ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Lucrecia Dalt & Aaron Dilloway - Lucy & Aaron (review)
  2. Abstract Mindstate - Dreams Still Inspire (review)
  3. interview with Jeff Mills + Rafael Leafar 我らは駆け抜ける、ジャズとテクノの向こう側へ (interviews)
  4. Marisa Anderson / William Tyler - Lost Futures (review)
  5. There are many many alternatives. 道なら腐るほどある 第6回 笑う流浪者、あるいはルッキズムに抗うための破壊 (columns)
  6. Cleo Sol - Mother (review)
  7. Columns 「実用向け音楽」の逆襲 ──ライブラリー・ミュージックの魅力を紐解く (columns)
  8. 地点×空間現代 ——ゴーリキーやドストエフスキー、ブレヒトや太宰の作品を連続上映 (news)
  9. Lucrecia Dalt - No Era Sólida (review)
  10. Wolf Eyes - I Am A Problem: Mind In Pieces (review)
  11. Tirzah - Colourgrade (review)
  12. Lawrence English - Observation Of Breath (review)
  13. P-VINE & PRKS9 Presents The Nexxxt ──ヒップホップの次世代を担う才能にフォーカスしたコンピがリリース (news)
  14. interview with BADBADNOTGOOD (Leland Whitty) 彼らが世界から愛される理由 (interviews)
  15. Columns Electronica Classics ──いま聴き返したいエレクトロニカ・クラシックス10枚 (columns)
  16. Little Simz - Sometimes I Might Be Introvert (review)
  17. Politics 消費税廃止は本当に可能なのか? (1) (columns)
  18. Saint Etienne - I've Been Trying To Tell You (review)
  19. Soccer96 - Dopamine (review)
  20. There are many many alternatives. 道なら腐るほどある 第3回 映画『金子文子と朴烈』が描かなかったこと (columns)

Home >  Reviews >  Album Reviews > Here We Go Magic- A Different Ship

Here We Go Magic

Here We Go Magic

A Different Ship

Secretly Canadian /ホステス

Amazon iTunes

橋元優歩   May 30,2012 UP
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 これを買うのならファースト・アルバム『ヒア・ウィ・ゴー・マジック』もぜひとも聴いていただきたいと思うのは、筆者がそれをとても好んで聴いたからだというだけではなく、この完成度の高い『ア・ディファレント・シップ』だけではヒア・ウィ・ゴー・マジックという体験にとって完全ではないと思うからだ。それは、ぺイヴメントを聴くのに『テラー・トワイライト』からはじめるだろうか? という疑問と相似している。『テラー・トワイライト』はとても素晴らしい作品だが、それをもっとも好むという筆者はぺイヴメント・ファンの異端であろう。レディオヘッドやベックの音を作り上げ、いわゆるオルタナ・ロックの知的な側面を支えてきたカリスマ・プロデューサー、ナイジェル・ゴドリッチが手掛けたことで、『テラー・トワイライト』の音はスマートに切り分けられ、クリアに磨かれ、独特の浮遊感をえた。しかしそれは、ローファイという方法をコテとして音楽ファンに大きな影響を及ぼしたぺイヴメントの、その中心を聴くということとは少し異なる。本作『ア・ディファレント・シップ』もゴドリッチをプロデューサーとして迎えることとなった作品である(2010年のグラストンベリーでトム・ヨークとゴドリッチに多大なインパクトを与えたとのこと)。そしてまず筆者の率直な感想は、これはヒア・ウィ・ゴー・マジックにとっての『テラー・トワイライト』になった、ということだ。彼らはまだ3枚めではあるけれど。

 ヒア・ウィ・ゴー・マジックといえば、筆者にとってはまずなによりサウンド・プロダクションであり、ミニマルでパーカッシヴなスタイルのギター・ワークである。空間のオーヴァーダブとでも言おうか、あの独特すぎるローファイ感は、空気の上に空気を録ってそれを何トラックも重ねたような、なんともいえない質量と体積を持っている。アコースティック・ギターがそのたくさんの空気の向こうに聴こえている。遠くにみえる村の灯、それがちらちらとふるえているような音だ。空気じたいは冬のそれのようにつめたく澄み、緊張している。旋律を奏でるベースは、アフリカンなビートを淡々と鳴らすリズム・パートとともにとてもさりげなく、しかしアディクショナルに身体を縛る。なんという体験だろう......ルーク・テンプルの消え入りそうなヴォーカルが聴こえてくるころには、意識が澄みすぎて、自分の鼓動がうるさいほどだ。同時に妙な高揚感もある。そこには大気中のおびただしい分子たちがせわしなく動き回るようなエネルギーも充満しているからだ。これは、たとえば"ファンゲラ"(『ヒア・ウィ・ゴー・マジック』収録)の場合である。

 そこで"オーヴァー・ジ・オーシャン"(本作収録)を聴いてみる。いきなりアコギの音がゴドリッチである。つづく"メイド・トゥ・ビー・オールド"もそうだ。そして重ね録りした空気と空気の、その境目をすべてつなげて磨き上げたというような具合に、あの異様な質量を持ったローファイ感が無菌的でクリアな、洗練された音へと変化している。"イントロ"にもっとも顕著かもしれない。ゴドリッチが彼らの奇妙な音響に魅力を感じていたであろうことは、このセッションをトラックのあたまに入れていることから類推できるのだが(『ヒア・ウィ・ゴー・マジック』の冒頭"オンリー・ピーシズ"に彼はそうした魅力の粋をみたのだろう)、それは似て非なる、とても知的で上質なものになった。もちろんこれは彼らの新しい魅力だと思う。レディオヘッドの近作のファンならば"メイク・アップ・ユア・マインド"などには心おどるだろう。バンドとしての幅もゴドリッチによって大きく広げられたようだ。しかし、『ヒア・ウィ・ゴー・マジック』にわれを忘れて夢中になった経験を持つ者として、また2009年前後のブルックリン周辺のインディ・シーンの混淆としたエネルギーに突き動かされていた者として、なかなか複雑な気持ちになるのも事実なのだ。ゴドリッチと組んでゴドリッチらしくなったというだけでは、それはただ歴史の針を戻す行為ではなかったのか? よいものを作れたという充実感があるのならばそれもいい。それに、作品としてとても完成度のあるものに仕上がっていることはまちがいない。だがヒア・ウィ・ゴー・マジックにとってこれは必要なことだったのだろうか、そういう疑問が少なからず湧いてもくるのである。

 とはいえ、"オーヴァー・ジ・オーシャン"などに加わったルーク・テンプルのシンガー・ソングライターとしての艶は、彼の新しいステージをひらくようなものであるかもしれない。コーラス・ワークも"ミラクル・オブ・ラヴ"など数曲に共通して緻密さをふかめている。このうえでもし可能ならば、次作は原点から、テープでもCD-Rでもいい、もういちどあの風変わりな音を、あのマジックを聴かせてほしいと思う。

橋元優歩