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COLD WAR あの歌、2つの心

COLD WAR あの歌、2つの心

監督:パヴェウ・パヴリコフスキ
出演:ヨアンナ・クーリク、トマシュ・コット ほか
2018年 / 原題:ZIMNA WOJNA / ポーランド・イギリス・フランス / モノクロ / スタンダード / 5.1ch / 88分
配給:キノフィルムズ

6月28日(金)より、ヒューマントラスト渋谷 ほかにて公開
公式サイト:https://coldwar-movie.jp/

木津毅   Jul 01,2019 UP

 「冷戦」とのタイトルだが、これは政治映画ではない。クラシカルな佇まいを持った情熱的な恋愛映画であり、音楽映画だ。陰影に富んだ白黒のイメージ、スタンダードの画面サイズ、ぶつかり合いながらも惹かれ合う運命にある男女……。それらを数々の歌と音楽が情感豊かに彩っていく。90分足らずの時間、観る者はただ陶酔的な心地になるばかりだ。
 いや、政治映画ではないと書いたが、東西対立に翻弄された1950年代のポーランドにあっては当然、愛も音楽も政治からは逃れられない。時代がそれを許さなかった。ただ、だからと言ってこれが「特殊な時代」を舞台にした過去に憧憬するばかりの映画かと言えば……前作『イーダ』と本作で現代ポーランドを代表する映画作家となったパヴェウ・パヴリコフスキは、本作をたんなるクラシックの模倣とせず、どこかで現在と繋ぎとめているように思える。

 映画は農村の民たちが民謡を歌うシークエンスから始まるが、すぐに主人公の音楽家ヴィクトルがどうやら民族音楽を蒐集している人間だとわかる。各地に赴き民謡のフィールド・レコーディングを行い、それを国立民族舞踊団のための音楽としてアレンジするのだ。あるときヴィクトルは団員の選抜で若い女ズーラと出会い、父親を殺したとも噂される彼女のどうにも危うい魅力に惹きつけられる。すぐに激しく愛し合うふたり。やがて舞踊団はソヴィエト指導者の賛歌をプログラムに入れざるを得なくなり、芸術的自由を求めてヴィクトルは西側への亡命を目指す。ともに逃げようと誘ったズーラは約束の場所に現れずヴィクトルはひとりで国を出るが、その後もふたりは場所を変えて何度も出会い直すこととなる――。
 本作における舞踊団はポーランドに実在する民族芸術団である「マゾフシェ」をモデルにしており、国民の公式音楽とも言えるものを当時の国民に提供していたという。その音楽の魅力をパヴリコフスキ監督は5年前に再発見したそうだが、本作において非常に重要な役割を与えている。とりわけ、主題歌に位置づけられるのが民謡「2つの心」である。ヴィクトルはまずその歌を農村の少女が歌っているのを発見し、舞台のための音楽へと発展させる。そしてその後、同じ歌が50年代のパリではしっとりとしたジャズのアレンジで姿を変えて登場することになる。
 どのシーンを切り取っても絵になる本作だが、ハイライトはこの歌の場面だろう。それはヴィクトルとズーラが国を離れ、違った姿で生き延びることを象徴するものだ。西側の音楽に乗せてポーランド語で歌うズーラの周りを、ゆったりとエレガントに動くカメラ。監督は前作『イーダ』との最大の違いが移動撮影にあり、またそれは音楽のためだったと語っているが、ここでの360度パンのような言ってしまえば「わかりやすい」演出は『イーダ』ではあまり見られなかったはずだ。だがそのことが本作にある種の大胆さを与えており、映画的な快楽を高めている。

 ヴィクトルは亡命先のパリでジャズをやるわけだが、ポーランド民謡をそこに混ぜ合わせつつ音楽活動を続けている。海外の音楽を聴いている人間なら誰しも、似たようなことが数えきれないほど起きてきたことを知っているはずだ。つまり、政治的理由で国を逃れた者たちがいつだって音楽をともに越境させ、それまでになかった新しいものとして鳴らし始めることを。そうして故国の音楽は、姿を変えながら生き続けるのである。
 何度も別れたりくっついたりを繰り返す男女の姿は監督の両親からインスパイアされたものだそうだが、彼はその物語をそのままトレースするのではなく、何より音楽を鍵とすることで主題を浮き彫りにしている。政治的困難に人間が晒されたとき、それでも迸る情熱がどうしようもなく国境を越えていくこと、である。だから、1950年代のヨーロッパを舞台にしたこのロマンティックなラヴ・ストーリーは、その古めかしい見た目とは裏腹に、人間の移動が不自由になりつつある現代とたしかに重なっている。いま、愛と音楽は自由を求めてどこまでも移動することが可能だろうか。そのヒントを得たいのであれば、わたしたちはこの美しい映画にただ身を投じるだけでいい。

木津毅