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音と心と体のカルテ

音と心と体のカルテ

第三回:音楽と言葉

May 22,2015 UP

 海外から受けるインタヴューで、もっともよく聞かれることは「日本人であることと、あなたの音楽の関係には、どんなことがありますか?」ということだ。アンビエントに興味を持っている海外のリスナーは、日本のアンビエント・ミュージックの特異性というものに興味があるらしい。このことは、アンビエントに限らず、ノイズやミニマル、音響シーンにおいても共通していることだろう。日本の文化には何か独特のものがあることは間違いない。その理由として、日本語という言語と、高温多湿な環境が関係しているという有名な脳科学の話がある。脳科学だけでモノごとを済ませる論法は短絡さを感じる部分もあるけど、そこに倍音と日本文化を絡めた話は、なかなか面白い。

 日本人の脳は、音楽と言語ということに関して、世界でも特殊なシステムを持っていることが科学的にわかっている(角田忠信『右脳と左脳』)。

 倍音というのは、基音になる一番低い音以外の音で、音色の差異を生み出している。同じ音程でも音色が違うのは、その基音に重なる倍音によって決まっている。

 整数倍音というのは、基音の周波数を整数倍したもので、西洋の楽器によく見られる。これに対し、非整数倍音というのは、自然界の音やかすれ声のように、基音と倍音の関係が整数倍ではない複雑な音のことを指す。和楽器を始めとした民族楽器は非整数倍音の要素が高い。一般的に、整数倍音の声は、カリスマ性や荘厳性を高めると言われている。ジョン・レノン、ボブ・ディラン、美空ひばり、タモリの声なんかは整数倍音の比率が高い。一方の非整数倍音は、重要性や親近感を高める。森進一、ビート・たけし、さんまは非整数倍音が多い。(中村明一『倍音』)

 子音というのは自然界の音に近くて、非整数倍音の比率が高い。通常、左脳では言語を、右脳では音や感情を知覚する。日本語とポリネシアの一部の言語以外は単語の中に子音だけの音も多く、子音だけを左脳で、母音は右脳で処理される。つまり、言語の意味は左脳で処理され、母音やその他の「音そのもの」に関しては、右脳で単なる「音」として処理をされる。しかし、すべての音に母音を含む日本語で6歳から9歳を過ごすと、母音も左脳で処理されるようになり、日本語脳になる。そのため、本来右脳で感じる自然音や和楽器といった非整数倍音を多く含む音も、左脳で処理するようになるのだ。通常、音は音として右脳で感じ、その音の意味というものを感じとることができないが、日本語脳では、非正数倍音の音を言葉と同じく左脳で理解し、言葉を非整数倍音の情報も加えて理解する。

 わかりやすい例に、打検士という缶詰の中身の状態を、叩いた音で判断する職業がある。日本で発達したこの職業を海外で普及しようとしても、音の意味を考えるという能力が、日本語脳でないと難しいらしく、海外では普及できなかったそうだ。(この資格が、平成9年に公的な資格ではなくなってしまったのは悲しいことだ)

 また、日本語には擬態語や擬音語(オノマトペ)、あるいは同音異義語が多いという特徴がある。漫画を外国語に翻訳をするとき、このオノマトペの翻訳が一番難しいとされる。「ペシ」とか「メリ」とか「ボゴッ」「グシャッ」とか。そういう音の違いが意味するところの感覚は日本人特有のものらしい。

 あるいは、「し」という同音異義語であれば、日本人は「死」「師」「詩」の違いを、音の高低ではなく、非整数倍音の割合で判断している。重要な「し」ほど非整数倍音が多く含まれる。

 反響の少ない環境では、倍音が聴きやすい環境になる。こういった言語上の特性は、高温多湿で、木々や襖に囲まれた日本の生活だからこそ育まれたものと考えられている。

 アンビエント・ミュージックというのは、呼吸や自然音との関係が密接だと書いたが、これらの音は、非整数倍音という点で共通している。とくに呼気の音というのは、人間の身体で生じうる非整数倍音の最たるものだ。ブライアン・イーノが言ったアンビエント・ミュージックに特有の「アク」というのは、非整数倍音のことだと僕は思っている。

 自分自身のこれまでの感覚を顧みても、アンビエントに限らず僕が感銘を受けてきた音楽は、この非整数倍音との関係が深い。まずは、武満徹。今でももっとも尊敬する音楽家のひとりであり続ける彼の音楽は、尺八や琵琶などの非整数倍音を多く含む和楽器を多用している。あるいは、「PROPERTY OF BRIAN ENO」と銘記されたイーノ愛用の初代Mackie1202は結構なノイズが乗る。同じくMackieの専門家、中村としまるさんは非整数倍音の鬼だし、ケン・イケダさんの「Kosame」というアルバムも、楽器に触れる音である非整数倍音にフォーカスされた曲作りに衝撃を覚えた。ヴァイナルやFLACのリリースにこだわり続けるステファン・マシューは、現存する最高の倍音奏者の一人と言って差し支えないだろう。「自分の音楽がCDになる度に、この音楽は自分の音楽ではないと落胆するよ」と言っていた。テイラー・デュプリーをはじめとした12Kの面々も非整数倍音へのこだわりは強い。フェデリコ・デュランドのノイズも、彼のトレードマークに近い。最近はまっている風鈴なんかは、非整数倍音に風で揺れることによるドップラー効果というゆらぎが加わる。

 真空管の魅力も倍音そのものだが、倍音の話を知る以前から、僕の作品はいつも小松音響さんの真空管のラインアンプを通して録音をしてきた。マスタリングもほとんどの場合、真空管を通すようにしている。自身の最初のアルバムの1曲目は「弦と指の間の日常的な会話」という曲で、ウクレレと指の摩擦音によって生じる音がテーマになっている。とくに意識をして作った訳ではないが、20年近く前から、漠然と追い続けてきた「音の肌触り」というのは、この非整数倍音のことだったのかと最近納得している。僕の中で音楽はいつも言葉より先にある。

 もちろん、日本人だけでなく、海外の音楽家もこの非整数倍音への意識は高い。非整数倍音は、左脳で感じようが右脳で感じようが、美しさという点では変わらずに判定できるのだろう。ただ、その美しさに伴う「意味」を感じ取れるとしたら、それは日本語脳を持っている脳の方が向いているのかもしれない。そうなってくると、日本人の音楽は必然的に特殊なものになってくるだろう。

 良くも悪くも、日本人はハイブリッドな人種であることはたしかだ。現在の医学界の中でも、これほど西洋医学と東洋医学の中間に位置する国はない。日本人の選民思想などは持ち合わせていないが、現在の日本という国が世界の中で置かれている位置というのは特別なものがある。

 音環境が日本人の脳を左右するように、日本人の免疫を始めとした身体機構も、おそらくなんらかの特異性を保有している可能性が高い。なぜなら非整数倍音は脳だけでなく、身体にも作用していることがわかっているからだ。現に和服というのは、皮膚に非整数倍音が伝わりやすい構造の衣服でもあるとも言われている。

 この非整数倍音の意味は何か。産業という均一化のベクトルに対して、複雑さをもたらす音によって、近代以降の陰陽バランスを整える意味をアンビエント・ミュージックは担っているのではないだろうか。という僕の解釈を前回書いた。非整数倍音がもたらす心身への作用は大きい。からだとこころの環境に非整数倍音を。

伊達伯欣/Tomoyoshi Date伊達伯欣/Tomoyoshi Date
1977年ブラジル・サンパウロ生まれ。3歳の時に日本へ移住。ロック、ジャズ、ポスト・ロックなどを経て90年代後半より電子音楽を開始。ソロ作品に加え、Opitope、ILLUHA、Melodiaとして活動するほか、中村としまる、KenIkeda、坂本龍一、TaylorDeupreeとも共作を重ね、世界各国のレーベルから作品をリリース。西洋医学・東洋医学を併用する医師でもあり、2014年10月にアンビエント・クリニック「つゆくさ医院」を開院。自然と文明、アナログとデジタルをテーマに医療と音楽に従事している。

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