ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. DERRICK MAY×KEN ISHII ——デリック・メイが恵比寿リキッドルームに登場
  2. DJが描く日本のヒップホップ、DJ YAS著『ジャパニーズ・ヒップホップ第二世代——あるDJの証言』刊行のお知らせ
  3. Bullion - Nearly | ブリオン
  4. WWW Xで悪魔の沼ついに沼納め
  5. lilbesh ramko - Ramko Helvetica | リルベッシュ・ラムコ
  6. Moodymann ──ムーディーマンの来日公演が決定、今年は東京と京都をツアー
  7. Smith & Mighty ——ブリストル・サウンドのオリジネイター、スミス&マイティが久しぶりにアナログ盤をリリース
  8. YOSHIROTTEN ──エレクトロニック・ミュージックと共に宇宙と交信しよう。ヨシロットンの展覧会『彼方との交信 — BEYOND EARTH』が今週末より開催
  9. interview with Wool & The Pants 東京の底から  | 德茂悠(ウール&ザ・パンツ)、インタヴュー
  10. Columns 10月のジャズ Jazz in October 2026
  11. ジャパニーズ・ヒップホップ第二世代──あるDJの証言
  12. DJ Clent ──ゲットー・ハウス~フットワークの伝説、DJクレントが急遽来日
  13. Eden Aurelius - Entre Nous / emer ft. Ugnė Uma - You and Me | エデン・オーレリウス、エメル、ウグネ・ウマ
  14. AMBIENT KYOTO ──2027年春、レイ・ハラカミの展示が決定
  15. Helen - Linda's Head | ヘレン
  16. Arab Strap - Half-Told Tales | アラブ・ストラップ
  17. Columns Introduction to P-VINE CLASSICS 50
  18. 細野晴臣 - Yours Sincerely | Haruomi Hosono
  19. ゲーセン波乱万丈の100年史
  20. interview with Actress UKテクノ界の奇才が語るみずからの哲学 | ──アクトレス、インタヴュー

Home >  Reviews >  Album Reviews > How To Dress Well- Love Remains

How To Dress Well

How To Dress Well

Love Remains

Lefse Records

Amazon iTunes

橋元優歩   Dec 01,2010 UP
E王

 これは河ではない、滝だ。これは楽曲ではない、スケッチだ。音はいたるところで割れている、構成は緻密さを欠く、見切り発車でさまざまな主題が現れ、消えていく。アリエル・ピンクをスローに引き延ばせばもしかしたら近い感触を得るかもしれない。アンビエントでローファイなテクスチャーの音像に、ソウルフルなファルセットのレイヤード・ヴォーカル。『ラヴ・リメインズ』は、たとえばグルーパーのような研ぎすまされた集中力を持った歌ものドローンに比べると、スキゾフレニックで散漫な印象を受けるかもしれない。それはほんとうに「スケッチの束」といった具合だ。しかしその束が全体として投げかけてくるイメージは、とても濃密で鮮烈だ。ほかの誰でもない、ハウ・トゥ・ドレス・ウェルでしかありえない異様な個性がたたみこまれている。

 ケルンで学生生活を送りながら音楽活動を続けるトム・クレルによるひとりユニット、ハウ・トゥ・ドレス・ウェル。クレルのブログからフリー・ダウンロード形式のファーストEP「ジ・エターナル・ラヴ」が発表されたのが今年4月。数枚の自主シングルに続いて7月に〈レフス〉から『レディ・フォー・ザ・ワールド』、8月に〈トランスペアレント〉から限定シングル『エクスタシー・ウィズ・ジョジョ/テイク・イット・オン』、そして本デビュー・フルと注目度の高さに呼応するかのようにハイ・ペースなリリースである。グローファイ/チルウェイヴ的な文脈を踏まえたローファイ感覚と、荒涼として低温なビートメイキングは2010年らしい風景を描き出すようにも思われるが、チルウェイヴに指摘されるエスケイピズムは感じられない。むしろ攻撃性の高い音で、ブリアルなどダブステップを真っ先に思い浮かべる。暗く深いリヴァーブ(まるで聴いたことのない非常に特徴的なものだ)は、ろうそくの灯で壁に映し出された人影かゴーストのようだ。大きく揺れて、増幅する。
 それはドリーミー・シューゲイズといった形容からは大きく外れる、醒めた響きをしている。クレルのファルセットは幾重にも重なり、ループし、空気を震わせる。ノン・ビートのトラックなどは教会に鳴り渡るコラールさながらだ。前述のように音は割れまくって、ループしたかと思った主題はいつのまにか消え、形を変えていくのだが、構うかそんなもの、いま浮かび上がった思念をいまこのときを逃さずに空気に刻みつけよう......そうした自身の存在の跡のようなものがくっきりと現れ出ていて素晴らしい。

 『ラヴ・リメインズ』(愛はとどまる)は、「愛はつねにはとどまらない」という認識から生まれたアルバムだと、クレルは逆説的に述懐している(2010年9月10日『ダミー』)。どういう愛のことかは詳らかではないが、つきあっている女性との関係から得た省察であるようだ。それが永遠でないかぎり、われわれもまた愛のなかにただ止まっているべきではない。彼の音を聴いているとじつにぴったりとこの言葉が当てはまる。"スーサイド・ドリーム"をはじめとして"ユー・ウォント・ニード・ミー・ホエア・アイム・ゴーイン"、"レディ・フォー・ザ・ワールド"、"エスケイプ・ビフォア・ザ・レイン"など声を主体としたアンビエント・サイドの数曲は、歪みがひどく、猛吹雪を思わせる。それは言葉と思弁の吹雪だ。「僕にある想念が生まれてきたらじっとしてなどいられない。そうなったら僕はただ歌うだけだ。僕はただ目を閉じ、口を開く。そしたら歌が出てくる」(2010年5月12日『ピッチフォーク』)
 本名義を名乗る前にはよりドローン色の強い作品を作っていたようだが、クレルはそれに物足りなさを感じてヴォーカルを録りはじめたという。言葉がこだまするさまは戸の外の吹雪のようだが、戸のなかは厳かなハーモニーに満たされている。吹き過ぎていくものと、とどまるものとの対比がある。そして両者のあいだに生じる時間差が、この幽霊のような残響に他ならない。「愛はつねにとどまってはいない」の裏側には、「とどまっていたらどんなにいいか」という反実仮想的な祈りが貼り付いていて、それがこの人影のような音の重なりなっている。
 彼のゴーストリーな音は夢のかわりに不穏に響く。ドリーム・ポップをゴーストにする。それは廃墟となりつつある逃避先を暗示するもののようにも思われるし、夢から醒めた後を生きるための手がかりを提供するようにも思われる。

橋元優歩