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Kaoru Inoue

Kaoru Inoue

A Missing Myth

Seeds And Ground

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野田 努   Oct 30,2012 UP

 いまから130年前、ドビュッシーがパリの万博で聴いたガムランに触発されたという話は有名だが、そのとき音は、聴覚が享受する外部からの情報として機能している。宮沢賢治が風の音を聴くように、音には音のみが伝えうる情報がある。ゆえにURは北米のネイティヴの独特な音節をテクノに注ぎ、フライング・ロータスはサンパウロに思慕を寄せる。サン・アロウはまだ見ぬアフリカへの憧憬をダブ・ミキシングに込める。ブライアン・ジョーンズのジャジューカのエディット、シャックルトンの熱帯雨林の幻影、T++のアフリカの記憶......、20世紀の半ばまでの世界旅行者のほとんどが軍人か大商人だったことを思えば、我々の想像力には先人たちよりもずっと外在する音に関するニュアンスを知るようになった。もし耳を澄ましているのなら、より柔軟で寛容になっているはずである。

 井上薫は、すでに年季の入ったDJでありプロデューサーだが、たまたま日本で暮らしている旅行者のようである。90年代末、彼がチャリ・チャリ名義でデビューしたとき、彼は自身の民族音楽趣味をハウス・ミュージックのなかに注いだ。東南アジア圏内の民族楽器は代用のきかない音色を持っている。耳を澄ます人にはその響きを感じることができる。その気がない人には気にもとまらない。風の音のように。
 DJがワールド・ミュージック的なアプローチするとき、たとえばカリブに気が向いたときなどは、リズムの特性や楽器編成を取り入れたくなるかもしれない。現地の演奏家を招いたり、やり方を学んだり。井上薫の場合、音の構造はハウス・ミュージックのそれにほぼ統一されている。とくにDJとして精力的に活動をしてからは、ハウスのスタイルにこだわりを見せている。彼が聴いてもらいたいのは異国情緒ではない。外部に存在する「音」なのだ。

 『ア・ミッシング・ミス』は風の音のようなドローンからはじまる。そして空間的な音響を広げつつ、2曲目のミニマルな展開へと繋がる。このあたりのアンビエントなテイストは井上薫のもっとも得意とするところで、シャックルトンのサイケデリックな熱帯夜(今回のアートワークがまさにそんな感じ)を柔らかく変換したようである。
 2年の歳月をかけたというこのアルバムは、すべての曲が繋がっている。ハウスのリズムはさりげなくミックスされ、そしてじょじょにテンポを上げていく。アップリフティングな、昔ながらのDJ物語だが、ある種の前向きを表現したかったのだろう。曲のところどころからは緻密な録音(音の配置)を通して、例によって彼の民族音楽趣味が聴こえる。"サヴェージ"のような曲では複雑なリズムに催眠的だが耳障りの良い旋律もミックスして、バレアリックなフィーリングを引き出す。"スターゲイザー"では彼らしくロマンティックな、そしてコズミックなファンクも見せる。ムーチーの異文化混合とも似た感覚を思うファンもいるかもしれない。
 いずれにしても、井上薫は幻覚的なグルーヴを悪用することなく、礼儀正しいダンス・アルバムを作った。ダンスがなくても良いアルバムになったかもしれない。いずれにしても、耳が痛くならないからご安心を。

野田 努