どんな音楽でもやっぱり芸術だと思っているんです。なので、いま改めて芸術としての音楽を問い直したいというか。ある意味では、「市民宗教的」というか、日本の八百万の神みたいな――そこにいるのが当たり前だけれども、大事にしなきゃいけないというか。なんとなく見守ってくれる存在というか。「いてくれて、ありがとう」という感じです。

なるほど。それも踏まえてオーソドックスな質問をすると、今回の『New Young City』にはどういうコンセプトがあったんですか? 前作には「東京」というテーマがあったわけですが、今作のタイトルは具体的な街ではないところが気になっていて。

夏bot:実はリリース前にインタヴューを受けるという経験がいままであまりなくって、今回が初めてなんです。やっぱり、リリースして初めて見えてくるものが少なからずあるというか。

まだ未整理な部分がある?

夏bot:そうなんですよね。自分のなかで具体的に見えてない部分も大きいんです。もともと僕はシティ・ポップ・リヴァイヴァルをかなり批判的に見ている部分があって。あれは都市の一側面しか捉えていないというか、上辺だけをすくって都市を肯定していると思うんです。あとはパーティ・ライフとか、都市生活の享楽的な部分をもてはやしている印象があります。
 なので、前作はシティ・ポップの意匠を取り入れて、シティ・ポップ・リヴァイヴァルの体を装って、その都市幻想を内側から瓦解させることを目標にしていたんですけれども。でも、そのコンセプトが伝わりきらなかったというか――自分たちの音楽を形容する時に「シティ・ポップ」という言葉が使われだりとか。「あいつ、あんなにシティ・ポップを馬鹿にしてたのに、自分たちのアルバムのキャッチコピーに『シティ・ポップ』って使ってるやんけ」みたいなことをネットで書かれたりとか(笑)。
 自分の力不足もあると思うんですけど、そこを表現しきれなかったことがすごく悔しかった、悔いが残ったんですよね。

アンチテーゼとしてやったのに、ベタに取られてしまった?

夏bot:そうなんですよ。表層しかすくわれなかったことに傷つきつつも、やっぱりシティ・ポップ・リヴァイヴァルに対する憎しみが消えないというか(笑)。

あはは(笑)。今回もそれを引きずっている?

夏bot:そうですね。僕は美しい部分も醜い部分も含めて都市生活と東京という街を本当に愛している。だから、「シティ」という言葉をシティ・ポップ・リヴァイヴァルから奪還したかった。一旦そこをまっさらにして、非シティ・ポップ的な文脈で都市生活を肯定してみたかったというのが、少なからず意識的にありますね。
 なんで“New Young City”っていうタイトルにしたかというと、文字通りあらゆる文脈とか含意とかを一旦切り離して、まっさらに新しく街を、都市生活を表現したかったというのがあるんです。
 同時にこれは、SUPERCAR の『Futurama』の収録曲のタイトルでもあって。もちろん SUPERCAR からはたくさん影響を受けてるし、先人たちの音楽の上に自分たちの音楽が成り立っているという意識は常にあるので、そういうリスペクトの表明でもあります。
 あるいは文化が堆積して、ある程度並列化され、古今東西の文化に同時に触れられる場として都市が存在してるというのも表現したくて。……というのがおおまかな概要ではあるんですけど、まだちょっと細かいところが見えていなくて。

とはいえ For Tracy Hyde って、外的な状況にそこまで音楽的にヴィヴィッドに反応するバンドではないと思うんです。そこはどうですか?

夏bot:ものによりますね……。セカンド(『he(r)art』)ではシティ・ポップ的な意匠や1975 的なサウンドを取り入れたり、インディR&Bの流行に反応してそういった要素を取り入れたりとかしていて。

でも、そこまでわかりやすい形ではやらないですよね?

夏bot:まあ、露骨にはやらないんですけど、伝わる人には伝わる感度でやっています。
 今作に関していうと、今年来日した Turnover が所属している〈Run for Cover Records〉とか、あの周りのエモとシューゲイズのクロスオーヴァー的な音楽をやっているバンドであったり、Alvvays であったり、いまUSインディで流行っているサウンドに感銘を受けている部分がかなりあるんです。もちろんそれをそのままやることはしないし、それは自分の美学には反するというか。あくまでも邦楽の文脈で洋楽的なサウンド・デザインを取り入れることに一貫して取り組んでいるので。
 わかりやすい形で反映しているわけではないと思うんですけども、トレンドから自分たちを完全に切り離しているかというと、もうそれは絶対にノーですね。だからこそ、今作を作ったことでいろいろ見えてくるものがあった。セカンドを作った後は、自分がこの先何をしたらいいのかを完全に見失ってしまって。

それはやりきったから?

夏bot:やりきったし、どうしたらこの作品以上のものを作れるのかとかがぜんぜん自分のなかで見えなくって。その結果活動が停滞して、このアルバムも約2年ぶりの新作になりました。一時期、このバンドはこのまま終わってしまうんじゃないかって……。

そこまで考えていたんですか?

夏bot:そういう懸念がリアルになっていました。でも今作ができて、それなりにトレンドに呼応しつつも自分たちらしい作品としてまとまって、かつ前作より自信を持って提示できるものになった。なので、この先も数年にわたって、少なくとも数年単位で、その時々のトレンドに向き合って、適度に取り入れつつもちゃんと自分たちらしい作品を作っていけるっていう自信が芽生えた感じがありますね。
 それはたぶん、他のメンバーも同様なんですけど。前作で一回終わりかけたけども、今作で持ち返したし、あと数年はぜんぜん戦っていけるっていうのが共通認識としてあるはずですね。

バンドのモードが変わったのはどうしてなんですか?

夏bot:明確に因果関係があるかはわからないんですけれども、やっぱりトリプル・ギターになったというのがあって。

ヴォーカルの eureka さんがギターを弾くようになったんですよね。

夏bot:ギターが1本増えて、従来のシンセをいっぱいレイヤリングして、アトモスフェリックな音像を作るっていう手法が使えなくなった。なので、シンプルに削ぎ落とす必要が出てきたんですよね。音像がシンプルになったぶん、もっとちゃんと歌を聞かせないといけないし、それには当然歌詞とメロディーを大事にしないといけない――そういう基本的な部分に立ち返ることができたというのも多少あるような気がしていて。
 音像を見つめ直したらソングライティングが変わったっていうのは絶対ある。かつ、シンプルに歌と向き合うっていうことを考えたときに、さっき名前を挙げた Turnover とか、昔から好きな Jimmy Eat World とかが持っている歌心や情感が、かなり自分のなかでしっくりきたんです。それがいまやろうとしていることとすごくマッチしているなっていう実感が湧いた。あとは、もっとストレートなギター・ロックっぽいアプローチをしようと考えたことで、PELICAN FANCLUB や mol-74 のような、いま邦ロックのメインストリームにいるバンドの音楽とも向き直るきっかけになって。

最後にひとつお伺いします。夏bot さんのブログを読んでいると、聞き手やシーンのことをすごく考えていらっしゃいますよね。先日は「僕は本気で自分のルーツに当たるインディ音楽にメインストリームでのポピュラリティを獲得させたくてバンドをやっています。そうすることでメインストリームの音楽は多様化してより豊穣になり、インディからメジャーに至るまでバンド・シーン全体の活性化/延命に繋がると思っているのです」と書いていました(https://strawberry-window.hatenablog.com/)。でも、バンドで音楽をやる、曲を作るって、世のため人のためにやるわけじゃない。なのに夏bot さんがこれほど聞き手や周りのことを考えているのはどうしてなのかなって思ったんです。ご自身が音楽文化から恩恵を受けてきたからなのか、あるいは思いやりが深い方だからなのか……。

夏bot:ああいうのは大概まあ、はったりですよ(笑)。

そうなんですか? でも、心にもないことを言っている、という感じではないですよね。

夏bot:でかいことを成し遂げたいな、一旗揚げたいと思ったときに、できっこないよなと思ってたら、絶対できないので。やっぱり、ある程度大きな目標を成し遂げようと思ったら、ちゃんと大きいことを言っていかないといけない。でも、本当に思ってないことはやっぱり絶対言えませんよね。
 自分は作り手以前にいちリスナーとして、本当に音楽に救われてきたり、生活を支えられたりした部分があるんです。Ride のような80年代、90年代の、決して演奏はうまくないんだけれども、とにかく曲が抜群によくって、かつ複雑なことをしていないから自分でも似たようなことができるかもしれないって思えるバンドと出会ったことが、いまの自分の人生にかなり大きな影響をもたらしている。いまバンドでこんなことをやってられるのも、高校時代に Ride とかと出会って、野球部を辞めたからで(笑)。

あはは(笑)。野球部を辞めてギターを持ったんですか?

夏bot:いえ。野球部をやりながら宅録をしてたんですけど、宅録のほうが楽しいなと思ったっていう、それだけの理由なんです。自分は音楽に人生を変えられたので、同じように音楽で人生が変わる方がいらっしゃるとうれしいなあという気持ちは少なからずあります。そこを目標にして音楽に取り組んでいるのは、事実ではありますね。

安っぽい言い方ですけど、「音楽カルチャーへの恩返し」というか。

夏bot:そうですね。何かしら恩返し、寄与したいというのはあるし。そうやって自分の音楽を聞いて育ったバンドが将来出てきたとして、そのバンドが同じようにシーンへの寄与だとかリスナーへの貢献とかを意識した音楽を作るようになって――そういうサイクルが生まれたらそれはすごく素敵だと思う。一時しのぎとか商業主義とかではない、ちゃんとした遺産というか、伝統というか。そういう精神性が継承されていくことで、ポピュラー・ミュージックの寿命は少しでも延びていくと思うので。

ポピュラー音楽は死にかけていると思っています?

夏bot:そうは思っていないんですけど、少なくとも音楽は芸術だという認識はどんどん薄れていっている。(違法音楽アプリの)Music FM のように、音楽は無料でそこらに転がってるのが当たり前で、崇高な表現を目指して作られているものではないとか、一時的な流行の消費物だとか――そういう認識をされているように感じる瞬間がすごく多くって。
 でも僕は、どんな音楽でもやっぱり芸術だと思っているんです。なので、いま改めて芸術としての音楽を問い直したいというか。そういう認識を広めて、受け継いでいきたいという気持ちは少なからずありますね。ただ、いかんせん自分にそんな影響力はないので、それがどこまでできるのか、まだわからないんですけど。ゆくゆくはそういう視点から発信できるような立場にいけたらなあと思いますね。

でも、「芸術」としてしまうと権威主義になる可能性もあると思うんです。ポピュラー音楽は私たちに近いものであるからこそすばらしいのであって、崇高なものだと思われ過ぎるのもおかしい……。そこはどうですか?

夏bot:そうなんですよね……。ある意味では、「市民宗教的」というか、日本の八百万の神みたいな――そこにいるのが当たり前だけれども、大事にしなきゃいけないというか。

お地蔵さんとかお稲荷さんとか?

夏bot:お地蔵さんを蹴ったらバチが当たるでとか、唾を吐きかけたらあかんでみたいな。

それがポップ・ミュージック?

夏bot:それぐらいの感じで、そんなに恭しく接する必要もないし、畏れる必要もないけれども、なんとなく見守ってくれる存在というか。「いてくれて、ありがとう」という感じです。それぐらいの立ち位置に収まるとちょうどいいのかなあと。
 音楽を芸術だと捉えるのが権威主義的というよりは、逆に旧来の絵画や彫刻のようなファイン・アートや、映画とか写真とか、ああいったものが位置として上にいすぎるのかなという意識もあるんです。なので、そのへんがもうちょっと平らになって、その中間地点ぐらいの位置に音楽も収まって、身近に接することができるものだけれども、ちゃんと価値があるし、人の心を動かしたり人生を変えたりする力があるものとして並び立つと、ちょうどいいのかなという気がします。

わかりました。では、この『New Young City』を聞いて、野球部を辞めて、ギターを持ったり宅録をはじめたりする少年少女たちがいればいいなって思いますね。

夏bot:べつに野球は続けてくれてもいいんですけどね(笑)。

For Tracy Hyde『New Young City』 Release Tour 『#FTHNYC』東京公演

 2019年10月16日(水)
 会場: 渋谷WWW
 出演: For Tracy Hyde
 guest / warbear
 opening act / APRIL BLUE
 時間: 開場 18:00 開演 19:00
 料金: 前売り 3000円 当日 3500円
 *ドリンク代別
 チケット
 e+にて発売中
 https://eplus.jp/sf/detail/3042780001-P0030001

BJ The Chicago Kid - ele-king

 ソウル/R&Bの名門レーベルである〈モータウン・レコード〉に所属し、現行ソウル・ミュージック・シーンを代表するシンガーである BJ the Chicago Kid が、自らの誕生日(=11月23日)をタイトルに付けた、3rd アルバム『1123』。元々、Kendrick LamarSchoolboy Q ら〈TDE〉の関連作や、Dr. Dre 『Compton』などへのゲスト参加によって注目を浴び、シンガーとしての高い実力を知られるようになっていった彼であるが、前作『In My Mind』リリース後の約3年半だけでも、Anderson .PaakChance The RapperSolangeCommonTalib Kweli、PJ Morton、Rapsody など、実に様々なアーティストの作品に客演しており、音楽業界内でも引く手あまたな存在である。ヒップホップとソウル、両方のシーンとも強い親和性のあるシンガーという意味では、本作にも参加している Anderson .Paak にも共通のものを感じるかもしれないが、お互いの基本的な方向性は異なる。あくまでもヒップホップがルーツである Anderson .Paak に対して、BJ the Chicago Kid の場合は地元シカゴの教会でのゴスペルの経験や、あるいは伝統的なソウル・ミュージックがその根底にあり、彼が〈モータウン〉に所属しているというのも、その証(あかし)とも言えるだろう。

 そんなふたりが共演しているオープニング曲“Feel The Vibe”は、本作でもベストな一曲だ。Justin Timberlake のプロデュースなどで知られるヒットメーカー、Danja がプロデュースを手がけているこの曲は、現在進行形なサウンドの中に、スクラッチとホーンによって90年代的なノスタルジックなテイストが加えられており、そこに Anderson .Paak のラップと BJ the Chicago Kid の歌が絶妙に絡まって、極上のハーモーニーを生み出している。続く“Champagne”も Danja のプロデュース曲だが、こちらは Danja が得意とするシンセ・サウンドが全面に押し出され、キラキラとしたアーバン感と、BJ the Chicago Kid の色気のある歌声との相性は完璧だ。プロデューサーとしてもう一組、本作のキーとなっているのが Cool & Dre で、彼らが手がけた“Can't Wait”のほうはトラップの要素が入った R&B チューンでこちらも面白いのだが、注目すべきはもう一曲の“Playa's Ball”だ。60年代、70年代のソウルを強く意識したドライで温かみのあるサウンドに、BJ the Chicago Kid のヴォーカルが実に生っぽくソウルフルに響き、さらに後半に登場する Rick Ross の圧倒的かつ渋い存在感のラップも実に素晴らしい。かと思えば、Offset (Migos) をフィーチャした“Worryin' Bout Me”や、Afrojack がプロデュースを手がけた“Reach”などで、いまっぽく思いっきり派手にキメているのも、それはそれで BJ the Chicago Kid らしい。

 一枚のアルバムの中に、実にヴァラエティ豊かなサウンドが揃っており、トラックごとに変化する、BJ the Chicago Kid の多種多様なスタイルを十二分に堪能できる作品と言えるだろう。個人的にはプロデューサーを絞って、“Playa's Ball”のようなスタイルでアルバム一枚作っても、かなり面白いものができるのでは? とも思うが、今後、彼がどのような方向へ進むのかも楽しみだ。

Danny Brown - ele-king

 デトロイト出身の異色のラッパー、ダニー・ブラウンが3年ぶりの新曲“Dirty Laundry”をリリースした。驚くべきことに、プロデューサーはQティップである。来るべきアルバムのほうにも注目が集まっているが、そちらにはお馴染みのポール・ホワイトに加え、ジェイペグマフィア(!)、フライング・ロータス、スタンディング・オン・ザ・コーナーがプロデューサーとして参加、さらにラン・ザ・ジュエルズ、オーボンジェイアー、ブラッド・オレンジらがゲストとして招かれているという。続報を待とう。

DANNY BROWN

Qティップがプロデュースした新曲“DIRTY LAUNDRY”をドロップ!
ニュー・アルバム『UKNOWHATIMSAYIN¿』には豪華プロデューサー/ゲストが集結!

異彩を放ち続ける人気ラッパー、ダニー・ブラウンが、エイフェックス・ツインやフライング・ロータスを擁する〈Warp Records〉との電撃契約も話題となった前作『Atrocity Exhibition』から3年振りとなる、新曲“Dirty Laundry”をリリース!

現在トークバラエティー番組「Danny's House」でホストも務めるなど、セレブリティーとしての地位も築いているダニー・ブラウンだが、ファンの間では、かねてより新作の大物プロデューサーが誰になるのかが噂されていた。本人のSNSや最近のインタビューで、ア・トライブ・コールド・クエストのQティップが、エグゼクティブ・プロデューサーであることが明かされ、期待が高まり続けていた中、彼らしいユーモア溢れるミュージック・ビデオと共に、新曲“Dirty Laundry”が解禁された。

Danny Brown - Dirty Laundry
https://youtu.be/1okqvhq7ZaI

自身やア・トライブ・コールド・クエストの作品を除けば、Qティップが他アーティストをプロデュースするのは、1995年のモブ・ディープ『The Infamous』以来とあって、大注目が集まっている新作のタイトルは『uknowhatimsayin¿』。そこにはQティップの他に、ポール・ホワイト、ジェイペグマフィア、フライング・ロータス、スタンディング・オン・ザ・コーナーがプロデューサーとして名を連ね、ラン・ザ・ジュエルズ、オーボンジェイアー、ジェイペグマフィア、ブラッド・オレンジがゲストとしてフィーチャーされている。

label: Warp Records
artist: Danny Brown
title: Dirty Laundry
release date: 2019.09.06

iTunes: https://apple.co/2kx16Yh
Apple Music: https://apple.co/2lF6qJi

For Tracy Hyde - ele-king

 もちろんこれまでの作品も音質/テクスチャへの強いこだわりを感じさせるものだったが、本作を一聴してまず感じるのは、それにもまして断然音がいい(整頓されている)、ということだ。時に出現するシューゲイザー的ノイズの中にあっても、そのノイズは丁寧にコントロールされ、理知的に配置されているふうだ。これはエンジニアリングやアンサンブルにおける音域統御が精度を増したことによるものであろうが、もっと根源的なレベルにおいてのことにも思える。J-POPまでをもパースペクティヴに収められながら、それぞれの音が文化的所与物としての性格を完全に把握された上で、そこにあることを統御されている感覚。いわゆるバンド・サウンドであることに違いないのだが、本作でそれを駆動する志向/思想は、60年代以来敷衍されてきた、ロック・バンドたるものメンバー各人が個性的存在として偶発的にパッショネイトしあうべし、という前提とすれ違うようなのだ。それはしかし、いま一番味わってみたい類のスリルにみちたすれ違いでもある。

 For Tracy Hyde は、2017年に夏bot (メンバーの名前です)の宅録プロジェクトとして U-1 (メンバーの名前です)とともに始動した。2014年には、現在はソロ・アーティストとしても大活躍のラブリーサマーちゃんをヴォーカルに迎え、女声をフィーチャーしたバンドとしての形が整った。その後ラブリーサマーちゃんの脱退を経て、新たに女性ヴォーカリスト eureka が加入、さらには前ドラマーの脱退に伴い、今作から草稿(メンバーの名前です)が加わった。いわゆるドリーム・ポップやシューゲイザー・サウンドに根ざしつつも、近作では、一見すると同時期に勃興してきた2010年代シティ・ポップの潮流に呼応するようなアンサンブルを取り入れたりもしたのだった。かといって、同時期の少なくないバンドがそうしたようなアップリフティングでストレートな都市生活礼賛に陥ることはなかった。前作『he(r)art』に色濃く反映されていた、周囲で沸き起こるムーヴメントを内側からクールに指弾するようなそうした手つきは、したたかでそこはかとない批評性を匂わすものだった。その時期から、このバンドが一筋縄ではいかない(好ましい)ねじれを孕んでいることに強く興味を惹かれたのだった。

 そして本作に至り、その好ましいねじれはさらに洗練を究めたように思われる。3本のギターが音域とフレージングを分け合うアンサンブルや、Alvvays をレファレンスとしたというそのサウンドメイクは、ドリーム・ポップ/ギター・ポップの系統を深く消化したものながらも、楽曲構造自体、特にメロディーが極めて確信的にJ-POPめいているのだ。(私のような)古式ゆかしいオルタナティヴ・ロック・ファンの感覚からすると、本来J-POP性からの逃避こそがオルタナティヴ・ロックの金科玉条だったはずであって、その逃避度合によってそのアクトが「本物」かどうかを決されるという死活的要件だったはずだ。しかしここには、そういった大前提すらがまず存在していず、ほとんどの曲で90年代のJ-POP黄金時代を彷彿とさせる(ごくウェルメイドでポップ極まりない)メロディーが横溢しているのだ。その驚き。そしてその新鮮さ。

 思えばこの10年ほどで、オルタナティヴ・ロックの他のシーン、例えば DTM と言われる小さくない文化圏ではこうした傾向は珍しいものでなくなっている。tofubeats らの活躍をみるまでもなく、例えばブックオフの280円コーナーに埋もれている過去のCDに収められたメジャーなポップスを自らの音楽の側へ主体的に引き寄せるという価値逆転的行き方は、いまでは既に珍しいことでなくなっている。For Tracy Hyde というバンドと本作は、そうした心性をオルタナティヴ・ロックというフィールドに持ち込んだとすると分かりいいかもしれない。いや、持ち込んだというよりはむしろ、ごく自然に彼らの中に胚胎している心性なのかもしれない。それを指して「インターネット世代的」とひとくくりにしてしまうことも可能かもしれないが、そういう大づかみの理解から漏れ出る魅力も本作は湛えてもいる。
 ロックが時代の先頭ランナーから脱落して久しいいま、さらには「新しい」音楽はもうこれ以降生まれえないのではないかという考えが多くの人に憑依しているいま、こうした心性をもって退行だとか保守化だとか指摘するのはたやすいかもしれない。しかしながら、ポップ・ミュージックがその前進を止めたようにみえるいまだからこそ、いま一度ポップ・ミュージックの歴史の中で前提とされていた事柄(例えば、J-POP性を嗅ぎ取れるロックは唾棄すべきものだ、とすることとか)を、自覚的かつ無垢な興味をもって相対化することは、決して保守的な仕草ということはできないだろうし、むしろドラスティックに批評的でもある。
 はっきりいっておくと、オルタナティヴ・ロックを含めたロック一般は、ポストモダン以降の状況に十分に対応できてこなかったのかもしれないのだ。相対主義が席巻して以降のいまにあって、J-POP性と(確信的に)はつらつと戯れる最新のオルタナティヴ・ロックが登場したということは、ロックの延命にとってのカンフル剤にはならぬにせよ、相当に痛快なことなのではないか。ロマン主義的なロックンロール個人主義から離れ、過去のアーカイヴに即時的にアクセス可能な環境の中でアンサンブルとサウンド全体を文化的構築物として強く統御せんとする心性は、こうした状況下によってさらに強くドライヴするし、インターネット空間的コミュニケーションの中でさらに強く純化されうるし、実際この作品はされているように思う。

 ところで本作のタイトルは『New Young City』である。「ニュー」と「ヤング」というのは同義反復でないかしらと一瞬思うわけだが、これまで論じてきたことに照らすと、律動する若い肉体を祝祭するロック用語としての「ヤング」(かつてグループ・サウンズに氾濫した「若い」という形容詞を思い起こして下さい)のその先へ、と読むこともできる(はちゃめちゃに壮大に読むなら、「New Young」とは、アーサー・C・クラークの名作『幼年期の終り』における「新しい子どもたち」のことなのかしら、とも思ったりする……)。いずれにせよ、このニューヤングたちは、甘み(J-POPも含めたポップス文化)を厳しく統御し、この連作短編めいたアルバムにまとめたのだった。青春の群像を物語ろうとする細やかな歌詞も含め、きわめて精緻な楽曲の組み上げぶりから、オルタナティヴ・ロック風のシンフォニーめいたなにかを作り出そうとした強い意志も感じる……とここまで書いて、(M5のように直接的な影響を感じさせる曲もあるし)ザ・ビーチ・ボーイズの『ペット・サウンズ』を思い起こしたのだが、実際バンドのプロフィールに「21世紀のTeenage Symfony for God」を作り出す、と書いているのを見て、得心。そういう意味で、前段までを費やしつらつらと述べてきたような現在における状況論的な価値を超え出て、未来にわたって聴くものの青春を寿ぐ音楽作品としてエバーグリーンな魅力も備えているのだった。極めて2019年的であると同時に、無時間的。この先どんなふうにこの作品が聴き継がれていのか、それを考えるのもまた楽しい。

Gilles Peterson - ele-king

 少し前に告知されていた10月12日のジャイルス・ピーターソンの来日公演だけれど、あらためてその詳細が発表された。Studio X にはジャイルス本人に加え、昨年アルバムをリリースした松浦俊夫と、同じく昨年コラボレイトを果たしたGONNO × MASUMURAが出演する。Contact にはDJ KAWASAKI や SOIL&"PIMP"SESSIONS の社長、そして MASAKI TAMURA、SOUTA RAW、MIDORI AOYAMA の「TSUBAKI FM」の面々が登場! ヴェテランと若手の共演をとおして、現在進行形のUKジャズやハウスと出会い直す、素晴らしい一夜になりそうだ。

Gilles Peterson at Contact
2019年10月12日(土)

Studio X:
GILLES PETERSON (Brownswood Recordings | Worldwide FM | UK)
TOSHIO MATSUURA (TOSHIO MATSUURA GROUP | HEX)
GONNO x MASUMURA -LIVE-

Contact:
DJ KAWASAKI
SHACHO (SOIL&”PIMP”SESSIONS)
MASAKI TAMURA
SOUTA RAW
MIDORI AOYAMA

Foyer:
MIDO (Menace)
GOMEZ (Face to Face)
DJ EMERALD
LEO GABRIEL
MAYU AMANO

OPEN: 10PM
¥1000 Under 23
¥2500 Before 11PM / Early Bird
(LIMITED 100 e+ / Resident Advisor / clubbeia / iflyer)
¥2800 GH S Member I ¥3000 Advance
¥3300 With Flyer I ¥3800 Door

https://www.contacttokyo.com/schedule/gilles-peterson-at-contact/

Contact
東京都渋谷区道玄坂2-10-12 新大宗ビル4号館B2
Tel: 03-6427-8107
https://www.contacttokyo.com
You must be 20 and over with photo ID

Thom Yorke - ele-king

 彼のことを見直したのは2017年だった。例のテルアヴィヴ公演をめぐるごたごたである。かの地で演奏することはパレスティナへの弾圧に加担することにほかならない、とイスラエルにたいする文化的ボイコットを推奨する団体「アーティスツ・フォー・パレスチナ・UK」がレディオヘッドを非難、5人それぞれに公演の中止を要請したのだ。それにたいしトム・ヨークは「ある国で演奏することは、そこの政府を支持することとおなじではない」と一刀両断、バンドはそのまま予定されていた公演を敢行する。ちなみに糾弾側にはロジャー・ウォーターズやサーストン・ムーアなども名を連ねていたのだけれど、もっとも手厳しかったのは映画監督のケン・ローチで、「弾圧する側に立つのか、弾圧されている側に立つのか」と容赦のない二択を迫った。
 この混乱はアンダーグラウンドにまで飛び火し、翌2018年、「イスラエルにたいする学問・文化ボイコットのためのパレスティナ・キャンペーン(PACBI)」による協力のもと、ベンUFOやカリブー、フォー・テットやローレル・ヘイローなどが「#DJsForPalestine」というハッシュタグを共有、つぎつぎとボイコットへの賛同を表明していった(ちなみにフォー・テットはトム・ヨークとコラボ経験がある)。そのような対抗運動は「BDS(Boycott, Divestment, and Sanctions:ボイコット、投資引きあげ、制裁)」と呼ばれているが、かのブライアン・イーノもその強力な支持者である。
 それらの経緯や各々の意見については『RA』の特集が詳しいので、ぜひそちらを参照していただきたいが、このボイコット運動の最大の問題点は、それがあたかもこの地球上に、「良い国家」と「悪い国家」が存在しているかのような錯覚を撒き散らしてしまうことだろう。イギリスやアメリカ(や日本)では大いにライヴをやるべきである、なぜならイギリスやアメリカ(や日本)はイスラエルとは異なり、そこに生きる「すべての」人間にたいし何ひとつ、いっさいまったく抑圧的なことをしない善良な国家だから──ある特定の国家のみを対象としたボイコット運動は、国家そのものにたいする疑念を覆い隠してしまう。

 とまあそういう「音楽に政治を持ち込もう」的な混乱のなかで、いつの間にかその存在さえ忘れかけていたトム・ヨークのことを思い出すにいたったのである。彼の音楽について考えなくなってしまったのはいつからだろう、むかしはレディオヘッドの熱心なファンだったはずなのに──もちろんトム・ヨークはずいぶん前から果敢にエレクトロニック・ミュージックに挑戦し続けてきたわけだけど、どうにもロックの呪縛から逃れられているようには思えなかったというか、正直なところ『The Eraser』も『Tomorrow's Modern Boxes』もいまいちピンと来なかった。
 ソロとして通算3枚目となる新作『Anima』は、しかし、素直に良いアルバムである。彼はようやくロックの亡霊を振り切ることに成功したのだろうか? ジョニー・グリーンウッドの活躍から刺戟を受けたのかもしれない。あるいは『Suspiria』のサウンドトラックを手がけたことがなんらかのトリガーになったのかもしれない。いずれにせよトム・ヨーク(とナイジェル・ゴッドリッチ)によるこの5年ぶりのアルバムは、彼が長年エレクトロニック・ミュージックを享受してきたことの蓄積がうまい具合に実を結び、ストレートにアウトプットされているように聞こえる。

 今回の新作は、かつてツアーをともにしたフライング・ロータスがライヴでループを用いて即興していたことからインスパイアされているそうなのだけど、たとえばハンドクラップのリズムと「いーいー」と唸る音声がユーモラスに対置される冒頭の“Traffic”や、いろんな声のアプローチが錯綜する“Twist”といった曲によくあらわれているように、その最大の独自性はさまざまな音声とリズムの配合のさせ方に、そしてストリングスとシンセの融合のさせ方にこそ宿っている。
 とくに素晴らしいのは後半の5曲で、ご機嫌なベースと崇高なコーラスのお見合いから、ライヒ/メセニー的なミニマリズムへと移行する“I Am A Very Rude Person”も、遠隔化されてふわふわと宙を漂うレトロフューチャーなブリープ音に、重厚なチェロとコントラバスが喧嘩を吹っかける“Not The News”も、虫の羽音を思わせる電子音の足下で強勢が複雑に変化し、次第にポリリズミックな様相を呈していく“The Axe”も、どれも細部を確認したくなって何度も聴き返してしまう。“Impossible Knots”におけるドリルンベース的なハットの反復と、そこから絶妙に遅れて爪弾かれる生ベースとの不一致もいい感じに気持ち悪くてクセになるし、“Runwayaway”のブルージィなギターのうえでぶるぶると震える声のサンプルはベリアルの発展形のようで、ポスト・ポスト・ポスト・ダブステップとでも呼びたくなる印象的なビートがそれを補強している(この曲もまたチェロとコントラバスがいい)。

 あとはトム・ヨーク本人が歌うのをやめれば……と思う曲もなくはないけど、こういう素朴に良い内容のアルバムを送り出されると、もう彼のことを無視できなくなるというか、これからはまたしっかり彼の動向を追いかけていくことになりそうだ。

 おまけ。アルバムのリリースから一月ほど経って“Not The News”のリミックス盤が登場、3年前にコラボを果たしたマーク・プリチャードイキノックスクラークの三組が存分に腕をふるっているのだけれど、それぞれかなりおもしろい解釈を聴かせてくれるので(とくにクラークがすごい)、そちらもおすすめ、というかマスト。

interview with Yosuke Yamashita - ele-king

ドラムの森山がとりあえず一番凶暴になりまして、ドーンと打ち込んでくる。それに対して僕は最初は指で応じていたんですが、森山のドーンは強烈ですから、こっちも負けずにやってやるというので、ダーンと打ち返した。それが肘打ちのはじまりですね(笑)。

 山下洋輔トリオが結成から50周年を迎える。それに併せて12月23日(月)に新宿文化センターにて、「山下洋輔トリオ結成50周年記念コンサート 爆裂半世紀!」と題したイベントが開催される。歴代のトリオ参加者である中村誠一、森山威男、坂田明、小山彰太、林栄一らはもちろんのこと、三上寛、麿赤兒、そしてタモリさえもが参加する、めったにお目にかかることのできない集大成的な催しである。遡ること50年前、すなわち1969年に病気療養から復帰した山下は、ピアノ、サックス、ドラムスという特異な編成で、既存のジャズに囚われることのない「ドシャメシャ」なトリオを結成した。ときを同じくしてギタリストの高柳昌行は吉沢元治、豊住芳三郎らと結成したニュー・ディレクションで最初のアルバム『インディペンデンス』を録音し、ピアニストの佐藤允彦はドラマーの富樫雅彦らとともに耽美的な傑作『パラジウム』を発表している。あるいは富樫、高柳、吉沢、高木元輝という黄金のカルテットによる先駆的な即興作品『ウィ・ナウ・クリエイト』がリリースされたのも同年である。のちに日本のフリー・ジャズと総称される立役者たちが出揃った1969年は、まさしく日本のフリー・ジャズの幕開けを告げたきわめて重要な年だったと言ってよい。

 彼らの道行は70年代に入ると勢いを増すとともにそれぞれに大きく分かれていったように思う。あるいはそれぞれのオリジナリティが確立されていったと言うべきだろうか。そのなかでもわたしたちが思い起こさなければいけないのはおそらく、山下洋輔トリオが決してエリート主義に陥らなかったということである。むろん万人に受ける音楽などないし、誰もが聴かなければならない唯ひとつの音楽などこの世にはない。とはいえミュージシャンが聴衆を選別することほど不毛なこともない。日本においてフリー・ジャズというある種の特殊な音楽が、ジャンルの壁を超えて様々なミュージシャンの基層にあり、そしていまもなお聴衆を惹きつけているのだとすれば、それは間違いなく山下洋輔トリオがあくまでも「開かれた場所」において活動することに徹してきたからに他ならない。このことは先日、誰もが出入りできる東京タワーの麓で開催された「アンサンブルズ東京」において、大友良英──大友は山下ではなく高柳に師事していた──によるフォルムを持たない即興的なアンサンブル、あるいはノイジーなギターの響きを聴いたときに、いまもなおかたちを変えて受け継がれているとともに、これからも確保していかなければならないものなのだと強く感じた。であればこそわたしたちは、開かれた過激さを纏う山下洋輔トリオの活動と当時の同時代的な状況について、単に過ぎ去った時代を回顧するのではなく、アクチュアルな問題意識をともなってあらためて振り返る必要があるだろう。(細田成嗣)

既成のものをぶち壊せという運動もたしかにありましたが、僕らに関して言えば、音楽を政治的なメッセージとして演奏したことは一度もないです。そういうことを音でもできるよというか、自然に壊しちゃってるところが結果的には一致していましたけどね。

山下洋輔トリオが結成された1969年にはまだフリー・ジャズというものが存在しなかった。正確に言うとのちにフリー・ジャズと呼ばれるような音楽は、その頃の日本ではニュー・ジャズと呼ばれていたと聞いています。ニュー・ジャズ、つまり新しい音楽に取り組むという意志が、当時の山下さんにもあったのではないでしょうか。

山下洋輔(以下、山下):ええ、ありましたね。ただしもちろん手本になるものはありました。ピアノのセシル・テイラーやアルト・サックスのオーネット・コールマンなど、アメリカではじまっていたフリー・ジャズ運動です。最初の頃の僕は正統派だったので、あの人たちの音楽に近寄ってはいけないと考えていました。けれども考えがガラリと変わったんですね。トリオを結成する1年半前に僕は病気をして、しばらくピアノが弾けなくなっていました。回復してから病気になる前のバンドを再結成してリハーサルをはじめたんですが、どうしてもその音楽が当時の自分の気持ちにそぐわなかった。何かもっと力強くて激しいものを求めていたんです。リハの直前にベースの人が就職をしてバンドを辞めるということもあって、ピアノ、サックス、ドラムという偶然、セシル・テイラーと同じ編成になってしまった。そこで何をやろうかなって思ったときに、みんなデタラメに勝手に音を出したらどうなるかやってみた。そしたらとても面白い後味があったんです。そのときに一緒にはじめたテナー・サックスの中村誠一は、ジョン・コルトレーンの来日コンサートを客席で聴いていたんですよね。66年に日本でコンサートをやったコルトレーンは、もう完全にフリー・ジャズになっていて、「あのコルトレーンがどうしてこんなメチャクチャをやるんだ!」と驚くほどでした。ですから、ああいうことをやるんだなと理解して、すぐに誠一はできましたね。それからドラムの森山威男は、一所懸命にフォービートをやるよりも、自分勝手なことをいきなりやる方が大好きだ、っていうのをそのときに発見しましてね。彼は藝大の打楽器科出身で、誠一は国立音大のクラリネット科出身。ふたりともどういう音楽が世の中にあるのかを知っていたわけで、そのどれとも似ていないものをやる、ということを最初の動機にしてトリオをはじめられたんですね。

何にも似ていない音楽をやるにあたって、既存のジャズを破壊するような心持ちもあったのでしょうか。

山下:それもあります。やはり似てしまうというのはいままでの秩序があるからですね。それまでジャズが「これが決まりだ」といって守ってきたものを、全部忘れたっていいんじゃないかなと。むしろ忘れてやろうよと。そういう考えになりました。それが自然と破壊につながるわけですね。

開かれた場所、誰もが足を踏み入れることのできる場所で、遭遇してもらう。特別なところと知ってわざわざ足を運ぶのではなくて、普通の場所に行ってみたらとんでもない奴らがいた。そういう状況を求めたかったんです。

たとえばピアニストのスガダイローさんは「自分は山下洋輔のモノマネでいいと割り切っている」とおっしゃっていたことがありました。そのうえで彼自身のオリジナリティが出ていると思うのですが、いまのお話を伺うと、そういったこととは異なるスタンスが感じられます。

山下:そうですね。彼はわざと宣言してはじめたわけですが(笑)、ジャズの掟に囚われずにやるという最初の段階では、僕もピアノのセシル・テイラーの肘打ちを、ああいうこともやっていいんだっていう手本にしていましたよ。とはいえテイラーのやることを全部真似するという意識はなかった。似てしまうところもあるだろうけれども、自分はあくまでも自分の勝手をやってるんだと思っていました。ドラムとサックスとピアノで同時に演奏するわけですが、それまでのジャズにあったようなテンポやコードという決まりがありませんから、そういうものは頼りにしないで、お互いの演奏を聴き合いながら、「ああ言えばこう言う」といった応酬でやっていくわけです。そのうちにドラムの森山がとりあえず一番凶暴になりまして、ドーンと打ち込んでくる。それに対して僕は最初は指で応じていたんですが、森山のドーンは強烈ですから、こっちも負けずにやってやるというので、ダーンと打ち返した。それが肘打ちのはじまりですね(笑)。それをなんどもやっているうちに自然と音楽の技法になっていきました。

アメリカで生まれたジャズという音楽を日本でやることに関してどのように考えていらっしゃいましたか。

山下:ジャズの面白さは第二次世界大戦の前から日本に伝わっていました。演奏する人たちもたくさんいた。けれどもやがて敵性音楽だから禁止だと言われることもあって、やはり日本でジャズが本格的に花開いたのは戦後になってからでしょうね。たとえばドラムのジョージ川口さんのバンドなんかは、中学生の頃僕も聴きに行きましたよ。ジャズは映画音楽にも使われ、ダンス音楽にも使われ、自然と我々のなかに入ってきました。そのなかでも特にモダン・ジャズと言われるものは、自分の自己表現としてこの音楽をやっていた。ダンス音楽や映画のバックなんかじゃないと。それは小説や絵画、映画といったものと同じで、いわゆる普遍的な芸術表現分野なんですよ。どの国の誰がそこに参加してもいい。新しい表現をやっていける。そういうジャンルとしてジャズというものが近代に登場してきたんですね。ひとりひとりが面白い即興演奏をする、そのなかで誰が好きで面白いっていうふうに聴く。そういうジャンルができたときに、そこに我々も入っていったということですね。

その中でもモダン・ジャズを続けていく人もいれば、フリー・ジャズと言われるものを試みていく人もいました。現在に比べれば当時はフリー・ジャズに同時代的な勢いがあったように思います。

山下:ジャズの歴史が長く続けばプレイヤーもたくさん出てきます。その中で自分の表現を求めたいと思ったときに、いままでのやり方では満足できないと考える人がたくさんいたんだと思いますよ。そのことと、あの頃の時代的な背景というものを関連づけて考えてもいいかもしれませんね。ちょうど60年代後半から70年代にかけてというのは、世界的に学生運動というのが盛んな時期で、既成のものをとにかく壊すということに価値があるんだというような考え方がありました。ですから我々がものごとを壊しても、それを「ああ、あいつらは音楽でそれをやっているんだな」って、たとえば学生運動をやってる人たちが共感してくれるとか、学校に呼んでくれるとか、そういうこともありました。そういうことが背景になってるという一面はありましたね。

『DANCING古事記』というアルバムも、そうした学生運動との関わりのなかで生まれた作品ですよね。

山下:そうなんです。早稲田のバリケードの中でやりましてね。発案したのはテレビ・ディレクターの田原総一朗さんでした。彼が担当していたテレビ番組に僕らを出して、学生運動の最中に突っ込んだら火炎瓶が飛んできてメチャクチャになって我々が逃げ惑うであろうと、それをカメラに撮りたかったらしいんですが、案に相違して学生たちはみんなシンとして聴いてしまった(笑)。これは面白かった。テレビ番組のために作ったので録音が残っていて、それをのちに麿赤兒さんが面白いからと言って『DANCING古事記』というアルバムにしてくれた。そのおかげでいまだに伝わっているわけで、幸運なことですね。

当時は政治や状況というものが、音楽と強く結びついていたのでしょうか。

山下:政治状況は政治状況ですごかったし、既成のものをぶち壊せという運動もたしかにありましたが、僕らに関して言えば、音楽を政治的なメッセージとして演奏したことは一度もないです。そういうことを音でもできるよというか、自然に壊しちゃってるところが結果的には一致していましたけどね。

山下さんは1972年に、若松孝二監督の映画『天使の恍惚』の劇伴を務められてもいます。それもまた、ポリティカルな意識というよりも、自然と面白いものを求める流れの中でコラボレートすることになったのでしょうか。

山下:若松孝二さんはピンク映画を利用して社会派の新しい表現をぶち込んでしまうっていうことをされていましたね。それは言ってみれば現状破壊みたいなもので、そういうことでは僕と根が一緒なんですね。それを感じ取っていたからなのか、我々と一緒にやったら面白いだろうという話が向こうから来て。そこに相倉久人さんという絶好の方がおられてね。相倉さんは若松さんのことも我々のこともよく知っていましたから、この両方が結びつくのは面白いと考えてくれた。実情を申せば、「台本も何も読まなくていい、とにかく君たちは演奏しなさい、画面に合わせて僕が全部つけてあげるから」と言われて、そうやってあの映画はできたんですよ。そういういろいろな幸運が重なってできるんですね、ものごとっていうのは。

批評家の平岡正明さんとはそうした流れのなかで出会っていったのでしょうか。

山下:ええ、平岡さんは相倉さんと一緒に行動していましたからね、僕にも注目してくれて。いろいろなことを面白おかしく書いてくれましたね。すべてを革命に結びつけたりして(笑)。ああいう言い方もあるなと思いました。

■山下さんの活動について書いていた音楽批評家だと、他にもたとえば副島輝人さんがいます。

山下:副島さんとはちょっと距離がありましたね。でも最初のリハーサルで我々がメチャクチャをやったときに、その場にいて見届けていたのは副島さんなんですよ。まあ、後に我々のことを書くのは相倉久人さんが多かったこともあり、副島さんが主に手がけるのはまた別のフリー・ジャズのグループになった。

副島さんはその頃のジャズをめぐる音楽批評について、「ニュー・クリティシズム」という言い方で、平岡さんや相倉さんのほか、間章さんや清水俊彦さんなどに言及していたことがありました。

山下:間章さんは何だか僕たちの悪口を言っていたという印象があります(笑)。ですからあまり近寄りませんでしたし、特に個人的に付き合うということもなかったですね。急に出てきたフリー・ジャズというものについて、色々な人が色々なことを言いました。やっぱりすごく強い印象を得たのでしょうね、書きたくなるのはもちろんわかりますよ。そこで好みが出てくるのは仕方のないことで、それはそれでいいと思ってました。清水俊彦さんもおられましたね。最初の頃のことはよく覚えてないんですが、後年になってさまざま認めてくださったことが印象に残っています。

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フリー・ジャズだから我々も自分勝手と言えば自分勝手なんですけど、相手のことも理解しながらやるっていうのが我々の基本でもあるんですよ。いまはこいつはこうやりたいんだな、じゃあ俺がやったらあんたがやりなさい、っていうふうに考えるんです。

トリオ結成前の山下さんが、1965年にサックスの武田和命さん、ベースの滝本国郎さんとともに富樫雅彦カルテットでおこなった演奏が、日本で最初のフリー・ジャズだったと書かれていることもあります。どのようなグループだったのでしょうか。

山下:僕らがのちにはじめるやり方とは少し違っていました。ちゃんとテンポがあったんですね。ただしコードはもうなくていいというところまできていました。それとそれまでのモダン・ジャズでのアドリブのやり方は、ワンコーラスというのがあって、それを3回か4回やったら次の人に渡すっていう寸法が大体決まっていたんですけれど、あの富樫のカルテットではとにかく自分のやりたいことが出てくるまでいつまでやってもよかった。ですから当時としては長い演奏がよくありましたね。で、相倉久人さんがずっと聴いていてくれまして、司会もしてくださっていた。それで相倉さんの執筆したものの中に「日本で最初のフリージャズ」といった文言が残されることになったんです。

それよりもう少し遡ると、1963年に録音された『銀巴里セッション』というアルバムがあります。銀巴里では毎週金曜日の昼にジャズ・セッションがおこなわれて、オールナイトのイベントも開催されていたと聞いています。山下さんにとって銀巴里での活動はどのようなものだったのでしょうか。

山下:あれはとても進歩的な試みでした。その頃のミュージシャンはダンスホールとかキャバレーとか、そういうところが主な仕事場だったわけです。つまり演奏だけを聴かせるための場所がなかった。本当に演奏だけで食えているのは一部のミュージシャンだけでした。たとえばジョージ川口さんのビッグ・フォアとか、白木秀夫さんのグループなどですね。そういう人たちだけがお客さんに演奏を聴かせる機会があったんです。こうした状況をどうにかしようということで、ギターの高柳昌行さんとベースの金井英人さんがふたりで組んで、シャンソン喫茶の銀巴里にかけあって、金曜の昼間だけ貸してもらった。そこにお客さんに来てもらって、生のジャズを聴かせる。いわゆる有名バンドではない人たちが、演奏だけを聴かせるということをはじめたわけで、これは画期的なことだったんですよ。それで若手も呼んでくれまして我々にも声がかかった。若い日野皓正もいましたし、富樫雅彦もいました。そういう人たちが集まっては金曜日にセッションを繰り広げるとても素晴らしい場になっていました。そういう盛り上がりを受けて、近所にあったキャバレーがジャズ・ギャラリー8と名前を変えて、「うちも毎日ジャズのライヴをやっていいよ」とオーナーが言い出した。そこに先ほどの富樫カルテットが出るようになるわけです。

そのあと新宿の旧ピットインの2階にニュージャズ・ホールというスペースがオープンしました。ちょうど山下洋輔トリオと同じでニュージャズ・ホールも今年で50周年なんですが、ニュージャズ・ホールには山下さんは一度も出演しなかったと聞きました。そこには何か理由があったのでしょうか。

山下:ありましたね。ニュージャズ・ホールというのは、ニュー・ジャズだ、フリー・ジャズだっていうことを標榜しましてね。どこか「お前らにはわかんないだろうけど」っていう態度でこもっちゃう感じがあったんです。僕は下の階にあった普通の「ピットイン」で、ありとあらゆるジャズが聴けるけど、こういうものもあるよというやり方をしたかった。それははっきり覚えていますね。ニュージャズ・ホールでやるのは「来たい奴だけ来なさい」という感じで。そうするともう通の世界になってしまう。そういうのは嫌だったんです。誰もが聴ける場所に出て行くけれど、自分らのやることは変えない。メチャクチャに聴こえるならそれでいいと。その同じ場所で次の日には普通のジャズ・バンドがやっている。そういうふうに開かれた場所、誰もが足を踏み入れることのできる場所で、遭遇してもらう。特別なところと知ってわざわざ足を運ぶのではなくて、普通の場所に行ってみたらとんでもない奴らがいた。そういう状況を求めたかったんです。

ニュージャズ・ホールにはサックスの阿部薫さんがよく出演していました。彼のことは当時どのように見えていたのでしょうか。

山下:独りだけでやるのを好んだ人でしたね。阿部薫というサックス奏者がいて、ひとりでピアノも弾いたりしている、っていうことは前から知っていました。実際に演奏も聴いて、やはりすごい奴だと認識していました。一度か二度、彼の方から望んだのかこちらから声をかけたのか、飛び入りみたいなかたちで一緒に演奏したこともありましたよ。阿部はもうとにかく自分勝手でしたね(笑)。フリー・ジャズだから我々も自分勝手と言えば自分勝手なんですけど、相手のことも理解しながらやるっていうのが我々の基本でもあるんですよ。いまはこいつはこうやりたいんだな、じゃあ俺がやったらあんたがやりなさい、っていうふうに考えるんです。変なサービス精神ではなく、音楽家のあり方として、お互いにみんなが表現できた方が面白いからなんですね。けれども阿部には一切その配慮がなかった。自分がくたびれるまでひとりで吹いていましたね(笑)。音楽が阿部のものだけになってしまって、せっかくいる共演者の表現を封殺するのはつまらないんです。

よく外国帰りのミュージシャンが、あっちでは大ウケだったのに日本では全然ダメだ、日本人は聴く耳がないなんて言うこともあるでしょ。けれどもアーティストがそう言っちゃダメだなと思いました。

阿部薫さんと一時期は行動をともにしていた高柳昌行さんは、山下さんからするとどのような存在だったのでしょうか。

山下:もともとは僕にとっては素晴らしいモダン・ジャズのギタリストだったんですよ。それがフリーになってからはあんまり近寄れなかったというか。高柳さんはやっぱりニュージャズ・ホールにこもる方で、聴きたい奴だけが来いというような厳しさがありました。高柳さんのお弟子になった人とも付き合いがありましたから、いろいろな話を聞きましたね。高柳さんの言葉として伝え聞いたところによれば、客が増えるのは良くない、客が増えていくような音楽をやっているのは堕落だ、こんなことを言っていたそうですね。

それは厳しいですね。

山下:厳しいでしょ。いいねって言われて客が増えちゃうのは、これはもう堕落であるという、そういう考え方をするんですね。僕らはそこは違います。やることは変わらないけど、それを面白がって来てくれる人が増えたらいいと、単純にそういうふうに考えてましたからね。

客が増えるのは堕落だというのは、山下さんの活動に対して高柳さんがおっしゃっていたのでしょうか。

山下:いいえ、違います。一般論として、おそらくご自分についてもおっしゃっていたんじゃないでしょうか。半分冗談なのかもしれませんが、それは客に来てもらうために自分が不本意なことをやっているんじゃないか、そういうことをしてしまうことへの戒めだったのかもしれませんね。僕たちはなるべく多くの人にとにかく聴いてほしい、わかってほしい、でもそのために音楽を変えることはしない、ということでずっとやってきました。

反対に、フリーになって以降の高柳さんの活動で、山下さんから見て評価できるところはございますか。

山下:それはありますよ。モダン・ジャズをやっていた人がフリー・ジャズをやりはじめて、しかもその後もそのまんま、それこそわかってたまるかの勢いで音を出し続けていましたからね。これは尊敬に値することです。同時に高柳さんは銀巴里セッションというものをはじめた人ですからね。そういう意味では僕にとっては恩人なんです。初めて人前で演奏を披露することができたのは銀巴里セッションのおかげですからね。それまでももちろん仕事はしてたんですが、それはダンスホールでありキャバレーであり、バーであって、人を飲ませて踊らせる役目の音楽だったわけで。純粋に自分の演奏を聴いてもらうという場は銀巴里が初めてだったわけですから。僕にとっての高柳さんの存在は、そのことと一緒になっていますね。

ニュージャズ・ホールは1971年に閉店しますが、一方で山下洋輔トリオは70年代になるとむしろ活動のピークを迎え、国際的にも広く知られるようになっていきます。初めて海外で演奏したときは、どのような反応が返ってきたのでしょうか。

山下:我々がピットインで演奏してるのを、ドイツのマネージャーがたまたま立ち寄って聴いて、いままでとは違うメチャクチャさにびっくりして、これはヨーロッパに連れていったら面白いと考えたようです。それで彼の招きでツアーができたわけですよ。最初に行ったときから、聴衆の反応には過大な期待はしていませんでした。もちろんそれを聴いて喜んでくれる人がいれば嬉しいことではあるんだけど、まずは外国の人の前で自分たちが演奏できることが嬉しいわけですからね。そういう気持ちで行ったんです。生まれて初めてのヨーロッパはルクセンブルグのジャズ・クラブでした。演奏したら最初のうちはやっぱり唖然とした反応でしたが、途中で帰ってしまう人はいませんでした。それで2セット目の終わりくらいに、熱狂的な拍手がだんだん沸き起こってきた。楽しんでくださっている人もいるようだということがわかって嬉しかったです。その次がメルス・ニュージャズ・フェスティバルだったんです。『クレイ』というアルバムに収録されている演奏です。野外のジャズ・フェスティバルだったこともあって、お客さんはたくさんいましたね。それでも我々がやることは一切変えずに、前のジャズ・クラブと同じようにドシャメシャにやったわけですね。そしたらすごい騒ぎになった。これはもちろん嬉しかったですよ。演奏の途中から歓声が上がったり、ソロが終わったら大きな拍手があったり。終わってから楽屋に戻ってビールを飲んでたんですけど、客席の声が全然おさまらないんですね。ドイツ語で「ツーガーベ」っていうんですが、アンコールが鳴り止まない。それでもう一度やってこいと言われて、また出ていきました。振り返ってみればメルス・ニュージャズ・フェスティバルで大成功したことになるんですが、もうその瞬間はね、ほとんど実感がないんですよ。僕たちは普段通りにやっただけでしたから。それでもこれだけ騒いでくれたのは嬉しかったですけどね。そしてこれがそれ以降のヨーロッパ・ツアーにつながるわけです。メルスははじまってまだ3回目だったんですが、ドイツ全土で評判になっていまして、そこで大ウケをした奴らだっていうので、ベルリン・ジャズ・フェスティバルのプロデューサーが目をつけた。それでその年の秋のベルリン・ジャズ・フェスに呼ばれてしまった。こういうことが起きたんですね。傍から見たら大成功物語ですよね。でも僕らにはあまりその実感がありませんでした。やる場所さえあれば思いっきりやるという態度のままでしたね。

ヨーロッパで演奏したときの客席の反応と、日本で銀巴里やピットインで演奏していたときの客席の反応に、違いを感じることはありましたか。

山下:ありましたね。ヨーロッパの方が思い切り反応が返ってきます。演奏が良ければ全力で拍手してくれるし、大騒ぎしてくれますね。ヨーロッパに行く前から同じトリオでピットインで演奏していたんですが、やはりそんな大騒ぎにはならない。それは熱狂的な人たちはいてくれたんですが、会場全体がそうだというのではなかったですね。ヨーロッパでは本当に全体が応えてくれる。そういうふうに感じましたね。

それは聴く人たちの文化の土壌ができ上がっていたとも言い換えられるでしょうか。

山下:そう言えるでしょうね。ヨーロッパの人たちは昔からアメリカのジャズを聴き手として受け止めてきましたからね。他所からジャズをやりにくる人たちには慣れてるわけですね。昔の僕のエッセイにも書きましたけど、ヨーロッパではどこに行っても大ウケしたんですが、このことは日本に帰ったら忘れなければいけないと思ったんですね。よく外国帰りのミュージシャンが、あっちでは大ウケだったのに日本では全然ダメだ、日本人は聴く耳がないなんて言うこともあるでしょ。けれどもアーティストがそう言っちゃダメだなと思いました。ヨーロッパと日本ではお客さんが違うのであって、日本で大ウケするためにはそのために日本でコツコツと積み上げていく時間がなきゃいけない。そう思っていました。ヨーロッパはヨーロッパ、日本に帰ったらまたあらためて「こいつら何をやってるんだ」っていう目にさらされるだろう、そういうふうに覚悟していました。

2009年にはトリオ結成40周年記念コンサートが開催されました。40年経って日本の文化の土壌や聴き手の反応は変わったと思いましたか。

山下:40周年記念コンサートでは日比谷野外音楽堂が満員になりましたからね。僕らのやっていることに騒いでくれる人たちは昔に比べれば増えたように見えますけど、一般の聴衆というよりも、昔から聴いてた人たち、我々と同世代の人たちが集まってくれたという方がやっぱり大きいと思います。これは自分への戒めとしてそう思ってるということです。もちろん20代や30代で聴いてくれる人たちもいるんですよ。ダイローなんかが僕のやり方からはじめたんだと言ってくれて、若い人に聴衆を作っているのはとても良いことだと思うけれども、だからといって胡座をかいていたらいけないですからね。

山下洋輔トリオは1983年に一度解散しています。それはおそらく山下洋輔トリオというフォーマットでできることをやり尽くしたというところもあったのではないかと思います。

山下:そうでしょうね。

しかしお話を伺ってきて、今年の50週年記念コンサートでは、山下洋輔トリオというフォーマットを回顧するのではなく、むしろその新たな姿を目撃することになるのではないかと思いました。

山下:ぜひとも期待してください。僕にとっては今回のコンサートはまた新たな出会いです。昔やっていた仲間たちとの再会ではあるけれど、いまお互いにできることをすべてぶつけ合うという意味では、トリオをはじめた頃と何ら変わりません。みんな元気にしていますし、お互いのことをよく知っているぶん、昔のトリオにはなかったいろいろなコミュニケーションのあり方が聴かせられるんじゃないかと思います。それがとても楽しみですね。

山下洋輔 トリオ結成50周年記念コンサート 爆裂半世紀!

公演名:山下洋輔 トリオ結成50周年記念コンサート 爆裂半世紀!
公演日時:2019年12月23日(月)
開場 17:15 / 開演 18:00
会場:新宿文化センター 大ホール
料金:全席指定
【前売】S席 ¥8,000(税込)/ A席 ¥7,000(税込)
【当日】S席 ¥9,000(税込)/ A席 ¥8,000(税込)
出演者:
山下洋輔(p)
中村誠一(ts)、森山威男(ds)、坂田明(as)、小山彰太(ds)、林 栄一(as)
ゲスト:タモリ、麿 赤兒、三上 寛、ほか
MC:中原 仁
備考:
※3歳以上要チケット
※出演者ならびにゲストは都合により変更になる場合がございます。あらかじめご了承ください。
主催:ジャムライス
共催:(公財)新宿未来創造財団・朝日新聞社
運営:ディスクガレージ
お問い合わせ:ディスクガレージ 050-5533-0888(平日12:00~19:00)

TICKET:一般発売日 2019年9月7日(土)10:00~
●チケットぴあ https://w.pia.jp/t/yosuke-pr/
0570-02-9999
Pコード:154-242 ※要Pコード
●ローソンチケット https://l-tike.com/
0570-084-003
Lコード:72519 ※要Lコード
●イープラス https://eplus.jp/yosuke/
●CNプレイガイド https://www.cnplayguide.com/yosuke_trio50/
0570-08-9999(10:00~18:00)
●ジャムライス https://www.jamrice.co.jp/yosuke/
●新宿文化センター(窓口のみ) 03-3350-1141(9:00~19:00/休館日を除く)

FKA Twigs × Nicolas Jaar - ele-king

 FKA・トゥイッグスが来るべきニュー・アルバムについて、『i-D』誌のインタヴューでいくつか情報を明らかにしている。
 タイトルは『Magdalene』で、今秋〈Young Turks〉からリリース予定とのことなのだけど、プロダクションの大部を担当しているのはなんと、ニコラス・ジャーだという。またアトランタのトラップ・スター、フューチャーも参加しており、“Holy Terrain”なる曲でヴォーカルを披露しているらしい。
 同作にはほかに“1000 Eyes”、“Sad Day”、“Mary Magdalene”、“Home With You”、“Mirrored Heart”、“Daybed’といった曲が収録され、4月にMVが公開された“Cellophane”も含まれているとのこと。さらなる続報を待とう。

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