「AY」と一致するもの

Actress - ele-king

 アクトレスの新譜『Statik』は、彼のこれまでのアルバムにあったディストピア=人間以降の世界観をより深化させたようなアルバムだった。廃墟に鳴るエレクトロニック・ミュージックとでもいうべきか。
 リリースは2014年の『Ghettoville』から2023年の『LXXXVIII』まで続いた〈Ninja Tune〉ではなく、ノルウェイ・オスロのレーベル〈Smalltown Supersound〉からである。〈Smalltownx Supersound〉は、すでに「老舗」といっても過言ではないレーベルだが、そのフレッシュなキュレーション・センスは常に健在であり、近年もケリー・リー・オーウェンス 、カルメン・ヴィラン、ベンディク・ギスケなどの印象深いアルバムを連発している。

 そんな〈Smalltown Supersound〉からアクトレスのアルバムが出ると知ったときは少々意外に感じたものだが、同時に実験的なエレクトロニック・ミュージックという側面からどこか共通項を感じたものだ。加えて何か新しい「変化」もあるのだろうかとも思った。実際、『Statik』は、これまでのアクトレスとはどこか異質なアルバムに仕上がっていたのである。
 では今までのアクトレスのサウンドと比べて、どこが違うのか。アクトレスの作品の中でも、もっともアンビエント色の強いアルバムだが、ときにビートもあるし、インダストリアルな音を組み合わせるサウンドのプロダクションも健在である。その意味で大きな差異はないといってもいい。鉄屑に雨が降り注ぐような、人間以降の世界を思わせるSF /ディストピアなムードも中期以降のアクトレスと大きく変化はない。が、「何か」が遠い。音が遠いのか。それとも感情が遠いのか。もしくは世界が遠いのか。何か世界から乖離されていくような感覚があるのだ。

 1曲目“Hell”からして環境音、かすかなノイズ、音楽のループ、断片的なビートなど、アンビエントともインダストリアルでもない複数の音の連鎖が、どこか「遠い」感覚を生成している。2曲目“Static”では不安定な持続音=ドローンが流れ始め、アンビエント色が強くなるが、しかし近年のアンビエントのようにエモーショナルになるわけでもなく、過度に静謐になるわけでもなく、フラットな音のまま終わる。
 最初の2曲はいわばアルバムのオープニングだろう。3曲目“My Ways”以降はミニマルな音楽性とビートによるトラックが展開されていく。盛り上がるわけでもなく、過剰に静謐になるわけでもなく、淡々としたエレクトロニック・ミュージックが展開されていくのだ。そのどこかフラットな感覚が心地よい。マシンの音とヒトの音の「中間状態」に鳴っているような音でも称すべきか。
 4曲目“Rainlines”では、チリチリとしたノイズに4つ打ちのキックとシンセリフが重なり、オーセンティックなテクノ・トラックかと思いきや、そのキックはすぐに途切れる。雨のようなノイズのみが続き、またキックが流れる。盛り上がりをあえて断絶するような構成でありながら、一定の感覚の音の持続=ノイズがあるおかけで、アンビエントとしても聴ける曲である。
 5曲目“Ray”では深海に潜るようなシンセのアルペジオが鳴り、そこにまた微かなノイズがレイヤーされる。遠くの方にベースラインが微かに聴こえる。やがてハイハットやヴォイス・サンプルも鳴るが、やはり盛り上がるというよりは一定のトーンが持続したまま曲は進行する。脱構築されたテクノとでも言いたくなるほどの不思議な曲だ。
 6曲目“Six”でも同じようなムードが継続する。控えめなビートに、空気のように微かなノイズがレイヤーされていく。7曲目“Cafe del Mars”は6分48秒ある曲で、アルバム中もっとも長い曲である。淡いシンセ鳴り、2分ほどしたところでハイハットやキック、ベースがなり始める。それらはやはり曖昧な空気を纏っており、強烈な音で踊らせるというよりは、感覚にゆっくりと浸透していくように鳴り続ける。
 8曲目“Dolphin Spray”でもミニマルなアルペジオにキック・スネアが絡むというシンプルなトラックだが、しかしそのムードもどこか曖昧で遠い。こんな感覚をエレクトロニック・ミュージックで感じるのは稀な事態だと思う。
 その「曖昧」で「遠い」ムードは9曲目“System Verse”でも持続する。YMO、もしくは70年末期のTVゲームの爆発音のような音にダブなムードのキックが折り重なるだけの曲だが、しかし、その音すべてを「地味」に「遠く」していることで、不可思議な感覚を生成しているように思えた。
 10曲目“Doves Over Atlantis”の酸性雨(古い表現だがどうもこういういい方がしっくりくる)が降り注ぐようなアンビエント/ドローンはまさに本作のクライマックスに相応しいといえる。スタティックなクライマックスとでいうべきかラストの11曲目“Mellow Checx”はサウンドにほんの少しの明るさ、微かに光がさしてくるような質感のアンビエントを展開する。いわばエンディング曲といえよう。ここでも少しずつ遠ざかっていくような感覚が広がっていく。いずれにせよこのアルバムの音には「心」が「無」になっていくような感覚がある。だがそれが不思議と心地よい。

 全11曲。それぞれの曲としてはヴァリエーションに富んでいるが、アルバム全体としてはどこか薄暗いトーンで統一されている。かといって過度にダークというわけでもなく、何か単純に一言で言い表せない曖昧なムードが横溢する。それが冒頭に記した「遠い」という感覚に結びつくのかもしれない。
 いってみればかつて「人」がいた場所、つまりは「廃墟」に対する安らぎに近いとでもいうべきか。希望も絶望もない時間として廃墟。われわれはそのような時間にどこか安らぎを覚えてしまう。アクトレスの『Statik』は、そんな感覚を思い出せてくれるアルバムなのだ(繰り返すが音自体は聴きやすいエレクトロニック・ミュージックである。決して極度に難解な音楽ではないことを何度も書いておきたい)。

 2020年の『Karma & Desire』と2023年の『LXXXVIII』は、どこか21世紀のディストピア的な観光地に鳴るサウンドトラックのように聴こえたが、本作『Statik』は、その世界を反転させたような場所に鳴る音に感じられた。
 言葉を変えれば『Statik』は「失われた未来を希求したヴェイパーウェイヴの失われた未来」のようなサウンドのようにも感じられたのである。出発点は同じだが終着点が違うヴェイパーウェイヴとでもいうべきか。煌びやかな仮想のビジュアルを剥いだ後に見える現実の廃墟に鳴るサウンドトラック。
 本作を聴き終わったあとに『Hazyville』(2008)や『Splazsh』(2010)を聴くと、随分と「遠い」場所に来てしまったような気がする。無にして美。美にして無。いわば「鉄屑」に満ちた廃墟世界への慈愛のような音楽が鳴っている。
 だがそれは間違いなく今ここ、この現在地点の音なのだ。2012年に『R.I.P』というアルバムを発表してからアクトレスは、いわば世界を漂うエーテルのように、その不定形な姿を変化し続けている。本作はそんな彼による世界の現在報告書のようなアルバムなのかもしれない。

Mighty Ryeders - ele-king

 レアグルーヴ史の頂点に輝くとも言われるのがマイアミの8人組ファンク・バンド、マイティ・ライダースのアルバム『Help Us Spread The Message』(1978)だ。同作収録曲 “Let There Be Peace” にはアルバムとは異なるシングル・ヴァージョンが存在するのだけれど、その貴重なヴァージョンが最新リマスタリングを経てオリジナル7インチとして蘇ることになった。7月24日発売、B面にはデ・ラ・ソウルにサンプリングされたことでも知られる “Evil Vibrations” の、MUROによるエディットが収録される。
 またこのリリースを記念し、Tシャツも発売されることが決定。完全受注生産とのことなので、早めにチェックしておきましょう。

レア・グルーヴ“究極”の1枚として燦然と輝くMIGHTY RYEDERS『Help Us Spread The Message』からさらなる謎が解き明かされる! アルバム未収録の「Let There Be Peace」シングル・ヴァージョンが奇跡の再発!

アルバム同様にプレミア化している7インチシングル「Let There Be Peace」が実はアルバムとは異なるヴァージョンでカットされていたことが判明! そのシングル・ヴァージョンをそのままに最新リマスタリングを施したオリジナル7インチ以外ではこの盤でしか聴くことができない奇跡の再発!
さらに楽曲の素晴らしさはもちろんのことDe La Soul「A Roller Skating Jam Named“Saturdays”」でサンプリングされたことでも有名なスーパーキラー「Evil Vibrations」を、日本が世界に誇るKing Of Diggin'ことMUROが新たなグルーヴを注ぎ込んだ最新キラー・エディットも収録!
完全初回限定生産! 即完・プレミア化必至のダブル・サイダー!!

MIGHTY RYEDERS
Let There Be Peace(Single Version) / Evil Vibrations(MURO edit)

2024/07/24
7inch
P7-6613
¥2,420(税抜¥2,200)
★初回完全限定生産 ★ペラジャケット仕様 ★最新リマスタリング


MIGHTY RYEDERSの7インチの発売を記念してTシャツを2種類販売!

レア・グルーヴ史上、最高峰の完成度を誇るアルバム『Help Us Spread The Message』を1枚だけ残してそのまま謎に包まれたマイアミ出身のバンドMIGHTY RYEDERS。

彼らの幻のシングル、「Let There Be Peace」と日本が誇るDJ、MUROによってエディットされた「Evil Vibrations」のカップリング7インチの発売を記念してTシャツを販売します。

Type Aの「Let There Be Peace」ヴァージョンは今回の7インチを元にしたデザイン、Type Bの「Evil Vibrations」ヴァージョンは『Help Us Spread The Message』のジャケットをベースにしたデザインです。
今回も完全受注生産になりますのでお早めにどうぞ。
https://vga.p-vine.jp/exclusive/vga-1043/


Mighty Ryeders
Official T-Shirts

Type A (VGA-1043)
Black / White / Dark Chocolate / Stone Blue / Cornsilk
S/M/L/XL/2XL
¥4,500 (With Tax ¥4,950)


Mighty Ryeders
Official T-Shirts

Type B (VGA-1044)
Black / White / Olive / Mint Green / Sport Gray
S/M/L/XL/2XL
¥4,500 (With Tax ¥4,950)

※1万円以上のお買い上げで日本国内は送料が無料になります。
※商品の発送は 2024年8月下旬ごろを予定しています。
※Tシャツのボディはギルダン 2000 6.0オンス ウルトラコットン Tシャツになります。
※期間限定受注生産(〜2024年8月4日まで)
※限定品につき無くなり次第終了となりますのでご了承ください。

Lusine - ele-king

 近年ではロレイン・ジェイムズがフェイヴァリットにあげていたことを憶えているだろうか。そうした新しい世代にも影響を与えているエレクトロニカのヴェテラン、〈Ghostly International〉からリリースを重ねるルシーンの来日公演がアナウンスされた。2013年以来とのことなので、じつに11年ぶり。今回はドラマーを従えての公演で、迫力あるパフォーマンスが期待できそうだ。8/30(金)@CIRCUS Tokyo、8/31(土)@落合Soup、9/1(日)@CIRCUS Osakaの3公演、詳しくは下記をご確認あれ(なお落合Soup公演はソロでのパフォーマンスです)。

LUSINE JAPAN TOUR 2024 | エレクトロニカの重鎮11年ぶりにして、初のサポート・ドラマーを率いての来日決定!

昨年6年ぶりのニュー・アルバム『Long Light』をリリースしたエレクトロニカの重鎮LUSINEの、2013年の『EMAF TOKYO 2013』以来となる、およそ11年ぶりの来日公演が決定致しました。

今回はサポート・ドラマーのTrent Moormanを率いての初来日。エレクトロニクスとライヴ・ドラミングを組みわせてダイナミックなパフォーマンスが展開されます。(落合Soup公演はドラマー無しのソロ・エレクトロニック・セットです)
貴重な機会を是非お観逃しなく!

Ghostly International 25th Anniversary in Japan vol.2
LUSINE JAPAN TOUR 2024

LUSINE 東京公演①
feat. live drumming
日程:8/30(金)
会場:CIRCUS Tokyo
時間:OPEN 19:00 / START 20:00
料金:ADV ¥4,800 / DOOR ¥5,300 *別途1ドリンク代金700円必要

出演:
LUSINE (feat. live drumming)
and more…

前売りチケットのご購入はこちらから:
https://www.artuniongroup.co.jp/plancha/shop/?p=3165


LUSINE 東京公演②
solo set

日程:8/31(土)
会場:Ochiai Soup
時間:OPEN 18:30 START 19:00
料金:ADV ¥4,500 / DOOR ¥5,000

出演:
LUSINE (solo set)
and more…

前売りチケットのご購入はこちらから:
https://www.artuniongroup.co.jp/plancha/shop/?p=3165


LUSINE 大阪公演
feat. live drumming

日程:9/1(日)
会場:CIRCUS Osaka
時間:OPEN 18:00 / START 19:00
料金:ADV ¥4,500 / DOOR ¥5,000 *別途1ドリンク代金700円必要

出演:
LUSINE (feat. live drumming)
and more…

前売りチケットのご購入はこちらから:
https://www.artuniongroup.co.jp/plancha/shop/?p=3165


Lusine - Full Performance (Live on KEXP)

LUSINE:
テキサス出身のJeff McIlwainによるソロ・プロジェクト。L’usineやLusine Iclなどの名義でも活動を続してきた。デトロイト・テクノと初期IDMの影響を受けて制作を始め、メランコリックでメロディックなダウンビート・テクノとでも呼ぶべき独自のサウンドを生みだしたエレクトロニック・ミュージック界の才人のひとり。1998年よりカリフォルニア芸術大学で20世紀エレクトロニック・ミュージックとサウンド・デザイン、映画を専行、そこでShad Scottと出会い、1999年にL’usine名義でファースト・アルバム『L’usine』をIsophlux Recordsよりリリース。新人アーティストの作品としては異例なほど高い支持を受ける。2002年には、URB誌恒例のNext 100にも選出され、アメリカのエレクトロニック・ミュージックの今後を担う重要アーティストと位置づけられた。その後2002年後半からシアトルに移り現在に至るまで拠点にしている。様々なレーベルを股にかけ活動し、『A Pseudo Steady State』、『Coalition 2000』(U-Cover)、『Condensed』、『Language Barrier』(Hymen)、『Serial Hodgepodge』、『Podgelism』、『A Certain Distance』、『The Waiting Room』、『Sensorimotor』(Ghostly International)などのアルバム、数々の12インチ・シングル、EPなどをリリース。また、Funckarma、 Marumari、Lawrence、School of Seven Bells、Tycho、Max Cooper、Loraine Jamesなどのリミックス、McIlwainは、Mute、!K7、Kompakt、Asthmatic Kitty、Shitkatapultなど様々なコンピレーション、さらにはフィルム・プロジェクトのスコア制作など、多岐にわたる活動を展開。シアトルに移ってからはエレクトロニック・ミュージックの優良レーベルGhostly Internationalを母体にリリースをしており、
2023年にはおよそ6年ぶりとなるアルバム『Long Light』をGhostlyから発表。2017年の『Sensorimotor』で確立したインテリジェント且つエレガントなスタイルをさらにアップデートしたサウンドをみせた。また、Loraine Jamesなど、エレクトロニック・ミュージックの新世代からもリスペクトされている存在だ。

Meitei - ele-king

 首を長くして待っていたみなさんに朗報です。冥丁が無事快復を遂げたようで、本人の急病により延期となっていた最新作『古風III』を引っ提げてのツアー日程が、あらためてアナウンスされている。8月2日から9月22日にかけ、新たに京都も加えた全国11都市での開催(札幌、前橋、東京、名古屋、大阪、和歌山、京都、岡山、福岡、別府、熊本。ただし東京および和歌山公演はすでに完売。詳細は下記より)。同ツアーでは「静」と「動」にフォーカスした2つのセットが披露されるという。各会場によっても変わるそうなので、冥丁の最新パフォーマンスをあなた自身の目で確かめておきたい。

 『古風III』をめぐる冥丁のインタヴューはこちらから。

冥丁 『古風』 完結編 TOUR 〜瑪瑙〜 [明・暮 二演目展開制]

日本の古い文化をモチーフにした唯一無二のオリジナリティーで脚光を浴びるアーティスト・冥丁の『古風』編三部作の最終章となるアルバム『古風 Ⅲ』の発売を記念した国内ツアーが全国11都市で開催!

冥丁の急病のため、開催延期となっておりました『冥丁「古風」完結編TOUR〜瑪瑙〜』ですが、冥丁本人の体調も回復し、延期日程が決定致しました!
 


「失日本」(LOST JAPANESE MOOD) = “失われつつある日本の雰囲気”をテーマに、時とともに忘れ去られる日本の古い文化や心象風景をノスタルジックな音の情景に再構築した作品群が高い評価を得ている冥丁が、『古風』編三部作の完結を記念し、札幌、前橋、東京、名古屋、大阪、和歌山、京都、岡山、福岡、別府、熊本の全国11都市で国内ツアーを開催致します。
 
本ツアーでは『古風』編3部作の動のエネルギーを展開する『明』(あけ)、静のエネルギーを展開する『暮』(くれ)と題した2種類の特別セットをご用意し、各地会場の雰囲気によってセットを変えてお届け致します。さらにヴァージョンアップしたライブセットをご期待ください。さらに、東京、京都公演には冥丁のライブでは初となるオーディオ・ヴィジュアルセットを披露します。(*東京、和歌山公演はすでに完売。)
ぜひこの機会をお見逃しなく!

[ツアー日程]
8/2(金)熊本・tsukimi
8/3(土)福岡・UNION SODA
8/4(日)別府・竹瓦温泉
8/24(土)大阪・CIRCUS Osaka
8/25(日)和歌山・あしべ屋妹背別荘 <完売>
8/26(月)名古屋・新栄シャングリラ
8/30(金) 東京・OPRCT<完売>
8/31(土)前橋・臨江閣 別館
9/7(土)札幌・PROVO
9/16(月・祝)岡山・東山ビル ニカイ
9/29(日)京都・京都文化博物館別館ホール

[全公演詳細 HP]
https://www.inpartmaint.com/site/38738/

[Tour Poster Design]
Ricks Ang (KITCHEN. LABEL)

interview with salute - ele-king

 レイヴ・リヴァイヴァル、ダンス・ミュージックの復権は止まらない。パンデミックによる自制、あるいは社会的抑制からの開放。サルートのアルバム『True Magic』はこの動きと重なる一枚であり、ひとりの音楽家が正面突破を図り境界を越えようとする試みである。彼のキャリアを簡単になぞると、ナイジェリアから移住した両親のもとにオーストリア・ウィーンで生を受け、18歳でUKのブライトンに移り住み、後に現在の拠点であるマンチェスターに移住。UKに移住した動機は兄やゲームをきっかけとしてダンス・ミュージックと出会い自ら制作をはじめたからという根っからのプロデューサー気質。UKに移ってからは、様々な人たちと出会いつつ、ダンス・ミュージック、クラブ・ミュージックのセンスに磨きをかけていった。いくつかのEPを発表した後に最初に大きく注目されることになったのが2018年~’19年にかけてリリースされたミックステープ『Condition』。それまではオルタナティヴなR&Bやダブステップといったスタイルでトラックメイキングをおこなっていて、いわゆる4つ打ち成分は控えめだったが、『Condition』で大きくUKガラージやハウスを取り込みダンスフロアに大きく接近。初期作品ですでに感じられた郷愁的なメロディとクラブで磨かれたビート・メイキングにシーンのフォーカスが集まるのはあっという間だった。そんなタイミングで訪れたパンデミック。勢いにブレーキがかかると思いきや、チャーリー・XCXやリナ・サワヤマのプロデュースもおこなう傍ら、ジェニファー・コネリーによる80年代のテクニクスCM曲 “愛のモノローグ” をサンプリングした “Jennifer”、“Want U There”、そしてパンデミックにおけるアンセムのひとつとなった “Joy” など立て続けにフロアヒットを発表。加えて2022年に公開されたメルボルンでの Boiler Room で一気に人気が爆発、そして〈Ninja Tune〉と契約、発表されたのが『True Magic』というわけである。トラックリストを見てわかるとおり、ほとんどの曲がコラボレーションである。リナ・サワヤマやディスクロージャーといった大物アーティストが名を連ねるほか、日本からは個性際立つ才能であるなかむらみなみ、マンチェスターの人気ドラム&ベース・デュオのピリ&トミーのピリ、ブルックリンのオルタナティヴ・シンガーソング・ライターのエンプレス・オブ、“Joy” のヴォーカルでもありムラ・マサともコラボするレイラ、ジョイ・オービソンサンファやヴィーガン作品にフィーチャーされたレア・センなど、バラエティー豊かな存在が本作を支え、アルバムのポップさを次のレベルに押し上げている。
 インタヴューは、RDCこと Rainbow Disco Club で来日したタイミングで対面でおこない、RDCの感想からアルバムについて、そしてパンデミックがもたらしたもの、最近のDJでプレイしているフレンチ・ハウスについてなど、様々な方向から彼に迫ってみた。

いままでダンス・ミュージックにあまり触れたことがない人や、ハウス・ミュージックを聴いたことがないティーンも気軽に聴けるような、ダンス・ミュージックに興味を持ってもらえるようなアルバムにしたかったんだ。

初めまして。お会いすることができて嬉しいです。今回の来日で3回目ですよね。Rainbow Disco Club(以下RDC)でのプレイはいかがでしたか?

S:初日のトリでプレイできてとても光栄に思っているよ! 日本のオーディエンスはとてもエネルギーにあふれていて、私もよいセットでプレイすることができたんだ。

RDCのオーディエンスは様々なパーティを楽しんできた人が多いので、そのようなオーディエンスについて貴方からポジティヴな答えが返ってきて、私個人としても嬉しいです。

S:個人的にも、RDCは最も好きなフェスになったよ。というのも、みんな酔っ払って楽しむフェスももちろん好きだけど、RDCは音楽をじっくり聴く、いい音楽を味わいたいオーディエンスが多いところは素晴らしいね! 音楽をプライオリティのトップとしている点はRDCの評価すべきポイントだと思う。加えて、制作面やサウンド・エンジニアリング、照明も含めたすべてがパーフェクトじゃないかな。音をじっくり聴く、大きすぎない規模であるということも私は気に入っているよ。

当日出演したアーティストで、気になった日本人のDJがいれば教えて下さい。

S:今回は残念ながらタイミングが合わず聴けなかったんだけど、以前来日した際、大阪で私の前にプレイした SAMO が素晴らしかった。彼女は音楽のセンスもナイスで、速いものからスロウなものまで、いろいろなスタイルの曲を二時間のセットで組み立てていたんだけど、まるで旅に連れて行かれるような体験だった。曲の組み合わせ、流れ、パーフェクトだった。日本のDJは一般的にレベルやクオリティがとても高いと思うよ。今回のRDCで聴けたDJでは、DJノブとDJマスダによるB2Bのセレクト、あれは本当にアメージング!

ここからアルバムについて質問をしていきます。まず、〈Ninja Tune〉と契約することになった経緯はどのようなものでしょうか? レーベル側からコンタクトがあったのですか?

S:そうなんだ。彼らからコンタクトがあったんだけど、じつは以前から、私のDJを何度か聴きに来てくれていたらしくて。〈Ninja Tune〉はもちろん大好きなレーベルで、12~3歳の頃からずっと聴いていたんだ。というのも『SSX』ってゲームがとても好きでそのサウンドトラックを〈Ninja Tune〉のアーティストが手掛けていて(編注:ザ・ケミスツか)、それまでレーベルのことは全く知らなくて、それでこの曲を作っているのは誰なんだろう? と調べていって〈Ninja Tune〉にたどりついたって流れ。そこから〈Ninja Tune〉のアーティストはずっと追いかけていて、例えばヤング・ファーザーズはすごく好きなバンドのひとつ。つまり、自分にとって憧れのレーベルなんだ。このアルバムを〈Ninja Tune〉からリリースできたことはとても光栄なことだと思っているよ。

『SSX』ってゲームがとても好きでそのサウンドトラックを〈Ninja Tune〉のアーティストが手掛けていて、この曲を作っているのは誰なんだろう? と調べていって〈Ninja Tune〉にたどりついたって流れ。そこから〈Ninja Tune〉のアーティストはずっと追いかけていて。

アルバムを全曲聴いて思ったのは、これは凄い作品が出てきたぞ、というのが第一印象でした。ポップでエモーショナル、かつにじみ出るグルーヴもある、という私の意見です。あなたが感じている『True Magic』の手応えはどのようなものですか?

S:このアルバムを作っているときに念頭にあったのは、ポップなものにしたい、ポップ・ミュージックとダンス・ミュージックのクロスオーヴァーなものを作りたいということ。そして、ダンス・ミュージックを作るという視点、ポップ・ミュージックを作るという視点、どちらか片方からのアプローチではなくバランスを保ちながら、ダンス・ミュージックへの入口、として聴いてもらいたいという思いが強かった。例えば、いままでダンス・ミュージックにあまり触れたことがない人や、ハウス・ミュージックを聴いたことがないティーンも気軽に聴けるような、ダンス・ミュージックに興味を持ってもらえるようなアルバムにしたかったんだ。でも、最初はどのような音楽性のアルバムにするか、っていうアイデアは白紙で、実際に作る際のはっきりしたプランはなかった。ただ、強いポップなダンス・ミュージックを作りたいという思いは漠然とあって。でき上がったアルバムを実際に聴いた友だちからは、とてもエキサイティングなアルバムだって言ってもらっているよ。

やはりそうだったんですね! 私も同意見です!

S:ありがとう!

ほとんどの曲がカルマ・キッド(Karma Kid)との共同プロデュースとなっていますが、どのような流れで楽曲制作をおこなっていったのでしょうか? 声とトラックのバランスが絶妙だと感じました。

S:カルマ・キッドは17歳ぐらいから付き合いのある個人的な親友。僕のやりたいこと、自分らしさをいちばん解ってくれているのが彼なんだ。僕のとりとめもない思いつきを整えてアルバムにまとめてくれて、この曲はインディっぽくやろうとか、もっとポップにしよう、ダンスぽいサウンドにしようというようなアイデアを形にできるプロデューサーなのが彼。付き合いも長いからコミュニケーションも円滑でとてもクリア。こうしないとダメとか、これは違うとか、そういったネガティヴなことは言わず、僕のやりたいことを尊重してくれて、その上でアドヴァイスをする、そのような彼の姿勢が『True Magic』を作るうえでとても大きな役割を果たしてくれたと思っている。
 特にヴォーカルに関しては、ポップなマインドを持った人たちに歌ってほしい、ポップなアーティストに歌ってほしい、ということがとても重要だったから、それをいろいろな方法で取り入れて形にできたのは良かったよ。この部分はとくに彼カルマ・キッドの力が大きく、正直、彼は天才! って思ってる。

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フレンチ・ハウスは10歳ぐらいの頃から YouTube で聴いてて、例えばダフト・パンクの “Around The World” とか “One More Time” は何度も何度も繰り返して聴いた大好きな曲。彼らはソウルやファンクとかロックをサンプリングしているけれど、僕も同じようなメソッドでサンプリングをしたいとずっと考えていた。

ヴォーカリストについても質問させてください。リナ・サワヤマとはとても仲がよいようですね。どのような経緯で本作に参加することになったのでしょうか?

S:10年ぐらい前から彼女とは付き合いがあって、彼女の曲のプロダクションを担当したこともあるし(アルバム『Sawayama』収録曲 “Snakeskin”)、彼女のファースト・アルバムの追加プロダクションを手掛けた経緯もあるんだ。彼女がビッグ・スターになっていく過程をずっと見てきたけど、素晴らしい魅力的な声の持ち主だよね。『True Magic』は友だちを集めて作りたかったところもあって、自分の音楽的な方向性、志向を世界に紹介するためのエキサイティングなポップ・スター、ということで彼女にはぜひとも歌ってほしかった。実現できてもちろん嬉しいし、とても特別なことだと思っているんだ。この曲 “Saving Flowers” は、『True Magic』のなかで二番目に書いた曲で、つまりかなり初期に書いた曲なんだけど、歌入れ前のインストの段階でスケールの大きなサウンドができ上がったから、この壮大なサウンドにふさわしい、僕の人生のスケール以上の規模で歌っている彼女がヴォーカリストとして浮かんだので彼女にオファーしたんだ。おかげでとても良い曲ができたよ。

今回のコラボレーションで驚いたことのひとつに、なかむらみなみとの “go!” があります。以前来日した際に彼女と Itoa のコラボ曲 “oh no” をプレイしていましたね。“Go!” の歌詞は彼女にすべて任せた形ですか?

S:彼女の声は特別だと以前から思っていて、インスタで連絡したんだ。この “Go!” のトラックができ上がったとき、エネルギーに溢れた声がふさわしいと考えていて、さっきも話したけど、ポップでソウルフルな力がある声の持ち主に歌ってほしい、という考えでヴォーカリストを選んだのだけれど、そのような才能が並ぶなかでも彼女の声はとても目立つんだ。なかむらみなみのような個性的なアーティストには好きなようにやってもらったほうがうまくいく、そう考えて。トラックを彼女に送って、ヴォーカルを入れて戻してきたわけだけど、まず感じたのは、期待以上のものが来たぞ、ってこと!

アルバム全体の歌詞についてですが、別れや喪失について歌われたリリックを多く感じました。あなたからテーマを提示して各アーティストが仕上げていくような流れで書かれたのでしょうか?

S:とくにテーマを決めてお願いをしたわけではなく、でき上がった詞がたまたまこのような内容になった、って感じかな。なにかはっきりした明確なイメージがあったわけではなかったけど、これまで経験した別れが反映されているのかな、といまは思う。意図したものではないけれど、エネルギーとかソウルとか心が動かされること、そういったことがテーマのように『True Magic』に現れているんじゃないかな。いちばん端的に示しているのがアルバム・カヴァーにも使われている車。映像や絵としてのインパクトがあって、そして車に乗って旅をするときのエモーションやエネルギーも込められていて、これらがテーマに含まれていると思う。

リナ・サワヤマとの “saving flower” ではカシオペアの “朝焼け” がサンプリングされています。あなたにとって大切な曲のようですが、このサンプリングにはどのような意味が込められているのでしょうか?

S:日本の80年代後半から90年代前半にかけてのフュージョンがとても好きで、日本の音楽シーンにとっても特別な時代だと思っているんだ。Tスクエアやカシオペアなどをよく聴いてて、日本に来たときは日本のフュージョン作品のレコードを買い漁ったりしていた。彼らのサウンドは、とてもドラマチックで艶っぽくて、こういった音楽性や音のパレットというものは少なからずダンス・ミュージックに取り込まれている、と個人的には考えている。
 “朝焼け” だけど、この曲のギターを聴いたとき、自分のなかでクリエイティブなアイデアが湧き出てきた。強烈なギターのサウンドをサンプリングできたことは本当に素晴らしいことで、おかげで『True Magic』のメインのひとつとなる曲に仕上がったよ。

ハウスやテクノを文化として認めた功績はとても大きいことだけど、私たちはそれがどこからやってきたのか、源流であるオリジナルを忘れがちなところがあると思う。

『True Magic』の収録曲にもエッセンスが色濃いですが、ダフト・パンクやフレンチ・ハウスからの影響を公言しています。フレンチ・ハウスの魅力とは何でしょうか?

S:フレンチ・ハウスはすごくヒプノティックな部分があるシンプルなスタイルだと思う。基本的には短い音楽の断片をループさせた、わかりやすくシンプルゆえに踊りやすいんじゃないかな。フレンチ・ハウスは10歳ぐらいの頃から YouTube で聴いてて、例えばダフト・パンクの “Around The World” とか “One More Time” は何度も何度も繰り返して聴いた大好きな曲。彼らはソウルやファンクとかロックをサンプリングしているけれど、僕も同じようなメソッドでサンプリングをしたいとずっと考えていた。僕はジャズをサンプリング・ソースとしてよく使っているんだけど、アプローチの方法としては彼らと同じだと自負しているよ。様々な音楽性をサンプリングで色鮮やかに組み合わせていきたい、というところがフレンチ・ハウスから僕が影響を受けている部分だと思うな。
もちろん、UKガラージからはとても強く影響を受けていて、『True Magic』がUKガラージとフレンチ・ハウスのコラボレーションといえるアルバムになったことは、とても自然な流れだったかな。

現在のような成功を手にするまでに、困難な状況もあったと思いますが、どのように乗り越えてきたのでしょうか?

S:実際のところ、なぜ、自分のキャリアが変化したのか、パンデミックのときに考えたことがあって。パンデミックが自分に与えた影響はかなり大きかった。あの時期、ショウも何もできず、外に出ることすらできなかった。自分とPCだけがある、音楽にとても集中した時間だった。あのような困難な状況で、音楽から自分が何を欲しているのか、音楽を使って自分が何をしたいのか。とてもじっくり考えた。
 まっさらな状態から、自分のやりたいこと、音楽で表現したいことを本当にじっくり考えた時間だった。それまで作った音楽はもちろん気に入っているし、作ったことを後悔しているわけではないけれど、ハッピーだったときに作った音楽がほとんどで、ハッピーじゃない状況で音楽を作る経験は初めてだったから、僕にとってそれはとても大きなことだったんだ。自らに嘘をつかず正直であればオーディエンスは音楽を受け入れてくれる。いまはそう考えているよ。

あなたにとってダンス・ミュージックとはどのようなものでしょうか? ある人は人生、ある人は仕事、またある人は喜び、など様々な意見があります。

S:中央ヨーロッパで育ったものとしてダンス・ミュージックはいつもそこにあった大きな存在だったことは確かだね。僕の兄はいつもハウスを聴いていたから生活のなかでもダンス・ミュージックは身近な存在だった。大人になって改めてダンス・ミュージックと向き合ってみると、僕にとっては「逃げ場」だった。例えば、DJをするときはポジティヴなマインドになるし、ハウスをかければ自由な気持ちが湧き上がってくる。一方で、ダンス・ミュージックには人と知り合うための手段という側面があって、コミュニティを形成するための存在でもあると思う。マンチェスターのお気に入りのクラブにいって、人と新しく出会ったり馴染みの友人と楽しんだりとか、そういうことが好きなんだ。すべての音楽にそういった部分はもちろんあるけど、僕にとってのダンス・ミュージックは、素晴らしい気分を味わうための手段、辛いときの逃げ込める場所、そう思っている。

最後の質問になります。先日ベルリンのテクノ・カルチャーが、ユネスコの世界無形文化遺産に登録されました。他方で、オリジナルであるデトロイト・テクノに対する言及がないことについて批判も上がっています。これについて、あなたの意見を聴かせていただけますか?

S:その批判には僕も同意見だよ。ハウスやテクノを文化として認めた功績はとても大きいことだけど、私たちはそれがどこからやってきたのか、源流であるオリジナルを忘れがちなところがあると思う。ハウスやテクノは、クィアやブラックが集まって皆でひとつになれる場所を見つけるために生み出した音楽。(編注:ニューヨークやシカゴや)デトロイトのクィア・シーンやブラック・シーンが作ってきた音楽だと僕は考えていて、このふたつをスルーすることにはとても失望したよ、正直。
 ベルリンのテクノ・カルチャーは重要で、ベルリンもデトロイトがなければそこには存在していなかったのに、本当に残念な話だと思う。私たちは、ブラックの人びと、アフリカン・アメリカンの居場所に光を当てることを決して忘れてはいけないんだよ。

High Llamas - ele-king

 相変らずショーン・オヘイガンが作る音楽は、誰にも似ていない。
 2003年の『Beat,Maize & Corn』においてショーン本人の言葉で、「じゃがいもの袋は変わったけれど、それでも中に入っているのはじゃがいもだ」とあったが、この変化に対しての冗談めいた意志表明(タイトルを訳すと『甜菜、とうもろこし、そして穀物』となる)は、『Hey Panda』を聴くと予言として機能していたのではないかとさえ思えてくる。いや、もちろん変わり続けてきたのがハイラマズで、90年代の初期ハイラマズから、98年『Cold and Bouncy』、99年『Snowbug』、2000年『Buzzle Bee』あたりのエレクトロニックに影響を受けたサウンドはわかりやすく変化として捉えることができたし、雰囲気はどこか初期に戻りつつも明らかにポップスとしての画角を押し広げた『Beat, Maize & Corn』、2006年『Can Cladders』、2011年『Talahomi Way』は、変化を感じさせる間もなく、驚くほど自然な形でリスナーをラマズの世界に引き込んだ。レコード屋のソフト・ロックのコーナーで偶然発見した『Hawaii』に衝撃を受け、初めてのリアルタイム・ラマズは『Talahomi Way』だった自分も、遡るにあたってエレクトロニックに影響を受けたアルバムに多少のハードルを感じた薄い記憶ならある。でも「これほどまでにハイ・ラマズの音楽に焦点を当て直したものはない」というのは事実だろう。問題作というインフォメーションにも頷ける。

 散々語られている通り、現行 R&B やヒップホップからインスピレーションを得たということも、仮にハイラマズの作品だと知らずに聴いたとして、これはハイラマズだろうということも、一聴してわかる。今作にも参加しているフライヤーズ、レイ・モリス、ボニー“プリンス”ビリーとの仕事や、ロックダウン中に家の中で子供たちが聴いていたというSZAやソランジュ、ノーネーム、スティーヴ・レイシー、エズラ・コレクティヴ等々から影響を受けたそうだ。2000年代に感銘を受けたというJ Dillaへの思いが時を経て伏流水のように湧き上がったロマンもある。
 第一印象は、サブベースやトラップぽいビート、オートチューンに多少の驚きを感じつつも、ラマズらしいストリングスやピアノ、シンセの響きに耳を傾けると鳴らしっぱなしにされているというよりは細かい単位で配置されながら曲が展開されていくことに気付いてくる。たしかに新しい魅力だと感じた。それでいて、全然煽られる瞬間がなくて、むしろ展開に対してとても豊かな時間の流れがアルバム全体に通底している印象を受けた。BPMがゆったりなこともあるが、現行のプロダクションを抑制をよく効かせながら深く取り込みつつ、やはりハイラマズのポップスとして聴かせるショーンの手腕は流石であるということまではわかった。「僕は、毎日巨大なニンジンを食べるパンダのTikTokファンとして、ロックダウンと回復を過ごした。とても幸せだった。」となんとも言えない安堵感を誘うコメントから察するに、ロックダウンの束の間の豊かな時間も反映されていそうと思ってしまうが、深読みだろうか。

 ところで、この機会でハイラマズを久しぶりに聴きなおしてみると、よく覚えていることに自分自身驚いた。アウトロで次の曲のイントロが脳裏に浮かぶあれだ。思っていたよりもよく聴いたのだろう。いまよりも時間の流れがゆっくりだったのかもしれない。ハイラマズ以降そういうアルバムが何枚あるだろうか。わざわざレコードで買った新譜の何枚を2回以上聴いただろうか。問題作は自分自身だった。
 レーベル〈Drag City〉のインスタグラムには、「現代のポップ・ミュージックの魅惑的な錬金術で幕を開けた『Hey Panda』は、定義が時間とともにどのように変化するかを多角的なレベルで反映した素晴らしい曲集です。喜びを広げ、自信をかき立てることを目的としたアルバムで、若くて勇敢な世界へのラヴレターです」とあった。リスナーもまた時間と共に、楽しみながらラマズの変化を感じていけばよいというか、そうするしかないというか、なんとも楽観的で核を突くメッセージを受け取りました。
 いや、アルバムは相変わらずのポップ・センスを充分に湛えていて、これからの季節にぴったりだと思うし、素直に飛び込んでくる作品だとも思います。ただ、偏屈な僕にはありがたい棘が少し残りました。ラスト・トラック“La Masse”は南米の香りが感じられる(個人的にはエドワルド・マテオを想起した)必ず救われるキラーチューンだし、アウトロのらしいコーラスワークからのフェイドアウトは、まだまだハイラマズは続くという暗示を感じます。レコードは買う。

Kronos Quartet & Friends Meet Sun Ra - ele-king

 何年か前に、ザ・スリッツのギタリストだったヴィヴ・アルバーティンによるゴシップ満載の自伝が刊行されたが、ぼくにとっては本のなかで興味深かったのは、バンドが初のアメリカ・ツアーをした際にアリ・アップとヴィヴがフィラデルフィアのサン・ラーの家を訪ねていったというエピソードだ。読んでいて、思わず「へー」と声を上げてしまった。結局ツアー中で会えなかったとはいえ、彼女たちはマーシャル・アレンの父親のサポートでアーケストラ全員が暮らしていたという伝説の住居(そこではサターン盤のジャケットの制作や梱包などもおこなわれていた)まで行ったわけだ。ここに、ポスト・パンク時代の日本ではあまり語られてこなかった事実がひとつ確保された。当時ザ・ポップ・グループのマネージャーが運営していた〈Y Records〉からサン・ラー作品がリリースされたのは「意外」なことではなかったのだ。
 サン・ラーとアーケストラの影響の大きさ、その多様さは、経済的な成功とは無縁だった彼らのキャリアを思えばこれまたじつに興味深い。人はなぜ、いつまで経ってもこんなにもサン・ラーに惹きつけられるのだろう。なぜ、彼の死後(いや、彼がこの地球を旅だってから)、これほど多くのアーティストたちが彼の曲をカヴァーしたがるのだろう。理由のひとつには、サン・ラーの曲はじつは親しみやすいものが多いということがあるだろう。本作冒頭に収められたジョージア・アン・マルドロウの歌う“Outer Spaceways Incorporated”は、大ざっぱに言って、村上春樹の小説に出てきてもおかしくはない、上品でレトロな(そして幻想的な)ヴォーカルもののスウィング・ジャズに思えなくもない。だが、歌詞は壁抜けどころではなく大気圏抜けだ。曲は歌う。「地球に飽き飽きしたなら、いつまでも変わらないとうんざりしたら、さあ、サインアップしよう、宇宙へ飛びだそう」

 本作はAIDS医療援助活動のための非営利団体、レッド・ホット・オーガニゼーションによるサン・ラー・プロジェクトの最新盤だ。1990年の設立以来、女性とLGBTQ+コミュニティを中心に活動してきたレッド・ホットには、これまで多くのミュージシャンが協力してきている。2002年には、AIDSの合併症で亡くなったフェラ・クティに捧げる『Red Hot + Riot: A Tribute to Fela Kuti』によって、その音楽マニアなところも広く知られるようになった。レッド・ホットは昨年、サン・ラー・プロジェクトを開始し、まずは『Nuclear War: A Tribute to Sun Ra: Volume 1』、そしてサン・ラーのブラジル音楽解釈版『Red Hot & Ra:SOLAR - Sun Ra In Brasil』をリリースした。前者は、エンジェル・バット・ダウィッド、ジョージア・アン・マルドロウイレヴァーシブル・エンタングルメンツらが、くだんの〈Y Records〉からリリースされた反原発曲“Nuclear War”をそれぞれがカヴァーしたものだった。そしてさらに、レッド・ホットは最近2枚のアルバムを発表した。そのうちの1枚がここに大きく取り上げるクロノス・クァルテットと複数のミュージシャンによるカヴァー/再構築集なのである。

 まず、参加ミュージシャンの顔ぶれがele-kingのためにあるようで(笑)、すばらしい。上記のアン・マルドロウほか、ジェイリンララージローリー・アンダーソンRPブー、アーマンド・ハマー、ムーア・マザーと700 BlissDJハラム、テリー・ライリー&宮本沙羅ほか、オークランドの即興演奏家ザカリー・ジェイムズ・ワトキンス、サンフランシスコの実験音楽家のEvicshen、同所の前衛集団シークレット ・チーフス3M、カナダの実験音楽家ニコール・リゼ。現役アーケストラーのマーシャル・アレンも参加している。これだけのクレジットを見れば、聴かずにはいられないでしょう。

 それでぼくの感想だが、クロノス・クァルテット(これまでスティーヴ・ライヒやフィリップ・グラス、テリー・ライリーなどとの共演を果たしている)の存在がこのアルバムの魅力の土台を作っている。周知のようにサンフランシスコのこの楽団は弦楽器奏者のグループで、アーケストラは主に管楽器と鍵盤(そしてある時期からはシンセサイザー)のグループ。だから、“Outer Spaceways Incorporated”が良い例だが、ヴァイオリンやチェロで演奏されるサン・ラーの曲はじつに新鮮に感じる。ジャズとクラシカルな響きとのなんとも美しい融合だ。また、やはり、エレクトロニック・ミュージックのいちファンとしては、ジェイリンとRPブーがここに名を連ねていることに反応してしまう。20年前に〈Kindred Spirits〉がセオ・パリッシュ、マッドリブ、フランシスコ・モラ・カルテット、ジミ・テナー、ビルド・アン・アークなどをフィーチャーしたサン・ラーのトリビュート・アルバム『Sun Ra Dedication』(このときのメンツも良かった)を出したことがあり、I.G.カルチャーやセオ・パリッシュのリミックス盤(名盤だ)も当時ずいぶんと話題になった。ただしあれはクラブ系のレーベルからのリリースだったし、言ってしまえば、90年代のクラブ系をずっと追い、90年代後半以降のジャズに寄ったデトロイト・テクノやジャングル〜ブローンビーツ、インストゥルメンタル・ヒップホップを聴いているリスナーに向けられてのものだった。
 今回のアルバムがより広範囲なリスナーに向けられていることを実現させたのは、間違いなくクロノス・クァルテットの演奏力やアイデアによるところが大きい。ジェイリンやRPブーのエレクトロニクスが曲全体をコントロールするのではなく、あくまでも曲のいち部として機能している。それはララージでもムーア・マザーでも同じことだ。
 そういう点で、ローリー・アンダーソンとマーシャル・アレン(とクロノス)との共同作業は面白かった。この組み合わせのみが2曲収録されているが、ほんとうにアンダーソンならでは声の響きがそのままサン・ラー宇宙とドッキングした音楽になっている。RPブーのビートとアーマンド・ハマー(とクロノス)の共演もぼくには嬉しかった。が、本作はラーの宇宙を楽しむ至福の1時間、という内容ではない。どの曲にも各々の光沢があり、ラーの宇宙空間の多次元を楽しめることはたしかだ。しかし700 BlissとDJハラムによるエレクトロニック・ノイズもさることながら、ササクレだった曲、緊張感みなぎる曲もある。
 アルバムを締めるテリー・ライリー&宮本沙羅の“Kiss Yo Ass Goodbye”は、あの“Nuclear War”のいち部を切り取って、別の物に作りかえたものだ。この、深みのあるトリビュート曲は、リスナーによって感じ方はさまざまかもしれないが、ぼくはラーの怒りをあらためて表現しているように思えて、ライリーのあまり語られていない一面を感じ取った次第である。(当たり前の話だが、ラーはニコニコした宇宙案内人などではない。たとえばセオ・パリッシュにとってラーとは、“Saga Of Resistance(抵抗譚)”なのだから)


※同時に、USのシンガー・ソングライター、マルチ・インストゥルメンタリストのMeshell Ndegeocelloによる『Red Hot & Ra: The Magic City』もリリースされている。もちろん『The Magic City』(1973)は〈Impulse!〉からも出たということもあって、ラーの有名作のひとつだ。彼女は歌を挿入しながら、同作をより甘美で魅惑的なものへとうまくまとめている。ファンはこちらもぜひ聴いてください。ぼくのような『The Magic City』好きから見ても、数曲、すごく魅力的な演奏(解釈)がある。

Martha Skye Murphy - ele-king

 マーサー・スカイ・マーフィの音楽を聞くと胸の中に恐ろしさと美しさが同時にやってくる。ひんやりとしていておごそかで、何かよくないことが起きそうな不安を覚える緊張感と、ゆらぐロウソクの灯を見つめているようなやすらぎがあって、それらちぐはぐな感情がわからないものとして頭の中で処理されてそのまま出る。彼女の音楽は調和のとれた風景の奥にある違和を表現するかのように美しく不安に響くのだ。

 マーサー・スカイ・マーフィと聞いてスクイッドの “Narrator” のヴォーカルを思い出す人も多いだろう。あるいは〈Slow Dance Records〉のことが頭に浮かんだり、10代の頃にニック・ケイヴのツアーに参加したということ思い出す人もいるかもしれない。初期の作品のクレジットにはジャースキン・ヘンドリックスことジョセリン・デント=プーリーやデスクラッシュのベーシスト、パトリック・フィッジラルド、ブラック・カントリー・ニュー・ロードのルイス・エヴァンスなどの名前が並ぶ。こうしたことからも彼女の立ち位置が見えてくるのような気もしてくるが、しかし彼女はそれらの人物と関わりながらそこから少し距離を置いてどのようなシーンにも属さないような音楽を作り続けてきた(それはゴシックの香りがするアート・ポップのような音楽だった)。美しく、恐ろしく、孤高で孤独、イーサン・P・フリンと共同プロデュースで作り上げたこの1stアルバムは現実の向こうから何かを見出そうとするようなそんな空気が漂っている。それはおそらく気配と呼ばれるようなもので、見えないがそこに何かが確かにあると感じられる類いのものだ。

 テープレコーダーのスイッチが押される音と「開始」という声とともにアルバムははじまる。ハミングともやのかかった楽器の音で空間が歪んでいくような、ゆったりとしたイントロダクション “First Day” によって幕が開くこのアルバムはピアノが中心にあり、フルートやストリングスといった柔らかいアコースティックな楽器で組み立てられている。そこにエレクトロニクスの固いサウンドのテクスチャーが重ねられ緊張と緩和を繰り返しながら進んでいく。そうしてそこに声がのる。マーサ・スカイ・マーフィのこの声こそがこのアルバムの気配を作り上げているといっても過言ではないだろう。ヴォーカリストというよりかはメッセージを伝える占い師、あるいは心を深層に向かわせる催眠術師のような声、細くそれでいて芯があり、ゆらぎ、言葉と響きの間にある意味をたぐり寄せる。それが音と重なり聞き手の感情を迷子にさせる。身体の支えとなるようなものはなく、どこに軸足を置いていいかわからずに、方向感覚を失う。しかし不思議と不安はない。フルートのささやきとアンビエント・ドローン、ピアノとフィールド・レコーディングされた物音でノスタルジックな空気を作る “Theme ParKs” の中で、彼女の声は遠くで瞬く光のような、何もない砂漠での道しるべのように感じられる。幾重にも重なった音のテクスチャーが頭にぼんやりとした考えを浮かばせ、そうして砂をかぶせるようにして消していく。それが浮遊感ともまた違う、音の空間の中で迷子になったかのような感覚を生み出すのだ。
 “The Words” においてもそれは顕著で、アコースティック・ギターの上でヴォーカルが人工的に処理されて、声の重なり、楽器の重なりの中で所在を不確かにさせる。ここにいる彼女の奥、遠くで聞こえるその声はまるで過去に存在した人物の声のようでもあり、あるいは未来におこりうることを予見したかのような声でもある。そうやっていくつもの像が重なり、万華鏡のように広がっていくのだ。
 クレア・ラウジーが参加した最終曲 “Forgive” はピアノとフィールド・レコーディングされた物音と気配の音楽だ。それが頭の中のおりを洗い流すかのように響いていく。ぼんやりと何かを思い出すかのように、あるいはこれから起こりうる未来のできごとを感じるかのように。「that’s enough」という声とともにレコーダーの停止ボタンが押され現実に突如引き戻されるまで、この不思議な感覚は続いていく。

 アルバムのミキシングを担当したマルタ・サローニはこのアルバムを初めて聞いたときに「まだ起きていない経験の、その記憶を体験しているかのようだ」というコメントを残したというが、まさにこれは体験の音楽なのだろう。重なる響きの中で方向感覚を失い、声を頼りにゆっくりと糸を手繰るように深層に潜っていくこの奇妙な体験はしかし不思議とやすらぐものでもある。恐ろしく美しい迷路のようなやすらぎに、気付けばハマりこんでいる。

 自分でも気付かぬうちに、スティーヴ・アルビニは私の人生を変えていた。彼の特定の作品との出会いによって啓示を受け、人生の中にそれ以前と以後という明確な境界線が引かれたということでは全くない。それよりも彼の影響は、私の育った音楽世界の土壌に染み込んでそれを肥沃にしたものであり、そうとは知らない私が無意識に歩き回った風景そのものだったのだ。ようやく獲得し得た視野と意識によって振り返ってみると、私が通ってきた世界のすべてに彼の手が及んでいたことを思い知らされる。

 世代的なことも関係している。1962年生まれのアルビニは、ちょうど1980年代にジェネレーションXが成人し始めた頃の音楽シーンで地位を確立し、彼の音楽とアティチュードはその世代の心に響く多くの特徴を体現していたのだ。

 彼の作品は挑戦的で、パンクが退屈さに怒りをぶつける方法をさらに推し進めたものだった。彼自身の初期のビッグ・ブラックやそれ以降の音楽の中で、児童虐待やレイプ、暴力について恥も外聞もなく言及し、その言葉は人種差別や同性愛嫌悪の枠をはるかに超えるようなものだった。それでも後年には、彼のそういった挑発を裏打ちしていたのは無知と特権意識によるものだったという反省を、恥ずかしがらずに口にしてみせた。彼はこれらの考察を自分自身の個人的な言葉で組み立てることに細心の注意を払ってはいたが、それは同時に、1980/90年代の慣習に逆らった、エッジ―なポップ・カルチャーの多くが社会の隅に追いやられた人々の実生活の経験について、いかに無頓着で認識が甘かったのか、さらに、批評的かつ皮肉な出発点から一線を越えてしまったアートが、いかに他の人々に、昨今彼もよく目にするようになった本物のヘイト(憎しみ)によって、同じようなことを言うための扉を開いてきたかについての鋭い分析でもあった。

 アルビニの場合、人々に衝撃を与えたいという意欲が、彼のもうひとつの側面であるメインストリームといわれるもの全般、特に音楽業界の偽善的な常識を無視する姿勢と密接に結びついているのだ。ピクシーズ、ブリーダーズ、PJハーヴェイ、ニルヴァーナやジミー・ペイジとロバート・プラントなどの多大な影響力のあるアルバムの仕事で軌道に乗った、彼のレコーディング・エンジニアとしてのキャリアでは、業界のゲームに参加さえすれば莫大な金を稼ぐことができたのに、インディペンデント・アーティストに拘り続けた。

 そして、彼が実際に一緒に仕事をしたアーティストたちの話を聞いてみると、近年の内省的なアルビニは、以前の作品から想像されるような口汚い挑発者とそれほど対照的ではないかもしれないことに気が付く。そこから伝わってくるのは、自分の意見についてはぶっきらぼうで率直だが、バンドが望むものを達成するために自分の持つ専門知識を惜しみなく差し出して深い集中力でもって彼らを手助けするという人物像だ。1990年代にアルビニとアルバムを録音したバンドのメルトバナナによると、彼らは自分たちがレコーディングの主導権を握り始めた時の彼の寛大さを強調し、「3枚目を自分たちでレコーディングすると決めた時に、録音のアドバイスや必要な機材について尋ねると、たくさんのことを教えてくれた」と語った。ZENI GEVAの一員としてアルビニと仕事をした田畑満は、彼のことを「レコーディングについて知ることが、音楽の秘密に近づくことに繋がると気付かせてくれた人」と言い表した。

 彼が私自身の音楽世界に与えた影響の大きさが、長いこと私のレーダーから影を潜めていたことの理由のひとつに、彼が手掛けた多くの作品での自分の役割を最小限に抑えようとしていたことがある。プロデューサーとしてよりも、エンジニアとしてクレジットされることを好み、多くで偽名を使っていたことでも知られている。彼の死を知った後で、自分の持っているレコードを確認すると、アルビニが録音した作品でのクレジットは、Ding Rollski (シルヴァーフィッシュの『Fat Axl』)、Some Fuckin’ Derd Niffer(スリントの『Tweez (トゥイーズ)』)、そして彼の猫のFluss (ガイデッド・バイ・ヴォイシズの『アンダー・ザ・ブッシズ・アンダー・ザ・スターズ』の数曲)などとなっていた。それでも、ピクシーズとブリーダーズのキム・ディールはインタヴューで、彼が認めたがるよりもはるかに、スタジオでの影響力は絶大だったと示唆している。

 ビッグ・ブラックやシェラックにすでに影響を受けていたバンドが、‶スティーヴ・アルビニ・サウンド〟を求めて彼のエレクトリカル・オーディオ・スタジオでレコーディングを行ったことには、ほぼ間違いなく(とりわけ時が経つにつれて)、自主的な選択がはたらいていた傾向にあるが、やはり、彼の作品全体に繰り返し見られる識別可能な特徴があったのも確かだ。彼はアナログで作業することを好み、(田畑は「彼は世界最速のテープ・エディターでもあり、DAW使用者よりも速かった」と語っている)、ほとんどの装飾を取りはらった、広がりのあるサウンドを創りだした。彼の録音では、ドラムの自然なリヴァーヴを好んだことで、まるでミュージシャンと同じ部屋に一緒にいるかのような感覚が味わえる。彼の録音の多くに、独特のクランチーなベースのサウンドとスクラッチのような耳障りなギターがフィーチャーされている。それは、個別のアーティストたちが目指したゴールに応じて微調整された還元的で多様な作品の要約ではあるが、アルビニ自身の作品群をはるかに凌駕し、彼に影響を受けた何千人ものアーティストやエンジニアたちの作品にこだましたサウンドなのだ。そしてこのサウンドは、私が東京のミュージック・シーンに参入して足場を固めようとしていた頃の東京中のアンダーグラウンドのライヴ・ハウスで鳴り響いていたものであり、私が観たり一緒に仕事をしたりした全世代のアンダーグラウンド・バンドの作品を彩っていたものだった。

 彼が築き上げるのを手伝った音楽世界で育った者としては、スティーヴ・アルビニの死去によるひとつの世代の衰退を感じざるを得ない。彼が後悔していた‶クソなエッジロード(重度の厨二病患者)〟のことばかりではなく、彼が精力的に支持した反メインストリーム主義のDIYのエートス全体が、ますます過ぎ去った過去の遺物のようになってしまう――少なくとも、当時のような形ではなくなっていくのが感じられる。インディとメインストリームのニ極化的な対立や、それに付随する‶裏切り〟という非難は、文化的な戦線が他に移行し、オルタナティヴが必ずしもミュージシャンにとって経済的に存続可能な空間でなくなってきている現在においては、さほど重要な意味を持たなくなっている。アルビニ自身も、90年代に比べて独立系ミュージシャンが生きていくのがいかに難しくなったかについて言及している。彼がどれほど手頃な価格でスタジオを提供しようとしても、エレクトリカル・オーディオのようなインディに優しいスタジオでさえ、そのコストは大半のアーティストにとって回収できる金額を超えているのだ。

 これは、我々が失った世界への自分ではどうすることもできない類の叫びなのかもしれないが、それでもスティーヴ・アルビニの死は、私に音楽界のコミュニティにとって必要な物の多くを浮き彫りにしてくれた。我々には、疲れを知らずに働き続け、自分が勝ち得た成功を惜しみなく、まだ道を切り開こうとしている人々を支援するために活用できる人、潮流が自分に著しく不利に傾いた時でも、倫理的に正しいと信じることを貫き通せる人、過去の過ちを認識し、必要な時には新たな方向性を示すキャパシティの広さを持つ人、そして、私たちが間違ったことをしている時に、そうと教えてくれる辛辣な知性を備えた人々が必要なのだ。

 ミュージシャンが亡くなると、天国で他の偉大な仲間たちとジャム・セッションをする場面を想像したりするという、お決まりの言い回しがある――ジェフ・ベックのギターに、チャーリー・ワッツのドラム、そしてベースはウォルター・ベッカーといった具合の。スティーヴ・アルビニのファンの何人かは、これらの天使になった巨匠たちには、ようやく天上の世界で自分たちのことをクソだと進言してくれる人ができたのだと提言している。

私自身はスティーヴ・アルビニと直接知り合う機会はなかったものの、東京のアンダーグラウンド・シーンにいれば、必ずや彼と知り合いだった人に行きあたる。上に引用したように、この記事を書いている間に何人かに話を聞き、彼らのコメント全文を掲載するべきだと思ったので、ここに記す。

「スティーヴ・アルビニはレコーディングについて知ることが、音楽の秘密に近づくことに繋がると気付かせてくれた人。彼は世界最速のテープ・エディターでもあった――DAWユーザーよりも速いほどの。彼が恋しい。一緒に音楽を創ってくれてありがとう、スティーヴ。」
 田畑 満

 「スティーヴが亡くなったことは本当に悲しいです。彼は私たちの最初の2枚のレコードを録音してくれました。私たちは彼の昔の自宅のレコーディングスタジオでアルバムを録音しました。みんなで彼の家に泊まって過ごした時はとても楽しかったです。3枚目を自分たちでレコーディングすることを決めた時に、録音のアドバイスや必要な機材について尋ねると、たくさんのことを教えてくれました。それに、彼のバンド、シェラックとアメリカ、イギリス、フランス、ドイツで一緒にライブすることができて本当によかったです。私が彼の姿で一番よく覚えているのは、1枚目のレコーディングの時に彼がミキシングボードに向かって、深夜まで一人で黙々と作業をしていた後ろ姿です。その時、私は彼が飼っていた猫のFlussとずっと遊んでいました。彼は、私たちにたくさんのことを与えてくれました。スティーヴ、ありがとう。」
メルトバナナ/Yako/Agata


How Steve Albini secretly changed my world


By Ian F. Martin

Without me even noticing it was happening, Steve Albini changed my life. There was no single revelatory encounter with his work that drew a clear line in my life between before and after. Rather his was an influence that seeped into and fertilised the ground of the musical world I grew up in — a landscape I walked ignorantly around, before eventually gaining the perspective and consciousness to look back and see his hand in everything.

Part of this is generational. Born in 1962, Albini established himself in the music scene just as Generation X began coming of age in the 1980s, and his music and attitude embodied a lot of the characteristics that generation took to heart.

His work was confrontational, taking the way punk railed against boredom even further. In his own early music with Big Black and beyond, he wasn’t shy about making references to child abuse, rape and violence, language that stepped way beyond the boundaries of racism and homophobia. But nor was he shy in later years about reckoning with the ignorance and privilege that underscored a lot of his provocations. While he was careful to frame these reflections in his own personal terms, they were also an incisive breakdown of how carelessly naive a lot of transgressive or edgy 1980s/90s pop culture was about marginalised people’s real life experience, and how art that crossed those lines from a critical or ironic startpoint opened the door for others to say similar things with the genuine hate he came to see so widely around him in recent times.

In Albini’s case, his willingness to shock also went hand in hand with another of his defining characteristics: his disregard for the hypocritical niceties of the mainstream generally and the music industry in particular. As his career as a recording engineer took off with influential albums by the Pixies, The Breeders, PJ Harvey and Nirvana, not to mention his work with Jimmy Page and Robert Plant, he could have made obscene amounts of money by playing the industry game, but his focus remained on independent artists.

And it’s when talking to the artists he actually worked with that the reflective Albini of recent years feels like less of a contrast with the foul-mouthed provocateur his earlier work might lead you to imagine. The picture that comes across is of a man who was blunt in his opinions but deeply focused on deploying his expertise to help bands to achieve what they want. Speaking to the band Melt-Banana, who recorded with Albini in the 1990s, they highlighted his generosity when they began to take control of their own recording, noting that, “When we decided to record our third album ourselves, he gave us a lot of advice and equipment we needed, and he gave us all sorts of information.” Mitsuru Tabata, who worked with Albini as part of the band Zeni Geva, described Albini as “the man who made me realise that getting to know about recording could help get me close to the secret of music.”

Part of why the extent of his impact on my own musical world stayed under my radar for so long was down to the way he minimised his role in so much of the music he worked on. He famously preferred to be credited as an engineer rather than a producer, and in many cases worked under assumed names. Looking through my records after learning of his death, I found Albini’s recording work credited variously to Ding Rollski (Silverfish’s “Fat Axl”), Some Fuckin’ Derd Niffer (“Tweez” by Slint) and his cat Fluss (a couple of tracks on Guided By Voices’ “Under The Bushes Under The Stars”). Still, in interviews, Kim Deal from the Pixies and The Breeders has suggested that he was a far more influential factor in the studio than he liked to admit.

There was almost certainly (and especially as time went on) something self-selecting in how bands already influenced by Big Black and Shellac recorded at his Electrical Audio studios because they wanted “the Steve Albini sound”, but there were nonetheless identifiable characteristics that recurred throughout his work. He preferred to work analogue (Tabata remarks that “He was also the fastest tape editor in the world — even faster than DAW users”) and created a spacious sound with most of the frills stripped away. His recordings show a preference for natural reverb on the drums that creates a sense of them being there in the room with you. Many of his recordings feature a distinct, crunchy bass sound and scratchy, abrasive guitar. Of course this is a reductive summary of a diverse array of work that was finetuned according to each individual artist’s goals, but it describes a sound that reverberated far beyond the body of Albini’s own work into that of the thousands of artists and engineers who were influenced by him. It’s a sound that rang through basement live shows across Tokyo when I was first finding my feet in the music scene here, and it coloured the work of a whole generation of underground bands I saw and worked with.

As someone who grew up in the musical world he helped build, it’s hard not to see the fading of a generation in the passing of Steve Albini. Not just the “edgelord shit” he came to regret, but also the whole anti-mainstream DIY ethos Albini supported so vigorously feels increasingly like a relic of a generation whose time has gone — at least in the form it took at that time. The often confrontational dichotomy between indie and mainstream, and the related accusation of selling out, carry far less weight nowadays as cultural battle lines shift elsewhere and the alternative ceases to be a financially viable space for musicians. Albini himself remarked on how much more difficult it had become for independent musicians to stay afloat compared to in the 90s. No matter how affordable he tried to make it, even an indie-friendly studio like Electrical Audio’s costs are beyond what most artists can hope to recoup.

So maybe this is a helpless cry to a world we’ve lost, but Steve Albini’s passing still highlights to me a lot of what the musical community needs. We need people who work tirelessly, using whatever success they gain in ways that help support those still trying to make their way; we need people who stick to their guns ethically when they know they’re right, even at times when the tide seems to be inexorably turning against them; we need people with the capacity to recognise past mistakes and chart a new direction when needed; we need people with the caustic intelligence to tell us when we’re doing it wrong.

There’s an insipid trope when a musician dies of imagining them in heaven, jamming with all the other dead greats — Jeff Beck on guitar with Charlie Watts on drums and Walter Becker on bass. A few Steve Albini fans have suggested that these angelic maestros now finally have someone up there to tell them they’re shit.

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I didn’t know Steve Albini, but everyone in the Tokyo underground scene knows someone who did. As quoted above, I spoke to a couple of these people while writing this article, and felt I ought to post their full comments as well:

“Steve Albini was the man who made me realise that getting to know about recording could help get me close to the secret of music. He was also the fastest tape editor in the world — even faster than DAW users. I miss him. Thank you for creating music with me, Steve.” - Mitsuru Tabata

“I'm really saddened that Steve passed away. He recorded our first two records. We recorded the in his old home recording studio and had so much fun staying at his house. When we decided to record our third album ourselves, he gave us a lot of advice and equipment we needed, and he gave us all sorts of information. It was fantastic, too, to be able to perform with his band Shellac in the US, UK, France and Germany. What I remember most about him is seeing his back as he was working alone at the mixing board until late at night during the recording of our first album. While he worked, I just spent the whole time playing with his cat Fluss. He gave us a lot. Thank you, Steve.” - MELT-BANANA / Yako / Agata

Terry Riley - ele-king

 ミニマル・ミュージックの歴史的金字塔、「In C」。それが初演から60周年を祝して、京都で実演される。この曲をやるのは15年ぶりとのこと。しかも50名のミュージシャンとともに清水寺にて演奏。チケットは早めにね。

会場:⾳⽻⼭ 清⽔寺 本堂舞台
日程: 2024年7月21日(日)

テリー・ライリーより 開催に向けて

「In C」の曲(一部)が私の中に降りてきたのは、1964年の或る夜。その瞬間、私はバスに乗っていました。サンフランシスコのゴールドストリートにあるサルーンでラグタイム・ピアノを弾くピアノ弾きとして生計を立てていたのです。
 この曲は、まさに世界がその出現を待ち望んでいたイヴェントであったかの如く、非常に有名になり長年にわたって世界中で数えきれないほど演奏されてきました。
 2024年の今日、私は、今年60周年を迎えた「In C」を上演し、お祝いをしたいと思いつきました。言うなれば「歳をとった女の子」へのお誕生会です 。
 どの場所が良いだろうかと思案した結果、京都が良いだろうと思いました。街が纏うスピリチュアルな雰囲気は、「In C」という楽曲が狙う意図にも一致します。
 多くの演奏家に参加いただくことで、宇宙に捧げる歴史的な祝祭になるであろうと、胸を躍らせています。
 素晴らしく、そして京都にあって非常に重要な寺院・清水寺は、この祝祭にうってつけの場所でしょう。仮に雨に降られたとしても、それから守ってくれさえもします。
 2009年に行った、ニューヨークのカーネギーホールでの演奏の後、私はこの「In C」を演奏することからリタイアしていました。ですが、私は喜んでこの京都での祝祭を例外とするつもりです。
 このアイディアを実行に移してくれ、実現させるために助けてくれた全ての人に、特に清水寺の大西英玄氏、中村周市氏と宮本端氏に感謝を。最後に「In C」の60周年を祝うために駆け付けてくれた全ての演奏家の皆さんに感謝を。

2024年6月 テリー・ライリー

◉開催概要
タイトル:
In C-60th Birthday Full Moon Celebration at Kyoto Kiyomizu-dera Temple, July 21, 2024
〜「In C」誕生60年を祝う奉納演奏 〜

会場:⾳⽻⼭ 清⽔寺 本堂舞台
住所:京都市東山区清水1-294
www.kiyomizudera.or.jp/access.php
日程:2024年7月21日(日)
開場時間:20:00
開催時間:20:30(終演:21:30頃を予定)

チケット発売日時:2024年7月6日正午12時より
チケット発売サイト:inc60-kiyomizu-dera.peatix.com 
          *発売開始日時より有効となります。
奉納チケット料:10,000円(税込/限定記念グッズ付き)
※本奉納公演は商業目的ではありません

本公演に関する問い合わせ先:
メール terry.riley.info@gmail.com
電話 070-7488-0346
(電話の受付時間:13:00〜19:00)
※音羽山 清水寺へのお問い合わせはご遠慮ください。

出演:テリー・ライリー、SARA(宮本沙羅)他、梅津和時、永田砂知子、大野由美子(Buffalo Daughter)、ヨシダダイキチ、蓮沼執太、AYAら、50名程度を予定

企画・主催:テリー・ライリー
制作総指揮:しばし
協力:音羽山 清水寺
   「Feel Kiyomizudera」プロジェクトチーム

◉「In C」60周年記念グッズ

「In C」誕生60周年を記念して、限定グッズ(Tシャツ、ステッカー、トートバッグ)を販売します。全て、本人が新たに書き下ろした手書き譜面をあしらった、貴重なアイテム。
terryriley.base.shop

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