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Little Simz

Hip HopRap

Little Simz

Sometimes I Might Be Introvert

Age 101 Music / ビート

宮崎敬太   Oct 01,2021 UP
E王

 2019年に発表した前作『GREY Area』が非常に高く評価された Little Simz。StormzyHeadie One とも肩を並べるUK屈指のラッパーとなった彼女の最新作『Sometimes I Might Be Introvert』は、歌詞とサウンド両面で、自身のルーツと向き合いながら、同時に現在の自分をも表現した作品となった。

 彼女の本名は Simbiatu Ajikawo。フッドの仲間は「SIMBI」と呼ぶ。タイトルを和訳すると「たまに内向的になるの」。本作は、ラッパーとして成功した「Simz」と素の「SIMBI」というキャラクターとパーソナリティの乖離と融和を描いている。ちなみにタイトル(『Sometimes I Might Be Introvert』)の頭文字を取ると「SIMBI」になる。

 サウンド面をサポートするのは幼なじみの Inflo こと Dean Josiah Cover。その正体は長らく謎に包まれていたが、実は Little Simz 作品では常連のシンガー・Cleo Sol(Cleopatra Nikolic)、Kid Sister(Melisa Young)とともに活動する SAULT のメンバーであった。アフロ、ファンク、ジャズ、ヒップホップ、パンク、ニューウェーヴ、ハウス、ガラージ、ドラムンベース……さまざまな要素をロンドンらしくミックスして、バンドのダイナミックな演奏で表現しているのが特徴だ。

 話はアルバムから少しだけ逸れるが、Little Simz が昨年配信したEP「Drop 6」に収録されていた “one life, might live” のベースラインは、Roni Size & Reprazent のクラシック “Brown Paper Bag” へのオマージュ。これがオバマ夫妻のプレイリストに入ってたというエピソードはなんというかいろいろ想像力が広がって最高だった。ちなみに同曲のプロデューサー・Kadeem Clarke はおそらく SAULT 周りのコレクティヴのメンバーで、Discogs を見ると『Sometimes I Might Be Introvert』の “Standing Ovation” にも参加しているとのこと。

 私は当初、このサウンド・プロダクションや、“Introvert” と “Woman” の豪華絢爛なMVに夢中になった。だが本作はリリックも素晴らしい。

 冒頭を飾る “Introvert” の1ヴァース目ではコンシャスなラッパー「Simz」として世界中でいまも続く差別について心を痛める。2ヴァース目は「SIMBI」として27歳の女性としての心の弱さをさらけ出す。そしてアウトロに女優のエマ・コリン(Netflix のドラマ『クラウン』でダイアナ妃を演じている)による、後に続くストーリーの幕開けを予感させるナレーションが入る。

 続く “Woman” はナイジェリアの血を引く彼女がアフリカ系の女性をエンパワメントするナンバー。この曲のリリックは、サウンドに負けず劣らず、言い回しがかわいくてしゃれているのだ。ナイジェリア、シエラレオネ、タンザニア現地の話題を交えながら「Woman to Woman I Just Wanna See You Glow/Tellen What’s Up(女性同士 あなたが輝くのを見たいの/みんな元気でやってる)」と語りかけたり、ブルックリンのレディーたちに「Innovative just like Donna Summer in the 80’s/Your time they seeing you glow now(80年代のドナ・サマーみたいに革新的/最盛期のあなたをみんな見てる。輝いてるよ)」と言ってくれたり。男性ですらこんなにテンションが上がるんだから、女性ならブチ上がることは必至だろう。

 だがおそらくこれは社会的な「Simz」の言葉。もちろん「SIMBI」自身もそう感じているんだろうけど。“Two Worlds Apart” では徐々に「SIMBI」の顔が見えてくる。なかなか結果ついてこなかった活動初期。昼の仕事をしながらラップを書き続けていた。“I Love You I Hate You” ではアーティスト活動が厳しい反面、音楽への捨てきれない愛を語る。そのリリックに、なんらかの問題を抱えている実父との関係を重ねるあたりが彼女がリリシストとして評価される所以だろう。

 いとこの Q によるモノローグ “Little Q Part 1” を経て、名曲 “Little Q Part 2” では彼女が育った地域がどんな場所であったかをラップする。Q は14歳で一家の主にならざるを得なかった。兄は刑務所で、父は行方不明だから。ストリートで銃を突きつけられ、病院で二週間も意識不明だったという。だが Little Simz の最近の Instagram には、その Q が大学を卒業する写真がアップされていた。Q は彼女とは違う方法で貧困から抜け出したのだ。

 “Speed” はアルバムで最も攻撃な1曲。サウンドは SAULT 的だ。緊迫感あるタイトなベースラインからは活動初期に彼女が切磋琢磨してきたことが思い起こされる。リリックも自身を認めないシーンに対するフラストレーションに満ちている。次の “Standing Ovation” へは曲間なくシームレスにつながる。自らのラップでクィーンになった彼女は、「スタンディング・オベーションを受けてもいいと思う。10年間じっと耐えて働いてきた」と胸を張る。1st アルバム『A Curious Tale of Trials』のジャケットには、王冠をかぶった女性が描かれているが、それを実際に手に入れたのだ。いま改めて 1st アルバムを聴くと、サウンドの本質はあまり変わってないように思える。“Standing Ovation” には「Still running with ease marathon not a sprint(軽々走ってるの/マラソンみたいに/徒競走じゃないよ)」というラインがある。つまり目先のトレンドを資本主義的に追いかけるのではなく、自分の信じる表現を突き詰めるということ。だからこの曲はことさらゴージャスでエモーショナルなのだ。「どうだ!見たか!」と。

 おそらくここまでが『GREY Area』で成功するまでの彼女。“I See You” はラヴ・ソング。「Simz」ではなく完全に「SIMBI」の瞬間。この瞬間がないと不安で押しつぶされそうになる。活躍し続けるためには自由(完全に「SIMBI」の瞬間)を犠牲にしなくてはいけない。周りもみんな王座を狙ってるから。“The Rapper That Came To Tea” では Little Simz の心情をエマ・コリンが代弁する。本作の狂言回しであると同時に女神でもある彼女は、困惑する Little Simz を「いまのままでいい。そのままでスターになれる」と励ます。“Rollin Stone” は非常にユニークな曲で、前半は「Simz」で、後半は「SIMBI」になる。この曲から彼女はこれまで二律背反だった概念を統合して自己肯定する方向に歩みはじめる。“Rollin Stone” 後半のサウンド感が次の “Protect My Energy” のリリックの内容につながる。群れない。本当の仲間のみ、あるいはひとりでいることでポジティヴなエネルギーを蓄える。以前、彼女の Instagram で、車での移動中に編み物をしてる動画が上がっていた。何も考えずに集中して心を落ち着ける瞬間なのかな、と思った。

 結局彼女は自分自身を信じて進むしかないと気づく。もしくは言い聞かせる。その過程がインタールードの “Never Make Promises”。そしてアフリカのブルータルな舞踏の躍動を感じさせる “Point and Kill” へ。彼女の中にある表現への強い欲求が、アフロ・ルーディな Obongjayar のヴォーカルとともに、ひしひしと伝わってくる。次の “Fear No Man” へも曲間なくつながる。こちらはアフロビート。呪術的なパーカッションとコーラスに乗せて、ポジティヴな自信をラップする。さらにインタールード “The Garden Interlude” でも自分を信じるように念を押すように言う。このあたりに Little Simz の本質があるような気がする。自分を信じると言うのは簡単だが、多層的に思考が走り続ける脳内でそれを実行し続けるのは難しい。そんな繊細な本音は、これまで「SIMBI」が言ってきた。だがいまはもう「Simz」として言える。それが “How Did You Get Here” だ。

 ラストの “Miss Understood” は自分と世間のギャップに病むこと、さらに極めて個人的な家族とのトラブルについて歌っている。結局、自分自身の問題が片付いても、次から次へと新しい苦悩は外からやってくる、ということなのかもしれない。神話的なスケールで己の葛藤を歌いながら、最後をシニカルなコメディーのように締めるあたりに、やはり彼女はUKのアーティストであるなと感じてしまう。

 『Sometimes I Might Be Introvert』は昨年のロックダウン中に Inflo とスタジオに籠って制作された。その間、世界は分断していた。そこで何を歌うか。彼女はあえてフォーカスを自分自身に絞った。ナイジェリアにルーツを持つ、ロンドンで生まれ育った、27歳のラップする女性。強くて弱くて大胆で繊細。矛盾すら自分の一部。誰の中にもあるカオスと向き合って作品に落とし込んだ。自分を世界に合わせるのでなく、自分を信じて、自分の世界を作り出す。それが本作のメッセージだ。

 それはサウンドにも顕著に表れている。彼女はロンドンにいながらUSのヒップホップ/R&Bに強く影響されてきた。同時に『GREY Area』でUSツアーを経験した。憧れの Lauryn Hill のツアーにも参加した。そんな彼女のサウンド的バックグラウンドを前述の SAULT 的解釈、つまりさまざまな人種で溢れかえり、レゲエやグライム、アフロなど、世界各国の有名無名の音楽が鳴り響く、2021年のロンドンのストリートの視点から表現したアルバムなのだ。そこに「Simz」と「SIMBI」の物語をミュージカル的に聴かせるオーケストラ・アレンジが加わる。個人の内面を語っているのに、神話的なスケール感と奥行きがある。ゆえに『Sometimes I Might Be Introvert』は2021年を代表するアルバムだ。そして Little Simz をさらなる高みに導く作品となる。

宮崎敬太