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1990年、ニューヨークのこのレーベルのリリースがはじまったときの、ハウスを扱っているレコード店のプッシュときたらすごいものがあった。"黒い"ディスコのファットなビート、このグルーヴ、このピアノ、このベース、この歌、これぞハウスの真髄である、僕はそう教え込まれた。当時、レコード店のディスプレイにはザ・KLFやコールドカットが並んでいて、店に入るとそっちに歩く僕の向きを、ニューヨークを信仰するハウスの玄人たちはレンガのほうに変えるのだった。そして僕はその当時の誰もがそうしたように、アンダーグラウンド・ソリュージョン(ロジャー・サンチェス)の「ラヴ・ダンシン」を買った。まさに1990年のことだ。
とはいえ、当時の僕はこの手の黒いディープ・ハウスや歌モノのハウスの心地よさを心底理解していたわけではなかった。また、ニューヨークを向いていたわけでもなかった。UKレイヴ・カルチャーへと、それからデトロイトの未来派ファンクへとアプローチしている最中だった。DJピエールをつまみ食いしたほかは、〈ストリクトリー・リズム〉に夢中になることはなかった。僕の耳がまだ肥えていなかったというのもあるのかもしれないが、たくさんの優秀なプロデューサーを抱えて数多くのヒットに恵まれながら、しかしジャンルをまたぐような決定的な代表作というものを発表できなかった〈ストリクトリー・リズム〉というレーベルの限界もあった。地味と言えば地味だったし、大人びていると言えば大人びていた。それでも"青レンガ(ストリクトリー・ブルー)"が出てきたときは、知り合いから「青レンガこそ玄人好みなんだぜ」と教えられ、「そっか」と思って買ったけどね(玄人好みというか、本当は歌モノ専門が青レンガ)。レーベルはじょじょにコマーシャルになって失速していったけれど、少なく見積もっても1993年まではハウスにおける重要な拠点のひとつだったと言えるだろう。
レーベル生誕20周年ということで、昨年から今年にかけてミックスCDが2枚出ている。第一弾は昨年の夏にリリーされた森田昌典(スタジオ・アパートメント)とムロによる選曲とミックスで、そしてもう1枚が今年に入ってからリリースされたDJノリと高橋透による選曲とミックスだ。ふたりのベテランによる第二弾は、レーベルの魅力を再発見するというだけでなく、ふたりの大御所の個性がとてもよく表れている点でも興味深い。
DJノリのミックスは、ある意味では、1992年あたりの東京のクラブへとタイムスリップさせる。当時のハウス系のフロアは本当にこういう感じだった。〈ストリクトリー・リズム〉はニューヨーク系らしくフロア映えする音だったから、熱心なリスナーではなかった僕でさえもクラブでかかるとその心地よさに陶酔したものだった。
そして、やはりと言うべきか......DJノリの選曲のほとんどが、1993年以前の音源だ。そして、物静かなこのDJは、いまからおよそ20年前の黒いグルーヴがいまでも充分に有効であることを証明する。あるいは、この時代の人気スタイルのひとつであるピアノ・ハウスも、ソウルフルな歌モノのハウスも、いま聴くと新鮮に感じることを教えてくれる。
それにしても......「さすが」というか、現場で実際に使っていた人のミックスだと思う。はじまりからバーバラ・タッカーの"ビューティフル・ピープル"までの流れは圧巻だし、モアレル・インクのゴスペル・ハウスを経由しながらエレガントに終わっていく後半にも彼のセンスが出ている。早い話、ドラマチックなのだ。ちなみにニューヨークのダンスフロアは"ビューティフル・ピープル"のようなキャッチーな歌モノがかかると一緒に大声で歌う。
かつて自分がまわしていたアナログ盤を使うことにこだわり(だからノイズまで入っている)、レーベルのさまざまな表情と素晴らしいグルーヴを抽出するDJノリとは対照的に、高橋透は彼の好奇心と冒険心を大胆に発揮している。すべてをデジタルでミックスするばかりではない。ムードマンによるリエディット、DJケントと千田によるリエディット、アッキーによるリミックス、DJノザキによるリミックスといった新しい解釈の加わったヴァージョンを使っている(CDは3枚組で、2枚のミックスCDのほか、もう1枚、日本人DJによるリエディット/リミックス音源も付いている)。
〈ストリクトリー・リズム〉の最良の部分を抽出しようとするDJノリに対して、高橋透は老舗レーベルの音源をモダンな感性で再解釈していると言える。いちどミニマル・テクノにドップリつかった耳をフル稼働させながら、酒を愛するこのDJはクラシカルなハウスに新しい光沢を与えているというわけだ。アシッディで、起伏の多い展開で、それもまた「お見事」である。ちなみにふたりともアンダーグラウンド・ソリュージョンの"ラヴ・ダンシン"を使っているけれど、使い方がまったく違っている!
簡単に言えばソウルフルなDJノリ、フリーキーな高橋透というか、面白いようにふたりの色が出ているし、それは尊敬に値するお手並みなのだ。続けていることの凄さというヤツである。録音も良い。
野田 努