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Melanie De Biasio

AlternativeDowntempoJazz

Melanie De Biasio

Lilies

Play It Again Sam / ホステス

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小川充   Nov 16,2017 UP

 「モントルー・ジャズ・フェスティヴァル・ジャパン」で2015年、2016年と続けて来日公演を行ったメラニー・デ・ビアシオ。ベルギー出身の女性ジャズ・シンガーのメラニーだが、彼女を通常のジャズ・ヴォーカリストという区分ではあまり見ないほうがいい。確かにニーナ・シモンやビリー・ホリデイなどブルースに通じたジャズ・シンガーの影響は見られるし、幼少期はクラシックを学んでブリュッセル王立学院でジャズを専攻し、フルートも演奏するという経歴は彼女をジャズ・ミュージシャンたらしめている。しかし、彼女のセカンド・アルバムにあたる『ノー・ディール』(2013年)を聴いたとき、ニーナ・シモンやビリー・ホリデイなどと共に個人的に思い起こしたのは、ポーティスヘッドのベス・ギボンズだった。比較的オーソドックスなジャズ・バンド・スタイルで録音されたファースト・アルバム『ア・ストマック・イズ・バーニング』(2007年)と異なり、『ノー・ディール』はベース奏者不在で、メラニーのヴォーカルとフルート、そして最小限の鍵盤楽器とアナログ・シンセ、ドラムスによるミニマムな編成により、音数も絞った録音だった。その結果、バックのサウンドは音響を重視したダークな質感のもので、ジャズ演奏でありながらエレクトロニカ的なニュアンスも帯びていた。そうしたサウンドに、暗い情念に満ちたメラニーのヴォーカルが幽玄のように交わる。コンテンポラリー・ジャズにロック的なアプローチを取り入れたものでは、メロディ・ガルドーの『カレンシー・オブ・マン』などもあるが、『ノー・ディール』は圧倒的にダウナーで重厚、そして退廃的で、その音や声のありかたがジャンルは違えどポーティスヘッドを想起させたのだった。ジャズ・シンガーでいけばノーマ・ウィンストンやカーリン・クロッグなどの前衛的な唱法を持つタイプに近く、そこにビリー・ホリデイやニーナ・シモンに代表されるブルース・フィーリングを合わせたシンガーとなるかもしれない。

 ブリュッセル王立学院に進学する前は、ニルヴァーナに影響されたロック・バンドを組んでいたことがあり、インタヴューで「私にとってのベスト・シンガーはマイルス・デイヴィス、ベスト・ドラマーはジミ・ヘンドリックスよ」と随分とひねくれた受け答えをしているあたり、ひとことで言うならメラニーはオルタナティヴなシンガーだろう。レディオヘッドのフィリップ・セルウェイは、そんな彼女に恐らく自身と同じような部分を感じ取ったのであろう。自身が選ぶ2013年のベスト・アルバムの第1位に『ノー・ディール』を取り上げている。その後、ジャイルス・ピーターソンが監修した『ノー・ディール』のリミックス集に続き、2016年にリリースされたEP「ブラックンド・シティーズ」は、24分を超える大作1曲のみという異色の内容で、サウンドもプログレとジャズ・ロックの中間的なもの。ここでのメラニーのヴォーカルは歌というよりむしろ楽器の一部となっていた。それから1年ぶりにリリースとなった通算3枚目のアルバムが『リリーズ』である。“ユア・フリーダム・イズ・ザ・エンド・オブ・ミー”は、ますますポーティスヘッド色の強いロー・ビートの曲。歌詞はフォンテラ・バスの“レスキュー・ミー”にインスパイアされたものだろうか、彼女が参加したシネマティック・オーケストラの重厚な世界にも通じる。全体的には『ノー・ディール』以上にロック~オルタナ色が強まり、“ゴールド・ジャンキーズ”のようなインディ・ブルース・ロックも。“オール・マイ・ワールズ”でのメラニーの歌は、まるでヴェルヴェット・アンダーグランドにおけるニコのようでもある。“アンド・マイ・ハート・ゴーズ・オン”は土着的なフルートとモノローグのようなヴォイスによる神秘的な曲。5拍子の“レット・ミー・ラヴ・ユー”はエレクトロニカとジャズが結びつき、メラニーの退廃的なヴォーカルがミスティックな世界へと誘う。ここでも“ユア・フリーダム・イズ・ザ・エンド・オブ・ミー”にあった「レスキュー・ミー」というワードが登場するように、アルバム全体で魂の救済というのがテーマのひとつのようだ。魂の救済とは、すなわちブルースである。表題曲や“シッティング・イン・ザ・ステアウェル”、“ブラザー”は極力余分な音を排し、そのぶんメラニーの歌を際立たせたミニマルな楽曲で、彼女の歌からは強烈なブルース・フィーリングが漂ってくる。アフロ・キューバンの古典にして数多くのジャズ・シンガーが取り上げた“アフロ・ブルー”は、通常ならば強烈なブルース・フィーリングに彩られるはずだが、ここでは逆にブルース・フィーリングを表立たせずに、エレクトリックな音響の中で亡霊のように浮かび上がらせている。CDショップで本作はジャズのコーナーに並べられるのだろうが、そうしたジャンルにとらわれずにポーティスヘッドからレディオヘッドなどと並列して聴きたいアルバムである。


小川充