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Gotch

FolkPopRock

Gotch

Can’t Be Forever Young

only in dreams

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竹内正太郎   May 13,2014 UP

 「ミュージシャンは黙って音楽だけやっていろ」。こんな批判を受けながら、アジアン・カンフー・ジェネレーションのゴッチこと後藤正文がツイッター上でリスナー(?)にネチネチと絡まれているのを見たのは一度や二度ではなかったと思う。「世界が見たい」ではなく、現実をいかに都合よく忘れさせてくれるか。おそらくは「夏フェスに参戦」を習慣としているのであろうタイプのリスナーたちが、音楽に対して何を欲望しているのかがあまりにも露骨に顕在化しているようで、僕は何とも言えない気持ちになった。
 と同時に、あの手のリスナーを育てたのは他ならぬアジアン・カンフー・ジェネレーションや銀杏BOYZ、バンプ・オブ・チキンといった世代のバンドなのだと思うと、僕はさらに何とも言えない気持ちになる。そう、おそろいのタオルやリストバンドが舞うフェスで順当に出世する若手のロック・バンドが揃ってノンポリティカルで、それぞれに閉塞し完結した世界観でファンを囲い込んでいる現象は、彼らが連帯保証的に責任を負うべきものだろうし、銀杏BOYZ×花沢健吾のペアもそうだが、アジアン・カンフー・ジェネレーションが浅野いにおとの親和性を前景化したのも功罪相半ばだった。
 そうした状況に落とし前をつけるべく、などと言ったらミスリードになるかもしれない。しかし、周知のように後藤は震災以降、原発、風営法、都知事選といったイシューで明確な態度表明を行ってきたわけだが、リスナーになじられながらも現在のポジションを選んだ背景にはそのような責任感もあったのでは、と想像する(本作のタイトルは『いつまでも若くはいられない』だ)。バンド名義で発表された“ひかり”や“夜を越えて”といった楽曲には、彼(ら)がどのような葛藤のなかにいたかが刻まれている。そして、ザ・タイマーズの歴史への表敬訪問。それは、ここ数年で加川良の“教訓I”や高田渡の“自衛隊に入ろう”あたりの楽曲がプロ/アマ問わずに全国で召喚されていった現象と見事にシンクロしていた。

 しかし、後藤のソロ・デビュー作となった本作『Can’t Be Forever Young』は──おそらくは大方の予想を裏切るかたちで──いわゆるプロテスト・ソングのコレクションになっているわけではない。むしろ雰囲気はリラックスしている。と言うか、この人の愚直なまでの誠実さと不器用さを見てきた人間としての願いはたったひとつ、「自分の趣味だけでアルバムを作ってみて欲しい」ということに尽きたわけだが、本作ではそれが試験的にだが実践されている。ここ数年来、常にある種の緊張関係を強いてきたリスナーとの和解を試みるかのように。
 フォークやカントリーといったルーツ・ミュージックを軽やかに取り入れた“Stray Cats in the Rain”から、ブロークン・ソーシャル・シーンあたりのUSインディを思わせる手触りの“Humanoid Girl”や、どこかウィルコ風の“A Girl in Love”のような曲、あるいは風営法問題に取り組む人たちに捧ぐかのようなエレクトロニック・ビートが打ちこまれる“Great Escape from Reality”のような曲もあれば、ベックやオアシスといった自身のルーツである90年代の洋楽ロックがブレンドされたような曲(“Wonderland”や“Sequel to the Story”)もある。ここには、自身にまとわりついた音楽的なイメージをまず払拭しようとする意志が、メッセージよりも先にある。このあたりはゲスト・ミュージシャンの人選に拠るところも大きい。

 一方で、政治的な主張を直接取り込んだような曲が一曲でもあれば、(いわゆる「炎上」としての話題性も含めて)より面白かったかもしれない、とは思う。しかし、ひとりのリスナーとしてまず安心できたのは、彼の一連の行動が「欺瞞からの突然の覚醒」といったある種の危なさを伴うものではなかった、ということが示された点だ。あるいは、例えば後藤が編集長を務める『THE FUTURE TIMES』の最新06号、「たくさんの人が乗り遅れてしまうような速度で、僕たちの社会は走っているのではないか」と綴られる巻頭言に象徴されるように、この3年間の活動で彼が得たある種の「分断」の実感がそうさせたのかもしれない。そう、彼が探しているのはラディカルな政治の言葉ではなく、膨大な論点ごとに細かく分断された震災以降の「僕たち」を共振させられるような言葉なのだと思う。
 そうした視点に立つと、本作に通底するテーマは「死」だろうか。乱暴な仮説だが、2011年にあのようなことが起こることが分かっていたら、アジアン・カンフー・ジェネレーションはこの10年でまったく違った活動を選んでいたかもしれない。しかし、人生を最初からやり直すことはできないし、そんなことを考えているうちにも人生は絶え間なく前へ前へと押し流されてしまう。最後に待っているのは平等に死だ。いまこの瞬間、歴史の進行に自分が少しでもかかわっていて、それを強く意識したとしても、結局は人間のほうが滅びざるを得ない、その生の不可逆性と一回性を受け止めることから、何かをスタートさせようという――ベタと言えばあまりにもベタな、しかし――普遍的な思いがリリカルに綴られている。

 ところであれは、どれくらい前の話になるのだろうか。「この曲のアウトロがね、本当にたまらないんですよ」――筆者にとっての主たる音楽情報メディアがまだラジオだったころ、後藤正文はそう言ってウィーザーの“Only In Dreams”を嬉しそうにかけていた。「でも夢から醒めると/すべては消えてしまうんだ」――夜の音楽番組で、リヴァース・クオモは消え入りそうな声で歌っていた。分厚いギターの壁も、彼とともに泣いているようだった。あれから何年経ったのだろうか、後藤が中心となって発足したレーベルには<only in dreams>という名が付けられた。
 「夢から醒めると/すべては消えてしまう」――しかしいま、この言葉はあまりにも多義的に響く。そう、すべては夢のなかだ。掴みかけたかに思えた理想や、あるいは2004年のダブル・プラチナ・アルバム『ソルファ』の頃の成功でさえも。しかし、ある種の分断や挫折を経験することによって、いまの後藤やアジアン・カンフー・ジェネレーションは、「他者」という存在に絶え間なく晒され続けている。それこそがロック・ミュージックの「現場」だろう。バンドとしても、どこかふっ切れた感がある“ローリングストーン”を発表するなど、これからどうやって歳を取っていくのか、俄然楽しみになってきた。「現実を忘れて都合のいい夢をもう一度見る」でもなく、「政治の季節をアツく過ごす」のでもなく、彼(ら)は第三の道を見つけられるだろうか。

竹内正太郎