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インプロヴィゼーション・グループ「POLWECHSEL」のメンバーで、ウィーンのベース奏者/作曲家のヴェルナー・ダーフェルデッカーの電子音響/音楽アルバム『Parallel Darks』が、ローレンス・イングリッシュが主宰するエクスペリメンタル・ミュージック・レーベル〈Room40〉よりリリースされた。
ダーフェルデッカーには控えめで思慮深い印象の音楽家・演奏家の印象がある。いつも物静かに誰かの傍に佇んでいる、というような。じじつソロのリリースは、優れた演奏家・音楽家とのコラボレーションがほとんどだった。例えるならウィーンの音楽家・音響作家のキーパーソンのような役割か。じっさい私もフェネスやマーティン・ブランドルマイヤーとの競演作『Till The Old World’s Blown Up And A New One Is Created』やヴァレリオ・トリコリとジョン・ケージの「ウィリアム・ミックス」をリアライズした『Williams Mix Extended』などのアルバムを愛聴していた。どれも自分の聴きたい音が鳴っていた。
この『Parallel Darks』は、そんなダーフェルデッカーのソロ・アルバムの2作目である。ソロ1作目『Small Worlds』は、ジョン・ティルバリーやクラウス・ラングが参加したインプロヴィゼーション/エクスペリメンタル・ジャズ作品だったので、電子音響作品としては本作が最初のソロ作品となる。つまりは30年という長いキャリアを誇る彼の「電子音楽家」としての側面を象徴する重要なアルバムなのだ。じじつ非常に高密度な音響の集積によって、まるで森の中を漂う濃厚な霧のようなアトモスフィアを放つ音響作品に仕上がっていた。カラカラと乾いた音が鳴り、霧のようなドローンがレイヤーされる。そして遠くから聴こえるような鐘の音が鳴る。暗く、硬質。ときに柔らかい。何より不穏で美しい。
https://www.youtube.com/watch?v=Ai9VAP229Ck
https://www.youtube.com/watch?v=KMnfAXhySfI
アルバムはデータ版では “Parallel Dark Part One” から “Parallel Darks Part Six” まで6トラックに分かれているが、LPにはA面とB面で “Parallel Dark I” と “Parallel Dark II” というつながった2曲構成だ。いずれにせよアルバム全体で「Parallel Dark」という音響世界を形成しているのだろう。録音は2018年と2019年に渡っておこなわれたという。
サウンドは環境録音や電子ノイズが幾重にも重ねられていく手法で組み上げられていた。この手法自体は電子音響作品ではオーソドックスな方法論かもしれないが、ダーフェルデッカーならではの演奏家・音楽家としての鋭い感覚によって、音によって世界の気配を探るような音響空間が生成されていく。音と音が交錯する。衝突し、やがて融解する。それぞれの音を存在と対立を静かに演出し、しかしすべては世界の中に呑みこまれ、溶けていく。
音の存在に敏感になるとき、人の神経は緊張し、世界の些細な変化を敏感に感じ取ろうとする。音響作品の聴取において、聴き手の耳は世界の不穏さを聴きとるように緊張している。だが同時にひとつひとつの音(ノイズ、電子音、環境音)に恍惚になってもいる。優れた音響作品は、聴き手に緊張と恍惚という引き裂かれた状態を与えてくれるものだ。それこそが音響作品が「音楽」である理由でもある。なぜなら「音楽」とは音響による緊張と恍惚の持続と反復だから。
『Parallel Darks』は、音、ノイズ、環境音などのいくつものサウンド・レイヤーが「ここではない別の場所」を思わせる音響空間を生成することで、緊張と恍惚の瞬間を持続させている。個々の音の存在感が際立っているからだろうか、静かに燃える炎と降り続ける雨のようなチリチリとした乾いた音に耳を澄ますと聴き手の意識は別の世界へと飛ばされる。そこは暗い森の中を一歩一歩、周囲の音に耳を澄ましながら歩き続けるような聴取体験でもある。暗い森の中を彷徨するような感覚が横溢する。まさに「パラレル/ダーク」な一作だ。
デンシノオト