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トクマルシューゴ

トクマルシューゴ

イン・フォーカス?

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橋元優歩   Nov 07,2012 UP
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 トクマルシューゴは、フレーズ頭の詞に「ア」母音と「オ」母音を用いることがじつに多い。これは彼が無意識にせよもっとも声が伸びるように言葉の選択を行っていることを想像させる。まず自由な発声があり、意味や感情は副次的なものだ......というか、発声そのもののなかにこそ意味や感情が生じてくるというような、ソングライティングにおけるひとつの逆説をふくむところが彼の歌の大きな特徴ではないだろうか。インタヴューを読んで深く納得したのだが、トクマルにとって詞は基本的にはひねり出すものであり、ことさら伝えたいことがあるわけではないという。圧倒的に緻密なプロダクションを持ち、高度な演奏テクニックをさりげなくめぐらせ、やすやすと多種の楽器と多種の音楽性をコマンドする録音スタイルは、すでに音が彼にとって言葉以上に自在な表現手段であることを物語っている。しかし、だからといってトクマルシューゴをインストとして聴く人はいないだろう。最終的に彼の楽曲をまとめ上げる紐帯となるのは、やはりあの得がたい声と旋律なのだ。多彩な音を束ねられるさらに強靭な音としてトクマルの歌はあり、そのなかからエモーションの芽が徐々に言葉や意味としてろ過され組織されていく。そうしたミュージシャンとしてのうらやましい才覚を、5作目となる本作ではあらためて感じさせられた。

 同時に、とくに日本のポップス観において意味や感情、観念といったものがいかに音に手綱をつけているか、いかに音がテーマ(恋など)ごとに様式化されているかといった様相を、日本と海外との間で相対的にあぶり出すことのできる稀有なアーティストのひとりであるということもわかる。悪い意味ではない。万葉の昔から日本人はテーマ別に歌を詠み、分類して楽しんできたのだから、それはわれわれの歌と娯楽のスタイルだったりするのかもしれない。しかし比較するならば、トクマルの音楽はその真逆ともいえる構造を持っており、そのことが海外のシーンに喜んで迎え入れられた理由のひとつであったこともまた間違いない。

 トクマルシューゴかシューゴ・トクマルか。彼の音楽を初めに評価したのは、国内の市場ではなく海外のメディアである。リリース元がニューヨークのレーベルだったという事情が大きいのだろうが、ヨーロッパもさることながら、USインディ・シーンからの反応はとくに多くの人の印象に深いはずだ。たとえばピッチフォークはその独特の点数評価によって「推し」を明確にするユニークな批評スタイルを築いてきたが、2005年の『L.S.T』からほぼ一貫してきわめて高い点数を送られてきたトクマルシューゴは確実に彼らの推しメンのひとりであったし、そうした反応や評価の強い影響下に、日本にあってもスフィアン・スティーヴンスやザ・シンズ、アンドリュー・バードなどと同じ土俵で聴かれてきた部分がある。フリー(ク)・フォークに数えるレヴューもあったが、これなども案外本質的な聴き方かもしれない。前作以降は国内での注目もさらに高まり、世界各地での演奏に加えて、CM音楽や舞台音楽を手がけるなど活動の幅も広がっているようだ。キャリアにおいてますますの充実を迎えようとしているタイミングである。

 いずれにせよ音楽が意味や感情の下にぶらさがるかたちで作られているならば、言語や文化の壁を越えることはむずかしい。またあまりに濃密に日本の文脈に依存したものは、そのおもしろさをなかなかうまく翻訳することができない。世界の人々に享受されるというのは、そのいずれの特殊性からも免れるようなある種の空洞をかかえる構造が必要なのではないかと思う。トクマルの詞における空洞はまさしくそれである。ラハハ""ラムヒー"などは曲名からして意味がないが、そのフレーズがリフレインされる部分にこそ強力なリズムの構造が可視化されているし、エモーションの奔流がある。

 本作『イン・フォーカス?』には、それらの祝祭的な6/8拍子を崩したようなせわしないリズムや高揚感と、対照的に"パラシュート"の面影を持ったのびやかな旋律とが綾を成してあらわれている。音も非常にクリアで立体的であり、『イクジット』などには色濃かったUSインディ色は前作を経由してより無国籍的でかつ耳なじみのよいポップスへと洗練されている。"デコレート"や"コール""カタチ""ポーカー"、あるいは"オードゲート"のような楽曲がその意味ではハイライトだと言えるかもしれない。コミカルなインスト・ナンバーをはさみながら、どの曲も隙のない展開を見せる。"タイトロープ"のシンプルな弾き語りや、それが響いている空気そのものを叙情的に切りとる録音はアルバム後半のへそとして際立っているし、"ダウン・ダウン"のブギーのように、遊び心やヴァリエーションも豊かに加えられている。マスタリング・エンジニアとしてクレジットされているのは、ジョアンナ・ニューサムやテニスコーツからザ・クークスにビートルズのリマスタリングまでを手がけるスティーヴ・ルーク(アビー・ロード・スタジオ)だ。

 個人的にはとくに"オードゲート"を好んで聴いた。A、B、サビというフォームをあまりにさりげなく聴かせるところがいいし、なにより「オードゲート」の「オー」が気持ちいい。「まっさら」の「さ」もそうだ。時間の尺が狂うように、その一音は長い。そしてこうした長さのなかに意味や感情のようなものが兆していると筆者には感じられる。発語を音に最適化させる、そのような能力に長けた人なのだろう。こうした瞬間を録音できるかぎり、トクマルシューゴには一生引退がこないのではないかと思う。若い、とくにロック系のバンドやアーティストにとって5枚のアルバムを出すのは大変なことであるし、メディアやリスナーからもつねに何かしらの変化を求められるものだが、トクマルシューゴの表情はすずしい。彼の目標はおそらくもっとじっくりしたところにあり、それはこれまでもこれからもとくに変わらないというふうに見える。ひとりで聴き、演奏し、曲を作り、楽器を集めることを喜びとする元祖ベッドルーム・ポッパーが、時間を経てもその喜びに忠実であり、そうであるかぎりは必ずよいアルバムを生むのだということを告げるような、とても締まった作品だ。

橋元優歩