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Little Simz

Hip Hop

Little Simz

Lotus

AWAL / ビート

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二木信 Jun 30,2025 UP

 いまこの作品を聴けて良かった。移民文化の豊かさ、裏切りと再出発、貧しい若者の刹那と逞しさ──ラッパー/ソングライターのリトル・シムズの通算6枚目のアルバム『Lotus』を聴くと、彼女の『Top Boy』での名演を思い出さずにはいられない。極論をいえば、『Lotus』と『Top Boy』は表裏一体の関係にある。ドラマのなかでシムズが演じたシングルマザーで介護士のシェリーはストリートからのしたたかな仕打ちにあい、人間関係に苦しみながらも、慈愛を失わず、毅然としていた。シムズは、怒りと悲しみ、困惑と決意のあいだで揺れ動くシェリーを見事に演じ切っていた。彼女が重要な音楽的パートナーだったプロデューサーのインフロー(ソールト)との決裂を乗り越えて本作を見事に完成させたように。

 『Top Boy』は、イギリス国内でも最も貧しいエリアとされる東ロンドンのハックニーで撮影された、犯罪ドラマとフッド/コミュニティのヒューマン・ドラマを融合したシリーズで、架空の公営団地=サマーハウスを主な舞台に、ブラック・ブリティッシュの人びとを中心に物語が展開する。劇中では、ギャングのドラッグ・ディールと抗争、貧困問題、移民たちの軋轢と共生あるいは強制送還、排外主義の高まり、都市の再開発/ジェントリフィケーション(町の高級化)とそれへの抵抗運動が描かれる。

 シェリーが、金儲けに邁進する恋人のドラッグ・ディーラーと意見が対立しながらも、彼女や彼が生活したり、育ったりしたサマーハウスの取り壊しと再開発反対の運動に身を投じる姿とプロットなんて涙なしには観られない。語り草となっている2024年のグラストンベリーのステージで、“101 FM” を歌うシムズの背後のスクリーンに映し出されていたのが、まさに巨大な団地だった。優れた人間描写と洞察力に富んだ脚本から成るドラマでめっぽう面白い。ただ、とにかく悲劇の連続で、あまりの暴力と裏切りの過酷さに途中で気持ちが滅入ってしまうのも事実だ。

 しかし、シムズは『Top Boy』の物語は誇張ではないと言う。1994年生まれのシムズは、ハックニーに近い北ロンドンで、家ではヨルバ語を話すナイジェリア人の母と、3人の兄姉に育てられている。母親の影響で、食事も音楽も映画もナイジェリアの文化が色濃い家庭だったという。2019年に、『ガーディアン』の取材に応じた彼女は、「このシリーズで描かれているすべての物語は、私自身が実際に目にしてきた出来事の一部。私が演じているキャラクターも、現実で知っている人物そのもの。だからこれは、本当に身近で、決して他人事とは思えない」と語り、「はっきり言っておくけど、『Top Boy』はいま起きていることを美化したり、称賛したりしているわけではない。現代の自分たちの世界をリアルに描いてるだけ」と強調している。

 これは一部からの、『Top Boy』がストリートの犯罪や暴力をカッコよく描き、ブラック・ブリティッシュのステレオタイプを助長しているという批判への反論でもあったのだが、シムズは実際にナイフの犯罪で友人を亡くし、その経験を受けてすぐさま “Wounds” (2019年。『GREY Area』収録)という曲を作り上げた。『Top Boy』でもくり返し描かれる銃犯罪とそれを美化するラッパーたちをも痛烈に批判するラップ・ミュージックで、『Top Boy』の劇中で流れていてもおかしくないような曲だ。

 こうして『Top Boy』が移民社会の負の側面や貧困の悲惨なリアリティをも容赦なく描き出して鋭い問題提起をおこなったとするならば、『Lotus』は音楽を通じてイギリスの移民文化の豊かさや貧しい若者の逞しさを伝える。エネルギッシュかつ情熱的に。たしかに本作では、決裂したインフローへの苛烈な批判やのっぴきならないシリアスな感情が噴出している。1曲目からして “Thief”、つまり泥棒だ。それはそれとして、僕が本作に魅力を感じるのは、多彩なリズム(アフロビートやポスト・パンク、ジャズ、そしてもちろんグライム/ヒップホップ)と諧謔精神があるからだ。

 プロデュースは、アフロ・ジャズ・バンド、ココロコを手がけたことでも知られるマイルス・クリントン・ジェイムズ。MVが公開されている “Young” はベースラインがぐいぐい引っ張る、貧しい若者のリアリティがコミカルに歌われるポスト・パンク風の楽曲だ。が、ポスト・パンクそれ自体を相対化するようなぬくもりのあるサウンドと丁寧な演奏は、たしかに歌詞で敬意を示すエイミー・ワインハウスのソウル・ミュージックの傑作『Back to Black』以降のものに思える。何より「金や高級品じゃねえんだよ。酒と草があって人の目なんて気にしないで踊って、愛があれば完璧な人生だよ」という気合いが清々しいではないか!

 ユキミとの “Enough” はまるでチック・チック・チックを思わせるディスコ・パンクで、ポスト・パンクといえば、“Flood” もそうだ。その曲にも参加したナイジェリア出身のシンガー、オボンジェイヤーとの “Lion” は、トニー・アレンをサンプリングした、シカゴのラッパー、コモンの2000年の名曲 “Heat” を連想させるアフロビート×ヒップホップ。この曲でシムズは、「ライオンのハートとナイジェリア人のプライド」「全盛期のローリン・ヒル並みだってわかるよ 私を見れば/ラスタファリアンも一緒 ドレッドがたなびくのを見ていて/ネフェルティティみたいに気高くこの車に乗り込む」と自信満々にラップする。彼女がローリン・ヒル、フェラ・クティ、ミッシー・エリオットらから多大な影響を受けてきたのは有名な話だ。

 さらに、双子の兄弟の久々の電話をラッパーのレッチ32との素早い掛け合いで演じる “Blood” は、まさに、家族やブラザー・アンド・シスターが重要なモチーフだった『Top Boy』のスピンオフのよう。こうした表現は現代のラップ・ミュージックが最も得意とするもののひとつだろう。歌詞をじっくり読みつつ耳を澄ませると本当に心に沁みる。そして、ウガンダからの移民の両親の下、ロンドンで育ったマイケル・キワヌーカのヴォーカルとギター、ユセフ・デイズのドラムンベース風のドラミング、ストリングスから成る表題曲の美しさは、4ヒーローの代表曲 “Star Chasers” に匹敵する。

 この島国もいま、外国人嫌悪と排外主義の急激な高まりをみせている。そんななか、リトル・シムズの言葉と音楽がより広く、深く伝わることを願うばかりだ。彼女の存在は、移民社会の希望そのものといっても過言ではないのだから。


7月1日追記:ちなみに、NEWSでも取り上げられている、いま話題騒然のアイルランドのラップ・グループ、Kneecap。8月1日から日本でも公開される彼らの映画『Kneecap/ニーキャップ』を試写で観たが、これもまた素晴らしかった! この映画についてはあらためて書くつもりだ。

二木信