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Ethan P. Flynn

Indie Rock

Ethan P. Flynn

Abandon All Hope

Young / ビート

Casanova.S Nov 15,2023 UP

 臥龍と鳳雛、イーサン・P・フリンとテイラー・スカイ。話題にあがったスポーツ選手や新馬を飾った競走馬、果てはフットボール・マネージャーのゲーム上で生成された選手にいたるまで、新しい才能を見つけると嬉しくなってしまうのはなぜだろう? これからどうなるんだという未来への期待とそれに出会ったという事実が胸を高鳴らせるのか、はたまた青田買い的な感覚が働いているのか、それはわからないがとにかくこの先を見てみたいというそんな思いにかられる。2020年のジョックストラップとイサーン・P・フリン、それとブラック・ミディのドラマー、モーガン・シンプソンが対談している映像の一幕、ジョックストラップのテイラー・スカイがイサーン・P・フリンに作曲方法について尋ねているのを見て以来頭のなかにふたりの天才というストーリーが出てくるようになってしまった。前面に出てくるロック・スター然としたタイプとは違う種類の天才、プロデューサーやコラボレーター、あるいは映画音楽を作り輝くタイプの才能(それはまさに諸葛亮や龐統に近いものがあるのかもしれない)、僕はそれにどっぷりとハマった。『B-Sides & Rarities: Volume 1』と名付けられたコンピレーション・アルバムを最初にリリースするという奇妙な形で世に出たイーサン・P・フリン、一方でテイラー・スカイはジョックストラップの活動の他にソロで『Kode Fine & Sons』という素晴らしいアルバムを出していて、そのどちらも低い声で唄われる日常の機微や愛おしさを感じるような美しいポップ・ソングであって将来的にこのふたりはギルドホールの先輩でもあるミカ・リーヴィみたいに映画音楽を作ったりもするのかも、なんてぼんやりと考えた(ついでに言うとブラック・カントリー・ニュー・ロードのルイス・エヴァンスがグッド・ウィズ・ペアレンツとして同時期に発表した音楽にも同じ空気を感じていた。イーサン・P・フリンとテイラー・スカイのふたりが参加していて相互に関わっているから当たり前かもしれないけれど、しかし同時に同じ感覚を共有していたようにも思えたのだ)。
 そしてこの頃のフリンは実際にFKAツイッグスの『Magdalene』に参加し、デヴィッド・バーンの『American Utopia』に加わり、ヴィーガンとコラボレートするなどの多彩な活動をおこなっていた。

 そうした時期を経て彼は22年にグラフィック・ノヴェル調の素晴らしいアートワークを持った7曲入りのEP「Universal Deluge」を発表する。このEPはそれまでの作風からさらに一歩進み心の奥底の小さな波にライトを当ててそれを増幅させるような作風だった。よりオーガニックに、より巧みに、アコースティック・ギターやフルートに彩られ感情の静かな波が広がっていく。テイラー・スカイはジョックストラップとしての活動でも見られるように一度シンプルに美しものを作り上げ、今度はそれをズダズタに切り裂いて、その隙間の中に再び美しさを浮かび上がらせるような手法を取るが、イーサン・P・フリンはオーソドックスな伝統的な美の中にジャンルを超越するのが当たり前となった現代の感覚と、そして「もののあわれ」とも言えるような哀愁を混ぜ込むのだ。繊細でそれでいて力強く、この時点でアルバムが待ちきれなくなった。

 そしてリリースされた初めてのオリジナル・アルバム『Abandon All Hope』はそのEPの路線をより一層推し進めたものだろう。かつてあったシンセサイザーやエフェクトといったエレクトロニクスの要素がほぼ消えた生の楽器と声が響く時代がかった映画のサウンドトラックのような楽曲たち。音色のパレットのなかで混ぜられたホーンやストリングスが景色を彩るように重ねられ、暗い絵画の世界に光が差し込む。インディ・フォークとビートルズ時代から繰り返し作られ続けてきた美しいポップ・ソングが混じったようなオープニング・トラック “In Silence” は自身のなかに他者の存在があり、それによって生かされているというようなしみじみとした情感が広がる。70年代のロック・バンド風のヘヴィなギターが響くタイトル・トラック “Abandon All Hope”は しかし、そのなかに悲しい喜び、希望をもった諦めのような決して単純なものではない人が生きる日常の機微が感じられる。エリオット・スミスの孤独を抱えたような “No Shadow” ではヴィランと光についてが唄われ、EP「Universal Deluge」の中の1曲 “Vegas Residency” で描かれたテーマ「unseen person」を違う側面から描いたという “Bad Weather” にもやはり暗い世界のなかで抱いた希望のようなものを感じるのだ。絶望と希望、幸せのなかの痛み、清濁が入り交じる人生の音楽、日常を慈しんだような音楽は物悲しくそして優しく響く。16分超えの “Crude Oil” はその最たるものだ。重ねられる楽器の音が演劇的に心象風景を描き出し、目の前を流れていく物語を追うような感覚で16分の長さをまったく感じさせない。静かに入るエヴァ・ゴアのコーラスは鏡の向こうや夢のなかから響く他者の声のようにも聞こえ、小さな刺激を与えより一層にこの物語に没入させる。そして物語は転がり当たり前のように進んでいくのだ。緩やかでも早くもない歩みのペースで、止まることなどないように。

 ほとんどの楽器を自ら演奏しセルフ・プロデュースで制作されたこのアルバムはイーサン・P・フリンの個人の世界が現れている。自身の目に映る世界をキャンバスの上に表現するようにして曲を作るソングライター、伝統的な要素を持った楽曲の上に時代を経て積み重ねられてきた技術と感覚を加え、そうして作られた作品に普遍性が宿る。大勢で共有されるようなものではなく個人の心の隙間にそっと入り込むような、イーサン・P・フリンのその才能はそこに静かに存在している。

Casanova.S