Home > Reviews > Album Reviews > パスカルズ- 17才
三田 格 Sep 05,2012 UP
ゼロ年代の邦画でワーストを挙げろと言われれば『NANA』『ベロニカは死ぬことにした』『モテキ』『ラビットホラー』……とキリがないけれど、ベスト3を挙げろと言われれば、中島哲也監督『下妻物語』(04)、柴田剛監督『おそいひと』(04)、是枝裕和監督『空気人形』(09)になるかなーと(長編アニメ除く)。そして、コーエン兄弟をパクった山下敦弘監督『松ヶ根乱射事件』(07)も次点では必ず挙げたいところで、それはコーエン兄弟を評価するというよりは日本人のウェットな体質を殺ぐには有効な方法論として応用されていたのではないかということと、『松ヶ根乱射事件』ではそれが最大限の効果を上げたと思うからである。同じことは奥田庸介監督『東京プレイボーイクラブ』(11)にも言えるし、韓国映画にルイス・ブニュエルが入り込むと情感の強さが違う見え方をしてくることにも似ていて、よく考えると悲劇なのに、その瞬間は喜劇にしか見えないところがいいというか。泣くところを笑うところにすり替えるテクニックともいえる。
そして、山下敦弘の映画といえば音楽はいつも赤犬が担当していた……のに、『松ヶ根乱射事件』ではなぜかパスカルズが起用されていた(知らずに観ていたので、ちょっと驚いた)。エンディングこそボアダムズだったものの、アイリッシュ・トラッドやコンテンポラリー・ジャズをどこか無国籍風に演奏するパスカルズは、舞台や映画に起用されることが多く、先日もフリードミューンで上映された大林宣彦監督『この空の花』でもラスト・シーンはパスカルズの演奏シーンとなっていた。14人もいるメンバー全員は写っていなかったけれど(青山CAYのステージには全員が上がりきれなかったらしい)、この世に渦巻くありとあらゆる感情を嫌味なほど平和な地平に着地させてしまうパスカルズがそこにはいた。
結成17年目なので『17才』。反射的に「南沙織だね」というと、本人は大江健三郎の「セブンティーン」を考えていたらしい。だけど、ジャニーズのTOKIOも17周年なんだよとリーダーのロケット・マツは穏やかに笑う。これまで三上寛から吉野大作まで客演暦には事欠かないキーボード奏者で、頭脳警察のトシと組んだシノラマのライヴを聴きに行ったのが僕は最初だったか。タイマーズが電波ジャックをやってのけた「FM東京」のバックでアコーディオンを弾いていた時はさすがに驚いたし、後で訊いてみたら、マネージャーにも内緒で、一旦リハが終わってから楽屋で小さくなって練習したという。あの時は全員変名だったのに、ロケット・マツだけがロケット・マツだったな、そういえば。
『17才』は相変わらずパンク性を持たないポーグスのようなアンサンブルがメイン。楽器の多さを感じさせないほど息はピッタリで、スリリングな展開になるときも努めて穏やかな曲調を維持しようとしているのか、強く感情に触れるような瞬間はない。ミュージカル・ソーがシンセサイザーのように不自然なアクセントをつける以外、すべては平らかに流れていく。平穏無事。「退屈を音楽にしたかった」とは佐藤伸治の弁だけど、それならパスカルズにも一脈はある。パスカルズはその時間を楽器のアレンジを考える時間に費やしてきたのだろう。「エル・ドン・ガバチョ」でちょこまかと現れる小さな音のひとつひとつがその成果に思われる。ちなみにパスカルズというバンド名はパスカル・コムラードにちなんでいる(フランスではコムラードと同じレーベルからリリースされている)。マスタリングは久保田麻琴。
これまでブライアン・イーノから武満徹まで縦横にカヴァーしてきたパスカルズがここでは友部正人「6月の雨の夜、チルチルミチルは」(87)とバッハのアリアに日本語の歌詞をつけてカヴァー。東北大地震をはさんでレコーディングされたというだけあって、どこか内省的で、失われた日常性への郷愁が感じられる。ロケット・マツとは5年前にHONZIさんのお葬式でばったり会って以来、久しく顔を合わせていず、先月、官邸前でまたしてもばったり再会することになったもので、その後、久しぶりに観に行ったライヴでも福島原発のことはMCでも触れられていた。記憶が薄らいでいくことに抵抗があり、だから必ず話すことにしていると彼は説明していた。もちろん、彼はそういったキャラクターではなかった。それこそ抜群に似合っていなかった。ライヴが終わってから、伝えたいことがあるならもっとMCも練習しなきゃダメじゃんというと、あれでも練習したといって笑うだけ。貴重な存在であるw。
穏やかな音楽という意味ではブリストルのライアン・ティーグも引けをとらない。ギター・サウンドに特化した前作から3作目で再びオーケストラ・アンサンブルに揺り戻し、ウィム・メルテンズを継承したような柔らかいミニマル・サウンドが12パターン。どれも小さな世界の小さな出来事を小さな声で伝えているようなコンポジションばかりで、日本人のようにミニマル・ミュージックをアンビエント・ミュージックとして捉えることのない西欧人たちにも、これはさすがにアンビエントに聴こえてしまうのではないかと思えるような展開ばかり。ちょっとパッセージの早い「セル・サイクル」が科学映画のBGMみたいだと思ったら、パスカルズ同様、なるほど、この人も映画やTVのサウンド・デザインを手掛けることが多いらしい。「カスケイズ」を共作しているトム・エドワーズは元スピリチュアライズドかつコイルのサポート・メンバー。マスタリングはモキラことアンドレアス・ティリアンダー。
三田 格